ガイダンス賃貸借とは、当事者の一方がある物の使用・収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対して賃料を支払うことおよび引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって成立する契約をいいます(民法601条)。賃借人は、賃貸人の承諾を得れば、賃借権を譲渡したり、賃借物を転貸することができます(612条1項)。賃貸借契約の債務不履行解除と転貸借(最判平9.2.25)事件の概要Xは、Aから本件建物を賃借し、Aの承諾を得て、これをYに転貸し、Yは、Xと業務委託契約を締結して本件建物でスイミングスクールを営業していた。その後、XがAに対する賃料の支払を怠るようになったため、Aは、1987年(昭和62)年1月31日、Xの債務不履行を理由にAX間の賃貸借契約を解除し、同年2月25日、XおよびYに対し、本件建物の明渡しを求める訴えを提起した。この訴訟において、Aの請求を認容する判決が確定したため、Aは、1991(平成3)年10月15日、確定判決に基づく強制執行により本件建物の明渡しを受けた。判例ナビ一方、Yは、1988(昭和63)年12月1日以降、Xに対して本件建物の転借料の支払をしませんでした。このため、Xは、Yとの業務委託契約を解除しましたが、Yは、その後も本件建物を使用し続けました。そこで、Xは、Yに対し、本件建物の転貸借契約に基づいて1988(昭和63)年12月1日から1991(平成3)年10月15日までの転借料1億3000万円の支払を求めるとともに、予備的に不当利得を原因として同額の支払を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を認容したため、Yが上告しました。裁判所の判断承諾のある転貸借においては、転借人が目的物の使用収益につき賃貸人に対抗し得る権原(転借権)を有することが重要であり、転借人が、自らの債務不履行により賃貸借契約を解除され、転借人が転貸借を賃貸人に対抗し得ない事態を招くことは、転貸人に対して目的物を使用収益させる債務の履行を怠るものにほかならない。そして、賃貸借契約が転借人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合において、賃貸人が転借人に対して直接目的物の返還を請求したときは、転借人は賃貸人に対し、目的物の返還義務を負うとともに、遅くとも右返還請求を受けた時から返還義務を履行するまでの間の目的物の使用収益について、不法行為による損害賠償義務又は不当利得返還義務を免れないこととなる。他方、賃貸人が転借人に直接目的物の返還を請求するに至った以上、転貸人が賃貸人との間で再び賃貸借契約を締結するなどして、転借人が本件建物を使用収益し得る状態を回復することは、もはや期待し得ないものというほかはなく、転貸人の転借人に対する債務は、社会通念及び取引観念に照らして履行不能というべきである。したがって、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合、転貸人の転借人に対する目的物を使用収益させる債務は、原則として、賃貸人が転借人に対して目的物の返還を請求した時に、転貸人の承諾のある転貸借契約により消滅すると解するのが相当である。これを本件についてみるに、XとYとの間の賃貸借契約が昭和62年1月31日、Xの債務不履行を理由とする解除により終了し、Aは同年2月25日、訴訟を提起してYに対して本件建物の明渡しを請求したというのであるから、XとYとの間の転貸借は、昭和63年12月1日の時点では、既にXの債務の履行不能により終了していたことが明らかであり、同日以降の転借料の支払を求めるXの主位的請求は、失当というべきである。右と異なる原審の判断には、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合の転貸借の帰趨につき法律の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決中、Y敗訴の部分は破棄を免れず、右部分につき第一審判決を取り消して、Xの主位的請求を棄却すべきである。また、前記原審の判断の下においては、不当利得を原因とするXの予備的請求も理由のないことが明らかであるから、失当として棄却すべきである。解説AX間の賃貸借契約がXの債務不履行により解除されたことにより、XのYに対する本件建物を使用収益させる債務(601条)を履行することが不可能となります(使用収益させる義務)。XY間の転貸借は履行不能でまもなく終了します(612条の6)。本判決は、612条の6が平成29年民法改正で新設される前の判決ですが、612条の6は、賃借物の全部が使用・収益できなくなった場合、賃貸借は当然に終了するとした最判昭32.12.3を明文化した規定であり、本判決も最判昭32.12.3を前提としています)。そこで、XのYに対する「使用収益させる義務」がいつ履行不能となるのかが問題となりますが、本判決は、「賃貸人が転借人に対して目的物の返還を請求した時に」履行不能になるとしました。過去問Aは自己所有の建物をBに賃貸し、Bは当該建物をCに転貸して、Cが当該建物を実際に使用している。BC間の転貸借契約がAの承諾を得ている場合において、AがBの債務不履行を理由にAB間の賃貸借契約を解除したときは、BC間の転貸借契約は、原則として、AがCに対して建物の返還を請求した時に、BのCに対する債務の履行不能により終了する。(公務員2021年)○ 賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合、賃貸人の承諾のある転貸借については、原則として、賃貸人が転借人に対して目的物の返還を請求した時に、転貸人の転借人に対する債務の履行不能により終了します(最判平9.2.25)。
ガイダンス売買とは、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約束し、相手方がこれに対して代金を支払うことを約束することによってその効力を生ずる契約をいいます(民法555条)。売主は、売買の目的である財産権を買主に移転する義務を負い、買主に引き渡した目的物が契約の内容に適合しない場合には、契約不適合責任を負います。売買後の規制と契約不適合(最判平22.6.1)事件の概要公団の取得等を行うX会社は、1991(平成3)年3月15日、ふっ素樹脂製品の製造を業とするYから、その所有する土地(本件土地)を買い受けた(本件売買契約)。本件土地の土壌には、本件売買契約締結当時からふっ素が含まれていたが、その当時、土壌に含まれるふっ素については、法令に基づく規制の対象外であり、取引観念上も、ふっ素が土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されておらず、XもYもそのような認識を有していなかった。しかし、2001(平成13)年3月、土壌の汚染に係る環境基準にふっ素が追加された。2003(平成15)年2月には土壌汚染対策法及び同法施行令が施行され、ふっ素及びその化合物は「特定有害物質」と定められ、土壌にふっ素を加えた場合に適用する量に関する基準値(溶出量基準値)および土壌に含まれるふっ素に関する量に関する基準値(含有量基準値)が定められた。そして、土壌汚染状況の進行に伴い、都民の健康と安全を確保する環境に関する条例の制定が行われ、ふっ素及びその化合物に係る汚染処理基準値として上記と同一の溶出量基準値及び含有量基準値が定められた。2005(平成17)年11月、本件土地につき、上記条例に基づく土壌の汚染状況の調査が行われたところ、その土壌に上記の溶出量基準値および含有量基準値のいずれをも超えるふっ素が含まれていることが判明した。*ふっ化水素酸の俗称。ふっ素化合物の原料等に用いられる。**鉛、砒素、トリクロロエチレンなどといったもので、当該物質(放射性物質を除く)であって、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるものとして政令で定めるもの。判例ナビXは、Yに対し、本件土地のふっ素による土壌汚染が民法570条(平成29年改正前)の隠れた瑕疵に当たるとして損害賠償を求める訴えを提起しました。原審がXの請求を認容したため、Yが上告しました。裁判所の判断売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかについては、売買契約締結当時の取引観念をしんしゃくして判断すべきところ、前記準拠法によれば、本件売買契約締結当時、取引観念上、ふっ素が土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されておらず、Xの担当者もそのような認識を有していなかったものであり、ふっ素が、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれのある有害な物質として、法令に基づく規制の対象となったのは、本件売買契約締結後であったというのである。そして、本件売買契約の当事者間において、本件土地の備えるべき属性として、その土壌に、ふっ素が含まれていないことが、本件売買契約締結当時当然に認識されていたか否かによらず、人の健康に係る被害を生ずるおそれのある一切の物質が含まれていないことが、特に予定されていたとみるべき事情もうかがわれない。そうすると、本件売買契約締結当時、取引観念上、土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されていなかったふっ素について、本件売買契約の当事者間において、それがないこと及び土壌の安全性が確保されていることが予定されていたものとみることはできず、本件土地の土壌に溶出量基準値及び含有量基準値のいずれをも超えるふっ素が含まれていたとしても、そのことは、民法570条にいう瑕疵に当たらないというべきである。平成29年改正前の民法570条は、売買の目的物に隠れた瑕疵があった場合に瑕疵担保責任を定めており、本件では、売買契約締結後に法令に基づく規制の対象となったふっ素が基準値を超えて含まれていたことが瑕疵に当たるかが問題となりました。本判決は、契約当事者がどのような品質や性能を予定していたかという主観的な観点から判断し、契約締結当時、本件土地の土壌にふっ素が含まれていないことや人の健康に被害を及ぼすおそれのある一切の物質が含まれていないことが特に予定されていたわけではないとして、ふっ素が含まれていたことは「瑕疵」に当たらないとしました。なお、平成29年改正で瑕疵担保責任が廃止され現行法の下では、契約不適合(562条以下)の問題となります。この分野の重要判例◆法律上の制限と契約不適合(最判昭41.4.14)Xは本件土地を自己の居住する将来の宅地の敷地として使用する目的で、そのことを表示してYから買い受けたのであるが、本件土地の約8割が東京都都市計画街路計画第54号の地域内に存するというのである。かかる事実関係のもとにおいては、本件土地が東京都都市計画事業として施行される道路敷設に該当し、同地上に建物を建築しても、将来その実行により建物の全部または一部を撤去しなければならない事情があるため、契約の目的を達することができないのであるから、本件土地の瑕疵があるものとした原判断は正当であり、所論違法は存しない。また、都市計画事業の一環として都市計画街路の路線が決定されたとしても、それが告示の形式で公表されるほか、右告示が成立して10年以内に行われたとして効力が消滅し、本件土地の大部分が都市計画の道路敷地に含まれるか否かという法律上の制限があることは知らなかったとして、法令上の制限があることを知らなかったことはYの過失であり、本件土地の隠れた瑕疵に当たる瑕疵があるものとした原判決は正当である。解説本件は、Xが居住するための建物を建てる目的でYから購入した土地の大部分が都市計画道路の予定地であり、建物を建ててもいずれ撤去しなければならないことが判明したという事案です。宅地に対する法律上の制限が平成29年改正前の民法570条の「瑕疵」に当たるかが問題となりましたが、判決は、「瑕疵」に当たるとしました。平成29年改正により、目的物が権利に関する契約不適合(565条)、種類または品質に関する契約不適合(562条)または目的物が第三者の権利を侵害する場合(562条)は権利の瑕疵に当たるとし、目的物に関する契約不適合(562条)または権利の契約不適合(565条)の問題とみることができます。
ガイダンス贈与とは、当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる契約をいいます(民法549条)。書面によらない贈与は、原則として解除することができますが(550条本文)、履行の終わった部分については、解除することができません(同条ただし書)。書面によらない贈与の解除(最判昭60.11.29)事件の概要Aは、自己の所有する宅地(本件土地)をYに贈与したが、荷主Bから所有権移転登記を経由していなかったため、Yに対し、贈与に基づく所有権移転登記をすることができなかった。そこで、Aは、司法書士Cに依頼して、本件土地をYに譲渡したからBからYに対し直接所有権移転登記をするよう求める書面を作成し、これをB宛ての内容証明郵便によりBに送付した。その後、Aが死亡し、Aを相続したXは、AからYへの贈与は書面によらない贈与であるとして取り消し、Yに対し、所有権移転登記の抹消登記手続きを求める訴えを提起した。*現民法550条は「解除」と規定しているが、本件当時の550条は「取消」と規定していた。判例ナビ第1審は、Xによる贈与の取消しを認めましたが、控訴審は、認めませんでした。そこで、Xが上告しました。裁判所の判断民法550条が書面によらない贈与を取り消しうるものとした趣旨は、贈与者が軽率に贈与することを予防し、かつ、贈与の意思を明確にすることを期するためであるから、贈与が書面によってされたといえるためには、贈与の意思表示自体が書面によっていることを必要としないことはもちろん、書面が贈与の当事者間で作成されたこと、又は書面に無償の授与の記載があれば足りるものではなく、書面に贈与がされたことを確実に看取しうる程度の記載があれば足りるものと解すべきである。これを本件についてみるに、原審の適法に確定した事実によれば、Xの被相続人である亡Aは、本件土地をYに贈与したが、飼主であるBからまだ所有権移転登記を経由していなかったことから、Yに対し贈与に基づく所有権移転登記をすることができなかったため、同人のCを介し司法書士に依頼して、右土地をYに譲渡したからBからYに対し直接所有権移転登記をするよう求めた1通の内容証明郵便による書面を作成し、これをBにあてて送付したというのであり、右の書面は、単なる第三者に対する書面ではなく、贈与の履行を目的として、亡Aが所有権移転登記義務を負うBに対し、中間者である亡Aを省略して直接Yに所有権移転登記をすることについて、同意し、かつ、意図した書面であって、その作成の動機・経緯、方式及び記載文言に照らして考えるならば、贈与者である亡Aの贈与の意思が右書面に基づいて作成され、かつ、贈与の意思が明確に看取しうる書面というのにさしつかえはなく、民法550条にいう書面に当たるものと解するのが相当である。解説本件では、AがBに送付した内容証明郵便が550条の「書面」に当たるかが問題となりました。本判決は、550条が書面によらない贈与の取消し(現解除)を認めている趣旨を軽率な贈与を予防し、かつ、贈与の意思を明確にすることにあるとした上で、この趣旨から同条の「書面」の意義を明らかにし、AがBに送付した内容証明郵便は「書面」に当たるとしました。過去問Aは、自己所有の甲建物をBに贈与する旨を約した。本件贈与が書面によるものであるというためには、Aの贈与意思の確保を図るため、AB間において贈与契約書が作成され、作成日付、目的物、移転登記手続の期日および当事者の署名押印がされていなければならない。(行政書士2015年)最高裁判所の判例では、売主から不動産を取得した贈与者がこれを受贈者に贈与した場合、贈与者が司法書士に依頼して、登記簿上の所有名義人である売主に対し、当該不動産を受贈者に譲渡したので売主から直接受贈者に所有権移転登記をするよう求める旨の内容証明郵便を差し出したとしても、それは単なる第三者に宛てた書面であるから、贈与の書面に当たらないとした。(公務員2018年)× 贈与が書面によるものであるというためには、贈与の意思表示自体が書面によっていることを必要としません。また、書面が贈与の当事者間で作成されたこと、または書面に無償の趣旨の文言が記載されていることも必要ではなく、書面に贈与がされたことを確実に看取しうる程度の記載があれば足ります(最判昭60.11.29)。× 売主から取得した不動産を贈与者が受贈者に贈与する場合、贈与者が司法書士に依頼して作成した、登記簿上の所有名義人である売主に対し、当該不動産を受贈者に譲渡したので売主から直接受贈者に所有権移転登記をするよう求める旨の内容証明郵便は、贈与の書面に当たります(最判昭60.11.29)。
ガイダンス弁済とは、債務の内容である給付を実現し、債権を消滅させることをいいます(民法473条)。弁済は、原則として債務者以外の第三者もすることができます(第三者弁済。474条1項)。また、弁済受領権限を有しないが、受領権者としての外観を有する者に対する弁済も、一定の要件のもとに有効となる場合があります(478条)。相殺とは、2人が互いに同種の債権を有する場合に、それを対等額で消滅させる一方的意思表示をいい(505条1項)、相殺の意思表示をする一方当事者が有する債権を自働債権(反対債権)、相殺の意思表示の相手方である他方当事者が有する債権を受働債権といいます。相殺には、(1)公平保持機能(2人が互いに債権を持ち合っている場合、一方が誠実に債務を履行したのに、他方は履行しないという不公平な事態を避ける機能)、(2)簡易決済機能(金銭の授受を伴わず、意思表示だけで簡易に債権債務を決済する機能)、(3)担保的機能(互いに債権を持ち合うことによって、事実上、対当額については履行が確保されているのと同じことになる機能)があります。債権の二重譲渡と民法478条(最判昭61.4.11)事件の概要1979(昭和54)年6月27日、Xは、Aから、Yに対する200万円の代金債権(本件債権)を譲り受け(本件債権譲渡)、Aは、Yに対し、確定日付のある証書をもって本件債権譲渡を通知し(本件譲渡通知)、これが同月28日にYに到達した。同年7月6日、Xは、Yから、本件債権のうち200万円の支払いを受けた。他方、Bは、Aに対する債権に基づき、本件債権中200万円(本件債権部分)について、同年8月15日仮差押命令を、更に、同年11月1日債権本押・取立命令を得、右各命令は、それぞれその頃Yに送達された。Bから再三の催告を受けたYは、前記仮差押命令および差押・取立命令を発した裁判所の判断に間違いはないだろうと考え、右命令に従って、同年11月21日、本件債権部分の全額をBに支払った。判例ナビXは、Yに対し、本件債権の残額40万円の支払を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、YのBに対する本件債権部分200万円の弁済は有効であるとして、これを控除した40万円についてのみXの請求を認容しました。そこで、Xが上告しました。裁判所の判断二重に譲渡された指名債権の債務者が、民法478条2項所定の対抗要件を具備した他の譲受人(以下「優先譲受人」という。)よりのちこれを受領した譲受人(以下「劣後譲受人」といい、「譲受人」には、債権の譲受人と同一債権に対し仮差押命令を発令・取立命令の執行をした者を含む)に対してした弁済についても、同法478条の規定の適用があるものと解すべきである。即ち、右民法467条2項の規定は、指名債権が二重に譲渡された場合、その優劣は対抗要件具備の先後によって決すべき旨を定めたが、右の理は、債権の譲受人と同一債権に対し仮差押命令および差押・取立命令の執行をした者との間の優劣を決する場合においても異ならないと解すべきであるが...、右規定は、債権の劣後譲受人に対する弁済の効力についてまで定めているものとはいえず、その弁済の効力は、債権の帰属に関する民法の規定によって決すべきものであり、債務者が、右弁済をするについて、劣後譲受人を債権者としての外観を信頼し、右譲受人を真の債権者と信じ、かつ、そのように信ずるにつき過失がないときは、債務者の右信頼を保護し、取引の安全を図る必要があるので、民法478条の規定により、右弁済に対する弁済はなおその効力を有するものと解すべきである。そして、このように解するときは、結果的に優先譲受人が債務者から弁済を受けられない場合が生ずることを認めることになるが、その場合にも、右優先譲受人は、債権の帰占点者(同「受領権者」たる譲受人)に対して弁済にかかる金銭につき不当利得として返還を求めること等により、対抗要件具備の効力を保持しえないものではないから、必ずしも対抗要件に関する規定の趣旨をないがしろにすることにはならないというべきである。それゆえ、原審の確定したところによれば、本件債権部分の二重の譲受人と同視しうる立場にあるXとBとの対抗関係における優劣は、譲渡であるXの確定日付のある書面による本件譲渡通知のYに到達した日時と前記仮差押命令がYに送達された日時の先後によるとみるべきものであって、Xが唯一の債権者であり、Bの得た前記の仮差押命令および差押・取立命令は、Aに帰属しない債権を対象としたものとして、Xに対してはその効力を主張しえず、無効であったが、右仮差押命令等を得たBは本件債権部分の成立要件としての外形を有し、右債権の帰属者たるに当たるということができるから、同人に対する弁済につき民法478条の規定の適用があるものというべきである。民法478条2項の規定は、指名債権の二重譲渡につき劣後譲受人が同項所定の対抗要件を先に具備した優先譲受人に対抗しえない旨を定めているのであるから、優先譲受人の債権譲渡行為又はその対抗要件に瑕疵があるためその効力を生じない等の場合でない限り、優先譲受人が真の債権者であるのであって、債務者としても優先譲受人が真の債権者であることを認識し、また、債務者が、右譲受人に対して弁済するときは、債権に関する規定に基づきその効果を主張しうるものである。したがって、債務者において、劣後譲受人が真の債権者であると信じたが、右弁済につき過失がなかったというためには、優先譲受人の債権譲渡行為又は対抗要件に瑕疵があるためその効力を生じないとか、優先譲受人ではないと信ずるに足りる特段の事情があるなど優先譲受人を真の債権者であると信ずるにつき相当な理由があることが必要であると解すべきである。そして、右の理に照らすところによれば、Aの本件債権譲渡のYに対する到達日時がBの得た本件仮差押命令のYへの送達日よりも早かったというのであるから、債務者であるYとしては、少なくとも、Bの得た前記の仮差押命令および差押・取立命令がXに優先して有効であると信ずべきであったということがうかがわれないから、Yが、前記確定日付のある本件譲渡通知がYに送達されているのを知りながら、前記仮差押命令・取立命令等を発した裁判所の判断に過誤なきものと速断して、取立債権を有しないBに対して弁済したことに、過失がなかったものとすることはできない。解説債権が二重譲渡された場合、譲受人相互間の優劣は、確定日付のある通知が債務者に到達した日時の先後で決します(最判昭49.3.7)。が、これは、同一の債権における譲受人と仮差押債権者の優劣を決する場合も同様です。本件では、Aの譲渡通知がYに到達した日がBの得た本件仮差押命令がYに送達された日よりも早かったので、本件債権部分はXに帰属します。したがって、YのBに対する弁済は無効なものともいえ、Yの弁済に478条の適用により弁済を有効とすることができるかが問題となります。本判決は、478条の適用を認めた上で、YにはBを真正の債権者であると信じて弁済したことについて過失がなかったとはいえないとして、YのBの申告に対する弁済を無効としました。なお、民法480条の「受領権者」たる債権者は、平成29年民法改正で、「取引上の社会通念に照らして受領権者(債権者および法令の規定または当事者の意思表示によって権限を付与された第三者をいう)としての外観を有するもの」に改められたため、劣後譲受人はこれに該当します。過去問債権が二重に譲渡された場合、譲受人間の優劣は、対抗要件具備の先後によるが、債務者が法律上劣後する譲受人であって弁済したときであっても、債務者の信頼(取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有する者に対する弁済として有効な弁済となる場合がある)。(公務員2019年)○ 債務者が、弁済をするについて、劣後譲受人を債権者としての外観を信頼し、劣後譲受人を真の債権者と信じ、かつ、そのように信ずるにつき過失がない場合は、478条の適用により、劣後譲受人に対する弁済は有効となります(最判昭61.4.11)。時効消滅した債権による相殺(最判平25.2.28)事件の概要1998(平成8)年10月28日、Xは、Yに対し、金融機関取引貸付から生じた20万円の過払金に係る不当利得返還請求権(本件過払金返還請求権)を有していた。2002(平成14)年3月29日、AはXとの間で、Yを債務者とする消費貸借契約による債権を担保するため、自己の所有する不動産に根抵当権を設定する旨の合意をし、Xは、Yの依頼により、Aから500万円を借り受けた。この消費貸借債権は、XとYが2017(平成29)年2月まで毎月1回11万円の元利金を分割弁済することとし、その支払を遅滞したときは当然に期限の利益を喪失する旨の特約(本件特約)があった。2003(平成15)年1月6日、Yは、Aを吸収合併し、Xに対する上記の債権を承継した。Xは、AおよびYに対し、上記貸付けに係る元利金について継続的に弁済を行い、2010(平成22)年6月21日の時点で、残元金の額は90万円であった(本件貸付金残債権)。しかし、Xは、同年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため、本件特約に基づき、同日の経過をもって期限の利益を喪失した。2010(平成22)年6月17日、Xは、Yに対し、本件過払金返還請求権を含む合計30万円の債権を自働債権、本件貸付金残債権を受働債権として、相殺の意思表示をした。これに対し、Yは、同年9月28日に、Xに対し、本件過払金返還請求権は、取引終了時点から10年経過し時効消滅しているとして、時効を援用する旨の意思表示をした。その後、Xは、Yに対し、相殺が有効である場合における本件貸付金残債権の残元利金と弁済した。判例ナビXは、根抵当権の被担保債権である貸付金債権が相殺および弁済により消滅したとして、Yに対し、所有権に基づく根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める訴えを提起しました(本件訴訟)。第1審がXの請求を認容したため、Yは控訴し、控訴審において、Xによる相殺は無効であるとして、Xに対し、貸付金残元金と遅延損害金の支払を求める反訴を提起しました。控訴審がXの相殺を有効とし、Yの控訴および反訴を棄却したため、Yが上告しました。裁判所の判断民法505条1項は、相殺適状につき、「双方の債務が弁済期にあるとき」と規定しているのであるから、その文理に照らせば、自働債権のみならず受働債権も弁済期にあることが相殺の要件とされるとみるべきである。また、受働債権の債務者がいつでも期限の利益を放棄することができることを理由に受働債権が相殺適状にあると解することは、上記債務者が既に享受した期限の利益を自ら遡及的に消滅させることとなって、相当でない。したがって、既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのない受働債権とが相殺適状にあるというためには、受働債権につき、期限の利益を放棄することができるというだけではなく、期限の利益の放棄又は喪失等により、その弁済期が現実に来していることを要するというべきである。これを本件についてみると、本件貸付金残債権については、Xが平成22年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため、本件特約に基づき、同日の経過をもって、期限の利益を喪失し、その全額の弁済期が到来したことになり、この時点で本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とが相殺適状になったといえる。そして、当事者の相殺に対する期待を保護するという民法旧法508条の趣旨に照らせば、同条が適用されるためには、消滅時効が援用された自働債権はその消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことを要すると解される。前記事実関係によれば、消滅時効が援用された本件過払金返還請求権については、上記の相殺適状時において既にその消滅時効期間が経過しているから、本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権との相殺に同条は適用されず、Xがした相殺はその効力を有しない。解説相殺をするには、自働債権、受働債権双方の債権が弁済期になければなりません(505条1項)。受働債権については、期限の利益を放棄すれば弁済期が到来するので、現実に弁済期が到来していなくても相殺を認めてもよいようにみえますが、本判決は、現実に弁済期が到来していなければならないとしました。508条は、時効消滅した債権を自働債権とする相殺を認めていますが、そもそもどの時点で自働債権が「時効によって消滅した」といえるのかが問題となります。本判決は、「消滅時効期間が経過した時に」「時効によって消滅した」と解しました。過去問相殺が有効になされるためには、相対立する債権の弁済期について、自働債権は必ずしも弁済期にあることを必要としないが、受働債権は常に弁済期に達していなければならない。(公務員2020年)Aは、Bに対する100万円の代金債権を有している。一方、Bは、Aに対する100万円の貸金に係る不当利得返還請求権(本件過払金返還請求権)を有していた。その後、Aの債権の弁済期は到来したが、Bの債権は消滅時効期間が経過してしまった。その後、Aの債権の支払期限が到来した。この場合、Aは、自己の債権とBの債権を相殺することができ、自己の所有する不動産に根抵当権を設定することができる。この場合、Aは、自己の債権とBの債権を相殺することができないが、Bは、自己の債権とAの債権を相殺することができる。(公務員2020年)× 相殺が有効になされるためには、自働債権、受働債権ともに、弁済期が到来していることが必要です(最判平25.2.28)。× 自己の債権の消滅時効期間経過後に、Aは、自己の債権とBの債権とを相殺することはできません(最判平25.2.28)。
ガイダンス債権譲渡とは、債権の内容を変えないで債権を移転することをいいます。債権譲渡は、投下資本を回収する手段として、また、新たな資金を調達する手段として有用です。債権は、原則として、自由に譲渡できます(民法466条1項本文)が、債権の性質上、譲渡が許されない場合もあります(同項ただし書)。なお、当事者の特約で譲渡を禁止・制限することもできます(譲渡制限特約)が、特約に反してされた譲渡も有効です(同条2項)。債権の二重譲渡と優劣の基準(最判昭49.3.7)事件の概要Xは、AからBに対する2000万円の債権(本件債権)を譲り受け、1969(昭和44)年2月14日付の確定日付のある債権譲渡証書を同日午後3時頃にBに持参して譲渡を通知した。他方、Aに対し1300万円の債権を有するYは、本件債権について仮差押えを行い、裁判所の仮差押命令は、同日午後4時過ぎにBに送達された。判例ナビXは、Yよりも先に本件債権を譲り受け、対抗要件も具備したから、Yの仮差押命令の執行は許されないとして、第三者異議の訴えを提起しました。第1審、控訴審ともにXの請求を棄却したため、Xが上告しました。*強制執行の目的物について所有権等の権利を有する第三者が、強制執行の排除を求めて提起する訴訟(民事執行法38条1項)。裁判所の判断民法467条1項が、債権譲渡につき、債務者の承諾と並んで債務者に対する譲渡の通知をもって、債務者のみならず債務者以外の第三者に対する関係においても対抗要件としたのは、債権を譲り受けようとする第三者は、先ず債務者に対し債権の存否ないしはその帰属を確かめ、債務者は、当該債権が現に譲渡されていないとしても、譲渡の通知を受けないか又はその承諾をしていないかぎり、第三者に対し債権の帰属に変動のないことを表示するのが通常であり、第三者はかかる債務者の表示を信頼してその債権を譲り受けることがあるという事情の存することによるものである。このように、民法の規定する債権譲渡についての対抗要件制度は、当該債権の債務者の債権譲渡の有無についての認識を通じ、右債務者によってそれが第三者に表示されるものであることを根幹として成立しているものというべきである。そして、同条2項が、右通知又は承諾が第三者に対する対抗要件たり得るためには、確定日付ある証書をもってすることを必要としている趣旨は、債務者が第三者に対し債権譲渡の事実ないことを表示したため、第三者がこれを信頼してその債権を譲り受けたのち右譲渡人と旧債権者が、債務者と他に二重に譲渡じ債務者においてその譲渡の通知又はその承諾のあった日時を遡及せしめる等作為して、右第三者の権利を害するに至ることを可及的に防止することにあるものと解すべきであるから、前示のような民法1条の債権譲渡についての対抗要件制度の構造ならびに同条の趣旨によるものではないのである。右のような民法467条の対抗要件制度の構造に鑑みれば、債権が二重に譲渡された場合、譲受人相互間の優劣は、通知又は承諾に付された確定日付の先後によって定めるべきではなく、確定日付のある通知が債務者に到達した日時又は確定日付のある債務者の承諾の日時の先後によって決すべきであり、また、確定日付は通知又は承諾そのものにつき必要であると解すべきである。そして、右の理は、債権の譲受人と同一債権に対し仮差押命令の執行をした者との間の優劣を決する場合においても異なるところはないもの。解説本件は、同一の債権について、譲渡と仮差押えがなされた事案ですが、債権が二重に譲渡された場合と同様に考えることができます。債権が二重に譲渡された場合における譲受人相互間の優劣について、本判決は、確定日付のある通知が債務者に到達した日時または確定日付のある債務者の承諾の日時の先後を基準に決定すべきであるとする到達時説を採用しました。この分野の重要判例◆差押え通知と譲渡通知の先後が不明な場合の処理 (最判平5.3.30)国税徴収法に基づく滞納処分としての差押えの通知と確定日付のある債権譲渡の通知とが第三債務者に到達したが、その到達の先後関係が不明であるために、その相互の優劣を決することができない場合には、各通知は同時に第三債務者に到達したものとして取り扱うのが相当である。そして、右のように各通知の到達の先後関係が不明であるためにその相互間に優劣を決することができず、それぞれの立場において取得した第三債務者に対する法的地位が変容を受けるわけでもないから、国税の徴収職員は、国税徴収法67条1項に基づき差し押さえた右債権の取立権を取得し、また、債権譲受人も、右債権譲受の存在にかかわらず、第三債務者に対して債権の給付を求める訴えを提起し、勝訴判決を得ることができる...。しかし、このような場合には、前記のとおり、差押債権者と債権譲受人との間では、互いに相手方に対して自己が優先的地位にある債権者であることを主張することが許されない関係に立つ。そして、滞納処分としての債権差押えの通知と確定日付のある債権譲渡の通知の第三債務者への到達の先後関係が不明であるために、第三債務者が差押債権者のいずれができないことを原因として右債権額に相当する金員を供託した場合において、被差押債権額と譲受債権額との合計額が右供託金額を超過するときは、差押債権者と債権譲受人は、公平の原則に照らし、被差押債権額と譲受債権額に応じて供託金額を案分した額の供託金還付請求権をそれぞれ分割取得するものと解するのが相当である。設問AがBに対して1,000万円の代金債権を有しており、Aがこの代金債権をCに譲渡した。AがBに対する代金債権をDにも譲渡した。Cに対する債権譲渡もDに対する債権譲渡も確定日付のある証書でBに通知した場合には、CとDの優劣は、確定日付の先後ではなく、確定日付のある通知がBに到着した日時の先後で決まる。(宅建士2011年)債権差押えの通知と確定日付のある債権譲渡の通知とが第三債務者に到着したが、その到達の先後関係が不明であるために、その相互の優劣を決することができない場合には、当該各通知が同時に第三債務者に到達したと取り扱われる。(公務員2020年)解説本件は、同一の債権について国税徴収法67条1項に基づく滞納処分としての差押えと債権譲渡がなされ、差押通知と譲渡通知の(第三)債務者への到達時が先後不明であったため、債務者が債権額を供託(民法494条2項本文)したという事案です。供託金還付請求権が、差押債権者と譲受人のいずれに帰属するかが問題となりましたが、本判決は、差押通知と譲渡通知は同時に到達したものと扱うとした上で、差押えを領収権者とする譲受人と、被差押債権額と譲受債権額に応じて供託金額を案分した額を各々領収取得するとしました。
ガイダンス多数当事者の債権関係とは、債権者と債務者の一方または双方が複数である場合の債権関係をいいます。民法は、多数当事者の債権関係として、分割債権(427条)、分割債務(427条)、不可分債権(428条)、不可分債務(430条)、連帯債権(432条)、連帯債務(436条)、保証債務(446条)という7つの類型を規定しています。多数当事者の債権関係において生じる問題には、対外的効力(複数当事者とその相手方との関係で生じる問題で、誰が、どのように請求し、または履行するのかという問題)、影響関係(複数当事者の1人について生じた事由が他の当事者にどのような影響を及ぼすのかという問題)、内部関係(債権者の1人が弁済を受けた場合に他の債権者にどのように分配するか、また、債務者の1人が弁済した場合に他の債務者にどのように分担させるかという問題)があります。連帯債務者間の求償と通知 (最判昭57.12.17)■事件の概要XとYは、Aに対し5000万円の連帯債務(本件連帯債務)を負担していた(XとYの負担部分は平等)。その後、Xは、本件連帯債務に代えて自己の所有する土地をAに譲渡し、移転登記も経由した(本件代物弁済)が、本件代物弁済につき、Yに対し事後の通知(民法443条2項)をしなかった。そのため、Yは、本件代物弁済の事実を知らず、Aに対し1000万円(Yによると200万円の弁済と800万円の弁済の合計額)を弁済したが、Xに対し事前の通知(同条1項)をしなかった。判例ナビXは、Yに対し、求償金2500万円を支払うよう催告しましたが、Yがこれに応じなかったため、Yに対し、求償金の支払いを求める訴えを提起しました。第1審は、Xの請求を棄却しましたが、控訴審は、YのAに対する弁済を無効とし、Yによる弁済については、Yの弁済と同視できるとした上で、弁済当時、Xの連絡先が不明であったため、Zは事前の通知を怠ったとはいえないとして、有効とした。そこで、Yが上告しました。■裁判所の判断連帯債務者の1人が弁済その他免責の行為をするに先立ち、他の連帯債務者に通知することを怠った場合には、既に弁済その他免責の行為を得ていた他の連帯債務者に対し、民法443条2項の規定により自己の免責行為を有効であるとみなすことはできないものと解するのが相当であり、けだし、同項の規定は、同条1項の規定を前提とするものであって、同条1項の事前の通知につき過失のある連帯債務者までを保護する趣旨ではないと解すべきであるからである…。解説本件は、第1の弁済をしたXが事後の通知を怠るとともに、第2の弁済をしたYも事前の通知を怠ったという事案であり、443条2項の適用により第2の弁済を有効とすることができるかが問題となりました。本判決は、これを否定しました。そのため、Yは、Xに対して求償することはできず、連帯債務の一部について二重に弁済を受けたAに対し不当利得返還請求をすることになります。過去問最高裁判所の判例では、連帯債務者の一人である乙が弁済その他の免責の行為をするに先立ち、他の連帯債務者に通知することを怠った場合、すでに弁済しその他の免責の行為を得ていた他の連帯債務者甲が乙に事後の通知をせずにいた場合でも、乙の免責行為を有効であるとみなすことはできないとした。 (公務員2016年)○ 1. 連帯債務者の1人が弁済その他の免責の行為をするに先立ち、他の連帯債務者に事前の通知(民法443条1項)を怠った場合は、既に弁済しその他共同の免責を得ていた他の連帯債務者に対し、民法443条2項の規定により自己の免責行為を有効であるとみなすことはできません(最判昭57.12.17)。解除による原状回復義務と保証人の責任 (最大判昭40.6.30)■事件の概要Xは、Aとの間で、Aの住宅内にある家具(本件建具)を15万円で買い受ける売買契約を締結し、契約当日に売買代金全額を支払った。また、Xは、Yとの間で、Aの売買契約上の債務についてYを保証人とする契約(本件保証契約)を締結した。Aが期日を過ぎても本件建具を引き渡さなかったため、Xは、Aとの売買契約を解除した。Aに対し、売買契約の解除による原状回復義務の履行として、支払った売買代金15万円の返還を求めるとともに、Yに対して、保証人としての責任を追及し、同額の返還を求める訴えを提起した。判例ナビ第1審は、Aに対する請求を認容(確定)しましたが、Yに対する請求を棄却しました。そこで、Yに対する請求について、Xが控訴しましたが、控訴審も請求を棄却したため、Xが上告しました。■裁判所の判断売買契約の解除のように遡及効を生ずる場合には、その解除による原状回復義務は本来の債務が消滅して生ずる個別独立の債務であって、本来の債務に対する当事者の意思は、特約のないかぎり、右原状回復義務にまで及ぶものではないと解するのが相当であり、これが履行の利益に関する第1審判決の示した見解である。解説従来の判例は、解除によって生じる原状回復義務(民法545条1項)は、売買契約に基づく従来の主たる債務とは別個独立の義務であり、保証人は、特別の約束がない限り、原状回復義務について責任を負わないとしていました。しかし、これでは、非代替物であることの多い特定物の売主の保証について保証契約を締結する意味が失われてしまいます。そこで、本判決は、従来の判例を変更し、保証人が売主の原状回復義務についても責任を負うことを認めました。過去問最高裁判所の判例では、特定物の売買契約における売主のための保証人は、債務不履行による契約の解除によって生じた売主の損害賠償義務についてはもちろん、保証契約により解除された場合における原状回復義務についても保証の責に任ずるものとした。 (公務員2020年)○ 1. 保証人は、債務不履行により売主が買主に対し負担する損害賠償義務についてはもちろん、特段の反対の意思表示のないかぎり、売主の債務不履行により契約が解除された場合における原状回復義務についても保証責任を負います(最大判昭40.6.30)。
ガイダンス詐害行為取消権とは、債務者が債権者を害することを知ってした行為(詐害行為)の取消しを裁判所に請求することができる権利をいいます(民法424条1項)。詐害行為取消権は、詐害行為を取り消して債務者の下から流出した財産を回復することによって債務者の責任財産を保全することを目的とする制度です。特定物債権と詐害行為取消権 (最大判昭36.7.19)■事件の概要Xは、Aとの間で、Aの所有する家屋(本件家屋)を目的とする売買契約を締結し、Aに対してその引渡請求権を有していた。ところが、Aは、他にみるべき資産もないのに、本件家屋に債権額800万円の抵当権を有する債権者Yに対し、その債権に対する代物弁済として、時価1000万円以上の本件家屋を提供し、所有権移転登記もして無資力となった。判例ナビXは、AY間の代物弁済契約は詐害行為であると主張して、その取消しを求める訴えを提起しました。原審(控訴審)がXの請求を認容したため、Yが上告しました。■裁判所の判断詐害行為取消権は、総債権者の共同担保の保全を目的とする制度であるが、特定物債権を保全するため、詐害行為取消権の行使が許されるとすれば、特定物債権者は他の債権者に優先して債権の満足を得ることになり、総債権者の共同担保の保全という制度の目的を逸脱することになるから、債権者平等の原則に反する結果となる。したがって、特定物債権を保全するため、詐害行為取消権の行使が許されるとすれば、特定物債権者は他の債権者に優先して債権の満足を得ることになり、総債権者の共同担保の保全という制度の目的を逸脱することになるから、債権者平等の原則に反する結果となる。そして、詐害行為取消権の行使が許されるとすれば、特定物債権者は他の債権者に優先して債権の満足を得ることになり、総債権者の共同担保の保全という制度の目的を逸脱することになるから、債権者平等の原則に反する結果となる。解説本判決は、被保全債権は金銭債権に限られるとした従来の判例を変更し、特定物債権を被保全債権とする詐害行為取消権の行使を認めました。また、取消しは、債務者の詐害行為によって減少した財産の回復にとどまるべきである(一部取消し)とした上で、詐害行為の目的物が本件家屋のように不可分なものである場合は、一部取消しの限度で価格賠償を請求できるとしました。過去問詐害行為取消権は、債権者の引き当てとなる債務者の責任財産を回復するための権利であるから、特定物の引渡請求権を有する債権者に対して有する者は、当該特定物が第三者に譲渡されたことで債務者が無資力となったとしても、詐害行為取消権を行使することはできない。 (公務員2019年)× 1. 特定物債権といえどもその目的物は債務者の総財産を構成するものであり、特定物債権を保全するためには、詐害行為取消権の行使が許されると解するのが相当である(最大判昭36.7.19)。詐害行為の受益者と詐害行為取消権 (最判平10.6.12)■事件の概要Xは、1993(平成5)年12月1日、Aに対し、900万円を貸し付け、同日、Aは、右貸金債務の担保として、AがBに対して現に有し、もしくは将来取得する売掛代金債権全部を、右貸金債務の不履行を停止条件としてXに譲渡する旨約した(本件債権譲渡契約)。その際、XとAは、右停止条件が成就した場合には、あらかじめAから作成交付を受けた債権譲渡通知書を、XがAの名でCに送付することに合意した。その後、Aは、手形の不渡りを出すして、銀行取引停止処分を受けるとともに、弁済期にXに対して支払うべき貸金の決済を怠った。そこで、Xは、本件債権譲渡契約の停止条件が成就したことにより、AがBに対して有していた300万円の代金債権(本件代金債権)を譲り受けたとして、Aとの合意に基づき、1993(平成5)年12月21日、AとCの連名による債権譲渡通知書を内容証明郵便でBに発送し、右書面は、同月22日、Bに到達した(本件譲渡通知)。他方、Yは、1993(平成5)年12月7日、Aに対し、100万円を貸し付け、Zは、同月10日、Aに対し、300万円を貸し付けた。本件代金債権については、AからBに対し、これをYとZにそれぞれ譲渡した旨の通知が発せられたが、右各通知はいずれも、本件譲渡通知より遅れてBに到達した。そこで、Bは、同月28日、本件代金債権の債権者を了知することができないとして、東京法務局に対し、代金額300万円を供託した。判例ナビXが、YとZに対し、供託金についてXが還付請求権を有することの確認を求める訴えを提起したところ、YとZは、Xに対し、本件債権譲渡につき詐害行為による取消しを求める反訴を提起しました。第1審、控訴審ともに、Yの反訴請求を認容したため、Xが上告しました。■裁判所の判断債務者が自己の第三者に対する債権を譲渡した場合において、債務者がこれについて確定日付のある債権譲渡の通知は、詐害行為取消権の対象とならないと解するのが相当である。けだし、詐害行為取消権の対象となるのは、債務者の財産の減少を目的とする行為そのものであるところ、債権の譲渡行為とこれについての確定日付の通知とは別個の行為であって、後者は単にその時から債権の移転を債務者その他の第三者に対抗し得る効力を生じさせるにすぎず、譲渡通知の時に右債権移転行為がされたこととなったり、債権移転の効力が生じたりするわけではなく、債権移転行為自体が詐害行為を構成しない場合には、これについてされた譲渡通知のみを取り消して詐害行為として取り扱い、これに対する詐害行為取消権の行使を認めることは相当とはいい難いからである…。以上によれば、YとZが、本件債権譲渡契約締結後に取得したAに対する各貸金債権に基づいて、AのXへの本件代金債権の譲渡についてされた本件譲渡通知を対象として、詐害行為による取消しを求める反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。そして、前記事実関係によれば、Xは、Aから本件代金債権の譲渡を受けるとともに、YとZに先立って対抗要件を具備したものであるから、…供託金につき還付請求権を有することの確認を求めるXの本訴請求は、理由があることが明らかである。解説本件では、債権譲渡通知が詐害行為取消権の対象となるかが問題となり、本判決は、債権譲渡通知は債権譲渡行為とは別個の行為であり、単なる対抗要件にすぎないことを理由に否定しました。過去問債務者が自己の第三者に対する債権を譲渡した場合、当該債権譲渡行為自体が詐害行為を構成しないときでも、債務者がこれについてした確定日付のある債権譲渡の通知は、詐害行為取消権の対象としてもよい。 (公務員2012年)× 1. 債務者が自己の第三者に対する債権を譲渡した場合、債務者がこれについてした確定日付のある債権譲渡の通知は、詐害行為取消権の対象となりません(最判平10.6.12)。
ガイダンス債権者代位権とは、債務者が財産権を行使しない場合に、債権者が代わって行使することができる権利をいいます(民法423条1項本文)。債務者の責任財産を保全するための制度ですが、簡易かつ優先的な債権回収手段としても機能します。保険金請求権の代位行使 (最判昭48.11.29)■事件の概要1967(昭和42)年7月、Aは、道路を横断中にYの運転する車に轢かれて死亡した(本件事故)。Yは、Zとの間で被保険者をY、保険金額500万円の自動車対人賠(本件責任保険契約)を締結しており、本件事故は、本件責任保険契約の被保険期間中に発生したものであった。そこで、Aの相続人Xは、(1) Yに対して有する損害賠償請求権を、(2) Zに対して有する保険金請求権を代位行使し、保険金額と同額の500万円の支払を求める訴えを提起した。なお、Xが訴えを提起した当時、Yは、現金・預金等600万円の資産を有し、負債は100万円であった。判例ナビ第1審は、Yに対する請求について300万円の一部認容判決を、Zに対する請求について6,500万円の認容請求を棄却したため、XとYは、控訴しました。控訴審は、(1) Yの訴えについては、原判決を変更して100万円の一部認容判決を、(2) Zの訴えについては、原判決を取り消してXの請求を棄却した。そこで、Xについては上告しました。■裁判所の判断金銭債権を有する者は、債務者の資力がその債権を弁済するについて十分でないときにかぎり、民法423条1項本文により、債務者の有する権利を行使することができるのであるが…、交通事故による損害賠償債権も金銭債権にほかならないから、その債権者が債務者の有する自動車対人賠償責任保険の保険金請求権を代位行使する場合にも、債務者の資力がその債権を弁済するについて十分でないことを要すると解するのが相当であるから、右代位行使をするについて債務者の資力が十分でないことを要しないとする原審の判断は、民法423条1項本文の解釈を誤ったものといわなければならない。解説従来から、判例は、債務者が無資力であることが債権者代位権を行使するための要件であるとしており(最判昭40.10.12)、本件では、交通事故による損害賠償債権を被保全債権として代位権を行使する場合も無資力要件を要するか争われないかが問題となりました。本判決は、交通事故による損害賠償債権も金銭債権にほかならないとの理由で従来からの判例を踏襲しました。なお、現在では、被害者の保険金に対する直接請求が認められているため、債権者代位権を行使する必要性はほとんどありません。過去問交通事故の被害者が、当該交通事故に係る損害賠償請求権を保全するため、加害者の有する自動車対人賠償責任保険の保険金請求権を代位行使する場合には、代位行使の目的である債権の行使により直接弁済の効果をあらかじめ確保されるべきであるので、債務者の資力が債権を弁済するのに十分であっても、債権者代位権を行使できる。 (公務員2012年)× 1. 交通事故による損害賠償債権も金銭債権ですから、債権者の有する自動車対人賠償責任保険の保険金請求権を代位行使するには、債務者の資力が債権を弁済するについて十分でないことが必要です(最判昭48.11.29)。債権者代位権の転用 (最判昭50.3.6)■事件の概要Aは、自己の所有の本件土地をZに売却したが、代金の一部を受領しただけで、残代金の支払期日が到来する前に死亡し、XとYがAを相続した。その後、残代金の支払も移転登記もされないうちにYも死亡した。そこで、Xは、Zに対し、残代金を支払うか所有権移転登記に必要な書類を送付するよう催告した。しかし、Zはこれに応じなかったもの、Yが応じなかったため、移転登記手続をすることができなかったZは、残代金の支払を拒んだ。そこで、Xは、Yの子Zに対する残代金債権を保全するため、ZのYに対する所有権移転登記請求権を代位行使して、Zから相続分に応じた残代金の支払を受けるのと引換えに所有権移転登記を行うことを求めた。また、Zに対しては、Xにこれに引換えて残代金を支払うことを求める訴えを提起した。判例ナビ第1審は、XのYに対する請求をいずれも認容し、Zに対する請求も認容した(Zに対する請求は、X側で確定)。控訴審もXのYに対する請求を認容したため、Yが上告しました。■裁判所の判断被相続人が土地を売却し、買主に対する所有権移転登記義務を負担していた場合に、買主の共同相続人がその義務を相続したときは、買主は、共同相続人の全員が登記義務の履行を提供しないかぎり、代金の支払を拒絶することができるものと解すべきで、したがって、共同相続人の1人が買主に対する債務の履行を拒絶しているときは、買主は、登記の提供をしない他の相続人に対しても代金の支払を拒絶することができるものである。そして、この場合、相続人は、同時履行の抗弁権を失わせて買主に対する自己の代金債権を保全するため、登記義務者の資力の有無を問わず、民法423条1項本文により、登記に応じない買主の有する登記請求権を代位行使することができるものと解するのが相当である。解説債務者の責任財産の保全という本来の制度趣旨以外の目的で債権者代位権を行使することを、債権者代位権の転用といいます。転用が認められるケースは、被保全債権が金銭債権や不動産引渡債権等の特定債権であることも多く、この場合、債権者代位権の無資力要件は不要と解されています。本判決は、被保全債権が金銭債権である場合について、無資力要件を不要とした点に特徴があります。なお、登記・登録請求権を被保全債権とする転用については、平成29年民法改正により明文化されました(423条の7)が、それ以外の転用については、本件のケースも含め、解釈に委ねられています。過去問土地の売主の死亡後、土地の買主に対する所有権移転登記手続を相続した共同相続人の一人が当該義務の履行を拒絶しているため、買主が同時履行の抗弁権を行使して土地の売買代金全額について弁済を拒絶している場合には、他の相続人は、自己の相続した代金債権を保全するため、買主が無資力でなくても、登記手続義務の履行を拒絶している相続人に対し、買主の所有権移転登記請求権を代位行使することができる。 (公務員2013年)○ 1. 共同相続人の1人が所有権移転登記義務の履行を拒絶している場合、買主は、同時履行の抗弁権(民法533条)を行使して他の相続人に対しても代金全額の支払を拒絶することができます。この場合、相続人は、同時履行の抗弁権を失わせて買主に対する自己の代金債権を保全するため、買主の資力の有無を問わず、423条1項本文により、買主に応じない相続人に対する買主の所有権移転登記請求権を代位行使することができます(最判昭50.3.6)。
ガイダンス債務不履行とは、広義では、債務の本旨に従った履行がされていない状態をいい、狭義では、債務の本旨に従った履行がされていない状態について債務者の責めに帰すべき事由(帰責事由)がある場合をいいます。債務不履行の態様には、履行が可能であるにもかかわらずしない場合(履行遅滞)、債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能な場合(履行不能)、一応履行がされたが、それが内容上不完全である場合(不完全履行)があります。損害賠償額の算定時期 (最判昭47.4.20)■事件の概要Xは、Yから賃借していた居住用の建物(本件建物)とその敷地(本件土地)を買い受けた。この契約では、(1) 代金完済と同時に登記を移転すること、(2) 代金を完済するまで従前の賃貸借契約を継続することとされた。しかし、Xは、支払期日までに代金を支払えなかったため、Yと交渉して支払期日を延期してもらうとともに、以後、賃料を支払わない代わりにYに本件土地建物の固定資産税をXが負担することで合意した。その後、Xは、代金を完済したが、資料等の紛失を理由にYに登記の移転に応じてもらえなかった。しかし、Yと応諾して登記に応じなかったため、Xは、Yの催告にもかかわらず移転登記手続に協力せず、Yに固定資産税を支払わせ続けた。そこで、Yは、Xの債務不履行等を理由に契約を解除し、本件建物をAに売却し、登記を移転した。判例ナビXは、Yに対し、移転登記手続の履行不能を理由に損害賠償を請求する訴えを提起しました。第1審は、Xの請求を認容しましたが、Xには転売して利益を得る目的がなかったとして、Xの損害は、Yの所有権移転登記義務が履行不能となった時、すなわち、A名義の所有権移転登記がなされた時の本件土地の価格である、としました。Xは控訴しましたが、控訴を棄却されたため、損害額は、時価である控訴審(事実審)の口頭弁論終結時の価格であるとして、控訴審(事実審)の口頭弁論終結時の価格であると主張して上告しました。■裁判所の判断債務の履行が不能となった場合における損害賠償請求権の額は、履行に代わる賠償(塡補賠償)であるから、履行の請求をしうる状態に至った時における目的物の価額を基準として算定すべきものではなく、債務の履行不能の時における目的物の価額を基準として算定すべきものでもないし、また、右の賠償請求権者がその請求をする時における目的物の価額を基準として算定すべきものでもない。けだし、債務の履行不能の場合における損害賠償請求権の額は、履行に代わる賠償(塡補賠償)であるから、履行の請求をしうる状態に至った時における目的物の価額を基準として算定すべきものではなく、債務の履行不能の時における目的物の価額を基準として算定すべきものでもないし、また、右の賠償請求権者がその請求をする時における目的物の価額を基準として算定すべきものでもない。解説不動産の二重売買において、第2買主が登記を得ると、売主の第1買主に対する移転登記義務は履行不能となり、第1買主は売主に対し損害賠償を請求することができます。本件では、その時点を基準として損害賠償額を算定すべきかが問題となり、本判決は、目的不動産の価格が上がり続けているという状況下で、転売目的がなく、自己使用目的であったも、上がり続けている現在の価格を基準に損害額を算定することを認めました。過去問最高裁判所の判例では、売買の目的物である不動産の価格が、売主の所有権移転義務の履行不能後に騰貴しているという特別の事情があり、かつ、履行不能の時に賠償請求権を請求しているとしても、買主がその特別の事情の存在を知っていたかまたはこれを知りうべかりし場合を除き、履行不能時の価格を基準として算定した損害賠償の請求をすべきとした。 (公務員2015年)× 1. 売主の所有権移転義務が履行不能となった後、目的物である不動産の価格が騰貴を続けているという特別の事情があり、かつ、履行不能の際に、目的物である不動産の騰貴を知っていたかまたはこれを知りうべかりし場合には、買主は、売主に対し、不動産の騰貴した現在の価格を基準として算定した損害賠の請求をすることができます(最判昭47.4.20)。
ガイダンス法律関係の当事者が相手方の生命・身体・健康等に危害が及ばないように配慮すべき義務を安全配慮義務といいます。民法に安全配慮義務を明文で定めた規定はありませんが、判例は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係に付随する信義則上の義務として一般的に認められるとしています。安全配慮義務 (最判昭50.2.25)■事件の概要自衛隊員Aは、自衛隊駐屯地内の車両整備工場で車両整備に従事していたところ、同僚Bの運転する大型自動車にひかれて即死した。Y(国)は、Aの遺族Xに国家公務員災害補償金を支払ったが、その後は、通常の自動車事故における補償金よりもかなり低額であった。そこで、Xは、Yに対し、自動車損害賠償保障法3条に基づいて損害賠償を請求する訴えを提起した。判例ナビ当初、Xは、国家公務員災害補償法以外に国から賠償を受ける方法はな いと知っていたため、自動車損害賠償保障法3条に基づいて訴えを提起した時は、事故から3年以上経過していました。そのため、第1審は、Xが主張する損害賠償請求権は、既に3年の消滅時効(民法724条)にかかっているとして、Xの請求を棄却しました。そこで、Xは、国の人に対する安全配慮義務違反を理由として控訴しましたが、控訴を棄却されたため、上告しました。■裁判所の判断国と国家公務員(以下「公務員」という。)との間における主要な義務として、法は、公務員が職務に専念すべき義務(国家公務員法101条1項前段、自衛隊法60条1項等)並びに法令及び上司の命令に従うべき義務(国家公務員法98条1項、自衛隊法56条、57条等)を負い、国がこれに対応して公務員に対し給与支払義務(国家公務員法62条、防衛庁職員給与法4条以下等)を負うことを定めているが、国の公務員に対する義務は、右の給与支払義務にとどまらず、国は、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解すべきである。もとより、右の安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであるが、自衛隊員であるAが、高所における作業時、防毒、防熱等の装備を必要とする場所における作業時又は各種の武器、弾薬、航空機、艦船、車両等の装備品若しくはこれらの装備品に準ずる器材の操作、点検、整備、補給等の作業時(自衛隊法施行令84条、防衛庁訓令(陸上自衛隊服務規則)30条、陸上自衛隊武器、弾薬、車両及び器材の補給、整備等に関する訓令(昭和33年陸上自衛隊訓令第39号)等)等の場合のように公務員が国との関係において生命、健康等に危害を受けるおそれのある状況の下で勤務する場合には、国が右の義務を負うことは、いかなる意味においても前記の公務員の職務に専念すべき義務等と矛盾するものではなく、むしろ、右のような義務を国に負わせることによってはじめて公務員が安心して職務に精励することができるものというべきであるから、当事者間の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認めらるべきものであって、国と公務員との間においても特別の法律関係に基づいて信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであって、国が公務員に対し安全配慮義務を負うことを認めるのが相当である。もとより、国は、右の安全配慮義務を負う場合においても、いかなる場合にも結果回避義務を負うものではなく、その義務を尽くしてもなお損害の発生を回避しえなかった場合についてまで国にその責任を負わせようとするものではないことはいうまでもない。そして、右の義務が、国の過失による生命、健康等侵害の場合についてのみならず国の債務不履行による生命、健康等侵害の場合についても同様に認められるべきことは、もとより、国の過失によらない不可抗力等による災害の場合についてまで国がその責任を負うものではないことはいうまでもない。解説本判決は、国が公務員に対して安全配慮義務を負うことを初めて認めた最高裁判決です。本判決のきっかけとなって、安全配慮義務は、民間の雇用契約においても認められるようになり、現在では、労働契約法で明文化されています。人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効は、平成29年民法改正前は、不法行為の場合は3年、債務不履行の場合は10年とされていましたため、安全配慮義務違反を理由に債務不履行責任を問う方が被災者には有利とされていました。しかし、平成29年民法改正により、不法行為であっても債務不履行であっても5、6年とされましたため(166条1項1号、167条、724条の2号)、5年間にする両者の差はなくなりました。◆この分野の重要判例安全配慮義務違反による損害賠償債務の遅滞時期 (最判昭56.12.18)債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であり、民法412条3項によりその債務者は債権者から履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものというべきであるから、債務不履行に基づく損害賠is償債務について、当然に、その原因である債務不履行の時から遅滞に陥るものではないと解するのが相当である。もとより、不法行為に基づく損害賠償債務については、その発生と同時に遅滞に陥るものと解するのが相当である(最高裁昭和37年9月4日第二小法廷判決、同39年11月24日第三小法廷判決等参照)。過去問安全配慮義務は私法上の義務であるので、国と国家公務員との間の公務員法上の関係においては、安全配慮義務に基づく責任は認められない。 (行政書士2013年)雇用契約上の安全配慮義務に違反したことを理由とする債務不履行に基づく損害賠償債務は、その原因となった事故の発生した日から直ちに遅滞に陥る。 (司法書士2017年)国が国家公務員に対して負う安全配慮義務に違反し、当該公務員の生命、健康等を侵害し、同人に損害を与えたことを理由として損害賠償を請求する訴訟において、安全配慮義務の内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張・立証する責任は、国家公務員の側が負う。 (公務員2012年)× 1. 判例は、国が国家公務員に対して安全配慮義務を負うことを認めています(最判昭50.2.25)。× 2. 安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償債務は、期限の定めのない債務であり、債権者から履行の請求を受けた時に履行遅滞となります(最判昭56.12.18)。○ 3. 国の負う安全配慮義務の内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張・立証する責任は、国の義務違反を主張する側にあります(最判昭56.2.16)。
ガイダンス譲渡担保は、目的物の所有権を債権者に移転し、債務が弁済されれば債務者に復帰させるという権利移転形式の担保物権です。民法に規定がありませんが、取引界の要請を背景に、判例の積み重ねによって認められた担保物権です。譲渡担保によると、在庫商品のような集合動産や取引上発生・消滅する集合債権のように、民法が規定する他の方法では担保権の設定が難しいものを担保の目的物とすることができます。譲渡担保権者の清算義務 (最判昭46.3.25)■事件の概要1960(昭和35)年2月、XとYは、(1)XがY所有の本件土地を買い受け、その代金は、XのYに対する債権と相殺して決済する、(2)本件土地は、Yが同年12月末までに代金をXに支払えばYに返還されるが、支払わないときは、確定的にXの所有となり、Yは地上にある建物を収去して本件土地をXに引き渡さなければならない、との合意をした。そして、この合意に基づいて、YからXへの売買を原因とする所有権移転登記がなされた。判例ナビYがXに代金を支払わないまま1960(昭和35)年12月末日を過ぎたので、Xは、Yに対して、建物を収去して本件土地を明け渡すことを求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を認容したため、Yが上告しました。■裁判所の判断集合債権を目的とするいわゆる譲渡担保の目的とされた債権が、弁済のために第三債務者から取り立てられた場合において、右取立金が被担保債権の額を超えるときは、譲渡担保権者は、右超過額を譲渡担保設定者に返還すべき義務を負うものと解するのが相当である。そして、この理は、被担保債権の弁済に窮した場合において、右超過額を譲渡担保権設定者に返還すべき清算義務を負うものと解するのが相当である。解説弁済期が到来しても被担保債権が弁済されない場合、債権者は、目的物を換価処分し、それによって得た金銭を被担保債権の弁済に充当することができます。換価処分の方法には、譲渡担保権者が目的物をその評価額を清算金として債務者に返還する旨の清算(帰属清算型)と目的物を売却してその代金から債権の満足を得る処分清算型があります。本判決は、帰属清算型の場合について、清算義務を肯定するとともに、清算義務の履行(清算金の支払)と目的物の引渡しが引き換えになされるべきであることを明らかにしました。◆この分野の重要判例不動産譲渡担保の実行 (最判平6.2.22)不動産を目的とする譲渡担保契約において、債務者が弁済期に債務の弁済をしない場合には、債権者は、右譲渡担保契約がいわゆる帰属清算型であると処分清算型であるとを問わず、目的物を処分する権限を取得するから、債務者がこの権限に基づいて目的物を第三者に譲渡したときは、第三者は、請求人は目的物の所有権を確定的に取得し、債権者は、清算金がある場合に債務者に対してその清算金を支払うべき義務を負うにとどまり、残債務を弁済して目的物を譲り受けることはできなくなるものと解するのが相当である…。この理は、譲渡を受けた第三者がいわゆる背信的悪意者に当たる場合であっても異なることはない。けだし、そのような場合に、債務者が弁済期に債務の弁済をしない場合には、債権者は、清算金がある場合に債務者に対してその清算金を支払うべき義務を負うにとどまり、残債務を弁済して目的物を譲り受けることはできなくなるものと解するのが相当である。解説帰属清算型、処分清算型のいずれの譲渡担保においても、目的物の価額が被担保債権額を上回るときは、担保権者は、その差額を設定者に返還する義務(清算義務)を負います(最判昭46.3.25)。また、債務者は、弁済期到来後も一定期間は弁済して目的物を受け戻すことができ、これを受戻権といいます。本判決は、譲渡担保権者が受戻権の行使を阻止するために目的物を第三者に譲渡した場合には、帰属清算型、処分清算型のいずれであっても、また、譲受人が背信的悪意者であっても、受戻権は消滅するとの厳しい判断を下しました。過去問譲渡担保権者には、譲渡担保を実行する際に目的物の価額が被担保債権額を上回ればその差額を譲渡担保権設定者に支払う清算義務があるが、譲渡担保権者による精算金の支払と譲渡担保権設定者による目的物の引渡しは、特段の事情のある場合を除き、同時履行の関係に立つとするのが判例である。 (公務員2022年)不動産に処分清算型の譲渡担保権を設定した債務者が弁済期に債務の弁済をせず、その後譲渡担保権者が目的不動産を第三者に譲渡した場合において、その第三者が背信的悪意者であったときは、その第三者は、目的不動産の所有権を取得しない。 (司法書士2020年)○ 1. 譲渡担保権者による精算金の支払と譲渡担保権設定者による目的物の引渡しとは、特段の事情のある場合を除き、同時履行の関係に立ちます(最判昭46.3.25)。× 2. 不動産に処分清算型の譲渡担保権を設定した債務者が弁済期に債務の弁済をせず、その後譲渡担保権者が目的不動産を第三者に譲渡した場合、その第三者が背信的悪意者であっても、債務者は、受戻権を行使することができません(最判平6.2.22)。したがって、第三者は、目的不動産の所有権を取得します。
ガイダンス民法388条は、「土地又は建物につき抵当権が設定され、その実行により所有者を異にするに至ったときは、その建物について、地上権が設定されたものとみなす」と規定しており、本条によって成立する地上権を法定地上権といいます。これは、抵当権の実行によって敷地利用権を失い、建物を取り壊さなくてはならないという社会的経済的損失を防止するための制度です。1番抵当権設定時に土地建物の所有者が異なる場合① (最判平2.1.22)■事件の概要本件土地は、もとAの所有であり、その地上にはAの子Bが甲建物を建築して所有していたが、CのDに対する債権を担保するため、本件土地および甲建物を共同担保の目的として第1順位の抵当権が設定され、その旨の登記を経由した。その後、Aが死亡したことにより本件土地を相続したDは、甲建物を取り壊して乙建物を建築した後、本件土地に2番抵当権を設定し、その旨の登記を経由した。他方、Xは、1番抵当権の実行により本件土地を競落しその所有権を取得したが、競売手続中に乙建物が焼失したため、Bは、本件土地をYに賃貸し、Yは、丙建物を建築して本件土地を占有している。そこで、Xは、Yに対し、丙建物を収去して本件土地を明け渡すよう求めた。判例ナビ第1審が法定地上権の成立を否定してXの請求を棄却したのに対し、控訴審は法定地上権の成立を認めてXの請求を認容したため、Yが上告しました。このように、本件は法定地上権の成否がポイントとなりますが、事実がやや複雑であるため、問題点が分かりにくいと思います。そこで、時間の流れに沿って、土地の所有者と建物の所有者が誰であるかを図示すると、次のようになります。この図から、「土地に1番抵当権を設定した時には土地と建物の所有者が異なっていたが、2番抵当権を設定した時には同一所有者である場合において、1番抵当権が実行されたときは、法定地上権が成立するか」が問題であることが分かると思います。■裁判所の判断土地について抵当権が設定された当時と土地と建物の所有権が異なり、法定地上権成立の要件が充足されていなかった場合には、土地と建物を同一人が所有するに至った後に後順位抵当権が設定されたとしても、その後に抵当権が実行され、土地が競落されたことにより法定地上権が当然に成立するときには、地上建物のためには法定地上権ないしこれと解するのが相当である。けだし、民法388条は、同一人の所有に属する土地及びその地上建物のいずれか又は双方に設定された抵当権が実行され、土地と建物の所有者を異にするに至った場合、土地について建物利用のため、土地の維持が続かなくなることによる社会的経済上の損失を防止するため、地上建物がないものと解するのが相当である。土地と建物の所有者を異にするに至った当時、地上建物について法定地上権の成立要件が充足されていた場合には、1番抵当権者は、法定地上権の負担のないものとして、土地の担保価値を把握するのであるから、後に土地と建物の所有者が同一人に帰属し、後順位抵当権が設定されたことによって法定地上権が成立するとすると、1番抵当権者が把握した担保価値を損なわせることになるからである。解説本件の場合、法定地上権が成立するとすると土地を譲り受けるかと言えば、それは抵当権を実行した1番抵当権者です。抵当権設定当時、土地と建物の所有者が異なっているので、1番抵当権者としては、将来、抵当権を実行しても法定地上権の負担がないものとして、その担保価値を高く評価しているからです。そこで、本判決は、法定地上権の成立を認めた控訴審判決を破棄しました。◆この分野の重要判例1番抵当権設定時に土地建物の所有者が異なる場合② (最判平19.7.6)土地を目的とする1番抵当権の設定後、2番抵当権の設定までの間に乙建物の所有者により土地と建物の所有者が同一に帰属した場合であっても、2番抵当権が設定された当時土地と建物の所有者が同一である場合には、1番抵当権が実行されたときは、法定地上権が成立すると解するのが相当である。共同抵当権の再築 (最判平9.2.14)■事件の概要Yは、Aに対する金銭債権を担保するため、自己が所有する土地(本件土地)と地上建物(旧建物)に共同根抵当権(本件根抵当権)を設定し、その旨の登記を了した。その後、Yは、Aの同意を得て旧建物をとりこわして、Aは、本件土地を更地として評価して被担保債権の額を増額した。1992(平成4)年9月、Aは、本件根抵当権について本件土地の極度額を甲とし、本件根抵当権の登記がされたが、本件根抵当権と被担保債務を、AからXに譲渡され、Xがその旨の登記を承継した。他方、本件土地は、YからZに贈与され、YからZに所有権移転登記がされた。(平成4)年9月、Zは、本件土地に新築建物を建築した。2003(平成15)年の民法の改正(民法395条)のただし書により、短期賃貸借が抵当権者に損害を及ぼすときは、裁判所は、抵当権者の請求により解除を命ずることができる旨規定していた。そこで、Xは、YZに対し、改正前民法395条ただし書に基づいて本件短期賃貸借の解除請求をした。過去問Aが所有する土地1番抵当権が設定・登記された当時、当該土地の建物をBが所有していた場合には、その後、Aが当該建物をBから譲り受け、当該土地と後順位抵当権が設定・登記されたとしても、1番抵当権が実行され、当該土地が競落されたときは、法定地上権は成立しない。 (公務員2019年)土地と地上建物の所有者が同一である場合に、土地と地上建物の双方に共同して抵当権が設定された後に、その建物が取り壊されて土地上に新たな建物が築造され、抵当権の実行により土地と建物の所有者が異なるに至ったときは、法定地上権は成立しない。 (司法書士2022年)○ 1. 土地について1番抵当権が設定された当時と土地と建物の所有者が異なり、法定地上権成立の要件が充足されていなかった場合には、土地と建物を同一人が所有するに至った後に後順位抵当権が設定されたとしても、その後に1番抵当権が実行され、土地が競落されたことにより1番抵当権が消滅するときには、地上建物について法定地上権は成立しません(最判平21.2.2)。○ 2. 甲抵当権消滅後の乙抵当権実行により土地の法定地上権を認めても、乙抵当権者に不測の損害を与えることはありません。また、甲抵当権は消滅しているので、法定地上権の成立を判断するに甲抵当権者の利益を考慮する必要もありません。したがって、法定地上権が成立します(最判平19.7.6)。解説本件は、土地建物の所有者が、土地への1番抵当権(判決文では甲抵当権)設定当時は別人、2番抵当権(判決文では乙抵当権)設定当時は同一人の場合において、1番抵当権消滅後に2番抵当権が実行されたという事案です。本判決が法定地上権の成立を肯定したのは、最後(2番抵当権実行前)に、1番抵当権の消滅により、消滅前にすでに設定契約の特約により消滅しており、法定地上権の成立を認めても、不測の損害を被る者がいなかったからです。判例ナビ第1審が解除請求を認めたため、YZは控訴した。新たに「本件は、本件土地上の新建物のために法定地上権が成立する場合であるから、Xが認識している本件土地の担保価値は、本件土地の価格そのものではなく、当該建物のために法定地上権の負担を考慮した価格である」と主張し引いたものです。乙抵当権者は、本件短期賃貸借はXに損害を及ぼすものではないと主張しました。控訴審は、この主張を退けてYZの控訴を棄却したため、YZが上告しました。■裁判所の判断土地及び地上建物に共同抵当権を設定した後、右建物が取り壊され、右土地上に新たに建物が建築された場合には、新築建物の所有者が土地の所有者と同一であり、かつ、新築建物が建築された時点での土地の抵当権者が新築建物の建築に同意し、新築建物のために法定地上権の成立を認める旨の合意が客観的に存在し、建物を取り壊されたときは法定地上権の成立を認める旨の合意が客観的に存在し、新築建物のために法定地上権を認めるのが、抵当権設定当事者の合理的意思に合致するとして、抵当権者は、土地の担保価値を把握しておらず、抵当権者は、土地の担保価値を把握していることを前提に、不測の損害を被る結果になることになって、不測の損害を被る結果になる。解説本件では、土地と地上建物(旧建物)に共同抵当権が設定され、旧建物が取り壊されて新建物が建築された場合に、新建物について法定地上権が成立するかどうかが問題となりました。本判決は、抵当権者が建物全体の担保価値を把握している(全体価値説)ことに配慮し、新建物が建築された場合には、「新築建物の所有者が土地の所有者と同一であり、かつ、新築建物の建築された時点での土地の抵当権者が新築建物のために法定地上権の成立を認める旨の合意」等、法定地上権の成立を認めるための特別な事情がない限り、法定地上権の成立を認めないものとして、抵当権者の利益を保護することを優先しました。◆この分野の重要判例更地と法定地上権 (最判昭36.2.10)民法388条により法定地上権が成立するためには、抵当権設定当時において地上に建物が存在することを要するのであって、抵当権設定当時土地を更地とした場合は原則として同条の適用がないものと解するを相当とする。然るに本件建物は本件土地に対する抵当権実行手続完了して競落人があった当時、昭和25年頃から建築中であり、昭和26年5月頃までは未だ完成しなかったことは原審認定のところであり、また土地所有者が本件建物の築造を予め承認していた事実はあっても、原判決説示のごとく長年本件土地を更地として評価して設定されたことが明らかであるから、民法388条の適用を認むべきではなく、この点に関する原審の判断は正当である。過去問所有者が土地および地上建物に共同抵当権を設定した後、当該建物が取り壊され、その土地上に新たな建物が建築された場合には、新築建物の所有者が土地の所有者と同一であり、かつ、新築建物の建築された時点での土地の抵当権者が新築建物のために法定地上権の成立を認める旨の合意があるという特段の事情のない限り、新築建物のために法定地上権は成立しない。(公務員2016年)共有する甲土地上にBが乙建物を建築して所有権を登記していたところ、AがBから乙建物を買い取り、その後、Aが甲土地に設定した抵当権の実行により乙建物と甲土地の所有者が異なるに至ったとしても、甲土地に設定された抵当権が実行されたとしても、甲土地に法定地上権は成立しない。(宅建士2018年)○ 1. 土地と建物に共同抵当権が設定された場合、抵当権者は土地・建物全体の担保価値を把握しているのであり、土地・建物が取り壊されて新たに建物が建築された場合には、本件にあるような特段の事情がない限り、新築建物のために法定地上権は成立しません(最判平9.2.14)。○ 2. 更地に抵当権を設定した後、その後に建物を建築しても、法定地上権は成立しません(最判昭36.2.10)。土地建物ともに共有の場合と法定地上権 (最判平6.12.20)■事件の概要Aは、1980(昭和55)年2月、その所有する土地(本件土地)をYとその妻のZに贈与したが、1983(昭和58)年12月、Yとその妻は、本件土地にYを債務者としてBのための抵当権を設定し、その旨の登記をした。一方、Aが所有する本件土地上の建物(本件建物)は、1981(昭和56)年1月にAが死亡したことにより、Yを含むAの子9名が相続した。なお、Aは、もともと本件建物をYに贈与する意向であったが、土地については、Yに単独で贈与税を支払う資力がないことから、Yとその妻Zに贈与した。建物については、Yが失業して失職して債務者から差押えを受けるおそれがあったことから、Aの所有名義のままにしてあった。本件土地は、1985(昭和60)年12月、Bの申立てにより、抵当権に基づく競売手続が開始され、Xが買い受けてその所有権を取得した。判例ナビXは、Yを含む建物共有者に対し建物収去土地明渡しを求めて訴えを提起しました。第1審は、Xの請求を認容しましたが、控訴審は、本件土地の共有者全員について法定地上権が成立するとして、Xの請求を棄却しました。そこで、Xが上告しました。■裁判所の判断共有者は、各自、共有物について所有権と性質を同じくする独立の持分を有しているのであり、かつ、共有地全体に対する地上権負担は共有者の全員となるのであるから、土地共有者の一人だけについて民法388条本文により地上権を設定したものとみなすべき事由が生じたとしても、他の共有者らがその持分につき土地に対する使用収益権を事実上放棄し、右土地共有者の持分のためにのみ土地の利用を認めることを承認したことが分かるときには、土地と建物の所有者が異なるに至ったときに土地の利用関係の調整を図る趣旨からすれば、土地共有者らが共有地について認定される場合でなければ、土地共有者が各自の持分について原判示のように認定するに当たっては、本件土地の共有者らは、共同して、本件土地の各持分についてBと抵当権を設定しているのであり、土地共有者の持分を併せて考えられるので、同条は、土地共有者の共有持分権は考慮されるべきであるから、土地共有者の共有関係が複雑になり、土地共有者の人間関係が損なわれるおそれがある。しかも、土地共有者の間では、抵当権の実行によって建物所有者が取得する法定地上権の存続期間が明らかにされず、第三者にはうかがい知ることのできないものであるから、法定地上権設定の有無を判断することができず、土地の担保価値を著しく害するおそれがある。そうすると、土地共有者の持分についてのみ法定地上権の成立を認めることはできない。そうすると、土地共有者の客観的事情によって法定地上権の成立を認めることは相当ではない。そうすると、土地共有者のうちの一部の者であるYが抵当権設定当時において本件建物の共有持分のみを所有していたにすぎない本件においては、土地共有者のうちの1名であるYほか本件土地の共有者が法定地上権の発生をあらかじめ容認していたことをみることはできない。◆建物の共有と法定地上権 (最判昭46.12.21)建物の共有者の一人がその建物の敷地たる土地を単独で所有する場合においては、同人は、自己のみならず他の建物共有者のためにも右土地の利用を認めているものというべきであるから、同人から右土地に抵当権を設定して、この抵当権の実行により、第三者が右土地を競落したときは、民法388条の趣旨により、抵当権設定当時に同人が土地および建物を単独で所有していた場合と同様、右土地に法定地上権が成立するものと解するのが相当である。解説本件では、土地建物がともに共有に属し、共有者の1人について民法388条本文の要件が満たされている場合、法定地上権が成立するかどうかが問題となりました。本判決は、原則として法定地上権の成立を否定し、ただ、他の共有者が法定地上権の発生をあらかじめ容認していたとみることができるような特段の事情がある場合に限って法定地上権が成立するとしました。そして、「特段の事情」の存在は、客観的かつ明確に外部に公示されるものでなければならないとしました。過去問建物の共有者の1人がその敷地を単独で所有する場合において、当該土地に設定された抵当権が実行され、第三者がこれを競落したときは、当該土地につき、建物共有者全員のために、法定地上権が成立する。 (公務員2016年)AとBが共有する土地の上のAが所有する建物が存在する場合において、Aが当該土地の自己の共有持分に抵当権を設定・登記し、これが実行されて当該土地がCに競落されたときは、Bの意思にかかわらず、法定地上権が成立する。 (公務員2019年)○ 1. 建物の共有者の1人がその建物の敷地を単独で所有する場合、その共有者は、自己のみならず他の建物共有者のためにも土地の利用を認めていると考えられるので、土地に設定された抵当権が実行され、第三者が競落したときは、当該土地につき、建物共有者全員のために、法定地上権が成立します(最判昭46.12.21)。× 2. 本問の場合、Bの意思いかんにかかわらずBの共有持分が無視される理由はありません。したがって、法定地上権は成立しません(最判昭29.12.23)。