ガイダンス抵当権は、抵当地上に存する建物を除き、その目的である不動産(抵当不動産)に付加して一体となっている物(付加一体物)に及びます(民法370条)。付加一体物に何が含まれるのか、条文上は明らかではありませんが、付合物(242条本文)は、独立性を失って抵当不動産の構成部分となるため、付合した時期が抵当権設定の前後かに関わらず、付加一体物に含まれます。従物に対する抵当権の効力 (最判昭44.3.28)■事件の概要Xは、BからYに対して現在および将来に負担する金銭債務の担保として、Aが所有する宅地(本件宅地)に根抵当権の設定を受け、その旨の登記もなされた。この宅地には庭園が造られており、そこに、石灯籠、庭石、植木が備えられている。その後、Aの債権者Yがこれらの石灯籠、庭石、植木に対して強制執行を申し立てた。そこで、Xは、第三者異議の訴え*を提起した。*第三者が強制執行の排除を求める訴え(民事執行法38条1項)。判例ナビ第1審、控訴審ともに、Xの請求を認容したため、Yが上告しました。■裁判所の判断石灯籠および取り外しのきく庭石等は本件根抵当権の目的たる宅地の従物であり、本件植木および取り外しの困難な庭石等は宅地の構成部分であるが、右従物は本件根抵当権設定当時右宅地の常用のためこれに付属せしめられていたものである…、そして、本件宅地の構成部分の効力は、右構成部分の及ぶことはもちろん、右従物にも及び、この場合右根抵当権は本件宅地に対する根抵当権設定登記をもって、その効力が右の各従物についても対抗しうるものというべく、右従物の効力が及ぶ旨を公示する等特段の事情のないかぎり、民法370条により右従物にも右根抵当権の効力を対抗しうるものと解するのに相当するのである。そうだとすれば、Xは、根抵当権により、右物件等を独立の動産として競売の効力の対象外であると主張するほか、右物件の価値を確保するため、右物件の譲渡または引渡を妨げる権利を有するから、執行債権者たるYに対し、右物件等についての強制執行の排除を求めることができる…。解説抵当権の効力は、抵当権設定時の従物にも及ぶとするのが従来からの判例です(大判昭大8.3.15)。本判決は、従来からの判例を踏襲した上で、民法370条により抵当権設定登記が従物に対する抵当権の対抗力を有することを明らかにし、Yの上告を棄却しました。◆この分野の重要判例抵当権設定後の賃借権に対抗するための登記 (最判昭40.5.4)土地賃借人の所有する地上建物のために設定された抵当権の実行により、競落人が該建物の所有権を取得した場合には、民法612条の適用上賃借人と土地所有者に対する対抗の問題はしばらくおき、従前の建物所有者の間においては、右建物の取得して前提とする価格で競落された時の特段の事情がないかぎり、右建物の所有に必要な敷地の賃借権も競落人に移転するものと解するのが相当である…、けだし、建物を所有するために必要な敷地の賃借権は、右建物所有権に付随し、これと一体となって一個の財産的価値を形成しているものであるから、建物に抵当権が設定されたときは敷地の賃借権も原則としてその効力の及ぶ目的物に包含されるものと解すべきであるからである。したがって、買戻人たる土地所有者が右賃借権の移転を承認しないとしても、すでに賃借権を競落人に移転した従物の所有者に対して、土地所有者において競落人に対する敷地の明渡しを請求することができないものといわなければならない。過去問宅地に抵当権が設定された当時、その宅地に備え付けられていた石灯籠及び取り外したのできる庭石は、抵当権の目的である宅地の従物であるため、その抵当権の効力が及ぶ。(公務員2021年)借地上の建物に抵当権が設定された場合において、その建物の抵当権の効力は、特段の合意がない限りに借地権には及ばない。(行政書士2018年)○ 1. 石灯籠および取り外しのできる庭石は抵当権の目的たる宅地の従物であり、抵当権設定当時に宅地と付されてられたこれらの従物には、抵当権の効力が及びます(最判昭44.3.28)。× 2. 借地上の建物に設定された抵当権の効力は、原則として借地権にも及びます(最判昭40.5.4)。賃料債権への物上代位 (最判平元.10.27)■事件の概要Aは、Bに賃貸している自己が所有する本件建物に、まずCのために抵当権を設定し、次いでYのために抵当権を設定し、それぞれの登記をしたが、Xが本件建物をAから買い受け、Bに対する賃貸人の地位も承継した。その後、Cが抵当権の実行を申し立て、競売開始決定がされたため、Bは、以後の賃料を供託した。そこで、Yは、抵当権に基づく物上代位権の行使として供託金還付請求権を差し押さえ、供託金の還付を受けた。判例ナビXは、Yが受けた還付金は不当利得であると主張して、その返還を求める訴えを提起しました。不当利得であるとする理由は、抵当権は目的物を占有することができない非占有担保権であるから、本件家屋の利用形態である賃料、すなわち、供託金に物上代位することはできないというものです。第1審、控訴審ともにXの請求を棄却したため、Xは、上告しました。■裁判所の判断抵当権の目的不動産が賃貸された場合においては、抵当権者は、民法372条、304条の規定の趣旨に従い、目的不動産の賃借人が賃貸した抵当権の請求権について抵当権を行使することができるものと解するのが相当である。けだし、民法372条によって不動産所有権に関する民法304条の規定が抵当権にも準用されているところ、抵当権は、目的物に対する占有を抵当権設定者の下にとどめ、設定者が目的物を自ら使用し又は第三者に使用させることを許す性質の担保物権であるから、抵当権は、目的物の使用を収取権限を有するものではないし、抵当権設定者の目的物を第三者に使用させることによって対価を取得した場合に、右対価について抵当権を行使することができるものと解したとしても、抵当権設定の目的物が抵当権を行使する場合には何ら変わるところはないし、右規定に反してまで目的物の賃料について抵当権を行使することができないと解すべき理由はなく、また抵当権が実行された場合には、賃料債権についてもその物上代位請求権について抵当権を行使することができるものというべきであるからである。そして、目的不動産について抵当権を実行しうる場合であっても、物上代位の目的となる金銭その他の物について抵当権を行使することができることは、当裁判所の判例の趣旨とするところであり、目的不動産に対して抵当権が実行されている場合でも、先行の担保権者等の債権がなければ、抵当権者ないしこれに代わる供託金還付請求権に対しても抵当権を行使することができるものというべきである。解説抵当権者は、目的物が譲渡されても、抵当権を実行して競売代金から弁済を受けることができるので、目的物の賃料債権への物上代位を認める必要はないかにも思えます。しかし、本判決は、単に民法372条が304条を準用しているという形式的理由ではなく、判決文にあるような詳しい理由付けをして物上代位を肯定し、Xの上告を棄却しました。◆この分野の重要判例抵当権設定後の賃借人への物上代位 (最決平12.4.14)民法372条によって抵当権に準用される民法304条1項に規定する「債務者」には、原則として、抵当不動産の賃借人(転貸人)は含まれないものと解すべきである。けだし、所有者は被担保債権の履行について抵当不動産をもって物的に責任を負担するものであり、抵当不動産の賃借人は、このような責任を負担するものではなく、自己に帰属する債権を被担保債権の弁済に供されるべき立場にはないからである。物上代位の目的とする。これを「債務者」に含めることはできない。また、転貸賃料債権を物上代位の目的とすることができるとすると、正常な取引により成立した抵当不動産の転貸借関係における賃借人(転貸人)の利益を不当に害することにもなる。もっとも、所有者の取得すべき賃料を減少させ、又は抵当権の行使を妨げるために、法人格を濫用し、又は賃借権を賃借人から取得することによって抵当不動産の価値を同視するような場合には、賃借人が取得すべき転貸賃料債権に対して抵当権に基づく物上代位権を行使することを許すべきものである。過去問抵当権者による賃料への物上代位は、抵当権の実行までは抵当権設定者に不動産の使用・収益を認めるという抵当権の趣旨に反するため、被担保債権の不履行がある場合であっても、認められない。 (公務員2022年)抵当不動産が転貸された場合、抵当権者は、原則として、転貸賃料債権(転貸賃料債権)に対しても物上代位権を行使することができる。 (行政書士2018年)× 1. 抵当権者は、目的不動産の賃料債権についても物上代位権を行使することができます(最判平元.10.27)。× 2. 抵当権者は、原則として、転貸賃料債権(転貸賃料債権)に対して物上代位権を行使することができません(最決平12.4.14)。抵当権に基づく妨害排除請求 (最判平17.3.10)■事件の概要Xは、A会社からA所有の土地に分譲式のホテル(本件建物)を建築することを請け負い、本件建物を完成させたが、Aが請負代金を支払わなかったため、引渡しを留保した。その後、Xは、Aに対する請負代金債権を担保するため、本件建物の抵当権の設定を受け、その登記がなされるとともに、本件建物をBに賃貸するようXの承諾を得ることを条件に、本件建物をAに引き渡した。しかし、Aは、Xの承諾を得ないで、本件建物をB会社に賃貸し、さらにBも、Xの承諾を得ないで、本件建物をY会社他に転貸し、引き渡した。AとB間の賃貸借契約は、いずれの月も相場の5分の1以下の低額である反面、敷金は賃料の100倍と異常に高額であり、また、3社の役員のー部は共通していた。判例ナビAが請負代金を支払わないまま事実上の倒産をしたため、Xは、抵当権の実行により本件建物の競売を申し立てましたが、買い手が見つからず、売却できませんでした。そこで、Xは、Yに対して、Yによる本件建物の占有により抵当権が侵害されたことを理由に、抵当権に基づく妨害排除請求として、本件建物を明け渡すことおよび抵当権侵害による賃料相当額の損害金の支払いを求める訴えを提起しました。控訴審のXの請求を認容したため、Yが上告しました。■裁判所の判断所有者以外の第三者が抵当不動産を不法占有することにより、抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ、抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権者は、占有者に対し、抵当権に基づく妨害排除請求として、その状態の排除を求めることができる。そして、占有権原の設定に抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められ、その占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられて抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権者は、当該占有者に対し、抵当権に基づく妨害排除請求として、上記の妨害の状態を排除することができるものである。もっとも、抵当権は、抵当不動産の使用収益を目的とするものではないから、抵当不動産の所有者において抵当権者に対し当該不動産を適切に維持保存するよう求める請求権を有するにとどまり、抵当権設定者が抵当不動産を自ら適切に維持管理しない場合に、占有者に対し妨害排除請求をすることができるものではないのである。なお、抵当権者は、抵当権に基づく妨害排除請求をすることができる場合でも、抵当権は抵当不動産の使用収益を目的とするものではないから、抵当不動産を占有する権原を有しない。また、抵当権は、抵当権設定者の使用収益権の行使を制約するものではなく、抵当不動産の所有者に代わり抵当不動産を維持管理する目的で、抵当不動産の使用及びその収益による利益を取得したりするものではないからである。解説抵当不動産の不法占有者に対する抵当権者の妨害排除請求は、すでに大判平11.11.16が、抵当不動産の占有の方法が占有者に対する妨害排除請求の代位行使という構成で認めていました。しかし、本件のように、占有権を有する者が抵当不動産を占有している場合には、平成11年判決が採った構成を用いることはできません。そこで、本判決は、平成11年判決をー歩進め、占有権に基づく占有であっても抵当権侵害を生ずる場合があることを認め、抵当権に基づく妨害排除請求を代行使してその侵害状態を是正できるとした。◆この分野の重要判例抵当権に基づく返還請求 (最判昭57.3.12)抵当権者は、第三者の同意を得ないで工場から搬出された右動産について、第三者が即時取得をしない限りは、抵当権の効力が及んでおり、第三者の占有する当該動産に対し抵当権を行使することができるのであるから(同法25条参照)、抵当権の担保価値を保全するためには、目的動産の処分等を阻止するだけでは足りず、搬出された目的動産を元の場所に戻して回復を回復すべき必要があるからである。過去問抵当権設定後に抵当不動産の所有者から占有権原の設定を受けてこれを占有する者が、その占有権原の登記なくして抵当権設定登記後の競売手続きの買受を対抗する占有が認められ、その占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権者は占有者に対して抵当権に基づく妨害排除請求をすることができる。(公務員2019年)工場抵当法により工場に属する建物とともに抵当権の目的にされた動産が、抵当権者に無断で同建物から搬出された場合には、第三者が即時取得しない限り、抵当権者は、目的動産をもとの備付場所である工場に戻すことを請求することができる。(行政書士221年)○ 1. 抵当権設定登記後に抵当不動産の所有者から受けた占有権原の設定を受けてこれを占有する者であっても、占有権原の登記なくして抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権者は、占有者に対して抵当権に基づく妨害排除請求をすることができる(最判平17.3.10)。○ 2. 工場抵当法2条により工場に属する土地または建物とともに抵当権の目的にされた動産が、抵当権者の同意を得ないで、備え付けられた工場から搬出された場合、第三者が当該動産を即時取得しない限り、抵当権者は、搬出された動産をもとの備付場所である工場に戻すことを請求することができます(最判昭57.3.12)。
ガイダンス留置権とは、他人の物の占有に関して生じた債権を有する場合に、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる担保物権をいいます(民法295条1項)。例えば、Xの依頼に応じてYが自動車を修理したYは、修理代金の支払いを受けるまで自動車を自己の下に留め置くことができます。Xは、自動車を返してほしいければ、修理代金を支払わざるを得ません。このように、留置権には、間接的に弁済を促す効果があります。留置権が成立するには、目的物を留置することによって担保しようとする債権(被担保債権)が「その物に関して生じた債権」でなければなりません(295条1項)。被担保債権と目的物のこのような関係を牽連性といいいます。留置権の対抗力 (最判昭47.11.16)■事件の概要Yは、その所有する建物(本件建物)とその敷地である土地(本件土地)をAに売却した。その際、YA間で「代金の際はAに本件建物の所有権移転登記と同時に支払い、残金45万円については、全員の支払いに代えて、Aにおいて土地(提供土地)を購入して建物(提供建物)を新築し、これをYに譲渡することとし、提供土地建物の明渡しは右提供土地建物の所有権を譲渡する」旨の約束がされたが、Aは、本件土地建物をYに賃貸する義務を履行しなかった。その後、Xは、Aに対し384万円を貸与し、その担保のため、本件土地建物を目的として抵当権設定契約および停止条件付代物弁済契約を締結したが、Aは右借金の弁済を所定の期限に弁済しなかったため、Xは、右代物弁済契約により本件土地建物の所有権を取得し、所有権移転登記を経由した。判例ナビXが本件建物を占有しているYに対し、所有権に基づく建物明渡請求訴訟を提起したところ、Yは、留置権の抗弁を主張しました。第1審、控訴審は、留置権の抗弁を認め、Aの残代金の支払いと引き換えに本件建物を明け渡すようYに命じましたが、控訴審は、留置権の抗弁を認めませんでした。そこで、Yが上告しました。■裁判所の判断原審は、右確定事実のもとでは、売主であるYは買主のAに対し、右の売買代金債務の不履行を理由として、右売買契約に基づく本件建物引渡義務の履行を拒絶することができるにとどまり、Aに対し、右の代金債権の弁済を請求することができるのみであって、Yは、Aから右代金債権の弁済を受けるまで、Aの所有に属する本件建物を留置する権能を取得するものではない、と判示している。しかしながら、不動産の売主は、代金全額の支払を受けるまで、買主に対し、目的不動産の引渡義務の履行を拒絶することができるのであり(民法533条)、この場合、売主の右履行拒絶の権能は、これを同時履行の抗弁権と称するものであるが、その実質は、公平の原則に基づき、売主の代金債権を担保するためのものというべきであるから、右履行拒絶の権能の行使としてする目的不動産の留置は、実質において、留置権の作用に類する性質を有するものといわなければならない。そうすると、不動産の売買契約において、目的不動産の所有権が代金の支払に先だって買主に移転する旨の特約が付されている場合にも、売主は、その後、代金の支払を受けるまでは、同時履行の抗弁権に基づき、目的不動産の引渡を拒絶することができるのであり、売主が、右引渡を拒絶して目的不動産の占有を継続するときは、その占有は、買主に対しては、同時履行の抗弁権の行使として、これを拒絶する権原に基づくものというべきであるから、不法占有にあたるものではなく、したがって、売主は、買主から目的不動産の所有権を取得した第三者に対しても、代金債権の弁済があるまで、目的不動産の留置を主張することができるものと解するのが相当である。解説本判決は、YA間で留置権が成立することが、Yはその留置権をAから本件建物を譲受人Xに対抗することができることを明らかにしました。◆この分野の重要判例他人物の売買と留置権 (最判昭51.6.17)他人の物の売買における買主は、その所有権を移転すべき売主の債務の履行不能による損害賠償請求権をもって、所有者の目的物引渡請求に対し、留置権を主張することは許されないものと解するのが相当である。蓋し、他人の物の売主は、その所有権移転債務が履行不能となっても、目的物の返還を誰に請求しうる関係になく、したがって、買主が目的物の返還を拒絶することによって損害賠償債務の履行を間接に強制するという関係は生じないため、右損害賠償債権について目的物の留置を成立させるために必要な物と債権との牽連関係が当事者間に存在するといえないからである。過去問Aは、自己の所有する甲土地をBに売却したが、これを引き渡していなかったところ、Bは、弁済期が到来したにもかかわらず、Aに売買代金を支払わないまま甲土地をCに売却した。この場合において、CのAに対し甲土地の引渡しを請求したときは、AがBに対して有する代金債権のために、Cに対して、甲土地につき留置権を行使することができる。 (公務員2022年)他人物売買の売主から目的物の引渡しを受けた買主は、所有者から引渡し目的物の返還請求を受けた場合には、売主に対して有する損害賠償債権を被担保債権とする留置権を主張して返還を拒むことはできない。 (司法書士2022年)○ 1. Aは、B間で成立した留置権を、留置権成立後に甲土地をBから譲り受けたCに主張することができます(最判昭47.11.16)。○ 2. 他人売買における買主は、その所有権を移転すべき売主の債務の履行不能による損害賠償債権をもって、所有者の目的物返還請求に対し、留置権を主張することは許されません(最判昭51.6.17)。
ガイダンス共有とは、複数の者が一定の割合(持分)で1つの物を所有することをいいます。持分とは、各共有者が共有物に対して有する権利の割合をいい、共有者の合意や法律の規定があればそれによりますが、合意や規定がない場合は、各共有者の持分は等しいものと推定されます(民法250条)。共有者相互間の明渡請求 (最判昭41.5.19)■事件の概要Aは、自己が所有する本件土地上に本件建物を建築し、長男Yの夫婦を居住させていたが、その後、(1) Yは、Aの存命中、Aに対し毎月2万円の仕送りをすること、(2) Aは、Yに本件土地・建物を譲渡すること、を互いに約する契約を結んだ。しかし、Yは、数か月仕送りを しただけで、仕送りを止めたため、Aは、契約を解除した。その後、Aが死亡し、Aの妻Xと、Y、Aの次男Zが本件土地建物を共同相続した(持分は、Xが2分の1、Y、Zが各4分の1)。判例ナビXとZは、Yに対し、本件土地建物の明渡しを求める訴えを提起しました。第1審は、建物の明渡しのみ容認したため、双方が控訴しました、控訴審は、XとZの請求を全面的に認容したため、Yが上告しました。■裁判所の判断共同相続に基づく共有者の一人であって、その持分の価格が共有物の価格の過半数に満たない者(以下単に少数持分権者という)は、他の共有者の協議を経ないで当然に共有物(本件建物)を単独に占有する権限を有するものでない。…他方、他のすべての相続人がその共有持分を合計すると、その価格が共有物の価格の過半数をこえるからといつて(以下このような共有持分権者らを多数持分権者という)、共有物を現に占有する前記少数持分権者に対し、当然にその明渡を請求することができるものではない。けだし、このような場合、右の少数持分権者は自己の持分によつて、共有物を使用収益する権原を有し、これに基づいて共有物を占有するものと認められるからであつて、この場合、多数持分権者が少数持分権者に対して共有物の明渡を求めることができるためには、その明渡を求める理由を主張し立証しなければならないのである。解説本件では、共有者の1人が共有不動産を占有している場合、他の共有者が明渡請求できるかどうかが問題となりました。本判決は、当然に明渡請求できるわけではなく、「明渡を求める理由」を主張立証しなければならないとしました。「明渡を求める理由」は、現行法の下では、各共有者の持分割合の過半数による決定(252条1項)に相当します。◆この分野の重要判例共有者の一人による保存行為の抹消登記手続請求 (最判平15.7.11)不動産の共有者の一人は、その持分権に基づき、共有不動産に対して加えられた妨害を排除することができるところ、不実の持分移転登記がされている場合には、その登記によって共有不動産に対する妨害状態が生じているということができるから、共有不動産について全く実体上の権利を有しないのに持分移転登記を経由している者に対し、単独でその持分移転登記の抹消登記手続を請求することができる。過去問最高裁判所の判例では、持分の価格が過半数を超える共有者は、過半数に満たない自己の持分に基づいて現に共有物を占有する他の共有者に対し、当然に共有物の明渡しを請求することができる、明渡しを求める理由を主張し立証する必要はないとした。 (公務員2022年)不動産共有者の一人は、その持分権に基づき、共有不動産に対して加えられた妨害を排除することができるが、不実の持分移転登記がされている場合であっても、そのことをもって共有不動産が妨害されたとはいえないから、共有不動産について全く実体上の権利を有しないのに持分移転登記を経由している者に対し、単独でその持分移転登記の抹消登記手続を請求することはできない。 (公務員2017年)× 1. 持分の価格が過半数を超える共有者であっても、当然に共有物の明渡しを請求することができるわけではありません。明渡しを求める理由を主張・立証する必要があります(最判昭41.5.19)。× 2. 不動産の共有者の一人は、共有不動産について全く実体上の権利を有しないのに持分移転登記を経由している者に対し、単独でその持分移転登記の抹消登記手続を請求することができます(最判平15.7.11)。
ガイダンス所有権は、法令の範囲内で、自由に使用・収益・処分できる権利です(民法206条)。所有者は、所有物に対して全面的な支配をなし、所有物の使用価値、交換価値を全面的に把握します。所有権は、売買等の契約、取得時効等によって取得することができるほか、民法239条以下に規定された所有権特有の取得原因によっても取得することができます。建築中の建物への第三者の工事と所有権の帰属 (最判昭54.1.25)■事件の概要A建設株式会社は、Yから本件建物の建築を請け負い、さらにこれをX建設株式会社に下請けに出した。Xは、自己の調達した資材を使って建築工事を行い、棟上げを終え、屋根下地板を張り終えたが、Aが約定の請負代金を支払わなかったため、その後は施錠をせず、覚書を壁に張り、工事を中止したまま放置した。そこで、Yは、Aとの請負契約を合意解除し、B建設株式会社に対し、工事続行に伴い建築中の建物の所有権はYの所有に属する旨の特約をして本件建物の残工事をBの下請けにおいて、請負契約に従い自らの材料を供して工事を行い、独立の不動産である建物とした。判例ナビXは、Yに対し、所有権に基づく本件建物の明渡しと不法行為(Yのカギ交換)に基づく損害賠償を請求する訴えを提起しました。Xが本件建物の所有権を主張する理由は、右の工事で本件建物が独立の不動産となった時点での主たる部分はXが自らの資材で建設した動産であり、右工事部分に帰属する動産であるから、両者が合体してできた本件建物の所有権は、民法243条によりXに帰属するというものでした。第1審、控訴審ともに、Xに請求を棄却したため、Xが上告しました。■裁判所の判断建築中の建物が独立した不動産としての建物となるに至るまでの工事が請負人によって施行された場合において、当該建物の所有権の帰属は、加工の法理によって決すべきである。建物の工事の請負人が建築主の承諾を得てその材料の全部又は主要部分を提供して建物を建築したときは、当該建物の所有権が原始的には請負人に帰属すべきものと解するのが相当であるから、その後に建築主と請負人との間において建物の所有権を建築主に帰属させる旨の特約がされたとしても、これによって右の帰属がいまだ独立の不動産としての形態個性を備えるに至らない段階で建物に関する所有権の帰属を決することはできない。解説建築した建物の所有権帰属の問題について、本判決は、材料に施される工作が特段の価値を有することを重視し、動産と動産が付合する場合を想定する民法243条ではなく、加工に関する246条2項によって決定することを明らかにしました。また、246条2項により完成建物の所有権の帰属を決定する場合、どの時点で、同条項にいう価格の比較をすべきかが問題となりますが、本判決は、建物が独立の不動産となった時点ではなく、加工者の工事が〜〜終了したと認められる時までの間に加工者が加えた工作及び材料の価格と建物が独立の不動産としての形態をそなえるに至るまでに建築主が加えた工作及び材料の価格との価格を比較して決すべきであるとしてる。そして、Xが建築した建物の価格よりもBが施工した工事と材料の価格の方がはるかに大きいから、本件建物の所有権はB(BとY間の特約により、さらにY)に帰属するとして、Xの上告を棄却しました。過去問建物建築を請け負った建築業者が、未だ独立の不動産に至らない建前の段階で工事を中止したので、別の建築業者が材料を供して独立の不動産である建物に仕上げた場合、当該建物の所有権の帰属は、加工の法理によって決すべきである。 (公務員2018年)○ 判例は、建築途中の建物に、第三者が材料を供して工事を施し、独立の不動産である建物に仕上げた場合、その建物の所有権の帰属は、符合の規定である民法244条ではなく、加工の規定である246条2項に基づいて決定すべきであるとしています(最判昭54.1.25)。囲繞地通行権 (最判平21.1.20)■事件の概要Aは、公道に面した自己所有の土地を甲地と乙地に分割し、袋地となった甲地をXに売却し、乙地をBに売却した。甲地の売却にあたって、Aは、Yから貸借していた袋地である丙地に、Yに無断で、通路(本件通路)を設け、Xが無償で通行できる旨の合意をした。その後、Bが甲地との境界部分に石垣を設置し、建物を建てたため、Xが甲地から公道に出入りするには、丙地を通行するしか方法がなくなったが、Yは、丙地について、Aとの賃貸借を解除し、Xが丙地を通行することを禁止した。判例ナビXは、Yに対し、囲繞地通行権(民法210条)を理由に本件通路部分の通行権の確認と通行の妨害禁止等を求めて訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を棄却したため、Xが上告しました。■裁判所の判断共有物の分割又は土地の一部の譲渡によって公路に通じない土地(以下「袋地」という。)を生じた場合には、袋地の所有者は、民法213条に基づき、これを囲繞する土地のうち、他の分割者の所有地又は土地の一部の譲渡人の所有地(以下、これらの土地を「残余地」という。)についてのみ通行権を有するが、同条の規定する囲繞地通行権は、残余地について特段の障壁が生じた場合にこれを消滅するものではなく、袋地所有者は、囲繞地であった残余地以外の土地を通行しうるものではないと解するのが相当である。けだし、民法213条以下の囲繞地通行権に関する規定は、土地の利用の調整を目的とするものであって、対人的な関係を定めたものではなく、同法213条の規定する囲繞地通行権も、袋地に付着した物権的権利で、残余地に当然に課せられた物権的負担と解すべきものであるからである。袋地の所有者がこれと別に囲繞地通行権によって囲繞地通行権が消滅すると解するのは、袋地所有者の自己の関知しない事情の帰すうによってその法の保障を奪われうるという不合理な結果をもたらし、他方、残余地以外の囲繞地を通行しうるものと解するのは、その所有者に不測の不利益が及ぶことになって、妥当でない。解説所有地によって公路に通じない土地(袋地)が生じた場合、袋地所有者は、他の分割者の所有地(残余地)のみを通行して公道に出ることができます(残余地の囲繞地通行権、民法213条1項)。本判決は、残余地が譲渡されてその所有者が変わっても残余地の囲繞地通行権は消滅せず、残余地以外の囲繞地通行権(210条)は生じないとしてます。◆この分野の重要判例囲繞地通行権と登記 (最判昭47.4.14)思うに、袋地の所有権を取得した者は、所有権取得登記を経由していなくても、囲繞地所有権ないしこれに立つ利用権を有する者に対して、囲繞地通行権を主張することができると解するのが相当である。なんとなれば、民法210条ないし213条は、いずれも、相隣接する不動産相互間の利用の調整を目的とする規定であって、同法210条において袋地の所有者が囲繞地を通行することができるとされているのも、相隣関係にある所有者相互の不動産の所有権ないしこれに立つ利用権を有する者に対して、囲繞地通行権を主張する者は、不動産取引の安全保護をはかった公信の原則を媒介としたものと解すべきだからである。したがって、不動産取引の安全保護をはかった公信の原則を媒介としたものと解すべきである。したがって、不動産取引の安全保護をはかった公示制度とはその関係を異にするものであり、実体法上袋地の所有権を取得した者は、右抗要件を具備することなく、囲繞地所有者らに対し囲繞地通行権を主張しうるものというべきである。囲繞地通行権の態様 (最判平18.3.16)現代社会においては、自動車による通行を必要とすべき状況が多く見受けられる反面、自動車による通行を認めると、一般に、他の土地から道路としてより多くの土地を割く必要かある上、自動車事故が発生する危険性が生ずることなども否定することができない。したがって、自動車による通行を前提とする210条通行権の成否及びその具体的内容は、他の土地について自動車による通行を認める必要性、周辺の土地の状況、自動車による通行を前提とする210条通行権が認められることにより他の土地の所有者が被る不利益等の諸事情を総合考慮して判断すべきである。解説本件は、広大な墓地が袋地であり、徒歩で公道に出入りすることは可能であったという事案であり、自動車による通行を前提とする囲繞地通行権の成否とその内容が問題となりました。過去問最高裁判所の判例では、共有物の分割によって袋地を生じた場合、袋地の所有者は他の分割者の所有地についてのみ囲繞地通行権を有するが、この囲繞地に特定承継が生じた場合には、当該通行権は消滅するとした。 (公務員2019年)最高裁判所の判例では、袋地の所有権を取得した者は、所有権取得登記を経由していなくても、囲繞地の所有者ないしこれに立つ利用権を有する者に対して、囲繞地通行権を主張することができるとした。 (公務員2019年)Aが購入した甲土地は、他の土地に囲まれて公道に通じない土地であった。Aは公道に至るため甲土地上を隣地である乙土地を通行する権利を有するところ、Aが自動車を所有していても、自動車による通行権が認められることはない。 (宅建士2020年)× 1. 民法213条により囲繞地通行権は、残余地について特定承継が生じた場合にも消滅しません(最判平21.1.20)。○ 2. 袋地の所有権を取得した者は、所有権取得登記を経由していなくても、囲繞地の所有者ないしこれに立つ利用権を有する者に対して、囲繞地通行権を主張することができます(最判昭47.4.14)。× 3. 自動車による通行を前提とする囲繞地通行権(民法210条)の成否・具体的内容は、他の土地について自動車による通行を認める必要性等の諸事情を総合考慮して判断されるので(最判平18.3.16)、Aが自動車による通行権が認められないとは言い切れません。
ガイダンス即時取得(民法192条)とは、無権利者を権利者と信頼して動産に関する権利を取得する者を保護するための制度であり、善意取得ともいいます。民法192条の要件を満たすと、動産の占有者は、原則として、当該動産の所有権等を取得することができます。ただし、当該動産が盗品または遺失物である場合には、後述の被害者、遺失者に回復請求が認められています(193条)。占有改定と即時取得 (最判昭35.2.11)■事件の概要Xは、Aとの間で、Yが所有する発電機(本件動産)の売買契約を締結した。この契約には、「Aが期日までに代金を支払わないときは、契約は無効となる」旨の定めがあったが、Aが期日までに代金を支払わなかったため、当該契約は無効になった。しかし、Aは、自分を本件動産の所有者であると信じ、そう信じたことに過失のないXに本件動産を売却し、占有改定の方法により引き渡した。一方、本件動産をXに売却することができなかったYは、本件動産をZに売却し、現実に引き渡した。判例ナビXは、本件動産をZの下から運び出そうとしましたが、Yに阻止され、Zがこれを持ち去ったため、YとZに対し、本件動産の所有権の確認と引渡しを求める訴えを提起しました。訴訟において、Xは、占有改定を民法192条の「占有」に含まれるから、本件動産を即時取得すると主張しましたが、第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。■無権利者の判断無権利者から動産の譲渡を受けた場合において、譲受人が民法192条によりその所有権を取得しうるためには、一般外観上従来の占有状態に変動を生ずるがごとき占有を取得することを要し、かかる状態に一般外観上変動なきいわゆる占有改定の方法による取得をもっては足らないものといわなければならない。解説民法は、占有取得の方法として、現実の引渡し(民法182条1項)、簡易の引渡し(182条2項)、占有改定(183条)、指図による占有移転(184条)の4つの方法を定めています。本判決は、即時取得の要件である192条の「占有」は、従来の占有状態に変更を生じることが外観からみて分かるものでなければならないとの理由で、占有改定は「占有」に含まれないとし、Xの上告を棄却しました。◆この分野の重要判例指図による占有移転と即時取得 (最判昭57.9.7)原審が確定した事実関係によれば、(1)訴外D国際貿易株式会社(以下「D国際」という。)は、E法人から本件豚肉の引き渡しを受けてこれを訴外F水産株式会社(以下「F水産」という。)に寄託したが、これより先D国際は右豚肉を訴外G銀株式会社丙商店(以下「F商店」という。)に売り渡し、F商店はこれをXに転売していたので、D国際がF商店に、いずれも売買の目的物である右豚肉を引き渡す手段として、それぞれ受益者であるE水産宛に右豚肉を譲受人に引き渡すことを依頼する旨を記載した寄託物返還請求書を交付し、その正本をE水産に、副本を各買受人に交付し、右正本の交付を受けたE水産は、寄託者たる売主の意思を確認するなどして、その寄託者依頼の受託者名義をD国際からF商店に、F商店からXへと変更した。(2)昭和48年当時京浜地区における冷凍豚肉倉庫業者の間、冷凍倉庫業者間において、冷凍倉庫業者は、寄託者である売主が発行する正式の譲渡流通指図書のうちの1通の呈示若しくは送付を受けると、寄託者の意思を確認する措置を講じたうえ、寄託者台帳上の寄託者名義を右指図書記載の被指図人に変更する手続をとり、売買当事者間においては、右名義変更によって目的物の引渡が完了したものとして処理することが広く行われていた、というのである。そして、右事実関係のもとにおいて、Xが右寄託者台帳上の寄託者名義の変更によりF商店から本件豚肉につき占有代理権をE水産とする指図による占有移転を受けたことによって民法192条にいう占有を取得したものであるとした原審の判断は、正当として是認することができる。解説本件は、Dが倉庫業者Eに寄託している豚肉が、DからF、FからXへと売却され、いずれの売却においても指図による占有移転によって引渡しがされたという事案です。Dが豚肉の所有者ではなかったため、Xが豚肉を即時取得できるかが問題となりました。本判決は、本件事案の下では、寄託者が倉庫業者に対して発行した寄託指図書に基づいて倉庫業者が寄託者台帳上の寄託者名義を変更することによって指図による占有移転(民法184条)がなされ、これにより目的物の引渡が完了したとするという商慣行が行われていたことを指摘して即時取得の成立を認めました。過去問AがBから動産を買い受け、占有改定の方法で引渡しを受けたが、その後、CもAから当該動産を買い受け、占有改定の方法で引渡しを受けた場合、CがAのBに対する動産の売却について善意無過失であっても、Bは、当該動産の所有権をCに対抗することができる。(公務員2022年)A所有の不動産につき無権利のBがCに甲動産を寄託している場合において、Bが、Bの無権利につき善意無過失のDに甲動産を売却し、Cに対して以後Dのためにこれを占有することを命じ、Cがこれを承諾したときは、甲動産を即時取得することができる。(公務員2022年)最高裁判所の判例では、寄託者が倉庫業者に対して発行した寄託指図書に基づき倉庫業者が受託台帳上の寄託者名義を変更して、寄託の目的物の譲受人が指図による占有移転を受けた場合は、即時取得の適用はないとした。(公務員2017年)AがBから動産を買い受けたことにより、Aは、無権利者となります。その後無権利者Aから当該動産を買い受けたCは、占有改定の方法で引渡しを受けただけでは当該動産を即時取得することができません(最判昭35.2.11)。そして、即時取得としての引渡し(民法178条)は占有改定の方法でもよいので、Bは、当該動産の所有権をCに対抗することができません。Bが、Cに対して以後Dのために甲動産を占有することを命じ、Cがこれを承諾したことで、Dは、指図による占有移転(民法184条)により甲動産の占有を取得します。この場合、Dは、甲動産を即時取得することができます(最判昭57.9.7)。最高裁判所の判例は、本設問のような事案において、指図による占有移転による即時取得を認めています(最判昭57.9.7)。盗品等の占有者(最判平12.6.27)■事件の概要Xは、その所有する中古土木機械(本件機械)をAに盗取された。その後、Yは、中古土木機械の販売業者Bから本件機械を300万円で購入し、代金を支払って引渡しを受けたが、購入の際、Bに本件機械の処分権限があると信じ、かつ、そのように信ずるにつき過失がなかった。Yが本件機械を占有し使用していたところ、Xは、Yに対し、所有権に基づいて本件機械の返還と返還までの使用利益相当額の金員の支払を求める訴えを提起した。これに対し、Yは、右金員の支払義務を争うとともに、民法194条に基づき、Xが300万円の代価の弁償をしない限り本件機械は引き渡さないと主張した。判例ナビ第1審は、Yに対して、Xから300万円の支払を受けるのと引換えに本件機械をXに引き渡すよう命じるとともに、Yには本件訴え提起後の日から本件機械の使用によって得た利益を不当利得としてXに返還する義務があると、本件機械を引き渡すまで1か月30万円の割合による金員の支払を命じました。これに対し、Yが控訴をし、Xが附帯控訴をしました。控訴審において、Yは、第1審判決によって命じられた使用利益相当額の負担が増大することを避けるため、代価の支払を受けないまま本件機械をXに引き渡しました。そこで、Xは、引渡請求に係る訴えを取り下げた上で、請求額を本件訴え提起の日から本件機械引渡しの日まで1か月40万円の割合により計算した額に変更し、一方、Yは、代価弁償としての300万円と遅延損害金等の支払を求める反訴を提起しました。■裁判所の判断盗品又は遺失物(以下「盗品等」という。)の占有者又は遺失主(以下「被害者等」という。)が盗品等の占有者に対してその回復の請求をしたのに対し、占有者が民法194条に基づき支払った代価の弁償があるまで盗品等の引渡しを拒むことができる場合には、占有者は、右代価の提供があるまで盗品等の使用収益を行う権限を有すると解するのが相当である。けだし、民法194条は、盗品等を競売若しくは公の市場において又はその物と同種の物を販売する商人から買い受けた占有者が同法192条所定の要件を備えるときは、被害者等は占有者が支払った代価を弁償しなければその物の回復をすることができないとすることによって、占有者と被害者等との保護の均衡を図った規定であるところ、被害者等の回復請求に対し占有者が民法194条に基づき盗品等の引渡しを拒む場合には、被害者等は、代価を弁償して盗品等を回復するか、盗品等の回復をあきらめるかを選択することができるのに対し、占有者は、被害者等が盗品等の回復をあきらめた場合には盗品等の所有者として占有権限の使用収益を享受し得るにもかかわらず、被害者等が代価の弁償を選択した場合には代価弁償以前の使用利益を喪失するというのでは、占有者の地位が不安定になるに甚だしく、両者の保護の均衡を図った同条の趣旨に反する結果となるからである。また、弁償される代価には利息は付されないと解されるところ、それとの均衡上占有者の使用収益を認めることが両者の公平に適うというべきである。これを本件について見ると、Yは、民法194条に基づき代価の弁償があるまで本件機械を占有することができ、これを使用収益する権限を有していたものと解される。したがって、不当利得返還請求又は不法行為による損害賠償請求に基づくXの本訴請求には理由がない。本件においては、Yは、本件機械の引渡しを求めるXの本訴請求に対して、代価の弁償がなければこれ引き渡さないとして争い、第1審判決がYの右主張を容れて代価の弁償と引換えに本件機械の引渡しを命じたものの、右判決が命じた使用利益の返還義務の負担の増大を避けるため、控訴審中に代価の弁償を受けることなく本件機械をXに返還し、反訴を提起したというのである。右の一連の経過からすると、Xは、本件機械の回復をあきらめるか、代価の弁償をしてこれを回復するかを選択し得る状況下において、後者を選択し、本件機械の引渡しを受けたものと解すべきである。このような事情にかんがみると、Yは、本件機械の返還後においても、なお民法194条に基づきXに対して代価の弁償を請求することができるものと解するのが相当である。…そして、代価弁償債務は期限の定めのない債務であるから、民法412条3項によりYはXから履行の請求を受けた時から遅滞の責を負うべきであり、Yが本件機械の引渡しに係る前訴の経緯からすると、右引渡しの時に、代価の弁償を求めるYの意思がXに対して示され、履行の請求がされたものと解するのが相当である。解説本件では、盗品等の占有者が民法194条に基づいて支払った代価の弁償があるまで盗品等の引渡しを拒むことができる場合において、盗品等の占有者は、①代価弁償の提供があるまで盗品等を使用収益することができるか、また、②盗品等を被害者に返還した後も代価弁償を請求することができるかが問題となり、本判決は、いずれも肯定しました。過去問Aが盗品であるパソコンを競売によって取得し占有している場合、Aは、その占有開始時において当該パソコンが盗品であることにつき善意・無過失であれば、被害者であるBから当該パソコンの返還請求を受けたとしても、買受代金相当額の支払を受けるまでは、当該請求を拒むことができ、また、当該パソコンの使用収益を行う権限を有する(公務員2020年)A所有の腕時計が盗まれ、その事実について善意無過失のBが、Cの市場において甲時計を買い受けた。この場合において、Bは、Aから甲時計の回復請求を求められたとしても、代価の弁償の提供があるまで、甲時計を無償で使用する権限を有する。(司法書士2019年)盗品等の占有者が占有者に対して盗品の返還請求をした場合であっても、占有者は、民法194条に基づいて支払った代価の弁償があるまで盗品の引渡しを拒むことができる場合には、弁償の提供があるまで盗品の使用収益を行う権限を有します(最判平12.6.27)。Bは、甲時計を善意取得します(民法192条)。Aは、Bに対し甲時計の回復を請求することができますが、Bは、代価の弁償の提供があるまで甲時計の使用収益を行う権限を有します(最判平12.6.27)。
ガイダンス占有権は、自己のためにする意思をもって、物を所持することによって取得する(民法180条)。「自己のためにする意思」とは、物の所持による事実上の利益を自己に帰属させようとする意思をいい、所有者の主観ではなく、所持を営む外形的、客観的事情から判断されます。「所持」とは、物に対する事実上の支配をいいます。必ずしも物理的に物を支持している必要はなく、社会通念上、物がその人の事実的支配内にあると認められれば、「所持」といえます。占有権と民法185条の「新たな権原」(最判昭46.11.30)■事件の概要Aは、兄Yから、Y所有の本件土地建物の管理を委託されたため、本件建物の南半分に居住し、本件土地および本件建物の北半分の賃料を受領していた。その後、Aは死亡し、Aの妻Xと子BとCが相続人となった。Xらは、Aが死亡した後にも、本件建物の南半分に居住するとともに、本件土地および本件建物の北半分の賃料を受領してこれを取得しており、Yもこの事実を了知していた。その後、YがXらに対し、本件土地建物の明渡しを求めたところ、Xらは、本件土地建物を時効取得したと主張して、これを拒んだ。判例ナビ取得時効の成立に必要な占有は、所有の意思をもった占有(自主占有)でなければなりません(民法162条)。しかし、Aは、Yから委託を受けて本件土地建物を管理していたにすぎませんから、Aの本件土地建物に対する占有は、所有の意思がない他主占有です。そこで、Xらが本件土地建物を時効取得するには、「新たな権原」により所有の意思をもって本件土地建物の占有を始めた(185条)といえる必要があり、相続が「新たな権原」といえるかどうかが問題となりました。原審は、Xらの時効取得の主張を認めなかったため、Xらが上告しました。■裁判所の判断原審の確定した事実によれば、Aは、かねて兄であるYから、その所有の本件土地建物の管理を委託されたため、本件建物の南半分に居住し、本件土地および本件建物の北半分の賃料を受領していたところ、Aは昭和24年6月15日死亡し、Xらが相続人となり、その後も、Aの妻Xにおいて本件建物の南半分に居住するとともに、本件土地および本件建物の北半分の賃料を受領してこれを取得しており、Yもこの事実を了知していたというのである。しかも、BおよびCが、A死亡当時それぞれ6才および4才の幼少にすぎず、Xはその母で多少無学であって、BおよびCとともに本件建物の南半分に居住していたことは当事者間に争いがない。以上の事実関係のもとにおいては、Xらは、Aの死亡により、本件土地建物に対する同人の占有を相続により承継したばかりでなく、新たに本件土地建物を事実上支配することによってこれに対する占有を開始したものというべく、したがって、かかるXらに所有の意思があるかどうかいかんについては、XらのAの死亡を機会になした右のような「新たな権原」により本件土地建物の自主占有をするに至ったものと解するのを相当とすると、これを覆すに足る原審の挙示は、これを肯認するに足りないものといわなければならない。しかしながら、他方、原審の確定した事実によれば、Xが前記の賃料を取得したのは、YからAが本件土地建物の管理を委託された関係にあり、同人の遺族として生活の援助をうけるという趣旨で許されたためのであって、Xは昭和32年12月以降57年9月までに本件家屋の南半分の家賃を支払っており、Aの死亡後Xが本件土地建物を占有するにつき所有の意思を有していたとはいえないというのであるから、Xらは自己の占有が自主占有であることを主張しても、本件土地を時効によって取得することができないものといわざるをえない。解説本判決は、被相続人が占有していた不動産につき、被相続人が、被相続人の死亡により占有を相続により承継しただけでなく、新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合、その占有が外形的客観的にみて独自の占有に基づくものであるときは、相続人は、独自の占有に基づく時効取得の成立を主張できるとし、相続が民法185条の「新たな権原」となり得ることを認めました。ただし、本判決は、Xの時効取得の主張を排斥し、Yの上告を棄却しました。Xが賃料を取得したのは、Aの遺族として生活の援助を受けるという趣旨であり、また、XはYに本件家屋の南半分の家賃を支払っており、Aの死亡後も本件土地建物を所有の意思をもって占有していたといえなかったからです。◆この分野の重要判例他主占有者が相続した場合における自主占有の証明責任 (最判平8.11.12)他主占有者の相続人が自己の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合において、右占有が所有の意思に基づくものであるといい得るためには、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である当該相続人において、その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情を自ら証明すべきものと解するのが相当である。けだし、右の場合には、相続人が新たな事実的支配を開始したことによって、従来の占有の性質が変更されたものであるから、右変更の事実は取得時効の成立を主張する者において立証を要するものと解すべきであり、また、この場合には、相続人の所有の意思の有無を相続という占有取得原因事実によって決定することはできないからである。解説一般に、占有者は所有の意思で占有(自主占有)するものと推定されるので(民法186条1項)、占有者が占有の意思が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は、その占有が所有の意思のない占有(他主占有)であることについて立証責任を負います。本判決は、他主占有者の相続人が自己の占有に基づいて占有物の時効取得を主張する場合、186条1項は適用されず、自主占有であることを証明しなければならない、すなわち、自主占有であることの証明責任は、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である相続人にあるとしました。過去問Aは、Bから土地を借り受け、建物を建てて居住していた。当該土地の借受け時から7年たったところでAが死亡したため、別の場所に居住していたAの相続人Cが、当該土地がAの所有であったと信じて当該建物に転居し、更に12年が経過した。この場合において、BがCに当該土地の明渡しを求めたときは、相続は新権原には当たり得ないことから、Cは自らの占有のみを主張して10年の取得時効を援用することはできない。(公務員2014年)被相続人Aが他主占有していた不動産について、相続人Bが、Aの死亡により同人の占有を相続により承継しただけでなく、新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合、その占有が外形的客観的に見て独自の占有に基づくものであるときは、Bは、独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができる。この場合、民法第186条第1項により、占有者は所有の意思をもって占有するものと推定されるから、Bの取得時効の成立を争う相手方が、Bの占有が他主占有であることの主要立証責任を負う。(公務員2020年)相続人が、新たに相続財産を事実上支配することによって占유を開始し、その占有に所有の意思があるとみられる場合は、被相続人の占有が所有の意思のないものであったときでも、相続人は民法185条にいう「新たな権原」により所有の意思をもってする占有を始めたといえます(最判昭46.11.30)。当該土地がA所有であったと信じて当該建物に転居したCは、「新たな権原」により所有の意思をもって占有を始めたといえ、自らの占有のみを主張して10年の取得時効を援用することができます。他主占有者の相続人が自己の占有に基づいて占有物の時効取得を主張する場合、186条1項は適用されず、Bは、自己の占有が自主占有であることを主張立証しなければなりません(最判平8.11.12)。
ガイダンス所有権、地上権、抵当権等の物権について、取得、設定、消滅、変更等が生じることを物権変動といいます。物権変動は当事者の意思表示だけで生じます(民法176条)が、物権変動の対象が不動産の場合、物権変動を第三者に対抗するには登記をしなければなりません(177条)。登記をすることによって物権変動を公示し、不動産取引の安全を確保するためです。解除後の第三者と登記■事件の概要Xは、Aとの間で、自己の所有する土地(本件土地)を売却する契約を結び、本件土地をAに引き渡し、所有権移転登記も経由した。しかし、Aが代金の支払期日を過ぎても支払わなかったため、Xは、相当の期間を定めて履行を催告した上で契約を解除した。判例ナビXが契約を解除した後、Aは、本件土地をYに売却し、所有権移転登記も経由しました。そこで、Xは、Yに対し、所有権移転登記抹消請求と本件土地の明渡しを求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を棄却したため、Xが上告しました。■裁判所の判断不動産を目的とする売買契約に基づき買主のための所有権移転登記があった後、右売買契約が解除せられ、不動産の所有権が売主に復帰した場合でも、売主は、その所有権取得の登記を了しなければ、右契約解除後において買主から不動産を取得した第三者に対し、所有権の取得を対抗し得ないものであって、その場合、第三者が善意であると否と、右不動産につき“予告登記”がなされて居たと否とにかわらない…。解説本判決は、解除の効果について、契約は解除されると遡及的に消滅し、不動産の所有権は売主に復帰するという考え方(直接効果説)を前提として、所有権の復帰を解除後の第三者に対抗するには登記が必要であるとしました。それと同時に、解除後の第三者が善意であるかどうかは関係にないことも明らかにし、Xの請求を退けました。この分野の重要判例◆解除前の第三者と登記いわゆる遡及効を有する契約の解除が第三者の権利を害することを得ないのであることは民法545条1項但書の明定するところである。合意解除は右にいう契約の解除ではないが、それが契約の時に遡って効力を有する趣旨であるときは右契約解除の場合と同様に考うべきは理の当然かもしれないが、右合意解除についても第三者の権利を害することを得ないものと解するを相当とする。しかしながら、右いずれの場合においてもその第三者が本件のように不動産の所有権を取得した場合はその所有権について不動産登記の経由されていることを必要とするものであって、もし右登記を経由していないときは第三者として保護するを得ないものと解すべきである。けだし右第三者を民法177条いわゆる第三者の範囲から除外してこれを特に区別して遇すべき何らの理由もないからである。過去問1 Aが自己の所有する甲不動産をBに譲渡し登記を移転したが、Bが代金を支払わなかったため、AがBとの売買契約を解除した場合において、解除前にBが甲不動産をCに譲渡したときは、Aは登記がなくとも甲不動産の所有権をCに対抗することができる。(公務員2022年)2 Aがその所有する甲土地をBに売却し、さらにBが甲土地をCに売却した後、AB間の売買契約が合意により解除された場合、Cは、Aに対し、所有権移転登記をしなくても、甲土地の所有権取得を主張することができる。(公務員2020年)1 × 解除前の第三者の保護要件である177条の「第三者」として保護されるには、登記が必要です(最判昭35.11.29)。2 × Cが、解除前の第三者として民法545条1項ただし書によって保護されるには、登記が必要です(最判昭33.6.14)。時効完成前の第三者と登記■事件の概要Xは、1952(昭和27)年1月頃にAから土地(本件土地)を購入し、同年2月6日に引き渡しを受け、以来占有してきたが、登記名義はAのままであった。その後、Aは死亡し、Aの相続人Bが、1958(昭和33)年12月17日に本件土地をCに売却し、同日登記もなされた。さらに、本件土地は、DからCに代物弁済に供された後、DからYに売却され、Yへの登記がなされた。判例ナビXは、Yに対し、所有権移転登記手続を求めました。第1審は、1952(昭和27)年2月6日を起算点とする時効取得(民法162条2項)を認め、Xの請求を認容しましたが、控訴審は、Cが登記を得た1958(昭和33)年12月17日を起算点とすべきであり、時効は完成していないとして、Xの請求を棄却しました。そこで、Xが上告しました。■裁判所の判断不動産の売買がなされた場合、特段の意思表示がないかぎり、不動産の所有権は当事者間においてはただちに買主に移転するが、その登記がなされない間は、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に対する関係においては、売主は所有権を失うものではなく、反対、買主は所有権を取得するものではない。当該不動産が売主から第2の買主に二重に売却された場合、第2の買主に対し所有権移転登記がなされたときは、第2の買主は登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者であることはいうまでもなく、第2の買主は、登記の時において第1の買主がその買戻後不動産の占有を取得し、その時から民法162条に定める時効期間を経過したときは、同条により当該不動産の所有権を取得しうることを了解するものと解するのが相当である…。してみれば、Xの本件土地に対する取得時効については、Xがこれを買い受けその占有を取得した時から起算すべきものというべきであり、二重売買の問題の生じた本件のような場合においても同様である。したがって、第1の買主たるXの土地に対する占有は、特段の事情の認められない以上、所有の意思をもって、善意で始めたものと肯定すべく、無過失であるかぎり、時効中断の事由がなければ、前記説示に照らし、Xの占有を始めた昭和27年から起算して本件土地の所有権を時効によって取得したものといわなければならない。なお、時効完成時の本件不動産の所有者であるYは物権変動の当事者であるから、XはYに対してその登記なくして本件不動産の時効取得を対抗することができることもいうまでもない。解説本判決は、不動産が二重譲渡され、第2買主が登記を得た場合において、第1買主は初めから無権利者と扱われるわけではなく、占有開始を起算点として10年占有することによって第1買主が当該不動産を時効取得することを認めました。そして、時効完成時の所有者であるYを物権変動の当事者であるとして、第1買主であるXは、Yに対し、登記なくして時効取得を対抗できるとしました。過去問1 Aは、Bが所有している甲土地を占有し、Bが甲土地の所有権移転登記を備えた後も引き続き甲土地にっき取得時効が完成したときは、甲土地の所有権移転登記を備えなくても、Bに対し甲土地の所有権を主張することができる。(宅建士2018年)1 〇 時効により不動産所有権を取得した者は、時効完成時の所有者に対して登記がなくても時効による所有権取得を対抗することができます(最判昭46.11.5)。共同相続と登記■事件の概要本件不動産は、もとAの所有であったが、Aが死亡し、Aの妻Xと子Yが共同相続した。ところが、Yは、Xの同意がないのに、偽造した書類を使って相続を原因とする単独相続の登記をした上、本件土地をZに売却して登記も移転した。判例ナビXは、YとZに対し、所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えを提起しました。本件では、Xが本件不動産に対する自己の持分をZに対抗するには登記が必要かどうかかが問題となります。■裁判所の判断相続財産に属する不動産につき単独所有権移転の登記をした共同相続人中のYならびにYから単独所有権移転の登記をうけた第三取得者Zに対し、他の共同相続人は自己の持分を登記なくして対抗しうるものと解すべきである。けだしYの登記はXの持分に関する限り無権利の登記であり、登記に公信力なき結果Xはその持分に関する限りYの権利を取得するに至らないからである…。そして、この場合にXがその共有権に基き妨害排除として登記全体の抹消登記を請求できるためY、Zに対し請求できるのは、各所有権取得登記の全部抹消登記手続ではなくして、Xの持分についてのみの一部抹消(更正)登記手続でなければならない…。けだし右移転登記はYの持分に関する限りは実体関係に符合しており、またXは自己の持分についての妨害排除の請求権を有するに過ぎないからである。解説本判決は、共同相続財産である不動産について、共同相続人の1人から単独所有権の登記を受けた第三者に対し、他の共同相続人が自己の持分を対抗するには登記は不要であるとしました。したがって、Xは、本件不動産に対する自己の持分を登記なくしてZに対抗することができます。もっとも、本判決は、XがYとZに請求することができる登記手続は、所有権取得登記の全部抹消登記手続ではなく、Xの持分についての一部抹消(更正)登記手続であるとしています。本件不動産の登記簿によってはYの持分はZが取得しているので、YからZへの所有権移転登記は、Yの持分については、実体関係に符合しているからです。この分野の重要判例◆遺贈と登記不動産の特定遺贈がされた場合においても、その旨の登記手続をしない限りは完全に排他性ある権利変動を生ぜず、所有権はなおその権利義務者にとどまらないと解すべきところ…。遺贈は遺言によって受遺者に財産権を与える遺言者の意思表示にほかならず、遺言者の意思を不確定期限とするものではあるが、意思表示によって物権変動の効果を生ずる点においては贈与と異なるところはないのであるから、遺贈が効力を生じた場合においても、遺贈を原因とする所有権移転登記のなされない間は、完全に排他性ある物権変動を生じないものと解すべきである。そして、民法177条が広く物権の得喪変更について登記をもって対抗要件としているところから見れば、遺贈をもってその例外とする理由はないから、遺贈の場合においても不動産の二重譲渡等における場合と同様、登記をもって物権変動の対抗要件とするものと解すべきである。解説本判決は、遺贈(遺言により遺言者の遺産の全部または一部を無償で譲渡すること)は贈与と異なるところがないとの理由で、遺贈による物権変動を第三者に対抗するには登記が必要であるとしたものです。なお、平成30年民法改正で新設された899条の2は、「相続による権利の承継」において法定相続分を超える部分について登記を対抗要件とする旨規定していますが、立法経緯や同条に遺贈の文言がないこと等から、遺贈による物権変動に登記が必要とされる根拠は、899条の2ではなく、従来どおり177条であると解されています。過去問1 Aが死亡し、Aの配偶者B及び子Cが甲土地を相続した。その後、Bは、勝手に甲土地について単独相続した旨の登記を行った上で、Dに甲土地を譲渡し、BからDへの所有権移転登記を行った。この場合においては、甲土地の登記を有していない以上、甲土地について有する法定相続分に応じた自己の持分をDに対抗することができない。(公務員2020年)1 × 共同相続財産である不動産について、共同相続人の1人から単独所有権の登記を受けた第三者に対して他の共同相続人が自己の持分を対抗するには登記は必要ありません(最判昭38.2.22)。
ガイダンス物権の得喪および移転(例えば、売買による所有権の移転、抵当権の設定)は、当事者の意思表示だけで、その効力を生じます(民法176条)。しかし、意思表示は目に見えるものではありませんから、当事者以外の者には、物権変動の有無を認識することができません。そこで、民法177条は、「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない」と規定し、物権変動の有無を登記という形で明らかにすることによって不動産取引の安全を確保しようとしています。背信的悪意者■事件の概要Yは、Aから本件山林を買い受けてその所有権を取得し、以後これを占有していたが、所有権移転登記を経由せずにいた。その後、Xは、Yがすでに本件山林を買い受けていることを知りながら、Yが登記を経由していないことを悪用し、Yに高値で売りつけて利益を得る目的でAから本件山林を買い受け、所有権移転登記を経由した。判例ナビYは、Xに本件山林を買い取るよう懇願しましたが、Yが拒絶したため、Xを、Yに本件山林の買戻しを請求する訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。本件山林は、まずAからYへ、次いでAからXへと二重に譲渡されています。したがって、その所有権をめぐるXとYの関係は、登記の有無で決着がつき、Xが177条の第三者に当たるとすれば、登記を経由していないYは、登記を経由したXに対し所有権を主張することができません。しかし、Yは、Xが無償で買い受けたことを知りながら、Yに高値で売りつける目的で本件山林を買い受けたことなどを取りあげ、Xが信義にそむけるとしてその対抗を主張することはできないと主張したのです。Xのような者が177条の第三者にあたるとして良いのでしょうか。この点がまさに問題です。■裁判所の判断実体上物権変動があった事実を知る者において右物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある場合には、かかる背信的悪意者は、登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しないものであって、民法177条にいう第三者に当らないものと解すべきところ…。原判決確定の前記事実関係からすれば、XがYの所有権取得についてその登記の欠缺を主張することは信義に反するものというべきであって、Xは、右登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者に当たらないものと解するのが相当である。…したがって、Yは登記なくして所有権取得をXに対抗することができるとした原審の判断は正当であって、論旨は採用することができない。解説一般に、「第三者」とは、当事者とその包括承継人以外の者で、登記の欠缺を主張する正当の利益を有する者(判例、古くから「登記の欠缺を主張する正当の利益を有する者」という制限をかけてきました)をいいます。本判決は、登記の欠缺を主張することが信義則(1条2項)に反する者を「背信的悪意者」という言葉で表現し、背信的悪意者は177条の第三者に当たらないことを明らかにしました。この分野の重要判例◆背信的悪意者からの転得者所有者AからXが不動産を買い受け、その登記が未了の間に、Bが当該不動産をAから二重に買い受け、更にBから転得者Yが買い受けて登記を完了した場合に、たとえBが背信的悪意者に当たるとしても、Yは、Xに対する関係でY自身が背信的悪意者と評価されるのでない限り、当該不動産の所有権取得をもってXに対抗することができるものと解するのが相当である。けだし、(1)Bが背信的悪意者であるがゆえに登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当たらないとされる場合であっても、Xは、Bが登記を経由した権利をXに対抗することができないことの反射として、登記なくして所有権取得をBに対抗することができるというにとどまり、A B間の売買自体の無効を来すものではなく、したがって、Yは無権利者から当該不動産を買い受けたことにはならないのであって、(2)Bが背信的悪意者が正当な利益を有することを177条の第三者から排除した趣旨は、第1譲受人との売買等に遅れて不動産を取得した者が登記を経由していないのを奇貨としてこれに対しその登記の欠缺を主張することが背信行為に対してその登記の欠缺を主張することがその取得の経緯等に照らし信義則に反して許されないということにあるのであって、登記を経由した者がこの理によって「第三者」から排除されるかどうかは、その者と第1譲受人との間で相対的に判断されるべき事柄であるからである。解説本件は、自己の土地をXに譲渡したが、所有権移転登記が完了していないことをよいことに同じ土地を背信的悪意者Bに二重譲渡し、Bは、さらにこれらをYに譲渡して所有権移転登記を経由した事案です。本判決は、背信的悪意者が民法177条の第三者に当たらないことを前提とした上で、背信的悪意者からの転得者は、自身が背信的悪意者でない限り、第三者に当たるとしました。仮に背信的悪意者は無権利者であると考えると、背信的悪意者からの転得者は不動産所有権を取得することができませんが、本判決はこのような考え方を採用せず、信義則に照らし、相対で決めるべきであると考え、この上で、取得した権利を主張することができるだけでないであるとしました。過去問1 Aが、自己の所有する甲不動産をBに譲渡した。その後、甲不動産をCにも二重に譲渡した場合において、AがBに甲不動産を譲渡したことについてCが悪意であるときは、Cは、登記の欠缺を主張することが信義則に反すると認められる事情がなくとも、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する者とはいえず、民法第177条にいう第三者に当たらない。(公務員2022年)2 Aが、Bに土地を譲渡した後、Bがいまだ登記をしていないことを奇貨として、その土地をCに譲渡したことについてCが悪意者であるときは、Cからの土地の譲渡を受けて登記を完了したDは、善意であったとしても、その土地の所有権をBに対抗することができない。(公務員2021年)1 × Cは、悪意であっても、登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がなければ、背信的悪意者とはいえず、177条の「第三者」に当たります。2 × Cが背信的悪意者に当たるとしても、Dは、Bに対する関係でD自身が背信的悪意者と評価されるのでない限り、当該不動産の所有権取得をBに対抗することができます。
ガイダンス物権的請求権とは、物に対する他人の不当な干渉を排除して、物権本来の内容を回復するための権利をいいます。物権的請求権には、①物の返還を請求する物権的返還請求権、②物権に対する妨害を止めさせる物権的妨害排除請求権、③将来物権が侵害されるおそれがある場合に、その予防を請求する物権的妨害予防請求権の3つの態様があります。物権的請求権の相手方■事件の概要甲土地上に存在する乙建物は、Aが所有していたが、Aが死亡し、その妻Yが相続によりこれを取得してその旨の登記を経由した。Yは、乙建物をBに売り渡したが、Bへの移転登記はなされておらず、乙建物はY所有名義のままとなっている。その後、Xは、甲土地を競売による売却により取得した。判例ナビXは、Yに対し、所有権に基づく建物収去土地明渡請求訴訟を提起しました。第1審、控訴審ともにYの主張を認めてその請求を棄却したため、Xが上告しました。■裁判所の判断土地所有権に基づく物権的請求権を行使して建物収去・土地明渡しを請求するには、現実に建物を所有することによってその土地を占拠し、土地所有権を侵害している者を相手方とすべきである。したがって、未登記建物の所有権が登記名義人の意思に基づき第三者に譲渡された場合には、これにより建物の所有権を失うことになるから、その後、その意思に基づかずに譲渡人名義に所有権取得の登記がされても、右譲渡人は、土地所有権による建物収去・土地明渡しの請求につき、建物の所有権の喪失により土地を占有していないことを主張することができるものというべきであり、また、建物の所有権を現に有しない登記名義人が、単に自己名義の所有権取得の登記を有するにすぎない場合も、土地所有者に対し、建物収去・土地明渡しの義務を負わないものというべきである。もっとも、他人の土地上の建物の所有権を取得した者が自らの意思に基づいて所有権取得の登記を経由した場合には、たとえ建物を他に譲渡したとしても、引き続き右登記名義を保有する限り、土地所有者に対し、信義則上、右建物の所有権の喪失を主張して建物収去・土地明渡しの義務を免れることはできないものと解するのが相当である。けだし、建物は土地を離れては存立し得ず、建物の所有は必然的に土地の占有を伴うものであるから、土地所有者としては、地上建物の所有権の帰趨につき重大な利害関係を有するのであって、土地所有者が建物譲受人に対して所有権に基づき建物収去・土地明渡しを請求する場合の困難の程度は、土地所有者が地上建物の譲渡人による所有権の喪失を否定しその帰趨を争うので、あたかも建物についてその物権変動における対抗関係にも似た関係というべく、建物所有者は、自らの意思に基づいて自己所有の登記を経由し、これを保有する以上は、土地所有者との関係においては、建物の所有権の喪失を主張できないというべきであるからである。もし、これを、登記に関わりなく建物の「真実の所有者」をもって建物収去・土地明渡しの義務者を決すべきものとするならば、土地所有者は、その探索の困難を強いられることになり、また、相手方において、たやすく建物の所有権の移転を主張して明渡しの義務を免れることが可能になるという不合理を免れるおそれがある。他方、建物の所有者が真実その所有権を他に譲渡したのであれば、その旨の登記を行うことは通常はさほど困難なこととはいえず、不動産取引に関する社会の慣行にも合致するから、登記を自己名義にしておきながら自らの所有権の喪失を主張し、その建物収去の義務を否定することは、信義に反し、公平の原則に照らして許されないものといわなければならない。解説土地所有権に基づく建物収去土地明渡請求の相手方について、本判決は、従来の判例(最判昭35.6.17)の立場を踏襲し、原則として「現実に建物を所有することによってその土地を占拠し、土地所有権を侵害している者」であるとしています。しかし、建物が譲渡された場合、現在の所有者を探し出すことは、土地所有者にとって必ずしも容易ではありません。そこで、本判決は、自らの意思に基づいて所有権取得の登記を経由した建物譲渡人は、譲渡後も引き続き登記名義を保有しているときは、土地所有者に対し、譲渡によって建物の所有権を失ったと主張して建物収去土地明渡しの義務を免れることはできないとし、Xの請求を認容しました。この分野の重要判例◆建物の譲渡担保権者の相手方【原則論】(最判平35.6.17)本条は土地の所有者たる上告人(原告)が、被上告人(被告)は上告人所有の右土地に家屋を所有し、何等の権限なく不法に上告人の土地を占拠し、よって上告人の土地所有権を侵害しているとして、土地の所有権にもとづき、その妨害排除をもとめるべく家屋の右登記及び右建物の収去を請求する損害賠償の訴である。右のような土地の所有権にもとづく物上請求権の訴訟においては、現実に家屋を所有することによって現実にその土地を占拠して土地の所有権を侵害しているものを被告としなければならないのである。過去問1 A所有の甲土地上に権原なくB所有の登記済みの乙建物が存在し、Bが乙建物をCに譲渡した後も建物登記をB名義のままとしていた場合において、その登記がBの意思に基づいてされていたときは、Bは、Aに対して乙建物の収去および甲土地の明渡しの義務を免れない。(行政書士2021年)2 Aは、甲土地を購入して所有していたが、甲土地上には土地使用権原のない乙建物が存在し、当初Bが乙を所有していた。乙の登記名義はBであるが、Bは既に乙をCに譲渡しており、現在はCが所有権を有している。この場合、Aは、土地所有権に基づいてCに対して妨害排除請求をすることができる。(公務員2015年)1 〇 他人の土地上の建物の所有権を取得した者が自らの意思に基づいて所有権取得の登記を経由した場合には、その建物を他に譲渡したとしても、引き続き右登記名義を保有する限り、土地所有者に対し、建物収去・土地明渡しの義務を免れることはできません(最判平6.2.8)。2 〇 Cは、現実に乙建物を所有することによって現実に甲土地を占拠してAの甲土地所有権を侵害しています。したがって、Aは、土地所有権に基づいてCに対して妨害排除請求をすることができます(最判昭35.6.17)。
ガイダンス取得時効とは、一定の期間が経過することによって権利の取得が生じる制度をいいます。取得時効の対象となる権利の典型例は所有権(民法162条)ですが、所有権以外の財産権、例えば、地上権、永小作権、地役権等の用益物権も取得時効の対象となります。自己の物の時効取得■事件の概要Yは、1952(昭和27)年11月にAから本件家屋の贈与を受け、それ以降、居住し続けていたが、所有権移転登記をしなかった。他方、Aは、本件家屋の登記が自己名義のままであることを利用し、自己の債務を担保するために本件家屋に抵当権を設定した。その後、抵当権が実行されて、1962(昭和37)年9月にXが本件家屋を競落し、所有権移転登記を経由した。同年11月、Yは、Xに対し、所有権に基づいて本件家屋の明渡しを求める訴えを提起した。判例ナビこれに対し、Yは、所有の意思をもって平穏かつ公然と本件家屋を占有し、しかも、占有開始時に善意無過失であったから、占有継続期間が10年を超えた1962(昭和37)年11月に本件家屋を時効取得したと主張しました。原告が自己の物には取得時効は成立しないとしてその請求を認容したため、Yが上告しました。■裁判所の判断民法162条所定の占有者には、権利なくして占有をした者のほか、所有権に基づいて占有をした者をも包含するものと解するのを相当とする。すなわち、所有権に基づいて不動産を占有する者についても、民法162条の適用があるものと解すべき場合であるといえるから、占有者が時効を援用するについては何らの制限なく、所有権に基づいて不動産を永続して占有するという事実状態を、一定の場合に、権利関係にまで高めようとする制度であるから、所有権に基づいて不動産を永続して占有する者であっても、その登記を経由していない等のために所有権取得の立証が困難であったり、または所有権の取得を第三者に対抗することができない等の場合において、取得時効による権利取得を主張することができる制度本来の趣旨に合致するものというべきであり、民法162条が取得時効の対象物を他人の物としたのは、通常の場合において、自己の物について取得時効を援用することは無意味であるからにほかならないのであって、同条は、自己の物について取得時効の援用を許さない趣旨ではないからである。解説民法162条によれば、本件家屋について、XとYは対抗関係にあり、所有権移転登記を経由したXがYに勝つはずです。そこで、Yは、取得時効を持ち出しました。本件を時効取得の問題ととらえれば、Yは、時効完成前の第三者であるXに対し、所有権移転登記を経由していなくても、本件家屋の時効取得を対抗することができるからです(最判昭41.11.22)。本判決は、民法162条が時効取得の対象を「他人の物」と規定しているのは、通常は自己の物について時効取得を主張する意味がないからにすぎず、自己の物が時効取得の対象にならないわけではないとして、Yの主張を容れました。過去問1 他人の物を占有することが取得時効の要件であるから、所有権に基づいて不動産を占有していた場合には、取得時効は成立しない。(公務員2022年)(下の解答欄)1 × 民法162条が時効取得の対象を「他人の物」と規定したのは、通常は、自己の物について取得時効を援用することが無意味だからです。自己の物について取得時効の成立を認めない趣旨ではありません(最判昭42.7.21)。占有の承継と取得時効■事件の概要本件の土地はYの所有であるが、父が知らないうちに、A→B→Cと譲渡され、現在、Yが占有している…。そこで、Xは、Yに対し、本件土地の明渡しを求めて訴えを提起した。判例ナビ訴訟において、Yは、善意無過失のAが4年、有過失のBが3年、善意無過失のCが4年占有しており、これらを合算すれば10年の取得時効(民法162条2項)が成立するとして、本件土地を時効により取得したと主張しました。第1審、控訴審ともにXの請求を認容したため、Yが上告しました。■裁判所の判断10年の取得時効の要件としての占有者の善意・無過失の存否については占有開始の時においてこれを判定すべきものとする民法162条2項の規定は、時効期間を通じて占有主体に変更がなく同一人により継続された占有が主張される場合について適用されるだけではなく、占有主体に変更があった承継された二個以上の占有が併せて主張される場合についてもまた適用されるものであり、後の場合にはその占有主体のうち最初の占有者につきその占有開始の時点においてこれを判定すれば足りるものと解するのが相当である。解説本判決は、占有の開始時に善意無過失であることを要求する162条2項が占有主体に変更がある場合にも適用されることを明らかにしました。占有主体が変更された場合にも162条2項が適用されるとすると、次に、占有の開始時に善意無過失であることは、どの占有主体について判定すべきかが問題となりますが、本判決は、最初の占有者について判定すべきであるとしています。過去問1 Aが、B所有の甲土地を5年間継続して占有していたところ、甲土地を購入して引渡しを受け、さらに5年間継続して占有している場合、甲土地がB所有であることについてCが善意無過失であっても、Aが悪意無過失でなければ、Aは甲土地を時効取得することができない。(公務員2021年)1 × AがCの占有を併せて10年の時効取得(民法162条2項)を主張する場合、Cが善意無過失であれば、Aが悪意無過失でなくても、甲土地を時効取得することができます(最判昭53.3.6)。賃借権の時効取得と不動産の買受人への対抗■事件の概要Yは、Aから本件土地を賃借し、その上に建物を建築して居住していた。その後、Aは、Bに対する債務を担保するため、本件土地に抵当権を設定し、その旨の登記をしたが、履行期までに債務を弁済しなかったため、Bは抵当権を実行し、Xが本件土地を競落し、所有権移転登記を経由した。そこで、Xは、Yに対し、所有権に基づいて建物の収去と本件土地の明渡しを求める訴えを提起した。判例ナビ訴訟において、Yは、抵当権設定登記の時から10年以上平穏かつ公然と善意無過失で土地賃借権に基づいて本件土地の占有を継続していたとして、本件土地の賃借権の時効取得を主張しました。第1審は、Yの主張を認めてXの請求を棄却しましたが、控訴審は、第1審判決を取り消してXの請求を認容したため、Yは上告しました。■裁判所の判断抵当権の目的不動産につき賃借権を有する者は、抵当権の設定登記後に対抗要件を具備しなければ、当該抵当権を基礎とする競売手続による買受人(受けた者)に対し、賃借権を対抗することができないのが原則である。このことは、抵当権の設定登記後にその目的不動産について賃借権を時効により取得した者があったとしても、異なるところはないというべきであって、賃借権を時効により取得した者がその権利を主張しても競落人を害しない限りにおいて、したって、不動産につき賃借権を有する者がその対抗要きんを具備しない間に、当該不動産に抵当権が設定されてその旨の登記がされた場合には、上記の者は、たとえその後、賃借権を時効により取得したとしても、競売又は公売により当該不動産を買い受けた者に対し、賃借権を時効により取得したと主張して、これを対抗することはできないことは明らかである。解説本件では、土地の賃借人が対抗要件を具備しない間にその土地に抵当権が設定されその旨の登記もなされた場合に、当該賃借人は、抵当権の実行により土地を買い受けた者に対して賃借権の時効取得を対抗することができるかが問題となり、本判決は、これを否定しました。この分野の重要判例◆土地賃借権の時効取得(最判昭43.10.8)土地賃借権の時効取得については、土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは、民法163条に従い土地賃借権の時効取得が可能であると解するのが相当である。◆時効完成後に設定された抵当権との関係(最判平24.3.16)時効取得者と取得時効の完成後に抵当権の設定を受けてその設定登記をした者との関係が対抗問題となることは、所論のとおりである。しかし、不動産の取得時効の完成後、所有権移転登記がされることのないまま、第三者が原所有者から抵当権の設定を受けて抵当権設定登記を了した場合において、上記不動産の時効取得者である占有者が、その後引き続き時効取得に必要な期間占有を継続したときは、上記占有者が上記抵当権の存在を容認していたなど抵当権の消滅を妨げる特段の事情がない限り、上記占有者は、上記不動産を時効取得し、その結果、上記抵当権は消滅すると解するのが相当である。解説不動産の取得時効完成後に第三者が原所有者から当該不動産を譲り受けてその旨の登記をすると、占有者は、第三者に対して時効取得を対抗することができません(最判昭33.8.28)が、第三者に登記が移された後も占有を継続して再度取得時効に必要な期間を経過すれば、登記がなくても時効取得を対抗することができるというのが判例です(最判昭36.7.20)。本判決は、第三者が抵当権の設定を受けた者である場合に不動産所有権を譲り受けた場合と同様に考えて良いとしたものです。過去問1 土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは、土地賃借権の時効取得が可能である。(公務員2022年)2 AがB所有の甲土地を占有し、取得時効が完成した後、BがCに対し甲土地につき抵当権の設定をしてその旨の登記をした場合において、Aがその抵当権の設定の事実を知らずにその後引き続き時効取得に必要な期間甲土地を占有し、その期間経過後に取得時効を援用したときは、Aは、Cに対し、抵当権の消滅を主張することができる。(司法書士2023年)1 〇 判例は、本問のような要件を満たす場合に、土地賃借権の時効取得を認めています(最判昭43.10.8)。2 〇 Aは、抵当権の存在を容認していた等抵当権の消滅を妨げる特段の事情がない限り、甲土地を時効取得し、その結果、Cの抵当権は消滅します(最判平24.3.16)。
ガイダンス時効の援用とは、時効によって利益を受ける者が時効の成立を主張することをいいます。時効の利益を受けるには、時効を援用しなければなりませんが、誰でも援用できるというわけではありません。民法145条は、時効を援用できる者(援用権者)を「当事者」とした上で、消滅時効の場合、当事者には、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者が含まれるとしています。時効援用権者■事件の概要Yは、Aに金銭を貸し付け、その債権を担保するため、A所有の不動産(本件不動産)に抵当権の設定を受け、その旨の抵当権設定登記がなされた。その後、本件不動産には、さらにXを抵当権者とする抵当権が設定され、その旨の抵当権設定登記がなされた。Aが弁済期を過ぎても債務を弁済しないため、Yは、本件抵当権の実行として競売を申し立て、競売開始の決定がされ、本件不動産に差押登記がなされた。判例ナビYが抵当権を実行した当時、YのAに対する債権の消滅時効期間は既に経過していました。そこで、Xは、YのAに対する債権は時効により消滅したと主張して、Yの抵当権設定登記の抹消登記手続を求める訴えを提起しました。抵当権には、被担保債権を消滅させるという性質(付従性)があり、被担保債権が消滅すると抵当権も消滅するからです。訴訟では、先順位抵当権者であるYの債権の消滅時効を後順位抵当権者であるXが援用することができるかが争われました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。■裁判所の判断民法145条の当事者として消滅時効を援用し得る者は、権利の消滅により直接利益を受ける者に限定されると解すべきである…。後順位抵当権者は、目的不動産の価格から先順位抵当権によって担保される被担保債権額を控除した価額についてのみ優先して弁済を受ける地位を有するものである。もっとも、先順位抵当権の被担保債権が消滅すると、後順位抵当権の抵当権順位が上昇し、これによって被担保債権額に対する配当額が増加することがあり得るが、この抵当権の順位に対する期待は、抵当権の順位の上昇によってもたらされる反射的な利益にすぎないというべきである。そうすると、後順位抵当権者は、先順位抵当権の被担保債権の消滅により直接利益を受ける者に該当するものではなく、先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができないものと解するのが相当である。解説先順位抵当権が消滅すると、後順位抵当権の順位が繰り上がり(順位上昇の原則)、後順位抵当権者が不動産競売から優先弁済を受けられる額は増加します。本判決は、この優先弁済額の増加という後順位抵当権者が受ける利益は、順位上昇の原則によってもたらされる反射的な利益にすぎないとして、後順位抵当権者が先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することを否定し、Xの上告を棄却しました。この分野の重要判例◆時効完成後の債務承認(最判昭41.4.20)債務者は、消滅時効が完成したのちに債務の承認をする場合には、その時効完成の事実を知っているのはむしろ異例で、知らないのが通常であるといえるから、債務者が時効の完成後、時効消滅時効完成後に当該債務の承認をした事実から右承認が時効が完成したことを知ってされたものであると推定することは許されないものと解するのが相当である…。したがって、原則は、上告人Aは商人であり、本件債務について時効が完成したのちその承認をした事実を確定したうえ、これに気付かないで債務の承認をしたとしても、時効の完成したことを知りながら右承認をし、右債務について時効の利益を放棄したものと推定したのは、経験則に反する事実をしいたものというべきである。しかしながら、債務者が、自己の負担する債務について時効が完成したのちに、債権者に対し債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかったときでも、爾後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されないものと解するのが相当である。けだし、時効の完成後、債権者が債務の承認をすることは、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうから、その後においては債務者に時効の援用を認めないものと解するのが、信義則に照らし、相当であるからである。また、かく解しても、永続した社会秩序の維持を目的とする時効制度の存在理由に反するものでもない。解説本判決は、時効完成後に債務承認をした者は、時効完成の事実を知らなかったとしても、信義則上、その時効を援用することはできないとしたものです。過去問1 Aが甲債権の担保としてB所有の不動産に抵当権を有している場合、Aの後順位抵当権者Dは、Aの抵当権の被担保債権の消滅により直接利益を受ける者に該当しないため、甲債権につき消滅時効を援用することができない。(行政書士2016年)2 時効の完成後にそのことに気付かないで債務の弁済をした場合には、後に時効の完成を知ったとき改めて時効を援用することができる。(公務員2020年)1 〇 後順位抵当権者は、先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができません(最判平11.10.21)。したがって、Dは、甲債権について消滅時効を援用することができません。2 × 債務者が、自己の負担する債務について時効が完成したのちに、債権者に対し債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかったときでも、その後にその債務について完成した消滅時効の援用をすることは、信義則に反し許されません(最判昭41.4.20)。
ガイダンス無権代理とは、代理権を有しない者(無権代理人)が代理行為をした場合をいいます。無権代理行為は、本人が追認をしなければ、本人に対してその効力を生じません(民法113条1項)。本人が追認を得られなかった無権代理人は、原則として、相手方の選択に従って履行責任または損害賠償責任を負います(117条1項)。無権代理人の責任の性質■事件の概要Xは、Aに金銭を貸し付けたが、貸付金は、Aが倒産したため、返済されなかった。そこで、Xは、Aに対する貸付について連帯保証人となっていたBに対し、保証債務の履行を求めた。しかし、Bは連帯保証人欄の署名押印の事実を自らなかったため、連帯保証人の責任を負わないとする判決が確定した。そこで、Xは、Bの長男Yに対し、連帯保証契約はYの無権代理行為であるとして、Yに対し、無権代理人の責任(民法117条)を理由として、履行責任(連帯保証人と同一内容の履行義務)を求める訴えを提起した。判例ナビ第1審がXの請求を認容したため、Yは、控訴しました。控訴審において、Yは、「XにはYに代理権がないことを知らなかったことについて過失がある」と主張したのに対し、控訴審は、民法117条2項(平成29年民法改正前)の「過失」は重大な過失を意味すると解釈した上で、Xには重大な過失はなかったとして、Yの請求を認容しました。そこで、Yが上告しました。■裁判所の判断民法117条による無権代理人の責任は、無権代理人が相手方に対し代理権がある旨を表示し又は自己を代理人であると信じさせるような行為をした事実を責任の根拠として、相手方の保護と取引の安全並びに代理制度の信用保持のために、法律が特別に認めた無過失責任であり、同条2項(平成29年改正前)が「前項の規定は、他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき、若しくは過失によって知らなかったときは、適用しない」と規定しているのは、同条1項が無権代理人に重い責任を負わせたことにかんがみ、相手方において代理権のないことを知っていたとき、もしくはこれを知らなかったことにつき過失があるときは、同条の保護に値しないものとして、無権代理人の免責を認めたものと解されるのであって、その趣旨に徴すると、右の「過失」は重大な過失に限定されるべきものではないと解するのが相当である。また、表見代理の成立が認められ、代理行為の法律効果が本人に及ぶことが裁判上確定した場合に、無権代理人の責任を認める余地がないことはいうまでもないから、無権代理人の責任をもって表見代理が成立しない場合における補充的な責任すなわち表見代理によっては保護を受けることのできない相手方を救済するための制度であると解すべき根拠もなく、両制度は、互いに独立した制度であるとの解するのが相当である。したがって、無権代理人の責任の要件と表見代理の要件がともに存在する場合においても、表見代理の主張をすることは相手方の自由であると解すべきであるから、相手方は、表見代理の主張をしないで、直ちに無権代理人に対し同法117条の責任を問うことができるものと解するのが相当である。そして、表見代理は本来相手方保護のための制度であるから、無権代理人が表見代理の成立要件を主張立証して自己の責任を免れることは、制度本来の趣旨に反するというべきであり、したがって、右の場合、無権代理人は、表見代理が成立することを抗弁として主張することはできないものと解するのが相当である。ことを知らずしたがって、Xには、旧民法117条2項(平成29年改正前)の「過失」を重大な過失に限らず、文言どおり、過失の意味であるとしました。解説本判決は、117条2項(平成29年改正前)の「過失」を重大な過失に限らず、文言どおり、過失の意味であるとした。この考えは、現行117条でも維持されています。また、本判決は、無権代理人の責任は表見代理が成立しない場合の補充的な責任ではなく、両者の要件をともに満たす場合には、相手方は無権代理人の責任または表見代理に基づく本人への責任のいずれかを選択して追及できるとしています。過去問問 第117条1項による無権代理人の責任は、法律が特別に認めた無過失責任であり、同条第1項が無権代理人に重い責任を負わせた一方、同条第2項は相手方保護に値しないときは無権代理人の免責を認めた趣旨であると解すると、無権代理人の免責要件である相手方の過失については、重大な過失に限定されるべきものではない。1 〇 判例は、民法117条の無権代理人の責任は、相手方の保護と取引の安全ならびに代理制度の信用保持のために、法律が特別に認めた無過失責任であるとしています。本人の無権代理人単独相続■事件の概要Aは、Yの代理する権限がないにもかかわらずYの代理人としてY所有の建物(本件建物)をXに売り渡し、登記も移転した。その後、Aが死亡し、Aを単独相続したYは、Xに対し、Aの無権代理行為を理由に本件建物の所有権移転登記抹消手続を請求する訴えを提起し、Y勝訴の判決が確定してX名義の登記は抹消された。判例ナビXがYに対し本件建物の所有権移転登記手続を請求する訴えを提起したため、Yは、Xに対し本件建物の明渡しを求める反訴を提起しました。第1審は、Xの請求を認容し、Yの反訴請求を一部認容しましたが、控訴審は、Xの請求を認容し、第1審判決のYの反訴請求を認容した部分を取り消したため、Yが上告しました。■裁判所の判断無権代理人が本人を相続した場合においては、自らした無権代理行為につき本人の資格において追認を拒絶する余地を認めるのは信義則に反するから、右無権代理行為は相続と共に当然有効になると解するのが相当である。無権代理人を本人が相続した場合には、これと同様に論ずることはできない。後者の場合においては、相続人たる本人が被相続人の無権代理行為の追認を拒絶しても、何ら信義則に反するところはないから、被相続人の無権代理行為は一般に本人の相続により当然有効となるものではないと解するのが相当である。解説本判例と逆のケース、すなわち、無権代理人が本人を単独相続した場合には、本判決以前に、無権代理行為は相続によって当然に有効となるとする判決がありました。これに対し、本判決は、本人が無権代理人を単独相続した場合と無権代理人が本人を単独相続した場合とを区別し、前者の場合について、無権代理行為は相続によって当然に有効となるものではないことを明らかにしました。この分野の重要判例◆無権代理人を相続した本人の責任民法117条による無権代理人の債務が相続の対象となることは明らかであって、このことは本人が無権代理人を相続した場合でも異ならないから、本人は相続により無権代理人の有する無権代理人の責任を承継します。本人として無権代理行為の追認を拒絶できる地位にあったからといつて右債務を免れることはできないと解すべきである。◆無権代理人の本人共同相続無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合において、無権代理行為を追認する権利は、その性質上相続人全員に不可分的に帰属する。そして、無権代理行為の追認は、本人に対して効力を生じていなかった法律行為を本人に対する関係において有効なものにするという効果を生じさせるものであるから、共同相続人全員が共同してこれを行使しない限り、無権代理行為が有効となるものではないと解すべきである。そうすると、他の共同相続人全員が無権代理行為の追認をしている場合に無権代理人の追認を拒絶することは信義則上許されないとしても、他の共同相続人全員の追認がない限り、無権代理行為は、無権代理人の相続分に相当する部分においても、当然に有効となるものではない。そして、以上のことは、無権代理行為が金銭債務の連帯保証契約についてされた場合においても同様である。解説無権代理人が本人を単独相続した場合については、本判決以前に、無権代理行為は相続によって当然に有効となるとする判決がありました。本判決は、無権代理人が本人を共同相続した場合について、無権代理行為を追認する権利は相続人全員に不可分的に帰属するとしたうえで、共同相続人全員が追認しない限り、無権代理行為は有効とならないとしました。◆追認を拒絶した本人を相続した無権代理人本人が無権代理行為の追認を拒絶した場合には、その後に無権代理人が本人を相続したとしても、無権代理行為が当然に有効となるものではないと解するのが相当である。ただし、無権代理人がした行為は、本人がその追認をしなければ本人に対してその効力を生ぜず(民法113条1項)、本人が追認を拒絶すれば無権代理行為の効力が本人に及ばないことが確定し、追認拒絶の後は本人であっても追認によって無権代理行為を有効とすることができず、右追認拒絶の後に無権代理人が本人を相続したとしても、右追認拒絶の効果に何ら影響を及ぼすものではないからである。このように解すると、本人が追認拒絶をした後に無権代理人が本人を相続した場合と本人が追認拒絶をする前に無権代理人が本人を相続した場合とで法律効果に相違が生ずることになるが、本人の追認拒絶の有無によって右の相違を生ずることはやむを得ないところであり、相続した無権代理人が本人の追認拒絶の効果を主張することがそれ自体信義誠実に反するものであるということはできない。過去問1 A所有の甲土地につき、Aから売却に関する代理権を与えられていないBが、Aの代理人として、Cとの間で売買契約を締結した。Bの死亡により、AがBの唯一の相続人として相続した場合、AがBの無権代理行為の追認を拒絶しても信義則には反せず、AC間の売買契約が当然に有効になるわけではない。2 甲土地はAの所有に属していたところ、Aの父であるBが、Aに無断でAの代理人として甲土地をBが買い受ける旨の契約を締結し、その後にBが死亡してAがBを単独で相続したときは、Aは、Bの法律行為の追認を拒絶することができ、また、損害賠償の責任を免れる。3 無権代理人と他の相続人が本人を共同して相続した場合、他の共同相続人全員の追認がなくても、無権代理人の相続分に該当する部分については、当然に有効になる。4 Aの所有する甲土地につき、Aの長男BがAに無断でCとAの代理人と称してCに売却した。Aが本件売買契約につき追認を拒絶した後に死亡してBが単独相続した場合、Bは本件売買契約の追認を拒絶することができないため、本件売買契約は有効となる。1 〇 本人が無権代理人を相続した場合、判例は、本人が被相続人の無権代理行為の追認を拒絶しても、何ら信義則に反するところはないから、無権代理行為は本人の相続により当然に有効になるものではないとしています。2 × 本人は無権代理行為の追認を拒絶することができますが、その一方で民法117条による無権代理人の責任を承継します。したがって、Aは、損害賠償責任を免れるわけではありません。3 × 他の共同相続人全員の追認がない限り、無権代理行為は、無権代理人の相続分に相当する部分においても当然に有効とはなりません。4 × 本人が無権代理行為の追認を拒絶した場合には、その後に無権代理人が本人を相続したとしても、無権代理行為が有効になるものではありません。