弁護士の法律知識
ホーム 弁護士の法律知識

国会

公開:2025/10/21

ガイダンス国会は、国権の最高機関であるとともに、国の唯一の立法機関です (憲法41条)。 国の唯一の立法機関であるとは、国の立法は、原則として、国会をまって行わなくてはならないこと (国会中心立法の原則)、国の立法は、原則として、国会の議決のみで成立すること (国会単独立法の原則) を意味します。在宅投票制度廃止事件 (最判昭60.11.21)■事件の概要公職選挙法は、歩行が著しく困難なため投票所に行けない選挙人のために在宅投票制度を定めていたが、制度を悪用する者が後を絶たないため、法改正を行って同制度を廃止し、その後、同制度を設ける法改正をしてしないできた。 そこで、歩行が著しく困難なため投票所に行けない選挙人Xは、国会が在宅投票制度を廃止し、その後、同制度を設ける法改正をしないことは、選挙権の行使を妨げるものであり、憲法13条、15条1項・3項、14条、44条、47条に違反する違法な公権力の行使であるとして国家賠償を求める訴えを提起した。判例ナビ立法の合憲性が問題となるのは、国会が制定した法律についてであるのが通常です。 しかし、本件の場合は、国会は、Xの選挙権行使を妨げる法律を積極的に制定したわけではありません。 Xが選挙権を行使することができるような立法をしなかったという不作為が争点になった事件です。 そこで、立法をしないという不作為が違法審査の対象となるかどうかが問題となりました。 第1審はXの請求を一部認容しましたが、控訴審はXの請求を棄却したため、Xが上告しました。■裁判所の判断1 国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。 したがって、国会議員の立法行為 (立法不作為を含む。以下同じ。) が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が、国民が選挙した代表者として、国民全体の利益のために、あるいは、その属する議院の意思に沿うべく、その権限を行使すべきものとする国会議員の職務の性質を踏まえ、これを十分考慮して判断されなければならない。もとより、国会議員の立法行為は、これによって、直ちに個別の国民の具体的な権利を違法に侵害することが通常はなく、また、国会議員が立法に関して国民全体に対して負う政治的責任とは別に、個々の国民の権利との関係で法的義務を負うものではないから、国会議員の立法行為が、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法と評価されることはないのが原則である。しかし、国会議員が立法行為をすることが、個別の国民との間で、その具体的な権利を保護すべき職務上の法的義務に違反する場合もあり得る。国会が開会されているか否か、あるいは審議、採決が行われたか否かにかかわらず、法律の制定、改廃といった立法府の権限の不行使が、憲法の規定に明白に違反すると認められるにもかかわらず、正当な理由なく長期間にわたってこれを行わない場合には、例外的に、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法と評価されることがあるというべきである。2 これを本件についてみるに、...憲法は在宅投票制度の設置を積極的に命ずる明文の規定をおいていない。かえって、その47条は「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。」と規定しているのであって、これが投票の方法その他選挙に関する事項の具体的決定を原則として立法府である国会の裁量的権限に任せる趣旨であることは、当裁判所の判例とするところである。そうすると、在宅投票制度を廃止した後の選挙の際にこれを復活しなかった立法不作為につき、これが何人かの具体的権利を侵害するものとして違法となるか否かは、結局、本件立法不作為が憲法15条1項の適用の問題として、国会の立法裁量の範囲を逸脱するものではないかという点に帰着する。解説憲法一定の立法をすべきことが国会に義務付けられているにもかかわらず、立法がなされていないことを立法不作為といいます。 本件では、国家賠償法1条1項の違法性有無の問題を通じて、立法不作為が違憲と判断されるには、どのような要件を満たす必要があるかが問題となりました。 本判決は、「国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けない」と述べていますから、裏を返せば、立法不作為が違憲となる可能性は、ほとんどないことになります。 なお、Xの上告は棄却されました。過去問1 国会議員の立法行為が国家賠償法上違法の評価を受けるか否かという問題は、当該立法の当否が、憲法の規定に違反するか否かという憲法の解釈の問題と、当該立法行為が、国会議員の職務上の法的義務に違反するか否かという国家賠償法上の問題とを、区別して判断されるべきである。すなわち、立法の内容が憲法の規定に違反するとしても、それゆえに直ちに、国家賠償法上も違法であると評価されるわけではない (公務員2007年)。1 ○ 判例は、国会議員の立法行為が国家賠償法上違法の評価を受けるか否かという問題と当該立法の合憲性の問題とを区別し、立法の内容が違憲であっても、国会議員の立法行為が直ちに違法と評価されるものではないとしています (最判昭60.11.21)。国会議員の免責特権 (最判平9.9.9)■事件の概要衆議院議員Aは、医療法の一部改正に伴う法案の審議に際し、実在する分類病院を取り上げ、B病院長は医師を常駐し女性患者にハレンチな行為をしたが、現在の行政の下ではこのような医師をチェックすることができないのではないか、などと発言をした。 この発言は、患者の人権擁護の見地から問題のある病院に対する十分な監督を求める趣旨であったが、発言の翌日、Bは自殺した。判例ナビBの妻Xは、Aの発言によってBの名誉が毀損され、Bは自殺に追い込まれたとして、Y (国) に対して国家賠償法1条に基づく損害賠償を、Aに対して民法709条、710条に基づく損害賠償を求める訴訟を提起しました。 第1審は、XのAに対する請求もYに対する請求も棄却し、控訴審もその控訴を棄却したため、Xが上告しました。■裁判所の判断1 本件発言は、国会議員であるAによって、国会内の質疑の場においてされたものであることが明らかである。 そうすると、仮に本件発言がAの故意又は過失による違法な行為であるとしても、Yが賠償責任を負うのは国家賠償法1条1項の規定によるものであるとしても、その責任をAに問うことができるかどうかは、本件発言が憲法51条に規定する「議院で行つた演説、討論又は表決」に該当するかどうかの論点を検討するまでもなく、XのAに対する本訴請求は理由がない。2 国会又は国会議員が国民に対し同項の適用上違法となるかどうかは、その発言が国会議員としての個別国民に対して負う職務上の法的義務に違反したかどうかの問題である。3 国会議員は、立法に関しては、原則として、国会全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではなく、国会議員が立法行為を行うことは、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法1条1項の規定の適用上違法の評価は受けないというべきであるが...。この理は、独立した行為が国会議員の質疑等の事実行為一般にも妥当するものである。これに対して、国会議員が、立法、条約の承認、財産の監督等の審議や国政に関する調査の過程で行う質疑、演説、討論等 (以下「質疑等」という。) は、多数決原理により国家意思を形成する行為そのものではなく、国家意思の形成に向けられた行為である。 もとより、国家意思の形成の過程には国民の間に存する多元的な意見及びその対立が反映されるべきであるから、どのような質疑等においても、質疑等は社会に生起する広範な問題が取り上げられることになり、中には法的秩序の枠内にある行為もあれば、枠外の行為もある。したがって、質疑等の内容が国民の個別の権利等に直接かかわることを起こし得る。4 これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、本件発言が法律案の審議について国会議員の職務に関係するものであったことは明らかであり、また、Aが本件発言をすることがAに違法又は不当な目的があったとは認められず、本件発言の内容が虚偽であることを知らされてした等の事実の認否判断は、原判決の証拠関係に照らしても首肯することができる。 したがって、Yの国家賠償法上の責任を否定した原審の判断は、正当として是認することができる。解説本件では、「国会議員の発言が国家賠償法上違法と評価されるかどうか」が問題となりました。 本判決は、「職務とかかわりなく違法・不当な目的をもって」事実を摘示した場合や「虚偽であることを知りながらあえて」事実を摘示した場合等極めて限定された場面で違法と評価される場合があることを認めましたが、Aの発言は、これらの場合に当たらないとしました。過去問1 国会議員が国会での法律案の審議の際に、職務とはかかわりなく不当な目的をもって事実を摘示し個別の国民の信用を低下させたといても、当該国会議員は院外で民事賠償責任を問われることはなく、当該国会議員の質疑について国が損害賠償責任を負うこともない。 (司法書士2022年)2 国会議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で民事・刑事上の責任を問われないという免責特権を有するのであり、国会議員の議院内での発言について、国が国家賠償法第1条に基づく賠償責任を負うことはないとするのが判例である。 (公務員2020年)1 × 判例は、国会議員が、その職務とはかかわりなく違法または不当な目的をもって事実を摘示し、あるいは、虚偽であることを知りながらあえてその事実を摘示するなど、国会議員が付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情がある場合には、国が国家賠償法第1条に基づく賠償責任を負うことを認めています (最判平9.9.9)。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

参政権

公開:2025/10/21

ガイダンス参政権は、主権者である国民が、直接又は間接的に国政に参加する権利をいい、選挙権、被選挙権、憲法改正における国民投票権等がこれに当たります。憲法は、参政権が国民主権を具現するために不可欠な権利であることから、15条1項に「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と規定しています。衆議院議員定数不均等訴訟 (最大判昭51.4.14)■事件の概要1972 (昭和47) 年12月に実施された衆議院議員選挙1区の選挙人Xは、千葉県選挙管理委員会を被告として選挙無効の訴え (公職選挙法204条) を提起した。第1審である東京高等裁判所 (選挙無効の訴えの第1審は高等裁判所と定められている) がXの請求を棄却したため、Xは、最高裁判所に上告した。判例ナビXの主張は、本件選挙は公職選挙法が定める議員定数配分規定に従って実施されたが、議員1人当たりの有権者数の較差 (いわゆる 「1票の格差」)が最大で約1対5となっており、これは、なんらの合理的根拠に基づかないで、住所 (選挙区) のいかんにより一部の国民を不平等に取り扱うものであるから、憲法14条に違反し、このような規定に基づいて実施された本件選挙は無効であるというものです。■裁判所の判断1 憲法は、14条1項において、すべて国民は法の下に平等であると定め、一般的に平等の原理を宣明するとともに、政治の領域におけるその適用として、選挙権について15条1項、3項、43条1項等の規定を設けている。これらの規定を連続し、かつ、右15条1項等の規定が選挙権の平等の原理の憲法中央の反映の発現であることを考慮するときは、憲法14条1項に定める法の下の平等は、選挙権に関しては、国民はすべて政治的価値において平等であるべきであるとする徹底した平等をも含意するものであり、右15条1項等の各規定の文面上単に選挙人資格における差別の禁止が定められているにすぎないけれども、単にそれだけにとどまらず、選挙権の内容、すなわち各選挙人の投票の価値の平等をも、憲法の要求するところであると解するのが、相当である。2 しかしながら、右の投票価値の平等は、各投票が選挙の結果に及ぼす影響力が数学的に完全に同一であることを要求するものであると解することはできない。けだし、投票価値は、選挙制度の仕組みと密接に関連し、その仕組みのいかんにより、結果的に右のような価値の平等に何程かの差異を生ずることがあるのを免れないからである。…憲法は、前記投票価値の平等についても、これをそれらの選挙制度の決定について国会が考慮すべき唯一絶対の基準としているわけではなく、国会は、衆議院及び参議院それぞれについて他にしかるべく考慮することのできる事項を考慮して、公正かつ効果的な代表という目標を実現するために適切な選挙制度を具体的に決定することができるのであり、投票価値の平等は、一応原則として、国会が正当に考慮することのできる他の諸般の目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない。3 衆議院議員の選挙における選挙区割と議員定数の配分の決定には、極めて多種多様で、複雑微妙な具体的、政治的技術的考慮要素が含まれており、それらの諸要素のそれぞれをどの程度考慮に入れ、これらを具体的にどこまで反映させることができるかについては、もとより厳密に一定された客観的な基準が存在するわけのものではないから、結局は、国会の具体的決定にたよるところがその裁量権の合理的な行使として是認されうるかどうかによって決するほかはなく、しかも事の性質上、その判断にあたっては他に類をみることなく、特に慎重な態度が要請される。しかし、限られた簡素な観点からするやすくその決定の適否を判断することができないことは、いうまでもない。しかしながら、このような見地に立つて考えても、具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の投票の価値の不平等は、国会において通常考慮しうる諸般の要素を斟酌し尽くしてもなお、一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達しているときは、もはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推認せざるをえないのであり、このような不平等を正当化すべき特段の理由が示されない限り、憲法違反と判断するほかはないというべきである。4 本件衆議院議員選挙当時ににおいては、各選挙区の議員1人あたりの選挙人数を全国平均のそれとの偏差は、下限において47・30パーセント、上限において98・9パーセントとなり、その開差は、約5対1の割合に達していた、というのである。…右の開きが各選挙人の投票価値の不平等は、……一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達しているばかりでなく、これを更に超えるに至っているものというほかはなく、これを正当化すべき特段の理由をここにも見出すことができない以上、本件議員定数配分規定の下における各選挙区議員定数と人口数との比率の偏差は、右選挙当時には、憲法の選挙権の平等の要求に反する状態になっていたものといわなければならない。5 しかるに、…人口の移動が不断に生じ、したがって選挙区における人口と議員定数との比率も絶えず変動するのに対し、選挙区画と議員定数の配分を頻繁に変更することは、必ずしも実際的でなく、また、相当でないことを考えると、右事情によって具体的な比率の均衡が選挙権の平等の要求に反する程度になったとしても、これによって直ちに当該議員定数配分規定を憲法違反とするのではなく、人口の変動の実態をも考慮して合理的期間内における是正が憲法上要求されていると考えられるのにこれが行われない場合に極めて変則と解せられるべきものとなるに至ったものというべきである。この見地に立って本件議員定数配分規定をみると、…憲法の要求するところに合致しない状態になっていたにもかかわらず、憲法上要求される合理的期間内における是正がなされなかったものと認めざるをえない。それ故、本件議員定数配分規定は、本件選挙当時、憲法の選挙権の平等の要求に違反し、違憲とされるべきものであったというべきである。そして、選挙区割と議員定数の配分は、議員総数と関連させながら、前述のような微妙、複雑な考慮の下で決定されるのであって、一部のこのようにして決定されたものは、一定の議員総数の選挙区への配分として、相互に有機的に関連し、一部における変動は他の部分にも変動の影響を及ぼすべき性質を有するものと認められ、その故に右規定は、その可分的な部分が憲法違反であるのみならず、右規定は選挙区としての全体を通ずる平等をおびている部分のみでなく、全体として違憲の瑕疵を帯びるものと解すべきである。5 右のように、本件議員定数配分規定は、本件選挙当時においては全体として違憲とされるべきものであったが、しかし、これによって本件選挙の効力がいかなる影響を受けるかについて は、更に別途の考察が必要である。…本件選挙が違法に、議員定数配分規定を無効とする判決をしても、これによって直ちに選挙の状態が是正されるわけではなく、かえって憲法の期待するところに必ずしも適合しない結果を生ずることは、さきに述べたとおりである。これらの事情等を考慮するときは、本件においては、前記の法理にしたがい、本件選挙は憲法に違反する議員定数配-分規定に基づいて行われた点において違法である旨を判示するにとどめ、選挙自体はこれを無効としないこととするのが、相当であり、そしてまた、このような結論を判決主文で、選挙を無効とする旨の判決を求める請求を棄却するとともに、当該選挙が違法である旨を主文で宣言するのが、相当である。解説近年、国政選挙が行われるたびに 「1票の格差」 を問題とする選挙無効の訴えが提起されていますが、本判決は、その先駆的役割を果たした判決です。本判決が示した重要な判断は多々ありますが、中でも、①憲法が選挙人の投票の価値の平等を要求していることを明示したこと、②本件議員定数配分規定は、投票価値の不平等を 生じさせている部分だけでなく、全体として違憲であること、③議員定数配分規定は、憲法違反といえる投票価値の不平を生じさせていれば直ちに違憲となるのではなく、合理的 な期間内に是正されなかった場合に違憲となること、 ④違憲な議員定数配分規定に基 づいて行われた選挙自体は有効とした、したがって、本件選挙は違法であることを宣言するが、判決主文で当該選挙が違法であることの宣言をすることに留める判決 (請求自体は棄却するもので、「事情判決の法理」 と呼ばれています) 等が特に重要です。違憲議員定数配分規定は、その性質上不可分一体をなすものと解すべきであり、憲法に違反する不平等を生ぜしめている部分のみならず、全体として違憲の瑕疵を帯びるものと解することができる。(行政書士平2014年)過去問1 〇 判例は、選挙区割及び議員定数の配分は、相互に有機的に関連し、不可分一体をなすとの理由から、議員定数配分規定は、単に憲法に違反する不平等を招いている部分だけでなく、全体として違憲の瑕疵を帯びるともしています (最大判昭51.4.14)。政見放送の削除 (判平24.1.17)■事件の概要参議院議員選挙の候補者Xは、Yテレビ局 (NHK) において、公職選挙法150条に基づく政見放送の録画を行ったが、Yは、その政見放送の中に身体障害者に対する差別的発言があるとして、自治体の判断 (処分) に照会し、当該部分を削除して放送できない旨の回答を得た上で、その部分を削除して放送した。Xは、本件削除は政見をそのまま放送される権利を侵害する不法行為に当たると主張して、Yを被告として、損害賠償を求める訴えを提起した。 第1審、第2審は、Xの請求を一部認容したが、控訴審は、第1審判決を取り消してXの請求を棄却したため、Xが上告した。■裁判所の判断本件削除部分は、多くの視聴者が注目するテレビジョン放送において、その使用が社会的に許容されないことが広く認識されていた身体障害者に対する侮辱的かつ差別的表現であるいわゆる差別用語を含んでいたもので、他人の名誉を傷つけ善良な風俗を害する等政見放送としての品位を損なう言動を禁止した公職選挙法の規定に違反するとして、右規定に違反する言動がそのまま放送される利益は法的に保護された利益とはいえず、右言動がそのまま放送されなかったとしても、不法行為法上、法的利益の侵害があったとはいえないと解すべきである。解説YがXの発言の一部を削除して放送したことが不法行為に当たるかどうかについて、X は、「政見をそのまま放送される権利」 が侵害されたと主張し、公選法150条1項後段違反を問題としました。 しかし、本判決は、この点には触れず、Xの差別的発言が公選法150条の2が禁止する 「政見放送としての品位を損なう言動」 に当たるとし、それが放送されなくても法益侵害がないから不法行為は成立しないとしました。違憲問題1 憲法15条第1項により保障される立候補の自由には、政見の自由な表明等の選挙運動の自由が含まれるところ、テレビジョン放送のために録画した政見の内容にいわゆる差別用語が含まれていたとしても、当該政見放送の一部を削除し、そのまま放送しないことは、選挙活動の自由の侵害に当たり、憲法に違反する。(公務員2011年)1 × 判例は、政見の削除部分がテレビジョン放送においてその使用が社会的に許容されないことが広く認識されていた差別用語を使用 した点で、他人の名誉を傷つけ善良な風俗を害する等政見放送としての品位を損なう言動を禁止した公職選挙法の規定に違反するとした上で、右規定に違反する言動がそのまま放送される利益は法的に保護された利益とはいえず、右言動がそのまま放送されなかったとしても、不法行為法上、法的利益の侵害があったとはいえないとしています (最判平24.1.17)。在外邦人の選挙権 (最大判平17.9.14)■事件の概要公職選挙法は、1998 (平成10) 年改正 (本件改正) で在外選挙制度を創設するまで、在外邦人の国政選挙権行使を認めていなかった。 また、本件改正においても、当分の間、衆議院比例代表選挙及び参議院比例代表選挙に限って選挙権の行使を認めることとされたため、在外邦人が衆議院小選挙区選挙および参議院選挙区選挙において選挙権を行使することはできなかった。Xは、1996 (平成8) 年10月に実施された衆議院議員選挙 (本件選挙) の際、海外に居住していたため、投票をすることができなかった。*海外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民。判例ナビXは、本件改正前の公職選挙法が選挙権の行使を認めていなかったこと、および本件改正後の公職選挙法が衆議院小選挙区及び参議院選挙区における選挙権の行使を認めていないことは違法であるとして、これらの選挙において選挙権を有することの確認と国家賠償請求を求めて訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を退けたため、Xが上告しました。■裁判所の判断1 国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、国民の選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そして、そのような制限をすることが憲法に違反しないと認められ、選挙権の行使を認めることが事実上不可能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記のやむを得ない事由があるとはいえず、このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは、憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反するといわざるを得ない。また、このことは、我が国民の選挙権の行使を可能にするための所要の措置を執らないという不作為によって国民が選挙権を行使することができない場合についても、同様である。2 内閣は、昭和59年4月27日、…衆議院議員の選挙及び参議院議員の選挙全般についての在外選挙制度の創設を内容とする「公職選挙法の一部を改正する法律案」を第101回国会に提出したが、同法律案は、その後第105回国会まで継続審査とされていたものの実質的な審議は行われず、同年6月2日に衆議院が解散されたことにより廃案となったこと、その後、本件選挙が実施された平成8年10月20日までには、在外邦人の選挙権の行使を可能にするための法律は制定されなかったことが明らかである。・・・既に昭和59年の時点で、選挙の執行について責任を負う内閣がその解決の可能性を国会に提起した以上、少なくとも10年以上もの長きにわたって在外選挙制度を創設する法律の制定をしなかったことは、国会が在外選挙制度を設けるか否かについて全く考慮しないまま放置し、本件選挙においては在外邦人が投票をすることを認めなかったことに等しいといえるのであり、やむを得ない事由があったとは到底いうことができない。そうすると、本件改正前の公職選挙法が、本件選挙当時、在外邦人に全く投票の機会を与えないでいたことは、憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反するものであったというべきである。3 初めて在外選挙制度を設けるにあたり、まず実現の比較的容易な比例代表選出議員の選挙についてだけ在外邦人の投票を認めることとしたことが、全く理由のないものであったとまではいうことはできない。しかしながら、本件改正後になお選挙が繰り返し実施されてきていること、通信手段が地球規模で目覚ましい発達を遂げていることなどに鑑れば、在外邦人に候補者個人に関する情報を適正に伝達することが著しく困難であるとはいえなくなったものというべきである。また、参議院比例代表選出議員の選挙制度を非拘束名簿式に改めることなどが内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成12年法律第11号)が平成12年11月1日に公布され、同月21日に施行されているが、この改正後は、参議院比例代表選出議員の選挙の投票については、公職選挙法86条の3第1項の参議院名簿登載者の氏名を自書することが原則とされ、既に平成13年に行われたものについてはこの原則に基づく選挙権の行使がされていることなどを併せ考えると、遅くとも、本件訴訟に関して初めて行われる衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の時点においては、衆議院の選挙区選出議員の選挙及び参議院の選挙区選出議員の選挙について在外邦人に投票することを認めないことについて、やむを得ない事由があるということはできず、公職選挙法附則8項の規定のうち、在外選挙制度の対象となる選挙を当分の間両議院の比例代表選出議員の選挙に限定する部分は、憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反するものといわざるを得ない。解説本判決を受けて2006 (平成18) 年に公職選挙法が改正され、衆議院小選挙区および参議院選挙区における在外邦人の選挙権行使が認められるようになりました。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

労働基本権

公開:2025/10/21

ガイダンス憲法28条は、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」と規定し、団結権(労働組合などの労働者の団体を結成し、または参加する権利)、団体交渉権(労働条件について使用者と交渉する権利)および団体行動権(労働条件に関する要求を実現する目的で争議行為その他の団体行動をする権利)を保障しています。この3つの権利を総称して労働基本権といいます。労働組合の統制権(最大判昭43.12.4)■事件の概要北海道三井美唄炭鉱労働組合は、美唄市議会議員選挙に際し、組合員Yを統一候補とし、その選挙運動を推進することとしたが、前回選挙に統一候補として当選したZは、これに反対し、独自の立場で立候補しようとした。そこで、組合の役員は、Zに対し、立候補を断念するよう再三に渡り説得を試みた。しかし、Zがこれを拒絶したため、Xは、立候補する場合には組合から処分されることがある旨を記載した組合の機関紙をZ宅に配布し、さらに、Zに対し、組合の統制を乱したとして1年間組合員としての権利を停止すると通告し、その公示書を炭鉱の掲示場に掲示した。■判例ナビZは選挙に当選しましたが、Xは、組合との特殊な利害関係を利用してZを威迫*したとして、選挙の自由妨害罪(公職選挙法225条3号)で起訴されました。第1審はXを有罪としましたが、控訴審がXの行為は違法性を欠くとして無罪を言い渡したため、検察官が上告しました。*人を威圧して従わせようとすること。■裁判所の判断1 労働基本権を保障する憲法28条も、さらに、これを具体化した労働組合法も、直接には、労働者対使用者の関係を規整することを目的としたものであり、労働者の使用者に対する労働基本権を拡張するものではない。本件を統合した場合には、労働者が憲法28条の保障する団結権に基づき労働組合を結成した場合において、その労働組合が統一と一体化を図り、その団結力の強化を期するためには、その組合の財産と一体性を確保する必要があり、これに反する組合員の行動に対して統制力を有することは、労働組合の団結権保障の一環として、憲法28条の精神に由来するものと理解することができる。この意味において、憲法28条による労働組合の団結権保障の効果として、労働組合は、その目的を達成するために必要であり、かつ、合理的な範囲内において、その組合員に対する統制権を有するものと解すべきである。2 個々の労働組合を憲法および労働組合法で保障しているのは、社会的・経済的弱者である個々の労働者が、その強者である使用者との交渉において、対等の立場にたつことを可能にすることによって、労働者の地位を向上させることを目的とするものである…。したがって、現実の政治・経済・社会機構のもとにおいて、労働者が経済的地位の向上を図るにあたっては、単に使用者との交渉のみに止まることなく、これを行政、立法に働きかけることも必要であり、労働組合が組合の目的をより十分に達成するための方策として、その目的達成に必要な政治活動や社会活動を行なうことを妨げられるものではない。この見地からいって、本件のような地方議会議員の選挙にあたり、労働組合が、その組合員の居住地域の生活環境の改善その他生活上の利益を図るうえに役立たせるため、その利益代表を選挙に送り込むため統一候補者を決定し、その当選を期して組合を挙げてその選挙運動を推進すること、そして、その一環として、いわゆる統一候補を決定するための組織内の措置である候補者選考手続に応ずるよう組合員に働きかけることは、組合の目的を達成するため必要であり、かつ、また、組合員の利益にもかなうものであるかぎり、それが組合の統制権の行使として許容されることはいうまでもない。3 立候補の自由は、選挙の自由と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持するうえで、きわめて重要である。このような見地からいえば、憲法15条1項は、被選挙権の行使、すなわち立候補の自由を保障していることは、直接には規定していないが、これをまた、同条同項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべきである。4 労働組合が、その団結を維持し、その目的を達成するために、組合員に対し統制権を有することは、前段のとおりである。しかし、労働組合が行い得る組合員に対する統制権には、当然、一定の限界が存するものといわなければならない。殊に、公職選挙における立候補の自由は、憲法15条1項の趣旨に照らし、基本的人権の一つとして、憲法の保障する重要な権利であるから、労働組合がこれに対し統制を加えることは、特別の慎重を要するものといわなければならない。右の自由を制限し、統制の許容されるためには、組合の目的、性格、組合員の地位、統制の内容、程度、方法、組合員に及ぼす影響等の諸般の事情を考慮して、その統制が組合の目的を達成するため必要であり、かつ、合理的な範囲内においてなされることを要する。この意味において、労働組合が組合員に対し統制権を行使することは、組合の目的を達成するために必要であり、かつ、合理的な範囲内においてなされることを要する。解説労働組合の統制が、労働組合の統一と一体化を図り、団結力を強化する目的で、組合員である個々の労働者の行動について、合理的な範囲内で規制を加える権限を統制権といいます。本判決は、労働組合の統制権の根拠が憲法28条の団結権にあるとした上で、公職選挙における立候補の自由が憲法15条1項によって保障される人権であることを明らかにし、公職の選挙において、組合の統一候補以外の組合員が立候補しようとした者に対し、立候補を取りやめることを要求し、これに従わないことを理由に当該組合員を統制処分することは、組合の統制権の限界を超え違法であるとしました。過去問1 立候補の自由は、選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持する上で、きわめて重要であるから、これに対する制約は、特に慎重でなければならない。(行政書士2019年)1 〇 判例は、立候補の自由は、選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持するうえで、きわめて重要であるから、憲法15条1項の保障する重要な基本的人権であるとしています。これに対する制約は、特に慎重でなければならないとしています(最大判昭43.12.4)。全農林警職法事件(最大判昭48.4.25)■事件の概要農林水産の職員で組織された全農林労働組合の幹部は、組合員に対し、勤務時間内に開催する豊橋定期総会(国家公務員法1条5項(現8条2項)の禁止する争議行為に該当する)として、同法110条1項17号違反で起訴された。■判例ナビ第1審は、Xを無罪としましたが、控訴審は、罰金刑を言い渡しました。そこで、Xは、国家公務員の争議行為を禁止する国家公務員法の規定は憲法28条、21条等に違反すると主張して上告しました。■裁判所の判断1 憲法28条は、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利」すなわち労働基本権を保障している。この労働基本権の保障は、憲法25条のいわゆる生存権の保障を基本理念とし、憲法27条の勤労の権利および義務に基づいて勤労者の経済的地位の向上を目的とするものである。このように労働基本権の精神に即して考えれば、公務員は、私企業の労働者とは異なり、使用者との合意によって賃金その他の労働条件が定まる立場にはない。勤労者として、自己の労働を提供することによってのみ生活の資を得ているものである点においては一般の勤労者となんらことなるところはないから、労働基本権の保障は公務員に対しても及ぶものと解すべきである。ただ、この労働基本権は、右のように、勤労者の経済的地位の向上のために認められたものであるから、その権利の行使が国民全体の利益の保障という見地から制約されることがあるのはやむをえないのであり、このことは、憲法13条の規定の趣旨に徴しても疑いのないところである…。2 公務員は、私企業の労働者と異なり、国民の信託に基づいて国政を担当する政府により任命されるものであるが、憲法15条が示すとおり、実質的には、国民がその政治的主体であり、公務員の労務提供は国民全体に対してのものである。もとより、このことだけから公務員に対して団結権をはじめその他一切の労働基本権を否認することは許されないのであるが、公務員の地位の特殊性と職務の公共性にかんがみるときは、これを根拠として公務員の労働基本権に対し必要やむをえない限度の制限を加えることは、十分合理的な理由があるというべきである。次に公務員の勤務条件の決定について、私企業における勤労者と異なるものがあることを看過することはできない。…公務員の給与をはじめ、その他の勤務条件は、私企業の労働者の場合のごとく労働協約のような自由な交渉と団体行動によって定められるものではなく、原則として、国民の代表者からなる国会が制定する法律、予算によって定められることになっているのである。その場合、使用者たる政府がいかなる勤務条件の決定案を国会に提出するか、また、国会がすでに議決したものを政府として定めるべきかについて裁量権があるにかかわらず、これら公務員の勤務条件の決定には、政府が誠実にその義務を履行するよう期待されるが、しかし、公務員の争議行為に対し刑罰をもって臨むことは、行政の継続性をそこない、もって国民全体の共同利益に反することになるから、これを防止するため、やむをえない措置というべきである…。3 しかしながら、前記のように、公務員についても憲法28条によってその労働基本権が保障される以上、この保障と国民全体の利益の擁護との間には均衡が保たれることを必要とすることは、憲法上の要請であると解されるのであるから、その労働基本権を制限するにあたっては、これに代わる措置の措置が講じられなければならない。そこで、わが法制上の公務員の勤務関係における具体的措置が果して憲法の要請に添うものかどうかについて検討してみるに、…。4 以上に判明したとおり、公務員の従事する職務が国民生活全体に重大な影響を及ぼすものであるから、公務員の争議行為が国民生活に重大な支障を及ぼすおそれがある場合には、これを禁止し、これに罰則を科することもやむをえない。この場合、公務員の労働基本権を制限することに代わる措置として、人事院の勧告制度、その他、公務員の勤務条件の維持改善を図るための措置が設けられているのであるから、これらの代償措置が全体として合理的に機能しているかぎり、公務員の争議行為に罰則を科しても、憲法28条に違反するものではないと解すべきである。解説1 最高裁は、労働基本権の制限は、①労働基本権を尊重する必要と国民生活全体の利益を維持増進する必要とを比較衡量し、合理性の認められる必要最小限度にとどめること、②国民生活に重大な障害をもたらすおそれのあるものを選別するため必要やむを得ない場合に限ること、③違反者には課せられる不利益は必要最小限度にとどめず、とくに刑事罰は必要やむを得ない場合に限ること等を判示し、公務員の労働基本権を尊重する姿勢を強調した。これに対し、本判決は、公務員の地位の特殊性と職務の公共性を強調して国民全体の共同利益への影響を重視し、公務員の労働基本権に対する制約を広く認める方向性を示しています。2 争議行為を禁止し、そのあおり行為等を処罰の対象としている地方公務員法37条1項、61条4号の合憲性が争われた都教組事件(最大判昭44.4.2)において、最高裁は、合憲限定解釈の手法をとり、かつ、処罰の対象となる行為は争議行為行為の中でも違法性の強いものに限られるという「二重のしぼり」論を展開しましたが、本判決は、これを否定しています。3 本判決では、政治的活動の達成を目的とする行為(政治スト)が憲法28条によって保障されているかどうかも問題となりましたが、本判決は、「私企業の労働者たちと、公務員を含むその他の勤労者たちとを問わず、使用者に対する経済的地位の向上の要請とは直接関係があるとはいえない憲法の改正に対する反対のような政治的目的のために争議行為を行なうことができ、もともと憲法28条の保障とは無関係なものというべきである」として否定しています。過去問1 最高裁判所の判例では、私企業の労働者と、公務員を含むその他の勤労者とを問わず、使用者に対する経済的地位の向上の要請とは直接関係のない警察官職務執行法の改正に反対するような政治的目的のために争議行為を行なうことは、憲法28条とは無関係なものであるとした。(公務員2014年)1 〇 判例は、「私企業の労働者たちと、公務員を含むその他の勤労者たちとを問わず、使用者に対する経済的地位の向上の要請とは直接関係があると...法の改正に対する反対のような政治的目的のために争議行為を行なうことは、もともと憲法28条の保障とは無関係なもの」としています(最大判昭48.4.25)。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

教育を受ける権利

公開:2025/10/21

ガイダンス憲法26条1項は、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と規定しています。これは、人格の形成発展における教育の重要性を考慮して、教育を受ける権利を人権として保障することを定めた規定です。教育を受ける権利は、立法によって具体化される抽象的な権利であり、本条を受けて、教育基本法、学校教育法の法律が制定されています。さらに、憲法は、子の教育にかかる親の経済的負担を軽くするため、本条2項後段で、「義務教育は、これを無償とする」と規定しています。旭川学テ事件(最大判昭51.5.21)■事件の概要文部省(現文部科学省)は、全国の中学2年、3年を対象とする全国中学校一斉学力調査(学力テスト)を企画し、各都道府県教育委員会に対し、調査結果の資料を報告するよう求めた。北海道教育委員会の要請を受けた旭川市教育委員会が市立の各中学校に学力テストの実施を命じたところ、教職員組合の役員は、学力テスト当日、テストを阻止する目的で旭川市立Y中学校に侵入し、校長等に暴行を加えたため、建造物侵入罪、公務執行妨害罪、共同暴行罪で起訴された。■判例ナビ第1審、控訴審ともに、建造物侵入罪と共同暴行罪の成立を認めました。しかし、公務執行妨害罪については、本件学力テストは、教育基本法10条(現16条1項)が規定する教育に対する「不当な支配」に当たるとし、成立を否定しました。そこで、Xおよび検察官双方が上告しました。■裁判所の判断1 国がわが国の教育のあり方を決定する権能がそれに帰属するか、それとも、親や教師がそれに帰属するかという2つの立場に対立が見られる。それぞれの立場には一理あるが、どちらの立場にも偏らず、中立的な立場から判断する。2 子どもの教育は、子どもの成長に対する社会の要請こたえるという側面も有する。そのため、国は、教育内容について、ある程度の決定権を有する。(2) 子どもは、学校その他さまざまな機会と場所において自己の能力を伸ばし、個性豊かな人間として成長していくために必要な学習をする権利を有する。(3) 親は、子どもが一人前の人間として成長するために必要な教育をする責務を負う。そのため、親は、子どもの教育について、ある程度の自由を有する。(2) 教師は、子どもの教育の専門家として、子どもの教育に責任を負う。そのため、教師は、子どもの教育について、ある程度の自由を有する。過去問1 X 判例は、学問の自由が教授の自由を含むこと、大学教育においては一定の範囲における教授の自由が保障されることを認めていますが、普通教育における教師に完全な教授の自由を認めることは許されないとしています(最大判昭51.5.21)。一般に、社会公共的な問題について国民全体の意思を組織的に決定、実現すべき立場にある国は、国政の一部として広く適切な教育政策を樹立、実施すべき責務を負う。…国は、教育内容についてもこれを決定する権能を有するものと解さざるをえず、それを全く否定することはできない。しかし、…国による教育内容の決定は、無制限に許されるものではなく、教育の目的を達成するために必要かつ合理的な範囲内でなければならない。…国が教育内容を決定するにあたっては、子どもの教育が、主として、子どもの利益のために、そして、子どもの成長を助けるために行われるべきであるという、教育の本質に反するものであってはならない。普通教育においては、全国的に一定の水準を確保すべきであるという要請が強く、また、子どもは、未成熟で可塑性があり、特定の思想、世界観、宗教、政治的信条等を教え込まれやすいという特性を有するので、教師に完全な教授の自由を認めることは、とうてい許されない。もとより、教師も、一人の国民として、また、教育の専門家として、子どもの教育内容について意見を表明する自由を有するが、それは、あくまでも一般的な国民としての意見表明の自由として保障されるにとどまり、教師という特別の立場に基づいて特別の自由が保障されるものではない。もっとも、教育は、教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じて行われるものであり、そこには、それぞれの教師の個性を生かした創造的な活動が期待されるべきであるから、国が教育内容を決定するにあたっても、全てを画一的に決定するのではなく、それぞれの教師が創意工夫を凝らすことのできる余地を残しておくことが必要である。解説教育内容を決定する権能の所在については、従来から、国家、親、教師のいずれに帰属するかという問題(教育権の所在)について議論されてきました。しかし、本判決は、いずれの説も極端な一面的な見解であるとして、私の説も採用しませんでした。そして、本判決は、教育を受ける子どもの権利を中核として、それぞれの主体(国、親、教師)が、それぞれの役割に応じて、教育内容を決定する権能を有するとしました。そして、それぞれの権能が相互に矛盾、衝突しないように調整されるべきであるとしました。過去問1 憲法における学問の自由の保障が、学問研究の自由に止どまらず、教育の自由もこれに含むとすべきであるから、教育の自主性が尊重されるべきである。(公務員2021年)1 X 判例は、学問の自由が教授の自由を含むこと、大学教育においては一定の範囲における教授の自由が保障されることを認めていますが、普通教育における教師に完全な教授の自由を認めることは許されないとしています(最大判昭51.5.21)。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

生存権

公開:2025/10/21

ガイダンス生存権とは、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利をいい、憲法25条で保障されています。生存権には、国民が自らの手で健康で文化的な最低限度の生活を維持する自由を侵害してはならないという自由権的側面と、自らの健康で文化的な最低限度の生活を営むことのできない国民が国に対してのような生活を保障するために必要な施策を求めるという社会権的側面があります。朝日訴訟(最大判昭42.5.24)■事件の概要国立療養所で療養生活を送っていたX(朝日茂)は、生活保護法に基づいて生活扶助の給付を受けていた。しかし、兄から仕送りを受けるようになったため、Xの生活保護を担当していた福祉事務所がこれを収入として認定し、生活扶助を停止するとともに、仕送りから生活扶助相当額を控除した残額を、それまで無償であった療養費の一部自己負担額としてXに負担させることとした。これを不服とするXは、県知事に対し不服申立てをしたが、却下決定を受けたため、さらにY(厚生大臣)に不服申立てをしたが、Yも却下した。そこで、Xは、Yに対し、却下裁決の取消しを求める訴えを提起した。■判例ナビ生活保護基準は、厚生労働大臣が定めるものとされています(生活保護法8条1項)。この基準は、健康で文化的な最低限度の生活を維持できるものでなければなりません(同法3条)。そこで、本件では、Yが定めた生活保護基準が健康で文化的な最低限度の生活水準を維持するに足りない違法なものであるかどうかが問題となりました。第1審はXの請求を認容しましたが、控訴審はXの請求を棄却したため、Xが上告しました。■裁判所の判断憲法25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定している。この規定は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではない。…具体的権利としては、法律の規定によって初めて与えられる。すなわち、生活保護法によって具体化されて初めて具体的権利となる。このようにして生活保護法に基づく具体的権利が与えられた以上、その権利を保障するためには、法律の定める要件を具備するか否かについて(28条参照)、その判断は、厚生大臣の裁量に属するものであって(8条参照)、右権利は、厚生大臣の裁量処分によって初めて具体的権利として確定される。したがって、生活保護法による保護を要するか否かの認定判断は、厚生大臣の合目的的な裁量に任されているのである。もっとも、厚生大臣の裁量は、無制約なものではなく、生活保護法自体によって与えられている。その裁量が、裁量権の濫用、逸脱として違法とされるかどうかの判断は、司法審査の対象となる。しかし、生活保護基準が憲法25条に違反するかどうかの判断は、厚生大臣の専門技術的な判断に委ねられており、裁判所が判断するのに適さない問題である。したがって、裁判所が生活保護基準の当否を判断することは、原則として、司法審査の範囲外にある。解説本判決は、健康で文化的な最低限度の生活を保障するに足りるものであるか否かの判断は、厚生労働大臣の裁量に委ねられており、裁判所による司法審査には限界があるとして、いわゆる「裁量統制」による審査をしました。そして、Yの認定判断に裁量権の逸脱または濫用による違法はないとしました。過去問1 憲法25条に規定する「健康で文化的な最低限度の生活」の具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものである。(国家一般職2020年)つくものということはできない。以上の次第であるから、本件併給調整条項が憲法25条に違反して無効であるとするXの主張を排斥した原判決は、結論において正当というべきである。2 次に、本件併給調整条項がXのような地位にある者に対してその受給する障害福祉年金を見て、直接扶助との併給を禁じたことが憲法14条及び13条に違反するかどうかについて見るのに、本件併給調整条項の適用により、Xのように障害福祉年金を受け取ることができる地位にある者とそのような地位にない者との間に直接扶養手当の支給において差別を生ずることになるとしても、さきに説示したところに照らして立法裁量の範囲を逸脱し、母子に対する障害福祉年金及び生活保護制度の存在などに照らして総合的に判断すると、右差別がなんら不合理な理由のない不当なものであるとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ、また、本件併給調整条項が児童の個人としての尊厳を侵害し、憲法13条に違反する不合理かつ不当な立法であるともいえないことも、従来本裁判所の判示したところに照らして明らかであるから、この点に関するXの主張も理由がない。*障害福祉年金違憲訴訟(最大判昭57.9.9)。解説本判決は、憲法25条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、国会の広い裁量にゆだねられており、裁判所は、それが著しく合理性を欠き明らかにかつ客観的に見て裁量の濫用と見ざるをえないような場合にのみ違憲とすることができるとしました。そして、本件併給調整条項は、憲法13条、14条、25条のいずれにも違反しないとして、Xの上告を棄却しました。過去問1 憲法25条2項は、社会的立法および社会的施設の創造拡充により個々の国民の生活権を充足すべき国の一元的責務を、同条1項は、国が個々の国民に対しそうした生活権を保障すべき具体的責務を負っていること、それぞれ定めたものと解される。(行政書士2018年)2 障害福祉年金の受給者は児童扶養手当の受給資格を欠く旨の規定は、これによって障害福祉年金を受給できない者との間に児童扶養手当の受給に関し合理性のない不当な差別が生じることから、違憲である。(司法書士2022年)1 X 判例は、憲法25条1項は、「福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したものであり、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではない」としています(最大判昭57.7.7)。2 X 判例は、障害福祉年金の受給者は児童扶養手当の受給資格を欠く旨の規定により障害福祉年金を受けることができる地位にある者とそのような地位にない者との間に児童扶養手当の受給に関して差別を生ずることになるとしても、その差別は合理的な理由のない不当なものであるとはいえないとしています(最大判昭57.7.7)。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

裁判を受ける権利

公開:2025/10/21

ガイダンス憲法32条は、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」と規定しています。これは、人が侵害された場合に、その救済を受けるために不可欠な裁判を受ける権利を人権として保障したものです。裁判を受ける権利の保障には、①民事事件、行政事件において、裁判所に訴えを提起して与えられた権利利益の救済を求めることができること、②刑事事件において、裁判所の裁判によらなければ刑罰を科せられないことの2つの意味があります。レペタ事件(最大判平元.3.8)■事件の概要X(アメリカ人弁護士レペタ)は、経済法の研究の一環として、東京地方裁判所における所得税法違反被告事件の公判を傍聴した。Xは、公判期日に先立ち、裁判を傍聴する際にメモを取ることの許可を裁判長に求めたが、裁判長は、許可を与えなかった。そこで、Xは、かかる不許可処分は、憲法21条、82条等に違反し違法であるとして、国に対し、国家賠償を求める訴えを提起した。■判例ナビ第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告した。上告審では、法廷でメモを取る行為が憲法21条、82条で保障されているかどうか等が問題となりました。また、裁判長が、同法廷にクラブに所属する報道機関の記者にはメモを取ることを許可し、同クラブに所属していないXには許可しなかったことから、このような取り扱いが法の下の平等を保障する憲法14条1項に違反するかどうかも問題となりました。■裁判所の判断憲法82条1項の規定は、裁判の対審及び判決が公開の法廷で行われるべきことを定めているが、その趣旨は、裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを制度として保障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとすることにある。裁判の公開が制度として保障されていることに伴い、各人は、裁判を傍聴することができるが、右規定は、各人が裁判所に対して傍聴することを権利として要求できることまでを認めたものでないことはもとより、傍聴人に対して法廷においてメモを取ることを権利として保障しているものでないことも、いうまでもないことである。三 憲法21条1項の規定は、表現の自由を保障している。そして、各人が自由にさまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する自由は、右規定の趣旨、目的からいわばその派生原理として当然に導かれることであり、…。2 筆記行為は、一般的には人の生活活動の一つであり、生活のさまざまな場面において行われ、極めて広い範囲に及んでいるから、そのすべてが憲法の保障する自由に関係するものということはできないが、さまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取することを補助するための行為としてなされる限り、筆記の自由は、憲法21条1項の規定の精神に照らして尊重されるべきであるといわなければならない。裁判の公開が制度として保障されていることに伴い、傍聴人は法廷における裁判を見聞することができるのであるから、傍聴人が法廷においてメモを取ることは、その見聞する裁判を認識記憶するためになされるものである限り、尊重に値し、故なく妨げられてはならないものというべきである。三 もっとも、…右の筆記行為の自由は、憲法21条1項の規定によって直接保障されている表現の自由そのものとは異なるものであるから、その制限又は禁止には、表現の自由に制約を加える場合に一般に必要とされる厳格な基準が要求されるものではないというべきである。これを傍聴人がメモを取る行為についていえば、法廷は、事件を審理、裁判する場、すなわち、事実を審究し、法律を適用して、適正かつ迅速な裁判を実現すべく、裁判官及び訴訟関係人が全神経を集中すべき場所であって、そこにおいては最も尊重されなければならないのは、適正かつ迅速な裁判の実現である。…してみれば、そのメモを取る行為が許されるべきか否かは、その行為が公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げる場合に限られるべきは当然であるが、制限又は禁止される場合であっても、その制限が許されるのは、裁判の公正かつ円滑な進行という目的を達するため必要かつ合理的な限度にとどめるべきものである(刑事訴訟規則202条、23条2項参照)。人が傍聴席でメモを取ることは、通常、法廷における裁判の審理の妨げとなるものではなく、むしろ、傍聴人が裁判を理解し記憶する上で大きな役割を果たすものであり、傍聴人が裁判について適切な批判や評価をする上で役立つものであって、裁判の公正さに対する国民の信頼を高めることにもつながるものであり、また、筆記行為によって生ずる音、紙の摩擦音、ボールペンの先が紙に当たる音は、裁判官の精神的集中を妨げるものではなく、裁判官の精神的集中を妨げるものではなく、傍聴人が自己の使用するメモを撮影して公表するなどということも考えられないから、公正な裁判の実現を妨げる恐れがあるとは到底考えられず、かえって、右に述べたところからすると、法廷においてメモを取る自由は、憲法21条1項の規定の精神に照らして尊重されるべきであり、これを故なく制限することは許されないと解するのが相当である。妨げるに至ることは、通常はありえないのであって、相当の事情のない限り、これを傍聴人の自由に任せるべきであり、それが憲法21条1項の規定の精神に合致するものということができる。四 法廷でメモを取る自由を制限しうるのは、裁判の公正、中立ないしは裁判所の威信を害するに至るような事態が生じ、又は生ずる具体的なおそれがある場合に限られると解するのが相当である。五 最高裁の報道機関は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供するものであって、国民の「知る権利」に奉仕するものである。このような報道機関の報道の自由が憲法21条1項の規定の保障の下にあることはいうまでもなく、そのための取材の自由も、同様に十分尊重に値するものというべきである。本件裁判長において執った右の措置は、このような配慮に基づくものと推料されるから、合理性を欠くとまではいうことはできず、憲法14条、憲法21条の規定に違反するものではない。六 本件裁判長が法廷警察権に基づき傍聴人に対してあらかじめ一律にメモを取ることを禁止した上、Xに対し特に許可し得べき事情があるか否かを検討したがそのような事情は認められないとして特に許可しなかった(以下「本件措置」という。)は、これを当該公判廷の秩序維持のためにしたとすれば、本件公判廷において、いかなる理由で傍聴人のメモを取る行為を禁止する必要があったのか、本件公判廷の審理、裁判の妨害や法廷の秩序を乱すなどのおそれがあったのか、それらの事情は全くうかがうことができず、また、被告人、証人、その他の訴訟関係人のプライバシーを侵害し、あるいは、人の尊厳をそこなうような事態が生ずるなどのおそれがあったとも、なんら、うかがうことはできない。2 法廷警察権に基づく措置の目的は、それぞれ法廷警察権の目的、目標の範囲を著しく逸脱し、又はその方法が甚だしく不当な手段である等の特段の事情のない限り、国民には、この判断が法廷の秩序維持のためにとられたものであるかどうか、又は、その方法が相当であるかどうかを判断するにつき、裁判所の判断を尊重すべきものとする。本件措置が執られた当時に、法廷警察権に基づいて傍聴人がメモを取ることを一般的に禁止し、その禁止は、裁判の公正を確保する目的でされたもので、その当否が相当であるとの見解も広く採用され、相当数の裁判所がメモを取ることを一律に禁止しており、…解説本判決は、憲法21条の表現の自由の保障範囲と、法廷でメモを取る権利の保障について判断したものです。法廷でメモを取る自由は、憲法21条1項との関係で「尊重する」とはいっていますが、「保障される」とはしていません。過去問1 最高裁判所の判例では、憲法は、裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを制度として保障するものであり、各人が裁判所に対して傍聴することを権利として要求できることを認めたものでもあるとした。(公務員2020年)2 様々な意見、知識、情報に接し、これを摂取することを補助するための筆記行為の自由は、憲法第21条第1項の規定によって直接保障されている表現の自由そのものと同一に解されるものであり、その制限又は禁止には、表現の自由に制約を加える場合に一般に必要とされる厳格な基準が要求されるのではない。(司法書士2020年)1 X 判例は、憲法82条1項が裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを保障するものであることを認めていますが、各人が裁判所に対して傍聴することを権利として要求できることまでも認めたものでないとしています(最大判平元.3.8)。2 〇 判例は、さまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取することを補助するためにする筆記行為の自由は、憲法21条1項の精神に照らして尊重されるべきであるとしつつも、それは憲法21条1項によって直接保障されている表現の自由そのものとは異なるとし、その制限又は禁止には、表現の自由に制約を加える場合に一般に必要とされる厳格な基準が要求されるものではないとしています(最大判平元.3.8)。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

人身の自由

公開:2025/10/21

ガイダンス人身の自由とは、身体の自由を意味します。憲法は、不法な逮捕・監禁、恣意的な刑罰権の行使等から身体の自由を守るため、18条で奴隷的拘束からの自由を保障するとともに、31条以下に刑事手続に関する詳細な規定を置いています。第三者所有物没収事件(最大判昭37.11.28)■事件の概要Xは、韓国に向けて洋服の生地等を密輸出しようと企て、貨物船に貨物を積み込んで出港したが、途中、水上警察に逮捕され、起訴された。■判例ナビ第1審は、Xを懲役6月に処するとともに、関税法118条1項に基づいて貨物を没収し、控訴審も、第1審判決を支持した。実は、没収された貨物は、Xの所有物ではあったが、Yも、第1審も控訴審も貨物の所有者が誰であるかを認定しませんでした。そこで、Xは、貨物の所有者に財産権侵害の機会を与えないことなく没収したことは、憲法29条、29条に違反すると主張して上告しました。■裁判所の判断関税法118条1項の規定による没収は、同項所定の犯罪に関係ある船舶、貨物等で同項但書に該当しないものにつき、被告人の所有に属するか否とを問わず、その所有権を剥奪して国庫に帰属せしめる処分であって、被告人以外の第三者の所有に係わる場合においても、被告人に対する附加刑としての没収の言渡により、当該第三者の所有権剥奪の効果をもたらす趣旨であると解するのが相当である。しかし、第三者の所有物を没収する場合において、その没収に関して当該所有者に対し、何ら告知、弁解、防御の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは、著しく不合理であって、憲法の容認しないところであるといわなければならない。けだし、憲法29条1項は、財産権は、これを侵してはならないと規定し、また同31条は、何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられないと規定しているが、前記第三者の所有物の没収は、被告人に対する附加刑として言い渡され、その刑罰処分の効果が第三者の所有物の没収は、被告人に対する附加刑として言い渡され、その刑罰処分の効果が第三者の所有権の及ぶのであるから、所有物を没収せられる第三者についても、告知、弁解、防御の機会を与えることが必要であって、これなくして第三者の所有物を没収することは、適正な法律手続によらないで、財産権を侵害する制裁を科するに外ならないからである。そして、このことは、右第三者に、事後においていかなる権利救済の方法が認められるかということとは、別個の問題である。然るに、関税法118条1項は、同項所定の犯罪に関係ある船舶、貨物等が被告人以外の第三者の所有に属する場合においてもこれを没収する旨規定しながら、その所有者たる第三者に対し、告知、弁解、防御の機会を与えるべきことを定めておらず、また刑訴法その他の法令においても、何らかの保障規定を設けていないのである。従って、前記関税法118条1項によって第三者の所有物を没収することは、憲法31条、29条に違反するものと解せざるをえない。そして、かかる没収の言渡を受けたXは、たとえ第三者の所有物に関する場合であっても、被告人に対する附加刑である以上、没収の裁判の違憲を理由として上告をなしうることは、当然である。のみならず、Xとしても既に貨物に係る物の占有権を剥奪され、またこれが使用、収益をなしえない状態におかれ、更には所有権を剥奪された第三者から賠償請求権等を行使される危険に曝される等、利害関係を有することが明らかであるから、上告によりこれが救済を求めることができるものと解すべきである。解説本判決は、第三者の所有物を没収する場合、所有者に告知、弁解、防御の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは、憲法31条、29条に違反することを明らかにしました。また、訴訟において、他の憲法上の権利が侵害されたことを主張することができるかという問題がありますが、本判決は、これを認めました。なお、本件貨物の没収については、X以外の第三者の所有物の没収の言渡しは違憲であるとして、原判決を破棄しました。過去問1 被告人に対する没収の裁判が第三者の所有物を対象とするものであっても、当該被告人は、当該第三者に対して何らの告知、弁解、防御の機会が与えられなかったことを理由に当該没収の裁判が違憲であることを主張することができる。(司法書士2023年)1 〇 判例は、第三者の所有物を没収する場合、当該所有者に何ら告知、弁解、防御の機会を与えることなくその所有権を奪うことは、憲法の容認しないところであるとした上で、「没収の言渡を受けた被告人は、たとえ第三者の所有物に関する場合であっても、被告人に対する附加刑である以上、没収の裁判の違憲を理由として上告をなしうることは、当然である」としています(最大判昭37.11.28)。GPS捜査と憲法35条(最大平29.3.15)■事件の概要Xは、複数の共犯者と共謀して行った連続窃盗事案で起訴された。警察は、この連続窃盗事件に関し、組織性の有無、程度や組織内におけるXの役割を含む犯行の全容を解明するための捜査の一環として、X、共犯者のほか、Xの知人女性が使用する蓋然性があった自動車等の合計19台に、Xらの承諾なく、かつ、令状を取得することなく、GPS端末を取り付け、その所在を検索して移動状況を把握するという方法によりGPS捜査を実施した。■判例ナビXは、本件GPS捜査には重大な違法があり、本件GPS捜査によって直接得られた証拠等は排除されるべきであるとして、無罪を主張しました。第1審は、本件GPS捜査に重大な違法があるとして一部の証拠を排除しましたが、残りの証拠についてXを有罪としたため、Xは控訴しました。控訴審は、本件GPS捜査には重大な違法があるとは認められないとしてXを有罪としたため、Xは上告しました。■裁判所の判断1 GPS捜査は、対象車両の時々刻々の位置情報を検索し、把握すべく行われるものであるが、その性質上、公道上のもののみならず、個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間に携わるものも含めて、対象車両及びその使用者の所在と移動状況を逐一把握することを可能にする。このような捜査手法は、個人の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴うから、個人のプライバシーを侵害し得るものであり、また、そのような情報を可能とする機器を個人の所持品に秘かに装着することによって行う点において、公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりするような手法とは異なり、公権力による私的領域への侵入を伴うものというべきである。2 憲法35条は、「住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利」を規定しているところ、この規定の保障対象には、「住居、書類及び所持品」に明示的に掲げられているもののほか、これらに準ずる私的領域に「侵入」されることのない権利が含まれるものと解するのが相当である。そうすると、前記のとおり、個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって、合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法であるGPS捜査は、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして、刑事訴訟法上、特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たるとともに、一般的には、現行犯人逮捕等の令状を要しないものとされている処分と同視すべき事情があるとも認められるのであるから、令状がなければ行うことのできない処分と解すべきである。3 GPS捜査は、情報機器の画面表示を読み取って対象車両の所在と移動状況を把握する点では刑訴法上の「検証」としての性質を有するものの、対象車両にGPS端末を取り付けることにより対象車両及びその使用者の現在の所在を明らかにする点において、「検証」では捉えきれない性質を有することも否定し難い。仮に、検証許可状の発付を受け、あるいはそれを併せて捜索許可状の発付を受けて行うとしても、GPS端末を取り付けた対象車両の所在の検索を許可して対象車両の継続的使用行動を継続的、網羅的に把握することを当然に伴うものであって、GPS端末を取り付けるべき車両及び罪名を特定しただけで令状請求の基礎となる嫌疑の程度の濃淡を問わず継続的な情報収集をすることができる。また、GPS捜査は、被疑者らに知られず秘かに行うのでなければ意味がなく、事前の令状呈示を行うことは想定できない。刑訴法の各種強制の処分については、手続の公正の確保の原則から原則として事前の令状呈示が求められており(同法222条1項、110条)、他の手段で同旨が図られ得るのであれば事前の令状呈示が絶対的な要請であるとは解されないとしても、これに代わる公正の担保が手続として仕組みとして確保されていないのでは、適正手続の保障という観点から問題が残る。これらの問題を解消するための手段として、一般的には、実質可能期間の限定、第三者の立会い、事後の通知等様々なものが考えられるが、現行の捜査の必要性にも配慮しつつどのような手段を選択するかは、刑訴法197条1項ただし書の趣旨に照らし、第一次的には立法に委ねられていると解される。仮に法解釈により刑訴法の強制処分として許容するのであれば、以上のような問題を解消するため、裁判官が令状に様々な条件を付す必要があるが、事案ごとに、令状請求の審査を担当する裁判官の判断により、多様な選択肢の中から的確な条件の選択が行われ得るかについて確信が持てない場合には、「強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない」と規定する刑訴法197条1項ただし書の趣旨にも沿わない。以上のとおり、GPS捜査について、刑訴法197条1項ただし書の「この法律に特別の定のある場合」に当たるとも同旨が規定する令状を発付することには疑義がある。GPS捜査が今後も広く用いられ得る有力な捜査手法であるとすれば、その特性に着目して憲法、刑訴法の諸原則に適合する立法措置が講じられることが望ましい。4 しかしながら、本件GPS捜査によって直接得られた証拠及びこれと密接な関連性を有する証拠の証拠能力を否定する一方で、その余の証拠につき、同捜査に密接に関連するとまでは認められないとして証拠能力を肯定し、これに基づき被告人を有罪と認定した第1審判決は正当であり、第1審判決を維持した原判決の結論に誤りはないから、原判決の判決に影響を及ぼすものではないことが明らかである。解説強制捜査は、任意処分と強制処分に区別されますが、強制処分は、刑事訴訟法に特別の定めがある場合に限り(刑事訴訟法197条1項ただし書)、かつ、事前に裁判官が発する令状(憲法35条)がなければ行うことができません。本判決は、GPS捜査が強制処分に当たり、令状がなければ行うことができないとした上で、被疑事実と関係のない行動まで過剰に把握するおそれがあること等の問題点があることから、GPS捜査について令状を発付することには疑義があり、立法的な措置が講じられることが望ましいとしています。過去問1 GPS端末を秘かに車両に装着する捜査手法は、車両使用者の行動を継続的・網羅的に把握するものであるが、公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりする手法と本質的に異ならず、憲法が保障する私的領域を侵害するものではない。(行政書士2021年)1 X 判例は、GPS端末を秘かに車両に装着する捜査手法は、個人の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴うから、個人のプライバシーを侵害し得るものであり、また、公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりするような手法とは異なり、公権力による私的領域への侵入を伴うものであるとしています(最大平29.3.15)。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

財産権

公開:2025/10/21

ガイダンス憲法は、財産権について29条で規定しています。「財産権は、これを侵してはならない」と規定する同条1項は、私有財産制という制度を保障するとともに、国民各自が現に保有する個別具体的な財産上の権利を保障するものです。しかし、このような個々の財産権に対しては、公共の福祉のために制限を加えることが同条2項で認められます。さらに、公共のために必要があれば、同条3項により、国民の私有財産を収用することができます。ただし、そのためには、正当な補償をする必要があります。森林法共有林分割請求事件(最判昭62.4.22)■事件の概要Xは、兄Yとともに父から森林の贈与を受け、Yとともに共有していた(持分は各自2分の1)。しかし、森林の経営を巡ってYと対立したため、Yに対し、民法256条1項に基づいて森林の分割を請求した。しかし、当該の森林(当該森林)は、持分価額が2分の1以下の共有者が民法258条1項本文に基づいて分割請求することを否定していた。■判例ナビXは、森林法186条が憲法29条1項に違反すると主張した。第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告した。■裁判所の判断憲法29条1項は、「財産権は、これを侵してはならない。」と規定し、2項において「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」と規定し、私有財産制度を保障しているのみでなく、社会的経済的弱者の利益を基礎として国の財産権につて必要性があるため、憲法29条は、財産権に対し、公共の福祉に適合するやうに法律でこれを定めることができ、できるとしているのである。財産権に対して加えられる規制が憲法29条2項にいう公共の福祉に適合するものとして是認されるべきであるかどうかは、規制の目的、必要性、内容、その規制によって制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量して決すべきものであるが、裁判所としては、立法府がした右比較考量に基づく判断を尊重すべきものであるから、その判断が右の比較衡量に全く欠けるか社会的な理由ないし目的の点に社会として許されないものでないことが明白であるとか、比較考量の手法に合理性がなく、規制目的の達成の手段として選択されたものが目的達成との間に著しく不合理な関係が認められる場合に限って、当該規制立法を憲法29条2項に違反すると判断するのが相当である。一 森林法186条は、共有森林につき持分価額2分の1以下の共有者に民法256条1項所定の分割請求をすることを否定している。右の立法目的・内容が憲法29条2項に適合するか。共有森林の分割は、共有者の合意によっていつでもすることができる。民法は、共有物分割の自由を原則とし、いつでも共有物分割請求ができるものと定めている。…共有森林の分割請求権をその持分価額に応じて一律に制限することは、共有者の財産権に重大な制約を課するものであり、共有物管理、変更等をめぐって、意見の対立、紛争が生じやすく、いったんかかる意見の対立、紛争が生じたときは、共有物の管理、変更等に著しい支障を来し、物の経済的価値が十分に発揮されなくなるという事態を防止するため、民法は、かかる弊害を除去し、共有物に目的物を自由に支配させ、その経済的効用を十分に発揮せしめるため、…共有者に共有物分割請求権を保障しているのである。したがって、共有物分割請求権の行使をその持分価額によって一律に制限する立法は、民法が共有物分割請求権を定めたことの趣旨に反し、かかる制限を設ける立法は、憲法29条2項にいう公共の福祉に適合することを要する…。四 森林法186条…の立法目的は、…森林の細分化を防止することによって森林経営の安定を図り、ひいては森林の保続培養と森林の生産力を増進を図り、もって国民経済の発展に資することにあると解すべきである。2 したがって、森林法186条が共有森林につき持分価額2分の1以下の共有者に分割請求権を否定していることが、憲法29条2項に違反するかどうかは、同条の立法目的が公共の福祉に適合し、立法目的と目的を達成するための手段との間に合理的関連性が肯定できるかどうか、同条が共有物分割の原則の例外を設けたことに合理的理由があるといえるか、という点にかかると解される。(一) 森林が持つ共有者個人の財産的価値を超える…公共性を有する財産であること、森林経営の安定を図り、ひいては森林の保続培養と森林の生産力の増進を図るという森林法186条の立法目的が公共の福祉に適合することは明らかであり、そのための手段としての合理性も肯定することができる。もとより、森林法186条が共有森林の細分化を防止するという立法目的を達成するための最善の手段であるか否かについては、種々の議論があり得るところではあるが、立法府の判断が、右目的との関係で合理性も必要性も認められないものとし、同条は憲法29条に違反すると結論づけた上で、その後、本件は、森林を分割するために訴訟を提起し棄却されたが、和解が成立した。また、森林法186条は、本判決を受けて削除された。過去問1 森林法186条の規定が共有森林につき持分価額2分の1以下の共有者に民法所定の分割請求を否定しているのは、当該規定の立法目的との関係において、合理性と必要性のいずれも肯定することのできないことが明らかであって、この点に関する立法府の判断は、その合理的裁量の範囲を超えるものであるといわなければならず、当該規定は、憲法に違反し、無効というべきであるとした。(公務員2021年)1 判例は、共有森林につき持分価額2分の1以下の共有者に民法256条1項所定の分割請求を否定している森林法186条について、本則のように述べて憲法29条2項に違反し、無効であるとしています。(最大判昭62.4.22)。奈良県ため池条例事件(最大判昭38.6.26)■事件の概要奈良県の「ため池の保全に関する条例」(ため池条例)は、ため池の破損、決かい等による災害を未然に防止することを目的とし(1条)、この目的を達成するため、ため池において、「ため池の堤とうに竹木もしくは農作物を植え、又は建物を築造しその他工作物を設置する」等の行為を禁止し(2条)、これに違反した場合には罰則を科している(9条)。本条例制定前から、ため池の堤とうに農作物を植えてきたXは、本条例制定後も農作物を植えていたため、本条例2条違反で起訴された。*ため池の堤とうの法手。■判例ナビ第1審は、Xに罰金を科したが、控訴審は、本条例は、憲法29条2項、3項に違反し無効であるとしてXを無罪としたため、検察官が上告した。の安定化に資することにならず、森林法186条の立法目的との関係において、合理性と必要性のいずれも肯定することのできないことが明らかであって、この点に関する立法府の判断は、その合理的裁量の範囲を超えるものであるといわなければならず、同条は、憲法29条2項に違反し、無効というべきであるから、共有森林につき持分価額2分の1以下の共有者についても民法の規定の適用があるものというべきである。五 以上のとおり、森林法186条が共有森林につき持分価額2分の1以下の共有者に民法256条1項所定の分割請求権を否定しているのは、森林法186条の立法目的との関係において、合理性と必要性のいずれも肯定することのできないことが明らかであって、この点に関する立法府の判断は、その合理的裁量の範囲を超えるものであるといわなければならず、同条は、憲法29条2項に違反し、無効というべきであるから、共有森林につき持分価額2分の1以下の共有者についても民法の規定の適用があるものというべきである。解説まず、本判決は、国民の個々の財産権が憲法29条1項によって保障されること、しかも、その財産権は、同条2項により、公共の福祉の要請に適合する限り法律に規制を加えることができるものであることを指摘しています。その上で、公共の福祉に適合する規制立法かどうかが裁判所で判断するに当たっては、立法目的が公共の福祉に合致するかどうか、合致するとしても、規制手段が立法目的との関係で必要性・合理性を有するかどうかの観点から判断すべきであるとしています。河川附近地制限令違反事件(最大判昭43.11.27)■事件の概要砂利採取業者Xは、従来からA川の川沿いの土地を賃借して砂利を採取していたが、Y県知事がその地域を「河川附近地」に指定したため、今後、砂利を採取するには知事の許可が必要となった(河川附近地制限令4条2号)。そこで、Xは、Yに対し、砂利採取の許可申請をしたが、申請は却下された。それにもかかわらず、Xは、砂利の採取を続けたため、河川附近地制限令10条違反で起訴された。■判例ナビ訴訟において、Xは、河川附近地制限令4条による財産権の制限には補償規定がないから、同条および同条違反について罰則を定める10条は、憲法29条3項に違反し無効であると主張した。第1審、控訴審ともに、4条、10条は憲法29条3項に違反しないとしてXに罰金刑を科したため、Xは上告しました。■裁判所の判断1 本条例4条各号は、同条所定の行為をすることを禁止するものであって、直接には不作為を命ずる規定であるが、同条2号は、ため池の堤とうの使用に関して制限を加えているから、ため池の堤とうを使用する財産上の権利を有する者に対しては、その使用を殆んど全面的に禁止し、その結果は、結局右財産上の権利に著しい制限を加えるものであるといわなければならない。しかし、その制限の内容たるや、立法者が科学的根拠に基づき、ため池の破損、決かいを招く原因となるものと判断したため池の堤とうに竹木若しくは農作物を植え、または建築物その他の工作物(ため池の保全上必要な工作物を除く)を設置する行為を禁止することであり、そして、このような禁止規定の設けられた所以のものは、本条例1条にも示されているとおり、ため池の破損、決かいによる災害を未然に防止するにあると認められることは、すでに説示したとおりであって、本条例4条2号の禁止規定は、堤とうを使用する財産上の権利を有する者であると否とを問わず、何人に対しても適用される。ただ、ため池の堤とうを使用する財産上の権利を有する者は、本条例1条の示す目的のため、その財産権の行使を殆んど全面的に禁止されることになるが、それは災害を未然に防止するという社会生活上の已むを得ない必要から来ることであって、ため池の堤とうを使用する財という生活上の已むを得ない必要から来ることであって、ため池の堤とうを使用する財産上の権利を有する者は何人も、公共の福祉のため、当然これを受忍しなければならない責務を負うというべきである。すなわち、ため池の破損、決かいの原因となるため池の堤とうの使用行為は、憲法でも、民法でも適法な財産権の行使として保障されていないものであって、憲法、民法の保障する財産権の行使の埒外にあるものというべく、従って、これらの行為を条例をもって禁止し、処罰しても憲法および法律に抵触またはこれと競合するものではないし、また右事項に規定するような事項を、既に規定していると認むべき法令は存在しないのであるから、これを条例で定めたからといって、違憲または違法の点は認められない。2 本条例は、災害を防止し公共の福祉を保持するためのものであり、その4条2号は、ため池の堤とうを使用する財産上の権利の行使を著しく制限するものではあるが、結局それは、災害を防止し公共の福祉を保持する上に社会生活上已むを得ないものであり、そのような制約は、ため池の堤とうを使用し得る財産権を有する者が当然受忍しなければならない義務というべきものであって、憲法29条3項の損失補償はこれを必要としないと解するのが相当である。解説本判決は、条例で堤とうの使用を禁止することを認めていますが、それは、条例で財産権を制限できると考えているからか、それとも、堤とうの使用は財産権として保障されていないと考えているからか、評価は分かれています。過去問1 ため池の破損、決かいの原因となるため池の堤とうの使用行為は、憲法、民法の保障する財産権の行使の埒外にあり、これらの行為を条例によって禁止、処罰しても憲法に抵触せず、条例で定めても違憲ではないが、ため池の堤とうを使用する財産上の権利を有する者は、その財産権の行使をほとんど全面的に禁止されることになるから、これによって生じた損失は、憲法によって正当な補償をしなければならないとした。(公務員2018年)1 X 判例は、ため池の堤とうを使用する財産上の権利を有する者は、その財産権の行使をほとんど全面的に禁止されることになるが、それは災害を未然に防止するために当然受忍しなければならず、憲法29条3項の損失補償は必要としないとしています(最大判昭38.6.26)。河川附近地制限令4条2号の定める制限は、河川管理上支障のある事態の発生を事前に防止するため、単に所定の行為をしようとする場合には知事の許可を受けることが必要である旨を定めているにすぎず、この種の制限は、公共の福祉のためにする一般的な制約であり、原則的には、何人もこれを受忍すべきものである。このように、同令4条2号の定め自体としては、特定の人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものとはいえないから、右の程度の制限を課するに損失補償を要するものとすることは、憲法のとうてい要求するところではない。補償を要するとの憲法29条3項に違反し無効であるとはいえない。…もっとも、本件記録に現れたところによれば、Xは、…右地域が河川附近地に指定されたため、河川附近地制限令により、知事の許可を受けることなしには砂利を採取することができなくなり、従来、賃貸料を支払い、労働者を雇い入れ、相当の資本を投入して営んできた事業が営み得なくなるために相当の損失を被るものであるというのである。そうだとすれば、その保護上の職務は、公共のために必要な制限にとどまるとはいえ、一般に当然に受忍すべきものとされる制限の範囲をこえ、特別の犠牲を課したものとみる余地が全くないわけではなく、憲法29条3項の趣旨に照らし、X等の被った損失の救済については、その補償を請求することができるものと解する余地がある。…同令4条2号による制限につき損失補償に関する規定がないからといって、同条が何らの場合についても一切の損失補償を全く否定する趣旨であるとまで解されず、Xも、その損失を具体的に主張立証して、別途、直接憲法29条3項を根拠にして、補償請求をする余地が全くないわけではないから、単に一般的な場合について、当初に受忍すべきものとされる制限を定めた同令4条2号およびその制限違反について罰則を定めた同令10条の各規定を直ちに違憲無効の規定と解すべきではない。解説法令に損失補償に関する規定がない場合については、補償請求できないとする説や憲法29条3項に反し無効であるとする説等があります。しかし、本判決は、いずれの説も採用せず、直接憲法29条3項を根拠に補償請求をすることができ、補償規定を欠いても違憲無効とならないとしました。過去問1 河川附近地制限令の制限は、特定の個人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものであり、当該制限に対しては正当な補償をすべきであるにもかかわらず、その損失を補償すべき旨の規定もなく、また、別途直接憲法を根拠にして補償請求をする余地をまったく、同令によって、当該制限の違反者に対する罰則のみを定めているのは、憲法に違反して無効であるとした。(公務員2021年)1 X 判例は、河川附近地制限令の制限は、特定の個人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものとはいえず、特定の個人に対し、特別の犠牲を課したとみる余地がある場合、その損失を具体的に主張立証して、直接憲法29条3項を根拠に補償請求をする余地があるから、制限違反について罰則を定めた同令の規定を違憲無効と解すべきではないとしています(最大判昭43.11.27)。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

職業選択の自由

公開:2025/10/21

ガイダンス職業選択の自由(憲法22条1項)は、公共の福祉に反しない限度で保障され、国民の生命、健康に対する危険を防止・発生・緩和するために、また経済的弱者の保護のために、職業活動を規制し、社会的・経済的弱者を保護するために様々な規制が加えられています。小売市場距離制限事件(最大判昭47.11.22)■事件の概要小売商業調整特別措置法(本法)は、政令で指定する市の区域内に、新たに小売市場(10以上の小売業者がテナントとして入る1つの建物)を開設するには、都道府県知事の許可が必要であるとし(3条1項)、許可の条件の1つとして、既存の小売市場と一定の距離を置かなければならないとする距離制限規制を設けている。市場経営等を行う株式会社Yの代表者Xは、知事の許可を受けないで小売市場を開設したため、同法違反で起訴された。判例ナビ第1審は、Xを有罪として罰金15万円を科し、控訴審もXの控訴を棄却した。そこで、Xは、本件規制は、自由競争を不当に制限し、消費者の利益を無視して既存業者を保護するものであるから、憲法22条1項に違反し、無効である等と主張して上告した。■裁判所の判断憲法22条1項は、国民の基本的人権の一つとして、職業選択の自由を保障しており、そこで職業選択の自由を保障するというなかには、広く一般に、いわゆる営業の自由を保障する趣旨を包含しているものと解すべきであり、ひいては、憲法が、個人の自由な経済活動を基盤とする経済体制を…予定しているものということができる。そして、右規定に基づく個人の経済活動に対する法的規制は、個人の自由な経済活動からもたらされる諸々の弊害が社会公共の安全と秩序の維持の見地から看過することができないような場合に、消極的に、かような弊害を除去ないし緩和するために必要やむをえない合理的規制である限度において許されることはいうまでもない。のみならず、憲法の他の条項をあわせ参酌すると、憲法は、全体として、福祉国家的理想のもとに、社会経済の均衡のとれた調和的発展を図っており、その見地から、すべての国民にいわゆる生存権を保障し、その一環として、国民の勤労権を保障する等、経済的劣位に立つ者に対する適切な保護政策を要請していることも看取される。このような憲法の精神に照らすと、個人の経済活動の自由を絶対視するものではなく、国民の共同生活の維持発展のためには一定の合理的規制措置を要請しているものと解すべきである。個人の経済活動の自由に対する法的規制は、それが個人の精神的自由に属する活動の場合と異なって、右社会経済政策の実施の一手段として、これに一定の合理的規制措置を講ずることは、もともと、憲法が予定し、かつ、許容するところと解するのが相当であり、国は、積極的に、国民経済の健全な発達と国民生活の安定を期し、もって社会経済全体の均衡のとれた調和的発展を図るために、広く、個人の経済活動に対し規制措置を講ずることも、それが右目的達成のために必要かつ合理的な範囲にとどまる限り、許されるべきであって、決して、憲法の禁ずるところではないと解すべきである。ところで、社会経済の分野において、法的規制措置を講ずる必要があるかどうかの判断は、これが社会経済の分野において、どのような手段・態様の規制措置が適切妥当であるかは、立法府が、立法政策の判断として、立法府の裁量に委ねられるべきものである。したがって、立法府の右判断が立法政策の判断として、立法府の裁量に委ねられるべきものである。これを本件についてみると、…小売市場の許可制を伴う距離制限の措置をとっているのは、…経済的基盤の弱い小売業者の事業活動の機会を適正に保障し、かつ、小売市場の正常な秩序を阻害する要因を除去する必要があるとの判断のもとに、その一方策として、小売市場の濫設に伴う小売業者間の過当競争によってもたらされるであろう小売業者の共倒れから小売業者を保護するためにとられた措置であると認められ、…消費者の利益を犠牲にして、小売市場に対し独占的利益を付与するものであると認めるまでのものとはいえない。したがって、本件の許可制に、このような弊害が存するとしても、その規制が立法府の裁量権を著しく逸脱するものではなく、…過当競争による弊害が特に顕著と認められる場合についてのみ、これを規制するものである。これらの点からみれば、本件の許可制は、わが国の社会経済の発展と国民生活の安定という観点から、中小企業保護政策の一方策としてとった措置ということはでき、その立法目的において、一応の合理性を認めることができないわけではなく、また、その規制の手段・態様においても、それが著しく不合理であることが明白であるとは認められない。そうすると、本法3条1項、2条1項の許可制の規定が憲法22条1項に違反するものではない。ことは明らかであって、結局、これと同趣旨に出た原判決は相当であり、論旨は理由がない。解説本判決は、①営業の自由が憲法22条1項で保障されていること、②経済活動の規制には、社会公共の安全と秩序の維持の見地からする規制(消極的目的規制)と福祉国家の理念に基づく規制(積極的目的規制)があること、③積極目的規制の合憲性は、立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることが明白である場合に限って、これを違憲とする「明白性の原則」によって判断すべきであることを、明らかに示しています。その上で、④小売市場の許可制は、経済的基盤の弱い小売業者を過当競争による共倒れから保護するという積極目的規制であると認定し、明白(性)の原則に当てはめて合憲とし、Xの上告を棄却しました。過去問国が、積極的に、国民経済の健全な発達と国民生活の安定を期し、もって社会経済全体の均衡のとれた調和的発展を図る目的で、立法により、個人の経済活動に対し、一定の法的規制措置を講ずる場合には、裁判所は、立法府がその裁量権を逸脱し、当該措置が著しく不合理であることが明白である場合に限って、これを違憲とすることができる。(司法書士2021年)1 ○ 判例は、「国は、積極的に、国民経済の健全な発達と国民生活の安定を期し、もって社会経済全体の均衡のとれた調和的発展を図るために、立法により、個人の経済活動に対し、一定の規制措置を講ずることも、それが右目的達成のために必要かつ合理的な範囲にとどまる限り、許されるべきであって、決して、憲法の禁ずるところではない」としています(最大判昭47.11.22)。薬局距離制限事件(最大判昭50.4.30)■事件の概要医薬品等に関する事項を規制し、その適正をはかることを目的として制定された薬事法(現医機法)は、医薬等の供給業営業に関して広く許可制を採用し、薬局については、5条において都道府県知事の許可がなければ開設をしてはならないと定め、6条において許可条件に関する基準を定めている。Xらは、Y知事に対し、自己の経営する店舗に医薬品の販売をするために必要な許可申請をしたところ、既存の薬局と一定の距離を置かなければ許可できないとする薬事法の距離制限規定(適正配置規制)に違反するとして不許可処分を受けた。判例ナビXらは、薬事法の距離制限規定は、憲法22条1項に違反すると主張して処分の取消しを求める訴えを提起しました。第1審はXらの請求を認容しましたが、控訴審がXらの請求を棄却したため、Xらが上告しました。■裁判所の判断1 職業選択の自由の保障の目的と許可制憲法22条1項の職業選択の自由は、これを社会経済の領域に属する活動とみるか、人が自己の生計を維持するために営む継続的活動であるとともに、分業社会において、これを社会の存続と発展に寄与する社会的機能分担の活動たる性質を有する。各人が自己のもつ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有するものである。…このような職業のもつ人格的価値に着目するとき、職業は、ひとりその選択、すなわち職業の開始、継続、廃止において自由であるばかりでなく、選択した職業の遂行自体、すなわちその職業活動の内容、態様においても、原則として自由であることが要請されるのであり、したがって、右規定は、狭義における職業選択の自由のみならず、職業活動の自由の保障をも包含しているものと解すべきである。2 もっとも、職業は、…その性質上、他者との相互関連性が大きいものであるから、職業の自由は、それ以外の憲法の保障する自由、殊にいわゆる精神的自由に比較して、公権力による規制の要請が強く、…憲法13条の「公共の福祉に反しない限り」という留保のもとに職業選択の自由を認めたのも、特にこのことを強調する趣旨に出たものと考えられる。このように、職業は、それが自身のうちになんらかの制約の必要性が内在する社会活動であるが、その種類、性質、内容、社会の意義及び影響がきわめて多種多様であるため、…規制措置が憲法22条1項にいう公共の福祉のために要求されるものとして是認されるかどうかは、これを一律に論ずることができず、具体的規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較衡量した上で慎重に決定されなければならない。この場合、職業の自由が、公共の福祉の要請のゆえに全く規制の緩和と、その目的、規制措置の具体的必要性及び合理性について、立法府の判断がその合理性の判断の範囲にとどまるかぎり、立法府の政策上の判断を尊重すべきであるのであり、しかし、その目的が公共の福祉に合致しないことが明らかである場合、または、規制措置が、具体的規制措置について、目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決定すべきものといわなければならない。3 一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置である場合には、許可制が職業の自由に対してよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によっては右の目的を十分に達成することができないと認められることを要するもの、というべきである。そして、この要件は、許可制そのものについてのみならず、その内容についても要求されるのであって、許可の申請に対する拒否事由として規定されているものが右の趣旨に適合しない場合には、更に個別的に右の要件に照らしてその適否を判断しなければならないのである。二 薬事法における許可制について医薬品は、国民の生命及び健康の保持上の必需品であるとともに、これに重大な関係を有するものであるから、不良医薬品の供給(不良調剤を含む。以下同じ。)から国民の保健衛生上の安全をまもるために、薬局の開設の規制のみならず、供給業者に一定の資格要件を具備する者に限定し、それ以外の者による開業を禁止する許可制を採用したことは、それ自体としては公共の福祉に適合する目的のための必要かつ合理的な措置として肯定することができる…。三 薬局及び医薬品の一般販売業(以下「薬局等」という。)の適正配置規制の立法的及び理由について適正配置規制は、主として国民の生命及び健康に対する危険の防止という消極的、警察的目的のための規制措置であり、…中小企業の経営の安定等の社会経済政策上の積極的な目的によるものではなく、国民経済の円滑な運営というような社会政策ないしは経済政策的見地を目的とするものではない。また、国民生活上不可欠な役務の提供の分野には、当該役務のもつ高度の公共性にかんがみ、その適正な確保の要請から、法令によって、提供すべき役務の内容の対価等をも厳格に規制するとともに、役務を提供する独占的地位を事業者に与える等の強い規制を施す反面、これとの権衡上、役務提供者に対してその独占的地位を与え、その経営の安定をはかる措置がとられる場合があるけれども、薬事法その他の関係法令は、医薬品の売価の適正化措置としてこのような強力な規制を施してはおらず、したがって、その反面において既存の薬局等に独占的地位を与える必要もないのである。おそらく、本件適正配置規制にはこのような趣旨、目的はなんら含まれていないと考えられるのである。四 適正配置規制の合憲性について薬局等の配置場所の地域的制限の必要性と合理性を裏付ける理由としての指摘する薬局等の偏在、競争激化、…一部薬局等の経営の不安定、不良医薬品の供給の危険又は医薬品乱用の助長の弊害という事由は、いずれもいまだそれによって右の必要性と合理性を肯定するに足りず、また、これらの事由の除去のための手段の適合性をも肯定するものではない。X 医薬品の供給の適正化のために、…無駄な薬局等の過当競争が回避され、その経営の安定を助長すれば、問題は、無許可薬局等又は無資格薬局等の増加を促進するおそれがあり、その経営の安定化を助長すると主張している。・・・しかし、・・・無駄な薬局等の過当競争を回避する目的のために設置場所の地域的制限のような強力な職業の自由の制限措置をとることは、目的と手段の均衡を著しく失するもののであって、とうていその合理性を認めることができない。以上のとおり、薬局の開設等の許可基準の一つとして地域的制限の規定が薬事法6条2項、4項(これらを準用する同法26条2項)は、不良医薬品の供給の防止等のための必要かつ合理的な規制を定めたものということができないから、憲法22条1項に違反し、無効である。解説本判決は、薬局の距離制限規制を不良医薬品の供給を防止して国民の生命・健康を守る消極目的規制と捉えた上で、距離制限をしないと、薬局の偏在→競争激化→一部薬局の経営の不安定→不良医薬品の供給の危険、という因果関係が生じるとはいえないこと等を理由に違憲無効としました。この分野の重要判例◆要指導医薬品ネット販売規制差止請求訴訟(最判平25.1.11)1 憲法22条1項は、職業における職業選択の自由のみならず、職業活動の自由も保障しているところ、職業の自由に対する規制措置は、事柄に応じて各種各様の形態をとるため、その規制目的を画一的に論ずることはできず、その合憲性は、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量した上で慎重に決定されなければならない。この場合、上記のような検討を要する考慮のほか、1項には明記されていない制約が課されることがあり、裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及び必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的な判断の範囲にとどまる限り、立法政策上の問題としてこれを尊重すべきものである。2 要指導医薬品は、製造販売の承認の際に再度審査期間又は再審査のための調査期間を経過しておらず、需要者の選択により使用されることを目的とされている医薬品としての安全性の評価が確定していない医薬品である。そのような要指導医薬品について、適正な使用のため、薬剤師が対面により情報を提供しなければならないとする本件各規定は、その不適正な使用による国民の生命、健康に対する危害の発生及び拡大の防止を図ることを目的とするものであり、このような目的が公共の福祉に合致することは明らかである。3 そして、本件各規定の目的を達成するため、その販売又は授与をする際に、薬剤師が、あらかじめ、要指導医薬品を使用しようとする者の年齢、他の薬剤又は医薬品の使用の状況等を確認しなければならないこととして使用者に関する最大限の情報を収集した上で、適切な指導を行うとともに指導内容の理解を確実に確認する必要があること、ここには、相応の合理性があるというべきである。4 要指導医薬品の市場規模やその動向に照らすと、要指導医薬品について薬剤師の対面による情報提供を義務付ける本件各規定は、職業選択の自由そのものに制約を加えるものであるとはいえず、職業活動の内容及び態様に対する規制にとどまるものであることももとより、その制限の程度が大きいということはできない。5 以上検討した本件各規定による規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度に照らすと、本件各規定による規制に必要性・合理性があるとした判断が、立法府の合理的裁量の範囲を超えるものであるということはできない。したがって、本件各規定が憲法22条1項に違反するものということはできない。解説要指導医薬品(薬機法4条5項3号)とは、需要者の選択により使用されることが目的とされている医薬品で、同法36条の6第1項および3項(本件各規定)において、薬局開設者または店舗販売業者(店舗販売業者等)が販売する際に薬局または店舗において薬剤師の対面による情報の提供と薬学的知見に基づく指導を行うことが義務付けられているものをいいます。本件は、店舗以外の場所(いわゆるネット)に対し、郵便その他の方法により医薬品の販売をインターネットを通じて行う事業者Xが、Y(国)に対し、本件各規定が憲法22条1項に違反すると主張して、上記方法による医薬品の販売をすることができる権利ないし地位を有することの確認等を求める訴えを提起したという事案です。本判決は、本件各規定の目的は公共の福祉に合致し、かつ、職業選択の自由そのものに制限を加えるものではなく、職業活動の内容、態様に対する規制にとどまり、制限の程度も大きいとはいえないとして、憲法22条1項に違反しないとしました。過去問職業の許可制は、一般に、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、それが社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置ではなく、自由な職業活動が社会公共に対してらす弊害を防止するための消極的、警察的目的措置である場合に限って合憲となる。(司法書士2021年)1 × 判例は、職業の許可制は、それが自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的目的措置である場合には、許可制に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によっては右の目的を十分に達成することができないと認められる場合に合憲となるとしています(最大判昭50.4.30)。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

学問の自由

公開:2025/10/21

ガイダンス学問の自由を保障する規定がなかった明治憲法の下では、国家権力による学問の自由の侵害がたびたび起こりました。このような歴史的経緯を踏まえ、日本国憲法は、学問の自由を保障する規定を設けました(23条)。東大ポポロ事件(最大判昭38.5.22)■事件の概要東京大学の学生Xは、同大学構内で大学の公認団体である劇団ポポロ主催の演劇発表会が行われた際、観客の中に情報収集を目的とする私服警察官がいるのを見つけ、これに暴行を加えたため、暴力行為等処罰法違反で起訴された。判例ナビ第1審は、Xの行為は学問の自由と大学の自治に対する侵害行為を阻止するためのものであり違法性がないとして、Xに無罪を言い渡し、控訴審も第1審を支持したため、検察側が上告した。■裁判所の判断憲法23条の学問の自由は、学問的研究の自由とその研究結果の発表の自由とを含むものであって、同条が学問の自由はこれを保障すると規定したのは、一面において、広くすべての国民に対してそれらの自由を保障するとともに、他面において、大学が学術の中心として深く真理を探究することを本質とすることにかんがみて、特に大学におけるそれらの自由を保障することを趣旨としたものである。教育ないし教授の自由は、学問の自由と密接な関係を有するけれども、必ずしもこれに含まれるものではない。しかし、…大学において教授その他の研究者がその専門の研究の結果を教授する自由は、これを保障されると解するのが相当である。大学における学問の自由を保障するために、伝統的に大学の自治が認められている。この自治は、とくに大学の教授その他の研究者の人事に関して認められ、大学の学長、教授その他の研究者が大学の自主的判断に基づいて選任される。また、大学の施設と学生の管理についても、ある程度で認められ、これらについてある程度で大学に自主的な秩序維持の権能が認められている。このように、大学の学問の自由と自治は、…直接には教授その他の研究者の研究、その結果の発表、研究結果の教授の自由とこれらを保障するための自治とを意味すると解される。大学の施設と学生は、これらの自由と自治の効果として、施設が大学当局によって自治的に管理され、学生も学問の自由と施設の利用を認められるのである。もとより、憲法23条の学問の自由は、学生も一般の国民と同じように享有する。しかし、大学の学生としてそれに増して学問の自由を享有し、また大学当局の自治的管理による施設を利用できるのは、大学の本質に基づき、大学の教授その他の研究者の有する特別な学問の自由と自治の効果としてである。大学における学生の集会も、右の範囲において自由と自治を認められるものであって、…真に学問的な研究またはその結果の発表のためのものでなく、実社会の政治的社会的活動に当たる行為をする場合には、大学の有する特別の学問の自由と自治を享有しないといわなければならない。また、その集会が学生のみのものでなく、とくに一般の公衆の入場を許す場合には、むしろ公開の集会と異なるところなきであり、すくなくともこれに準じるものというべきである。…本件集会は、真に学問的な研究と発表のためのものでなく、実社会の政治的社会的活動であり、かつ、公開の集会またはこれに準じるものであって、大学の学問の自由と自治は、これを享有しないといわなければならない。したがって、本件集会に警察官が立ち入ったことは、大学の学問の自由と自治を犯すものではない。解説本判決は、学問の自由に研究の自由と研究結果の発表の自由が含まれることを明らかにしました。これに対し、教授(教育)の自由は、大学における教授の自由のみ学問の自由の内容として保障されるとしています。本判決は、大学の自治の主体を教授その他の研究者とし、学生は、大学の自治の主体ではなく、大学施設の利用者と捉えています。過去問学生の集会は、大学の許可したものであっても真に学問的な研究またはその結果の発表のためのものでなく、実社会の政治的社会的活動に当たる行為をする場合には、大学の有する特別の学問の自由と自治は享有しないといわなければならない。(公務員2021年)1 ○ 判例は、大学における学生の集会は、真に学問的な研究またはその結果の発表のためのものでなく、実社会の政治的社会的活動に当たる行為をする場合には、大学の有する特別の学問の自由と自治は享有しないとしています(最大判昭38.5.22)。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

集会・結社の自由

公開:2025/10/21

ガイダンス集会・結社の自由は、憲法21条1項によって保障されています。集会にはデモ行進のように場所を移動する場合も含まれます。公権力は、原則として、集会の主催、参加等について、制限を加えることが禁止されます。結社の自由には、結社を結成する自由だけでなく、結成しない自由も含まれます。泉佐野市民会館事件(最判平7.3.7)■事件の概要Xは、関西新空港の建設に反対する集会を開催するため、Y(泉佐野市)市長Zに市民会館の使用許可を申請した。これに対しZは、集会の実質的主催者が本件申請直後に過激派闘争事件を起こしている過激派組織(中核派)であること等から、不許可事由である市民会館条例(本件条例)7条1号の「公の秩序をみだすおそれがある場合」および3号の「その他会館の管理上支障があると認められる場合」に当たるとしで申請を不許可とした。そこで、Xは、本件条例7条1号、3号は憲法21条1項に違反し、本件不許可処分は憲法21条および地方自治法244条に違反するとして、Yに対し、国家賠償を求める訴えを提起した。判例ナビ第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。なお、Xが地方自治法244条違反を主張しているのは、市民会館が同条1項の「公の施設」に当たるからです。公の施設とは、住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供するために普通地方公共団体が設けた施設であり(地方自治法244条1項)、普通地方公共団体は、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒むことができず(同条2項)、また、住民が公の施設を利用することについて、不当な差別的取扱いをしてはならないとされています(同条3項)。そのため、Xに市民会館を利用させないことが、地方自治法244条に違反するのではないかが問題となるのです。画像2枚目 (元ページ: 104-105)■裁判所の判断1 地方自治法244条にいう普通地方公共団体の公の施設として、本件会館のように集会の用に供する施設が設けられている場合、住民は、その施設の設置目的に応じた限りその利用を原則的に認められることになるので、管理者が正当な理由なくその利用を拒否することは、憲法が保障する集会の自由の不当な制約につながるおそれを生ずることになる。したがって、本件条例7条1号及び3号を安易に適用して拒否することは、本件会館の使用を拒否することによって憲法の保障する集会の自由を実質的に否定することにならないかどうかを検討すべきである。2 このような観点からすると、集会に利用させる公共施設の管理者は、当該公共施設の設置の目的に応じ、また、その規模、構造、設備等を勘案し、公共施設としての使命を十分に達成しうるように適正にその管理権を行使すべきであって、これらの点からみて利用を不相当とする事由が認められないにもかかわらずその利用を安易に拒否するのは、利用の希望が競合する場合のほかは、施設をその目的のために利用させることによって、他の基本的人権が侵害され、公共の福祉が損なわれる危険がある場合に限られるものというべきであり、このような場合には、その危険を回避し、防止するために、その施設における集会の開催が必要かつ合理的な制限を加えうることがあると認められなければならない。そして、右の制限が表現の自由を制約するものとして許されるかどうかは、基本的には、基本的人権としての集会の自由の重要性と、当該集会が開かれることによって侵害されることのある他の基本的人権の内容や侵害の危険性の程度等を較量して決せられるべきものである。本件条例7条による本件会館の使用の規制は、このような較量によって必要かつ合理的なものとして是認される限りは、集会の自由を不当に侵害するものではなく、また、検閲に当たるものではなく、したがって、憲法21条に違反するものではない。…そして、このような較量をするに当たっては、集会の自由の制約は、基本的人権のうち精神的自由を制約するものであるから、経済的自由の制約における以上に厳格な基準の下に行われなければならない。3 本件条例7条1号は、「公の秩序をみだすおそれがある場合」を本件会館の使用を許可してはならない事由として規定しているが、同号は、表現の自由を保障しているとはいえ、右のような趣旨からして、市民会館における集会の自由を保障することの重要性よりも、本件会館で集会が開かれることによって、人の生命、身体又は財産が侵害され、公共の安全が害される危険を回避し、防止することの必要性が優越する場合をいうものと限定して解釈すべきであり、その危険性の程度としては、…単に危険な事態を生ずる蓋然性があるだけでは足りず、…そういった危険な事態の発生が具体的に予見されることが必要であると解するのが相当である。集会・結社の自由に、そのような事態の発生が許可権者の主観により予測されるだけではなく、客観的な事実に照らして具体的に明らかに予測される場合でなければならないことはいうまでもない。1 主催者が集会を平穏に行おうとしているのに、その集会の目的や主催者の思想、信条に反対する他のグループ等がこれを実力で阻止し、妨害しようとして紛争を起こすおそれがあることを理由に公の施設の利用を拒むことは、憲法21条の趣旨に反することをみるあき、したがって、本件会館の管理上の支障となることが、本件会館の設置目的を著しく損なう危険性があるかどうかを判断するにあたっては、主催者が集会を平穏に行おうとしているのに、その集会の目的や主催者の思想、信条に反対する他のグループ等がこれを実力で阻止し、妨害しようとして紛争を起こすおそれがあることを理由に公の施設の利用を拒むことは、憲法21条の趣旨に反することをみるあき、したがって、本件会館の実質的主催者と目される中核派は、関西新空港建設反対運動の先導権をめぐって他のグループと激しい対立抗争を続けており、これが常に予想も困難であることから、会館内外でグループ間の衝突が生じ、人の生命、身体又は財産が侵害される危険性があったとはいえない。2 このように、本件不許可処分は、本件会館の目的やその実質的主催者と目される中核派という団体の性格そのものを理由とするものにほかなら、また、その主観的な判断による蓋然的な危険発生のおそれを理由とするものともいうべく、中核派が、本件許可処分のあった当時、関西新空港の建設に反対して過激な実行力を行使するおそれがあったとしても、本件会館が関西新空港に隣接するという客観的な事実からみて、本件集会が実施された場合には、会館内外又はその付近の路上等においてグループ間の暴力的な衝突が起こり、人の生命、身体又は財産が侵害され、公共の安全が害されるという、本件会館の設置、選択、あるいは住民の生命、身体又は財産が侵害されるという事態を発生することが、具体的に明らかに予見されることを理由とするものと認められる。したがって、本件不許可処分が憲法21条、地方自治法244条に違反するということはできない。解説本判決は、集会の自由に対する制約の合憲性を比較衡量の手法を用いて判断しています。そして、「本件条例7条1号の『公の秩序をみだすおそれがある場合』を」「集会が開かれることによって、人の生命、身体又は財産が侵害され、公共の安全が害される危険を回避し、防止することの必要性が優越する場合」と限定解釈し、さらに、明らかに差し迫った危険の発生が具体的に予見されることを要することにより、合憲であるという結論を導いています。1 公の施設公の施設である市民会館の使用を許可してはならない事由として条例の定める「公の秩序をみだすおそれがある場合」とは、市民会館における集会の自由を保障することの重要性よりも、市民会館で集会が開かれることによって、人の生命、身体又は財産が侵害され、公共の安全が害される危険を回避し、防止することの必要性が優越する画像3枚目 (元ページ: 106-107)場合にいうものと限定して解すべきであり、その危険性の程度としては、単に危険な事態を生ずる蓋然性があるだけでは足りず、明らかに差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要であると解するのが相当である。(公務員2020年)1 ○ 判例は、「公の秩序をみだすおそれがある場合」を右のように限定解釈した上で、さらに、危険性の程度について、明らかに差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要であるとしています(最判平7.3.7)。広島市暴走族追放条例事件 (最判平19.9.18)■事件の概要広島市暴走族追放条例(本条例)は、16条1項において、「何人も、次に掲げる行為をしてはならない。」と定め、その1号として「公共の場所において、当該場所の所有者又は管理者の承諾又は許可を得ないで、公衆に不安又は危惧を覚えさせるようない集又は集会を行うこと」を掲げている。そして、本条例17条は、16条1項第1号の行為が、本市の管理する公共の場所において、特異な服装をし、集団の威勢若しくは一部の集団を使い、円陣を組み、又は旗を立てる威勢等を示すことにより行われたときには、市長は、当該行為者に対し、当該行為の中止又は当該場所からの退去を命ずることができる。』とし、本条例19条は、この市長の命令に違反した者は、6月以下の懲役または10万円以下の罰金に処するものと規定している。Xは、広島市長の許可を得ないで、市内の広場で他の暴走族のメンバーとともに集会を行い、さらに、市長の権限を代行する市の職員の中止命令に従わず集会を継続したため、本条例16条1項1号、17条、19条違反で逮捕・起訴された。判例ナビ第1審、控訴審ともに、Xの行為は本条例16条1項1号、17条、19条違反に該当するとして、Xに懲役4月(執行猶予3年)の有罪判決を言い渡しました。これに対し、Xは、16条1項1号、17条、19条の各規定が憲法上も内容も憲法21条1項、31条に違反すると主張して上告しました。■裁判所の判断なるほど、本条例は、暴走族の跋扈において社会通念上の暴走族以外の集団が含まれる文言となっていること、禁止行為の対象及び市長の中止・退去命令の対象も社会通念上の暴走族以外の者の行為にも及ぶ文言となっていることなど、規定の仕方が適切ではなく、本条例がその文言ど集会・結社の自由おりに適用されることになると、規制の対象が広範囲に及び、憲法21条1項及び31条との関係で問題があることは所論のとおりである。しかし、本条例19条が罰則の対象としているのは、同17条の市長の中止・退去命令に違反する行為に限られる。そして、本条例の目的規定である1条は、「暴走行為、い集、集会及び蛇行等における示威行為が、市民生活の平穏の安全確保に重大な影響を及ぼしているのみならず、国際平和文化都市の印象を著しく傷付けている」存在として、「暴走族」を本条例の規制する対象として想定するものである。本条例3条、5条、6条、9条の規定が「暴走族」を想定していることから、本条例は、暴走族に特有の、あるいは、暴走族において顕著な集団による威圧的な行動を規制の対象としているものと解される。そして、本条例の規制する行為は、暴走族の行う「い集、集会、蛇行、暴走行為等暴走族であることを強調するような文字等を刺しゅう、印刷等された服装等の着用者の存在(中略)、暴走族等を強調、連想させるような文言等を刺しゅう、印刷等された旗等」の存在(4号)、「暴走族であることを強調するような大声の掛合い等」(5号)を本条例17条の中止命令等を発する際の判断基準として挙げている。このような本条例全体の仕組みから読み取ることができる趣旨、さらには本条例施行規則の規定等を総合すれば、本条例が規制の対象としている「暴走族」は、本条例2条7号の定義にもかかわらす、自動車等を用いてことさらとこれに類するような社会的に非難されるべき行為を行うことを目的とした集団であると解される。 暴走族においてのみとくに顕著な類似集団と社会通念上同様に評価できるものであることが同視できる集団に限られるものと解した。したがって、市長において本条例による中止・退去命令を発し得る対象も、憲法上不当に広範であるとはいえない。そして、このような集団による威圧的、示威的な行為をもって、その規制が、本条例の目的である市民生活の平穏の安全の確保という正当なものであり、この場合において、本条例が規制の対象としている行為は、その態様において他者に不安や危惧を覚えさせるものであって、このような集団による暴走族類似集団による集会が、条例1条、本条例17条、19条等の規定による規制は、広島市内の公共の場所における暴走族による集会等が公衆の平穏を著しく害したこと、規制に係る集会であって、これを行うことに直ちに公益に反するものであるから、市長による中止命令の対象とすることの、この性格に徴表した規制に初めて必要とすべきものとするという均衡の考慮が前提となっている。この場合において、その弊害を防止しようとするという規制目的の正当性、弊害防止手段としての合理性について、この規制により得られる利益と失われる利益との均衡の観点に照らしても、本条例21条1項、31条に違反するとはいえない。解説本判決は、本条例をそのまま適用すると、規制対象が広くなりすぎて憲法21条1項、31条との関係で問題があることを認めた上で、「暴走族」を「本来的な意味での暴走族と社会通念上これと同視できる集団」と限定解釈を加え、このように解釈すれば憲法21条1項、31条に違反しないと結論した。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9

検閲・事前抑制の禁止

公開:2025/10/21

ガイダンス憲法21条2項は、「検閲は、これをしてはならない」と規定し、検閲を禁止します。これは、国家が表現行為が公に触れる前に禁止するものであり、表現の自由に対する最も重大な侵害行為だからです。検閲の要件は、憲法上明らかではありませんが、判例によって明らかにされています。また、表現行為に対する規制が検閲の要件を充たさない場合であっても、それを事前に抑制することは原則として禁止されます(事前抑制の禁止)。税関検査訴訟 (最大判昭59.12.12)■事件の概要Xは、所持のポルノ雑誌を注文し、郵送で輸入しようとしたところ、関税定率法21条1項3号(現69条の11第7号)が輸入禁制品として規定する「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」(3号物件)に該当する旨の通知を受けたため、異議の申出をしたが、棄却された。そこで、Xは、通知および異議申出棄却決定の取消しを求める訴えを提起した。判例ナビ第1審判決および原審申出棄却決定は検閲に当たり違憲違法であるとして、その請求を容認しましたが、控訴審が第1審を取り消して、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。■裁判所の判断1 憲法21条2項は、「検閲は、これをしてはならない」と規定し、検閲を禁止につき、広くこれを保障する旨の一般的規定を同条一項に置きながら、特に表現の自由につき、このような特定の類型を設けたのは、検閲がその性質上表現の自由に対する最も厳しい制約となるものであることにかんがみ、これについては、公共の福祉を理由とする例外の許容(憲法12条、13条参照)をも何らの斟酌の余地がないものとした趣旨と解すべきである。けだし、検閲においては、表現する前に国家により思想内容の当否が審査され、不当と判断されたものの発表が禁止される結果となり、思想の自由市場における自由な発表と交換が妨げられるといった経験を経たうえで、憲法は21条2項の規定に、これらの経験に基づいて、検閲の絶対的禁止を宣言した趣旨であると解されるのである。そして、前述のような趣旨に基づき、その要件を解釈として考えると、憲法21条2項にいう「検閲」とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきである。2 そこで、3号物件に関する税関検査が憲法21条2項にいう「検閲」に当たるか否かについて判断する。(1) 税関検査は、輸入申告にかかる書類、図画その他の物品や輸入される郵便物中にある信書以外の物につき、それが3号物件に該当すると認められる場合に理由があるとて税関長がその旨の通知がされたときは、以後これを輸入する途が閉ざされることとなるものであって、その結果、当該表現物に表された思想内容等は、わが国の中においては発表の機会を奪われることとなる。また、表現の自由の保障は、他国において、これを受ける者の表現物をわが国において頒布する自由をも等しく保障するものと解すべきである。右のわが国における頒布等の自由が制限されることになるのである。したがって、税関検査が表現物の思想内容等を審査する手続にすぎないとみるのは当を得ず、...当該表現物に表された思想内容等を発表する機会を一切禁止したというものではない。それは、当該表現物につき、発表前にその内容を一切禁止するというものではない。また、当該表現物は、輸入が禁止されるだけであって、税関により没収、廃棄されるわけではないから、発表の機会を全面的に奪われるというものでもない。(2) 税関検査は、関税手続の一環として、これに付随して行われるものであり、思想内容等それ自体を網羅的に審査し規制することを目的とするものではない。(3) 税関検査は行政権によって行われるとはいえ、その主体となる税関は、関税の確定及び徴収を本来の職務内容とする機関であって、特に思想内容等を対象としてこれを規制することを独自の使命とするものではなく、また、前述のように、思想内容等の表現物に...が通知されたときは司法審査の機会が与えられているのであって、行政権の判断が最終的なものとされるわけではない。以上の諸点を総合して考察すると、3号物件に関する税関検査は、憲法21条2項にいう「検閲」に当たらないというべきである。二 3号物件に関する輸入規制と表現の自由(憲法21条1項)1 わが国における健全な風俗を維持保護する見地からするときは、猥褻表現物がみだりに国外から流入することを阻止することば、公共の福祉に合するものであり、…表現の自由に関する憲法の保障も、その限りにおいて制約を受けるものというほかなく、前述のような税関検査による猥褻表現物の輸入規制は、憲法21条1項の規定に反するものではないというべきである。わが国において猥褻文書等に関する行為が処罰の対象となるのは、その頒布、販売及び販売の目的をもってする所持であって(刑法175条)、単なる所持自体は処罰の対象とされていないから、最小限度の制約として単なる所持を目的とする輸入は、これを規制の対象から除外すべきである場合であるけれども、…猥褻表現物の流入、伝播によりわが国における健全な性風俗が害されることを実効的に防止するには、単なる所持目的かどうかを区別することなく、その流入を一般的に、いわば水際で阻止することもやむを得ないものといわなければならなく、その流入を一般的に、いわば水際で阻止することもやむを得ないものといわなければならない。2 表現の自由を規制する法律の規定について限定解釈をすることが許されるのは、その解釈により、規制の対象となるものとそうでないものとが明確に区別され、かつ、合憲的に規制し得るもののみが規制の対象となることが明らかになる場合でなければならず、また、…一般国民の判断において、具体的に当該表現物が規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読みとることができるものでなければならない。…けだし、かかる基準を欠くときは、裁判所の判断が恣意的であるとのそしりを免れない。…表現の自由が不当に制限されることとなりかねなく、国民がその表現の範囲を念慮して本来自由に行い得る表現行為までも差し控えるという萎縮効果を生むことになるからである。3 これを本件についてみるのに、…関税定率法21条1項3号の「風俗を害すべき書籍、図画」等も猥褻な書籍、図画等のみを指すものと限定的に解釈することによって、合憲的に規制し得るもののみをその対象とすることが明らかにされたものということができる。また、右規定において「風俗を害すべき書籍、図画」なる文言が専ら猥褻な書籍、図画等を意味することは、現代の社会通念に照らして、わが国における社会通念に合致するものといって妨げない。そして、猥褻性の概念は刑法175条の規定の解釈に関する判例の蓄積により明確化されており、規制の対象となるものとそうでないものとの区別の基準につき、明確性の要件に欠けるところはなく、前記3号の規定を右のように限定的に解釈すれば、憲法上保護に値する表現行為をしようとする者を萎縮させ、表現の自由を不当に制限する結果を招来するおそれのないものということができる。4 以上の次第であるから、関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等とは、猥褻な書籍、図画等を指すものと解すべきであり、右規定は広汎で又は不明確の故に無効なものということはできず、猥褻表現物たる図画等の輸入規制が憲法21条1項の規定に違反するということはできない。上来説示のとおりである。解説本判決は、憲法21条2項にいう「検閲」の意義を明らかにした上で、税関検査によって輸入が差止められる表現物は、国外で既に発表済みのものであること、税関検査は思想内容等それ自体を網羅的に審査し規制することを目的とするものではないこと等を理由に「検閲」に当たらないとして、Xの上告を棄却しました。また、関税定率法21条1項3号(現69条の11第7号)の「風俗を害すべき」の文言について、「風俗」は性的風俗を意味し、輸入禁止の対象となるのは猥褻な書籍等に限られると限定解釈をし、「風俗を害すべき」の文言は不明確ではないから憲法21条1項に違反しないとしました。この分野の重要判例◆教科書検定 (最判平5.3.16)憲法26条違反について本件検定による審査は、単なる誤記、誤植等の形式的なものにとどまらず、記述の実質的な内容、すなわち教育内容に及ぶものである。しかし、普通教育の場においては、児童、生徒の発達に応じた授業の内容を学習する十分な能力は備わっていないこと、学校教育法に基礎を置く検定は広く国民の教育の機会均等を求める要請があることなどから、教育内容が正確かつ中立・公正で、地域、学校のいかんにかかわらず全国的に一定の水準の教育を受けることができることが必要である。しかし、これより程度の差はあるが、基本的には高等学校の場合においても小学校、中学校の場合と異ならないのである。このような児童、生徒に対する教育の内容が、その心身の発達段階に応じたものでなければならないこと、その内容は偏ったものであってはならず、その普及実現を図るための財政的基盤も、右目的のため必要な限度で援助することとしてよいというものではない。子どもが自由かつ独立の人間として成長することを妨げるような内容を含むものでもない。また、右のような検定を経た教科書を使用することが、表現の授業等における前記のような裁量を奪うものでもない。したがって、本件検定は、憲法26条等に違反するものではなく、このことは、前記大法院判決の趣旨に徴して明らかである。*最大判昭51.5.21の特徴として備えるものを指すと解すべきことは、前掲大法廷判決の判示するところである。判例は、本件各処分は、「検閲」に当たらないとしても、表現の自由を保障する憲法21条1項に違反する旨を主張するので、以下に判断する。(1) 結論からすると、事前差止めの合憲性に関する判断に先立ち、実体法上の差止請求権の存否について考えるのに、人の品性、徳行、名誉、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法710条)又は名誉回復のための処分(同法723条)を求めることができるほか、人格権として名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができると解するのが相当である。(2) しかしながら、言論、出版等の表現行為による名誉毀損を来す場合には、人格権としての個人の名誉の保護(憲法13条)と表現の自由の保障(同21条)とが衝突し、その調整を要することとなるので、いかなる場合に侵害行為としてのその規制が許されるかについて慎重な考慮が必要である。(3) 次に、裁判所の行う出版物の頒布等の事前差止めは、いわゆる事前抑制として憲法21条2項に違反しないか、について検討する。① 表現行為に対する事前抑制は、新聞、雑誌その他の出版物や放送等の表現物がその自由市場に出る前に、その内容を理由にこれを禁止し、ないし制限を課し、その発表の機会を事前に奪い又は著しくこれを減殺する性質を有する。事前抑制は、事後的な救済に比べ、表現活動を事前に封殺することの性質上、予備に基くものとならざるを得ないこと等から事後制裁の場合よりも広きにわたり易く、濫用の虞があるうえ、実際上の抑止的効果が事後制裁の場合よりも大きいと考えられるのであって、表現行為に対する事前抑制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されるものといわなければならない。出版物の頒布等の事前差止めは、このような事前抑制に該当するものであって、とりわけ、その対象が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関するものである場合には、そこと自体から、一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができ、前示のような憲法21条1項の趣旨に照らし、その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み特に重要な保護されるべきものであることにかんがみると、当該表現行為に対する事前差止めは、原則として許されないものといわなければならない。ただ、右のような場合においても、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは、当該表現行為はその価値が被害者の名誉に優先することが明らかであるうえ、有効適切な救済方法として差止めの必要性が肯定されるから、かかる具体的要件を具備するときに限って、例外的に事前差止めが許されるものというべきであり、このように解しても上記憲法にかかる憲法の趣旨に反するものではないというべきである。② 表現行為が事前抑制につき禁止されるところによれば、公務員の公務に関する事項についての表現行為に対し、その事前差止めを仮処分をもって認める場合のために、一般の仮処分命令のように、単に迅速な処理を目指し、口頭弁論を経ないで債権者の審尋等を必要とせず、立証についても疎明で足りるものとするときは、表現の自由を確保するうえで、その手続的保障として十分であるとはいえず、しかもこの場合、表現行為の差止めが万一不当なときは、その目的が専ら公益を図るものであることを当該表現が真実であることとの立証にあるのであるから、事前差止めを命ずる仮処分命令を発するについては、口頭弁論又は債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることを原則とすべきものと解するのが相当である。ただ、差止請求の対象が公共の利害に関する事項についての表現行為である場合においても、口頭弁論を開き又は債務者の審尋を行うまでもなく、債権者の提出した資料によって、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であり、かつ、債権者の重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があると認められるときは、口頭弁論又は債務者の審尋を経ないで差止めの仮処分命令を発したとしても、憲法21条の趣旨の趣旨に反するものではないというべきではない。*最大判昭61.6.11解説本判決は、前判決による事前差止めが、憲法21条2項の「検閲」には当たらず、同条1項が禁止する事前抑制に当たることかを明らかにした。そして、同項は事前差止めが絶対的に禁止されず、ただ、一定の実体的要件と手続的要件を満たす場合には、例外的に許されるとしました。過去問1 表現行為を事前に規制することは原則として許されないとされ、検閲は判例によれば絶対的に禁じられるが、裁判所による表現行為の事前差止めは厳格な要件のもとで許容される場合がある。(行書平12-20改)2 人の名誉を毀損する文書について、裁判所が、被害者の請求に基づいて当該文書の出版の差止めを命ずることは、憲法第21条第2項の定める「検閲」に該当するが、一定の要件の下において例外的に許容される。(公務員2019年)1 O 判例は、憲法21条2項後段は「検閲」の絶対的禁止を宣言したものとしています(最大判昭59.12.12)。しかしその一方で、裁判所による表現行為の事前差止めは「検閲」に当たらず、厳格かつ明確な要件のもとにおいて許容されうるとしています(最大判昭61.6.11)。2 X 判例は、出版物の仮処分による事前差止めは、裁判所が当事者の申請に基づいて差止請求権等の私法上の被保全権利の存否、保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであって、憲法21条2項の「検閲」には当たらないとしています(最大判昭61.6.11)。

「『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日」 ISBN 978-4-426-13029-9
« 1 2 3 4 5 6 7 39