(1) 法318条は、「証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる」と定める。近代刑事裁判の基本原則である「自由心証主義」を表現した条項である。有罪とするには自白を必要とする旨法定されていた前近代の法定証拠主義を廃し、形成された。わが国では、前記〔2(1)*〕のとおり1876(明治9年にフランス法の影響下で導入され,事実認定者による証拠の価値や信用性評価の基本指針として現行法の規定に引き継がれた。事実の認定を責務とする裁判員(裁判員法6条1項)についても、同旨の規定が設けられている(裁判員法 62条「裁判員の関与する判断に関しては、証拠の証明力は、それぞれの裁判官及び裁判員の自由な判断にゆだねる」。(2)「証明力」とは、証拠が一定の事実の存否について判断者に心証を形成させ証明することのできる力(証拠価値)をいう。証拠と証明すべき事実との間の論理的関係(「関連性(relevancy)」)の程度(狭義の「証明力(probative value)」)と、その証拠がどの程度信用できるかという「信用性(credibility)」との二側面を有する。いずれも程度があり、その評価を法定することなく、専ら事実認定者の自由な評価・判断に委ねるのが、自由心証主義である。*狭義の証明力、すなわち(論理的)関連性を全く有しないか、またはその程度が著しく低いものは、性質上証拠とすることができないと考えられる。事実認定の資料にするのが無意味だからである。** 憲法38条3項及び法319条2項の「自白」に関する規律(いわゆる「補強法則」)は、自白のみで有罪としてはならぬとし、必ず他の証拠を必要とする旨法定する点で、自白の証明力・倉用性の評価に直接制約を加えているから、自由心証主義の例外と位置付けられる〔第4章〕。(3)「自由な判断」とは、「合理的」であり、事後的に検証可能な判断過程であることを当然の前提としている。証拠の証明力評価を総合した誤りない事実の認定こそが、刑罰権発動の可否を決する重大な判断であることから,事実認定者の知識・経験・常識を踏まえた,「論理法則・経験法則」に反することのない「合理的」判断であることが要請されるのである。なお。事実認定者は、特別の知識・経験を必要とする事項については、専門家に「鑑定」を命ずることにより、自己の判断力を補充することができる(法 165条以下)〔第3編公判手続第4章Ⅳ 1〕。現行法の当事者追行主義の審理方式は、起訴状一本主義による予断防止(法256条6項),証拠調べの方法,事者による証拠の証明力を手う機会の付与(法 308条、規則 204条)等を通じて証明力評価の合理性を担保している。また、判決における理由の記載(法335条1項)は、当事者による事後的検証の素材となり〔第5編裁判第1章II),さらに、上級審による事実認定過程の事後審査の途が設けられている(法 378条4号・382条・397条・411条3号等)〔第6編上訴〕。いずれも、証明力評価の合理性確保と正確な事実の認定に向けられた手続である。*第1審の事実認定に対する上級審の審査は、新たに事実認定をやり直すものではない。第1審の証拠評価が論理法則・経験法則に反する不合理なものでないかを、「事後審査」するものである。公判で直接証拠に接していない以上、上級審に第1審同様の立場で証拠の評価ができるはずはないからである。最高裁判所は、控訴審による第1審の事実認定の審査の在り方について、次のような判断を示している(最判平成24・2・13刑集66巻4号482頁)。結論として、裁判員裁判による第1審の無罪判決を破棄自判した控訴審の有罪判決を、法 382条の解釈適用を誤った違法があるとして破棄したものであるが、この説示内容は、第1審が裁判員裁判であるかどうかにかかわらず、「事後審査審」である控訴審や上告審による事実認定の審査一般に当てはまるというべきである。「刑訴法は控訴審の性格を原則として事後審としており、控訴審は、第1審と同じ立場で事件そのものを審理するのではなく、当事者の訴訟活動を基礎として形成された第1審判決を対象とし、これに事後的な審査を加えるべきものである。第1審において、直接主義・口頭主義の原則が採られ、争点に関する証人を直接調べ、その際の証言態度等も踏まえて供述の有用性が判断され、それらを総合して事実認定が行われることが予定されていることに鑑みると、控訴審における事実誤認の審査は、第1審判決が行った証拠の借用性評価や証拠の総合判断が論理則、経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきものであって、刑訴法382条の事実誤認とは、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当である。したがって、控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには、第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきである。このことは、裁判員制度の導入を契機として、第1審において直接主義・口頭主義が徹底された状況においては、より強く妥当する」〔第6編上訴I4*参照〕
(1) 刑事訴訟法典第二編第三章第四節「証拠」の冒頭規定である法 317条は、「事実の認定は、証拠による」と定める。これを「証拠裁判主義」と称する。その第一の意味は、証拠に依拠しない裁判(例,裁判内容を、占いや神に祈る宜書・神意等に委ねること)の排であり、第二は、法定証拠とくに自白に依らねば有罪認定できない方式の排斥、すなわち自白以外の証拠に基づく断罪の許容である。いずれも、近代以前の弊を廃し、近代的刑事裁判の基本原則を宜命するものである。わが国では、1876(明治9)年の断罪依証律(明治9年太政官布告86号)の条項「凡ン罪ラ断スルハ証二依ル」に遡る。現行法の文言は、直接には旧刑事訴訟法の文言「事実認定証拠ニ依ル」をそのまま引き継いだものである。自白に依拠しなければ有罪認定できないとしていた法定証拠主義からの脱却は、後記「自由心証主義」の採用と相俟って、自白獲得のための制度であった拷問の禁止に途を開いた。*明治9年太政官布告は、維新後最初期の刑罰法令であった改定律例(明治6年太政官布告 206号)の条項「凡ン罪ラ断スルハロ供結案[自白の意]二依ル」を廃するものであった。同じ明治9年の司法省達は、フランス法に学び、「証拠二依り罪ラ断スルハ専ラ裁判官ノ信認スル所ニアリ」とする自由心証主義を宜命した。こうした自白なしに断罪できる旨の確認が、制度としての拷問廃止(1879年)へと結びついたのである。(2)以上の歴史的・沿革的意味のほかに、この条項は、認定すべき「事実」と、「証拠による」の文言解釈を介して、次のような意味内容を有するとされてきた。すなわち、「事実」とは、訴訟手続において証明の対象となる一切の事実を意味するのではなく、刑罰権の存否とその量・範囲に関する事実(「公新事実」及びこれに準ずる事実)を意味し、また「証拠による」とは、証拠能力のある証拠について適法な証拠調べを行うことを意味すると解されてきた。このような公訴事実ないし犯罪事実等に関する証明方式は、一般に「厳格な証明」と称されている。もっとも、刑事手続において証明の対象とされる「事実」の性質や証明活動の行われる手続段階は多様であり、またこれに適用される法規の内容も単純ではないから、事実の証明方法を前記のような最も「厳格な」方式とそれ以外に二分するだけでは足りない。むしろ、証明対象の性質や証明活動の目的に即した個別的な考慮勘案一一厳格な証明方式の合理的緩和と当事者に対する手続保障ーが検討されるべきである[II)。* 古典的説明に拠れば、「訴訟法上の事実」や犯罪事実に属さない「情状」については、「厳格な証明」方式によることなく「自由な証明」でりるとされる。もっとも、その意味内容は、伝開法則による証拠能力制限の適用がないとされる以外、不分明なところがある。実際には、訴訟手続上の重要な事実等について、その性質に即し、公判廷において法定の証拠調べの方式に準じた扱いをする例もある。そのような個別的勘案が必要かつ適切であろう。
(1)「序刑事手続の目的と基本設計図」において説明したとおり、公判手続の核心部分であり、刑罰法の適用実現(法1条)の前提となるのは、「証拠」に基づく事実の認定に向けられた裁判所と訴訟関係人の活動である。この過程を規律する法の総体を「証拠法」という。刑事手続が、刑罰という峻厳な国家作用の発動を決するものであることから、証拠法には、正確で誤りない事実認定の確保とその過程の適正確保(憲法31条)が要請される。証拠法の内容は、①証拠調べの方法・手続に関する規律(例,憲法 37条2項、法 143条~178条・298条~311条),②証拠の許容性(証拠能力)に関する規律(例,憲法38条2項,法319条~328条),及び、③証明活動・証拠による事実認定活動の性質・範囲等に係わる事項(例,法317条・318条)に大別される。本章では、このうち③の総論的・一般的事項について説明する。(2)証拠法の規律には、刑事被告人の証人審問権(法37条2項)・自白に関する憲法の条項(憲法 38条2項・3項)や、伝聞証拠の証拠能力に係る法規定(法320条~328条)のように条文化されているものもあるが、証拠法の任務である正確な事実認定確保と手続の適正確保の観点から形成された不文の準則も含まれる。例えば、証明の対象や証明の必要に関する準則、証拠の「関連性」に関する準則等は、正確な事実認定確保という証拠法固有の任務に由来するものである。また、合理的な疑いを超える証明の水準や挙証責任に関する準則は、法の適正な作動過程(due process of law)確保の要請(憲法31条)に基づいた、刑罰権発動に対する安全装置と位置付けることができる。
裁判員裁判の手続に関連する法規定・特則は次のとおりである。(1) 一般国民が裁判に参加するに当たっては、審理に要する見込み期間があらかじめ明らかになっていると共に、争点に集中した迅速かつ充実した審理が必須の前提となる。そこで、裁判員裁判対象事件は、第1回公判期日前に必ず事件を公判前整理手続に付さなければならない(裁判員法 49条)。(2) 従前の実務の通例のように、鑑定実施(例鑑定留置を伴う被告人の精神鑑定)のために、公判開始後になって審理が相当期間中断すると,それまでの審理で裁判員が得た心証が薄れるおそれがあるほか、裁判員の負担も大きくなる。そこで、結果の報告がなされるまでに相当の期間が見込まれる鑑定については、裁判所の決定により、公判前整理手続において、鑑定の経過及び結果の報告以外の鑑定に関する手続を行うことができる(裁判員法 50条)。鑑定の経過及び結果の報告(訴規則129条)以外の鑑定の手続とは、鑑定人が鑑定書または口頭で行う鑑定の報告以外の,鑑定のためのすべての手続をいう。例えば、鑑定人に、公判開始前に、精神鑑定のための面接、鑑定書の作成等の作業を行ってもらい。その終了を待って公判を開始するという手続の進め方ができる。(3)このほか、接見交通の制限等についての刑訴法の規定の適用に関する特例がある(裁判員法64条)。被告人と弁護人等以外の者との接見禁止等に関し、裁判員、補充裁判員または選任予定裁判員に、面会、文書の送付その他の方法により接触すると疑うに足りる相当な理由があるときにも、接見禁止等の措置を講ずることができる(法81条)。また。必要的保釈の除外事由として、裁判員補充裁判員または選任予定裁判員に面会、文書の送付の他の方法により接触すると疑うに足りる相当な理由があるときが付加されている(法89条5号)。保釈等の取消しに関しても、取消事由として、裁判員。補充裁判員または選任予定裁判員に、面会、文書の送付その他の方法により接触したときが付加されている(法96条1項4号)。これらの特例は、証人等の場合と異なり、被告人による接触が許される正当な理由は考え難いこと、被告人が裁判員等に接触するようなことがあれば裁判の公正及びこれに対する情頼が確保できないことから設けられたものである。(4)裁判官。検察官及び弁護人は、裁判員の負担が過重なものとならないようにしつつ、裁判員がその職責を十分に果たすことができるよう。審理を迅速で分かりやすいものとすることに努めなければならない(裁判員法51条)。速な審理の実現の観点からは、争点中心の充実した審理を連日的に行うことが求められ(刑訴法281条の6)、分かりやすい審理の実現との関係では、例えば、難解な法律用語を裁判員に分かりやすく説明し、証拠の説明に当たっては図面を用いるなどの工夫が行われている。専門家による鑑定が行われた事件では、鑑定人との事前打合せ(カンファレンス)をした上で、鑑定人が口頭で鑑定結果の要点をプレゼンテーション方式で報告し、その後に当事者や裁判所が尋問するという方式を採る事例が多くみられる。分かりやすい審理方式の試みである。事者が冒頭陳述を行うに当たっては、裁判員が争点及び証拠を把握しやすくなるように,公判前整理手続における争点及び証拠の整理の結果に基づき、証拠との関係を具体的に明示しなければならない(裁判員法55条)。前記のとおり裁判員裁判対象事件では、公判前整理手続が必要的とされ(同法49条)、公判前整理手続に付された事件については、被告人側の冒頭陳述が必要的である(刑訴法316条の30)。したがって、裁判員の参加する合議体で審理される事件については、被告人側の冒頭陳述も必要的となる。事者双方の冒頭陳述は、裁判員が引き続き実施される証拠調べの意味を的確に理解するための道筋を示すものでなければならない。争点整理の結果、争いのない事実については、捜査段階で作成された書面をそのまま取り調べるのではなく、書面の必要部分のみを1通にまとめた「統合捜査報告書」による立証がなされる例も多い。また、争いのない事件についても、重要な関係者の供述は調書ではなく証人尋問を行い,被告人にも公判の被告人質問で供述を求め、重要で核心的な事実については、公判延における口頭の供述から裁判体が直接心証形成できる方式すなわち「直接主義・口頭主義」が採用されるようになっている。(5)当初から審理に立ち会っていた補充裁判員が裁判員となる場合を除き、新たな裁判員が加わるときは、公判手続を更新しなければならない〔第5章V(2)。裁判員が新たに合議体に加わる場合には、職業裁判官の場合と異なる配慮が必要であり、更新の手続は、新たに加わる裁判員が、争点及び取り調べた証拠を理解することができ、かつ、その負担が過重とならないようなものとしなければならない(裁判員法 61条)。(6)裁判員が権限を有する事項に係る裁判。すなわち実体裁判の賞告期日への出頭は、裁判員の義務である。ただし、現実には、一部の裁判員の出頭が得られない事態も生じないとはいえず、それにより判決等の賞告ができなくなるのは相当でないので、裁判員の不出頭は賞告を妨げるものではない(裁判員法63条1項)。裁判員の任務は、終局裁判を告知したとき、対象事件からの除外または罰条の撤回・変更により、裁判員の参加する合議体で取り扱っている事件のすべてを裁判官のみが取り扱うこととなったときに終了する(同法 48条)。(7) 控訴審及び差戻し審について、裁判員法は、裁判所法及び訴法の特則を規定していない。したがって、現行法どおり,控訴審裁判所は職業裁判官のみで構成すると共に、控訴審における破棄自判も可能である。差戻し審についても特はないので、第1審として新たな裁判員を選任して審理及び裁判をすることとなり、その構造は、審理のやり直しではなく、現行法下の運用と同じ続審となる。* 1人の被告人に対して複数の裁判員裁判対象事件が起訴され、これを併合して審判する要請が強い場合に、参加する裁判員の負担を軽減するため、「区分審理」及び「部分判決」の制度が設けられている(裁判員法71条~89条)。裁判所は、裁判員裁判対象事件を含む複数の事件の弁論が併合された場合には、裁判員の負担等を考慮し、一定の場合に、併合した事件のうち一部の事件を区分して審理する旨の決定をすることができる(区分審理決定)。この場合は、順次、区分した事件ごとに審理を担当する裁判員を選定して審理し、事実認定に関する「部分判決」を行う。これを踏まえて、新たに選任された裁判員の加わる合議体が残りの事件を審理したうえ、併合した事件全体について利の言渡しを含む終局判決を行う。終局判決をする裁判体に参加する裁判員は、事実関係の審理に関与していない区分事件についても併せて刑の量定を行うことになるが、部分判決の中で、犯行動機、態様及び結果その他罪となるべき事実に関連する犯情に関する事実が示されるので、これに基づき量刑判断を行う。なお、区分審理・部分判決制度が合意である旨判断した判例として、最判平成27・3・10刑集69巻2号219頁。
裁判所は、毎年、衆議院議員の選挙権を有する18歳以上の者の中から無作為抽出された者で構成される裁判員候補者名簿を作成する(裁判員法 13条・20条〜23条)。以下では、裁判員候補者名簿から無作為に選ばれ裁判所に呼び出された裁判員候補者の中から、個別事件の審理判決に参加する裁判員を選任する手続を説明する。(1)裁判所は、裁判員の選任手続に先立ち、裁判員候補者の資格の有無等の判断に必要な質問をするため、質問票を用いることができる(裁判員法 30条)。裁判員候補者と事件との関係の有無を確認するなど、当事者が裁判員の選任に関する判断材料を得ることができるようにするため、裁判長は,裁判員等選任手続の2日前までに、呼び出した裁判員候補者の氏名を記載した名簿を検察官及び弁護人に送付すると共に、裁判員等選任手続の日に、選任手続に先立ち、裁判員候補者が提出した質問票の写しを検察官及び弁護人に閲覧させる(同法31条)。(2)選任手続は、裁判官。裁判所書記官。検察官及び弁護人が出席して行う。裁判所は、必要と認めるときは、被告人を出席させることができる(裁判員法32条)。手続は非公開である(同法33条1項)。裁判長は、裁判員候補者に対し、裁判員の資格の有無等を判断するため、必要な質問を行う。陪席裁判官または事者は、裁判長に対し、必要と思料する質問をするよう求めることができる。裁判長は、相当と認めるときは、求められた質問を行う(同法34条1項・2項)。裁判所は、質問の結果、法定の欠格事由(同法 14条),就職禁止事由(同法15条),事件に関連する不適格事由(同法17条)に該当し、またはその他裁判所が不公平な裁判をするおそれがあると認めた者(同法 18条)について、当事者の請求または職権により、不選任の決定をする(同法34条4項)。また、裁判所は、辞退の申立てをした裁判員候補者について、質問の結果、法定の辞退事由(同法16条)に該当すると認めたときは、不選任の決定をする(同法34条7項)。さらに、検察官及び被告人は、それぞれ4人の裁判員候補者(ただし、裁判官1人、裁判員4人の合議体で審判する場合は3人。補充裁判員が置かれる場合には、その貝数が1または2人の場合は1人、3または4人の場合は2人、5または6人の場合は3人を加えた員数)につき、理由を示さずに不選任の請求をすることができ、裁判所は、この請求があった裁判員候補者について不選任の決定をする(「理由なし不選任」と称する)(同法 36条)。以上の手続を経た後、裁判所は、最高裁判所規則で定めるくじその他作為が加わらない方法に従い。不選任の決定がなされなかった裁判員候補者から、裁判員及び補充裁判員を選任する決定をする(同法 37条)。裁判長は、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判員及び補充裁判員に対し、その権限、義務その他必要な事項を説明し、裁判員及び補充裁判員は、法令に従い公平誠実に職務を行うことを誓う旨の重替をする(同法39条)。*2015(平成27)年の法改正により、被害者特定事項の秘匿決定(刑訴法 290条の2)のあった事件の裁判員等選任手続においては、裁判官,検察官,被告人及び弁護人は、裁判員候補者に対し、被害者特定事項を正当な理由なく明らかにしてはならず、また、裁判員候補者または候補者であった者は、裁判員等選任手続で知った被害者特定事項を公にしてはならない旨の規定(裁判員法33条の2)が設けられている。(3) 選任された裁判員及び補充裁判員は、法令に従い公平誠実にその職務を行うこと(裁判員法9条1項・10条4項),裁判の公正さに対する頼を損なうおそれのある行為や裁判員の品位を害するような行為をしないこと(同法9条3項・4項・10条4項),宜著(同法39条2項),裁判員の関与する判断をするための審理をすべき公判期日ならびに公判準備において裁判所がする証人その他の者の尋間及び検証への出頭の義務(同法 52条)を負うほか、評議に出席し、意見を述べる義務(同法66条2項),構成裁判官の合議による法令の解釈に係る判断・訴訟手続に関する判断に従って職務を行う義務(同法66条4項),判決等の宣告期日に出頭する義務(同法63条1項),評議の秘密その他の職務上知り得た秘密を漏らしてはならない守秘義務を負う(同法9条2項・10条4項・70条1項)。*法制審議会は、映像と音声の送受による裁判員等選任手続期日への出席・出頭について、次のような要綱((骨子)「第2-2・3」)を示している(1)裁判所は、相当と認めるときは、検察官及び被告人または弁護人の意見を聴き、呼び出すべき裁判員候補者の全部または一部を裁判官及び訴訟関係人が裁判員等選任手続を行うために在席する場所以外の場所であって適当と認めるものに在席させ、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、裁判員等選任手続を行うことができるとし、この場合、その場所に在席した裁判員候補者は、その裁判員等選任手続の期日に出頭したものとみなす。(2)裁判所は、相当と認めるときは、検察官及び弁護人の意見を感き、裁判官及び訴訟関係人が裁判員等選任手続を行うために在席する場所以外の場所であって適当と認めるものに被告人を在席させ,映像と音声の送受により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、裁判員等選任手続を行うことができる。
(1)裁判員の参加する合議体の構成は、原則として、職業裁判官3人,裁判員6人である(裁判員法2条2項本文)。裁判員裁判対象事件は、後記のとおり法定合議事件の中でも特に重大な事件であるから、現行の法定合議事件と同様に、裁判官3人を含む裁判体による審理・裁判が必要とされたのである。*合議体の構成の例外として、公判前整理手続による争点及び証拠の整理において公訴事実につき争いがないと認められ、検察官,被告人及び弁護人に異議がなく、事件の内容その他の事情を考慮して裁判所が適当と認めるときは、職業裁判官1人、裁判員4人から成る合議体で審理及び裁判をすることができる(裁判員法2条2項但書・3項・4項)。この小合議体で審判を行う決定があった後でも、裁判所が、被告人の主張,審理の状況その他の事情を考慮して、事件を小議体で取り扱うことが適当でないと認めたときは(例,審理途中で被告人が否認に転じた場合),決定で、小合議体で審判を行う決定を取り消すことができる(同法2条7項)。小合議体で審判する決定が取り消された場合には、裁判官3人、裁判員6人の合議体での審理となるので、新たな裁判員を追加選任し、公判手続の更新(同法61条1項)を行って審理を継続することになる。なお、制度施行以来小合議体を用いた実例は皆無である。法定合議事件のうち特に重大事件を対象とする裁判において、職業裁判官の員数を法定合議事件より減数するのは不合理であり、裁判所法の基本的考え方との整合性に欠ける。法律原案には無く、立法府における政治的妥協の産物である小合議体規定は、現状どおりの死文化が賢明であり、立法論としては削除すべきである。(2) 裁判所は、審判の期間その他の事情を考慮して必要と認めるときは、「補充裁判員」を置くことができる。その員数は合議体を構成する裁判員の員数を超えることはできない。補充裁判員は、裁判員の関与する判断をするための審理に立ち会い、合議体の裁判員の員数に不足が生じた場合に、不足した裁判員に代わって、裁判員に選任される。補充裁判員は、裁判員に選任される前であっても、訴訟に関する書類及び証拠物を関覧することができる(製判員法10条)。この制度は、裁判所法の定める補充裁判官と同趣旨のもので(判所法78条)、選任後も、公判手続の更新は不要となる。(3)職業裁判官と裁判員の権限については、裁判官と裁判員が基本的に対等の権限を有する事項(裁判員の関与する判断)と、職業裁判官のみが権限を有する事項の区別がある。実体裁判における事実の認定、法令の適用及び別の量定は、受訴裁判所の構成員である職業裁判官(以下「構成裁判官」という)及び裁判員の合議による(裁判員法6条1項・66条1項)。これに対して、法令の解釈に係る判断や訴訟手続に関する判断は、構成裁判官のみの合議による(同法6条2項・68条1項)。これらの事項は、法的学識に基づく専門技術的判断を要すること、迅速な判断を求められる場合もあること、法的安定性が強く要請されることから、法的判断の専門家である職業裁判官に委ねるのが適切とされたものである。もっとも、これらの事項についても、構成裁判官は、その合議により、裁判員に評議の傍聴を許し、意見を聴くことができる(同法68条3項)。審理についても、裁判員の関与する判断をするための審理は構成裁判官及び裁判員で行い、それ以外の審理は構成裁判官のみで行うのが原則であるが(同法6条3項),構成裁判官の合議により、裁判員の立会いを許すことができる(同法60条)。* 例えば、殺人事件において、殺意の有無が争点の場合に、「殺意があるといえるためには殺害結果の認識・認容を要し,これで足りる」という構成裁判官の法令解秋に関する判断を前提として、裁判員は、構成裁判官と共に、被告人の供述や器の形状,加害の部位・程度などに関する証拠に基づき事実を認定し、これを踏まえて、「殺意」が認められるかどうかという法の適用についても判断することになる。法令解釈等,裁判員に判断権限のない事項につき裁判員の意見を聴くことができるとする規定の立法政策的妥当性は疑問であろう。また、裁判官が量刑評議に際して,刑事政策・行刑・犯罪者の更生保護等について裁判員に正確な説明をすることは重要であるが、例えば、死刑の合憲性のような意法解釈について裁判員の意見を聴くのは不当である。また、自白の任意性や違法収集証拠の証拠能力に関する判断のための評議に裁判員の傍聴を許すことは、裁判員に不当な予断・偏見を与えるおそれがあろう〔第4編第2章Ⅰ(3)*参照】。(4) 公判手続において、裁判員は、裁判員の関与する判断に必要な事項について、証人を尋問し、被告人に質問するなどの権限を有する。裁判員は、尋問または質問するに当たっては、その旨を裁判長または構成裁判官に告げることを要する(裁判員法56条~59条)。(5)裁判員裁判の対象となるのは、次のいずれかに当たる事件である(裁判貝法2条1項)。被告人は、裁判員の参加する裁判を辞退することはできない。裁判員裁判は、法定合議事件と同様に、対象事件についてはこの制度による裁判を行うのが適切と法律上設定されたものであり、裁判員裁判を受けることは被告人の権利ではない。故に,被告人の選択権は認められない。①死刑または無期物禁刑に当たる罪に係る事件(刑法処では、現住建造物等放火、通貨造・道通貨行使、不同意わいせつ等致死傷、殺人。身代金目的略取等、強盗致死傷,強盗・不同意性交等及び同致死等が該当)② ①を除き、法定合議事件(裁判所法26条2項2号に掲げる事件)であって、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に係るもの(刑法では、傷害致死,遺棄等致死,逮捕等致死等が該当)ただし、例外として、対象事件であっても、裁判員候補者や裁判員、その親族等の生命、身体、財産に危害が加えられるおそれ、あるいはこれらの者の生活の平穏が著しく侵害されるおそれがあるために、裁判員候補者が怖し、その出頭確保が困難な状況にあること、あるいは、裁判員が怖し、その職務遂行ができずこれに代わる裁判員の選任も困難である場合には、裁判員の負担が過重となりかねないなどの理由から、例外的に裁判官のみの合議体で取り扱うこととされている。この要件は、被告人の言動、被告人がその構成員である団体の主張もしくはその団体の他の構成員の言動、現に裁判員候補者もしくは裁判員に対する加害もしくはその告知が行われたことその他の事情に照らして、個別の事件ごとに、地方裁判所が、合議体で判断する。受訴裁判所を構成する裁判官は、この合議体の構成員となることはできない(裁判員法3条)。また、対象事件であっても、公判前整理手続による手点及び証拠の整理を経た場合において、審判に要すると見込まれる期間が著しく長期にわたること、または裁判員の出頭すべき公判期日等の回数が著しく多数に上ることを回避することができないとき、裁判所は、他の事件における裁判員の選任または解任の状況、裁判員選任手続の経過その他の事情を考慮し、裁判員の選任が困難であり、または審判に要すると見込まれる期間の終了に至るまで裁判員の職務遂行の確保が困難であると認めるとき等には、例外的に裁判官のみの合議体で取り扱う決定をすることができる(同法3条の2)。この例外は、2015(平成27)年法律 37号で追加された。著しい長期審理が見込まれ、裁判員・補充裁判員の選任が困難となるようなごく例外的な事件を想定したものである。なお、裁判所は、対象事件以外の事件でも、その弁論を対象事件の弁論と併合することが適当と認められるものについては、決定で、裁判員の参加する合議体で取り扱うことができる(同法4条1項)。例えば、殺人被告事件とその被害者の死体に係る死体遺棄事件のように,併合審理が適当である場合が想定されるので、対象事件以外の事件でも、裁判員の参加する合議体で取り扱うことができるようにしたものである。裁判所は、対象事件以外の事件を裁判員の参加する合議体で取り扱う決定をした場合には、その事件の弁論を対象事件の弁論と併合しなければならない(同条2項)。また、対象事件が、罰条の撤回・変更により対象事件に該当しなくなった場合でも、その事件は、引き続き、裁判員の参加する合議体で取り扱うのが原則である。ただし。裁判所が、審理の状況その他の事情を考慮して適当と認めるときは、決定で、その事件が裁判員制度対象事件でない法定合議事件となった場合には裁判官3人の合議体で、単独事件となった場合には裁判官1人で、取り扱うことができる(同法5条)。これは、例えば、訴因の撤回・変更が審理の初期に行われ、その後も相当期間の審理が予定され、引き続き裁判員の関与を求めるのは、主に裁判員の負担等の観点から適切でないと思われる場合を想定したものである。なお、対象事件以外の事件が、審理中に、罰条の変更により対象事件となった場合には、裁判員の参加した合議体でその事件を取り扱うことになるため、新たに裁判員を選任し、公判手続の更新を行い,審理を継続することになる。
2001(平成13)年、司法制度改革審議会意見書は、「刑事訴訟事件の一部を対象に、広く一般の国民が、裁判官と共に、責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的、実質的に関与することができる新たな制度」(裁判員制度)の導入を提言した。これを受けて 2004(平成16年5月に「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」(法律63号)が制定・公布され[以下「裁判員法」という],2009(平成21)年5月21日から施行されている。かつてわが国では、1928(昭和3)年から陪審制度が実施されていたが、約15年で制度が停止されていた。裁判員制度は、約60年ぶりに刑事裁判の中校部分に国民の司法参加を導入するものである。裁判員法は、制度導入の趣旨として、一般国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進と頼の向上に資することを挙げ、裁判員の参加する刑事裁判に関し、裁判所法及び刑訴法の特則その他の必要な事項を定めている(裁判員法1条)。なお、裁判員制度の合憲性については、最高裁大法廷の詳細な判断が示されている(最大判平成 23・11・16刑集65巻8号1285頁)。裁判員制度の導入に伴い。一般国民が裁判に参加しやすいようにするため、刑事裁判の充実・迅速化を目標とした刑訴法と刑訴規則の改正が実現した。また、裁判手続を理解しやすいものとするため、一般国民にとって分かりやすい裁判の実現が期待されていた。制度施行以降、手統関与者の意識的努力により、特に公判の準備と公判手続の運用に劇的な変化が生じつつあり、両当事者の十分な公判準備と争点整理を踏まえて、人証を中核とした直接主義・口頭主義の審理が集中的・連日的に行われている。それは、現行法制定当初から想定されていた本来の当事者追行主養訴訟の姿を実現するものである。すべての手続関与者の間に、裁判員裁判の刑事公判こそが、本来の刑事裁判の在り方を顕現するものだとの認識が定着してゆくことが望まれる。以下では、裁判員法の規定のうち、刑事訴訟手続全般と公判手続に密接に関連する部分を説明する。
(1) 公判手続の更新とは、公判の基本原則である直接主義・口頭主義に反する事情(例,裁判官の途中交替)が生じた場合に、これにより失効した部分(例,交替前の裁判官が公判期日における証人尋問から直接感得した心証)を、公判手続中において補充整備する活動をいう。次の場合、公判手続を更新しなければならない。①開廷後裁判官が替わったとき。ただし、判決の賞告をする場合はこの限りでない(法315条)。弁論終結後に交替した裁判官は、審理に関与せず判決を代読するのみであるから、更新は必要ない。裁判員裁判において裁判員が替わった場合も更新が必要となる(裁判員法 61条1項)。②開延後、被告人の心神喪失により、公判手続を停止したとき(規則213条1項)。③簡易公判手続によって審判をする旨の決定、または即決裁判手続によって審判をする旨の決定が取り消されたとき。ただし、検察官及び被告人または弁護人に異議がないときは、この限りでない(法315条の2・法350条の25第2項)。なお,このような決定の取消しにより後発的に失効したそれまでの手続を無条件に公判手続に引き継ぐのは適当でないことから、この更新においては、通常の更新とは異なり、原則として、省略されていた冒頭陳述以降の通常手続を実施するべきである【1(2))。このほか、開廷後長期間にわたり開廷しなかった場合において必要があると認めるときは、公判手続を更新することができる(規則 213条2項)。(2) 更新の具体的方法は次のとおりである(規則 213条の2)。裁判長は、まず検察官に公訴事実の要旨を陳述させ、被告人及び弁護人に被告事件について陳述する機会を与える。洗いで、更新前の証拠調べの結果(例.証人や被告人の公判供述を録取した公判調書、取調べ済みの供述調書。検証調書等の証拠書類や公判期日に取り調べた証拠物等)については、職権で証拠書類または証拠物として取り調べなければならない。裁判長は、取り調べた各個の証拠について、訴訟関係人の意見及び弁解を聴かなければならない。なお、裁判長が前記の書面または物を取り調べる場合において、訴訟関係人が同意したときは、その全部もしくは一部を朗読し、または示すことに代えて、「相当と認める方法」でこれらを取り調べることができる。こうして、更新前の公判廷供述は公判調書(証拠書類)の記載内容の形に転化して証拠となり、更新後の新しい構成の裁判体が心証を再形成してゆくことになる。更新前にされていた証拠決定や当事者の請求・申立ては、そのまま更新後も効力が維持される。なお、裁判員裁判において、裁判員が交替した場合の公判手続の更新については、新たに加わった裁判員が、争点及び取り調べた証拠を理解することができ、かつ、その負担が過重にならないようなものとしなければならない旨の規定が設けられている(裁判員法61条2項)。はなはだ困難な要請であるが、関係者の工夫努力が望まれる。裁判員裁判の判決が破棄差戻しとなった場合の差戻し第1審裁判員裁判においても、審理における尋問・口頭陳述とその状況を録音・録画した記録媒体(判具法6条)を利用するなど、心証形成のための更新に工夫を要しょう。
次のような事情が生じたとき、裁判所は、公判手続を停止しなければならない。①被告人が心神喪失の状態にあるときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、その状態の続いている間、公判手続を停止しなければならない(法314条1項本文)。心神喪失の状態とは、訴訟能力、すなわち、被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防禦をすることができる能力をく状態をいう(最決平成7・2・28制集49巻2号481頁、最判平成10・3・12刑集52巻2号17頁)〔なお、回復の見込みが乏しい場合について、第2編公訴第2章Ⅰ 1(3)(b)**〕。②被告人が病気により出頭することができないときは、検察官及び弁護人の意見を職き、決定で、出頭することができるまで公判手続を停止しなければならない。ただし、法284条・285 条の規定により代理人を出頭させた場合は、この限りでない(法314条2項)。③犯罪事実の存否の証明にくことができない重要証人が病気のため公判期日に出頭することができないときは、公判期日外においてその取調べをするのを適当と認める場合のほか、決定で、出頭することができるまで、公判手続を停止しなければならない(法314条3項)。なお、以上の場合に公判手続を停止するには、医師の意見を聴かなければならない(法314条4項)。④訴因または罰条の追加・変更により、被告人の防禦に実質的な不利益を生じるおそれがあると認めるときは、被告人または弁護人の請求により、決定で、被告人に十分な防禦の準備をさせるため、必要な期間公判手続を停止しなければならない(法312条7項)〔第2編公訴第3章Ⅳ 2(1)]。
1)裁判所は、適当と認めるときは、検察官,被告人もしくは弁護人の請求により、または職権で、決定をもって、弁論を分離し、もしくは併合し、または終結した弁論を再開することができる(法313条1項)。なお、被告人の防禦が互いに相反するなどの事情があって被告人の権利を保護するため必要があると認めるときは、検察官,被告人もしくは弁護人の請求により、または職権で、決定で、弁論を分離しなければならない(法313条2項、規則210条、なお少年法49条2項)。ここで「弁論」とは、広く審理手続全体を意味する。1人の被告人の1個の事件の審理手続すなわち弁論の個数は1個であり、追起訴のあった事件を併合して審理するには、弁論併合の決定が必要である。また1通の起訴状に数個の事件が記載され同時に起訴された場合であっても、これらの複数の事件を同時に併合審理するためには、本来、弁論併合の決定が必要である。明示の併合決定を経ずに数個の事件を併合審理している場合は、黙示の併合決定があったものとみるべきである(最判昭和27・11・14集6巻10号1199頁参照)。(2) 証拠調べの予定されている公判期日に併合審理されている共同被告人のうち1人が欠席した場合に、弁護人に異議なきときは、期日の空転を回避するため、欠席した被告人について弁論を仮に分離して、これを公判準備に切り替え、他の被告人の公判期日と欠席した被告人の公判準備期日を併存させて証拠調べを行い(例。公判期日に予定されていた証人尋問を実施),次回期日に弁論を併合するという運用が行われることがある。このような仮の分離は、共同被告人をその地位から離脱させて証人として尋問する場合にも用いられることがある〔第4編証拠法第5章Ⅴ〕。(3) 弁論の再開は、実務上は、結審後判決前の時点で、被害者との間の示談が成立し、情状に関する証拠として示談書や嘆願書等の取調べが必要になった場合等に行われる例が多い。再開後の手続は、再開前の手続と一体のものとなり,再開後に証拠調べが行われたときは、再び論告・弁論・最終陳述を経て結審する。
(1)検察官は、公訴を提起しようとする事件について、事案が明白かつ軽微であり、公判での証拠調べが速やかに終わると見込まれることなどの事情を考感し、相当と認めるときは、被疑者の同意を得た上で、公訴の提起と同時に、即決裁判手続の申立てをすることができる。ただし、死刑または無期もしくは短期1年以上の拘禁刑に当たる事件については、申立てをすることができない(注350条の16第1項・2項)。なお、被疑者に弁護人がある場合には、被疑者の同意のほか、弁護人が同意し、または意見を留保する場合に限る(法350条の16第4項)。被疑者が同意をするかどうかを明らかにしようとする場合に、貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは、裁判官は,被疑者の請求により、国選弁護人を選任しなければならない(法 350条の17)。(2) 裁判所は、即決裁判手続の申立てがあった事件について、弁護人が意見を留保しているとき、または申立てがあった後に弁護人が選任されたときは、弁護人に対し、できる限り速やかに、同手続によることについて同意をするかどうかの確認を求めなければならない。また、申立てがあった場合、できる限り早い時期に公判期日を開かなければならず(できる限り、公訴提起の日から14日以内[規則222条の18])、それが可能となるように、裁判所、検察官は、それぞれ、弁護人の選任、証拠開示等の公判準備をできる限り速やかに行わなければならない(法350条の18~350条の21)。裁判所は、公判期日の冒頭手続において,被告人が訴因について有罪である旨の陳述をしたときは、事件が即決裁判手続によることが相当でないと認めるとき等を除き、同手続によって審判をする旨の決定をする(法350条の22)。即決裁判手続では,裁判所は、適当と認める簡易な方法による証拠調べを行った上(法350条の24),原則として即日判決を言い渡さなければならない(法350条の28)。事者が異議を述べない限り、伝開法則による証拠能力の制限は適用されない(法350条の27)。裁判所は、即決裁判手続によって審判する旨の決定後、判決を言い渡すまでに,被告人または弁護人が同手続によることについての同意を撤回したとき、被告人が有罪である旨の陳述を撤回したときや、同手続によることが相当でないと認めたとき等には、同決定を取り消さなければならない。この場合には、簡易公判手続決定の取消しの場合と同様に、公判手続を更新しなければならない。ただし、検察官及び被告人または弁護人に異議がないときは、この限りでない(法350条の25)。なお、被告人の権利保護のため、弁護人が選任されていないときは、即決裁判手続に係る公判期日を開くことができない(法 350条23)即決裁判手続の申立てがあった場合において、被告人に弁護人がないときは、裁判長は、できる限り速やかに、職権で弁護人を付さなければならない法 350条の18)。(3)即決裁判手続では、拘禁刑の言渡しをする場合には、刑の全部の執行猶予の言渡しをしなければならないという科制限がある(法350条の29)。また、手続の迅速・効率化を図るため、即決裁判手続による判決に対しては、罪となるべき事実の誤認を理由とする上訴はできないとの上訴制限が設けられている(法403条の2・413条の2)。被告人は、弁護人の助言を得つつ数行予となるごとなどを承知の上、即決裁判手によることについて同意をし、また。判決が言い渡されるまでは、同意を撤回して通常の手続による審判を受けることができたのであるから、このような手続保障と刑制限を前提に,事実誤認を理由とする上訴を制限しても、被告人の権利の不合理な制約とはいえないであろう。最高裁判所は、このような理由を説示して、上訴制限が憲法32条に違反するものではないとし、また、被告人に対する手続保障の内容に照らし、即決裁判手続の制度自体が虚偽自白を誘発するものとはいえないから、憲法38条2項に反するものではないと判断している(最判平成21・7・14刑集63巻6号623頁)。
即決裁判手続は、犯罪事実に争いのない軽徴な事件(執行猶予相当または罰金相当の事件)について、公訴提起後できるだけ早期に公判期日を開き、簡易な方法による証拠調べを行った上、原則として即日判決を言い渡す手続である。手いのない事件の裁判を簡易・迅速に終結できるよう裁判手続全体の合理化・効率化を図り、争いのある事件、裁判員裁判対象事件等の捜査・公判手続に人的資源を重点的に投入しようとの趣旨で導入された。簡易公判手続とは異なり、証拠調べ手続の簡略化のみならず、起訴時点の検察官の申立てによる起動から判決や上訴も含む手続全体の簡易化・迅速化が目標とされている。事実関係が単純で、公訴事実に争いがなく、罰金刑相当か、または拘禁刑について実刑に処す必要がなく、ある程度類型的な量刑判断に親しむ事件が対象に想定され、地方裁判所では入管法違反と初犯の覚醒剤取締法違反の罪,簡易裁判所では窃盗罪について用いられる場合が多い。なお、立法論としては、類型的量刑判断が可能な物禁刑の実刑相当事案にも適用範囲を拡大することが考えられよう。捜査省力化のため被告人が否認に転じた場合の公訴取消し・再捜査・再起訴制限緩和については、前記のとおり法改正が行われた(法 350条の26)〔第2編公訴第1章II2(4)*)。