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表見代理

公開:2025/10/21

ガイダンス表見代理は、代理権のない者が代理人として法律行為を行った場合に、相手方の信頼・取引の安全を保護するため、その効果を本人に帰属させる制度です。民法は、本人が代理権授与表示をした場合(109条)、代理人が権限外の行為をした場合(110条)、代理権消滅後に代理行為をした場合(112条)の3類型の表見代理を規定しています。民法109条の代理権授与表示(最判昭35.10.21)■事件の概要東京地方裁判所厚生部(厚生部)は、同裁判所の部局ではないが、同裁判所職員の福利厚生をはかるため、同裁判所の一室で職員らが事業担当者として生活用品の販売活動等を行い、商品の発注書や支払証明書に裁判所印を使用する等しており、同裁判所もこのような活動を認めていた。判例ナビ繊維製品を販売するXは、厚生部と売買契約を締結して生地等を納品したところ、厚生部が代金を支払わなかったため、Y(国)に対し、支払を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を棄却したため、Xが上告しました。■裁判所の判断およそ、他人に自己の名義、商号等の使用を許し、もしくはその者が自己のために取引する権限ある旨を表示し、もってその他人のする取引が自己の取引なるかの如く見える外形を作り出した者は、この外形を信頼して取引した第三者に対し、自ら責に任ずべきであって、このことは、民法109条、商法23条(現14条)等の法理に照らし、これを是認することができる。本件において、東京地方裁判所が「厚生部」が「東京地方裁判所厚生部」という名称を用い、その名称のもとに他と取引することを認め、その職員Aらをして「厚生部」の事務を総轄せしめ、…(中略)…厚生部をして自己の部局をあらわす文字である「部」と名付けられ、同裁判所の一部を使用し、現に裁判所の職員が事務を執っている「厚生部」というものが存在するときは、一般人は法人格においてそのような部局が定められたものと考えるのがむしろ当然であるから、「厚生部」は、東京地方裁判所の一部としての表示の効力を有するものと認めるのが相当である。殊に、所轄財務局長官に厚生係がおかれ、これと同じ趣旨において、同じ職務によって事務の処理がなされている場合に、厚生係は裁判所の一部分であるが、「厚生部」はこれと異なり、裁判所とは関係のないものであると一般人をして認識せしめることは、到底期待し難いものであって、取引の相手方としては、部と云おうが係と云おうが、これを同一のものと観るに相違なく、これを咎めることはできないのである。…東京地方裁判所が、「厚生部」の事業の継続発展を認めた以上、これにより、東京地方裁判所は、「厚生部」のする取引が自己の取引なるかの如く見える外形を作り出したものと認めるべきであり、若し、「厚生部」の取引の相手手であるXが善意無過失でその外形に信頼したものとすれば、同裁判所はXに対し本件取引につき自ら責に任ずべきものと解するのが相当である。解説本判決は、「東京地方裁判所厚生部」が東京地方裁判所の部局であるかの外形を有することを含め、東京地方裁判所がその名称で取引を行うことを許していたことを民法109条の代理権授与表示にあたると考え、Xに対して任意に負う可能性があることを認めました。そして、Xが善意無過失で外形を信頼したかどうか審理を尽くすため、事件を原審に差し戻しました。この分野の重要判例◆白紙委任状…と民法109条(最判昭39.5.23)論旨は、…Xは民法109条(現同条1項)にいわゆる「第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者」に該当という。しかしながら、不動産所有者がその所有不動産の所有権移転、抵当権設定等の登記手続に必要な各種書類、白紙委任状、印鑑証明書を特定の第三者たるAに交付した場合においても、右の者が右書類を利用し、自ら不動産所有者の代理人として任意に第三者との間に不動産処分に関する契約を締結したときとなり、本件の場合のように、右記載書類の交付を受けた者がさらにこれを第三者に交付し、その第三者において右記載書類を利用し、不動産所有者の代理人として他の第三者と不動産処分に関する契約を締結したときに、必ずしも民法109条の所論要件事実が具備するとはいえない。けだし、不動産登記手続に要する右記載の書類は、これを受けた者により不動産所有者に代わり、不動産を譲渡することを含意するものではないから、不動産所有者は、前記の書類を直接交付を受けた者にたいして、とくに前記の書類を他人に渡しても差し支えない趣旨で交付した場合は格別、右書類中の委任状の受任者名義が白地であるからといって当然にその者がよりさらに第三者に交付して新たにその者がこれを濫用した場合にまで民法109条に該当するものとして、濫用者による契約の効果を甘受しなければならないものではないからである。解説本件は、Aが、Xから金銭を借り受けるにあたり、担保として自己所有の土地に抵当権を設定するために、土地の権利証、白紙委任状、印鑑証明書をAに交付して登記手続を委任したところ、Aはこれらの書類をBに交付し、Bが、Xから何らの委任を受けていないにもかかわらず、これらの書類を使って自己のYに対する将来の債務を担保するために本件土地に根抵当権を設定し仮登記をしたため、XがYに対し、仮登記の抹消登記を請求したという事案です。民法109条の表見代理の成立要件である代理権授与表示の有無が問題となりましたが、本判決は、これを否定し、Xの請求を認めました。過去問1 代理権授与の表示による表見代理(民法109条第1項)においては、授権の表示が要件とされており、他人に代理権を与えた旨の表示が必要である。これに関し、積極的に本人が自己の名称の使用を認めたのではなく、他人が本人の営業の一部と誤認されかねない表示をして取引をした場合は、本人がそれを知りつつ容認又は放置していたときであっても、民法109条第1項は適用されず、本人は責任を負わない。(公務員2013年)1 × 判例は、東京地方裁判所が、その部局ではない「東京地方裁判所厚生部」が取引をすることを認めていた事案で、その取引について東京地方裁判所自らが責任を負うべきであるとしています(最判昭35.10.21)。民法110条の基本代理権(最判昭35.2.19)■事件の概要A会社は、勧誘外交員を使って一般人を勧誘し、金融機関の預金よりも高い利率で預り入れをし、その借入金を個人や業者に貸し付けるのを業としていた。Yは、Aの勧誘外交員であるが、健康上の理由で自らは勧誘行為を行わず、長男Bに勧誘を行わせていた。Xは、Bの勧誘により、Aに30万円を貸し付けたが、その際、Bは、Yに無断で、Aの貸付債務についてYが保証をする旨の保証契約を締結した。無権代理判例ナビその後、Xは、Yに対し、保証債務の履行を求めましたが、Yは、これを拒絶しました。そこで、Xは、Yを相手として、民法110条の表見代理が成立することを理由に、保証債務の履行を求める訴えを提起しました。原審が110条の表見代理の成立を認めてXの請求を認容したため、Yは、勧誘という事実行為の委託に基づいて110条の表見代理の成立を認めることは違法であると主張して、上告しました。■裁判所の判断本件において、民法110条を適用し、Yの保証契約上の責任を肯定するためには、先ず、Yの長男BがYを代理して少なくともなんらかの法律行為をなす権限を有していたことを判示しなければならない。しかるに、原審が認定した事実のうち、BのY代理権に関する部分は、Yが、勧誘外交員を使用して一般人から勧誘し金員の借入れをしていたとの勧誘員となったが、その勧誘行為は健康上これを為さず、事実上長男Bをして一切これを担当させたという点だけであるにかかわらず、原審は、Bのする勧誘行為はYのBに与えられた代理権限に属されるとなしたものであることは明らかであるが、勧誘行為というのは、人を勧めてこれに応ずるよう誘引する事実行為たるに過ぎないのであるから、勧誘員は自らは、勧誘の前提である金員の貸借契約の締結行為をする権限は有しないのであるから、単に勧誘の事実行為のみの委任であるとすれば、右事実行為をもって直ちにBがYを代理する権限を有していたものということはできないといわなければならず、原判決はBの権限が法律行為をなす代理権に属することを理由に理由がないものであるといわなければならない。解説民法110条は、「代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるとき」(108条1項本文を準用すると規定しています。「権限」とあることから、110条の表見代理が成立するには、本人が代理行為をした者になんらかの権限を与えている必要があります。この権限を基本代理権といいます。基本代理権がどのようなものでなければならないかは、条文上、明らかではありませんが、判例は、売買契約を締結するといった法律行為に関する権限でなければならないという立場です。そのうえで、そのように解しています。そして、一般人に、Aに金銭を貸し付けるよう勧誘する行為は事実行為にすぎないととして、110条の表見代理の成立を認めた原判決を破棄し、事件を原審に差し戻しました。この分野の重要判例◆公法上の代理権と民法110条(最判昭46.6.3)公法上の行為についての代理権は民法110条の規定による表見代理の成立の要件たる基本代理権にあたらないと解すべきであるとしても、その行為が特定の私法上の取引行為の一環としてなされるものであるときは、右規定の適用に関しても、その行為の相手方の信用を保護することはできないのであって、実体上登記義務を負う者がその登記の申請行為を他人に委任して登記申請をこれに交付したような場合に、その受任者の権限の外観に対する第三者の信頼を保護する必要があることは、委任者が一般の私法上の行為の代理権を与えた場合におけると異なるところがないものといわなければならない。したがって、本人が登記申請行為を他人に委任してこれにその権限を与え、その他人が右権限をこえて第三者との間に取引行為をした場合において、その登記申請行為が本来のように私法上の契約による義務の履行のためにされるものであるときには、その権限を基本代理権として、右第三者との間の行為につき民法110条を適用し、表見代理の成立を認めることを妨げないものと解するのが相当である。過去問1 代理権踰越の表見代理が認められるためには、代理人が本人から何らかの代理権(基本代理権)を与えられていることが必要であるが、基本代理権は、私法上の行為についての代理権であることが必要であり、公法上の行為についての代理権はこれに含まれることはない。(公務員2017年)1 × 判例は、公法上の行為である登記申請の代理権が私法上の契約による義務の履行のためにされるものであるときは、当該申請行為に関する代理権を基本代理権として、民法110条の表見代理が成立することを認めています(最判昭46.6.3)。表見代理日常家事代理権と民法110条(最判昭44.12.18)■事件の概要Xの夫Aは、自己が経営する会社の債務を弁済するため、Xの婚姻前から所有する特有財産である本件土地建物をXに無断でYに売却し、登記もYに移転した。その後、XはAと離婚した。Xは本件地建物の売却や登記移転手続をしたことがないなどと主張して、Yに対し、所有権移転登記の抹消登記手続を請求した。判例ナビYは、XがAに代理権を授与したと主張し、また、かりに代理権が授与されていなかったとしても、Aは民法761条によりXを代理する権限を有していたから表見代理が成立すると主張しました。これに対し、第1審、控訴審は、XからAへの代理権授与も、表見代理の成立も認めなかったため、Yが上告しました。■裁判所の判断民法761条は、「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責に任ずる。」と規定して、単に夫婦は夫婦の日常の家事に関する法律行為につき、互にその責任のみについて規定しているにすぎないけれども、同条は、その実質においては、さらに、右のような効果の生じる前提として、夫婦は相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することををも規定しているものと解するのが相当である。そして、民法110条にいう第三者が代理人の権限があると信ずるについて正当な理由があるか否かを判断するにあたっては、個々の夫婦の共同生活を営むうえにおいて通常必要な法律行為であるものはもとより、その具体的な範囲は、個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入等によって異なり、また、その夫婦の共同生活の存在する地域社会の慣習によっても異なるといううべきであるが、他方、問題になる具体的な法律行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属するか否かを決するにあたっては、同条が夫婦の一方と取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることにも鑑み、単にその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも十分に考慮して判断すべきである。しかしながら、その反面、夫婦の一方がその他の一方の名義において権限の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合において、その代理権の存在を基礎として広く一般的に民法110条の表見代理の成立を肯定することは、夫婦の財産的独立をそこなうおそれがあって、相当でないから、夫婦の一方が他の一方に対しその他の何らかの代理権を授与していない以上、当該規定の適用は、問題の行為が他の一方の特有財産を処分する等、その外形において、当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると認められる場合に限られるものと解すべきである。ところで、原審の確定した事実関係のもとにおいては、右売買契約は当時夫婦であったAとXとの日常の家事に関する法律行為であったとはいえないことはもちろん、その売買契約がAとXとの日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつきYにおいてその契約がAとX夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由があったともいえないことも明らかである。解説本件は、Aが本件土地建物を売却し、所有権移転登記をする代理権をXから与えられていませんから、Aの行為は無権代理行為です。そこで、民法110条の表見代理の成立が問題となりますが、この問題には、①AにはXを代理する何らかの権限が認められるか、②認められるとした場合、それを基本代理権として110条の表見代理が成立するかという2つの問題が含まれています。本判決は、761条が日常家事代理権を規定しているとして①を肯定しました。②については、日常家事代理権を基本代理権とする110条の表見代理の成立を否定しました。表見代理の成立を認めると、夫婦の財産的独立が損なわれ、夫婦別産制(762条1項)の趣旨が壊れてしまうからです。過去問1 夫婦の一方は、個別に代理権の授権がなくとも、日常家事に関する事項について、他の一方を代理して法律行為をすることができる。 (宅建2017年)2 Aは、妻であるBに無断で、自己の借金の返済のためにB所有の自宅建物をCに売却した。Cが、AとBが夫婦であることから、AにB所有の自宅建物の売却について代理権が存在すると信じて、取引をした場合には、民法第110条の趣旨を類推適用して、CはB所有の自宅建物の所有権を取得する。 (公務員2018年)1 ○ 民法761条は、夫婦の日常家事に関する法律行為の効果を規定しているだけでなく、そのような効果の生じる前提として、夫婦は相互に日常家事に関する法律行為について他方を代理する権限(日常家事代理権)を有することもをも規定しています(最判昭44.12.18)。2 × Cが民法110条の趣旨の類推適用によりB所有の自宅建物の所有権を取得するには、AとC間の売買契約がA B夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由がなければなりません(最判昭44.12.18)。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

詐欺

公開:2025/10/21

ガイダンス詐欺による意思表示は、原則として取り消すことができます(民法96条1項)。ただし、第三者が詐欺を行った場合は、相手方が詐欺の事実を知り、または知ることができた場合に限り、取り消すことができます(同条2項)。第三者が詐欺を行った場合は、何ら落ち度のない意思表示の相手方を保護する必要があるからです。詐欺による取消しの意思表示は、善意無過失の第三者に対抗することができません(同条3項)。民法96条3項の「第三者」の登記の必要性(最判昭49.9.26)■事件の概要Xは、自己の所有する農地(本件土地)をAに売却する契約を締結した。契約締結当時、Aは、代金を現金ですぐに支払える状態ではなかったが、本件土地上に建売住宅を建設・販売し、その代金を支払いに充てると説明し、Xもこの説明を信じたため、農地法5条の許可を停止条件とする所有権移転の仮登記をした。しかしその後、Aは、本件土地をYに譲渡し、仮登記移転の付記登記を経由した。倒産した。そこで、Xは、Aとの売買契約を取り消し、Yを相手として付記登記の抹消登記手続を請求する訴えを提起した。判例ナビXがAとの売買契約を取り消した理由は、本件土地上に建売住宅を建設・販売し、その代金を支払いに充てるというAの説明は、実現不確実な計画を実現可能であるかのように装って支払能力があるとXを誤信させたもので、民法96条1項の「詐欺」に当たるというものでした。そこで、訴訟では、詐欺が成立するかどうかが成立するとした場合、Yが民法96条3項の「第三者」として保護されるかどうかが問題となりました。第1審は、Xの請求を棄却しましたが、控訴審はXの請求を認容しました。そこで、Yが上告しました。■裁判所の判断民法96条1項、3項は、詐欺による意思表示をした者に対し、その意思表示の取消権を与えることによって詐欺被害者の救済をはかるとともに、他方その取消しの効果を「善意の第三者」(現「善意でかつ過失がない第三者」)との関係において制限することにより、当該意思表示が有効なことを信頼して新たに利害関係を有するに至った者の地位を保護しようとする趣旨の規定であるから、右の第三者の範囲は、対象の外形のような立場に照らして合理的に限定されるべきであって、必ずしも、所有権その他の物権の取得者で、かつ、これにつき対抗要件を備えた者に限らなければならない合理的理由は、見出し難い。ところで、本件仮登記については、売買の許可がないかぎり所有権移転の効力を生じないが、さりとて全く売買契約的なんらの効力を有しないものではなく、将来の物権の変動が生じ、売主であるXは、買主であるAのため、知事に対し所定の許可申請をなすべき義務を負い、もしその許可があったときには所有権移転登記手続をなすべき義務を負うに至るのであり、これに対応して、買主は売主に対し、かような条件付の権利を取得し、かつ、この権利を所有権移転請求権保全の仮登記によって保全できる手続きすべきことは、当裁判所の判例の趣旨とするところである。そうして…Yは、Aが本件農地について取得した右の権利を譲り受け、仮登記移転の付記登記を経由したというのであり、これにつぎXの承諾を与えた事実が認定されていない以上は、YがXに対し、直接、本件農地の買主としての権利を主張することは許されないにしても、…Yは、もし本件売買契約について農地法5条の許可がありAが本件農地の所有権を取得した場合には、その所有権を正当に取得することのできる優位な地位のものということができる。そうすると、Yは、以上の意義において、本件売買契約から発生した法律関係について新たに利害関係を有するに至った者といううべきであって、民法96条3項の第三者にあたると解するのが相当である。解説本判決は、詐欺による意思表示を有効と信頼して新たに利害関係を有するに至った「第三者」を保護するという民法96条3項の趣旨を理由に、同項の「第三者」は所有権その他の物権の取得者で、かつ、対抗要件を備えた者に限定されないとし、Yを第三者に当たるとしました。そのため、本判決は民法96条3項の第三者は対抗要件としての登記を備えている状況を保護要件とせず、登記がなくても保護されるとする(登記不要説)のが一般的です。この分野の重要判例◆民法96条3項の第三者(大判昭17.9.30)民法96条3項が「詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者(現「善意でかつ過失がない第三者」)に対抗することができない。」と規定するのは、取消しの遡及効を制限する趣旨であるから、ここにいう第三者とは、取消しの遡及効によって影響を受ける第三者、すなわち取消し前からすでにその行為の効力について利害関係を有する第三者に限定して解釈すべきである。取消し後に初めて利害関係を有するに至った第三者は、その第三者が関係発生当時に取消及び取消しの事実を知らなかったとしても、右条項の適用を受けない。しかし、右条項の適用がないことから直ちに第三者に対して取消しの結果を無条件に対抗することができるとすることはできない。…本件売買の取消しにより、土地所有権は売主に復帰し、初めから買主に移転しなかったこととなるが、この物権変動は、民法177条により、登記をしなければ第三者に対抗することができない。解説本判決は、96条3項の「第三者」は、詐欺による意思表示が取り消される前に利害関係を有した者(取消前の第三者)に限られ、取消後の第三者は含まれないことを明らかにした。この判例によると、例えば、「自己所有の土地をAに売却し登記も移転したXが、Aの詐欺を理由に売買契約を取り消したが、一方で、Aは、同土地をYに転売した」という場合、Yは、取消前の(善意無過失の)第三者であれば、96条3項によって保護されますが、取消後の第三者であれば、民法177条が適用され、X・Yの優劣は先に登記を備えた方が優先することとなります。◆Yの優劣は先に登記を備えた方が優先することとなります。信義則上相手方に告知する義務がある場合において、これを黙秘して善意の売主と売買契約を締結したときは、沈黙も詐欺に当たる。解説本件は、山林の共有持分の売主が売買の斡旋者に対し買主に直接売りたいと申し出たところ、すでに斡旋者と第三者の間で高額で売買契約が成立していたにもかかわらず、これを黙秘し、斡旋者から第三者に売った方が良いと買主を説得し、斡旋者自ら低額で買い取ったという事案です。過去問1 詐欺による意思表示の取消しは、これをもって取消前の善意の第三者に対抗することができない。そして、詐欺の被害者を保護する要請から、この第三者は対抗要件を備えた者に限定され、目的物が不動産の場合、その対抗要件とは仮登記ではなく本登記まで必要である。(公務員2013年)2 詐欺とは、人を欺罔して錯誤に陥らせる行為であるから、情報提供の義務があるにもかかわらず沈黙していただけの者に詐欺が成立することはない。(公務員2020年)1 × 取消前の善意の第三者は、対抗要件を備えなくても、民法96条3項の第三者として保護されます(最判昭49.9.26)。2 × 信義則上情報提供の義務がある場合に、これを提供せず沈黙していたときは、詐欺が成立します(大判昭16.11.18)。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

虚偽表示

公開:2025/10/21

ガイダンス相手方と通じて行った偽りの意思表示を虚偽表示といいます。例えば、Xが、強制執行を免れるために、Yと意思を通じて自己の所有する土地をBに譲渡したことにして(仮装譲渡)、登記もYに移転する場合です。虚偽表示は、無効です(民法94条1項)。表意者も相手方も意思表示と真意が不一致であることを認識しているので、意思表示を有効として保護する必要がないからです。ただし、虚偽表示の無効は、善意の第三者に対抗することができません(同条2項)。虚偽表示を有効と信じて、虚偽表示を前提に新たな法律関係を形成した第三者を保護する必要があるからです。民法94条2項の第三者(最判昭45.7.24)■事件の概要Xは、Aから本件不動産を買い受けてその所有権を取得したが、子のBの名義を使用して所有権移転登記を経由した。Xは、本件不動産をBに信託する意思はなく、Bは登記簿上の仮装の所有名義人とされたにすぎない。その後、Bは、本件不動産をYに売り渡し、所有権移転登記を経由したが、買受当時、Yは、本件不動産がBの所有に属しないことを知っていた。さらに、Yは、本件不動産をZに売り渡し、所有権移転登記を経由したが、XがZを提訴すると、本件不動産がXの所有に属することを主張して、その処分を禁止する仮処分の執行をした後、YとZ間の売買契約の合意解除を理由に所有権移転登記が抹消された。判例ナビZは、Xに対し、Y Z間の売買契約の合意解除前にXのした仮処分の執行が、Zの取得した不動産所有権を侵害するとして、不法行為を理由とする損害賠償を請求しました。そこで、この請求の当否の前提として、Xのした仮処分がZに対する不法行為を構成するか否かを決するために、仮処分執行時に、XがZに対し自己の所有権を主張しうる関係にあったかどうかが問題となりました。■裁判所の判断民法94条2項にいう第三者とは、虚偽の意思表示の当事者またはその一般承継人以外の者であって、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至った者をいい、虚偽表示の相手方との間では表示の目的につき直接取り引き関係に立った者のみならず、その者からの転得者を含む右条項にいう第三者にあたるものと解するのが相当である。そして、同条項を類推適用する場合においても、これと解釈を異にすべき理由はない。これを本件についていえば、Zは、そう主張するとおりYとの間で有効に売買契約を締結したものであれば、それによってZが所有権を取得しうるか否かは、一に、Xにおいて、本件不動産の所有権が自己に属し、登記簿上のBの所有名義は実体上の権利関係に合致しないものであることを、Zに対して主張しうるか否かにのみかかるところであるから、Zは、右売買契約の締結時においては、ここにいう第三者にあたり、自己の前主たるBが本件不動産の所有権を有しない事実の記載を識ることあると知らなかったものであるかぎり、同条項の類推適用による保護をうけるものといううべきであり、右時点でのZに対する関係における所有権帰属の判断は、Yが悪意であったことによっては左右されないものと解すべきである。解説本判決は、まず、「不動産の所有者が、他人にその所有権を帰せしめる意思がないのに、その承諾を得て、自己の意思に基づき、当該不動産につきその他人の所有名義の登記を経由したときは、所有者は、民法94条2項の類推適用により、登記名義人に右不動産の所有権が移転していないことをもって、善意の第三者に対抗することができない」という従来からの判例が登記名義人の承諾のない場合にも妥当することを明らかにしました。そのうえで、民法94条2項の「第三者」の意義を明らかにし、直接の第三者が悪意であっても、善意の転得者は「第三者」として保護されるとしました。この分野の重要判例◆民法94条2項の第三者の登記の要否(最判昭44.5.27)民法94条が、その1項において相手方と通じてした虚偽の意思表示を無効としながら、その2項において右無効をもって善意の第三者に対抗することができないと規定しているのも、ゆえんは、外形を信頼した者の権利を保護し、もって、取引の安全をはかることにある。しからば、この目的のため右のような外形を作り出した表意者が自身が、一連の取引における当事者に対して不利益を被ることがあるのは、当然の結果といわなければならない。したがって、いやしくも、自ら仮装行為をした者が、かかる外形を信頼ないしは、信頼する第三者のその外形を前提として取引関係に入った場合においては、その取引から生ずる物権変動について、登記の第三者に対する対抗要件とされているときでも、右仮装行為者としては、右第三者の登記の欠缺を主張して、物権変動の効力を否定することはできないものと解すべきである。過去問1 AはBと通謀してA所有の土地をBに仮装譲渡したところ、Bが当該土地を悪意のCに譲渡し、さらにCが悪意のDに譲渡した。この場合、Aは、虚偽表示の無効をDに対抗できない。(行政書士2012年)1 〇 虚偽表示の相手方と直接取引関係に立った者だけでなく、その者からの転得者も94条2項の第三者に当たり、善意であれば保護されます(最判昭45.7.24)。したがって、Aは、虚偽表示の無効をDに対抗できません。不実の登記と民法94条2項の類推適用(最判昭45.9.22)■事件の概要Xは、兄嫁中のAから借入金の援助を受けて本件土地をBから購入し、所有権移転登記を経由したが、Aは、その貸金と本件土地の権利証をXに無断で持ち出し、X·A間の合意を原因とする所有権移転登記を経由した。この事、直ちにXの知るところとなったため、Aは、登記名義の回復を約束したが、XとAは婚姻し、同居するようになったこともあって、登記名義は回復されないままであった。しかしその後、夫婦仲が悪くなり、Aは、Xを相手として離婚の訴えを提起し、訴訟費用を捻出するため、本件土地をYに売却し、登記を移転した。虚偽表示判例ナビXは、Yを相手として、所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を認容したため、Yが上告しました。■裁判所の判断不動産の所有者が、真実その所有権を移転する意思がないのに、他人と通謀してその者にたいする虚偽の所有権移転登記を経由したときは、右所有者は、民法94条2項により、登記名義人に右不動産の所有権が移転していないことをもって善意の第三者に対抗しえない。不動産の所有権移転登記の経由が所有者の不知の間に他人の専断によってされた場合でも、所有者が右不実の登記のされていることを知りながら、これを存続せしめることを明示または黙示に承認していたときは、右の場合と同条項を類推適用し、所有者は、前記の場合に同じく、その後当該不動産につき法律上利害関係を有するに至った善意の第三者に対して、登記名義人が所有権を取得していないことをもって対抗することをえないものと解するのが相当である。けだし、不実の登記が真実の所有者の承認のもとに存続せしめられている以上、不実の登記が意思の外形に与えられた事後になされたかによって、登記による所有権帰属の外形を信頼した第三者の保護に差等を設けるべき理由はないからである。解説Aは、Xに無断で所有権移転登記をしただけであり、X A間には何らの意思表示も存在しませんから、民法94条2項を直接適用することはできません。また、わが国では、登記に実体権の権利関係を反映していない不実のものであっても、それを信頼した者に権利の取得を保護するという民法上の規定(登記の公信力)が認められていないので、Yは、A名義の登記を信頼して買い受けたというだけでは、本件土地の所有権を取得することはできません。そこで、本判決は、民法94条2項の類推適用という法律構成を用いて、Yが保護される余地を認めました。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

公序良俗

公開:2025/10/21

公序良俗ガイダンス民法90条は、「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする」と規定しています。公の秩序(公序)とは国家社会の一般的な秩序、善良な風俗(良俗)とは社会の一般的な道徳観念を意味し、両者を併せて公序良俗といいます。公序良俗に違反する行為には、人倫に反する行為(犯罪行為、性道徳に反する行為等)、経済・取引秩序に反する行為(暴利行為等)、憲法的な価値や公法的な政策に違反する行為(男女差別定年制)等があります。公序良俗違反の判断時期 (最判平15.4.18)■事件の概要1985(昭和60)年、B社とXは、Y証券会社の勧誘に応じて、A信託銀行に30億円を信託して運用する旨の契約を締結するとともに、Yとの間で、信託期間満了時に信託元金を補った額から信託報酬等を控除した金額が30億円と年8%の利回りの合計額に満たない場合は、その差額部分をXに支払う旨の損失保証契約(本件保証契約)を締結した。Yが本件保証契約を履行しなかったため、1993(平成5)年、Xは、Yに対し、主位的に、本件保証契約の履行を求める訴えを提起するとともに、予備的に、信託元本相当額とこれに対する一定の利率による金員の支払を保証した旨のYの勧誘が不法行為に当たるとして損害賠償を求める訴えを提起した。判例ナビ第1審はXの請求を棄却したが、控訴審は、本件保証契約は公序良俗に違反して無効とはいえないとしてXの請求を一部認容したため、Yが上告しました。■裁判所の判断法律行為が公序に反することを目的とするものであるとして無効になるかどうかは、法律行為がされた時点の公序に照らして判断すべきである。ただし、民事上の法律行為の効力は、特別の為に限り、行為当時の法令に照らして判定すべきものであるが、この理は、法律行為の内容の公序性が、その後の法令、特に強行法規の制定によって初めて明確に認識されるに至った場合であっても、法律行為の当事者の認識にかかわらず妥当する。本件保証契約が締結された当時は、証券取引法において証券会社が損失補填等をすることが禁止されていなかったが、その後に改正された同法において、これが禁止されたことは明らかである。本件保証契約が締結された当時においても、既に、損失保証等が証券取引等において許容されない反社会性の強い行為であるとの社会的認識が存在していたものとみることは困難であるというべきである。そうすると、本件保証契約が公序に反し無効であるとすることはできないとする原審の判断は、是認することができる。解説損失補填は、X・Y間で本件保証契約が締結された1985 (昭和60) 年当時は、証券取引法(現金融商品取引法)違反として行政処分の対象となっていたものの、私法上は有効であると考えられていました。しかし、1991 (平成3) 年の証券取引法改正で明記をもって禁止されることとなり、XがYに本件保証契約の履行を請求した1993(平成5)年当時は、反社会性の強い公序良俗違反行為と社会的に認識されていました。そこで、本件では、公序良俗の有無を、契約締結時、履行請求時のいずれの時点ですべきかが問題となりました。本判決は、法律行為がされた時点、すなわち、契約締結時で判断すべきであるとし、本件保証契約を公序良俗違反で無効とすることはできないとしました。ただし、本判決は、Xの主位的請求は、「証券取引法50条の2第1項3号によって禁止されている財産上の利益提供を求めているものであることがその主張自体から明らかであり、法律上その請求が許容される余地はない」として、本件保証契約の履行請求をしりぞけ、予備的請求である不法行為に基づく損害賠請求の部分を原審に差し戻しました。◆この分野の重要判例◆不倫関係にある女性に対する包括遺贈 (最判昭61.11.20)ある男性が若いわが子と半ば親子の関係にある女性に対し遺産の3分の1を包括遺贈した場合であっても、右遺贈が、妻との婚姻の実体をある程度失った状態のもとで右の関係が約6年間継続したのちに、不倫関係の維持継続を目的とするものではなく、もっぱら同女の生活を保全するためにされたものであり、当該遺贈により相続人である妻子の生活の基盤が脅かされるものとはいえないときであっても、右のような事情を斟酌することなく、包括遺贈を公序良俗に反するものとはいえない。過去問契約が公序に反することを目的とするものであるかどうかは、当該契約が成立した時点における公序に照らして判断すべきである。愛人である男性が半ば親子の関係にある女性に対し遺産の3分の1を包括遺贈した場合、当該遺贈が、不倫な関係の維持継続を目的とせず、もっぱら同女の生活を保全するためにされたものであり、当該遺贈により相続人である妻子の生活の基盤が脅かされるものとはいえないときであっても、そのような遺贈を有効とすることは、不倫に対して法が容認したとみられ、不倫を増長しかねないから、公序良俗に反して無効である。(公務員2018年)○ 契約のような法律行為が公序に反することを目的とするものであるとして無効になるかどうかは、法律行為がされた時点の公序に照らして判断されます(最判平15.4.18)。× 不倫関係にある女性に対する包括遺贈であっても、本問のような事情がある場合は、公序良俗に反しません(最判昭61.11.20)。取締法規違反の法律行為の効力 (最判平3.6.29)■事件の概要Xは、自らの法人を活用して不動産取引を継続的に行う計画を立て、宅地建物取引士の資格を有するAを上記計画に従ってX会社を設立してその代表取締役に就任し、Yは、Aを専任の宅地建物取引士として宅地建物取引業の免許を受けた。その後、Xは、上記計画に基づく事業の一環としてA会社の所有する土地建物(本件不動産)に係る取引を行うことにしたが、Aに対する不信感から、本件不動産に係る取引に際してAの名義を使用し、その後はXとYがAに上記事業に関与させないことにしようと考えた。そして、協議の結果、XはYとの間で、①本件不動産の購入及び売却についてはYの名義を用いるが、Xが売却先を選定した上で売買に必要な一切の事務を行い、②本件不動産の売却に伴って生ずる責任もXが負うこと、③本件不動産の売却代金はXが受領し、その中から、本件不動産の購入代金および費用等を賄い、Yに対して名義書換料として300万円を分配することとし、Yは、本件不動産の売却先から売却代金の送金を受け、売却代金から購入代金、費用等および名義貸し料を控除した残額をXに対して支払うこと、④本件不動産に係る取引の終了後、XとYは共同して不動産取引を行わないことを内容とする合意(本件合意)が成立した。その後、本件不動産は、Xが売却先の選定、契約書および重要事項説明書の作成等を行い、BからY、YからCへと売却された。そこで、Xは、Yに対し、本件不動産の売却代金からその購入代金、費用等および名義書換料を控除した残額2319万円を本件合意に基づいて支払うよう求めた。しかし、Yは、自らの取り分が300万円とされたことになどに納得していないとしてXの求めに応じず、上記計画に基づく事業への関与の継続を希望するなどしたものの、Xに対し、本件合意に基づく支払の一部として1000万円を支払った。判例ナビXは、Yに対し、本件合意に基づいてXに支払われるべき金員の残額として1319万円の支払を求める訴えを提起しました。これに対し、Yは、Xに対する1000万円の支払は法律上の原因のないものであったと主張して、不当利得返還請求権に基づき、その返還を求める反訴を提起しました。原審が本件合意の効力を認めて、Xの本訴請求を認容し、Yの反訴請求を棄却したため、Yは、上告しました。■裁判所の判断宅地建物取引業法は、第2章において、宅地建物取引業を営む者について免許制度を採用して、欠格要件に該当する者には免許を付与しないものとし、第3章において、免許を受けた宅地建物取引業者を営む者(以下「宅建業者」という。)に対する知事等の監督処分を定めている。そして、同法は、免許を受けない者(以下「無免許者」という。)が宅地建物取引業を営むことを禁止した上で(12条1項)、宅建業者が自己の名義をもって他人に宅地建物取引業を営ませることを禁止しており(13条1項)、これらの違反について罰則を定めている(79条2号、3号)。同法が宅地建物取引業を営む者について上記のような免許制度を採用しているのは、その者の信用力の適正な運営と宅地建物取引の公正を確保するとともに、宅地建物取引業の健全な発達を促進し、これにより購入者等の利益の保護等を図ることを目的とするものと解される(同法1条参照)。以上に鑑みると、宅建業者が無免許者にその名義を貸し、無免許者が当該名義を用いて宅地建物取引業を営む行為は、同法12条1項及び13条1項に違反し、同法の採用する免許制度を潜脱するものであって、反社会性の強いものというべきである。そうすると、無免許者が宅建業者に名義を借りて宅地建物取引業を営むことを目的とする契約は、宅地建物取引業を営むために宅建業者にその名義を借り、当該名義を借りてこれを業として行う取引に無免許者を関与させる旨の合意は、同法12条1項及び13条1項の趣旨に反し、公序良俗に反するものであり、これと併せて、宅建業者の名義を借りてされた取引による利益を分配する旨の合意がされた場合、当該合意は、名義を借りて宅地建物取引業を営むことと一体のものとみるべきであるから、したがって、無免許者が宅地建物取引業を営むために宅建業者からその名義を借り、当該名義を借りてされた取引による利益を両者で分配する旨の合意は、同法12条1項及び13条1項の趣旨に反するものとして、公序良俗に反し、無効であるというべきである。解説本件では、宅建業法の免許を受けない者(無免許者)Xが免許を有する宅建業者Yから名義を借り、その名義を使用して行われた取引による利益を両者で分配する旨の合意(利益分配の合意)の効力が問題となりました。本判決は、XがYから名義を借りる旨の合意(名義貸しの合意)を公序良俗に反するとした上で、利益分配の合意は、名義貸しの合意と一体をなすものであると評価し、公序良俗に反し無効であるとしました。◆この分野の重要判例◆営業許可を得ずにした売買契約の効力 (最判昭35.3.18)本件売買契約が食品衛生法による取締の対象に含まれるかどうかはともかくとして同法は単なる取締法規にすぎないものと解するのが相当であるから、上告人が食肉販売業の許可を受けていないとしても、右法律により本件取引の効力が否定される理由はない。それ故右許可の有無は本件取引の私法上の効力に消長を及ぼすものではないとした原審の判断は結局正当であり、所論は採るを得ない。解説本件は、食品衛生法、営業許可を受けずに行った食肉販売の私法上の効力が問題となった事案です。本判決は、食品衛生法が取締法規にすぎないことを理由に食肉販売の私法上の効力を認めました。ただ、本件では、営業許可を受けていない者と第三者との間の取引行為であり、名義貸人と名義借人(無免許者)間の契約(合意)の効力が問題となった最判平3.6.29の事案とは事情が異なります。◆食品衛生法違反の法律行為の効力 (最判昭39.1.23)有毒性物質である銅滓の混入したアラレを販売すれば、食品衛生法4条2号に抵触し、処罰を免れないことは多言を要しないところであるが、その理由だけで、右アラレの販売は民法90条に反し無効のものとなるものではない。しかしながら、…右アラレの製造販売を業とする者が銅滓の有毒性物質であり、これを混入したアラレを販売することが食品衛生法の禁止しているものであることを知りながら、敢えてこれを製造の上、同じ販売業者である旨の要請に応じて売り渡し、その取引を継続したという場合には、一般大衆の購買のルートに乗せたものと認められ、その結果公衆衛生を害するに至るであろうことはみやすき道理であるから、そのような取引は民法90条に抵触し無効のものと解するを相当とすべきである。解説本件は、取締法規である食品衛生法に違反する法律行為の私法上の効力が問題となった事案です。本判決は、有毒性物質である銅滓入りのアラレの販売は食品衛生法に違反するものの、それだけで民法90条違反となるものではないとした上で、このようなアラレの販売が禁止されていることを知りながら、あえて製造・販売するような事情があるときは、民法90条に違反するとしました。◆弁護士法違反の法律行為の効力 (最大決平21.8.12)債権の管理又は回収の委託を受けた弁護士が、その手段として本案訴訟の提起や保全命令の申立てをするために当該債権を譲り受ける行為は、他人の法律紛争に介入し、司法機関を利用して不当な利益を追求することを目的として行われたなど、公序良俗に反するような事情があれば格別、仮にこれが弁護士法28条に違反するものであったとしても、直ちにその私法上の効力が否定されるものではない。解説弁護士法28条は、「弁護士は、係争権利を譲り受けることができない」と定めています。本件では、弁護士が債権回収目的で依頼者の債権を譲り受ける行為が、弁護士法28条に違反するだけでなく、私法上無効となるかどうかが問題となりました。本判決は、公序良俗に違反する事情がなければ、私法上無効とはならないとしました。過去問食肉販売業を営もうとする者は、食品衛生法により営業許可を得なければならず、営業許可を得ずになされた売買契約は取締法規に違反するため、同法による営業許可を得ずになされた食肉の売買契約は無効であるとするのが判例である。(公務員2022年)食品の製造販売を業とする者が、有害物質の混入した食品を、食品衛生法に抵触するものであることを知りながら、あえて製造販売し取引を継続していた場合には、当該取引は、公序良俗に反して無効である。(行政書士2018年)公序良俗× 食品衛生法による営業許可を得ずになされた食肉の売買契約は有効であるとするのが判例です (最判昭35.3.18)。○ 有害物質の混入した食品を販売すれば、食品衛生法に違反しますが、それだけで当該販売が公序良俗に反して無効となるものではありません。しかし、食品衛生法に違反することを知りながら、あえて製造販売し取引を継続していた場合には、当該取引は、公序良俗に反して無効です (最判昭39.1.23)。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

権利能力のない社団

公開:2025/10/21

ガイダンス社会には様々な団体が存在しますが、このうち、一定の目的を持って組織化された自然人の団体で、構成員とは独立の存在を有するものを社団といいます。社団は、民法その他の法律の規定によらなければ権利義務の帰属主体(法人)となることができません(民法33条1項)。しかし、実際の社会には、社団として扱うにふさわしい実体を有人がらも法人格を取得していないため、権利義務の帰属主体となることのできない団体(権利能力のない社団)が存在しており、このような団体を巡る法律関係をどのように処理すべきかが問題となります。権利能力のない社団の取引上の債務 (最判昭48.10.9)■事件の概要A栄養食品協会は、栄養指導の企業的向上等を目的として活動する権利能力のない社団である。Aの代表者Bは、Aの名でXと取引を行い、これにより、Xは、Aに対し売掛債権を取得したが、Aが不渡手形を出し行方が不明となったことから、Xは、Aの構成員Yに対して上記債権の支払いを求める訴えを提起した。判例ナビ第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。上告審では、権利能力のない社団の構成員は、社団の定款に構成員も責任を負う旨の定めがある等特段の事情がない限り、代表者が社団の名で行った取引によって生じた債務について責任を負わないかどうかが問題となりました。■裁判所の判断権利能力のない社団の代表者が社団の名においてした取引上の債務は、その社団の構成員全員に、1個の債務として総有的に帰属するとともに、社団の総有財産だけがその責任財産となり、構成員各自は、取引の相手方に対し、直接には個人的な責任を負わないものと解するのが相当である。判例「権利能力のない社団」の資産は、構成員に総有的に帰属する」としています(最判昭39.10.15)。総有とは、1つの物を複数の者が共同で所有する共同所有の一形態で、構成員には持分はなく、目的物の処分や分割を否定されるという特徴があります。本判決は、判例を踏まえ、権利能力のない社団の債務に対する責任財産は社団の総有財産だけであり、構成員は責任を負わないとして、Xの上告を棄却しました。◆この分野の重要判例権利能力のない社団の成立要件 (最判昭39.10.15)権利能力のない社団というためには、団体としての組織をそなえ、そこには多数決の原則が行われ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、しかしてその組織によって代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定しているものでなければならない。権利能力のない社団の財産の帰属 (最判昭32.11.14)権利能力のない社団の財産は、実質的には社団を構成する総社員の所蔵に帰するものであり、総社員の同意があっても、総有財産を特定の社員に分与するようなことはできない。権利能力のない社団の財産の処分方法 (最判昭47.6.2)権利能力のない社団の資産である不動産については、社団の代表者が、構成員全員の同意を得て、個人名義で所有権の登記をすることができるにすぎず、社団は代表者とする登記名義の代表者である者の登記を信じた代表者個人名義の登記をすることができる。権利能力のない社団の原告適格 (最判平28.2.27)権利能力のない社団は、構成員全員に総有的に帰属する不動産について、その所有権の登記名義人に対し、当該社団の代表者の個人名義に所有権移転登記手続をすることを求める訴訟の原告適格を有するものである。◆権利能力のない社団の規約改正の効力 (最判平12.10.20)Yゴルフクラブは権利能力のない社団であり、本件改正決議は、本件規約において定めている改正手続に従い、総会での多数決により、構成員の資格要件の定めを改正したものである。そうすると、本件改正規定は、特段の事情がない限り、本件改正決議についで承認をしていなかったXを含むYゴルフクラブのすべての構成員に適用される。解説本件は、権利能力のない社団であるYゴルフクラブが、規約中の個人正会員の資格要件であるA会社(Yの運営会社)株式の保有数の定めを「2株以上」から「38株以上」に改正し、これに既存の会員にも適用し、資格要件を満たさない会員はその地位を失う旨の決議をしたところ、規約改正後も2株しか保有していないXが、YとYに対し、個人正会員であることの確認を求める訴えを提起したという事案です。本判決は、改正規約の効力はXにも及び、Xは個人正会員の資格を喪失するとしました。過去問権利能力のない社団の財産は、社団を構成する総社員の総有に属するものであり、総社員の同意をもって総有の財産その他当該財産の処分に関する定めのなされなくとも、現社員及び元社員は、当該同意に関し、共有の持分権または分割請求権を有する。 (公務員2023年)権利能力のない社団は、構成員全員に総有的に帰属する不動産について、その所有権の登記名義人に対し、当該社団の代表者の個人名義に所有権移転登記手続をすることを求める訴訟の原告適格を有しないとした。 (公務員2023年)

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

行為能力

公開:2025/10/21

ガイダンス自ら単独で法律行為をすることができる能力を行為能力といいます。民法は、一般に行為能力がないか、または不十分な者を未成年者、成年被後見人、被保佐人、被補助人に分類し、これらの者の行為能力を制限する制限行為能力者制度を設けています。制限行為能力者の詐術 (最判昭44.2.13)■事件の概要被保佐人Xは、その所有する本件土地を抵当に設定してから金銭を借り受けたが、利息を支払わなかったことから、本件土地にYに先順位、Aに後順位の抵当権が設定された。その後、Xは、妻である保佐人Zの同意を得られなかったことを理由に本件売買契約を取り消し、所有権移転本登記の抹消登記手続を請求した。判例ナビXは、本件土地をYに売却するに当たり、自分が制限行為能力者であることを黙っていた。さらに、Yに対し、「自分のものを自分が売るのに何故妻に遠慮がいるか」と言い、登記関係書類の作成についても積極的に行動していました。そこで、Yは、Xの一連の言行・行動は、民法21条の詐術に当たると主張し、売買契約の取消しは認められないと主張しました。控訴審はXの請求を認容したため、Yが上告しました。■裁判所の判断民法21条にいう「詐術を用いた」とは、制限行為能力者が行為能力者であることを誤信させるため、または、制限行為能力者であることを黙秘していた場合において、その者の言動などと相まって、相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときは、これに当たると解するのが相当である。過去問制限行為能力者が、相手方に制限行為能力者であることを黙秘して法律行為を行った場合であっても、それが他の言動と相まって相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときは、詐術にあたる。被保佐人Aは、保佐人の同意を得ずに、Aが所有する土地Cに売却する契約をCとの間で締結したが、その際、Aは、自分が被保佐人であることをCに告げなかった。この場合、被保佐人であることを黙秘することをもって直ちに民法21条の「詐術を用いた」といえるため、Aは、その契約を取り消すことができないとするのが判例である。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

信義則・権利濫用の禁止

公開:2025/10/21

ガイダンス信義則 (信義誠実の原則) とは、社会生活の一員として、相手方の信頼を裏切らないように誠実に行動しなければならないとする原則をいいます。民法は、信義則を私権に関する基本原則の1つに位置づけ、「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」と規定しています (1条2項)。信義則は、権利の行使と義務の履行全般にわたる指導理念であり、この原則から、権利失効の原則、事情変更の原則、信頼関係破壊の法理 (信頼関係破壊理論) 等の原則が導かれます。権利濫用の禁止とは、権利の行使といえども、それが濫用と評価される場合には違法となり、権利行使が禁止されることをいいます。民法は、権利濫用の禁止を私権に関する基本原則の1つに位置づけ、「権利の濫用は、これを許さない」と規定しています (1条3項)。賃貸借契約の期間満了と転借人への対抗 (最判平14.3.28)■事件の概要Xは、自己の所有する土地にビルを建築し、同ビルにテナントを入居させて安定的な収入を得るため、ビル管理をAに一任することとした (本件賃貸借)。そこで、Aは、本件ビルの一部をBに転貸 (本件転貸借) し、さらに、BはこれをYに転貸 (本件再転貸借) した。その後、Aは、本件転貸借が採算に合わないことから、Xに対し、本件賃貸借を更新しない旨を通知し、これを受けて、Xは、AおよびYに対し、本件賃貸借が期間満了により終了する旨を通知した。しかし、Yが期間満了に伴い立退きを拒否したため、Xは、Yに対し、転貸部分の明渡しを求める訴えを提起した。判例ナビ第1審は、Xの請求を棄却しましたが、控訴審は、Xのした転貸および再転貸の承諾は、Aの有する賃借権の範囲内で本件転貸部分を使用収益する権限を付与したものにすぎないから、転貸および再転貸がされたことを理由に本件賃貸借を更新することができないという意義を有するともに、それが期間満了後も本件転貸借がなお存続しYが転借権を有するという意義を有しないこと等を理由にXの請求を認容しました。そこで、Yが上告しました。■裁判所の判断ビルの賃貸、管理を業とする会社を賃借人とする事業用ビル1棟の賃貸借契約が賃借人の更新拒絶により終了した場合において、賃貸人が、賃借人の債務不履行を理由に賃貸借契約を解除するのではなく、賃借人の更新拒絶を理由として賃貸借契約が期間満了により終了したことを理由として、その旨を転借人に通知したときは、賃貸人は、信頼関係を破壊するような著しく不誠実な事情がある場合を除き、賃貸借契約の終了をもって再転借人に対抗することができない。解説転貸借は、賃貸借の存在を前提としているので、賃貸借が終了すると、転貸借も賃貸人に対抗することができないのが原則です。このことは、再転貸借においても同様です。しかし、転貸借の目的物が土地・建物等の不動産の場合、それが転借人の生活基盤であることが多いため、転借人の保護をはかる必要があります。この点、賃貸借が合意解除された場合は、転借人に対抗できないが賃貸人の債務不履行による賃貸借解除は対抗できるとされています (民法613条3項本文)。ただし、賃貸借が更新拒絶によって終了する場合は、信頼関係を破壊するような著しく不誠実な事情がある場合を除き対抗できないというのが判例です (同項ただし書)。また、賃貸借が賃借人の更新拒絶によって終了する場合は、信頼関係を破壊するような著しく不誠実な事情がある場合を除き対抗できないというのが判例です。宇奈月温泉事件 (大判昭10.10.5)■事件の概要Xは、宇奈月温泉 (富山県) で温泉旅館を経営するYが源泉から引湯管を使って湯を引いていることを知り、引湯管の一部がわずかにかかっている甲土地 (約100坪) をその所有者Zから譲り受けた。そして、Yに対し、甲土地の不法占拠を理由に引湯管の撤去を求め、撤去しないのであれば、甲土地とその周辺にXが所有する荒地を合わせて約3000坪を買い取るよう求めた。判例ナビ甲土地のうち、引湯管がかかっている部分は、約2坪にすぎません。それにもかかわらず、Xは、約3000坪の土地を買い取れというのですから、Yは、当然、これを拒否しました。そこで、Xは、Yを被告として、所有権に基づく妨害排除 (引湯管の撤去) を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。■裁判所の判断所有権の侵害があっても、それによる損失の程度がいうに足りないほど軽微であり、しかもこれを除去するのに莫大な費用を要する場合に、第三者が不当な利得を得る目的で、別段の必要がないのに侵害に係る物件を買収し、所有者として侵害の除去を請求することは、社会観念上所有権の目的に反し、その、機能として許されるべき範囲を超越するものであって、権利の濫用となる。解説本件は、宇奈月温泉事件と呼ばれ、権利の濫用が認められた判例として極めて有名な事件です。ただし、権利濫用が認められたからといって、Yは無償で甲土地を利用できるわけではありませんから、Xに対し甲土地の使用利益を不当利得として返還する義務を負います。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

地方自治

公開:2025/10/21

ガイダンス地方自治とは、地方における政治と行政を、地方住民の意思に基づいて (住民自治)、国から独立した地方公共団体がその権限と責任において自主的に処理する (団体自治) ことをいいます。憲法92条は、「地方自治の本旨」と規定していますが、これは、住民自治と団体自治という地方自治の基本精神を表現したものです。徳島市公安条例事件 (最大判昭50.9.10)■事件の概要Xは、徳島市内でデモ行進に参加した際、車道上で、自ら「だるま返し」と称する動作をし、他のデモ参加者もだるま返しをするようあおったため、道路交通を妨げたとして徳島市公安条例に違反するとして起訴された。判例ナビ第1審および控訴審は、本条例は憲法31条に違反するとして道路交通違反の点のみを有罪とし、条例違反の点は無罪とした。そこで、検察官が上告しました。■裁判所の判断1 地方公共団体は1項、普通地方公共団体は法令に違反しない限りにおいて同法2条2項の事務に関し条例を制定することができる、と規定しているから、普通地方公共団体の制定する条例が国の法令に違反する場合には効力を有しないことは明らかであるが、条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによってこれを決しなければならない。例えば、条例が国の法令よりも厳しい基準を定める条例 (上乗せ条例) や、条例が国の法律の対象外としている事項を規制する条例 (横出し条例) を定めることも可能です。2 本条例では、憲法31条との関係で、集団行進等の遵守事項として挙げている「交通秩序を維持すること」の意義が問題となりました。本判決は、これを、「道路における交通の安全を確保し、交通の円滑と静穏を保持すること」と解した上で、「他人の妨害となるような著しく交通秩序を乱す行為」を「殊更に交通秩序の阻害をもたらすような行為」と解釈し、通常予測し得なかった「かえりうち」のような行為は、交通秩序の維持という見地からは、本条例に違反しないとしました。◆この分野の重要判例◆大阪市屋外広告物条例事件 (最大判昭37.5.30)憲法31条はかならずしも刑罰がすべて法律そのもので定められなければならないとするものではなく、法律の授権によってそれ以下の法令によって定めることができると解すべきで、このことは憲法73条6号但書によっても明らかである。ただ、法律の授権が不特定な一般的一の紙委任的なものであってはならないことは、いうまでもない。…法律の授権は、限定された目的をもって、…公の福祉を害するもの等を内容とする特質に鑑み、法律によって罰則を定める場合には、法律の授権が相当な程度に具体的であり、限定されておればたりると解するのが正当である。特別区長公選廃止事件 (最大判昭38.3.27)■事件の概要東京都特別区議会議員Xは、区議会で行われた区長の選任に関し、金銭を収受したとして収賄罪で起訴された。判例ナビ第1審は、「特別区の区長は…特別区の議会が都知事の同意を得てこれを選任する」とする地方自治法の規定 (当時) は違憲無効であり、Xには収賄罪の成立要件である職務権限が認められないとして無罪を言い渡しました。そこで、検察官は、跳躍上告をしました。*検察官が第一審判決に不服がある場合に、控訴をせず直接、最高裁判所に上告をすること。■裁判所の判断憲法は、93条2項において「地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。」と規定している。何がここにいう地方公共団体であるかについては、何ら明示するところはないが、憲法が1章を設けて地方自治を保障するにいたったゆえんのものは、新憲法の基調とする政治の民主化の一環として、住民の日常生活に密接な関連をもつ公共的事務は、その地方の住民の手にその住民の団体が主体となって処理する政治形態を保障せんとする趣旨に出たものである。解説本件当時、特別区の区長は、1952年 (昭和27年) の地方自治法改正によって住民による直接選挙 (公選制) が廃止され、都知事の同意を得て区議会が選任するという間接選挙に改められていました。そのため、特別区が憲法92条2項の地方公共団体に当たるかという問題が生じました。当たるとすれば、区長は住民の直接選挙によって選任されなければならず、改正地方自治法の規定は憲法93条2項に違反するからです。本判決は、憲法上の地方公共団体に当たるための要件を明らかにした上で、特別区は憲法92条2項の地方公共団体に当たらず、改正地方自治法の規定も同条項に違反しないとしました。その後、1974年の地方自治法改正により区長公選制は復活しました。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

財政

公開:2025/10/21

ガイダンス国の任務を行うために必要な財産を管理・運営・使用する作用を財政といいます。憲法は、財政の基本原則として、財政民主主義 (83条、85条) と租税法律主義 (84条) を定めています。財政民主主義とは、財政を国民の代表機関である国会のコントロールの下に置かなければならないとする主義をいいます。租税法律主義とは、租税の賦課徴収は法律に基づかなければならないとする主義をいいます。旭川市国民健康保険条例事件 (最大平18.3.1)■事件の概要旭川市では、国民健康保険事業に要する経費を旭川市国民健康保険条例に基づいて国民健康保険税として徴収する方式を採用していた。しかし、同条例には、具体的な保険料率が定率・定額で定められておらず、市長が定める告示に委任されていた。国民健康保険の加入者Xは、国民健康保険税の賦課処分を受けたが、収入が生活保護基準を下回っていたため、旭川市に対し保険料の減免を申請したが、減免事由に該当しないとして認められなかった。そこで、Xは、旭川市とYを被告として賦課処分の取消しを求める訴えを提起した。判例ナビ第1審はXの請求を認容しましたが、控訴審はXの請求を棄却したため、Xが上告しました。■裁判所の判断1 国又は地方公共団体が、課税権に基づき、その経費に充てるための資金を調達する目的をもって、特別の給付に対する反対給付としてでなく、一定の要件に該当するすべての者に対して課する金銭給付は、その形式のいかんにかかわらず、憲法84条に規定する租税に当たる。市町村が行う国民健康保険の保険料は、これと異なり、被保険者において保険給付を受け得るに対応する反対給付の関係に立つものであり、金銭給付の目的及び性質において、これを租税ということはできない。2 もっとも、国民健康保険が、被保険者から徴収される保険料をもって、その事業に要する経費に充てることを基本とするもので、その意味で、国民健康保険事業の財政的な基礎を構成するものであるから、その保険料の徴収に関しては、被保険者間に実質的な公平が保たれるように配慮されるべきであることは当然である。3 本件条例は、保険料率の算定の基礎となる総賦課額の算定基準を明確に規定した上で、その算定に必要な上の費用の見込額及び収入の見込額並びに予定収納率の決定を議会の予算審議に委ねたものにほかならないから、保険料率の算定を市長の告示に委ねたものであり、上記の見込額等の計数が、国民健康保険事業における予算及び決算の審議を通じて国民の代表より成る議会の民主的コントロールが及ぶものということができる。そうすると、本件において保険料率の算定の基礎となる総賦課額を決定し、決定した保険料率を告示の方式により公示することとして、被保険者に対する予測可能性及び法的安定性が損なわれるとみることはできず、保険料の賦課要件が明確に定められていないということはできない。解説本件は、憲法84条の租税法律主義が国民健康保険の保険料にも及ぶかどうかについて、最高裁が初めて判断を示した判決です。本判決は、国民健康保険の保険料は同条の「租税」に当たらないとして、同条の直接適用を否定しましたが、国民健康保険は強制加入であり、保険料が強制徴収されることを理由に、同条の趣旨が及ぶとしました。また、本条例が保険料率の決定を市長の告示に委ねている点については、市長に委ねられているのは専門的技術的な細目事項にすぎないこと、議会による民主的コントロールが及んでいること等を理由に、憲法84条の趣旨に反しないとしました。過去問1 市町村が行う国民健康保険の保険料は、賦課徴収の強制の度合いにおいては租税に類似する性質を有し、憲法84条の趣旨が及ぶ。(司法書士2023年)2 国または地方公共団体が、課税権に基づき、その経費に充てるための資金を調達する目的をもって、特別の給付に対する反対給付としてでなく、一定の要件に該当するすべての者に対して課する金銭給付は、その形式のいかんにかかわらず、憲法84条に規定する租税に当たる。(公務員2022年)1 ○ 市町村が行う国民健康保険については、強制加入とされ、保険料が強制徴収される等賦課徴収の強制の度合いにおいては租税に類似する性質を有するものであることを理由に、憲法84条の趣旨が及ぶとしています (最大判平18.3.1)。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

司法権・違憲審査権

公開:2025/10/21

ガイダンス裁判所は、司法権を行使する国家機関です (憲法76条1項)。司法権とは、具体的な争訟に法を適用し宣言することによって、これを裁定する国家作用をいいます。また、裁判所は、一切の法令、規則、処分が憲法に違反していないかどうかを審査する権限 (憲法81条) を有し、これを違憲審査権といいます。苫米地事件 (最大判昭35.6.8)■事件の概要衆議院議員X (苫米地義三) は、内閣が衆議院を解散 (本件解散) したことによって衆議院議員の身分を失った。そこで、Xは、①衆議院の解散は憲法69条に定める事態が生じた場合に限り認められるべきであるところ、本件解散は7条に基づいて行われたから違憲無効であること、②本件解散は、解散に必要な内閣の助言と承認及びその前提となる全会一致による閣議決定がないから違憲無効であること等を理由に、国に対して、任期満了までの歳費の支払いを求める訴えを提起した。判例ナビXの請求が認められるためには、その前提として、本件解散が憲法に違反する無効なものであるといえなければなりません。しかし、そもそも、裁判所は、衆議院の解散が憲法に違反しているかどうかを審査することができるのでしょうか。仮に審査できるとしても、審査すべきでしょうか。この点が、本訴訟における本質的な問題点です。第1審は、Xの請求を認容しましたが、控訴審は、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。■裁判所の判断わが憲法の三権分立の制度の下においても、司法権の行使についておのずからある限度の制約は免れないのであって、あらゆる国家行為が無制限に司法審査の対象となるものと判断すべきではない。直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為のごときはたとえそれが法律上の紛争となり、これに対する有効な救済を求める訴訟が提起された場合においても、その法律上の紛争の解決が裁判所の司法権の範囲外にあるものとして、裁判所は、これについて審判を避けるべきである。衆議院の解散は、極めて政治性の高い国家行為であって、裁判所の審査にはなじまない。解説本件は、国民審査の投票方法の合憲性が問題となった事案です。原告は、①国民審査は裁判官の任命の可否を国民に問う制度であり、罷免の可否を問う制度ではないこと、②最高裁判所裁判官国民審査法が、罷免を可否が分からない審査人に黙秘の投票方法を認めておらず、また、裁判官全員の名が連記されているため、特定の裁判官のみ罷免を可とする投票をしようとする審査人は、他の裁判官についても投票を余儀なくされ、しかも、罷免の可否が分からないため何も記入せずにした投票に「罷免を可としない」という効果を付していることは憲法19条に違反すること等を理由に国民審査は無効であると主張しましたが、本判決は、いずれの主張も退けました。過去問1 最高裁判所の裁判官の国民審査は、現行法上、罷免を可とすべき裁判官及び不可とすべき裁判官にそれぞれ印を付すという投票方法によっているが、これは、同制度の趣旨が、内閣による裁判官の恣意的な任命を防止し、その任命を確定させるための事後審査を行う権利を国民に保障するものであると一般に解されていることを踏まえたものである。(公務員2018年)1 × 判例は、国民審査の制度は実質的に解職の制度であり、任命そのものを完成させるか否かを審査するものではないとしています (最大判昭27.2.20)。◆この分野の重要判例警察法改正無効事件 (最大判昭37.3.7)Xらが警察法を無効と主張する理由は、同法を議決した参議院の議決は無効であって同法は法律としての効力を生ぜず、また、同法は、その内容において、憲法92条にいう地方自治の本旨に反し無効であるというのである。しかしながら、同法は両院において有効に議決を経たものとされ適法な手続によって公布されている以上、裁判所は、両院の自主性を尊重すべきであり、両院の自律権に属する議院内部の議事手続に関する事実を審理してその有効無効を判断すべきではない。解説本件は、太政官議会が警察法の成立に伴って必要となった警察費を含む追加予算を否決したところ、大阪府の住民Xらが、「警察法は無効であり、無効な法律に基づく支出は違法である」として、大阪府知事に対し、警察費の支出差止を求める住民訴訟を提起したという事案です。本件では国会 (両院) の議事手続が司法審査の対象になるかどうかが問題となりましたが、本判決は、両院の自主性を尊重してこれを否定しました。過去問1 内閣による衆議院の解散は、高度の政治性を有する国家行為であるから、解散の憲法適合性の判断は、司法審査の対象とはならないが、解散が法律に定められた手続に違反して行われたか否か、すなわち解散の有効性については、司法審査の対象となる。(行政書士2020年)2 警察法の制定にあたり、法律の成立手続の適法性が問われた事案において、最高裁判所は、同法が両院において有効に議決を経たものとされ適法な手続によって公布されている以上、裁判所は両院の自主性を尊重すべきであり、同法制定の議事手続の有効無効を判断すべきでないと判示した。(公務員2018年)1 × 判例は、衆議院の解散は、極めて政治性の高い国家統治の根本に関する行為であって、その法律上の有効無効を審査することは司法裁判所の権限の外にあるとしています (最大判昭35.6.8)。地方議会議員の懲罰と司法審査 (最大判令2.11.29)■事件の概要Y市議会議員Xは、市議会における発言について、23日間の出席停止の懲罰 (本件処分) を科された。そこで、Xは、本件処分は違法、違憲であるとして、Yを相手に、本件処分の取消しを求める訴えとともに、議会議員の議員報酬、費用弁償及び期末手当の支給を求める (本件条例) に基づき、議員報酬のうち本件処分による減給分の支払を求める訴えを提起した。■裁判所の判断1 普通地方公共団体の議会は、地方自治法並びに会議規則及び委員会に関する条例に違反した議員に対し、議決により懲罰を科することができる (同法134条1項) ところ、懲罰の種類及び手続は法定されている (同法135条)。これらの規定等に照らすと、出席停止の懲罰を科された議員がその取消しを求める訴訟は、法令の規定に基づく処分の取消しを求めるものであって、その性質上、法令の適用によって解決し得るものというべきである。2 普通地方公共団体の議会への運営に関する事項については、議事機関としての自主的かつ円滑な運営を確保すべく、その性質上、議会の自律的な権能が尊重されるべきであるところ、議員に対する懲罰は、合議体としての議会内部の秩序を維持し、もってその運営を円滑にすることを目的として科されるものであり、その態様は、その基礎となる議員の行為等の態様―の内容を構成する。3 地方、普通地方公共団体の議決は、…憲法上の住民自治の原則の具現化のため、議会の代表として、議員が加わるなどして、議会の意思決定に参加し、住民の意思を当該普通地方公共団体の意思決定に反映させる責務を負うものである。4 出席停止の懲罰は、上記のような責務を負う議員に対し、議会がその権能―の行使の一時的制限にするものであるとして、その議員が属する場合の議会、自主的、自律的な解決に委ねられるべきであるということができる。「桜まんだら」事件 (最判昭56.4.7)■裁判所の判断裁判所がその固有の権能に基づいて審査することができる対象は、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、しかもそれが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる。したがって、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形をとらないで、法令の適用の前提となる事実問題や抽象的な法令の解釈を争う訴訟は、裁判所の権限に属さない。富山大学事件 (最判平2.3.15)■事件の概要富山大学経済学部の学生Xと専攻科の学生Yは、大学教員の講義を履修していたが、学部長Zは、成績不良を理由にXの退学、Yの専攻科修了を不認定とした。XとYは、Zの退学勧告と修了不認定処分は違法として、損害賠償を求めて提訴した。■裁判所の判断裁判所は、憲法に特別の定めがある場合を除いて、一切の法律上の紛争を裁判する権能を有するものであるが (裁判所法3条1項)、ここにいう一切の法律上の紛争とあらゆる法律上の係争を意味するものではない。すなわち、ひと口に法律上の係争といっても、その範囲は広汎であり、その中には事柄の性質上裁判所の審査に適しないものもある。例えば、純然たる大学内部の問題であって、大学の自律的な判断に委ねられるべきものもある。警察予備隊違憲訴訟 (最大判昭27.10.8)■事件の概要日本社会党の委員長Xは、憲法81条により最高裁判所に違憲審査権が与えられており、具体的な訴訟においても、最高裁の合憲性を争えるのは当然であるとして、警察予備隊の設置及び維持に関する国の一切の行為は憲法9条に違反し無効であることの確認を求める訴えを直接最高裁判所に提起した。判例ナビXと国との間には、警察予備隊をめぐって何らか具体的な紛争があったわけではありません。そこで、具体的な紛争がなくても訴えを提起して司法判断を求めることができるのかどうかが問題となりました。これは、裁判所は、どのような場合に違憲審査権を行使することができるのかという違憲審査権の制約に関わる問題です。■裁判所の判断わが裁判所が、違憲審査権を行使するについては、司法権の作用としてこれを行うものであり、その権限は、具体的な法律上の紛争事件が提起された場合において、その事件を解決するために必要な限度で、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断する権能を有するにとどまる。そして、裁判所が、具体的な法律上の紛争事件の提起をまたずして、抽象的に法律、命令等が憲法に適合するかしないかを判断する権限を有するとの見解は、わが憲法の採用しないところである。解説違憲審査権の性質については、学説上、①具体的な事件を解決する限りにおいて違憲審査権を行使できるとする付随的違憲審査制度、②具体的な事件を離れて違憲審査権を行使できるとする抽象的違憲審査制度、③法律で定めれば抽象的違憲審査制度を採ることも可能であるとする法律委任説等が主張されています。本判決は、一般に、付随的違憲審査制度を採ったものと解されています。なお、Xの訴えは、却下されました。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

裁判所

公開:2025/10/21

ガイダンス裁判所には、最高裁判所、高等裁判所、地方裁判所、家庭裁判所、簡易裁判所の5種類がありまず (裁判所法1条、2条1項)。このうち、最高裁判所の裁判官の任命については、国民審査が行われます (憲法79条2項、3項)。寺西判事補事件 (最大決平10.12.1)■事件の概要仙台地方裁判所の判事補Xは、通信傍受法案 (本件法案) に反対する市民集会 (本件集会) にパネリストとして参加する予定であったが、裁判所長Yから、裁判所法52条1号が禁止する 「積極的に政治運動をすること」 に当たるおそれがあるから、出席を見合わせるよう警告を受けた。 そこで、Xは、仙台地方裁判所判事補であることを明らかにした上で本件集会に参加、「当初、この集会において、傍聴法と令状主義というテーマのシンポジウムにパネリストとして参加する予定であったが、事前に所長から集会に参加するのは罷免処分もあり得るとの警告を受けたことから、パネリストとしての参加は取りやめた。自分としては、仮に法案に反対の立場を表明しても、裁判所法に定める積極的な政治運動に当たるとは考えないが、パネリストとしての発言は辞退する。」との趣旨の発言 (本件言動) をした。判例ナビXの本件言動に対して、Yが高等裁判所に分限裁判を申立て、Xを戒告処分とする決定がされたため、Xは、これを不服として最高裁判所に即時抗告をしました。■裁判所の判断1 「積極的に政治運動をすること」 の禁止の合憲性裁判官は、独立して中立・公正な立場に立ってその職務を行わなければならないのであるが、裁判官も、外見上、中立・公正な職務を遂行するよう要請される。裁判官の具体的な職務の内容の公正、裁判の運営の適正はもとより当然のこととして、外見的にも中立・公正な裁判官によって支えられて初めて、したがって、裁判官は、いかなる勢力からも影響を受けることがあってはならず、とりわけ政治的な勢力との間にみだりに癒着をみだすような行動・態度をとることは厳に慎まなければならない。裁判官が政治的な勢力にみだりに与することは、当該裁判官が人心を失うおそれなしとしない。これらのことからすると、裁判所法52条1号が裁判官に対し「積極的に政治運動をすること」を禁止しているのは、裁判所の独立及び中立・公正を確保し、これに対する国民の信頼を維持するために、三権分立主義の下における司法権の独立、行政とのあるべき関係を維持することにその目的があるものと解される。なお、国家公務員法に違反及びこれを受けた人事院規則14-7は、行政庁に属する一般職の国家公務員の政治的行為を一定の範囲で禁止している。これは、行政の分野における公務が、憲法の定める議院内閣制の構造に照らし、議会制民主主義に基づく政治過程を経て決定された政策の忠実な遂行を期し、専ら国民全体に対する奉仕者とし、政治的偏向を排することを求めなければならず、そのためには、個々の公務員が政治的に、一定の範囲で中立でなく、これに中立の立場を堅持して、その職務の遂行に当たることが必要となることを考慮したことによるものと解される…。これに対し、裁判所法52条1号が裁判官の積極的政治運動を禁止しているのは、右に述べたとおり、右に述べたとは別に、裁判官が司法権を担うという特質に基づき、裁判所の独立及び中立・公正を確保し、これに対する国民の信頼を維持することにその目的があるところにある。裁判官が選挙権及び被選挙権の行使又は組合体の一員として法規を制定させる目的で活動することが許されない理由はない。以上のような国家公務員に対する政治的行為禁止の要請よりも強いものというべきである...。2 憲法21条1項の表現の自由は絶対的なものではなく、その性質上内在的な制約を受けるものである。右に述べたように、裁判所法52条1号が裁判官に対し、「積極的に政治運動をすること」を禁止したのは、裁判所の独立及び中立・公正を確保し、これに対する国民の信頼を維持するという司法権の独立の根幹にかかわる極めて重要な目的を達成するために、裁判官に対してその身分に由来する制約を課したものというべきである。◆この分野の重要判例裁判所の木造裁判官が、市民の表現の自由を有する事を当然の前提とした上で、公務員の政治活動は一般的市民と異なった規律に服する事を肯認し、最高裁がした免職処分を合憲とした判例で、裁判官が「積極的に政治運動をすること」を禁止する裁判所法52条1号を合憲とし、Xの即時抗告を棄却しました。◆裁判官のツイッター投稿と表現の自由 (最大決平30.10.17)1 裁判所の独立、中立は、裁判ないしは裁判所に対する国民の信頼の基礎をなすものであり、裁判官は、公正、中庸な判断者としても裁判を行うことを職責とする者である。したがって、裁判官は、職務を遂行するに際してはもとより、職務を離れた私人としての生活においても、その職責と相いれないような行動を行ってはならず、また、裁判所や裁判官に対する国民の信頼を傷つけることのないように、慎重に行動すべき品位保持の義務を負っていると解するべきである…。裁判所法49条は、裁判官がその義務を負っていることを踏まえ、品位を辱めるべき行為をしたときは、懲戒に付されるものと解するから、問題となる行為が、職務上の行為であると否とを問わず、裁判官の職責または職務を離れた私人としての行動であるとを問わず、およそ裁判官としてその品位を辱めるものと評価されるものであるか否かという観点から判断されるべきものである。2 Xは、裁判官の職にあることを前提として行われている下で、判決が確定した担当外の民事事件である本件民事訴訟に対し、その当事者の感情を傷つける表現を用いて、一方的な意見を表明し、しかも、多数の閲覧者にこれを拡散したものである。Xのこのような行為は、裁判官が、その職責もしくはその職責との関連性またはそれが司法に及ぼす影響に対する配慮を欠き、公正な裁判を行うとの国民の信頼を損ないかねないもので、品位を辱めるものというべきである。解説本件は、東京高等裁判所判事Xがツイッター (現Xエックス) の自己のアカウントにおいて、自己の担当外の事件の当事者の送還請求等に関する民事訴訟 (原告Y) について投稿を行い、Yの感情を傷つけたことから、東京高等裁判所がXの投稿が裁判所法49条の「品位を辱める行為」 に当たるとして、裁判官分限法に基づき最高裁判所に対し懲戒申立てを行ったという事案です。 本決定は、裁判官も一市民として表現の自由を有することを認めた上で、裁判官を裁判官に対する国民の信頼を傷つけないよう慎重に行動する義務を負っているとしました。 そして、裁判所法49条の「品位を辱める行為」 とは、職務上の行為であるか否かを問わず、およそ裁判官としてその品位を辱めるものと評価される行為であるか否かを問い、裁判官に対する国民の信頼を損ね、または裁判の公正を疑わせるような言動をいい、Xの本件投稿はこれに当たるとしました。過去問1 裁判官が「積極的に政治運動をすること」の禁止が、意見表明そのものの制約ではなく、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するもので、そこで意見表明の自由の制約は、単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約にすぎないとみるべきである (行政書士2020年)。1 ○ 判例は、裁判官が積極的に政治運動をすることを、意見表明そのものの制約ではなく、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するもので、意見表明の自由の制約は、単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約にすぎないと解しています (最大決平10.12.1)。在外日本人の国民審査権 (最大判令4.5.25)■事件の概要国外に居住していて国内の市区町村の区域内に住所を有していない日本国民 (在外邦人) Xは、Y (国) に対し、主位的に、①次回の最高裁判所裁判官の国民審査に関する法律 (国民審査法) において審査権を行使することができる地位にあることの確認を求め (本件地位確認の訴え)、予備的に、②YがXに対して憲法15条1項、79条2項、3項等に違反して違法であることの確認を求める訴えを提起した (本件違法確認の訴え)。 また、Xは、Yに対し、③国会において在外邦人の国民審査権の行使を認める制度 (在外審査制度) を創設する立法措置がとられなかったこと (本件立法不作為) により、2017 (平成29) 年10月22日に施行された国民審査 (平成29年国民審査) において審査権を行使することができず精神的苦痛を被ったとして、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める訴えを提起した。■裁判所の判断1 国民審査法4条は、衆議院議員の選挙権を有する者は、審査権を有すると規定しているが、これとは別に、同法8条は、国民審査の審査権を有する者の名簿について規定していることからすると、同法は、飽くまで上記選挙権を有する者のうち同法に登録されている者でなければ審査権を現実に行使することができないこととしているものと解される。そして、国民審査法8条は、上記審査人名簿の記載について、公職選挙法に規定する選挙人名簿を用いており、在外選挙人名簿に登録されている者の用いる在外選挙人名簿に記載されている在外邦人の審査権行使については何ら規定していない。2 国民審査の制度は、国民が最高裁判所の裁判官を罷免するか否かを決定する罷免の制度であるところ…、憲法は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を、最終的に有する裁判所に属するものとしている。この制度を設け、主権者である国民の意思に基づいて審査権を保障しているのである。そして、このように、審査権が国民の主権の行使に属する参政権の一内容である点において選挙権と同様の性質を有することに加え、審査は、衆議院議員総選挙の際に行われることとしていることにも照らせば、選挙権と同様に、国民に対して審査権を行使する機会を平等に保障しているものと解するのが相当である。3 国民審査法は、衆議院議員の選挙の期日の公示の日に、国民審査に付される裁判官について、その氏名が公示されるとともに、都道府県の選挙管理委員会が、国民審査に付される裁判官の氏名を印刷した投票用紙を調製することとして、それぞれの裁判官に対する×の記号を記載する欄を設けた投票用紙を調製することとした上で、投票用紙の配布につき、上記投票用紙を用いた投票による国民審査を原則とする。 平成29年国民審査期日の投票について…、衆議院議員の選挙の期日の公示から期日前投票の期間の開始まで11日間、在外選挙人名簿に登録されている在外邦人が投票を行うことができる期間を十分に確保し難い。しかし、在外選挙制度の下で、現に期日前投票制度が実施されていることにも鑑みると、上記のような技術的な困難は、在外審査制度を創設するについて具体的な制度的制約の根拠となるものではなく、上記のような技術的な困難を回避するためには、現在の取扱いとは異なる投票用紙の調製や投票の方式等を採用する余地がないとは断じ難いところであり、具体的な方策等のいかんを問わず、審査の公正を確保しつつ在外邦人に国民審査権の行使の機会を保障することは、単に事実上不可能ないし著しく困難であったとしても、在外審査制度を創設するための立法措置が何らとられていないことについて、やむを得ない事由があったとはいうことはできない。したがって、国民審査法が在外邦人に審査権の行使を全く認めていないことは、憲法15条1項、79条2項、3項に違反するものである。解説本判決は、国民審査法が在外邦人に国民審査権の行使を認めていないことを違憲としました。本判決を受けて国民審査法が改正され (2022 (令和4) 年11月18日公布、2023 (令和5) 年2月17日施行)、在外邦人も国民審査を行使できるようになりました。この分野の重要判例◆最高裁判所判事たるの任命 (最大判昭27.2.20)国民審査投票方式の合憲性が問題となった事案です。原告は、①国民審査は裁判官の任命の可否を国民に問う制度であり、罷免の可否を問う制度ではないこと、②最高裁判所裁判官国民審査法が、罷免を可否が分からない審査人に黙秘の投票方法を認めておらず、また、裁判官全員の名が連記されているため、特定の裁判官のみ罷免を可とする投票をしようとする審査人は、他の裁判官についても投票を余儀なくされ、しかも、罷免の可否が分からないため何も記入せずにした投票に「罷免を可としない」という効果を付していることは憲法19条に違反すること等を理由に国民審査は無効であると主張しましたが、本判決は、いずれの主張も退けました。過去問1 最高裁判所の裁判官の国民審査は、現行法上、罷免を可とすべき裁判官及び不可とすべき裁判官にそれぞれ印を付すという投票方法によっているが、これは、同制度の趣旨が、内閣による裁判官の恣意的な任命を防止し、その任命を確定させるための事後審査を行う権利を国民に保障するものであると一般に解されていることを踏まえたものである。 (公務員2018年)1 × 判例は、国民審査の制度は実質的に解職の制度であり、任命そのものを完成させるか否かを審査するものではないとしています (最大判昭27.2.20)。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

内閣

公開:2025/10/21

ガイダンス内閣は、行政権の主体である合議制の国家機関をいい、内閣総理大臣及びその他の国務大臣によって構成されます。 内閣総理大臣は、内閣の首長 (憲法66条1項) であり、国務大臣の任免権 (68条)、国務大臣訴追の同意権 (75条) 等を有しています。ロッキード事件丸紅ルート (最大判平7.2.22)■事件の概要内閣総理大臣Xは、アメリカの航空会社A (ロッキード社) の販売代理店B (丸紅) の社長Cの依頼を受けて、Y (全日空) に対しA社の旅客機L1011型機を導入するよう運輸大臣 (現国土交通大臣) Dを通じて働きかけ、その謝礼として5億円を受け取ったとして、受託収賄罪 (刑法197条1項) で起訴された。判例ナビ第1審、控訴審ともに、Xを有罪としたため、Xが上告した。■裁判所の判断1 公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼を保護法益とするものであるから、賄賂罪と評価されるに足りる行為には、公務員がその職務行為において特定の行為をすることの対価として利益の供与を受ける場合に限らず、広く、その職務行為の対価として利益の供与を受ける場合も含まれると解すべきである。2 そこで、まず、内閣総理大臣の職務権限について検討する。民間航空会社の運航する航空路線に就航させるべき航空機の機種の選定は、本来民間航空会社がその責任と判断において行うべき事柄であり、運輸大臣が民間航空会社に対し特定機種の選定、購入を勧告することができるとする明文の根拠規定は存在しない。しかし、一般に、行政機関は、その所掌事務の範囲内において、一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の行為又は不作為を求める指導、勧告、助言等をすることができる。 このような行政指導が公務員の職務権限に基づく職務行為であるというべきである。…運輸大臣の職務権限からすれば、航空会社が新機種の航空機を就航させようとする場合、運輸大臣に右認可申請を付与した民間航空会社に対し、右認可を留保し、その解除の条件として、一定の行政指導をすることがあり、必要があれば、航空法に基づいて、その権限を行使し、航空会社に対し必要な指導、勧告、助言をすることも許されると解される。3 次に、内閣総理大臣の職務権限について検討する。内閣総理大臣は、憲法上、行政権を所掌する内閣の首長として (66条)、国務大臣の任免権 (68条)、内閣を代表して行政各部を指揮監督する権限 (72条) などを有する。 内閣を代表して、行政各部を指揮監督する地位にあるものである。そして、内閣は、閣議により内閣総理大臣が主宰するものと定め (4条)、内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基づいて行政各部を指揮監督し (6条)、行政各部の処分又は命令を中止させることができるものとしている (8条)。 このように、内閣総理大臣の行政各部に対し指揮監督権を行使するためには、閣議にかけて決定した方針が存在することが要するが、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても、内閣総理大臣の右のような地位及び権限に照応し、流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため、内閣総理大臣は、少なくとも、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等の指示を与える権限を有するものと解するのが相当である。したがって、内閣総理大臣の右権限の行使は、一般的には、内閣総理大臣の職務に属する職務行為に当たる。4 以上の検討したところによれば、運輸大臣がYに対しL1011型機の選定購入を勧奨する行政指導は、運輸大臣の職務権限に属する行為であり、内閣総理大臣が運輸大臣に対し右勧奨を働きかけるよう指示することは、内閣総理大臣の内閣の首長という職務権限に属する行為であるということができるから、Xが内閣総理大臣として運輸大臣に対し前記働きかけをすることが、賄賂罪における職務行為に当たるとした原判決は、結論において正当として是認することができるというべきである。解説本件は、「内閣総理大臣の犯罪」として国の内外で注目を集めた事件の最高裁判決です。 憲法72条は、内閣総理大臣は内閣を代表して行政各部を指揮監督するとしており、これを受けて、内閣法6条は、「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する」としています。 したがって、内閣総理大臣は、閣議決定した方針が存在しないと、行政各部を指揮監督することができません。 しかし、これでは、多様な行政需要に迅速に対応することが困難となります。 そこで、本判決は、閣議決定した方針が存在しない場合には、内閣総理大臣は、内閣の明示の意思に反しない限度で、行政各部に対し指示を与えることができるとしました。 なお、Xの上告は棄却されました。過去問1 内閣総理大臣の行政各部への指揮監督権は、内閣総理大臣の首長としての地位に基づくものであるから、内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合にも、内閣の明示の意思に反するものであっても、独自の判断に基づいて指揮監督権を行使することができるとするのが判例である。 (公務員2021年)2 内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、その所掌事務について指導、助言等の指示を与える権限を有する。 (公務員2019年)1 × 判例は、内閣総理大臣が閣議にかけて決定した方針が存在しない場合に指揮監督権を行使するには、内閣の明示の意思に反しないことが必要であるとしています (最大判平7.2.22)。2 ○ 判例は、行政各部に対し行政指導権を行使するためには、閣議にかけて決定した方針が存在することを要するが、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても、内閣総理大臣の右のような地位及び権限に照応し、流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため、内閣総理大臣は、少なくとも、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等の指示を与える権限を有するとしています (最大判平7.2.22)。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9
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