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公判手続き|総説|公判手続の諸原則|口頭主義及び直接主義

公開:2025/10/21

(1) 口頭主義と直接主義は、公開主義と同様に、歴史的にはいずれも近代刑事裁判形成期において旧体制の礼問訴訟を批判し、克服するための指導原理として機能した。手続を記録した書面に基づき法有識者による非公開裁判が行われていた旧制度を打破するため、近代市民革命後に階審裁判を導入したフランスでは「口頭主義(pineipe de foralte)」の採用が主張され、他方ドイツでは書面審理の間接性を批判する「直接主義(Uamittelbarkeitsgrundsatz)」が提唱されたのである。現代文明諸国の刑事裁判は、いずれも口頭主義と直接主義を基盤として運用されているが、両者は、前記のとおり歴史的役割の共通性はあるものの。別個の原理である。「口頭主義」は、公判廷における関係者のコミュニケイションを書面でなく口頭で行うという審理方式を意味するのに対し。「直接主義」は、事実認定者と認定の素材となる証拠との関係を規律する原理である。判決裁判所は証拠を自ら直接取り調べなければならず、また事実の認定は証拠の源泉(例.直接体験者の法廷供述)に基づくべきで、その代用物(例,捜査段階で作成された供述代用書面)を利用してはならないというドイツ直接主義の思考は、もっぱら公判手続の方式の問題である口頭主義とは異なり、まさに事実認定者と証拠との関係、ないし、公判と捜査等公判前手続との関係を問題としているのである。(2)「口頭主義」について、現行法は、判決は口頭弁論に基づくことを要すると定め(法43条1項)、公判期日における関係者の応答は口頭で行われる。事者たる検察官は、審理の冒頭において、罪となるべき事実の主張を記載した起訴状を朗読し,被告人側には口頭でこれに対する意見を陳述する機会が与えられる(法 291条1項・5項)。証拠調べのはじめに、検察官は口頭で証拠により証明すべき事実を陳述しなければならない(法 296条)。書証の取調べの方式は朗読が原則とされる(法 305条)。証拠調べが終了した後には、検察官は事実及び法律の適用について口頭で意見を陳述しなければならず、被告人・弁護人には陳述の機会が与えられる(法 293条)。そして、判決は、公判延において、口頭の貧告により告知されるのである(法342条)。これら関係者の陳述等は書面に記録されることがあり、また手続的事項について書面の提出による方式が採られることはあるが、公判期日における訴訟関係者のコミュニケイションの方式としての口頭主義に反するものではない。(3)「直接主義」の規律は、前記のとおり「証拠法」に係る原理であり、母法のドイツ刑事訴訟法は、「事実の立証が人の知覚に基づくときは、その者を公判において専問しなければならない。すでに行われた尋間の調書または供述の朗読によって、これに代えることはできない」旨の原則規定を置き(ドイツ刑訴法250条)。いくつかの例外規定により書面の朗読を許す場合を定めている。別の機会に作成された供述代用書面ではなく、体験者の法廷供述から直接事実を認定しようとするこの原則は、職権審理主義における裁判所の事案解明義務を背景とし、これに親和性のある考え方である。もっとも、訴訟進行の方式原理が当事者追行主義であれ職権審理主義であれ、刑事裁判及び証拠法の究極目標が、できる限り正確な事実認定すなわち事案解明であるとすれば〔序1),一般的には、正確な事実認定にとって、直接主義の要請する公判廷における体験者の直接供述が、供述代用書面よりも質の高い素材であることは明瞭であろう(例,被害状況に関する捜査機関作成の調書期読と生身の被害者が証人として公判廷で証言する場合とを比較せよ)。人証の場合は、事実認定者が、公判廷におけるその供述態度を直接観察し、供述内容について質問し確認して、その宿用性を十分に吟味することができる点で、供述代用書面に依拠するよりも正確な事実認定に一層資する。この意味で、供述代用書面ではなく人証を優先する直接主義の考え方は、事者追行主義を採る現行法のもとでも妥当する。従前,アングロ=アメリカ法圏の伝聞法則を導入したと理解されてきた法320条1項の規定のうち、「公判期日における供述に代えて書面を証拠と・•・・・・することはできない」との文言は、このような、事実認定にとって最良・高品質の証拠を用いるべきであるという意味での直接主義の原則の顕れでもあると解することができるであろう。(4)裁判員制度の導入等を提言した司法制度改革審議会の意見書は、刑事裁判の充実・迅速化の具体的方策として「直接主義・口頭主義」の実質化,公判の活性化を掲げていた。そこでは、書証の取調べが裁判の中心となっていた従前の刑事裁判の顕著な特色を、直接主義・口頭主義の後退であるとみて、直接主義・口頭主義が、書証の取調べ優先の審理形態を批判する原理ないし公判の活性化と同趣旨の意味合いで用いられている。前記のとおり、二つの原理は別物ではあるが、とくに従前、現行法下では明瞭な整理点検が不足していた直接主義が、近年、証拠調べの運用(例、法326条の同意が見込まれる書証の採用を留保して原供述者の証人尋問や被告人質問を優先する運用)や、第1審公判の在り方と控訴審審査との関係(例,控訴審の事実誤認審査に関する最判平成24・2・13集66巻4号 482頁)等について,一定の結論や方向性を示す根拠として用いられる場面が生じている。様々な文脈におけるその含意と機能には常に留意する必要があろう〔第4編証拠法第1章Ⅰ 4)。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公判手続き|総説|公判手続の諸原則|裁判の公開

公開:2025/10/21

(1)裁判の審理・判決を不特定多数の者(公衆)が自由に傍聴できる状態で行うべきものとする原則を「公開主義」という。公開主義は、ヨーロッパ遅代刑事裁判形成期において、旧体制の秘密・非公開裁判を廃し、司法の公正を担保するために導入された近代州事裁判の原則のひとつである。日本国憲法も、刑事被告人の基本権として「公開裁判を受ける権利」を保障し(意法37条】項),さらに「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行」(憲法82条1と定めて、公判期日の審理と判決の公開を保障している。第1章総説(2)憲法は、公開主義の例外として、裁判所が、裁判官の全員一致で、公の税学または善良の風俗を害するおそれがあると認めた場合には、対審すなわち公判期日の審理を非公開で行うことができるとする。ただし、政治犯罪、出版に関する犯罪または憲法第3章で保障する国民の基本権が問題となっている事件の審理は、常に公開しなければならない(恋法82条2項)。判決の言渡しを非公開で行うことは許されない。公開停止の手続は裁判所法に定められており、審理の公開を停止する場合には、公衆を退延させる前に、その旨を理由と共に言い渡さなければならない(裁判所法 70条前段)。判決を言い渡すときは、再び公来を入延させなければならない(同法70条後段)。審判の公開に関する規定に違反してなされた判決は、控訴審において破棄される(法377条3号・397条1項)。*憲法82条の許容する公開主義の例外(「公の秩序又は善良の風俗を害する度がある」の解釈)に基づき、民事訴訟には非公開審理の特別手続が設けられている場合がある(例。特許法105条の7,不正競争防止法13条の定める営業秘密保護のための季問等の公開停止)。立法論として、同様の秘密保護の趣旨を、営業密侵害被告事件の刑事裁判にも及ぼし得るかは議論のあり得るところであり、諸外国には刑事事件についても裁判所の判断により営業秘密等の保護を優先して審理の公開停止を可能とする立法例がある。しかし,憲法 82条に加えて、憲法37条はとくに刑事被告人の基本権として別途「公開裁判を受ける権利」を保障しているので、営業秘密等の経済的利益保護を理由に被告人の基本権を直接制約する非公開審理を導入するのは妥当とは思われない。審理の公開は維持しつつ、秘密保護との合理的調整を図る制度設計が適切であろう。不正競争防止法第6章の定める「刑事訴訟手続の特例」はそのような試みの実例である。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公判手続き|総説|公判手続の意義

公開:2025/10/21

(1) 公訴の提起により、裁判所が当該被告事件を審理・裁判することができる状態となり(訴訟係属〔第2編公訴第2章11(2)),裁判が確定すると目的を達して被告事件は裁判所の手から離れる。この間の手続段階を広義の公判手続という。このうち、とくに公判期日に公判廷において行われる手続(法282条1項)のことを公判手続(狭義)と称する。(2)「公判期日」とは、裁判所,当事者(検察官及び被告人),その他の訴訟関係人が公判廷に出席して訴訟活動を行うためにあらかじめ定められた時のことをいう。公判期日は、年月日及び時刻で指定され、その時刻に開始される。開始された後に断続して手続が行われたり、仮に翌日まで手続が続いたとしても、その内容により同一公判期日とみるべき場合があり得る。公判期日は裁判長が定める(法 273条1項)。裁判員裁判でなくとも、審理に2日以上を要する事件については、できる限り、連日開延し、継続して審理を行わなければならないので(「連日的開廷」法281条の6第1項),これを考慮した期日指定を要する。訴訟関係人は、指定された期日を厳守し、審理に支障を来さないようにしなければならない(法281条の6第2項)。期日の変更は訴訟の遅延を来すおそれがあるので、公判期日の変更はやむを得ない事由のある場合に限られる。当事者は、裁判所に対し、やむを得ない事由を疎明して公判期日の変更を請求することができる(法 276条1項、規則179条の4)。裁判所は職権で公判期日の変更をすることができるが(法276条1項)、原則として当事者の意見を聴かなければならない(法276条2項、規則180条)。なお、ひとたび指定された公判期日をできるだけ維持するため様々な規定が設けられている(例.法 277条、規則179条の4~179条の6.規則182条~186条)。(3)「公判延」とは、公判期日の手続を行う法廷を意味し(法282条1項)、裁判所またはその支部で開かれる(裁判所法 69条1項)。公判期日は、通常、裁判所の建物内の法廷として定められている場所で行われる。裁判所内の他の場所であっても、公開主義の要請(II2)を満たすようその場所が法廷であることを表示し、公業の傍聴が可能である状態が確保されていれば公判廷と認められよう。なお、最高裁判所は、必要と認めるときは、裁判所以外の場所で法廷を開き、またはその指定する他の場所で下級裁判所に法廷を開かせることができる(裁判所法 69条2項)。公判延は、裁判官及び裁判所書記官が列席し、かつ、検察官が出席して開かれる(法 282条2項)。裁判員の関与する判断をするための審理をすべき公判期日においては、裁判官。裁判員及び裁判所書記官が列席し、かつ、検察官が出席して開かれる(裁判員法54条1項)。刑事訴訟の当事者である被告人には、公判延に出頭する権利と義務があり、原則として被告人の出頭がなければ開延することはできない(法286条)。もっとも事件の実体審理に係わらない手続を行うことは、被告人の利害に直結しないので、被告人の出頭がなくとも、この規定の趣旨には反しないと解される(最判昭和 28・9・29刑集7巻9号1848頁参照)。被告人の出頭義務については、次のとおり、いくつかの例外が法定されている。(4) 例外は、被告事件の性質・法定刑の程度(②③④⑤),及び被告人の属性・状況等(①②⑥⑦⑧⑨)に基づく。①被告人が法人である場合には、代理人を出頭させることができる(法283条)。法人の訴訟行為については法人の代表者が代表するとされているが(法27条)。代理人の出頭を認めるこの規定により、代表者が出頭しなくてもよい。代理人の資格について特段の制限はない。②刑法39条または41条の規定(責任能力)を適用しない罪に当たる事件(利法犯に実例はない。行政的取締法規違反の罪に実例があった)について、被告人が意思能力(新政龍力の途)を有しないときは、その法定代理人が被告人を代理して出頭し、被告人の出頭を要しない(法28条)。第1章総説③原則として50万円以下の金または料料に当たる事件については、被告人は公判期日に出頭しなくてもよい。また、代理人を出頭させることができる(法284条)。代理人の資格について特段の制限はない。④拘留に当たる事件の被告人は、判決の賞告をする場合には、公判期日に出頭しなければならないが、その他の場合には、裁判所は、被告人の出頭がその権利の保護のため重要でないと認めるときは、被告人に対し公判期日に出頭しないことを許すことができる(法285条1項)。⑤長期3年以下の拘禁用または原則として50万円を超える罰金に当たる事件の被告人は、冒頭手続(法291条)及び判決の童告をする場合には、公判期日に出頭しなければならないが、その他の場合には、①と同様、裁判所は、被告人に対し公判期日に出頭しないことを許すことができる(法285条2項)。⑥被告人が心神喪失の状態にあり、かつ、無罪・免訴・刑の免除・公訴棄却の裁判をすべきことが明らかな場合には、被告人の出頭を待たないで、直ちにその裁判をすることができる(法 314条1項但書)。被告人に訴訟能力がないときは(心神喪失の状態)。その状態が継続している間、公判手続を停止するのが原則である(法 314条1項本文)〔第5章I】。ここに掲げられているのは、いずれも被告人に有利な裁判であるから、既に取り調べられた証拠によりこれらの裁判をすることができる場合には,被告人に防活動をさせなくとも手続から早期に解放する方が適切との趣意による。⑦被告人が出頭しなければ開廷できない場合において、勾留されている被告人が、公判期日に召喚を受け。正当な理由がなく出頭を拒否し,刑事施設職員による引致を著しく困難にしたときは、裁判所は、被告人が出頭しないでも、その期日の公判手続を行うことができる(法 286条の2)。必要的出頭規定(法286条)を逆手にとった被告人による審理進行妨害行為に対処する規定である。本来被告人出頭が要件とされている事件における例外なので、厳格適正に適用するための手統が定められている(規則 187条の2~187条の4)。この例外は、当該期日の公判手続についてのみ適用があるから、法定の例外事由の有無は、各期日ごとに判断されなければならない。他方。事由が認められれば、それが判決食告期日であっても被告人不出頭のままで行うことができる。引数を著し<困難にしたかどうかの判断は具体的事情に即して慎重を要する。単なる出頭拒否の意思表明だけでは足りず,当該被告人の客観的な外部的挙動が基本的指標となろう(想定される例として、出頭拒否目的で、全裸になる。収容されている施設の扉等にしがみついて離れない、騒ぎ暴れ回って手がつけられない。断食して身体を衰弱させ歩行困難となる等)。⑧被告人が出頭したが、裁判長の許可を受けないで退廷したり(法288条1項参照)。秩序維持のため裁判長から退廷を命ぜられたときは(法288条2項裁判所法71条2項参照),被告人の陳述を聴かないで判決をすることができる(法341条)。判決は口頭弁論に基づくことを要するとした法43条1項の例外(「特別の定」に当たる。判決をすることができるのであるから、その前提となる公判審理も被告人不在のまま実施できる。被告人が自らの責めに帰すべき事由により防禦・陳述の権利を放棄ないし喪失したというべき場合である(最判昭和29・2・25刑集8巻2号189頁、最決昭和53・6・28刑集32巻4号724頁)。⑨証人尋問の際に,証人が被告人の面前では圧迫を受け、十分な供述をすることができないときは、弁護人が出頭している場合に限り、被告人を一時退延させて証人尋問を続行することができる。なお、この場合は,供述の終了後に被告人を入延させ、証言の要旨を被告人に告知して、その証人を尋問する機会を与えなければならない(法 304条の2)。被告人の証人審問権(憲法37条2項前段)行使に配慮する趣旨である。なお、前記⑧は、被告人の責めに帰すべき事由で防禦上の権利を喪失したというべき場合であるから、供述後の証言要旨の告知と尋問の機会付与の規定は準用されないと解される。(5)公判廷における被告人の自由な防興活動を保障し、手続の公正を確保するため、公判廷では、手錠をかけるなどして被告人の身体を拘束してはならない(法287条1項本文)。ただし、被告人が暴力を振るったり、逃亡を企てた場合は、拘束することができる(法287条1項但書)。また、被告人の身体を抑しない場合でも、これに看守者を附することができる(法287条2項)。なお、これは被告人が黒力を振るいまたは逃亡を企てた場合についての定めであり、身体拘束中の被告人について刑事施設職員が付き添って在廷しているのは、刑事収容施設法等の法規に基づき裁者に対する護権行使のためであって、前記規定の適用によるのではない。被告人は、裁判長の許可がなければ退廷することができない(法288条1項)。裁判長は,被告人を在廷させるため、相当な処分をすることができる(法288条2項)。(6)公判期日等への弁護人の出頭・在廷が法律上必要的とされる場合については、別途説明する(第2章W2(3)。なお、刑事裁判の充実・迅速化の観点から。期日指定に係る訴訟揮の実効性を担保するため、裁判所は、必要と認めるときは、検察官または弁護人に対し。公判準備または公判期日に出頭し、かつ.これらの手続が行われている間在席し、または在延することを命じることができ、正当な理由なくこれに従わない者に対しては、決定で、週料等の制裁を課すことができる。裁判所が前記制裁の決定をしたときは、検察庁の長や当該弁護士の所属する弁護士会または日本弁護士連合会に通知し、適当な処置をとるべきことを請求しなければならず、処置請求を受けた者は、そのとった処置を裁判所に通知しなければならない(法278条の3.則303条)。訴訟関係人等が期日指定等に係る裁判所の訴訟指揮に従わないという事象は文明諸国の裁判では稀であるが、日本では、弁護人が裁判所の期日指定に従わず期日に出頭しない事例や、裁判所の示す期日指定方針に応じられないと不出頭をほのめかしたため、裁判所が当初の方針どおりの期日指定を断念した事例が認められたため、審理を主宰する裁判所の期日指定に係る訴訟指揮の実効性を強化担保するため、2004(平成16)年法律62号により設けられた規定である。最高裁判所は、公判期日等への出頭在延命令に正当な理由なく従わなかった弁護人に対する過料の制裁は、訴訟指揮の実効性担保のための手段として合理性、必要性があり,弁護士法上の懲戒制度が既に存在していることを踏まえても、憲法31条・37条3項に違反しない旨説示している(最決平成 27・5・18刑集69巻4号 573頁)。*法制審議会の法改正要綱(骨子)「第2-2」は、映像と音声の送受による裁判所の手続への出席・出頭を可能とする制度の創設を答申しており、公判期日への出席・出頭に関しては、下記のとおり、被告人・弁護人について、極めて限定的なやむを得ない事由がある場合に認めるものとされている。(1) 被告人・弁護人の出頭 ア 裁判所は、次に掲げる場合(後記(ア(イ)において、事条の軽重、審理の状況、弁護人の数その他の事情を考慮した上、やむを得ない事由があり、被告人の防に実質的な不利益を生ずるおそれがなく、かつ、相当と認めるときは、検察官及び被告人または弁護人の意見を聴き、同一機内(裁判官及び訴訟関係人が公判期日における手続を行うために在席する場所と同一の構内をいう。)以外にある場所であって適当と認めるものに被告人を在席させ。映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、公判期日における手続を行うことができる。この場合:その場所に在席した被告人は、その公判期日に出頭したものとみなす。(7)被告人が傷病または障害のため同一構内に出頭することが著しく困難であると認めるとき。(1)同一構内への出頭に伴う移動に際し、被告人の身体に害を加えまたは被告人(刑事施設または少年院に収容中の者に限る。)を奪取し若しくは解放する行為がなされるおそれがあると認めるとき。イ 弁護人は、裁判所がアにより公判期日における手続を行うときは、被告人が在席する場所に在席することができる。この場合、その場所に在席した弁護人は、その公判期日に出頭したものとみなす。(2)被害者参加人・その委託を受けた弁護士の出席  ア 裁判所は,被害者参加人またはその委託を受けた弁護士から、裁判官及び訴訟関係人が公判期日における手続を行うために在席する場所以外の場所であって裁判所が適当と認めるものに在席し、映像と音声の送受言により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、公判期日に出席することの申出がある場合、被告人または弁護人の意見を感き、審理の状況、申出をした者の数その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、申出をした者が当該方法によって公判期日に出席することを許すものとする。イアの申出は、あらかじめ、検察官にしなければならない。この場合において、検察官は、意見を付して、これを裁判所に通知する。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|審理・判決の対象|公訴提起の要件と訴因

公開:2025/10/21

1) 公訴提起と追行の要件〔第2章11)が欠落した場合、公訴は無効となるから、裁判所は形式裁判(管轄違い,公訴棄却、免訴)で手続を打ち切らなければならない〔第5編裁判第3章)。公訴提起の要件には、検察官が訴追した罪が何であるかによりその存否が定まるものがある(例、公訴時効。親告罪、管轄等)。起訴時点において要件の欠如が明瞭であれば、裁判所は起訴状記載の訴因を基準として形式裁判をすることになる。これに対して、起訴状記載の適法な訴因Aについて審理した結果、AではなくB事実が認定される場合において、B事実に公訴提起・追行の要件が欠落していると認められる場合,裁判所はどうすべきかという問題がある。公訴提起の要件の性質,事者たる検察官の訴追意思、及び被告人側が無罪判決を得る可能性等を勘案し、裁判所の心証ではなく検察官が設定し訴訟追行を求めている訴因(黙示的・予備的主張を含む)を基準として、要件の存否を判断処理するのを原則とすべきであろう。以下、公訴時効、親告罪の告訴、管轄非反則行為について検討を加える。* 起訴時点で公訴提起の要件如が認められる場合、検察官が形式裁判による手続打切りを回避するため、起訴状記載の不適法な訴因を要件を充足する適法な訴因に変更することがあり得る。このような訴因変更による無効行為の転換を認めるかは、公訴提起の要件の性質、要件欠如による形式裁判の効果と検察官の訴追意思実現可能性、被告人側の手続打切りの裁判を受ける利益状況等を勘案して、個別的な検討を要する。管轄違いについて、簡易裁判所の専属管轄事件(例.失火),地方裁判所の管轄事件(例、放火)を誤って管轄のない裁判所に起訴した場合(例、簡裁に放火で起訴地裁に失火で起訴)、いずれについても適法な訴因への変更が可能であるが、被告人側が異議を述べ、管轄違いによる打切りを求めるときは訴因変更を認めず、管轄違いの裁判をすべきであろう。この場合、管轄違いの裁判確定後、検察官は管糖裁判所に再起訴ができる公訴棄却事由となる親告罪の告訴欠如について、検察官は親告罪の訴因(例.親族相盗)を適法な非親告罪の訴因(例、親族を被害者としない益)に変更することで新たな主張について実体判決を求めることができる(最決昭和29・9・8刑集8巻9号1471頁参照)。もっとも、被告人が異議を述べ、公訴棄却を求めるときは、当初の訴因を基準として公訴棄却し、検察官は再起訴で対応するのが適切であろう。免訴事由となる時効完成について、検察官が時効完成した訴因(例、単純機領)で起訴したが、訴因を変更すれば時効完成となる場合(例、業務上横領)には、被告人側に異議があっても訴因変更を許さなければならないと解される。他の形式裁判とは異なり、免訴判決が確定すれば公訴事実を同一にする範囲で一事不再理の効力が生じるので、当該手続内で検察官が訴因変更により訴追意思を実現する可能性を許容しなければならないであろう。(2)起訴状記載の訴因A(例.業務上機領)について、起訴時点で時効完成であったが、審理の結果認められるB事実(例,単純機領)では、起訴時点で時効完成と認められる場合,裁判所はどうすべきか。訴因Aにおいて、黙示的・予備的にB事実が併せ主張されていたとみられる場合には、訴因の一部事実であるBを認定し、それを基準として免訴の言渡しをすべきであろう。業務上横領の主張には単純横領の主張も含まれていたとみられるから単純横領について免訴とすべきである。訴因変更は必要でない。これに対して訴因AにB事実が含まれていない場合に訴因A が認定できずB事実の時効完成が認められるときは、訴因Aを基準として無罪とすべきである。判例には、名誉毀損の起訴に対し裁判所が時効の完成している侮辱の事実を認めた場合、免訴の言渡しをすべきであるとしたものがある(最判昭和31・4・12刑集10巻4号540頁)。これは訴因外の裁判所の心証を基準としたものではなく、名誉毀損の訴因に侮辱の事実が黙示的・予備的に併せ主張されていたものとみるべき場合であり、この意味で検察官の設定した訴因を基準とする判断がなされた事案と理解できよう。(3)親告罪の告訴については、訴因変更制度の趣旨から導かれる「訴因に関する適法性維持の原則」により[WI(1),検察官に公訴を無効とする不適法な新因への変更を認めるのは適切でないので、告訴がない場合に、非親告罪(例,窃盗)から親告罪(例,親族相盗)への訴因変更を認めることはできないというべきである。検察官が審理の途中で告訴を得れば、適法な親告罪への訴因変更を請求できる。(4)簡易裁判所の専属答軽に属する事件(例.失火)と地方裁判所にのみ轄のある事件(例.放火)との間で、審理の結果答轄違いになる事実が認定される場合の処理は次のように考えられる。地裁に放火で起訴したが、審理の結果放火は認定できず失火の疑いがあるとき、不適法な失火の訴因への変更は許されないが、放火の訴因に失火の事実が黙示的・予備的に主張されているとみられるので失火を認定し、これを基準として管轄違いの判決をすべきであろう。失火の疑いもなければ無罪とする。これに対して、簡裁に失火で起訴したが、審理の結果放火の疑いが生じた場合はどうか。訴因に関する適法性維持原則をここでも適用すれば、放火への訴因変更は許されないことになろう。しかし、この場合は、事件が管轄裁判所に移送できれば、移送の上、検察官の有罪判決獲得に向けた訴追意思実現のために放火に訴因変更するのが適切と思われる事案である。現行法にはこのような管轄裁判所への移送制度がないので〔第2章Ⅱ 4(1),この場合は例外として、放火への訴因変更を許し、管轄違いの判決をしてよいと思われる。(5) 非反則行為として反則通告手続を経ずに起訴された事実(時速40キロメートル超過の速度違反)が、審理の結果、反則行為に該当すると判明した場合(時速20キロメートル超過の速度違反)について、判例は、訴因変更手続を経ずに公訴棄却をすべき旨判断している(最判昭和48・3・15刑集27巻2号128頁)。この事案も、反則行為の事実が、非反則行為の訴因により黙示的・予備的に併せ主張されていたとみられるので、主張されていた反則行為事実を基準に公訴棄却したものと説明できるであろう。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|審理・判決の対象|罪数判断の変化と訴因

公開:2025/10/21

(1) 検察官が審判を請求した事実ないしそれと審判対象の同一性が認められる事実が認定される場合に、その事実に法令を適用して処断する権限は裁判所にある。裁判所は、罪数判断など法解釈・適用に関しては、検察官の見解に拘束されることはない。もとより検察官は裁判所の審判対象となる具体的事実を訴因として明示する際に、当該事実にいかなる罰条が適用されるかを明示し(法256条2項3号・4項)、また。起訴状に複数の構成要件該当事実を記載する場合には、その罪数関係すなわち検察官が想定・判断する刑罰権の個数に対応した訴因の記載方法をとっている「「一因一罪の原則」I(1)**)。しかし、審理の結果,検察官の罪数判断と認定事実に関する裁判所の罪数判断が異なる場合が生じ得る。その際には、裁判所の罪数評価に基づいた,訴因の記載の処理が問題となり得る。* 公訴の効力を刑罰権の個数(罪数)により規律する「一訴因一罪の原則」に従い。一個の訴因には一罪を記載するという観点から、検察官が数罪である併合罪と評価する事実を起訴する場合には、第1,第2などと項を改めて、各罪となるべき事実を他の事実と識別可能な程度に特定して列記するのが一般である。他方。科刑上一罪となる観念的競合の場合には、「....・・・するとともに・・・・・・した」などと競合する実行行為を一文で記載することで、間接的に、検察官の罪数評価を示す扱いがある。(2)検察官の罪数判断と裁判所の判断とが異なる場面には、検察官が審判を請求した事実に変化はなくもっぱらその罪数評価が異なる場合と、証拠調べの過程で認定される事実に変化が生じた結果罪数評価が変動する場合とがある。後者の場合には、通常、検察官には、事実の変化に対応した訴因の変更等の措置をとる必要が生じるであろう。他方で、罪数評価は、被告人に対する処断刑に直接影響し得るので、裁判所としては、罪数評価の変動が被告人に不意打ちとならないよう手続上留意する必要がある。不意打ち防止措置として最も手厚いのは訴因変更手続であるが、検察官への罪数判断に関する求釈明を通じた手点の顕在化措置が要請されることがあり得よう。以上のような手続関与者の権限と利害状況を勘案しつつ、以下では、罪数判断が一罪から数罪へ変化した場合と、数罪から一罪へ変化した場合について、順水、裁判所の探るべき措置について説明する。(3)検察官が一罪として一括起訴した事実がそのまま認定されるが、裁判所の罪数評価が異なりこれを併合罪と解する場合には、各事実が数罪の訴因の記載として識別特定されていると認められる限り、そのまま数罪と認定することができると解される。審判対象の画定・明示の観点から不可欠な事実に何ら変化がない以上、もとより新因変更は不要である。なお、包装一罪等として一括記載された事実がそのままでは別の事実の記載として十分識別特定されていない場合には、併合罪としての訴因の明示をくことになるから、そのままでは不適法な訴因の補正(検察官に対する決釈明等による)を要することになろう。判例に現れた事案のうち、起訴状に数ヶ月間にわたる物品税違反行為が包括して一罪と記載されていた場合に、これを月毎の6罪の併合罪と認定評価した判決を是認したものは(最判昭和29・3・2刑集8巻3号217頁),起訴状に別表として狙罪一覧表が添付され、6個の行為を識別できるだけの事実関係の明細が記載されていたので、併合罪の訴因の記載としても特定されており、当初から6罪が起訴されていたと事後的に解釈しなおすことが可能な事案であった。この事案とは異なり当初の起訴状の記載が包括的で個別事実の特定が不十分である場合には、処断刑への影響の観点から被告人への不意打ちを避けるためにも、罪数補正を伴う訴因変更の形式で対処するのが望ましいであろう。検察官が主張する罪の一部を成す事実が認定できない結果、二罪とされる場合,それぞれの事実が検察官の訴追意思として黙示的・予備的に主張されていたとみられるときは、「縮小認定」として訴因変更を要しない〔Ⅳ 3(9))。当初から黙示的に主張されていた事実がそのまま認定され、罪数判断が変わったに過ぎないとみることができる。強盗の訴因に対し、暴行が財物奪取の手段であることが認定できない結果、暴行罪と恐罪の併合罪と認定する場合に訴因変更を要しないとされた事案はその例である(東京高判昭和27・3・5高刑集5巻4号467頁)。これに対て、審理の過程で当初の訴因に記載されていない別の事実が認定された結果罪数評価が変動する場合には、それが審判対象の画定にとって重要な事実の変化と認められる限り。原則として新因変更の手袋を受すると解すべきである。判例は、起訴状において、被告人は甲、乙、内と共謀の上、倉庫がら落綿11後を取したと記載されていたが、訴因変更手続を経ることなく同日に同倉庫から甲、乙と共謀の上落綿6を、両と共謀の上落棚5を窃取したと認定して二罪とした裁判所の判断を是認している(長判昭和32・10・8集11巻10号2487頁)。被告人が倉庫から落綿を持ち出した盗の美行行為は一個であり、共関係に係る事実が一部認められない点で、前記縮小認定に類するように見えるが、被告人が誰と共謀したかは罪となるべき事実の画定に不可の重要事実であるから、訴因変更の手続を経て、二罪を明示特定すべきであったと思われる。裁判例には、拳銃と実包を一定期間所持したという一罪の訴因を審理した結果,被告人が、拳銃等を預けた者にこれを一時返還した事実が判明した事案について、訴因変更を経ることなく返還の前後で所持を区切り併合罪とした原審の措置を違法として、「初は包括一罪として審判の対象とされていたものが証拠調べの結果、単に事実に対する法的評価の範囲を超えて訴因事実そのものに変動が生じ,そのため数個の併合罪と認定するのが相当であると判断されるにいたったのであるから、原裁判所としてはその段階で検察官に釈明を求めて、所持に中断があったことのもつ意味や罪数の関係等について検察官の主張を明確にし、場合により罪数補正を伴う訴因変更手続をうながすなどして、もって被告人・弁護人にそれに対応する防の機会を与えるべき訴訟法上の義務があるものというべきである」と説示したものがある(東京高判昭和52・12・20 高刑集 30巻4号423頁)。当初明示・主張されていなかった事実の変動であるから、これを顕在化させ罪数評価についても被告人側に不意打ちとならないよう、訴因変更と補正の措置が必要というべきであろう。(4) 検察官が数罪の訴因として起訴した事実について、裁判所がこれを一罪と評価し認定する場合には、前記のような訴因の明示・特定の問題を生じないから、特段の措置をとることなくそのまま一罪と判断してよい(例,併合罪として記載された数個の横領の事実をそのまま認定し、これを包括一罪と評価する場合)。検察官の訴追した事実全部について審判し、認定事実につき刑罰権の個数に関する裁判所の専属的法的判断を示すものと説明できるであろう。なお、この場合、訴因は当初から一個であり、それが書き分けて表示されていたとみれば、訴因と判決の個数とは対応しているから、一部について公訴棄却をする必要はない。検察官が、当初の訴因と併合罪の関係にあると解釈して追起訴した訴因について、裁判所が審理の結果。両者を一罪の関係にあると認定判断する場合も、一部事実の公訴棄却や因変更の手続は要しないと解される。追起は訴因の追加的変更をより丁寧な手続で行ったものと解釈しなおすことにより、二重起訴として公訴棄却する必要はない。このような場合を扱った判例として、当初の凶器準備集合罪の訴因と、これと併合罪の関係にあるとして追起訴された区器準備結集罪の訴因とを併合審理した結果。より重い結集罪一罪として処断するには、訴因変更の手続を要せず、また公訴棄却の言渡しも要しないとしたものがある(最決昭和 35・11・15刑集14巻13号1677頁)。裁判所の判断に拠れば当初の訴因と科刑上一罪の関係にある事実が追起訴された場合も、追起訴を訴因の追加とみて同様の処理をすることができよう。これに対して、審理するまでもなく一罪であり二重起訴であることが明白な事案では、一方を公訴棄却すべきである。なお、同一被害物件の窃盗と盗品関与のように公訴事実の同一性がある罪が併合罪として起訴され,一方について有罪とするときには、他方の訴因について公訴棄却すべきであろう。審理の経過により事実が変動する場合はどうか。初から一個の事実が起訴され審判対象とされていたと解釈することが可能な事案であれば、変動した事実に対応して、数個の訴因を一個の訴因の記載に変更する手続を経て一罪の判決をすることができるであろう。例えば、不同意性交と強盗の訴因について、審理の結果、強盗の身分に関する事実が付加され強盗・不同意性交一罪を認定しょうとする場合、数個の単純盗を常習性の発現による常習累犯窃盗一罪と認定しようとする場合である。これに対して、例えば、起訴状には、①9月 29日V宅への住居侵入、②同月27日V所有の宝石の窃取が併合罪として記載されていたが、審理の結果、街途行為は29日の住居侵入の際に行われたことが判明した場合はどうか。これを一個の事実の起訴であったと解釈することは困難であるから、①の訴因を9月29日の仕居侵入盗の事実に変更したのち、①について有罪、②については公訴棄却すべきであろう。②の訴因がおよそ日時の異なる益の事実記載であれば、①の住居侵入とは同一性が認められないから、②について犯罪の証明がなく無罪を告する必要があろう。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|審理・判決の対象|罰条の変更

公開:2025/10/21

(1)訴因変更に伴い,検察官は、当初起訴状に記載した条と新訴因として主張する罪となるべき事実との間に離齬が生ずるときは、罰条も変更しなければならない(法312条1項)。訴因変更にかかわらず、適用すべき罰条は同じで変更の必要がない場合もある。起訴状記載の事実はそのまま認定されるが、これに対する法的評価のみが異なる場合には、訴因変更は必要でない。しかし、罰条を変更する必要がある。罪となるべき事実の法的評価を表示する罰条の記載は、審判対象の画定という観点からは、訴因の記載に比して二次的なものであるから、罰条の記載に誤りがあっても「被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる度がない限り」公訴提起の効力に影響はないとされている(法 256条4項但書)。訴因の変更に併せて罰条の変更をすべきであるのにこれをしなかった場合も同様に、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずるおそれがない限り。訴因変更の効力には影響がないと解される。(2) 訴因の記載と罰条とが齟齬して罰条の変更を要する場合に,検察官がこれを怠っているときは、裁判所には罰条の変更を促しまたは命ずる訴訟法上の義務があり、また、裁判所の罰条変更命令には形成力を認めるべきであろう。認定された事実に対して法的評価を加え正当な法適用を行うのは、裁判所の職責だからである。* 裁判所が結審後にはじめて訴因と罰条との齟齬を認識し、かつ、被告人の防に実質的な不利益を生じさせていなかったと認める場合には、認定した事実に対し起訴状に記載されていない罰条を適用することが許されよう。しかし、結審前に齟齬を認識したときは、本文のとおり、罰条変更を促しまたは命ずる義務があるというべきである。なお、判例は、罰条の記載は裁判所による法令適用をその範囲内に拘束するためのものではないと解すべきであると述べ、被告人の防禦に実質的な不利益が生じない限りは、起訴状に記載されていない罰条でも適用することができるとしている(最決昭和53・2・16刑集32巻1号47頁)。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|審理・判決の対象|訴因変更命令

公開:2025/10/21

(1 )検察官が訴因変更を行う第二の型、すなわち証拠により証明されつつある事実(裁判所の心証)と訴因との間に齟齬が生じた場面における訴因変更は、裁判所の心証に依存する[IV1(3))。「訴因変更命令」の制度は、このような訴因変更を職権の発動により補完するものであり、文言上は裁判所が「審理の経過に鑑み適当と認めるとき」に発することができる(法312条2項)。もっとも、これは当事者たる検察官の審判対象設定権限に裁判所が職権で介入するのみならず、職権証拠調べ(法298条2項)とは異なり、被告人側に利益に働く制度ではない。したがって、現行法の基本的構造から見て例外的なこの制度を、中立的判断者であるべき裁判所が積極的に活用するのは適切でない。裁判所が心証と訴因との齟齬から訴因変更の必要性を認めたときは、できるだけ事者たる検察官の自発的な訴因変更に委ねるべきである。そのための方策として、裁判所は、求釈明(規則208条)の形で検察官に対し訴因変更を促し、あるいはこれを示唆するのが適切であろう。多くの場合、これにより、訴因変更命令を発しなくとも同様の目的を達することができる。※前記のとおり訴因変更は、検察官が有罪判決獲得を目標として行う訴訟活動であり、被告人に利益な制度ではない(Ⅳ 1(1)。訴因変更命令は、裁判所が当事者たる検察官の活動に介入しこれを補完する点で、証拠上証明される事実と判決との合致事業解明ーには資するものの。被告人側に利益に働く要素はない。なお、文言上,裁判所は訴因の「撤回」を命ずることはできない(法312条2項参照)。これに対して職権証拠調べは、当事者追行主義の例外であり事案解明に資する職権発動である点において訴因変更命令に類似する面もあるが、被告人側の立証活動を補完してその利益に資する場合もあり得る。また。職権証拠調べは本則である当事者の立証活動を排除しないのに対して、訴因変更命令は、当事者たる検察官の審判対象設定権限に直接介入し修正を迫る点で職権主義の顕著な発現形態である。(2)裁判所の訴因変更命令が発せられた場合、それは裁判(決定)であるから,検察官はこれに従う訴訟法上の義務を負う。しかし、検察官が何らかの理由で事実上これに従わず、訴因変更の手続をとらない場合には、変更の効果は生じない。すなわち、訴因変更命に形成力はない。最高裁判所も訴因変更命の形成力を否定している。「刑訴法の基本的構造」すなわち審判対象設定の局面における事者追行主義を理由とした次の説示は明快である。公職選挙法違反(金銭供与罪)の助の訴因で起訴された被告人につき、裁判所が共同正犯の訴因への変更を命令し、検察官がこれに応じなかった事案について、「検察官が裁判所の訴因変更命令に従わないのに、裁判所の訴因変更命令により訴因が変更されたものとすることは、裁判所に直接訴因を動かす権限を認めることになり、かくては、訴因の変更を検察官の権限としている刑訴法の基本的構造に反するから、訴因変更命令に右のような効力を認めることは到底できない」とする(最大判昭和40・4・28刑集19巻3号270頁)。(3)前記のとおり訴因変更命令の制度は、裁判所が検察官の審判対象設定権限に介入し修正を迫る点で当事者追行主義とは緊張関係に立つから、裁判所に訴因変更を命令する訴訟法上の義務まで認めるのは適切でない。裁判所の心証と訴因との間に離離が生じ、検察官が訴因変更しなければ無罪判決をするほかない場合であっても、原則として裁判所に訴因変更を命ずる義務はなく、そのような第1審の訴訟手続は違法でないと解すべきである。もっとも、このような場面において、検察官の自発的訴因変更に期待する以上:裁判所には、新理の具体的状況に応じて検察官に対し心証の動きを伝達することが要請される。検察官が裁判所の心証について十分理解していないと思われるときは、永釈明の形で検察官に訴因変更を促し、あるいはこれを示唆する限度で訴訟法上の義務があるというべきであろう。(4) 最高裁判所は、業務上横領の訴因について無罪を言い渡したが、訴因を変更すれば横領罪または背任罪として有罪にできることが明らかであった事案について、「原審がかかる場合、第一審は検察官に対し訴因変更の手続を促し又はこれを命じて審理判断をなすべきであったと判示した点について考えてみるに、本件のような場合でも。裁判所が自らすすんで検察官に対し右のような措置をとるべき責務があると解するのは相当でない」と説示して、訴因変更を促し、または命令する義務はないとしていた(最判昭和33・5・20刑集12巻7号1416頁)。その後、この判例を原則として確認しつつ、「本件のように、起訴状に記載された殺人の訴因についてはその犯意に関する証明が充分でないため無罪とするほかなくても、審理の経過にかんがみ、これを重過失致死の訴因に変更すれば有罪であることが証拠上明らかであり、しかも、その罪が重過失によって人命を奪うという相当重大なものであるような場合には、例外的に、検察官に対し,訴因変更手続を促しまたはこれを命ずべき義務があるものと解するのが相当である」と説示して、例外的に義務があるとした(最決昭和43・11・26 刑集22巻12号1352頁)。証拠の明白性は、訴因変更命の当然の前提である。犯罪の重大性は,法定刑ではなく「人命を奪う」という法益侵害の質を勘案した事案解明要請の強さを示す要素と見るべきであろう。例えば、重過失致死より法定刑の重い財産犯でも、それだけで同様の帰結になるとは思われない。また、変更を「命ずべき義務」まで認めたのは疑問であろう。また。最高裁判所は、傷害致死を含む人命を奪う重大な罪にかかる事案について、大要、次のような趣旨を述べて、訴因変更「命令」の義務を否定している。これは、裁判所の求釈明による訴因変更の示唆とこれに応じない検察官の明確な訴追意思等の審理経過を勘案したものであろう。なお、求釈明により事実上訴因変更を促す「訴訟法上の義務」を前提とする点に留意すべきである。傷害致死の事実に関する現場共謀の訴因を事前共謀の訴因に変更することにより被告人らに対し共謀共同正拠としての罪責を問い得る余地がある場合であっても、検察官が、約8年半に及ぶ第1審の審理の全過程を通じ一貫して公訴事実はいわゆる現場共謀に基づく犯行であって現場共謀に先立つ事前共謀に基づく兆行とは別個のものであるとの主張をしていたのみならず、審理の最終段階における裁判長の求釈明に対しても従前の主張を変更する意思はない旨明確かつ断定的な釈明をしていたこと,第1審における被告人らの防梨活動は検察官の現場共謀の主張を前提としてなされたことなどの事情があるときは、第1審裁判所としては、検察官に対し求釈明によって事実上訴因変更を促したことによりその訴訟法上の義務を尽くしたものというべきであり、更に進んで、検察官に対し、訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すべき義務を有するものではない(最判昭和58・9・6刑集37巻7号930頁)。最高裁判所は,保護責任者遺棄致死被告事件について、第1審裁判所が検察官に対する求釈明によって事実上訴因変更を促したことにより訴訟法上の義務を尽くしているとし、更に進んで重過失致死罪への訴因変更を命じ,またはこれを積極的に促すなどの措置に出るまでの義務を有するものではないと説示して、同様の枠組を前提とした判断を示している(最判平成30・3・19刑集72巻1号1頁)。本件では公判前整理手続が実施され,そこで検察官は訴因の予備的追加の可能性を釈明していた。裁判所の求釈明はこのような状況で念のためになされたものであった。公判前整理手続の実施により訴因変更請求自体が制約されるので、裁判所に求釈明義務の生ずる場面は、一般的には稀になるであるう。*最高裁判所は、次のように説示して、検察官の訴因変更の権限行使に裁判所が介入する場面を極小化しているようにみえる。「わが刑訴法が起訴便宜主義を採用し(刑訴法 248条)、検察官に公訴の取消しを認めている(同257条)ことにかんがみれば、仮に起訴状記載の訴因について有罪の判決が得られる場合であっても、第1審において検察官から、訴因、罰条の追加、撤回または変更の請求があれば、公訴事実の同一性を害しない限り、これを許可しなければならないものと解すべきである」(最判昭和42・8・31刑集21巻7号879頁)。もっとも、変更後の訴因では無罪となることが明らかな場合には、訴因に関する検察官の意思を確認するため、求釈明を行う訴訟法上の義務があると言うべきであろう。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|審理・判決の対象|訴因変更の限界(可否)一公訴事実の同一性

公開:2025/10/21

(1) 検察官は、当初起訴状に訴因として明示・特定した罪となるべき事実の主張を変更し、当該訴訟手続内で別の主張を新たに提示し,これについて裁判所の審理・判決を求めることができる。ただし,訴因の変更には制約があり、審判対象すなわち公訴事実の「同一性」を害することは許されない(法 312条1項)。審判対象の同一性を判断する権限は、検察官ではなく、手続の安定的進行に責務を負う裁判所にある。起訴状記載の訴因と公訴事実の同一性を欠く訴因については,当該訴訟手続において扱うことはできず,検察官がそのような訴因について刑罰権の実現を求めるには、別の訴追手続(別訴)に拠らなければならない。他方、公訴事実の同一性が認められる訴因については別に拠ることはできず,当該訴訟手続において訴因変更により刑罰権の実現を求めることが要請される(二重起訴の禁止。法 338条3号・339条1項5号参照)。また,「確定判決を経た」訴因と公訴事実の同一性が認められる訴因については、確定判決に至った訴訟手続において訴因変更による訴追意思の実現が可能であったことから判決の一事不再理の効力が及び、再訴は禁止される(法337条1号)。このように法が訴因変更に限界を設定している趣旨・目的は、刑事手続による刑罰権(実体法)の具体的実現に際して、別訴で二つ以上の有罪判決が併存し二重処罰の実質が生じるのを回避することにある。「公訴事実の同一性」とは、このような目的のための道具概念と理解することができる。(2) 刑事手続の目的は、刑罰法令に該当する「罪となるべき事実」に対して、刑罰権を具体的に実現することにある(法1条)。仮に一つの刑罰権の対象となるはずの事実について、別訴が併存し二つ以上の有罪判決が重複して生じる可能性があれば、二重処罰のおそれがあり不都合である。一つの刑罰権については一つの有罪判決が対応してこれを1回だけ具体的に実現すべきであり、実質的な二重期状態の発生を防ぐためには、そのような可能性を生じる旅因を別訴で主張すること自体を許さないとすることが、合理的な方策である。そのためには、併存すれば二重処間の実質を持つような商立し得ない関係にある訴因間においては別所を許さず、当該訴訟手続において訴因の変更により処理することが要請される。すなわち、1回の刑事手続により一度だけ処罰すれば足りるという意味で両立し得ない関係にある訴因の間では訴因の変更を認め、当該訴訟手続内で訴追意思の実現をはからなければならない。他方、複数の有罪判決が併存してもニ重処にならない関係にある事実に対する刑罰権の実現は、別訴に拠らなければならない。こうすることにより、手続の安定と実体法の具体的適用実現という刑事手続の目的が、適切に遂行できる。(3) このような制度趣旨・目的から導かれる「公訴事実の同一性」とは、訴因と訴因とが1回の刑事手続内においてどちらか一方で一度だけ処罰すれば足りる両立し得ない関係にあり、別訴に拠り二つ以上の有罪判決が併存すれば二重処罰の実質を生じるような場合の訴因間の関係を意味すると解すべきである。これには、二つの類型がある。その第一は、両訴因に記載されている罪となるべき事実が実体法上一罪(単純一罪のほか、包括一罪,科上一罪等を含む)と扱われる関係にある場合である。例えば、窃盗罪の訴因を同一機会における住居侵入・盗罪の訴因に変更する場合を想定すると、仮に住居侵入罪が別訴で同時に有罪となれば、科刑上一罪の関係にあり1個の刑罰権が実現されるべき事実について、2個の判決が生じる可能性があり不都合であるから、別訴を許さず、当該訴訟手続内において訴因の追加を可能としなければならない。こうして、実体法上一罪の関係にある訴因の記載の間には「公訴事実の同一性」が認められる。これに対して,例えば、被告人✕がYにV所有の宝石の窃取を教唆した事実から、XがYの窃取してきたV所有の宝石を買い受けた事実への訴因変更を想定すると、両訴因は記載された事実を比較する限り、被害客体が共通し、犯行の日時・場所等が近接し、関与者Yが共通するとしても、刑罰権の個数とその具体的実現という観点からは、両者は別個に成立し併合罪の関係にあるので、別訴に拠り二つの有罪判決が併存しても二重処罰にはならない。むしろこのように両立する別個の刑罰権の対象を同一の手続内で扱うのは適切でないから。公訴事実の同一性は認められない。したがって訴因変更は許されないことになる。以上は、講学上「公訴事実の単一性」の有無と称されてきた類型である。両訴因が一罪の関係にある前者の場合は、公訴事実の単一性が認められ訴因変更が可能、これに対し、両訴因が併合罪(数罪)の関係にある後者の場合には、単一性が認められないので訴因変更不可と説明されてきたところである。これは、訴因変更に対して罪数による規制が働く局面である[IV1(1)**)。最高裁判所は、従前、このような場合も法312条の「公訴事実の同一性」の解釈問題として扱ってきた。例えば、「窃盗の幇助をした者が、正の盗取した財物を、その駐物たるの情を知りながら買受けた場合においては、窃盗幇助罪の外賍物故買罪が別個に成立し両者は併合罪の関係にあるものと解すべきである・・・・・・から、右盗助と駐物故買の各事実はその間に公訴事実の同一性を欠くものといわねばならない」と説示した判例がある(最判昭和33・2・21 刑集12巻2号 288頁)。もっとも、近時、最高裁判所は、前訴の確定判決の一事不再理効が及ぶかを判断するに際して「公訴事実の単一性」という講学上の術語を用いている(最判平成 15・10・7刑集57巻9号1002参照)。これを後述するいまひとつの類型,すなわち講学上の「狭義の公訴事実の同一性」判定の場合と統一的に把握する説明があり得るとすれば、1個の刑罰権(実体法)に対し複数の判決が併存する可能性を回避する要請に基づく訴訟手続上の規律という点で共通するといえよう。(4) 第二は、従来「狭義の公訴事実の同一性」の有無と称されてきた類型である。両訴因の罪となるべき事実の記載を比較したとき、両者が、1回の手続においてどちらか一方で一度だけ処すれば足りるかという観点から、両立し得ない択一関係にある場合である。すなわち、仮に別で両者が有罪とされれば実質的に二重処罰となり不当というべき関係が認められる場合である。この判断は、裁判所が訴因の記載を相互に比較することによって行われる。もっとも、訴因として表示される具体的な罪となるべき事実の記載は多様であるから、罪数による規制が働く第一類型の場合と異なり、明映画一的な基準を見出しにくい。別訴で同時に有罪とした場合に二重処罰の実質が生じるのを回避するという制度趣旨から、1回の手続でどこまで片付くことにすべきか、罪となるべき事実の各構成要素、すなわち犯罪主体としての被告人のほか、北罪の日時、犯罪の場所、犯罪の方法ないし行為の態様、被害法益の内容、その主体としての被害者、共犯関係などの一致、類似、近接、包合等の関係を総合的に評価し、検察官と被告人との間の対立利益を比較考量して決定される価値的な判断というほかはない(「総合評価説」)。このような総合的考量判断を続し方向付ける明瞭な指標を敢えて見いだそうとすれば、それは、刑事手続で実現しようとする具体的刑罰権すなわち刑事実体法の解釈に帰着することになるように思われる。公訴事実の同一性を認めた判例の事案は、いずれも両訴因に記載された事実が実体法上いずれか一方の罪しか成立しないと解されるものである(実体法上の非両立関係・犯罪成立の択一関係)。もし犯罪成立が択一関係にある事実が別訴で有罪になる可能性があるとすれば、二重処罰の実質を生じ不都合であるから、これを回避するための訴訟手続上の方策として別訴を許さず、同一訴訟手続内で訴因変更が可能とされていると考えるのである。以上のとおり、二重処罰を回避するための訴訟手続上の方策・要請という制度趣旨において,第一類型と第二類型は共通する。また、いずれも刑罰権の非両立性が基準となる点でも共通である。このような観点からは、法312条1項の解釈として従前説かれていた「公訴事実の単一性」と「狭義の公訴事実の同一性」の区別は不要ということになろう(もとより、前記のような問題の整理・区別があることは前提とする)。(5)最高裁判所は、これまで公訴事実の同一性を判断するに際して、二つの枠組を用いてきた。両訴因の「基本的事実関係の同一」と、両訴因の「両立しない関係」(「非両立性」と呼ぶ)という判断枠組である。「基本的事実関係の同一」という術語は、旧法時代の大審院判例以来のものであり、職権審理主義から当事者追行主義へと審判対象についての考え方の転換がなされてからも、判例はこの術語を用い続けている。もっとも判断の基礎となる「事実」の意味内容はかつての歴史的社会的事実ではなく、検察官(当事者)による罪となるべき事実の主張の具体的記載を比較することにより、表示された事実関係の共通性の程度を総合評価した判断がなされているといってよい。これに対し「非両立性」の判断枠組は、両訴因の事実の記載を比較しただけでは日時・場所・行為態様等に相違する部分が多く、「基本的事実関係の同一」が必ずしも明瞭とはいえない事案において、なお前記の制度趣旨から訴因変更による1回的処理が適切・妥当と認められる場合において用いられている。両者の判断枠組の関係をどのように理解するかについては、様々な見解があるが、非両立性の基準に言及した判例は、これを当該事業で両訴因の基本的事実関係の同一を肯定する理由として用いていることから、判文上は、非両立性の基準は基本的事実関係の同一に代わるものではなく、むしろこれを根拠付け。補充・補完する趣旨で用いられているようにみえる。しかし,制度趣旨に立ち帰り統一的な説明を求めるとすれば、前記のとおり、二重処罰の実質が生じるのを回避する非両立性の基準ひいては実体法の解釈として犯罪の成立が択一的関係であることこそが、本質的で判例の根底に流れている基本法理であると捉えることができる。*両者の判断枠組を合わせて明示した近時の判例として,最決和5・10・16集77巻7号467頁がある。個人として無免許で宅地建物取引業を営んだという訴因と、法人の代表者として法人の業務に関し無免許で宅地建物取引業を営んだという訴因との間に公訴事実の同一性を認める判断をする際に、「両訴因は、・・・・・被告人を行為者とした同一の建物賃貸借契約を媒介する行為を内容とするものである点で事実が共通しており、両立しない関係にあるものであって、基本的事実関係において同一であるということができる。」と説示する。(6)非両立性の基準に言及した判例のうち、下記の3つの事案は、両訴因に記載された事実の共通性に乏しいため、基本的事実関係の比較では公訴事実の同一性を判断することができなかった場合であり、このために非両立性の枠組が用いられたと見ることができる(下記のほかに非両立性の枠組を用いた判例として、最判昭和33・5・20刑集12巻7号1416頁[業務上横領罪に当たる事実と商法違反の非に当たる事実との関係が扱われた事案],最判昭和34・12・11刑集13巻13号3195頁[馬の売却代金の横領罪に当たる事実と馬そのものの窃取の事実との関係が扱われた事案」がある)。第一の判例は、10月14日頃の静岡県長岡温泉における背広一着外数点の盜の起訴事実と、10月19日頃の東京都内における同じ背広一着の賊物牙保の事実との関係が扱われた事について、「両者は罪質上段な関係があるばかりでなく、本件においては事柄の性質上両者間に犯罪の日時場所等について相異の生ずべきことは免れないけれども、その日時の先後及び場所の地理的関係とその双方の近接性に鑑みれば、一方の犯罪が認められるときは他方の犯罪の成立を認め得ない関係にあると認めざるを得ないから、かような場合には、両訴因は基本的事実関係を同じくするものと解するを相当とすべく、従って公訴事実の同一性の範囲内に属する」と説示したものである(最判昭和29・5・148巻5号 676頁)。この事の両訴因に記載された事実は、事実の構成要素に共通性が乏しいことから比較の方法では判断ができないが、記載された事実の非両立関係という観点からは、実体法の解釈上、罪の成立が択一関係であることが明瞭に判断できる。窃盗罪が成立するとすれば盗品関与罪は不可罰的事後行為となり。盗品関与罪が成立するとすれば窃盗罪は成立していないことになる。いずれか一方の罪で1回処罰すれば足りる関係にあるから訴因変更を認めるべき場合といえよう。また。被告人が察官甲又は乙と共謀の上,運転免許証取得希望者13名から不正の請託を受けて15万円ないし 25万円の供与を受けたという枉法収賄の起訴事実と、被告人は運転免許取得希望者と共謀の上、甲又は乙に対し、13回にわたり 4万円ないし5万円を供与し、酒食などの応接待をした贈賄の事実との関係が扱われた事条について、「枉法収賄の訴因と・・・・・贈賄の訴因とは、収受したとされる賄賂と供与したとされる賄賂との間に事実上の共通性がある場合には、両立しない関係にあり、かつ。一連の同一事象に対する法的評価を異にするに過ぎないものであって、基本的事実関係においては同一であるということができる。したがって、右の二つの訴因の間に公訴事実の同一性を認めた原判断は、正当である」と説示した判例がある(最決昭和53・3・6刑集32巻2号218頁)。これも収賄と贈賄という行為態様の相違から事実の比較による共通性を見いだすことは困難であろうが、共通する賄賂に関与した被告人が収賄側か贈賄側かによりどちらか一方の罪だけが成立するという意味で、非両立関係は明瞭である。さらに、被告人は甲と共謀の上、10月26日午後5時30分頃,栃木県芳賀郡二宮町の被告人方において甲をして自己の左腕部に覚醒剤水溶液を注射させて使用したという起訴事実と、被告人は、10月26日午後6時30分頃,茨城県下館市所在のスナック店舗内において、覚醒剤水溶液を自己の腕部に注射して使用した事実との関係が扱われた事案について、「両訴因は、その間に覚せい剤の使用時間、場所、方法において多少の差異があるものの、いずれも被告人の尿中から検出された同→覚せい剤の使用行為に関するものであって、事実上の共通性があり、両立しない関係にあると認められるから、基本的事実関係において同一であるということができる。したがって、右両訴因間に公訴事実の同一性を認めた原判断は正当である」と説示したものがある(最決昭和63・10・25刑集42巻8号1100頁)。この場合両訴因の記載の比較だけでは、むしろ両立併存の可能性も認められそうであるが、検察官の釈明を考慮していずれの事実も尿鑑定結果に対応する1回の使用行為を起訴した趣旨であるということであれば、いずれか一方の罪しか成立しないこととなる関係と判断できるのである。(7) 以上のような非両立性の判断枠組は、前述した公訴事実の同一性という道具概念の制度趣旨からして、実体法上の刑罰権の非両立性すなわち法律上の非両立性を意味する。証拠に基づく事実認定上の判断の矛盾・非両立をいうものではない。判例はしばしば訴因の記載に「事実上の共通性」があることに言及しつつ、両訴因に記載された事実の非両立性を判定しているが、それはいずれも訴因に表示されている事実関係の一定の共通性をもとに法律上の非両立関係を判断しているものと捉えるべきである。訴因変更が問題となった審理の段階における裁判所の事実認定(心証)そのものが両立性判断の「対象」とされているとは思われない。判断対象はあくまで検察官が起訴状において主張する罪となるべき事実である。検察官が訴因変更を行う場面の二つの型〔W1(3)において、いまだ証拠調べが開始される前の「因変更請求と、事実認定が可能な程度に出拠調べが進行している場面との間で、判断の対象が異なるのは不整合であろう。新因変更の可否は、裁判所の事実認定とは別個に処理されるべき法的判断であり、検察官の主張する事実相互の関係が法律上非両立で、いずれか一方で処罰すれば足り、別で有罪となれば二重処罰の実質を生じる場合かどうかを判定すべきである。*例えば、相互にアリバイの関係に立つ同一時期の異なる場所における報告人の犯行を記載した両所因は、事実認定の次で非両立ではあろうが、検察官の主張する事実として比較した場合には、両者のいずれか一方で処割すれば足り、別訴で有罪となれば二重処罰の実質が生じるような意味での両立し得ない関係、すなわち刑罰権の非両立関係ではない。事実認定の次でいずれかが誤っている主張、ないし、いずれもが認定できない主張であるに過ぎない。したがって、このような場合に公訴事実の同一性を認めることはできない。また、例えば、Xが自動車を運転していに衝突し過失運転致死の結果を発生させた罪の訴因とXがVを死亡させた運転者Yの身代わりとなったという犯人隠避罪の訴因とは、確かに論理的には両立し得ないが、その主張の間におよそ事実上の共通性が認められない上、刑罰権の実現に際し両者が別訴で有罪とされると二重処罰の実質を生じるかという意味での両立し得ない関係にあるとはいえない。これも事実認定の次元でどちらかの検察官主張が誤っているという問題であり、法律上いずれか一方の罪が択一的に成立するという関係、刑罰権の非両立関係ではない。したがって,両者の間には公訴事実の同一性がなく訴因変更できないのは当然である。(8)「公訴事実の同一性」を判断するため。訴因と訴因との事実関係を比較し、あるいは非両立関係を判定するに際して、裁判所はどのような範囲の事実を判断の基礎とすることができるか。この問題について、見解は分かれている。裁判官の論者の中には、基本的事実関係の同一や両訴因間の非両立性を判断するために両訴因の背後にある社会的事実を基礎とすべき場合があるとの見解もある。例えば、訴因間の非両立性とは、両訴因の背後にある社会的事実が重なり合って同一の社会的事実を構成している場合において、両訴因が両立しない関係にあることをいうのであり、社会的事実関係は、単なる検察官の主張として、訴因中に記載され又は釈明されるだけで足りるものではなく、実体的な裏付けを必要とする。実体物としてのいわゆる社会的事実であるとの見解である。しかし、「訴因の背後にある社会的事実」を訴訟外に実在するものとして前提とするのは不適当である。現行法が想定する裁判所の審判対象は、検察官の設定主張する訴因以外の何物でもなく、それ以外の何物かはどこを探しても無いのである。訴因変更もまた審判対象である検察官の新たな主張の提示なのであるから、審判対象の「同一性」の判断は、検察官が当初起訴状に記載して設定主張していた訴因の記載と,検察官がそれに変更するよう求めている訴因の記載との相互の事実を比較して行うほかはない。訴因に明示・記載された事実の比較だけでは、両訴因間の非両立性や基本的事実関係の共通性が分からない場合。裁判所は、検察官の主張内容を一層具体的に明らかにさせるために釈明を求め、検察官が求釈明に応じて「主張する事実」を判断の基礎にすることもできる。もとよりこの「事実」は、訴因と同様に検察官の主張であって、社会的事実ではない。証拠調べ開始前の段階で訴因変更が求められた場合。裁判所の判断の基礎となるのは、訴因に明示・記載された事実と検察官が求釈明に応じて主張する事実以外に想定できない。これに対して、証拠調べが進行した段階で訴因変更が求められた場合には、その時点までに行われた「証拠調べの結果により裁判所が認定できる事実」というものが想定できる。この場合、この事実をも、公訴事実の同一性の判定の基礎とすることができるか。確かに裁判所は、現に、訴因変更が問題となった段階・時点において証拠調べの結果により裁判所が認定できる事実を判断の基礎に含めているものと思われる。例えば、前記昭和53年判例において、収受の賄賂と供与の賄賂が別個の金員ではなく「事実上の共通性がある」との事実である。しかし、このことから裁判所が訴因の背後に実在する社会的事実を想定・考慮していると捉えるべきではない。証拠調べが進んでいても裁判所が判断の「対象」としているのは、あくまで検察官の主張する事実相互間の関係である点で異なるところはない。訴因変更の可否を決定する時点において、それまでの証拠調べの結果により裁判所が認定できる事実がある場合に、それを判断の基礎にするのは、公訴事実の同一性の判定権限が、検察官ではなく裁判所にあるからである〔前記(1)。確かに検察官には審判対象たる訴因を設定・変更する権限が付与されているが、現行法制度は、その変更可否の判断については、これを裁判所の権限としている点に留意する必要がある。例えば、前記事案において、検察官の「主張」に反し収受の賄賂と供与の賄賂とが別個の金員であることが証拠上明らかとなった場合、両訴因は両立する関係に立つことになり、公訴事実の同一性は否定されることになるかれたれは公転部の同一性の判定補取が設利所にあり。その心証が優越してこれに反する検察官の主張は採用できないからである。訴因変更可否の判断時点において、「公訴事実の同一性」の判定権者である裁判所の心証が優越してこれと相答れない検察官の主張事実が採用されず、この意味で、判断に際して裁判所の心証が基礎とされたとしても、それは訴因の背後にある社会的事実を基礎とした判断とは異なる。裁判所の心証は、判決賞告までの間、ゆく河の流れのように流転する浮動的なものであり、訴因変更可否の判断の基礎として考慮されているのは、あくまで判断時点において裁判所が認定できる事実にとどまる。このような事態の説明において、訴訟外に別途実在して動かない「社会的事実」を想定する必要はなく、またそのような想定は、現行法の基本的構造に反し適切でないというべきである。*ある時点における裁判所の心証に照らして公訴事実の同一性があるとの判定をしたとしても、その後検察官の主張事実と証拠とが合わないことが判明した場合には、その時点における裁判所の心証に照らして、前に行った訴因変更許可決定を取り消せば足りる。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|審理・判決の対象|訴因の変更|訴因と異なる事実認定の限界一訴因変更の要否

公開:2025/10/21

(1) 検察官の主張する訴因と、裁判所が証拠調べに基づき認定しようとする事実とがくい違い。ずれが生じている場合には、検察官による訴因変更の手続が必要である。しかし、訴因として記載された事実と完全に一致した事実の認定しか許さず、そうでなければ常に訴因変更を要するとの扱いは煩瑣に耐えず、合理性もない。法はある程度訴因と異なる事実認定を許容しているとみられる。そこで、検察官の立場からみれば、訴因と裁判所により認定される事実との間にいかなる程度の差異が生じた場合に、訴因変更請求を行う必要があるかが、問題となる。これを表判所の立場からみれば、証拠調べの結果、認定しようとする事実とその段階で主張されている訴因との間にずれがある場合に、どの程度のくい違いであれば訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる事実認定をしてよいかという問題となる。*以下の説明は、検察官が訴因変更を検討する場面のうち、審理が進行した後の前記第二の型〔Ⅰ(3)〕についてのものである。検察官が、諸般の事情から起訴状の記載と異なる事実を意識的に立証しようとして、証拠調べ開始前に訴因変更を検討する場合には、起訴状の記載とくい違う限り、事実の僅かな変動であっても、引き続<審理手続の明確化のため、訴因変更手続をとらなければならない。(2)この問題は、裁判所が訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる事実認定をした判決の適否が上訴審で争われる形で顕在化する(訴因変更の要否に関する裁判例の多くは、訴因変更を経ずに訴因と異なる事実認定をした原判決の訴訟手続の適否が問題とされたものである)。そこで裁判所は、手続の円滑な運用の観点から、このような問題が発生しないよう,認定しようとする事実と訴因との間にずれがあると考える場合、これを解消するため検察官に対し求釈明等を通じて裁判所の心証を伝達し、訴因変更を促す場合が多い。また,訴因変更が必要不可欠と解される場合でなくとも、検察官が自らの主張を明確化するために訴因変更請求をすることが禁じられているわけではなく、他方、審理の経過に鑑み手点について被告人側の具体的な防を十分尽くさせるという観点から、訴因変更の手続が採られ、あるいは裁判所から訴因変更が促されるという局面も想定される。このような手続運用により、訴因変更要否の解釈問題が生じることは未然防止される。しかし、訴因変更が法的に必要不可となるのはいかなる場合であるか、裁判所が訴因と異なる事実認定をした場合に違法となる限界線について、訴因の機能は何かという観点から整合的な判断枠組を明らかにしておく意味はあると思われるので、以下ではこのような観点からの説明を加える。(3)訴因は、検察官が起訴状において明示・主張する構成要件に該当する具体的な「罪となるべき事実」の記載である(法 256条3項)。それは、単に、被告人の防興の便宜のために法的な評価を示したり、贅告を与えるだけのものではない。裁判所の審判対象を当事者たる検察官の主張する事実に限定・拘束するものである。したがって、検察官が設定した罪となるべき事実の記載と認定事実との間に実質的ないし重要な差異が生じれば、原則として、訴因変更が必要というべきである。これは従来「事実記載説」と称されていた考え方であり、現在では、学説・判例ともに一致してこの考え方に立つといってよい。問題は、実質的ないし重要な事実のずれ、差異とはどのような場合をいうかである。従来は、訴因が被告人側に防目標を示すものでもあることから、事実の差異が被告人の防禦に実質的な不利益を及ぼすかどうかという観点からこれを判定するという考え方が示されてきた。しかし、検察官による訴因の設定構成権限ならびに訴因の第1次的な機能の理解との整合性という観点からは、訴因変更の要否すなわち検察官の設定した訴因の裁判所の審判に対する「拘束力」の問題を検討するのに,専ら被告人の防禦上の不利益の観点に着目するのは疑問であろう。前記のとおり、訴因の設定の局面における訴因の第1次的な機能は、検察官が裁判所に対し審判対象たる「罪となるべき事実」を特定することにある(II参照】。そうだとすれば、検察官によって設定された訴因の記載の拘束力、すなわち訴因変更の要否も、第1次的には、「審判対象の画定」という観点から検討して限界線を見出すのが整合的である。* 判例は、法律構成に変化がなくても事実の重要なずれがある場合には訴因変更が必要であるとし(例えば、最決昭和40・12・24刑集19巻9号827頁は、脱税事犯において、同じ構成要件内でも勘定科目の追加・削除に訴因変更手続が必要であるとする)、他方,法律構成・構成要件や適用条が異なることになっても、事実に違いがなければ訴因変更を要しない(例えば、最判昭和 28・5・8刑集7巻5号965頁は、背任として主張された事実を詐欺と認定した場合。もとより罰条の変更は必要である)としているので、事実の差異に着目した判断をしていることは明らかである。(4) このように考えた場合、訴因と裁判所の認定する事実とのくい違いが重要で実質的なものであり、訴因の変更を必要とするかどうかは、訴因の機能である「罪となるべき事実」の特定すなわち「審判対象の画定」という観点から、事実の差異が審判対象の画定に必要不可な事項・部分であるかどうかに係るというべきである。前記のとおり、訴因の記載は、裁判所の審判対象である「罪となるべき事実」の特定に必要不可な要素とそれ以外の要素から成る〔Ⅲ(2)〕。前者の事実の差異は審判対象の具体的内容を必助させ、検察官が当初設定構成した卵となるべき事実とは違った事実となるから、そのような事実認定をするためには、被告人の防興上の不利益の有無にかかわらず、訴因変更が不可というべきである。そうしなければ、裁判所は検察官の訴因設定構成権限を害して審判対象を逸脱した事実認定をしたことになる(#378系3号)。これに対して、「罪となるべき事実」の特定に必要不可でない部分について、証拠上証明される事実との差異が生じたとしても、原則として訴因変更は不要であり、訴因と異なる事実認定をすることができると考えられる。* 例えば、XがV所有の宝石を窃取したという訴因に対して、Yが窃取したV所有の宝石をXが買い受けた事実を認定する場合、それが当のXの自白弁解に拠るものであり、そのとおり認定しても✕の防具体的な不利益がないと認められる場合であっても、罪となるべき事実の基本部分が行為態様と結果において大幅に異なる以上、訴因変更が必要である。これに対し、例えば、Xの窃取行為は明白で、認定される犯行の時間が異なっても、それは罪となるべき事実そのものの変化ではない。また、XがV所有の宝石に加えて時計を窃取した事実を認定する場合は、被害物件が増大しその価額によっては量刑に影響があり得るものの、罪となるべき事実の特定に必要不可な部分に重要な差異が生じているとまではいえない。(5) 最高裁判所は、訴因変更をせずに殺害の実行行為者について訴因と異なる認定をしたことの適否が争われた事案において、次のような判断を示している。「訴因と認定事実とを対比すると、......狙行の態様と結果に実質的な差異がない上、共謀をした共犯者の範囲にも変わりはなく、そのうちのだれが実行行為者であるかという点が異なるのみである。そもそも、殺人罪の共同正の訴因としては、その実行行為者がだれであるかが明示されていないからといって、それだけで直ちに訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠けるものとはいえないと考えられるから、訴因において実行行為者が明示された場合にそれと異なる認定をするとしても、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要となるとはいえないものと解される」(最決平成13・4・11刑集55巻3号127頁)。ここでは、被告人の防上の不利益という観点ではなく、第1火的には「審判対象の画定という見地から」の判断が行われるべきことが示唆されている。それは、判例の訴因の機能の理解〔I(2)とも整合的で明晰な枠組と思われる。判例は、このような枠組の下で、訴因としての拘束力が認められるのは、それが明示されないと「訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠ける」ことになる事項、すなわち「訴因の記載として不可欠な事項」に限られるとの理解を示したものといえよう。* 訴因の記載の中に、拘束力を有する事項とそうでない事項があるという考え方の基本的な枠組は、従前の判例にも現れていたところである。例えば、訴因には、自動車運転者に速度調節義務を課す根拠となる2つの具体的事実が記載されていたが、そのうちの1つが、訴因変更手続を経て撤回された場合において、なお、この撤回された方の事実を認定することが許される理由として、「過失犯に関し、一定の注意義務を課す根拠となる具体的事実については、たとえそれが公訴事実中に記載されたとしても、訴因としての拘束力が認められるものではない」旨説示した判例である(最決昭和63・10・24集42巻8号 1079頁)。これに対して、過失たる注意義務違反行為そのものに差異が生ずる場合には、訴因変更を要するとするのが判例である(最判昭和46・6・22刑集25巻4号588頁)。これは注意義務違反行為すなわち過失の態様が過失犯の「罪となるべき事実」の特定にとって不可欠な要素であるとの考えに立つものであろう。** 訴因変更の要否の基準として従来説かれていた「抽象的防説」の着目する被告人側の防禦の観点の実質は、審判対象の画定という訴因の第1次的機能により反射的に保障されていた防禦上の利益であったと見ることができる。それは審判対象が画定されることそれ自体により防の目標が設定告知されるという訴因の第1次的機能そのものである。そこには、具体的な審理経過や被告人の防活動の具体的状況の考慮が入る余地はない。(6) それでは、従来指標とされていた訴因のいまひとつの機能である被告人側の防禦上の不利益の観点は、どのように位置付けられるか。前記のとおり、被告人側の防上の利益は、訴因の事実記載のみによって保障・確保されるものではない。訴因における「罪となるべき事実」の記載は、防禦目標の星示という防の利益の出発点ないしその一部を成すにとどまる(皿(1))。他方で、訴因として起訴状に記載される事実には、罪となるべき事実の特定すなわち審判対象の画定にとって必要不可ではないが、被告人側の具体的な防活動にとって重要と考えられる要素があり得る。共同正の訴因における実行行為者が誰であるかという記載はその例である。そして、個別具体的な番理の過程でその記載部分が争点となり、両当事者の攻防が行われたとすれば、表判所がその記載部分と異なる事実をいきなり不意打ち的に認定することは、※告人類の具体的な肪勢に着しい不和益を生じるから、原則としてされるべきではない。そこで、このような事項が訴因として記載されている以上は、これと異なる事実を認定するには、原則として訴因変更手続を経て、具体的な防無の機会を与えなければならないというべきである[皿3)*及び***)。前記判例は、「実行行為者がだれであるかは、一般的に、被告人の防御にとって重要な事項であるから、当該訴因の成否について手いがある場合等においては、手点の明確化などのため、検察官において実行行為者を明示するのが望ましいということができ、検察官が訴因においてその実行行為者の明示をした以上、判決においてそれと実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するものと解するのが相当である」と説示して、このような趣旨を述べる(前掲最決平成 13・4・11)。*前記のとおり、罪となるべき事実の画定に必要不可でない事項は、たとえ検察官が裁判所の求釈明に応じてこれを具体的に明確化した場合でも、それは訴因の内容とはならないと解される〔皿I(3)***)。しかし,それが訴因として明示・記載された以上は、それと実質的に異なる認定をするには、訴因変更の手続を踏むべきである。大前提として、検察官は、一般に被告人の防にとって重要な事項を訴因に明示・記載するのが望ましいのは皆然である。また、訴因の内容とはならないが防禦上重要で両当事者の攻防対象となった検察官の釈明内容と実質的に異なる認定をする場合も、不意打ち防止のため訴因変更に準じた争点の顕在化が必要である(最判昭和58・12・13刑集37巻10号1581頁[よど号ハイジャック事件]参照)。(7) しかし,このような訴因の記載の持つ争点の明確化や「不意打ち防止」機能は、審理の経過に伴う被告人側の具体的な防の様相に対応して多様であり得るから、訴因変更の要否について具体的な審理経過と防上の具体的な不利益の有無が考慮の対象となり得る。この点で審判対象画定の見地(すなわち、その反射効である「抽象的防興」の見地)からの判断とは性質を異にする。前記判例が「しかしながら、実行行為者の明示は、・・・・・訴因の記載として不可外な事項ではないから、少なくとも、被告人の防の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に、訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではないものと解すべきである」と述べて(前掲最決平成 13・4・11),事案の解決としては訴因変更不要であったとの判断を示したのは、このような事後的観点からの具体的な考慮が働いた結果と整理することができる。*最高裁判所は、現住建造物等放火事件において、ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火し、充満したガスに引火、爆発させたとの訴因に対し。控訴審が、訴因変更手続を経ることなく、「何らかの方法により」上記ガスに引火、爆発させたと認定した事案について、当該事件の審理経過に照らすと、点火スイッチを作動させた行為以外の行為により引火、爆発させた具体的可能性等について何ら審理することなく「何らかの方法により」引火、爆発させたと認定したことは、引火、爆発させた行為についての審理における攻防の範囲を越えて、無限定な認定をした点において被告人に不意打ちを与えるものといわざるを得ないと説示し、原判決が訴因変更手続を経ずに上記認定をしたことには違法があるとしている(最決平成 24・2・29刑集66巻4号589頁)。ガスに引火,爆発させた方法は、放火の実行行為の内容を成すもので、一般に被告人の防興にとって重要な事項であり、判決において訴因と実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するとの判断を前提とし、具体的審理経過に照らしても、不意打ちに当たるとしたものである。(8)以上のとおり、判例に現れた判断枠組によれば、訴因変更は、①訴因の第1次的機能である審判対象の画定という見地からみて、訴因に記載された事実のうち「罪となるべき事実」の特定にとって必要不可な部分と異なった事実認定をする場合に必要となる。これに対して「罪となるべき事実」の特定にとって不可欠でない部分について異なる認定をする場合には原則として訴因変更は必要でない。②審判対象の画定にとって不可欠ではないが、被告人の具体的な防禦活動にとって重要な事実が訴因に明示されているとき、これと実質的に異なる事実を認定するには、原則として訴因の変更が必要である。③しかし、具体的な審理状況と被告人の防の具体的状況に照らし、防禦上の実質的不利益がないと認められる場合には、例外的に訴因変更の必要はない。なお、③は、例外的な事後的救済の説明とみられるので、これを事実認定を行う裁判所及びそれに向けた活動をする検察官の一般的行動準則とみるのは適切ではなかろう。(9)訴因変更の要否に関して、いわゆる「縮小認定」に当たる場合には、訴四変更を要しないと解されてきた。かつて最高裁判所の判例は、防禦上の不利益の観点から、訴因制度は「裁判所が勝手に、訴因又は開条を異にした事実を認定することに困って、被告人に不当な不意打を加え、その防権の行便を徒労に終らしめることを防止するに在るから、かかるれのない場合、例えば、強盗の起訴に対し恐喝を認定する場合の如く、裁判所がその態様及び限度において訴因たる事実よりもいわば縮少された事実を認定するについては、敢えて訴因条の変更手続を経る必要がないものと解する」と説示していた(最判昭和26・6・15刑集5巻7号1277頁。このほか、殺人未遂の訴因で傷害を認定した場合について、最判昭和29・8・24刑集8巻8号1392頁など)。このような帰結を、審判対象の画定という見地から説明すれば、次のようになろう。前記のとおり、審判対象の画定という見地からは、訴因変更は、検察官が当初設定構成した訴因の記載と、「罪となるべき事実」の特定に不可欠な事項において差異があり、実質的に異なる事実を認定する場合に必要となる。そこで、縮小認定される事実は、審判対象として実質的に「異なる」のかどうかが問題である。例えば、強盗の要件事実たる反抗を抑圧するに足りる強度の暴行脅迫は認定できず、被害者を怖させたにとどまるとの心証を得た場合、罪となるべき事実の特定に不可な部分に差異があるように見える。しかし、当初の訴因の記載に含まれていた一部事実を別の罪となるべき事実として認定する場合とは、当初の検察官主張事実に対して一部消極の判断をするのであり、検察官の主張の枠外にある別個固有の事実を積極的に認定するのではない。認定される縮小犯罪事実は、初から検察官により黙示的・予備的に併せ主張されていた罪となるべき事実とみることができるから、縮小認定は、訴因の記載と「異なる」事実認定の問題ではなく、訴因の記載どおりの認定の一態様である。したがって、一般には、検察官の設定構成した当初の訴因の拘東力と訴追意思を逸脱したものではないから、訴因変更の問題は生じないというべきである。*検察官主張事実の中に含まれており、その一部認定であるとはいえても、検察官が当初の訴因に含まれ縮小された事実を訴追する意思を併有していると一概に言うことはできないから、裁判所としては、検察官の訴追意思を打診する必要が生じる場合はあり得よう(例えば、検察官は被告人を盗の共同正犯で起訴したが、青助という認定であれば、起訴猶子にしたと考えられるような場合)。他方、被告人側の防票目標は、初の訴因に含まれ併せ告知されているから、その反射効として、これに含まれる事実に対する抽象的な防禦の利益は害されていないといえる。しかし、審理の具体的経過に鑑み、訴因に含まれる罪となるべき事実を争点として顕在化し、具体的な防の機会を付与すべき場面がないとはいえないであろう。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|審理・判決の対象|訴因の変更|訴因変更の手続と時機

公開:2025/10/21

(1) 訴因変更は、裁判所の審判対象すなわち被告人側の防目標を変更するものであり、公訴提起と同様重要な訴訟行為であるから、原則として厳格な方式に拠る。検察官が裁判所に対して訴因変更の許可を請求し、裁判所が訴因間の関係を検討して「公訴事実の同一性」が害されていないと認めるときは、原則としてこれを許可する(法312条1項参照)。訴因の変更があったときは、起訴に準じて、書面の提出。謄本の送付が要請されている。ただし、被告人が在延する公判延においては口頭による訴因の変更請求をすることができる(法312条3項~6項)。裁判所は、訴因変更によって「被告人の防に実質的な不利益を生ずるおそれがある」と認めるときは、被告人または弁護人の請求により、被告人に十分な防禦の準備をさせるため必要な期間、公判手続を停止する決定をしなければならない(法312条7項)。法は、被告人側に、新たに設定・告知された防目標に対して十分な防禦準備を講ずる機会を付与しているのである。なお、明文はないが、訴因が変更されたときは、法291条5項に準じて、被告人及び弁護人に対して変更された訴因について陳述する機会を与えるという実務が確立している。* 訴因変更に際しても、個人特定事項の秘匿を可能とする法改正がなされている(法 312条の2、規則209条2項~4項)。(2)訴因変更の時機について、明文の制約はない。検察官は、原則として起訴後のいかなる段階においても訴因を変更することができる。制度の趣旨から、前記113)第二の型の場合、証拠調べの手続が進行し審理の終盤近くに訴因の変更が行われることがあり得るが、法が十分な防禦準備の機会を付与するための措置を用意していることから、変更請求の時機が審理の終盤近くであるということのみで、これを不当とすることはできない。裁判所は、防郷上の実質的不利益を認めたときは、原則として公判手続の停止で対処すべきであろう。(3)しかし、単に時機が遅いというだけではなく、訴因変更に至る審理の全過程・経緯や変更の態様,変更後の訴因の内容等に鑑み、公判手続の停止という法の予定した措置では、被告人側に生ずる防禦上の実質的不利益に対処できない特段の事情が認められる場合には、裁判所は,検察官の訴因変更請求を許可すべきではない。例えば、審理に長期間を経た公判の結審直前や弁論再開後に,被告人側の予期せぬ訴因変更が請求された場合,それまでの審理経過や両当事者の攻防・争点の状況,訴因変更後の審理の見通し等をも総合勘案して、訴因変更が、訴訟上の義則(規則1条2項)や迅速な裁判の要請(憲法37条1項,規則1条1項)に著しく反すると認められるとすれば、裁判所は、審理を主宰進行する責務を有する立場と手続全体の適正・公正確保の見地から、訴因変更を許可すべきではないと思われる(このような事案を扱った裁判例として、福岡高那覇支判昭和51・4・5判タ345号 321頁、大阪地判平成10・4・16判992号283頁)。*この問題は、訴因変更の「時期的限界」と称されることがあるが、単なる「時期」の問題ではない。検察官の訴追権限濫用の問題である(規則1条2項)。例えは、長期間の審理を通じ,被告人✕がVの宝石を窃取した旨の訴因に対し、Xがそれは友人Yから預かったものであり、Yの所有する宝石であると信じていた旨の主張・防興活動を展開し、それが効を奏して裁判所も盗について無罪の心証に至っていた結審間際に至り、検察官がそれまで不合理で借用することができない旨主張していたXの弁解内容をなす事実を手にとるかのようにして、盗品保管の訴因に変更を請求したような場合を想定すると,訴訟上の権限が濫用され、倉義則に反する色彩が強いであろう(最判昭和58・2・24判時1070号5頁における團藤重光裁判官の補足意見、谷口正孝裁判官の意見を参照)。**「公判前整理手続」の制度趣旨は、「充実した公判の審理を継続的,計画的かつ迅速に行う」ことにあり、第1回公判期日前に「事件の争点及び証拠を整理するための公判準備」であるから(法316条の2・316条の3),公判で新たな争点が生じるなどして審理が中断することを避け、公判準備としての実効性を確保するため、公判前整理手続が終わった後には、「やむを得ない事由によって」請求することができなかったものを除き、証拠調べを請求することができない(新たな証拠調べ請求の制限,法316条の32第1項)。このため、当事者は、新たな証拠調べ請求を必要とする主張の変更を行うことも原則としてできないことになる。検察官の訴因変更は主張の変更であるから、訴因変更に伴い新たな証拠調べ請求が必要である場合には、証拠調べ請求制限により訴因変更権限の行使が制約される。また,証拠調べ請求を伴わない訴因変更であっても、公判前整理手続の目標達成に法律上の協力義務を負うべきであった検察官(法 316条の3第2項参照)の訴因変更請求が、公判前整理手続の制度趣旨を没却することを理由に、訴訟上の権限濫用として許されないとされる場合もあり得よう。このような観点から、公判前整理手続において争点とされた事項との関係や、その後の公判審理の状況等を検討し,訴因変更請求を許可した原審の措置を適法とした例として、東京高判平成20・11・18高刑集61巻4号6頁,東京高判平成21・8・6東高刑時報60巻1~12号119頁がある。

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公訴|審理・判決の対象|訴因の変更|制度趣旨

公開:2025/10/21

(1)検察官は、起訴状に明示・記載した訴因(法256条3項)を変更(追加・撤回・変更)することができる。裁判所は、「公訴事実[すなわち審判対象】の同一性を害しない限度において」。検察官の訴因変更請求を許可しなければならない(法 312条1項)。これは、検察官に審判対象の設定権限のみならずその変更権限を付与し、公訴提起により起動された1回の刑事訴訟手続において、検察官が審判対象を構成し直し、別の「罪となるべき事実」を主張して訴追意思を実現する手段を付与したものである。この意味で、訴因変更は、当該刑事訴訟手続においては、もっぱら検察官の利益に資する有罪判決獲得のための制度である。したがって、検察官自らによる不適法な訴因への変更(公訴の有効要件が欠如し実体判決ではなく免訴や公訴棄却の裁判に至ることが見込まれる訴因への変更)は、制度趣旨を逸脱し、原則として許されないと解すべきである(これを「訴因に関する適法性維持の原則」という)。例えば、公訴時効完成前の訴因を時効完成後の訴因に変更すること、告訴がない状態で非親告罪の訴因を親告罪の訴因に変更することを許可するのは疑問である。* 訴因の「追加」とは、起訴状記載の訴因と一罪の関係にある訴因を付加する場合(例,窃盗の事実→住居侵入の事実を付加して住居侵入・窃盗の事実を主張),予備的・択一的関係にある訴因を付加する場合(例,不同意性交の事実→不同意性交未遂の事実に不同意わいせつの事実を予備的に追加して主張)をいう。訴因の「撤回」とは、起訴状記載の訴因から一罪の関係にある一部の事実を除去する場合、起訴状に予備的または択一的に記載されていた訴因を除去する場合をいう。訴因の「変更」とは、起訴状記載の訴因を別の異なる罪となるべき事実の主張に変える場合(例,窃盗の事実→盗品有償譲受けの事実)をいう(以下これらを総称して「訴因の変更」という)。**「公訴事実の同一性を害しない限度」であっても、訴因変更が許されないと解される場合があり得る。本文の「訴因に関する適法性維持の原則」に反する場合のほか、「時機に遅れた」訴訟上の信義則に反する権限濫用の場合が想定される〔後記2〕。また、一般に実体法上の「罪数」による規制がある。1個の刑罰権(一罪)を実現するために作動する1個の刑事手続において、数罪の関係にある罪となるべき事実を取り扱うことは手続の安定を害し適切でないから(「一訴因一罪の原則」I(1)**),実体法上「別個に成立し両者は併合罪の関係にある」罪となるべき事実の間で訴因変更を行うことはできない。訴因変更に対するこのような罪数による規制は、旧法以来,講学上「公訴事実の単一性」の有無の問題として扱われてきた。最高裁判所は、従前、このような帰結を法312条1項にいう「公訴事実の同一性」の有無の解釈として説示していたが(最判昭和33・2・21刑集12巻2号288頁),近時、「公訴事実の単一性の有無」という術語を用いて確定判決の一事不再理の効力範囲を検討している(最判平成 15・10・7刑集57巻9号1002頁)。(2)審判対象の設定権限を検察官に委ねる当事者追行主義のもとでも、その変更を許さず,訴因と重要部分において異なった事実が認定された場合には無罪とし、当初起訴された訴因とは異なった「罪となるべき事美」について別途起訴することを許す制度設計もあり得る。これに対して現行法は、検察官に訴因変更補関をも認めた。このような制度設計を採用すると、検常官が1回の前事訴訟手続において訴因を変更し訴追意思を実現可能である異なった「罪となるべき事実」についても、当該手続において審判可能であったことから、もはや別の刑事訴訟手続で新たに審判することは許されないことになるはずである。こうして、確定判決の一事不再理の効力は、判決対象となった「罪となるべき事実」と「公訴事実の同一性」が認められる範囲に及ぶ。二重起訴が禁止される「事件」の範囲も同様である(1(4),第5編裁判第4章)。この意味で、「公訴事実の同一性を害しない」と解される範囲が広ければ、前記のとおり、当該刑事手続においては検察官に利益であるが、別の刑事訴訟を起動できるかという局面では、被告人に利益となる。その範囲の画定について直接言及する明文規定はないので,このような両当事者の利益状況を総合勘案した上での規範的決定を要する。留意すべき規範的基準は、刑罰権実現の1回性すなわち二重処罰の回避である。これは、刑事訴訟手続が刑罰権の具体的実現を目的とした制度であることに由来する(法1条)。公訴事実すなわち審判対象の同一性について、これを超えた抽象的・観念的な議論をすることに意味はない。(3) 検察官が訴因変更を行う場面は、次の2つの型に分かれる。第一は、証拠調べ開始前に、起訴状の記載と異なる事実を意識的に主張・立証しようとする場合である。従前もこのような訴訟の早い段階における訴因変更はあったが、公判前整理手続において「争点及び証拠の整理」(法316条の13以下)が実施される事件については、被告人側の主張・防禦方針が第1回公判期日前に明示されることから(法316条の17),手点を予期・把握した検察官が、立証の難易等諸般の事情を勘案して起訴当時の方針を変え、証拠調べ手続に先立って当初の訴因を変更することがあり得よう。第二は、証拠調べが進行した審理の過程ないし終盤近くに行われる訴因変更である。これには、裁判所の心証(証拠により証明されつつある事実)と訴因の記載との間のくい違いを自ら察知した検察官が、変更の必要性を認識して有罪判決獲得を目標に行う場合(例,当初の訴因を維持すれば無罪判決を受けるおそれがある場合)と、裁判所からの示唆(規則 208条に基づく訴因に関する水釈明による場合。法312条2項の訴因変更命令制度を背景とした訴因変更の示唆・勧告による場合)を契機として、裁判所の心証と訴因とのくい違いが検察官に伝達され、有罪判決獲得を目標に行われる場合がある。訴訟の過程でこのような局面が生じる事由は様々であるが(公判前整理手続により主張・争点理が行われていたとしても、証拠調べの結果,検察官証明予定事実がそのまま立証できる保障はないから、第2の型の訴因変更の必要性が生じることは、依然として想定される),検察官に訴因変更権限を認める制度趣旨は、前記のとおり有罪判決獲得に資することにある。訴因変更に伴い。被告人側には起訴状の記載とは異なる新たな審判対象すなわち防目標が告知されることになる(後記2)。これは抽象的な防の利益とも言い得るが、その実質は、検察官による新たな審判対象の設定・画定に伴う反射効である〔II(1)参照)

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公訴|審理・判決の対象|訴因の明示ー「罪となるべき事実」の特定

公開:2025/10/21

(1) 審判対象たる訴因は、「できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定して」明示しなければならない(法 256条3項)。「特定」とは、他の異なる「罪となるべき事実」の主張と区別して画定することをいう。他の罪となるべき事実の主張と区別ができなければ、裁判所が審判対象を識別・認識することができず、証拠調べの手続段階へと審理を進行させることができないからである。また。前訴との関係で一事不再理の効力の及ぶ範囲、二重起訴禁止の範囲〔Ⅰ(41〕、公訴時効停止の効力が及ぶ事件の範囲〔第2章Ⅰ 2(6)〕を画定することもできず不都合である。他方、訴因の記載は、被告人の防対象でもあるから、他の罪となるべき事実の主張との区別が不分明では、およそ一般的に防が不可能である。もっとも、被告人の具体的な防興上の利益に対する配慮は、起訴に引き続く手続の進行週程に応じて様々な局面で制度化されている(例、公判前整理手続が実施される場合の「証明予定事実記載書面」の提出[法316条の13],起訴状に対する求釈明[規則 208条],検察官の冒頭陳述[法296条],審理の過程における争点の顕在化・防禦の機会付与による不意打ち防止等)。この点を考慮すれば、起訴状における訴因明示の第1水的機能は、裁判所が実体審理を進めることができる程度に審判対象を他と区別し画定することにあるとみるべきである。訴因の明示は、この機能を果たすのに必要・十分な程度の具体的記載であれば足りる。被告人の防禦上の利益は、審判対象が他の事実と区別して画定されることによりその反射効として一般的防目標が星示され、引き続く手続段階において具体的に考慮・勘案されることになる。(2)最高裁判所は、法256条3項の制度趣旨について、「裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防の範囲を示すことを目的とするものと解される」と説示しているが(最大判昭和37・11・28刑集16巻11号 1633頁[白山丸事件]),訴因変更の要否を扱った判例において、訴因に記載された事項が「罪となるべき事実の特定」に不可でこれと異なる事実認定をするために訴因変更を要するか否かを、「審判対象の画定という見地から」検討している(最決平成13・4・11刑集55巻3号127頁。この判例は、「訴因変更の要否」の基準について、「そもそも、殺人罪の共同正の訴因としては、その実行行為者がだれであるかが明示されていないからといって、それだけで直ちに訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠けるものとはいえないと考えられるから、訴因において実行行為者が明示された場合にそれと異なる認定をするとしても、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要となるとはいえない」と説示している)。このことからも、最高裁判所は、訴因の明示の第1次的機能として「審判対象の画定」を想定しているとみられる。*起訴状謄本に代えて被告人に送達されることになる「起訴状抄本等」〔第2章II 1(2)**参照〕においても、起訴状における公訴事実と同様に「罪となるべき事実を特定」して訴因を明示することを要する。法271条の2第3項は、「起訴状抄本等」における公訴事実を起訴状における公訴事実とみなして法 256条3項を適用することとし、読み替えを行うことで、同項の「できる限り日時、場所及び方法を以て」との文言を除外し、被害者等の個人特定事項を秘匿した「起訴状抄本等」の公訴事実の記載ができることとした。こうして、訴因明示の趣旨が害されない限りで、個人特定事項の記載がなくとも罪となるべき事実の特定として足りる。他方、「起訴状抄本等」における公訴事実の記載が、「罪となるべき事実を特定」したものといえない場合には不適法な起訴として公訴棄却となる(法338条4号)。(3) このような審判対象の画定機能をく新因の記載は違法であり、公訴提起の手続そのものが無効となる(法338条4号)。もっとも起訴状の記載のみでは審判対象の画定をく場合であっても、裁判長が検察官に対し訴因に関する釈明を求め(規則 208条1項)、検察官が明により訴因の内容を具体的に明示・表現することができれば、有効な公訴提起として扱うことができると解されている。これを訴因の「補正」という。求釈明によっても訴因が補正されないときは、公訴棄却の判決で手続が打ち切られる。判例は、「訴因の記載が明確でない場合には、検察官の釈明を求め、もしこれを明確にしないときにこそ,訴因が特定しないものとして公訴を棄却すべきものである」旨述べて、このような措置を是認している(最判昭和33・1・23刑集12巻1号34頁)。もっとも、公訴提起は刑事手続上重要な様式行為であり、起訴状における公訴事実の記載は,被告人に「告知・聴聞」の機会を付与する基本的手続と位置付けられるものであるから(憲法31条),当事者たる被告人側が、再起訴の可能性を認識しつつも公訴棄却を求めている場合にまで、訴因の補正を認めるのは疑問であろう。被告人及び弁護人も、冒頭手続における被告事件についての陳述(法291条5項)の前提として,検察官により読された(法291条1項)起訴状の訴因が不分明であるとして、裁判長に対し、釈明のための発問を求めることができる(規則 208条3項)。なお,検察官の釈明の内容を付加しなければ「罪となるべき事実」が不特定であり、釈明によって訴因の補正を認めた場合には、検察官の訴追意思の表明である釈明内容は、「罪となるべき事実」の特定に不可欠な範囲で、当然訴因の一部を成すことになると解される。したがって、このような場合に、裁判所が判決において検察官の釈明内容と異なる事実を認定しようとするときは、原則として訴因の変更が必要である。*判例の扱いを前提とすれば、裁判所は、冒頭手続において起訴状記載の訴因のままでは「罪となるべき事実」の特定が不十分で審判対象の画定をくと認めた場合には、直ちに公訴を棄却するのではなく、被告人側の求釈明申出の有無にかかわらず、検察官に訴因に関する釈明を求める訴訟法上の義務があるということになろう。これに対して、訴因の記載のうち審判対象画定の見地からは不可欠でない事項について、これを一層具体的に示すことが被告人の認否や防目標を明示するという観点から望ましいと認められる場合があり得る(例,共謀共同正における共謀の日時・場所・方法・態様や共同正における実行行為者等)。この場合,公訴提起そのものは適法であるから、裁判所に訴因に関する釈明を求める訴訟法上の義務はない。しかし、訴訟法上の義務はなくとも、裁判所は訴訟指揮の一環として合目的的裁量により検察官に釈明を求める権限を有するので、冒頭手続段階で前記のような事項について釈明を求めることはできる。このような義務的でない求釈明も訴訟指揮の一態様である以上、検察官は釈明を行う訴訟法上の義務を負う。ただし,義務的求釈明の場合とは異なり,検察官がこれに応じなかったとしても、冒頭手続段階で必要とされる訴因の「審判対象の画定」機能が充たされている以上,裁判所は、検察官に対して引き続く冒頭陳述でこれを明らかにするよう促すなどして、手続を進行させることができる。**共同正(刑法60条)における「共謀」それ自体は、もとより「罪となるべき事実」に当たる。もっとも、最高裁判所が「共謀」の認定に関し次のように説示している点に留意すべきである。「『共謀』または『謀議』は、共謀共同正における「罪となるべき事実」にほかならないから、これを認めるためには厳格な証明によらなければならないことはいうまでもない。しかし『共謀』の事実が厳格な証明によって認められ、その証拠が判決に挙示されている以上、共謀の判示は、...[2人以上の者が特定の犯罪を行う意思連絡たる謀議が]成立したことが明らかにされれば足り、さらに進んで、謀議の行われた日時、場所またはその内容の詳細、すなわち実行の方法,各人の行為の分担役割等についていちいち具体的に判示することを要するものではない」(最大判昭和33・5・28刑集12巻8号1718頁〔練馬事件])。後記のとおり、判決に判示することを要しないとされた事項は、訴因の記載としても必要不可ではない事項ということになろう。このような考え方に立って、起訴状には単に「共謀の上」とのみ記載されるのが通例である。なお、過失犯における訴因については、過失の内容をなす注意義務違反の事実を具体的に記載する必要があると解されている。これは、結果が同じでも注意義務の内容を異にする過失犯は、異なった「罪となるべき事実」であるとの理解を前提とするものであろう。***「罪となるべき事実」の特定に不可欠とまではいえない事項について検察官が釈明した場合、「審判対象の画定という見地」からは、それが直ちに訴因の一部になるとはいえない。したがって、審理の結果、裁判所がこれと異なる事実認定をする場合でも。原則として訴因変更手続が必要であるとまではいえないことになる。もっとも、前記共謀の日時・場所・態様や共犯関係等被告人の防にとって重要な事実について検察官の釈明があり、その内容を前提に当事者間で攻撃防がなされた場合。裁判所が放察官の釈明内容と重要部分において異なる事実をいきなり認定するのは不意打ちとなるから、連法な訴訟手続というべきである。理の過程でこのような局面が生じた場合。裁判所にはそれまでの審理経過と被告人の防活動の具体的状況を勘案し、認定しようとする事実につき防薬の機会を付与するためこれを顕在化させ、または検察官に対し訴因変更に準じた主張内容明示を促す訴訟法上の義務が生じるというべきである。なお、前記最決平成13・4・11を参照。また。共謀の日時が争われた事案において、両当事者が攻撃防禦を行っていない目時の課議を認定しようとするのであれば、裁判所としてその存否の点を「争点として顕在化させたうえで十分の審理を遂げる必要があると解されるのであって、このような措置をとることなく、・・••・・率然として」このような事実を認定することは、「被告人に対し不意打ちを与え、その防票権を不当に侵害するものであって違法であるといわなければならない」と説示した、最判昭和58・12・13刑集37巻 10号1581頁(よど号ハイジャック事件)参照。**** 起訴状に関する求釈明をめぐる問題は、2004(平成16)年改正で導入された「公判前整理手続」(法316条の2以下。とくに法316条の5第1号~4号、法316条の13「証明予定事実記載書面の提出」、法316条の21「証明予定事実の追加・変更」など)が実施される場合には、冒頭手続や冒頭陳述ではなく、第1回公判期日前の段階で集中的に処理されることになろう(なお、裁判員の関与する刑事訴訟手続においては、必ず公判前整理手続を実施することとされている[裁判員法49条])。公判前整理手続において十分な争点の画定・顕在化が行われれば、公判審理における新たな争点の発生や不意打ち認定の問題は,相当程度解消されるはずである。(4) 捜査手続において収集され検察官の手に集積された証拠(法246条参照)から、「罪となるべき事実」の諸要素を具体的に記載できる場合には、前記6項目(1(1)に即した過不足ない訴因の明示ができる。しかし、起訴当時の証拠によっては、狙罪の日時、場所及び方法等を概括的にしか記載できない場合があり得る。このような場合であっても、審判対象の画定の見地から、「罪となるべき事実」が他の事実と区別して特定されていると認められるときは、前記法の趣旨に反することはないので、適法に訴因が明示されていると解することができる。このことは、有罪判決の理由として示すべき「罪となるべき事実」(法335条1項)についても、基本的に同様であるはずである。証拠により証明された刑調権の根拠となる機成要件該当事実が具体的に明示され、他の事実と区別して特定されていれば最低限の要請は充たされるというべきである[第5編裁判第2章13)。「罪となるべき事実」そのものではない犯罪の日時・場所・方法等が証拠上不分明で概括的ないし幅のある記載をせざるを得ない場合であっても、当該「罪となるべき事実」それ自体の性質・特性により、審判対象が画定し、また有罪判決の根拠としても画定していると認められる記載は、あり得る。これは、「罪となるべき事実」すなわち、刑罰法令の定める構成要件の特性に拠るのであって、当該事案についての証拠収集すなわち捜査の困難それ自体を理由に訴因の記載の具体性が緩和できるという意味ではない。それは、概括的記載にとどまらざるを得なかった捜査・訴追側の事情にすぎない。犯行の日時・場所・方法等に幅のある記載をした密出国の事案を扱った最高裁判所は、訴因明示の趣意が「裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防禦の範囲を示すことを目的とする」旨述べた上で、「犯罪の日時、場所及び方法は、これら事項が、罪を構成する要素になっている場合を除き,本来は、罪となるべき事実そのものではなく、ただ訴因を特定する一手段として、できる限り具体的に表示すべきことを要請されているのであるから、犯罪の種類,性質等の如何により、これを詳らかにすることができない特殊事情がある場合には、前記法の目的を害さないかぎりの幅のある表示をしても、その一事のみを以て、罪となるべき事実を特定しない違法があるということはできない」と説示している(前記最大判昭和 37・11・28[白山丸事件])。「特殊事情」とは、「犯罪の種類、性質」すなわち「罪となるべき事実」の特性により、諸般の事情で犯罪の日時、場所及び方法を「詳らかにすること」ができなくとも、審判対象の特定すなわち他の事実と区別した画定が可能である場合をいうとみるべきであろう(その後最高裁判所は「特殊事情」という表現を用いていない点に留意すべきである)。*通常の場合、公判立証を経て、裁判所が有罪の心証に到達した判決段階では、手続の劈頭に星示される起訴状記載の訴因に比して、一層具体化され豊富な内容を盛り込んだ像が結ばれる例が多いであろう。訴訟の発展に則して、有罪判決に示されるべき「罪となるべき事実」(法 335条1項)が訴因における「罪となるべき事実」(法256条3項)より具体化され、量刑にとって重要な事実等をも盛り込んだ判決書の記載がなされるのは、判決の名宛人たる被告人にとっても、また、公的な刑事判決の対社会的在り方としても望ましいことといえよう。しかし、起訴当時の証拠に限界があり、公判審理を経ても「罪となるべき事実」の具体化が進展しない限界事例があり得る。本文はそのような場合についての説明である。** 訴訟の発展により具体化する例の多い有罪判決の「罪となるべき事実」も、限界事例においては、本文記載のとおり、特定の構成要件に該当する事実が他の事実と区別して具体的に識別・画定できる表示であれば適法というべきである。そして、手続の劈頭に示される「訴因」に、手続の終点である判決以上の具体性を法的に要求するのは背理であろう。(5) 以上の観点から、訴因や有罪判決における「罪となるべき事実」の特定が問題とされた判例をみると、いずれも,起訴段階や訴因変更ないし判決段階における証拠に基づきできる限りの特定を試みたが、その具体化が十分でなく、狙行の日時・場所・方法・共犯関係等に相当程度の幅や概括的記載しかできなかったものの、当該「罪となるべき事実」の特性により、それがいかなる構成要件に該当するか具体的に明示された上、「審判対象の画定という見地からは」他の事実の主張と区別して画定・識別できる場合であったとみることができる。訴因の審判対象画定機能に着目して訴因変更の要否の基準を呈示した前記最高裁判例(最決平成13・4・11)の説示〔I参照〕との統一的把握という観点からも、判例法理をこのように理解するのが整合的であろう。①密出国行為の日時・場所・方法に幅のある記載がされた事例は、実行行為の日時・場所・方法等が不明であっても、罪となるべき事実の存在自体を起訴当時の証拠により確信の水準まで証明することが可能な特性が認められる犯罪類型であったといえよう。被告人に適法な出国記録がなく、外国から来航した船に乗船して帰国したという事実により犯行の存在を認定できるし、それ故に犯行の日時・場所・方法等を争うことが被告人の防禦にとって意味がない事案である。さらに他の事実との区別による審判対象の識別・画定という見地からは、事柄の性質上、区別が必要となる他の密出国行為の可能性は事実上問題となり得ない事案であった(前記最大判昭和 37・11・28[白山丸事件])。②特定の被害者に対する致死的加害行為が行われた事案の「罪となるべき事実」の特定が問題とされた一連の事例では、i)被告人の犯行自体は証拠上明白と判断できるものの。証拠上、犯行の日時・場所・方法・共犯関係等が具体的に明確でなく、記載が概括的にならざるを得なかった。他方、これらの諸要素はいずれも審判対象の画定という訴因の第1的機能の観点からは、不可の記載事項ではない。特定の被害者に対する致死的加害行為という個性ある処罪事実であるため、当該犯行との異同・区別が問題となるような同種行為が存在する可能性はなく、特定の被害者に対する1回限りの事実が起訴されていることは明白である。罪となるべき事実の記載は、抽象的な構成要件の記載にとどまるものではなく、被告人の具体的行為が当該犯罪構成要件に該当するものであることを認識判定し、かつ他の事実の主張と区別することが可能な程度の具体的記載がある。以上のような共通の特性を有する事案である。前記「白山丸事件」のような立証上の特別な類型的特徴は認められないが、個別事の事実認定上、被告人の犯人性について確言の心証が得られるとの判断において共通し、他の事実の主張との識別・画定機能の見地からは、「罪となるべき事実」の特定が認められ、その反射効としての被告人の防禦目標の告知機能も害されていない点で共通する。実例は下記のとおり。このような実例からみて、今後も、1回しかあり得ない特定の被害者に対する致死的加害行為を含む犯罪類型(例、強盗致死罪)については、審判対象の画定機能が害されない限り,概括的記載が許容される可能性があろう。「被告人は、単独又は甲及び乙と共謀の上、平成9年9月30日午後8時30分ころ、福岡市中央区所在のビジネス旅館A2階7号室において、被害者に対し,その頭部等に手段不明の暴行を加え、頭蓋冠、頭蓋底骨折等の傷害を負わせ、よって、そのころ、同所において、頭蓋冠、頭蓋底骨折に基づく外傷性脳障害又は何らかの傷害により死亡させた」という傷害致死の事実の記載であり、かつ単独犯と共同正犯のいずれであるかという点については、択一的に訴因変更請求(予備的訴因の追加請求)がされた場合について、最高裁判所は、次のように説示して、訴因の特定を認めている。「原判決によれば,第1次予備的訴因が追加された当時の証拠関係に照らすと、被害者に致死的な暴行が加えられたことは明らかであるものの、暴行態様や傷害の内容、死因等については十分な供述等が得られず、不明瞭な領域が残っていたというのである。そうすると、第1次予備的訴因は、暴行態様、傷書の内容、死因等の表示が概括的なものであるにとどまるが、検察官において、当時の証拠に基づき、できる限り日時、場所、方法等をもって傷害致死の罪となるべき事実を特定して訴因を明示したものと認められるから、訴因の特定に欠けるところはないというべきである」(最決平成14・7・18刑集56巻6号307頁)。また、殺人未遂罪及び殺人罪の有罪判決における罪となるべき事実の特定に関して、最高裁は次のような判断を示している。ひとつは、「未必の殺意をもって、「被害者の身体を、有形力を行使して、被告人方屋上の高さ約0.8メートルの転落防護壁の手摺り越しに約7.3メートル下方のコンクリート舗装の被告人方北側路上に落下させて、路面に激突させた』」旨の殺人未遂罪の罪となるべき事実の記載について、「手段・方法については、単に「有形力を行使して』とするのみで、それ以上具体的に摘示していない・・・・・・が、前記程度の判示であっても、被告人の犯罪行為としては具体的に特定しており、第1審判決の罪となるべき事実の判示は、被告人の本件犯行について、殺人未遂罪の構成要件に該当すべき具体的事実を、右構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明白にしている」から、罪となるべき事実の摘示として不十分とはいえない旨判示した例である(最決昭和58・5・6刑集37巻4号 375頁)。いまひとつは、「被告人は、Aと共謀の上[昭和63年7月24]日午後8時ころから翌25日未明までの間に,青森市内又はその周辺に停車中の自動車内において、A又は被告人あるいはその両名において、扼殺、絞殺又はこれに類する方法でVを殺害した」旨の殺人罪の罪となるべき事実の記載について、「殺害の日時・場所・方法が概括的なものであるほか、実行行為者が『A又は被告人あるいはその両名」という択一的なものであるにとどまるが、その事件が被告人とAの2名の共謀による犯行であるというのであるから、この程度の判示であっても、殺人罪の構成要件に該当すべき具体的事実を、それが構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにしているものというべきであって、罪となるべき事実の判示として不十分とはいえない」と説示した例である(前記最決平成13・4・11)。(6)以上の例に対して、日時・場所・方法等が概括的にとどまる覚醒剤自己使用行為の訴因の記載は、他の事実との区別・審判対象の画定という訴因の機能の観点から、困難な問題がある。国の使用行為ごとに一罪が成立し、複数回の使用は併合明の関係にあるとする現在の実務の龍立した実体法解釈を前提とすれば、まさに一定期間内にあり得る他の犯罪事実との区別が問題となるのである。(7)他の事実との区別・無判対象の画定という最も基本的な手続的要請が充たされていないとすれば、そのような訴因の記載は不適法といわざるを得ない。幅のある期間内に、複数回の使用行為の可能性が現実に想定されるとすれば、起訴されている使用罪とその期間中の他の使用罪とを区別することはできないから、使用日時に幅のある訴因の記載は不適法として公訴棄却すべきであるとの考え方が成り立ち得る。これに対し、覚醒剤自己使用事犯の刑事学的実態に即して、近接した一連の反復使用行為を包括して一罪と考えれば、尿の鑑定結果に対応する一定期間内の1個の犯罪が起訴されたものとみることができるから,他の事実との区別という問題は解消する。前記のとおり、このような罪数解釈は現在の実務では採られていない。しかし、個々の使用行為を一罪としながら、尿鑑定があるにもかかわらず犯行の態様について否認・黙秘する被疑者を訴追処罰できない不当性・処罰の必要性から、幅のある概括的記載の訴因による起訴を行う結果、訴因の審判対象画定・識別機能という刑事手続の基本枠組を動揺・不安定化するよりは、むしろ実体法の解釈ないし要件を再考・検討するのが合理的な途であろう。実質的に見れば、現状は、検察官が尿鑑定により証明可能な期間内の1回の使用行為のみを起訴し、他の可能性があっても事実上それを不問に付すことにより、訴因の審判対象画定・識別機能の問題を回避するものであるといえよう。別の見方をすれば、覚醒剤使用事処の実態に即して、一使用行為が一罪との実体法上の枠組は、事実上放棄されていると思われる。手続法の観点から、審判対象の画定・識別という問題に対処しつつ判例の帰結を上当化する説明として、次の2つの考え方が示されている。いずれも難点があり、「訴因の明示」ないし「罪となるべき事実」の特定が真に充されているか、問題の合理的な解決策であるか、なお疑問であろう。第一は、日時等に幅のある訴因の記載を、被告人の尿の提出・採取に先立つ直近の最終使用行為を起訴した趣旨であると説明するものである。実務上、検察官が冒頭手続等において、訴因に記載した期間内に2回以上の使用行為があったとすれば、そのうち尿の提出時に最も近い1回を起訴した趣旨であると釈明することにより」つの使用行為が特定されるとされる。確かに最終の使用行為は1個しかあり得ないから、論理的・観念的に特定はできているが、検察官の釈明を考慮しても具体的な最終使用行為が明示・記載されているといえるか疑問であろう。また。「最終」使用行為という特定方法は、当初から複数回の使用行為を前提として成り立つ発想であり、起訴状において1個の使用行為を一罪として起訴しているはずの前提に反するようにも思われる。この考え方に立つと、使用日時に幅のある判決が確定しても、その一事不再理の効力は単一の最終使用行為にのみ及ぶはずであるから、理論的には,検察官は,最終使用行為以前の別の使用行為が判明し、それが確定判決を受けた最終使用行為と区別可能である場合には、これを別途起訴することが可能となろう。もっとも、特段の事情がない限り、再度の起訴対象が既に確定した最終使用行為ではないということを示すのは、実際上,極めて困難であろう。第二は、検察官が起訴状記載の幅のある期間中の(少なくとも)1回の使用行為を起訴した趣旨と理解し、審理を進めることができるとの考え方である。1回の使用行為が起訴されているのであるから、冒頭手続段階においては他の使用行為との区別の問題は生じない。裁判所は1回の使用が起訴されているとしてそのまま審理を進めてよく、審理の過程で複数回の使用の可能性が現実に問題になった場合にも、少なくとも1回使用されたという訴因の主張を前提に審理・判決できるとする見解である。しかし、それが具体的にどの1回の使用行為なのかは不明であり、最終使用行為とする第1の考え方と同様に観念的な特定であることは否定できない。この考え方に立って、検察官が起訴当時の証拠(尿鑑定の結果)に基づき一定期間内の1回の使用行為を起訴したと主張しているとの理解を前提とし、審理の過程で一定期間内の近接した特定日時の具体的な使用行為の間で、または特定日時の使用と一定の幅のある期間中の使用行為との間での訴因変更が可能であったと解すれば、第1の考え方とは異なり、判決確定後に複数回の使用行為が明らかになった場合であったとしても、それが幅のある記載の中に含まれ、訴因変更が可能であった限りにおいて、一事不理の効力が及ぶと説明されよう。**訴因のいまひとつの機能である被告人の防目標の告知という観点からは、特段の事情のない限り、具体的な防興上の支障・不利益は想定されない。幅のある訴因の記載を許容する背景には、このような事情もあろう。実際上、幅のある期間内の使用行為が専度起訴される可能性は乏しい。公判審理における具体的な防を想定しても、使用行為の日時・場所・方法等を争うことは、犯行の存在に関する心証を揺るがすことにはなり得ない。自己の意思に基づかずに覚醒剤を摂取したとの主張は、訴因の概括的記載とは無関係に可能である。採尿過程の手続の違法性や尿鑑定結果の証拠能力を争う場合も同様である。また、期間内に複数回使用した旨、あるいは別の日に使用した旨の主張は、訴因に対する否認ではなく、むしろ使用行為という罪となるべき事実の自白とみられるから、防興上の不利益とは言い難い。***包括一罪とみられる罪の訴因は、日時としてその始期と終期を示し、場所は主要なものを列挙し、被害者・被害の重要なものを掲げて、行為回数、被害総額等を包括的に示せば足りるとされている。判例は,包括一罪を構成する街頭募金詐欺について、募金に応じた多数人を被害者とした上、募金の方法、期間、場所、得た総金額を摘示することをもって訴因の特定に欠けるところはないとし(最決平成22・3・17 刑集64巻2号111頁),また包括一罪を構成する一連の暴行による傷害について、その共犯者、被害者、期間,場所,暴行の態様及び傷害結果の記載により、他の罪事実との区別が可能であり、それが傷害罪の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされているから、訴因の特定に欠けるところはないとしている(最決平成26・3・17刑集68巻3号368頁)。これら連続的包括一罪は、一連の継続的行為による法益侵害を一体として処罰する趣旨であるから、個別行為の特定記載がなくとも、訴因記載事実が全体として特定の構成要件(例、傷害罪)に該当することが明示されていれば足りるとされたものとみられる。なお、複数の薬物譲渡行為などを業として行うことを構成要件として「一連の行為を総体として重く処罰する」麻薬特例法5条違反の罪について、個々の行為の特定がなくとも全体が業として行われたことを示す記載があれば訴因の特定に欠けるところはないとした判例として、最決平成17・10・12刑集59巻8号1425頁がある。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8
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