(1) 裁判所は、「充実した公判の審理を継続的,計画的かつ迅速に行うため必要があると認めるとき」。検察官。被告人もしくは弁護人の請求によりまたは職権で、決定で,事件を公判前整理手続に付することができる(法316条の2第1項)。裁判員裁判対象事件については、これを公判前整理手続に付することが必要的である(裁判員法49 条)。*2016(平成 28)年に、従前から、検察官や弁護人の申出を受け。両当事者の意見を聴いた上、職権による決定で開始されていた公判前整理手続及び期日間理手続について,検察官,被告人または弁護人が、裁判所に対し、事件を公判前整理手続または期日間整理手続に付することを請求できるとする法改正が行われた(法 316条の2・316条の28)。もっとも、事者に請求権を付与することで変わったのは、裁判所に応答(請求に対する決定)する訴訟法上の義務が生じる点のみである。手続を実施する必要性の要件に変更はなく、裁判所はあらかじめ事者等の意見を聴いた上で決定することとされ(法316条の2第2項、規則 217条の3・217条の29),請求を却下する決定に対し不服申立ての途は設けられていないので、従前と何ら変わらぬ運用となろう。 (2) 手続は、訴訟関係人を出頭させて陳述させる方法(公判前整理手続期日を設ける方法)、または、訴訟関係人に書面を提出させる方法により実施される(法316条の2第3項)。これらの方法を適宜織り交ぜて行うこともできる。期日を指定するについては、その期日前に訴訟関係人が行う準備を考慮しなければならない(規則217条の6)。裁判所は、裁判所が決定すべき事項(例,訴因変更許可。個人特定事項の通知。証拠決定、証拠開示に関する裁定)を除き,受命裁判官に公判前整理手続をさせることができる(法 316条の11)。なお、裁判所は、弁護人の陳述または弁護人が提出する書面について被告人の意思を確かめる必要があるときは、公判前整理手続期日において被告人に質問し、あるいは、弁護人に被告人と連署した書面の提出を求めることができる(法316条の10)。弁護人の予定主張等が被告人の真意に沿ったものでなければ、争点整理が実効をくので、必要に応じ,被告人の意思を確認できるようにしたのである。(3)法は手続において行う事項を、具体的に列挙している(法316条の5)。それらは、①訴因・罰条を明確にさせ、訴因変更を許可し、主張を明示させるといった主張ないし争点の整理に関するもの(1号・2号・4号),②証拠調べ請求,立証趣旨・尋問事項の明確化,証拠意見の確認、証拠決定、証拠調べの順序・方法の決定、証拠調べに関する異議申立てに対する決定といった証拠の整理に関するもの(5号~10号),③証拠開示に関するもの(11号),④事件への被害者参加の決定またはその取消し(12号),公判期日の決定・変更など審理計画の策定に関するもの(13号)に分類できる。なお、公判前整理手続では、第1回公判期日前であっても証拠調べ請求(5号)や証拠決定(8号)ができるので、証拠調べは冒頭手続終了後に行う旨の規定には、例外を認める但書が設けられている(法 292条但書)。もっとも、公判前整理手続において実際に行うことができる事柄は、列挙された事項に限定されるわけではない。列挙された事項を行う前提あるいは手段として必要な事項、付随して行う必要がある事項は法・規則に従い実施可能である。例えば、裁判所が、「公判期日においてすることを予定している主張を明らかにさせて事件の争点を整理する」(注316条の5第4号)ために、検察官、被告人、弁護人に、主張の不明確な点について釈明を求めることや(規則 20811).「証拠開べをする決定文は部拠開べの講沢を下する決定をする」(法316条の5第8号)ために、必要な事実の取調べを行うこと(法43条3項、規則33条3項),証拠書類または証拠物の提示を命ずること(規則192条)などができる。
(1)公判前理手続を主宰するのは、当該事件の審理を担当する受訴裁判所である(法316条の2)。また,当事者追行主義訴訟の準備段階においても主導的に活動すべきは両当事者であるが、この手続の運用には的確な法的技能を要するので、弁護人がなければ手続を行うことができず(法 316条の4),手続期日には検察官と弁護人の出頭が必要的である(法316条の7)。被告人の出頭は必要的でないが、出頭する権利があり、また、被告人の意思を確認する等のため、裁判所は、必要と認めるときは、被告人の出頭を求めることができる(法 316条の9)。被告人の出頭を求めたときは、速やかにその旨を検察官・弁護人に通知しなければならない(規則 217条の11)。被告人が出頭する最初の公判前整理手続期日において、裁判長は、被告人に対し黙秘権・供述拒否権を告知しなければならない(法 316条の9第3項)。裁判所には、充実した公判の審理を継続的。計画的かつ迅速に行うことができるよう。公判前整理手続において、十分な準備が行われるようにするとともに、できる限り早期にこれを終結させるよう努め、また、公判の審理予定を定めることが要請されている(法316条の3第1項、規則217条の2第1項)。他方、訴訟関係人は、手続の目的が達せられるよう、相互に協力するとともに、その実施や審理予定の策定に関し、裁判所に進んで協力しなければならない(法316条の3第2項、規則217条の2第2項)。*法制審議会の答申した要納(骨子)「第2-2」は、映像と音声の送受信による公判前理手続期日等への出席・出頭について、大要、そのような改正案を示している。(2) 検察官・弁護人・裁判長ではない裁判官の出席・出頭ア 裁判所は、相当と認めるときは、検察官及び弁護人の意見を購き、同一番内(裁判長が公判前装理手続期日または期日間整理手続期日(以下「公判前整理手続期日等」という。)における手続を行うために在席する場所と同一の構内をいう。イ及び(2)において同じ。)以外にある場所であって適当と認めるものに検察官または弁護人を在席させ。映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、公判前盤理手続期日等における手続を行うことができる。この場合において、その場所に在席した検察官または弁護人は、その公判前髪理手統期日等に出頭したものとみなす。イ裁判所は、同一構内以外にある場所に合議体の構成員を在席させ,映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話することができる方法によって、公判前理手続期日等における手続を行うことができる。(2)被告人の出頭裁判所は、相当と認めるときは、検察官及び被告人または弁護人の意見を聴き、同一構内以外にある場所であって適当と認めるものに被告人を在席させ、映像と音声の送受により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、公判前整理手期日等における手続を行うことができる。(2)手続の主宰者を受訴裁判所としたのは、この手続で行われる手点整理や証拠決定,審理計画策定等が、すべて当該事件の公判審理の在り方を決定するので、当該事件の公判運営に責任を負う受訴裁判所が主宰するのが必要かつ合理的と考えられたからである。受訴裁判所には、手続の主宰者として、第1回公判期日前の段階において、当該事件における事者の予定主張や立証計画と立証構造、さらに事件に関係する証拠に接する機会が生じるが、法の要請する予断防止原則の趣意は、起訴状一本主義の規定(法 256条6項)に具現されているとおり、公判審理開始前に、裁判所が、一方的な形で証拠に接し、そこから捜査段階の心証を引き継ぐのを禁止して、裁判所があらかじめ事件の実体に関する一方的心証を形成するのを防止することにある(第2編公訴第2章13)。公判前整理手続は、両当事者が対等に参加・関与する手続として構成されており、その目的は争点・証拠整理と審理計画の策定であるから、裁判所が事件の実体についてあらかじめ心証形成することはない。主宰者たる受訴裁判所は、この目的達成のため、基本的には、両当事者の予定主張や立証計画等に接するのであり、主張は証拠ではない。また、後記のとおり、この手続においては、裁判所は第1回公判期日前であっても証拠決定や証拠開示に関する裁定を行うことがあり、その際には証拠自体に接することになるが、それは、証拠能力の有無や証拠開示の要件の有無の判断のため、その限度で証拠を確認するのであり、そこから直接、当該証拠の信用性の評価や美体に関する心証を形成するのではない。それ故、受訴裁判所が公判前理手続を主宰する構成は、予断防止原則に抵触するものではない。*裁判員裁判との関係で、愛訴裁判所を構成する職業裁判官と裁判員との「情報格差」を問題視する議論があるが、理由がない。公判前整理手続に関与して両当事者の予定主張に接し、証拠決定や審理計画の策定等に携わった職業裁判官と、公判審理に際してはじめて選任される裁判員との間に、審理開始時点で当該事件に関し認知している情報に格差があるのは制度上当然である。そして、両当事者の主導する公判審理の進行状況を勘案し、公判前整理手続において知り得た両当事者の立証計画や立証構造に関する情報をも踏まえて、正確な事実認定・事案解明に向けて審理と評議を的確に進行させるのは、裁判員裁判において職業裁判官に期待される当然の役割である(裁判員法 66条5項参照)。
公判前整理手続は、刑事裁判の充実・迅速化を図り,事件の争点に集中した審理を実現するための公判準備である。公判審理を継続的,計画的かつ迅速に行うため、争点及び証拠を整理することを目的とする(法 316条の2)。2004(平成16)年の法改正により設計・導入され、2005(平成17)年11月から実施されている。迅速かつ充実した公判審理を実現するためには、争点に集中した証拠調べを連日的に実施する必要があり、そのためには、第1回公判期日前に、あらかじめ両事者が公判でする予定の具体的主張を交換し、これを通じて画定された争点について、取り調べるべき証拠を選別・整理し、証拠調べの順序・方法を決定した上で、個々の証拠調べに要する時間を見積もり、必要な回数の公判期日をあらかじめ指定するなどして、明確な審理計画を策定しておくことが要請される。また、争点整理に資する被告人側の具体的主張明示と立証準備のためには、被告人側に対して、検察官が取調べ請求を予定する証拠以外の,被告人の防票にとって必要・重要な証拠の事前開示が不可である。さらに、裁判員裁判では、一般国民に対する負担過重を避け、迅速で分かりやすい審理が要請されるので(裁判員法51条)、明確な審理計画のもと、整理された手点について、直接・口頭の証拠を中心とした立証の準備が要請されるのである。このような第1回公判期日前の公判準備は、本来、当事者追行主義刑事訴訟の健全・的確な作動のために必要不可大な手続段階として、組み込まれるべきものであった。また。争点撃理と立証計画策定及びその前提となる検察官手持ち証拠の被告人側への開示という設計思想は、充実した刑事裁判実現のための普通的前提というべきである。公判前理手続の導入は、現行法制定当初落していた本来在るべき手続段階を設定し、この手続に関与する法律家に対して、知力を傾けるべき新たな領域を創設したのである。
裁判長は、訴訟関係人の事前準備を考慮して第1回公判期日を指定し、その期日に被告人を召喚し、かつ、その期日を検察官,弁護人及び補佐人に通知しなければならない(法273条)。被告人に対する第1回公判期日の召喚状の送達は、起訴状謄本の送達前にはすることができない(規則179条1項)。その他被告人の召喚については前記のとおり〔第2章Ⅲ2(2)〕。審理に2日以上を要する事件の公判期日を指定するには、できる限り連日開廷し、継続して審理を行わなければならない(法281条の6)。やむを得ない事情のある場合の公判期日の変更については、前記のとおり〔第1章Ⅰ(2)〕*裁判員裁判対象事件では、後記のとおり、必要的に公判前整理手続に付され(表判員法4条)、手点と証拠を理した上で理計画を立て、原則として「連日的開延」が行われている。表具裁判以外の事件についても、数判の退速・充実化のための計画的集中審理の要請に異なるところはないから、争点や証拠関係が複雑な事件については、後記の公判前撃理手続・期日間整理手続や前記の裁判所と当事者との打合せ(規則178条の16)等の規則が定める事前準備を活用して、第1回公判期日前や期日間に争点と証拠の整理を行って審理計画を立て、複数の公判期日を近接した日時に一括して指定するなどの工夫が行われている。なお、前記事前準備に関する規則は、第1回公判期日前の準備を想定したものではあるが、実務では、三者間の打合せ等が期日間準備においても活用されている。事前準備に関する規則の趣旨は期日間準備にも妥当するものであるから、適切な運用といえよう。
(1) 公判前整理手続(日)に付されない事件であっても、第1回公判期日から充実した集中的な審理を行うためには、訴訟関係人が,第1回公判期日前に,相互にあらかじめ公判の準備を十分に尽くしておくことが不可欠である。これを「事前準備」と称する。1961(昭和36)年の規則改正により、一連の規定が設けられた(規則178条の2~178条の7.178条の14~178条の17)。事件が公判前整理手続に付されるまでは、これらの規定がすべて適用される。また、一部を除き、公判前理手続に付された事件にも適用される(規則 217条の19)。そのとおり、これらの規則の定めは、検察官が取調べ請来を予定している証拠の事前開示や当事者相互の準備活動を促進する面はあるが、検察官が取調べ請求を予定していない証拠の開示については何ら触れず、また、審理を主辛する受訴裁判所が訴訟関係人の準備活動に直接関与しつつ手点と証拠を整理する途はきしいので、第1回公判期日前の準備手能としては不徹底なところがある。(2)訴訟関係人は、①第1回公判期日前に、できる限り証拠の収集及び理をして、審理が迅速に行われるように準備しなければならない(規則178の2)。②検察官は、取調べ請求する予定の証拠書類・証拠物については、なるべく速やかに被告人または弁護人に閲覧の機会を与えなければならず、弁護人は、被告人その他の関係者に面接するなど適当な方法により事実関係を確かめておくほか、検察官が閲覧の機会を与えた証拠書類・証拠物については、なるべく速やかに、同意、不同意または異議の有無の見込みを検察官に通知しなければならない(規則178条の6第1項・2項)。③検察官及び弁護人は相互に連絡して、訴因・罰条を明確にし、または事件の争点を明らかにするため、できる限り打ち合わせ、審理に要する見込み時間など開廷回数の見通しを立てるについて必要な事項を裁判所に申し出なければならない(規則178条の6第3項)。④第1回公判期日前に,訴訟関係人が相手方に証人等の氏名及び住居を知らせる場合(法 299条)には、なるべく早い時期に知らせなければならない(規則178条の7、なお検察官請求証人等の氏名・住居を知る機会を与えず、氏名に代わる呼称・住居に代わる連絡先を知る機会を与える場合[法299条の4第3項]も同様とする)。⑤検察官及び弁護人は、第1回公判期日に取り調べられる見込みのある証人については、なるべく在延させるように努めなければならない(規則178条の14)。⑥検察官は、公訴の提起後は、被告人側が押収物を訴訟の準備に利用できるようにするため、なるべく避付もしくは仮避の処置をとるよう考慮しなければならない(規則 178条の17)。(3)前記訴訟関係人の準備活動を促進するため、裁判所は、次のような処置を執らなければならない。①検察官と弁護人の相互連絡が速やかに行われるようにするため、必要があるときは、裁判所書記官に命じて、双方の氏名を相手方に知らせるなど適当な措置を執らせること(規則178条の3)。②第1回公判期日の指定に当たっては、その期日前に訴訟関係人がなすべき準備について考癒すること(規則178条の4)。③公判期日の審理が充実して行われるようにするため相当と認めるときは、あらかじめ検察官または弁護人にその期日の審理に充てることのできる見込みの時間を知らせること(則178条の5)。その他。裁判所は、次のような処置を執ることができる。①裁判所書記官に命じて、検察官または弁護人に、訴訟の準備の進行状況を問い合わせ、またはその準備を促す措置を執らせること(規則178条の15)。②適当と認めるときは、第1回公判期日前に、検察官及び弁護人を出頭させて、公判期日の指定その他訴訟の進行に関し必要な打合せを行うこと(規則178条の16第1項本文)。ただし、事件につき予断を生じさせるおそれのある事項にわたることはできない(規則178条の16第1項但書)。
(1) 被告人の弁護人選任権,国選弁護人選任請求権、及び必要的弁護事件等について、裁判所は、次のとおり、被告人がこれを十分理解した上で権利行使ができるよう。権利の告知。教示をしなければならない。公訴提起後、裁判所は、遅滞なく被告人に対して、①弁護人選任権があること、②貸困その他の事由により私選弁護人を選任できないときは、国選弁護人の選任を請求できること、③死刑または無期もしくは長期3年を超える拘禁刑に当たる必要的弁護事件については、弁護人がないと開廷することができないこと、を知らせなければならない(法272条1項、規則177条)。また,④公判前盤理手続に付した事件については、弁護人がなければ同手続を行うことができないこと、弁護人がなければ開延することができないことを知らせなければならない(規則 217条の5)。⑤即決裁判手続の申立てがあった事件についても、弁護人選任権・国選弁護人選任請求権の告知に加えて、弁護人がなければ同手続に係る公判期日を開くことができないことを知らせなければならない(規則222条の16)。いずれも、被告人に弁護人があるときはこの限りでない。なお、国選弁護人の選任を請求できる旨を知らせるに当たっては、法の規定により弁護人が必要的とされている場合(法289条1項・316条の4第1項・316条の7・316条の28・316条の29・350 条の17)を除き、国選弁護人の選任を請求するには、資力申告書を提出しなければならないこと、及び資力が基準額以上のときは、あらかじめ、弁護士会に私選弁護人の選任申出をしなければならないことを教示しなければならない(法272条2項)。(2) 被告人に弁護人がないときは、円滑な手続進行に資するため、裁判所は、次のような措置をとらなければならない。必要的弁護事件及び即決裁判手続の申立てがあった事件については、弁護人を選任するかどうかを、その他の事件については、国選弁護人の選任請求をするかどうかを確かめなければならない(規則178条1項・222条の17第1項)。必要的弁護事件については、被告人に対し,一定の期間を定めて回答を求めることができ、また即決裁判手続の申立てがあった事件については、一定の期間を定めて回答を求めなければならない(規則 178条2項・222条の17第2項)。必要的弁護事件及び即決裁判手続の申立てがあった事件について、期間内に回答がなく、または弁護人の選任がないときは、裁判長は、直ちに被告人のため国選弁護人を選任する(規則178条3項・22条の17第3項)。国選弁護人は、原則として、裁判所の所在地にある弁護士の中から被告人ごとに選任する。被告人の利害が相反しないときは、1人の弁護人に数人の弁護をさせることができる(規則 29条)。
公判準備は、起訴状の裁判所への提出(法 256条1項)と、事件の受理(規則298条1項参照)から開始される。起訴された事件は、裁判所において,当該裁判所の事務分配規程に従い,機械的に各部・係に分配される。事件を受理した裁判所は、被告人の防準備に資するため、検察官の提出する起訴状の謄本を直ちに被告人に送達しなければならない(法 271条1項規則176条1項・165条1項)。送達ができなかったときは、裁判所は直ちにその旨を検察官に通知する(規則176条2項)。検察官による所在確認により再送達の可能性があり得るからである。公訴の提起と起訴状謄本の送達との間に長時間が経過すると、被告人の防禦に実質的不利益が生じ得るから、法は、公訴提起があった日から2か月以内に起訴状謄本が送達されないときは、公訴の提起は、さかのぼってその効力を失うと定めている(法271条2項)。公訴が失効したときは、裁判所は、決定で公訴を棄却しなければならない(法 339条1項1号)。*起訴状における個人特定事項の秘匿措置,起訴状の謄本に代わる起訴状抄本等の送達(法 271条の2~271条の5)については第2編第2章111(2)**を参照。
当事者追行主義の公判手続が健全・的確に作動するためには、手続関与者による事前の周封な準備が不可である〔序15)。公判期日の審理の準備のために、裁判所及び訟関係人により行われる手続を「公判準備」と称する。刑事手続の目標である事案解明。すなわち検察官が起訴状において主張する公訴事実が、公判期日における検察官の立証活動と被告人・弁護人の防興活動を踏まえて、合理的な疑いを超えて証明できているか、また、量刑にとって重要な事実が過不足なく証明できているかを、事実認定者である裁判所が、両当事者の論告・弁論を踏まえて、これを吟味・点検・評価する判決に到達すること、このような目標に向けて、手続関与者の相互協力と知力を尽くした目的合理的活動が要請される場面である。また、公判審理の迅速かつ充実した進行管理という観点からは、連日的に開廷して計画的・集中的な審理を実現するため(法281条の6),第1回公判期日前にあらかじめ事件の争点が整理され、その証明活動に向けた両当事者の立証計画が確立し、審理計画が策定されていることが必要不可久である。このように公判の準備は、刑事裁判の帰趨を決する極めて重要な手続段階である。法は、「公判前整理手続」(法 316条の2以下)を設定して、公判準備の典型形式を具現している。以下では、まずすべての公判準備に共通する事項に触れ、ぬいで、公判前整理手続の作動過程を説明する。
(1)処罪の被害者は、刑事訴訟の当事者ではないが、いわば事件の当事者として、その心情及び名誉について適切な配慮措置を受け、その立場が尊重されなければならない。法は、犯罪被害者及びその遺族に対する適切な配慮と一層の保護を図る趣意の規定を設けて、刑事手続内における配慮措置と手続関与の制度を設定している。①公判期日において被害に関する心情その他の意見陳述をすること(法 292条の2),②証人尋問に際しての証人への付添い(法157条の4)・証人の遮蔽(法157条の5)・ビデオリンク方式を利用した尋問(法157条の6),③公開の法廷での被害者特定事項の秘匿措置(法290条の2)等がその例である。また,一定の犯罪については、裁判所が犯罪の性質、被告人との関係その他の事情を考慮して相当と認めるときは、被害者等(被害者または被害者が死亡した場合もしくはその心身に重大な故障がある場合におけるその配者、直系の親族もしくは兄弟姉妹をいう)または、当該被害者の法定代理人に当該事件の手続への参加を許す「被害者参加」制度(法 316条の33)も設定されている。これらについては、別途説明を加える[第4章)。(2) 刑事手続そのものではないが、それに付随する配慮措置として、「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」において、あのような事項が定められている[第41213)*)。①被害者等が公判手続の傍聴を申し出たとき、裁判長が被害者等が公判手続を感できるよう配慮すること(同法2条)、②被害者等は、一定の場合を除き、係属中であっても事件の訴訟記録の関覧及び写が認められること(同法3条),③被害に関する民事上の争いについて被告人との間で合意が成立した場合は、その合意を公判調書に記載し、その記載に裁判上の和解と同一の効力を認めるという。民事上の争いについての刑事訴訟手続における和解の制度(同法19条)。④/定の犯罪について、被害者またはその一般承継人が当該事件の豚肉を原因とする不法行為に基づく損害賠償の請求に関し当該事件の刑事手織の成果を利用できる損害賠償命令制度(同法 24条)。13)以上のような制度により、北罪被害者等が公判手続の関与者として一定の活動をする場面が生じ得る。また。被害者等は、攻撃側当事者たる検察官の訴追活動に深い関心を有するのが通常であるから、法は、前記被害者参加制度における被害者参加人等は、検察官に対し、当該被告事件についての検察官の権限の行使(例、特定の訴因の設定・変更)に関し、意見を述べることができることとし、検察官は、当該権限を行使しまたは行使しないこととしたときは、必要に応じ、意見を述べた者に対してその理由を説明しなければならないとしている(法 316条の35)。もっとも、被害者参加人は、もとより刑事訴訟の当事者ではないから、立法論として、訴訟当事者に固有の訴追権限(例,訴因の設定・変更権限)や上訴権を付与することができないのは然であり、当事者追行主義の刑事訴訟の下で、そのような権限を伴う参加制度を設定する余地はないというべきである。<第3編第2章 参考文献>兼子一=竹下守夫•裁判法[第4版](有斐閣法律学全集,1999年)司法研修所檢察教官室編•檢察講義案〔令和3年版](法曹会,2023年)岡慎一=神山啓史・刑事弁護の基礎知識[第2版](有斐閣、2018年)
(1) 弁護人は、被告人自らまたは被告人以外の法定された選任権者が選任する場合と、裁判所または裁判長が被告人のために選任する場合とがある。前者を私選弁護人,後者を国選弁護人と称するが、両者はその選任権者を異にする以外、弁護人としての前記の権能に違いはない。(2)法は、「私選弁護」について,被告人または被疑者は、何時でも弁護人を選任することができると定め(法 30条1項),さらに弁護士会に対して、弁護人の選任の申出をすることができ、これを受けた弁護士会は、速やかに、所属する弁護士の中から弁護人となろうとする者を紹介しなければならないとしている(法31条の2)。また,被告人または被疑者の法定代理人,保佐人,配者、直系親族及び兄弟姉妹は、独立して弁護人を選任することができる(法30条2項)。「独立して」とは、被告人本人の意思に反しても選任権を行使できるという意味である。選任の方式について、公訴提起前については、方式の定めはないが、弁護人と連署した選任書を当該被疑事件を取り扱う検察官または司法察員に差し出した場合には、第1審においてもその効力を有する(法32条1項、規則17条)。公訴提起後における弁護人の選任は、選任関係を明確にする趣旨で様式行為とされ、選任者と弁護人とが連署した選任書を差し出して行わなければならない規則18条)。被告人の署名がない選任書は、留置番号や指印で被告人が特定されていても無効とする判例があるが(最決昭和44・6・11刑集23巻7号941頁)。氏名を明示しない合理的理由が認められ、被告人の同一性が署名以外の方法によりそれと同等に画定記載されていると認められる場合には,連署という様式行為の趣旨に反しないから、有効とみるべきであろう。被告人の弁護人の数は、原則として制限がないが、特別の事情のある場合は、これを3人までに制限することができる(法35条。規則26条)。被告人に数人の弁護人がある場合,被告人側の主張・陳述等を統一的に行使し、訴訟を円滑に進行するのに資するため、そのうちの1人を主任弁護人に定めなければならない(法 33条、規則 19条~22条)。主任弁護人に事故がある場合は、裁判長は他の弁護人のうち1人を副主任弁護人に指定することができる(規則23条)。主任弁護人または副主任弁護人は、弁護人に対する通知または書類の送達については、他の弁護人を代表する(規則25条1項)。また、他の弁護人は、最終陳述等の場合を除き、裁判長または裁判官の許可及び主任弁護人または副主任弁護人の同意がなければ、申立て、請求、質問,尋問または陳述をすることができない(規則 25条2項)。(3) 私選弁護は、もっぱら被告人等選任権者の意思に基づくものであり、選任権者が選任の意思を有しない場合や、意思があっても貧困等の事情により選任する能力がない場合は、弁護人がないという場合も生じ得る。しかし、前記のとおり弁護人の存在は、刑事訴訟の健全・的確な作動過程にとって極めて重要な意味を有するので、法は、被告人・被疑者について、一定の事情があるときは、裁判所もしくは裁判長または裁判官が弁護人を付することとしている。これを「国選弁護」という。国選弁護人は、弁護士の中から選任しなければならない(法 38条1項規則29条1項)。複数の被告人または被疑者の利害が互いに反しないときは、同一の弁護人に数人の被疑者・被告人の弁護をさせてもよい(規則 29条5項)。国選弁護人は、日本司法支援センターの国選弁護人候補者の指名通知に基づき、国選弁護人契約弁護士の中から選任されるが、この場合。国選弁護人の報酬及び費用は、日本司法支援センターから支給される(総合法支援法39条1項)。この費用は訴訟費用となるので(同法39条2項),刑の言渡しを受けた場合は、被告人の負担とされることがある(法181条1項)。なお、被疑者に国選弁護人が付され、当該事件について公訴の提起がなされなかった場合において、被疑者の責めに帰すべき事由があるときは、国選弁護人に係る費用は、被疑者の負担とされることがある(法 181条4項)。国選弁護人の数は、原則として1人の被告人または被疑者に対して1人の国選弁護人を付することが想定されているが、被告人の場合。裁判長が、事業の性質等諸般の事情を勘案して、その訴訟指揮権の行使として1人の被告人に対して複数の国選弁護人を選任することはあり得る。被疑者の場合は、死刑または無期拘禁に当たる事件について、特に必要があると認めるときは、裁判官の職権により、1人の被疑者に対して合計2人までの国選弁護人を選任することができる(法 37条の5)。前記のとおり、被疑者に対する国選弁護制度については、2004(平成16)年の法改正により、2006(平成18)年10月から初めて施行が開始され、順次その対象事件の範囲を拡張しているが〔第1編捜査手続第9章皿2),その際に、従前から法定されていた被告人に対する国選弁護制度についても、その選任要件及び選任手続が補訂・整備された。以下では、主として被告人の国選弁護について、選任要件と手続を説明する。(a) 被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないとき(法36条)憲法上の刑事被告人に対する国選弁護制度の要請(憲法 37条3項後段)を受けて、法は、被告人に弁護人選任の意思はあってもその資力がない等の場合に、裁判所は、被告人の請求により、被告人のため弁護人を付しなければならないと定める(「請求による選任」法36条本文)。ただし,後記必要的弁護の場合を除き、被告人が国選弁護人の選任請求をするには資力申告書を提出しなければならない。資力申告書とは、その者に属する現金、預金その他政令で定めるこれらに準ずる資産の合計額(資力)及びその内訳を申告する書面をいう(注36条の2)。そして、資力が基準額(標準的な必要生計費を勘案して一般に弁護人の報酬及び費用を賄うに足りる金額として政令で定める額。平成18年政令287号により50万円と定められている)以上である被告人が国選弁護人の選任請求をするには、あらかじめ、その請求をする裁判所の所在地を管轄する地方裁判所の管轄区域内にある弁護士会に、前記の私選弁護人選任の申出(法31条の2第1項)をしなければならない(法36条の3第1項)。この申出を受けた弁護士会は、速やかに、所属する弁護士の中から弁護人となろうとする者を紹介しなければならず(法31条の2第2項)、弁護人となろうとする者がないとき、または紹介した弁護士が被告人のした弁護人の選任申込みを拒んだときは、被告人にその旨を通知する(法31条の2第3項)。そして、この場合には、裁判所の国選弁護人選任要件の審査に資するため、裁判所に対しても、被告人に前記通知をした旨を通知しなければならない(注36条の3第2項。裁判所は、前記資力中告書の記載内容や前記通知内容等に基づき、「貧困その他の事由により弁護人を選任することができないとき」に該当すると判断したときは、国選弁護人を選任する(法 36条)。「その他の事由」とは、弁護士会に所属する弁護士の中に弁護人となろうとする者がない場合や、紹介された弁護士が被告人の弁護人選任申込みを拒絶した場合等をいう。このような選任請求の仕組みは、、一定額の資力があり自ら弁護人を選任できる者は、国費を投入する国選弁護ではなく私選弁護人を選任すべきであるという趣意を、私選弁護人選任申出の前置という法形式で明示したものである。(b)被告人が、未成年者、70歳以上の者,耳の聞こえない者または口のきけない者のいずれかであるとき、心神喪失者または心神耗弱者である疑いがあるとき、その他必要と認めるとき(法 37条)このいずれかの場合に、被告人に弁護人がないときは、裁判所は職権で弁護人を付することができる(「職権による選任」法 37条)。ここに列記された被告人は、いずれも類型的に訴訟の主体として的確な活動ができないおそれがあり、また自らの意思に基づいて弁護人の要否を判断することが困難であるから、本人の意思に係わらず、裁判所が後見的に弁護人を付すことができるようにする趣意である。なお、この場合に、被告人に既に弁護人があっても、その弁護人が出頭しないときは、裁判所は、職権で弁護人を付することができる(法 290条)。(c)死刑または無期もしくは長期3年を超える拘禁刑に当たる事件を審理する場合(「必要的弁護事件」法 289条)この場合、弁護人がなければ開延することはできない(法289条1項)。このため、このような事件の審理に際して、弁護人がないとき、または、弁護人が出頭しないときもしくは在廷しなくなったときは、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならない(法289条2項)。また、期日の空転をできるだけ避ける趣旨で、必要的弁護事件において弁護人が「出頭しないおそれ」があるときも、裁判所は、職権で弁護人を付することができる(法 289条3項)。このように法定刑の重い一定の事件が必要的弁護事件とされている趣旨は、被告人の訴訟上の権利利益の十分な確保と公判審理自体の公正担保である。これは、被告人の弁護人を依頼する意思とは無関係に弁護人を要するとする制度であるから、憲法の弁護人依頼権に由来するものではない。なお、弁護人の在廷が必要な「審理」とは事件の美体に関する審理の場面と解されるので、これに当たらない手続段階、例えば、人定質問のみをする場合(最決昭和30・3・17集9巻3号500)や,判決のみをする場合(最判昭和30・1・11刑集9巻1号8頁)には、弁護人の在廷は必要でない。必要的弁護制度を悪用する被告人への対処として、裁判所が公判期日への弁護人出頭確保のための方策を尽くしたにもかかわらず、被告人が、弁護人の公判期日への出頭を妨げるなど、弁護人が在廷しての公判審理ができない事態を生じさせ、かつ、その状態を解消することが極めて困難な場合には、当該公判期日については、法289条1項の適用がないとするのが判例である(最決平成7・3・27集49巻3号525頁)。被告人の帰事由により弁護人の在廷が不可能となるような不当な事態はもはや法の想定しないところであるから、必要的弁護の規定の適用自体を排除したのである。(d) 公判前整理手続または期日間整理手続を行う場合(法316条の4・316条の7・316条の8・316条の28第2項)争点及び証拠の整理を行う後記の公判前整理手続または期日間整理手続は、法律家である弁護人の活動を前提に組み立てられているので、弁護人がなければ手続を行うことができず、弁護人がないときは、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならない(法316条の4・316条の28第2項)。また、公判前整理手続期日または期日間整理手続期日に弁護人が出頭しないときなどには、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならす(法316条の8第1項・316条の28第2項),弁護人が出頭しないおそれがあるときには、裁判所は、職権で弁護人を付することができる(法316条の8第2項・316条の28第2項)。(e) 公判前整理手続または期日間整理手続に付された事件を審理する場合法316条の29)第2章 公判手続の関与者これらの手続に付された事件については、その後の公判手続においても弁護人が必要的であり、前記必要的弁護事件の場合と同様に、弁渡人がなければ開をすることはできない(送316本の20)。このため、非護人がないとき、または出頭しないときなどには、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならず(法 289条2項)、また、弁護人が出頭しないおそれがあるときには、裁判所は、職権で弁護人を付することができる(法289条3項)。(1)即決裁判手続に係る公判期日を開く場合(法350条の18・350条の23)(第5章I)被告人の手続上の権利を十分に確保するため、即決裁判手続の申立てがあった事件について、裁判所が即決裁判手続決定をするかどうかを判断するための手続を行う公判期日及び即決裁判手続による審理及び裁判を行う公判期日を開く場合には、弁護人が必要的であり、弁護人がなければ、それらの公判期日を開くことはできない(法 350条の23)。このため、即決裁判手続の申立てがあった場合において、被告人に弁護人がないときは、裁判長は、できる限り速やかに、職権で弁護人を付さなければならない(法350条の18)。*検察官から即決裁判手続の申立てをすることについて同意するか否かの確認を求められた被疑者が、その同意の有無を明らかにしようとする場合において、被疑者が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは、裁判官は、その請求により、被疑者のため国選弁護人を付さなければならない(法350条の17第1項)。選任主体となる裁判官は、被疑者に対して即決裁判手続によることにつき確認を求めた検察官が所属する検察庁の所在地を管轄する地方裁判所もしくは簡易裁判所の裁判官またはその地方裁判所の所在地(支部の所在地を含む)に在る簡易裁判所の裁判官である(規則 222条の12)。この場合の被疑者の国選弁護人選任請求についても、法37条の3の規定が準用され(法 350条の17第2項)。資力申告書の提出や弁護士会に対する私選弁護人の選任申出の前置等の手続を要する。(4) 弁護人の選任は、特定の事件について行われる訴訟行為なので、選任の効力が及ぶのは原則として当該事件に限られる。この一般原則を前提として、規則は、被告人の防禦上の便宜等を勘案して、被告人または弁護人がとくに限定しない限り、1つの事件についてなされた弁護人選任の効力は、その後追起訴され、これと併合された事件についても及ぶとしている(規則18条の2)。これは、私選弁護についての規定であり、従前。明文のなかった国選弁護人については、 2004(平成16)年改正の際に規定が整備され、事件単位での選任が原則であることを前提に、裁判所が異なる決定をしたときを除き、国選弁護人の選任は、弁論が併合された事件についてもその効力を有するとの明文が設けられた(法318条の2)。これに対して、被疑者に対する弁護人選任の効力は原則どおり被疑事実単位であり、被疑者に付された国選弁護人が、新たに身体拘束された被疑事実についても国選弁護人となるには、当該被疑事実について新たに選任命令を得ることを要する。法は、公訴の提起後における弁護人の選任は審級ごとにしなければならないと定めている(「審級代理の原則」法32条2項)。これは、国選であると私選であるとを問わない。「審級」が終了すれば弁護人選任の効力は終了する。いつ級が終了するか、すなわち。いつ選任の効力が失われるかについて、判例は、弁護人選任の効力は判決宜告によって失われるものではないとの判断を示している(最決平成4・12・14集46巻9号675頁)。もし,終局裁判の言い渡しと同時に弁護人選任の効力が終了するとすれば、上訴申立てまで弁護人のいない空白期間が生じて被告人に不利益であるから、上訴期間の満了または上訴の申立てにより移審の効果が生じるまでは、原審の弁護人選任の効力が継続していると解するのが相当であろう。(5) 国選弁護人の「解任」について、弁護人の辞任の申出や被告人の請求によってではなく、裁判所が辞任の申出につき正当な理由があると認めて解任しない限り、その地位を失うものではないとするのが判例であった(最判昭和54・7・24刑集33巻5号416頁参照)。この点については、2004(平成16)年改正の際に、国選弁護人の選任の法的性質は裁判であるとの理解を前提とし、その解任事由が法定列記された。すなわち、①私選弁護人が選任されたこと等により国選弁護人を付する必要がなくなったとき、②被告人と弁護人との利益が湘反する状況にあり弁護人にその職務を継続させることが相当でないとき、③心身の故障その他の事由により、弁護人が職務を行うことができず、または職務を行うことが困難となったとき、④弁護人がその任務に著しく反したことによりその職務を継続させることが相当でないとき、⑤弁護人に対する累行、脅迫その他の被告人の責めに帰すべき事由により弁護人にその職務を続させることが相当でないときである。これらのいずれかに該当するときは、裁判所は、あらかじめ弁護人の意見をき、当該国選弁護人を解任することができる(法
(1) 訴訟の主体である被告人は、訴訟の当事者として、攻撃側当事者の検察官と対抗して公判手続に関与するが、法律家でないことが通常の被告人が、法律家でありかつ国家機関として強大な権能を有する検察官に独力で対峙し訴訟活動を行うことは困難である。当事者追行主義の訴訟が健全・的確に作動してその目的を達するためには、両事者の訴訟法上の権限が対等に付与されていることを前提に,その権限を縦横に行使できる法的能力についても実質的な対等が確保されている必要がある。このような趣旨から、訴訟当事者たる被告人の法的権限行使の補助者として重要な役割を果たす関与者が「弁護人」である。また。とくに手続の過程で身体拘束を受けている者にとっては、自ら訴訟活動やその準備を行うことが事実上著しく制約されるので、これに代わって活動する弁護人の役割も極めて重要である。日本国憲法は、このような考え方に基づき、身体を拘束される場合には、何人でも「直ちに弁護人に依頼する権利」を基本権として保障する(恋法34条前長)ほか、訴訟の当事者となる「刑事被告人」については、「いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる」として、被告人の弁護人依頼権を基本権として保障している(憲法37条3項前段)。また、「被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する」と定めて、被告人に「国選弁護」の制度を要請している(憲法 37条3項後段)。このような憲法の保障を受けて、法は、一定の立法政策的考慮に基づき、弁護人制度及び国選弁護の制度を設計導入している。なお、被疑者段階における弁護及び身体拘束を受けている被疑者に対する国選弁護の制度については、既に説明したので〔第1編捜査手続第9章皿)、以下では、主として被告人の弁護人について説明を加える。(2) 憲法にいう「資格を有する弁護人」について,法は、弁護士法により資格要件を厳格に定められている法律専門家たる「弁護士」の中から選ばれた弁護人を想定している。弁護士は、検察官とは異なり公務員ではないが、法律専門家として,基本的人権の擁護と社会正義の実現とを使命とする自由職業である(弁護士法1条1項)。刑事司法の過程に関与し,被疑者・被告人の法的補助者として、その正当な権利を保護するために活動するのは、弁護士の最も重要な公的責務のひとつといってよい。弁護人は、原則として,弁護士の中から選任しなければならない(法31条1項)。ただし、簡易裁判所及び地方裁判所においては、裁判所の許可を得て、弁護士でない者を弁護人に選任することができる。これを「特別弁護人」という。ただし,地方裁判所においては、ほかに弁護士の中から選任された弁護人がある場合に限られる(法31条2項)。なお、被疑者が特別弁護人を選任することはできない(最決平成5・10・19刑集47巻8号 67頁)[第1編捜査手統第9章1(3))。(3)弁護人の責務は、被告人の正当な権利・利益を保護することにある。故に、弁護人が被告人の不利益になる活動をすることは、一般的に許されないというべきであろう。刑事手続全体の目的が事案の真相解明であるとしても(法1条),弁護人の活動は被告人の正当な権利・利益を確保することを第一義とし、その限度内で事案解明に協力するべきものである。その上で、「被告人の正当な権利・利益」は、法律家でありかつ弁護士倫理規範の下で活動する弁護人自身により判断される。すなわち、被告人の意思・要望等からは独立の判断・活動が要請される場面もあり得る。弁護人の訴訟法上の権限には、被告人の意思から独立して行使し得るものや、弁護人のみに付与されている権限もあるので(法41条),弁護人は被告人の単なる代理人ではない。他方で、弁護人の役割が、訴訟主体であり当事者たる被告人の補助者である以上、あらゆる局面で被告人本人の意思・判断から完全に独立して活動することはあり得ない。その権限と範囲は次のとおりである。(4) 弁護人の訴訟法上の権限は、法に根拠規定が明示されていない場合と特別の根拠規定がある場合とに分かれる。このうち、第一、根拠規定のない場合。弁護人は被告人の補助者としての地位・役割から、代理行為に親しむ限り、被告人がすることのできる訴訟行為を代理行使することができる。これは、弁護人という訴訟法上の地位に基づき包括的に行使し得る権限であるから、事柄の性質上当然に、被告人の意思に反することはできない。その例として、移送の請求(法 19条),答轄違いの申立て(法331条),証拠とすることの同意法326条1項),略式命令に対する正式裁判の請求(法465条)等を挙げることができる。なお。最高裁判所は、上訴権を有しない弁護人選任権者により、原判決後に選任された弁護人によってなされた上訴申立ての可否について判断するに際し,「およそ弁護人は、被告人のなし得る訴訟行為について、その性質上許されないものを除いては、個別的な特別の授権がなくても、被告人の意思に反しない限り、これを代理して行うことができる」と説示して、このような包括的代理権を確認し,弁護人選任者が被告人本人であれ、被告人以外の選任権者であれ、上訴の申立てについてこの包括代理の例外とする理由はないから、原判決後に被告人のために上訴権を有しない弁護人選任権者によって選任された弁護人も,法351条1項による被告人の上訴申立てを代理して行うことができるとしている(最大決昭和63・2・17刑集42巻2号299頁)。第二、特別の根拠規定のある場合は、弁護人は被告人から独立して、すなわち被告人本人の意思に拘束されることなく、その権限を行使できる(法41条)。法定された権限には、さらに、被告人の明示した意思に反することはできないと規定されているものと、それ以外のものがある。被告人の明示の意思に反することができない(すなわち。黙示の意思には反し得る。よって被告人の意思表示がない限り同意を求めないでなし得る)ものには、忌避申立て(法21条2項)、原審弁護人の上訴権(法355条・356条)等がある。それ以外の独立して活動できる糖限としては、3部理開示の請央(注3※2項)、保釈の前水は3本1、証拠保全請求(法179条)、証拠調べの請求(法298条)、検証の立会い(法142条・113条1項)、証人尋問(法304条2項)等がある。また。弁護人だけが固有に有する権限として、被告人・被疑者との接見交通権(送3本)、香類・証拠物の閲覧謄写権(法 40条・180条)等がある。*被告人の法定代理人、保佐人、配属者、直系の親族及び兄弟姉妹は、いつでも審級ごとに届け出て「補佐人」となることができる。補佐人は、被告人の明示した意思に反しない限り、被告人のすることのできる訴訟行為をすることができる。ただし、法に特別の規定(例上訴の放棄・取下げ[法360条])がある場合は、この限りでない(法42条)。
(1)「勾留に関する処分」、すなわち、勾留、勾留期間の更新、勾留の取消し、勾留の理由開示,保釈,勾留の執行停止、保釈または勾留の執行停止の取消しなどの権限は、原則として、当該被告人の被告事件を審判すべき受訴裁判所にある。その例外は、次のとおりである。(2) 公訴提起後、第1回公判期日までは、勾留に関する処分は、公訴の提起を受けた裁判所の「裁判官」が行う。ただし、裁判官が勾留に関する処分をするため公訴事実に関する証拠に一方的に接することになるので、予断防止のため、事件の審判に関与すべき裁判官は、原則として、勾留に関する処分をすることができない(法280条1項、規則187条1項・2項)。予断防止の趣意であるから、「第1回の公判期日」(法280条1項)とは、受訴裁判所が被告事件の実質的な審理を開始した公判期日を意味すると解さなければならない。遅くとも。蔵告人及び弁護人が被告事件に関する願(認否)を行えば、これに該当すと解される。故に、冒頭手続において人定質問だけが済んだ段階や、起訴状期読だけが済んだ段階では、いまだ勾留に関する処分の権限は受訴裁判所には移っていないことになる。勾留に関する処分を行う「裁判官」は、その処分に関し、裁判所または裁判長と同一の権限を有する(法280条3項、規則 302条)。裁判官は、勾留に関する処分をするについては、検察官。被告人または弁護人の出頭を命じてその陳述を聴くことができる。また、必要があるときは、これらの者に対し、書類その他の物の提出を命ずることができる。ただし。被告事件の審判に関与すべき裁判官は、事件につき予断を生ぜしめるおそれのある書類その他の物の提出を命ずることができない(規則 187条4項)。(3) 上訴の提起期間内の事件で、いまだ上訴の提起がないものについては、事件はいまだ原裁判所に係属しているから、勾留の期間を更新し、勾留を取り消し、または保釈もしくは勾留の執行停止をし、もしくはこれらを取り消す場合には、原裁判所が、その決定をしなければならない(法97条1項、規則92条1項)。上訴があると、事件の係属は、原裁判所から上訴裁判所に移る(「移審の効カ」と称する)ので、本来的には移審と同時に勾留に関する処分の権限も上訴裁判所に移るはずである。しかし,原裁判所から上訴裁判所に訴訟記録が到達する前には、事実上その処分をすることは困難であるし、速な対応ができないと被告人の利益に反するおそれもあり得るから、とくに、上訴中の事件で訴訟記録が上訴裁判所に到達していないものについては、上訴提起前の場合と同様,原裁判所が、前記処分の決定を行うべきものとされている(法97条2項規則 92条2項)。これらの扱いは、勾留の理由開示にも準用される(法97条3項、規則92条3項)。なお、勾留に関して二重の処分がされるのを防ぐため、上訴裁判所は、被告人が勾留されている事件について訴訟記録を受け取ったときは、直ちにその旨を原裁判所に通知しなければならない(規則92条項)。以上のような仕組みのもとで、上所提起後、赤松記録がいまだ上原製神所に到達していない場合に被告人を勾留するのは、上訴裁判所か、それとも原栽料所かという点については、明文規定が存在しない。前記法97条には、いずれも既に勾留がなされていることを前提とした判断事項だけが規定されている。もし、上訴裁判所のみが勾留できると解すると、上訴裁判所としては、訴訟記録が到達するまでは、勾留の要件や必要性の存否を知る方法がないため、勾留の手続をすることが事実上不可能となり、本来急速を要する処分である勾留について、不合理・不都合な事態が生じ得るであろう。そのような事態が生じないようにするためには、上訴提起後であっても、訴訟記録がいまだ上訴裁判所に到達しない間は、原裁判所が勾留の権限を有すると解すべきである。前記のとおり法 97条が勾留自体について規定していないのは、あえて原裁判所の勾留権限を否定する趣旨ではなく、むしろ、判決後に通常あり得るすでに勾留がなされている場合を前提にした事項だけを定めたものと理解できよう。判例はこのような解釈を採用している(最決昭和41・10・19 刑集20巻8号864頁)。