(1) 検察官は、公訴提起の要件がありかつ証拠に基づき有罪判決を得られる高度の見込みがある場合であっても、必ず起訴しなければならないわけではない。「人の性格。年齢及び境遇、罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる」(法 248条)。このような不起訴処分を「起訴猶予」といい。起訴猶予を認める法制を「起訴便宜主義」という(これに対し、検察官の裁量的判断に基づく起訴猶予を認めない法制を「起訴法定主義」という)。(2)法248条の列記する考慮要素は、狙人と処罪に係る重要な事項のすべてに及ぶ。それは、起訴され有罪とされたとすれば裁判所が刑の量定に際して考するであろう事項とほぼ同様である(第5編裁判第2章Ⅰ 2 3)。犯人に関する事項(性格には前科前歴の有無、常習性の有無等も合む)と犯罪後の情況(例、反省の有無、被害弁償の有無、示談の成否)には特別予防的観点、犯罪の軽重には一般予防的観点が現れている。情状には、犯行の動機・目的,共関係等の罪事実とこれに密接に関連する事実や犯罪の社会的影響も含まれる。検察官は、このような観点を総合考慮して犯人の訴追・処罰を必要としないと判断するときは、「起訴猶予」処分を行う。起訴猶予された被疑者は、公訴提起と処罰という負荷を免れるので、更生・社会復帰への障害が小さい。このような刑事政策的配慮が可能であるのは、その長所である。検察官は、被疑者を起訴猶予処分にする場合、適切な訓戒をし、必要に応じ更生の誓約書を徴したり、特定の監督者・縁故者・知人等の保護者に身柄を引き渡す等の措置を講じている。介入を伴う「デイヴァージョン(diversion)」の一例である。他方,検察官がこのような刑事政策的考慮勘案を誠実・的確に行うためには、犯人と犯罪事実に関連する多様・多量の判断資料を必要とする。犯罪事実とこれに密接に関連する重要な情状事実を超えて、これらの資料を取得・収集する捜査が過度の詳密化に向かい、被疑者の負担が重くなる契機を孕む点には、留意すべきである。(3) 検察官は、証拠上認定可能な一罪を構成する犯罪事実の一部のみを審理・判決の対象として起訴することができると解されている〔第3章II)。盗の被害品目の一部だけを公訴事実として起訴すること、強盗行為により生じた軽微な傷害の事実を除外して強盗罪の公訴事実で起訴すること、人の住居に侵入して窃盗を行った者を窃盗罪の公訴事実のみで起訴すること等がその例である。一罪の一部起訴と称されているこのような取扱いは、全面的な起訴猶予とは異なるが、検察官が認知している犯罪事実の一部を起訴猶予するのと同様の機能を果たす。このような検察官による審理・判決対象の設定・構成権限は、当事者追行主義の現れであると共に起訴便宜主義に由来する側面でもあると説明することができよう。(4)現行法は、検察官に起訴猶予処分を認めると共に、第1番の判決があるまでは、提起した公訴をその裁量的判断で取り消すことを認める(法257条)。被告人の同意や裁判所の許可は必要でない(被害者参加人に対する理由の説明が必要となることはあり得る。法316条の35)。公訴が取り消されたときは、裁判所は公訴棄却の決定で手続を終結させる(法339条1項3号)〔第5編裁判第3章Ⅲ〕なお。公事取補しによる公事業期の決定が確定したときは、公所取発し後に犯罪事実についてあらたに重要な証拠を発見した場合に限り※同一事件について更に公訴を提起することができる(法340条)。この要件を充たさない事度の公訴提起があったときは、表判所は判決で公訴を棄却する(法38系2号)〔第5編裁判第3章 II(3)〕*被告人側の同意の撤回等により即決裁判手続の申立てを却下する決定があった事件について、当該決定後、証拠調べが行われることなく公訴が取り消され、公訴棄却の決定が確定した場合等においては、法340条の規定にかかわらず、同一事件について更に公訴を提起することができるものとする法改正が 2016(平成28)年に行われた(注350条の26)。公訴取消し後の再起訴制限を和することにより、被疑者側が将来公判で否認に転じるなどして即決裁判手続による審判が行われない場合を見越して念のために行っている捜査を省力化することができ、また,即決裁判手続のより積極的な利用を促して、自白事件を簡易迅速に処理し、ひいては刑事司法制度全体の効率化に資することを目標とするものである。捜査機関は自白が維持される前提で即決裁判に必要な限りの捜査を遂げて起訴し、後に被告人側が否認に転じるなどした場合には、公訴を取り消したうえで正式裁判に必要な補充的捜査を実行した後、起訴できるとすることで、当初の捜査の省力化が可能となるのである。(5)裁判とは異なり検察官の不起訴処分には一事不再理の効力や拘束力はないので、不起訴処分後に、新たな証拠を発見し、または公訴提起・追行の要件を具備するに至り、あるいは起訴猶予を相当としない事情が生じた場合等には、公訴時効が完成していない限り、公訴を提起することができる(「再起」という)。
(1)国家刑罰権の具体的適用・実現を目的として「公訴」を提起し追行する権限を公訴権という。法は「公訴は、検察官がこれを行う」と定めて(法247条),公訴権を検察官のみに付与している。狙罪被害者等私人ではなく国家機関である検察官が公訴を行う点で、これを「国家訴追主義」という。また、国家機関のうち検察官にだけ公訴権が付与されている点で、これを「起訴独占主義」という。検察官は「公益の代表者」(検察庁法4条)として公訴権を行使するのであり、北罪被害者等特定の私人の権利利益のみのために公訴を行うのではない。これは、刑罰権の適用・実現という刑事手続の目的(法1条)に由来する。(2)現行法は私人による刑事訴追を認めない点で国家訴追主義を徹底しているが、起訴独占主義には二つの例外がある。その第一は、職権濫用罪について、裁判所の付審判決定により公訴提起の効果が発生する場合である(「裁判上の準起訴手続」という)。付審判の手続については刑事訴訟法に規定がある(法 262条~269条〔後記Ⅲ 3〕)。第二は、検察審査会の起訴議決に基づく公訴提起である。司法制度改革の一環として 2004(平成16)年に改正された「検察審査会法(昭和23年法律147号)」の規定(平成16年法律62号)に基づく(同法41条の2・41条の6第1項・41条の9(後記Ⅲ 4)。これらは、検察官以外の機関を公訴権の行使に関与させることにより、検察官の不起訴処分を制する制度である。検察官の独占する公訴権行使に後記2のような広範な裁量を認める現行法制のもとで、不当な不起訴処分に対する控制の機能を果たす。
(1) 捜査の対象とされた「事件」は、原則として、書類・証拠物とともに検察官に送致される(法246条)〔第1編捜査手続第8章11)。検察官は、察から送致された事件及び自ら認知した事件について、必要な捜査を遂げた上(法191条1項)。法と証拠に基づいて、当該事件に関する措置を決定する。これを検察官の「事件処理」という。事件処理には、公訴を提起するかどうかを決定する終局処分と、将来の終局処分を予想してその前にする暫定的な中間処分がある。* 中間処分には、中止処分と移送処分がある。中止処分は、犯人が判明せず、または被疑者や参考人の所在不明・病気等のため、捜査を継続することができず、障害となる事由が長期間解消される見込みがないため、当面終局処分を見合わせるものである。移送処分は、管轄権のある他の検察庁の検察官に事件を送致するものである。被疑者の住所・関連する事件・捜査上の必要等の事情を考慮して行われる。なお、検察官は、事件が所属検察庁に対応する裁判所の管轄に属しないときは、書類及び証拠物とともに、その事件を管轄裁判所に対応する検察庁の検察官(検察庁法5条参照)に送致しなければならない(「他管送致」という。法 258条)。(2) 終局処分は、公の提起(起訴)と不起訴処分に大別される。検察官は、法定された公訴提起・追行の要件(伝統的には「訴訟条件」という)の有無(例.公訴時効の完成の有無、親告罪の告訴の有無)、狙罪の成否(例被疑事実の花罪構成要件該当性、心神喪失等犯罪成立阻却事由の有無),狙罪の嫌疑の有無・程度(例.犯人であること・北罪の成否に関する証拠の有無・程度)、刑の必要的免除事由の有無(例、親族相盗[刑法214条1項]),訴追の必要性(法218条)を順次検討した。上、起訴・不起訴の処分を決定する。* 少年の被疑事件については、少年の処遇に関する第1的判断権限が家庭裁判所に委ねられているので(少年法20条参照)、検察官は、犯罪の嫌疑があるか、または家庭裁判所の審判に付すべき事情があるときは、事件を家庭裁判所に送致しなければならない(少年法42条)。これは終局処分の一種である。なお、家庭裁判所が、少年法20条の規定により刑事処分を相当と認めて検察官に送致した事件については、検察官は、家庭裁判所の判断に従い。公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑がある以上、公訴を提起しなければならない(少年法45条5号本文)。起訴便宜主義(II 2)の例外である。**「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(平成15年法律110号)」により、検察官は、被疑者が殺人、放火,強盗、不同意わいせつ・不同意性交等、監護者わいせつ・監護者性交等及び傷害のいずれかにたる行為をしたこと及び心神喪失者もしくは心神耗弱者であると認めて不起訴処分をしたときは、原則として、地方裁判所に対し、同法42条1項の決定(医療を受けさせるために入院をさせる旨の決定等)の申立てをしなければならない(同法33条1項)。心神喪失は被疑事件が罪とならない場合の不起訴処分である。被疑者が狙行時心神耗弱であったと認められこれを考慮して起訴しないときは、起訴猶予とされる。***検察官が公訴を提起し通常の公判手続を求める場合を「公判請求」という。これに対し、検察官は、公訴の提起と同時に、簡易裁判所の管轄に属する事件について,略式命令(法461条)を請求することができる。これを「略式命令請求」という。略式命令請求により行われる「略式手続」では、簡易裁判所は、公判手続によらず、書面審理のみで被告人に100万円以下の罰金または科料の裁判(略式命令)をすることができる。起訴される被告人の8割前後が略式手続により処理されている。略式命令の請求は、検察官が被疑者に手続内容を説明し、通常の手続で審判を受けることができる旨を告げた上、略式手続によることに異議がないか確認し、被疑者作成の異議なきことを示す書面を起訴状に添付し、証拠書類・証拠物と共に簡易裁判所に提出して行う(法 461条の2・462条、規則288条・289条)。簡易裁判所は、書面のみに基づき審理・判断し、請求の日から14日以内に「略式命令」を発して、その謄本を被告人に送達する(規則 290条)。略式命令のできない場合(例、罰金・科料の定めのない事件),検察官が略式手続の説明を怠ったり、同意書の添付がない場合、及び裁判所が公判審理が相当と認めた場合(例,事案が複雑であるとき、証人尋問を必要と考えるとき)は、通常の手続で審判しなければならない(法463条)。略式命令には、主文としての罰金額、罪となるべき事実、適用した法令、及び告知の日から14日以内に正式裁判を請求することができる旨が記載される(法 464条)。判決と異なり証拠の標目は記載されない。被告人は告知を受けた日から14日以内に、正式裁判の請求をすることができる。検察官も請求できる(法 465条)。正式裁判の請求が適法であれば、事件は通常の公判手続に移行し、起訴状朗読から審理が開始される(法468条2項)。なお、正式裁判の請求は上訴ではないから不利益変更禁止の原則の適用はない。正式裁判の結果、有罪判決の場合に、科刑が略式命令よりも重いこともあり得る(法468条3項)。判決が確定すると、先に発せられていた略式命令は失効する(法469条1項)。略式命令送達後正式裁判の請求期間が経過したり、公判手続中判決までの間に正式裁判の請求を取り下げれば、略式命令は、確定判決と同一の効力を生ずる(法470条)。このほかに、検察官は、簡易・迅速な事案処理を目的とする公判手続として、2004(平成 (6)年法改正(平成16年法律62号)で導入された「即決裁判手続」(法350条の16~350条の29・403条の2・413条の2)を求めることができる。検察官は、事案が明白で軽微であり、証拠調べが速やかに終わると見込まれる事案について、被疑者及び弁護人の同意を得て、公訴の提起と同時に即決裁判手続の申立てをすることができる。申立てがあった場合,裁判所は早期に公判期日を開かなければならず、冒頭手続において即決裁判手続により審判する旨の決定をした上、簡易な方法による証拠調べを行い即日判決の言渡しをする。拘禁刑を言い渡す場合には、刑の全部の執行猶予の言渡しをしなければならない。即決裁判手続による判決に対しては、事実誤認を理由とする上訴はできない。覚醒剤自己使用罪、入法達反の罪窃盗罪等について利用されている〔第3編公判手第5章II)。
(1)(これまで説明してきたとおり、捜査手続は法定の要件に則り、それ自体が適正な作動過程でなければならない(憲法 31条)。目的の正当性は必ずしも手段を正当化しない。事案の真相解明を通じ,刑罰法令の適用実現を目的とした(法1条)捜査手続に違法がある場合に備えて、これを是正し、関係者の救済を図るための対策を講じておく必要がある。捜査手続の適否を公権的に判定し、違法状態を是正し、対象者を救済し、これらを通じて将来の違法捜査を抑制するのは、司法権の重要な役割である。(2)違法捜査に対する法的措置には、大きく分けて違法捜査が行われた当該刑事手続内における対処と、刑事手続外における対処がある。当該刑事手続内においては、一定の捜査機関の活動に対する被疑者の側からの不服申立手続(準抗告)が設けられているほか、違法な捜査手続により収集・獲得された証拠の証拠能力を否定する措置(証拠排除)があり得る。さらに、捜査過程における違法が極めて重大で、当の被疑者に対して国家が引き続き刑事手続を進行させ刑事訴追を実行すること自体が基本的な正義の観念(憲法31条)に反するような場合には、検察官の公訴提起・追行それ自体を許さず、裁判所が手続を打ち切る措置(公訴棄却)も考えられないではない。勾留に関する準抗告(法429条1項2号)については、既に説明した〔第3章 Ⅲ 5)。勾留の前提となる逮捕手続に対する準抗告の制度はないが(最決昭和57・8・27刑集36巻6号726頁),逮捕段階の違法はこれに引き続く勾留請求の段階で裁判官による審査の対象となり、勾留請求の却下という措置に結びつく場合がある〔第3章Ⅳ 1)。このほか、法定された「強制の処分」のうち。押収に対する準抗告の途が認められている(法 429条1項2号・430条1項・2項)。また,鑑定留置を命ずる裁判(法 224条1項・167条1項)に対しても準抗告をすることができる(法 429条1項3号)。通信傍受処分(法222条の2)については、通信の当事者に対する傍受処分の事後通知(通信傍受法 30条),通信事者による傍受に関する記録の聴取・閲覧・複製権等(同法31条・32条)。裁判官がした通信傍受に関する裁判及び捜査機関がした通信傍受処分に対する不服申立手続(同法 33条)が定められている。これに対して、「捜索」、「検証」については不服申立てに関する規定がない。これらの処分が現に果たした機能を「押収に関する処分」と評価し得るときは、法 430条の準抗告ができると解すべきである〔第5章Ⅲ 3(3)〕。違法に収集された証拠の証拠能力や違法捜査に基づく公訴の棄却については、証拠法〔第4編〕や公訴〔第2編〕を扱う編で別途説明する。(3) 刑事手続外における対処としては、違法行為を行った捜査機関に対する法的制裁の賦課と違法捜査により法益を侵害された対象者に対する救済措置がある。捜査機関を構成する醤察官は国家公務員または地方公務員であり、検察官・検察事務官は国家公務員であるから、これらの者の違法な捜査活動は公務員法違反として、懲戒処分の事由となり得る(国家公務員法82条、地方公務員法29条)。捜査機関の行為が別調法令の定める罪に該当する場合には(税、用法194糸【特別公務員権営用]・195条【特別公務員暴行陵高]等),その者に対する刑事新店により利間の製が明されることになる。なお、最盛時期についての不起訴処分に対しては、刑事訴訟法に付審判請求手続の途が設けられている(法262条~269条。付審判請求手続については、第2編公訴第1章1I3]0以上は、違法捜査を行った当該公務員に対する法的制裁であるが、違法捜査により法益を侵告された対象者を救済する制度として国家賠償法に基づく損害賠償請求の途がある(国法1条)。損害賠償請求が裁判所に認容された場合。金銭による損害の救済・回復が得られるほか、その前提として公権力行使の違法が裁判上確認明示されることで、将来への抑止効果を期待することができる。将来の違法捜査の抑制は、当該刑事手続内のみならず、刑事手続外の方策をも総合的に勘案して検討されるべき目標である。
(1)被疑者の側も防活動に資する証拠収集を行うことはできるが、捜査機関とは異なり強制処分の権限はない。そこで、法は、「あらかじめ証拠を保全しておかなければその証拠を使用することが困難な事情があるとき」、第1回の公判期日前に限り,被疑者・被告人またはその弁護人は、裁判官に対し、押収.捜索、検証、証人尋問または鑑定処分を請求することができるとしている(法179条)。これを「証拠保全請求」という(請求手続につき規則 137条・138条)。なお、既に捜査機関が収集し保管している証拠は、特段の事情がない限り。法定の要件には当たらないと解されるので、証拠保全請求の対象にならない(最決平成 17・11・25州集59巻9号1831頁)。(2) 弁護人及び検察官は、証拠を保全する処分の結果作成された書類及び取得された証拠物を裁判所において閲覧・勝写することができる。弁護人が証拠物の謄写をするには裁判官の許可を要する(法180条1項)。弁護人がないとき、被疑者・被告人は裁判官の許可を受けて書類・証拠物を閲覧することができる(法 180条3項)。なお、公訴提起後の書類・証拠物の閲覧・謄写については法40条(弁護人),法270条(検察官)に規定がある。
(1) 身体の拘束を受けている被告人または被疑者は、弁護人または弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という)と立会人なしに接見し、または書類もしくは物の授受をすることができる(法39条1項)。これを被疑者・被告人と弁護人等との「接見交通権」という。身体拘束を受けた者に対する感法34条前段の保障の趣意を踏まえた規定である。最高裁判所は、被疑者と弁護人との接見交通権について、「身体を拘束された被疑者が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上取る重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人からいえばその固有権の放る重要なものの一つである」と述べ(最判昭和53・7・10民集32巻5号820頁),法39条1項の規定は、「身体の拘束を受けている被疑者が弁護人等と相談し、その助言を受けるなど弁護人等から援助を受ける機会を確保する目的で設けられたものであり、その意味で・・・・・憲法の保障に由来するものであるということができる」と位置付けている(前記最大判平成 11・3・24)。他方で法は、検察官,検察事務官または司法察職員が、「捜査のため必要があるとき」、公訴の提起前すなわち被疑者に限り、接見交通権の行使に関し、「その日時、場所及び時間を指定することができる」と定めて、捜査機関の判断で接見交通権の行使に一定の制約を加えることを認めている。これを「接見指定」という(注39条3項本文)。ただし接見指定は、被疑者が防票の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならない(法39条3項但書)。接見指定は弁護人等からの接見の申出に対して具体的な日時と時間帯を指定するものであり(例.〇月〇日、甲察署留置施設において、午後1時から 30分間),接見を全面的に禁止することはできない(弁護人等以外の者との接見禁止について法 81条〔後記(8))。後記のとおり,憲法の保障に由来する接見交通権と接見指定制度の趣旨から、指定のない時間帯の接見をおよそ認めない趣意ではない。「法 39条3項本文の予定している接見等の制限は、弁護人等からされた接見等の申出を全面的に拒むことを許すものではなく、単に接見等の日時を弁護人等の申出とは別の日時とするか、接見等の時間を申出より短縮させることができるものにすぎ[ない]」(前記最大判平成11・3・24)。なお、捜査機関による接見指定に対しては、迅速な不服申立方法として、その取消し・変更を請求する準抗告の途が設けられている(法 430条)。* かつての実務では、接見指定権者である検察官(身柄送致前は察の捜査主任官)が、指定を必要と認める事件につき、被疑者が収容されている響察署留置施設等刑事施設の長及び被疑者に対しいわゆる「一般的指定書」(「捜査のため必要があるので、右の者と弁護人又は弁護人となろうとする者との接見又は書類若しくは物の授受に閉し、その日時・場所及び時間を別に発すべき指定書のとおり指定する」旨を記載した書面)を発し、弁護人等から接見申出があると具体的な日時等を指定した書面(具体的指定書」を弁護人等に交付し、これを持参した者についてのみ接見を認めるという運用(「面会切制」と呼ばれた)が行われてきた。この運用では、一般的指定書が発せられた事件では接見が一律に禁じられ具体的指定によりはじめて接見が可能となるという倒錯した事態となることから、一般的指定の適法性がしばしば手われ、下級者の中には、一般的指定は接見交通の原則禁止にほかならぬとしてその処分性を認め、これを準抗告で取り消すものもあった。このような運用ではなく、その後の一連の最高裁判例が指示するように、弁護人等が具体的指定書なしに直接被疑者が収容されている刑事施設に赴いて接見を申し出た場合に、刑事施設の留置担当者から指定権者への連絡とこれを受けた指定権者による指定要件の有無判断や具体的指定が迅速的確に行われるということであれば、指定権者があらかじめ刑事施設の長に対し接見指定を行う必要があり弁護人等から接見申出があればそれを直ちに連絡するよう伝達しておくことは、それ自体が直ちに接見交通権を一般的に禁止する効果を持たない。最高裁判所がこのような趣旨の一般的指定書は行政機関内部の事務連絡文書であり、それ自体は弁護人・被疑者に対して何ら法的効力を有するものではないと説示しているのは、このような運用実態を踏まえた判断である(例えば、最判平成3・5・31時1390号 33頁等)。1988(昭和63)年には一般的指定書が廃止され、刑事施設の長のみを対象とした事務連絡文書たる「通知書」(「捜査のため必要があるときは・・・・・[接見の日時等を]指定することがあるので通知する」旨の書面)が用いられるようになり、通知書が発せられた事件でも、常に指定するのではなく、弁護人等から接見申出のある都度、刑事施設から連絡を受けた指定権者ができるだけ速やかにその必要性の有無を判断し具体的指定をするか否かを決定することとされ、接見指定する場合も、口頭、書面,ファクシミリ送信など具体的指定書の持参にこだわらない弾力的運用が進展した。このような運用を前提とすれば、接申出を受けた刑事施設の留置担当者が指定権者にその旨を連絡し、その具体的措置について指示を受ける等の手続をとる間。弁護人等が待機することになり、またそれだけ接見等が遅れることがあったとしても,それが合理的範囲にとどまる限りは許されることになろう(例えば、最判平成12・3・17集民 197号 397頁)。このような状況の下で、接見指定に関する現在の主たる問題は具体的指定の適法性であり、その第一は、法39条3項本文の定める指定要件「捜査のため必要があるとき」の意味内容、第二は、具体的指定の内容が、当該事茶において不合理でなく・さらに、法39条3項但書にいう被疑者が防興の準備をする権利を不当に制限するものでないか否かである。(2)接見指定とその要件を定めた法39条3項の基本的な制度趣意は、法の保障に由来する接見交通権をできる限り尊重保除することを前提に、この接見交通権の行と身体拘中の被疑者を対象とした時間的制約のある金を実施するやむを得ない必要性との間で合理的調整をはかることにある。最高裁判所大法廷は法 39条3項の合憲性を説示するに際して、この制度を次のように位置付けている(前記最大判平成11・3・24)。「憲法は、刑罰権の発動ないし刑罰権発動のための捜査権の行使が国家の権能であることを当然の前提とするものであるから。・・・・・接見交通権が憲法の保障に由来するからといって、これが刑罰権ないし捜査権に絶対的に優先するような性質のものということはできない。そして、捜査権を行使するためには、身体を拘束して被疑者を取り調べる必要が生ずることもあるが、憲法はこのような取調べを否定するものではないから、接見交通権の行使と捜査権の行使との間に合理的な調整を図らなければならない。憲法34条は、身体の拘束を受けている被疑者に対して弁護人から援助を受ける機会を持つことを保障するという趣旨が実質的に損なわれない限りにおいて、法律に・・・・調繋の規定を設けることを否定するものではないというべきである」。問題は、「捜査のため必要があるとき」(法39条3項本文)の文言解釈を通じて行われる「合理的な調整」の具体的内容・指針である。この説示は、直接には法 39条3項の規定自体が違憲であるとの主張に応答したものであるが、捜査権行使の具体的場面として「身体を拘束して被疑者を取り調べる必要」に言及し、また。被疑者の身体拘束に厳格な時間的制約があること等に鑑み、この規定が「被疑者の取調べ等の捜査の必要と接見交通権の行使との調整を図る趣旨で置かれたものである」旨説示することからも、最高裁判所が、「捜査のため必要があるとき」の文言解釈について、広く一般的な捜査の必要性(接見交通を通じた罪証隠滅や共犯者との通謀のおそれ等を防ぐことを含む捜査全般の必要)ではなく、厳格な時間的制約のある被疑者の身体の利用を巡る調整、すなわち基本的には被疑者の「身体」を利用しなければ実行不可能な性質の捜査活動の具体的必要性を想定しているとみられる。(3)「捜査のため必要があるとき」の解釈適用に関する一連の最高裁判例を集大成した前記大法廷判例は、次のように説示する(前記最大判平成 11・3・24)。第一.「捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申出があったときは、原則としていつでも接見等の機会を与えなければならない」。第二「【法3約3項本文にいう『捜査のため必要があるとき」とは、接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られいる。]・・・・右要件が具備され、接見等の日時等の指定をする場合には、装査機関は、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防間の準備をすることができるような措置を採らなければならないものと解すべきである」。第三、「弁護人等から接見等の申出を受けた時に、捜査機関が現に被疑者を取調べ中である場合や実況見分、検証等に立ち会わせている場合、また、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などは、原則として・・・・・取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に当たると解すべきである」。これらの説示から、最高裁判所が、接見指定を「必要やむを得ない例外的措置」と位置付けたうえ、その「必要」については、被疑者の身体の利用を巡る調整の必要を想定していることは明らかであろう。(4) 判例によれば、接見指定は、弁護人の申出に沿った接見を認めると「捜査に顕著な支障が生ずる場合」に限り許される。例示された現に被疑者を取調べ中であったりその間近い確実な予定があることは、「顕著な支障」の判断要素にすぎず、そのような場合は「原則として」これに当たるにとどまり、当然にこれに当たるとされているわけではない。したがって、弁護人の接見申出と被疑者の身体を利用する捜査とが時間的に競合した場合でも、捜査の中断による支障が顕著とはいえない具体的状況が認められるときは(例。弁護人の接見申出をそのまま受け入れ取調べ等を中断したり取調べ等の開始予定を変更して申出に沿った接見が行われたとしても「捜査に顕著な支障」が生じないと認められる場合)、指定要件をくというべきである。捜査機関が指定要件の有無を判断するに際しては捜査に顕著な支障があるか具体的状況にして判断しなければならない(最判平成3・5・10民集45巻5号919頁における坂上壽夫裁判官の補足意見参照)。(5)法39条3項但書は、指定要件(捜査に顕著な支障が生ずる場合)が認められ,接見指定が可能な場合でも、「その指定は、被疑者が防票の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならない」と定めている。事案の具体的状況のもとで、申出のあった接見が被疑者の防準備にとってとくに重要性が高く、これに対して、捜査機関が適切・可能な措置(指定要件が認められ、接見指定をする場合には、前記のとおり「捜査機関は、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防街の準備をすることができるような指徴を探らなければならない」を諦じていれば接見を認めた場合の捜査に対する支際を回選できたはずであるのに、そうした措置をせずに行われた接見指定は、この規定に反することになり得るであろう。最高裁判所は、弁護人となろうとする者による逮捕直後の初回の接見申出に対して捜査機関のした接見指定の具体的内容が法 39条3項但書に違反するとの判断を示している(最判平成12・6・13民集54巻5号 1635頁)。*逮捕直後の初回の接見の重要性について、最高裁判所は次のように説示している(前記最判平成 12・6・13)。「とりわけ・・・・弁護人となろうとする者と被疑者との連捕直後の初回の接見は、身体を拘束された被疑者にとっては、弁護人の選任を目的とし、かつ、今後捜査機関の取調べを受けるに当たっての助言を得るための最初の機会であって、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留又は拘禁されないとする憲法上の保障の出発点を成すものであるから、これを速やかに行うことが被疑者の防御の準備のために特に重要である」。このような観点から、捜査機関は、接見指定の要件が具備された場合であっても、接見指定にあたり弁護人となろうとする者と協議し、適時の指定により捜査に顕著な支障が生じるのを避けることが可能かを検討し、可能であるときには、比較的短時間であっても、時間を指定した上で接見申出後即時または近接した時点での接見を認めるようにすべきであり、このような場合に被疑者取調べを理由に初回接見の機会を遅らせる指定をすることは、法39条3項但書に違反すると判断されている。この説示の趣意は、逮捕直後でなくとも弁護人となろうとする者との初回の接見に妥当するであろう。他方。指定要件が具備されている場合であるから、初回の接見申出であっても当然に即時または近接時点での接見を認めなければならないとしているわけではない。被疑者の身体を利用する捜査に顕著な支障が生じることが避けがたい場合で、当該捜査を実行するためその後の時間帯に接見指定するのがやむを得ないと認められる余地は残されているだろう。**以上のように判例は、厳格な時間的制約のある身体拘束中に取調べを実施・糖続する必要性を前提に、被疑者取調べの中断を「捜査に顕著な支障が生ずる場合」の典型的な考慮要茶としている。他方で判例は、前記のとおり身体拘束中の被疑者が弁護人等から捜査機関の取調べを受けるにあたっての助言を得ることが悪法34条の保障の出発点として、被疑者の防準備のために特に重要であるとする。そこで、被疑者を現に取調べ中またはその確実な予定があり、その取調べにより被疑者から決定的に重要な供述が得られる見込みが生じている局面を想定すると、教見による取調べ等の中断は、捜査機関からは「捜査に顕著な支障が生ずる場合」に当たるようにみえる。しかし、被疑者と面会し取調べに際して供述をする必要はない旨を教示するのは、弁護人の法的助言の典型であり、このような助言を受けることは被疑者が防禦の準備をする正当な権利というべきであろう。そうすると、一面からは、接見により被験者が助言を受けた結果の獲得が困難となる場合には捜査に顕著な支障が生じるとして接見指定ができるということになるが(法39条3項本文)、他面では、そのような場面こそ弁護人の助言がとくに必要であり、接見指定でこれを制限するのは被疑者が防票の準備をする権利を不当に制限することになる(法39条3項但書)ともみられる。被疑者の身体を利用する捜査の必要と弁護人の援助を受けるための接見交通権の行使とが競合する場合の時間的調整という観点から示された判例からは、このような考え方のどちらが優先するかについて一義的な結論を導くことはできない。身体拘束中の被疑者にとって弁護人から取調べを受けるに際しての正当な助言を得ることが憲法に由来する基本的な権利であり,これを捜査の「支障」と考えること自体に疑問があるという立場を仮に採るとすれば、弁護人の正当な助言が「支障」とならないような被疑者取調べが行われるのが筋ということになろう(弁護人との接見が支障となる「取調べ」という想定自体がはたして健全正常か翻って考えてみる価値はあるように思われる)。また,接見交通権と被疑者の取調べとの時間的調整自体が不要となる運用(多くの文明諸国に実例のある被疑者取調べに弁護人が立会い適宜助言すること)もあり得よう。これに対して,現行法の接見指定制度の存在そのものが、身体拘束を受けていない被疑者とは異なり、合憲的調整として、捜査機関に対し、弁護人からの接見申出があることを現に取調べ中等の被疑者に伝達することなく接見指定を行い,出頭・滞留を義務付けた取調べ (法198条1項但書参照)等の捜査を継続することを優先・許容しているとみれば、被疑者が接見申出を知って弁護人の助言の方を選択できる機会があるとの前提自体が想定外ということになる。仮にそうであるとしても、前記のような弁護人立会いのもとでの被疑者取調べという運用を現行法が否定しているわけではない。***情報通信技術の進展・普及に対応して、刑事手続において対面で行われる手続を映像・音声の送受備により行うこと等の法整備に関して法制審議会が答申した法改正要網には、被疑者・被告人と弁護人等との接見をオンラインで行うことに係る事項は含まれていない。要網案を審議した刑事法(情報通信技術関係)部会では、これを被疑者・被告人の「権利」として位置付ける規定を設けるべきとの意見も述べられたが、仮にこれを被疑者・被告人の権利として位置付けると、身体を拘束されている被疑者・被告人はそれを留置されている刑事施設側に水めることができることとなり、全国に多数ある刑事施設の全てにおいて実施可能とすることは短期的には到底難であり。それが散わないまま権利化すれば、大部分の和事施設等において被疑者・被告人から求められても実施できず、被疑者・被告人から見れば法律上認められた権利を行使できないというような、法の趣旨に反する状態が長期にわたって続くこととなるといった指摘がなされ、「要酒(特子)」に記載されるには送今るかた。実施可能な技術・施設備に伴う運用上の進をあげる感ではない。(6)法は「公訴の提起前に限り」すなわち身体拘束を受けている「被疑者」に限り、捜査機関による接見指定を認めている(法39条3項本文)。これは、刑事訴訟の当事者たる法的地位にある「被告人」の防票準備にとって重要な弁護人との自由な接見交通を、捜査機関限りの判断で制約するのは適切でない上。公訴提起後は捜査が一応完了して、もはや「捜査のため必要があるとき」という接見指定の前提自体が著しく減退した状況が形成されたとみられるからである。このような制度趣旨から、身体拘束中に公訴提起され被告人となった者が起訴されていない別の余罪被疑事実で捜査の対象となっている場合については、次のように考えることができる。第一、余罪被疑事実について当人が身体拘束処分(逮捕・勾留)を受けていない場合には、そもそも当人は余罪被疑事実について「身体の拘束を受けている・・・・・被疑者」に当たらないから、捜査機関には当該被疑事実についての捜査の必要性を理由に、当人の選任した弁護人との接見に際して、接見指定することはおよそできないはずである(最決昭和41・7・26刑集20巻6号 728頁はこのような事案である)。第二、これに対して、勾留中の被告人が余罪被疑事実についても逮捕・勾留されている場合には、事情が異なる面がある。被告人が刑事訴訟の当事者たる地位にあることは変わりないが、同一人に余罪被疑事実がある場合には、制度の想定する捜査が一応完了しその必要が著しく減退している状況に変化が生じ。余罪捜査の必要性が生じているので、余罪について当人の身体を利用する捜査の必要から法 39条3項本文の指定要件が認められ、接見交通権の行使を制約することになってもやむを得ない事態が想定される。最高裁判所は、「同一人につき被告事件の勾留とその余罪である被疑事件の逮捕、勾留とが競合している場合、検察官等は、被告事件について防郷権の不当な制限にわたらない限り。•••••・接見等の指定権を行使することができるものと解すべきであ[る]」と説示している(最決昭和55・4・28刑集34巻3号178頁)。然ながら、身体拘束処分の理由とされた余罪被疑事実に関する接見指定の要件は、弁護人からの申出に沿った接見を認めると被疑事実に関する取調べ等の中断により「捜査に顕著な支障が生ずる場合」に限られる。他方で、前記のとおり当人は被告事件について当事者たる地位にあり、それ故同人が弁護人の援助を受ける権利は被告事件についての防準備にとって核心を成す重要な権利である点は動かない。したがって、これを制約する効果をもつ接見指定ができるのは、被告事件が競合していない場合に比して一層限定されるはずであろう。前記判例が「被告事件について防権の不当な制限にわたらない限り」と述べるのは、このような趣旨と理解される。当該接見の目的が、被告事件についてその防禦準備のため弁護人と相談し助言を受ける必要性が高い場合には、原則として、これを制約するのは「被告事件について防権の不当な制限にわたる」とみられよう。*前記昭和55年決定の事案では、弁護人が被告事件と余罪被疑事件の両者について選任されていた。被告事件についてのみ選任された弁護人に対して、余罪被疑事実の捜査の必要を理由に接見指定できるかが問題となり得るが、接見指定制度の趣旨が、弁護人との接見交通権と被疑事件の捜査の必要との時間的調整を図ることにあるとすれば、被告事件の弁護人が余罪被疑事件の弁護人を兼ねているかどうかで、調整の必要において異なる点はないであろう。最高裁判所は、被告事件と被疑事件の各勾留が競合している場合、検察官は、「被告事件についてだけ弁護人に選任された者に対しても」接見指定権を行使できる旨説示している(最決平成 13・2・7判時1737号 148頁)。(7) 弁護人等との接見または書類・物の授受については、法令で、被告人・被疑者の逃亡,罪証隠滅または戒護に支障のある物の授受を防ぐため必要な措置を規定することができる(法 39条2項)。法令による措置として、例えば、逃亡・罪証隠滅その他事故の防止のための、関係があると認められる物の授受の禁止措置(刑事収容施設法46条・50条・136条等),そのような物であるか判断するための授受される物や書面の検査・閲読(刑事収容施設法44条・135条等)がある。もとよりこれは捜査上の必要から行われるものではない。接見に立会人を置くことができないのは、法39条1項の定めるとおりである。* 身体拘束を受けている被疑者が刑事施設以外の施設に現在する場合において、弁護人等から接見の申出があった場合に、立会人なしの接見を認めても罪証隠滅及び戒護上の支障が生じないと容易に判断できるような適切な場所がその施設内にないときは、捜査機関は、接見申出を拒否することができる。ただし、弁護人等が即時の接見を求め、その必要性が認められるときは、捜査に顕著な支障が生じる場合でない限り、弁護人が秘密交通権が十分保障されないような態様の短時間の「面会接見」でも差し支えないとの意向を示したときは、面会接見ができるように特別の配慮をすべき義務があるとした判例がある(最判平成17・4・19民集59巻3号563頁)。これは法 39条3項の接見指定の問題ではない。(8)勾留されている被疑者は、弁護人等以外の者と「法の範囲内で」接見し、または書類・物の授受をすることができる(法207条1項・80条)。例えば、刑事施設職員の立会い,面会状況の録音・録画等の法令上の制限がある(刑事収容施設法116条・117条・218条・219条等)。逮捕され留置中の被疑者については、弁護人等以外の者との接見に関する明文の規定がない。裁判官は、被疑者が逃亡しまたは罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときは、検察官の請求により、または職権で,勾留されている被疑者と弁護人等以外の者との接見を禁止し,またはこれと授受すべき書類その他の物を検閲し、その授受を禁止し、もしくはこれを差し押えることができる(法207条1項・81条)。逃亡・罪証隠滅は勾留により防止されているから、接見交通によって生じ得る、勾留によっては防止できない程度の相当な理由が必要であろう。実務上行われている接見等禁止のほとんどは、罪証隠滅のおそれを理由とするものであり、例えば、組織的犯罪集団が関与する事件、会社罪、汚職事件等関係者に本人が影響を及ほし得る者が居て、自由な接見を許すとその機会を利用して罪証を隠滅するおそれがある場合などが考えられる。
(1)前記のとおり身体拘束を受けた被疑者が弁護人の援助を受ける権利は憲法上の要請であり、それは「被疑者に対し、弁護人を選任した上で、弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障」するものでなければならない(前記最大判平成11・3・24)。しかし、現行法制定後近年まで、身体拘束を受けた被疑者に公費で弁護人を選任する「国選弁護」の制度は存在しなかった。公訴提起後の被告人については、憲法が「刑事被告人」に弁護人依頼権を保障すると共に,「被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する」と定めており(憲法37条3頭),これを受けて「国選弁護人」の制度が法定されていたが(法36条・37条),被疑者一般について、また身体拘束を受けた被疑者についても、国選弁護の制度はなく、専ら私選弁護人に拠っていたのである。憲法 37条3項後段の文言から、被疑者一般に対する国選弁護制度は憲法上の要請ではなく立法政策問題である。また、身体拘束を受けた被疑者の弁護人選任権保障は憲法上の要請であるが(憲法 34条前段),そこに国選弁護制度を導入するかどうか、また導入するとしてどの範囲の被疑者にこれを提供するかも立法政策問題である。もっとも、身体拘束された被疑者に対し、弁護人を選任した上で、弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障するという見地からは、被疑者の資力の差が悪法上の弁護人選任権行使の機会自体の格差に結びつくとすれば、それは不平等・不正義といわなけれはならない。私選弁護人を依頼する資力が乏しい等の理由で弁護人選任権を行使する機会自体が阻害されている身体拘束を受けた被疑者に国選弁護の制度を設けることは、前記憲法34条前段の趣旨を一層的確に実現するための重要な正法課題であった。司法制度改革の過程で設計され 2004(平成16)年法改正で初めて導入された「被疑者国選弁護制度」は、このような年来の立法課題を実現するものであり、併せて被疑者・被告人を通じた国選弁護制度の充実・実効化をはかる規定も整備された。以下では、身体拘束された被疑者に対する国選弁護の制度について説明する(被告人の国選弁護については一重視する点もあるが一別途説明する〔第 3編公判手続第2章IV2(3)4)5)])。(2) 被疑者国選弁護制度の対象事件は、当初は、全国的な態勢整備状況を勘案して比較的重大な事件、すなわち死刑または無期もしくは短期1年以上の懲役もしくは禁錮に当たる事件に限られていたが、2009(平成 21)年5月21日から公判手続における必要的弁護事件(法 289条)の範囲と同じ死刑または無期もしくは長期3年を超える懲役もしくは禁錮に当たる事件となり、2018(平成30)年6月1日から「被疑者に対して勾留状が発せられている場合」,すなわち全ての勾留事件(法37条の2・37条の4)に拡大する法改正が行われた。これは憲法 34条前段の趣意を的確に実現する画期的改正というべきであり、これに対応すべく態勢整備の進捗に貢献した弁護士会の努力の成果である。身体拘束を受けていない被疑者,勾留後釈放された被疑者,逮捕された段階の被疑者は対象外である(ただし、即決裁判手続について法 350条の17)。国選弁護人の選任には、被疑者の請求による場合(法 37条の2)と裁判官の職権による場合(法 37条の4・37条の5)がある。*被疑者・被告人を通じた国選弁護制度の運営には、「総合法律支援法(平成16年法律 74号)」によって設立された法人「日本司法支援センター(法テラス)」が重要な役割を果たす。裁判所・裁判官が刑訴法に基づき国選弁護人を付する場合には、日本司法支援センターに候補者の指名通知依頼を行う(総合法律支援法 38条1項)。日本司法支援センターでは、同センターとの間で国選弁護人等の事務を取り扱うことについて契約をしている弁護士(「国選弁護人等契約弁護士」という。同法 30条)の中から候補者を遅滞なく指名し、これを裁判所・裁判官に通知する(同法 38条2項)。日本司法支援センターは、国選弁護人等契約弁護士の確保等の態勢整備を行うとともに、個別事件において国選弁護人に選任された契約弁護士にその事務を取り扱わせ、その報酬及び費用を支払うなど重要な事務を担当する。(3)被疑者の請求による選任手続においては、「資力申告書」の提出と、資力が「基準額」以上である被疑者について私選弁護人選任申出前置の仕組が設けられている(注37条の3。被告人の請求による国選弁護についても同様[法36条の2・36条の3参照)。資力申告書の虚記載には過料の制裁がある〔法38条の4))。法は「貧困その他の事由により弁護人を選任することができないとき」国選護人を避生するとめていることから(注3条・37年の2)。私選弁護を原期とし、公費を支出する国選弁護はこれを補完するものであるとの理解に基づき、資力のある者にはまず私選弁護人の選任を促す趣旨で 2004(平成16)年法改正により整備された仕組である。裁判官に提出する資力申告書の「資力」(当人に属する現金、預金その他これに準ずる資産の合計額〔法 36条の2参照])が「基準額」(標準的な必要生計費を勘案して一般に弁護人の報酬及び費用を賄うに足りる額として政令で定める額〔法36条の3参照〕。現在は50万円)以上である被疑者は、国選弁護人選任請求をする前に、弁護士会に対して私選弁護人選任の申出(法 31条の2第1項)をしなければならない(法37条の3第2項)。選任申出を受けた弁護士会は、速やかに,所属する弁護士の中から弁護人となろうとする者を紹介しなければならないが(法31条の2第2項),弁護人となろうとする者がいないとき、また紹介した弁護士が被疑者の選任の申込を拒んだときは、速やかにその旨を被疑者に通知しなければならない(法31条の2第3項)。この場合その旨は裁判所に通知される(法37条の3第3項)。国選弁護人選任の要件は「貧困その他の事由により」私選弁護人を選任することができないとき(法 37条の2第1項本文)であるから、資力申告書は、被疑者が「貧困」で弁護人を選任できないことや、私選弁護人選任申出前置の要否について、請求を受けた裁判官が判断する資料となる。また、前記弁護士会から裁判所への弁護人不在・不受任の通知は、「その他の事由」に該当するとの判断の基礎になる。なお,この制度の趣旨から、被疑者以外の者が選任した弁護人がある場合または被疑者が釈放された場合は、国選弁護人選任の要件を穴く(法37条の2第1項但書)。(4) 前記のとおり裁判官が国選弁護人を選任する要件は、「被疑者に対して勾留状が発せられている場合」であるが(法 37条の2第1項),選任の「請求」は、被疑者が勾留を請求された時点からすることができる(法37条の2第2項)。また、勾留請求される被疑者はその前提として逮捕されているので、逮捕または身柄送致された被疑者には、この制度と選任請求手続が捜査機関から教示される(法 203条4項・204条3項)。被疑者が勾留請求された場合には、勾留裁判官は、勾留質問の際に、被疑者にこの制度と選任請求手続を教示する(法207条2項・4項)。このような一連の国選弁護に関する教示と勾留請求された時点から選任請求が可能とされていることにより。勾留裁判官は勾留請求自体と被疑者国選弁護人選任請求の審査を併せ行うことで、迅速円滑な弁護人選任手続を進めることができる。選任の要件を認めた裁判官は、総合法律支援法 38条の定める手順により、日本司法支援センターに候補者の指名通知を依頼し、同センターが国選弁護人等契約弁護士の中から候補者を指名通知するのを受けて、具体的な選任を行う。被疑者国選弁護は迅速な選任が求められるので、同センターでは、休日でも候補者指名を行うことができる態勢をとり,ほとんどの場合,裁判官が指名通知依頼をした日のうちに候補者が指名され、国選弁護人が選任されている。*選任請求先の「裁判官」は、勾留の請求を受けた裁判官のほか、その所属する裁判所の所在地を管轄する地方裁判所の裁判官またはその地方裁判所の所在地(支部所在地を含む)に在る簡易裁判所の裁判官である(規則 28条の2)。国選弁護人選任を請求する被疑者は身体拘束を受けているので,選任請水書や資力申告書は、刑事施設の長,留置業務管理者またはその代理者を経由して提出する。前記逮捕段階の教示を受けて、勾留請求前に既に必要な書面が作成され刑事施設の長等に提出されているときは、これらの書面は、被疑者が勾留請求された後直ちに裁判官に送付される。迅速な選任手続の進行に資するため、刑事施設の長等から裁判官への請求書等の送付をファクシミリで行うこともできる(規則 28条の3)。***前記当番弁護士(114)*】が連捕後留前の私選弁護人となり、刑事被疑者弁護援助事業の適用を受けている場合、その被疑者が勾留され国選弁護人選任を請求するときは、当該弁護人が私選弁護人としては辞任しても、継続して弁護する意思がある限り、日本司法支援センターが当該弁護士を国選弁護人候補者として指名通知し、裁判官もこれを尊重してその弁護士を国選弁護人に選任する運用が行われている。(5)いまひとつの形態の被疑者国選弁護は裁判官の職権による選任である。国選弁護人選任請求権があっても、精神上の障害その他の事由により、弁護人の接助を必要とするかどうかを判断することが困難である疑いがある被疑者については、被疑者自身による請求権の的確な行使が期待できない。そこで、裁判官は、勾留される被疑者に弁護人の援助が必要と認められる場合、職権で国選弁護人を付することができる(法 37条の4)。また。とくに法定刑の重い重大事件(死刑または無期物禁刑に当たる事件)では、複数の弁護人による弁護活動が必要な場合が想定されるので、裁判官の戦権で更に弁護人1人を追加選任することができる(法37条の5)。1人目の国選弁護人が被疑者の請求による選任であると職権による選任であるとを問わない。(6) 国選弁護人の選任は事件(被疑事実)単位で行われる。ある事件について被疑者国選弁護人に選任された者が、同一製疑者の他の対象事件についても国選弁護人としての活動をするには、その事件との関係でも国選弁護人に選任される必要がある(これに対して、被告人の国選弁護人に関する特則として法 313条の2)。前記のとおり、国選弁護人選任の要件は、被疑者が勾留される場合であるから(法37条の2・37条の4),国選弁護人の選任を受けた被疑者が後に釈放されたときは、それが勾留の執行停止によるとき(鑑定留置状が教行されたときも同様[法 224条・167条の2])を除き、選任の効力は失われる(法38条の2)。他方、被疑者が勾留されたまま起訴された場合には、被疑者に対する国選弁護人の選任は、第1審においてもその効力を有する(法32条1項)。国選弁護人の選任資格(法 38条),国選弁護人の解任(法38条の3)については、被告人の国選弁護と併せ、別途説明する〔第3編公判手続第2章Ⅳ 2(3)(4)(5)〕
1)憲法は「何人も,・・・・・・直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない」と定めて(憲法34条前段),身体拘束処分(逮捕・勾留)を受けた被疑者の弁護人選任権を保障する。最高裁判所大法廷は、身体拘束を受けた被疑者と弁護人との接見交通に関する憲法判断に際して、この基本権の趣旨・目的と内容を次のように具体的に説明している(最大判平成11・3・24民集53巻3号514頁)。「[意法34条前段]の弁護人に依頼する権利は、身体の拘束を受けている被疑者が、来の原因となっている疑を晴らしたり、人身の自由を回復するための手段を講じたりするなど自己の自由と権利を守るため弁護人から援助を受けられるようにすることを目的とするものである。したがって、右規定は、単に被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨害してはならないというにとどまるものではなく、被疑者に対し、弁護人を選任した上で、弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障しているものと解すべきである」。人身の自由を奪する身体拘束処分は、それ自体が強度の基本権侵害である上に、対象者が自由回復や法的権利行使のため自ら活動するのを困難にするものであることから、権利行使の補助者として法律家である「弁護人」の援助を受ける機会が保障されているのである。このような憲法の趣意を受けて、法は、捜査機関に対し、逮捕後の手続として、弁護人を選任することができる旨を被疑者に告知しなければならないとしている(法 203条1項・204条1項)〔第3章Ⅱ 4(2)。告知を怠った場合,それは重大な手続違反であるにとどまらず、不告知により「被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨害」する結果となれば憲法違反が問題となり得る。(2) 身体拘束処分を受けていない被疑者については、身体拘束に着目した憲法 34条前段の趣旨は当てはまらないから、弁護人選任権を認めるかどうかは、立法政策問題である(憲法 37条3項前段は「刑事被告人」に対して「資格を有する弁護人を依頼する」基本権を保障しているので,「被告人」の弁護人選任権〔法30条1項〕は憲法上の要請である。なお、前記最大判平成11・3・24は「憲法37条3項は......公訴提起後の被告人に関する規定であって、これが公訴提起前の被疑者についても適用されるものと解する余地はない」とする)。旧刑事訴訟法は、公訴提起後すなわち「被告人」になってはじめて弁護人選任権を認める法制であった(1日法39条1項)。これに対して現行刑事訴訟法は、「被疑者は、何時でも弁護人を選任することができる」と定め。身体拘束を受けているかどうかを問わず、すべての被疑者に弁護人選任権を認めた(法30条1項)。一般に、公訴提起前の防興準備,捜査に対する不服申立てや検察官の事件処理に向けた被疑者側からの働き掛け等の諸活動は、身体拘束の有無を問わず.被疑者の正当な権利・利益の保護にとって極めて重要であるから、この法改正は適切で画期的なものであった。被疑者の法定代理人、保佐人、配者、直系親族及び兄弟姉妹も、「独立して」すなわち被疑者の意思にかかわらず、弁護人を選任することができる(法30条2項)。被疑者が身体拘束を受けた事実がこれらの弁護人選任権者に通知されたとき等に意味をもつであろう(法79条)〔第3章13(3)〕。法 30条に基づき選任される弁護人を一般に「私選弁護人」という。(3) 被疑者の弁護人は法律家である「弁護士」の中から選任しなければならない(法31条1項)。「弁護士」とは弁護士法に定める資格を有し,かつ弁護士名簿に登録された者をいう(弁護士法4条・8条)。弁護士でない弁護人すなわち「特別弁護人」は被告人について想定された制度であり(法 31条2項参照),被疑者による選任は認められないと解されている(最決平成 5・10・19刑集47巻8号 67頁)。被疑者は、身体拘束を受けているかどうかを問わず,弁護士会に対し私選弁護人選任の申出をすることができ、これを受けた弁護士会は、速やかに所属する弁護士の中から弁護人となろうとする者を紹介しなければならない(法 31条の2)。これは2004(平成16)年法改正により、被疑者・被告人の私選弁護人選任権行使の実効化をはかるため整備された規定である。被疑者の弁護人選任の方式は明定されていないが、通常、被疑者またはその他の選任権者が、弁護人と連署した書面(弁護人選任書)を当該被疑事件を取り扱う検察官または司法察員に提出する方法が採られている(被告人の弁護人選任方法については、連署した書面の提出が義務付けられている[規則18条]。氏名の記載がない弁護人選任届の効力については、本章II2(1)参照)。この方法によった場合には、公訴提起後第一審においても弁護人選任の効力が持続することになっている(規則17条)。選任できる弁護人の数は、各被疑者について原則として3名を超えることはできない。ただし、特別の事情があると認めて裁判所(当該被疑事件を取り扱う検察官または司法響察員所属の官公署の所在地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所)が許可したときは、例外が認められる(法35条、規則 27条)。(4) 逮捕された被疑者は、検察官もしくは司法察員または刑事施設の長もしくはその代理者に対して、弁護士、弁護士法人または弁護士会を指定して弁護人の選任を申し出ることができる。申出を受けた検察官もしくは司法察員または刑事施設の長もしくはその代理者は、直ちに被疑者の指定した弁護士、弁護士法人または弁護士会にその旨を通知しなければならない(法209条・78条)。勾留された被疑者は裁判官または刑事施設の長もしくはその代理者に申し出ることができる(法207条1項・78条)。なお、2016(平成28)年法改正により、弁護士会等を指定してする弁護人選任の申出については、司法響察員。検察官。裁判官または裁判所が法の規定により弁護人を選任することができる旨を告知するに当たって、併せ教示しなければならない旨の法改正が行われた(法 203条3項・204条2項・207条3項)。弁護人選任権に係る手続保障を一層充実する趣旨である。*後記「被疑者国選弁護制度」の導入等、刑事弁護制度の大規模な改革を行った2004(平成16)年法改正以前から、日本弁護士連合会と各単位弁護士会は、身体拘束を受けた被疑者に対する弁護活動を充実する目的で「番弁護士制度」と称する活動を実施していた(これは刑事訴訟法上の「制度」ではない)。従前から法定されていた弁護士会を指定してする弁護人選任申出(法78条)を実効化するため、各弁護士会において弁護人推薦名簿に登録している弁護士を担当日を決めて割り当て(当番弁護士」という),身体拘束を受けた被疑者等から弁護士会への面会依頼に対して、速やかに当番弁護士が察署等へ出向いて被疑者と面会し、助言・援助をするものである。1992(平成4)年から全国の弁護士会で実施されていた。初回の面会は無料とし、被疑者が希望する場合には番弁護士が私選弁護人として受任する(貧困者については法律扶助制度による援助を利用)等の形で運用されてきた。これは、身体拘束を受けた被疑者に対する弁護活動の実効化・充実を目指した弁護士会の創意と努力に基づくまことに尊い活動であったが、法制度及び財政的裏付けのない点で限界があった。後記「被疑者国選弁護制度」は、新たな刑事訴訟法上の法制度を設計導入し公費を用いることで、身体拘束された被疑者の弁護人選任権の実質化をはかろうとしたものである。なお、前記法 31条の2は、身体拘束の有無を問わず、すべての被疑者・被告人が弁護士会に対して私選弁護人の選任申出ができるとすると共に,申出を受けた弁護士会に紹介・応答の訴訟法上の義務を設定するものである。一連の制度整備後も、弁護士会は、この弁護人選任申出に対応するための受け皿などの形で当番弁護士制度を維持している。また、連捕後勾留までの弁護活動を援助していた被疑者弁護人援助事業は、弁護士会から日本司法支援センター(法テラス)に委託されて、「別事被疑者弁護援助事業」として維持されている。
(1)「刑事免責(訴追免除)(immunity)」制度とは、「自己負罪拒否特権に基づく証言拒否権の行使により犯罪事実の立証に必要な供述を獲得することができないという事態に対処するため、共犯等の関係にある者のうちの一部の者に対して刑事免責を付与することによって自己負罪拒否特権を失わせて供述を強制し、その供述を他の者の有罪を立証する証拠としようとする制度」である(最大判平成7・2・22刑集49巻2号1頁参照)。アメリカ合衆国では、一定の許容範囲,手続要件の下に採用され、制定法上確立した制度として機能している。最高裁判所は、いわゆるロッキード事件判決において、アメリカ人に対してなされた日本国検事総長及び最高裁判所の不起訴宜命に基づく訴追免除の意思表示を受け、アメリカで実施された証人尋間における証言(幅託尋問調書)の証拠能力について判断するに際し、「我が国の恋法が、その刑事手続等に関する諸規定に照らし、・・・・[刑事免資]制度の導入を否定しているものとまでは解されないが、・・・これを採用するのであれば、その対象範囲、手続要件、効果等を明文をもって規定すべきものと解される」と説示して,憲法38条1項の解釈上、刑事免費制度の設定・導入が可能であることを示唆したものの「我が国の刑訴法は、・・・・・・[刑事免責]制度に関する規定を置いていないのであるから、結局、この制度を採用していないものというべきであり、刑事免責を付与して得られた供述を事実認定の証拠とすることは、許容されないものといわざるを得ない」とした(前記最大判平成7・2・22)。* ロッキード事件判決の説示には不分明な点がある。第一、現に実定法として採用されていない法制度と同一の機能を有する手続により獲得された供述が直ちに事実認定の証拠として許容されない理由・根拠が不明である。最高裁の判断は、すくなくとも、実定法上許容されていない法定要件をいた違法な捜索・差押え等により獲得された証拠物の証拠能力に関する違法収集証拠排除法則の適用(最判昭和 53・9・7刑集32巻6号1672頁参照)とは異なっている。また「公正な刑事手続の観点」から適正手続・基本的な正義の観念(憲法31条)に反することを根拠とする証拠使用の禁止であるとすれば、刑事免責制度の合憲的導入可能性に言及する説示と矛盾するであろう。第二、仮に該事件で行われた訴追免除が制度の不存在故に違法であるとして、嘱託尋問調書はアメリカ人証人に証言を強制した結果得られた供述であるから、当人の自己負罪拒否特権侵害を理由に当人に対する証拠としての使用を禁じることはできるとしても、第三者である被告人との関係では、これを証拠として使用するのを妨げる理由はないであろう。この事件の被告人が自己負罪拒否特権や黙秋権を侵害されたわけではないから、他人の自己負罪拒否特権侵害を理由に嘱託尋問調書の証拠能力を争う適格はないというべきである〔前記 3(2))。このような疑問点について、判決文中に明瞭な説明を見出すことはできない。(2)最高裁判所は、制度導入に関する立法論的考慮要素について次のように説示する(前記最大判平成 7・2・22)。「この制度は、前記のような合目的的な制度として機能する反面、犯罪に関係のある者の利害に直接関係し、刑事手続上重要な事項に影響を及ぼす制度であるところからすれば、これを採用するかどうかは、これを必要とする事情の有無、公正な刑事手続の観点からの当否,国民の法感情からみて公正感に合致するかどうかなどの事情を慎重に考慮して決定されるべきものである。ここで言及されている「公正」とは、共犯等の関係にある者のうちの一部の者が、刑事免責を付与されることによって処罰を免れる点をいうのであろう。立法府がそのこと自体を直ちに「公正な刑事手続の観点から」不当であり、また「国民の法感情からみて公正感に合致」しないとみるのであれば、この制度導入は許されないことになるはずである。これに対し「これを必要とする事情」として、共犯者の一部が処罰を免れてる他の者の処間を確保するためやむを得ないと認められる高度の必要性、すなわちその者の供述が他の共者の犯罪事実の証明に欠くことができないものであり、これを用いて他の者の処罰を確保する合理的な理由が認められるのであれば、刑事免責制度の利用も「不公正」な手続とはいえないという立法的決断もあり得よう。例えば、弁護人の立会いのない密室の取調べで共犯者の自白を獲得する捜査手法と当人を免責して裁判官の面前で証言させる手続とを対比して、どちらが対象者の人格的法益侵害の危険があるか。また。供述証拠収集手段としての取調べという捜査手法自体の限界や、取調べに対する制約負荷等に伴う供述証拠獲得機能の減衰可能性等、多様な事情の考慮勘案を要しょう。なお。刑事免責は、訴追側が一方的に、すなわち相手方の意思に関わりなく、免責を付与して自己負罪拒否特権を喪失させ証言を強制するのが基本的制度枠組であり,前記「協議・合意制度」〔第7章V〕とは異なり免責付与について相手方との交渉や取引の要素は存在しない点に留意すべきである。(3)憲法38条1項との関係では、「自己に不利益な供述」の範囲と同じ範囲で、当該供述に由来する事項を当人に対する刑事訴追や有罪判決の証拠として使用しないこととすれば、合憲であると解される。すなわち、当人の刑事訴追または有罪判決に直接結びつく犯罪事実及びこれに密接に関連する事実と、これらに現実的・実質的に結びつき得る端緒となる事項に関する供述及びこれに由来する証拠を証拠として使用しないこととすることで、免責対象者の自己負罪拒否特権は消滅し、この範囲について証言を法的に強制することができるはずである。なお、免責を付与された者が証言を拒絶したり修証した場合に、これを理由に処罰され得るのは当然である。また。当人の供述した犯罪事実に関する事項とは独立に収集された証拠のみに基づいて当該犯罪で訴追したとしても、憲法38条1項には反しない。(4)2016(平成28)年の法改正により、証人尋問の請求及び実施に際して、検察官の請求により、裁判所の免責決定を経て、証人の自己負罪拒否特権を消滅させ、証言を強制する制度の導入が行われた(法157条の2・157 条の3)。水のとおり、検察官の訴追載量権限に基づく免責付与の請求に対して、裁判所がその適式性を確認して免責証言の実施を決定する構成である(刑事免責に関する規定は、第1回公判期日前の証人尋間にも準用される[法228条1項])。検察官は、証人尋問請求に当たり、証人が刑事訴追を受け。または有罪判決を受けるおそれのある事項についての尋間を予定している場合であって、当該事項についての証言の重要性、関係する犯罪の軽重及び情状その他の事情を考慮して必要と認めるときは、あらかじめ、裁判所に対し、次の条件で証人尋問を行うことを請求することができる。第一、その証人尋問において尋問に応じてした供述及びこれに基づいて得られた証拠は、当該証人の刑事事件において、これらを証人に不利益な証拠とすることができないこと(偽証[刑法169条]または官替・証言拒絶[法 161条]の罪に係る事件において用いる場合は除く)。第二、その証人尋問においては、法 146条の規定にかかわらず、自己が刑事訴追を受け,または有罪判決を受けるおそれのある証言を拒むことができないこと。この請求を受けた裁判所は、当該証人の尋問事項に、証人が刑事訴追を受け、または有罪判決を受けるおそれのある事項が含まれないと明らかに認められる場合を除き,当該証人尋問を前記条件により行う旨の決定(免責決定)をする。証人尋問開始後に証人が法 146条により証言を拒絶した場合も、検察官は、同様の事情を考慮して、裁判所に対し免責決定の請求をすることができる。
(1)前記のとおり、黙私権保障の第一の効果は、不利益な述を義務付けることの禁止である。不利益供述を強要するために前等の法的制裁を料す制度を設けることはできない。純然たる刑事手続以外の手続であっても、対象者が刑事責任を問われるおそれのある事項について供述を求めることになるもので、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続において、不利益供述を義務付けることはできない(前記載大判和47・11・23 川崎民商事件]参照。例えば、捜を手袋ではない国開取締法上の犯則疑者に対する質問調査手にも憲法38条1項の保障が及ぶ〔最判昭番59・3・27刑集38巻5号 2037頁])。公判前整理手続における被告人に対する主張明示義務(法316条の17第1項)は、被告人が将来公判期日においてすることを予定している主張を明らかにする時機を公判前段階に早期化するにとどまり,「供述」をするかどうかは被告人の意思に委ねられているから、憲法38条1項に反するものではない。黙秘権行使が困難な状況に陥れ、被疑者・被告人に対して供述を事実上強要することは、もとより許されない。法198条1項但書の規定は、身体拘束を受けている被疑者には取調べのために出頭し、滞留する義務があるとの解釈に基づいて運用されているが、身体拘束状態を直接利用して被疑者に取調べに応じることを事実上強制することは、被疑者の供述をするかどうかの意思決定の自由を侵害するので到底許されない。憲法38条1項違反の状態が生じないためには、身体拘束処分を受けている被疑者に出頭義務と滞留義務があるとしても、捜査機関の取調べに応じる義務(いわゆる「取調べ受忍義務」)はないといわなければならない〔第4章II)。被疑者が取調べを拒絶しこれに応じない意思が明瞭となった後に、捜査機関が説得の域を越えてなお取調べを続行すれば、供述を事実上強要した疑いを生じよう。*公判前整理手続における被告人の主張明示義務は、被告人の全面的供述拒否権(注311条1項)に抵触するものではない。ここで義務付けられているのは、被告人側の「証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるとき」。それを明示することであって、そのような主張をするかどうかは被告人の自由な意思決定に委ねられている(法 316条の17第1項)。また、被告人は、公判期日において証拠により証明しようとする事実(証明予定事実)があるときは、公判前整理手続においてこれを証明するために用いる証拠の取調べを請求しなければならず(同条2項),やむを得ない事由があった場合を除き、公判前整理手統終了後には、証拠調べを請求することができない(法316条の32第1項)。このため被告人は自らの予定主張を証明する証拠の明示を公判前に養務付けられることになるが、これも被告人が行う証拠調べ請求の要否判断の時機を公利期日前に早期化するだけで、「供述」自体の法的養務付けには当たらない。被告人が検察官立証の終了を待ってその時点で反証をするかどうか決断する利益は失われることになるが、それは悪法 38条1項が直接保障する利益ではない。最高裁判所は、被告人に対して主張明示義務及び証拠調べ請求義務を定めている法316条の17について,「被告人又は弁護人において、公判期日においてする予定の主張がある場合に限り、公判期日に先立って、その主張を公判前撃理手続で明らかにするとともに、証拠の取調べを請求するよう義務付けるものであって、被告人に対し自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について認めるように義務付けるものではなく、また。公判期日において主張をするかどうかも被告人の判断に委ねられているのであって、主張をすること自体を強要するものでもない。そうすると、同法316条の17は、自己に不利益な供述を強要するものとはいえない」と説示して、憲法38条1項違反の主張をけている(最決平成 25・3・18刑集67巻3号 325頁)。** 最高裁判所は、法198条1項但書の規定が逮捕・勾留中の被疑者に対し「取調べ受忍義務」を定めているとすると憲法 38条1項に反し違憲であるとの主張に対し、「取調べ受忍義務」という用語を慎重に避け、「身体の拘束を受けている被疑者に取調べのために出頭し、滞留する義務があると解することが、直ちに被疑者からその意思に反して供述することを拒否する自由を奪うことを意味するものでないことは明らかであるから」、所論は前提をくと説示している(最大判平成11・3・24民集53巻3号514頁)。当然の事理を述べたものといえよう。被疑者の身体・行動の自由奪にとどまらず、取調べに応じる義務まで負荷すれば、「被疑者からその意思に反して供述することを拒否する自由」が奪われて、憲法 38条1項違反の問題が生じょう。(2)第二に,権利侵害があった場合,強要により獲得された不利益供述を当人に対する刑事訴追や有罪判決の証拠として用いることは、制度趣旨に反するので、そのような供述の証拠能力を認めることはできない。なお、これは強要された供述が当人に対する刑事訴追に用いられないようにして権利侵害からの救済・修復を図る措置であるから、証拠としての利用の禁止を主張できるのは、権利侵害を被った当人に限られる。例えば、黙秘権を侵害して獲得された供述について、権利を侵害された当人ではなく別の犯行関与者が、自己に対する当該供述の使用禁止を主張できるとする理由はない。(3)第三に、事実認定における黙秘権保障の具体的効果ないし機能として、黙秘した事実から当人に不利益な推認をしてはならないといわれている。このことは、被疑者・被告人の身体物処分に係る判断(例、勾留・保釈の要件判期)や公訴事実の認定等様々な局面で問題となり得るが、私の事実ないし態度それ自体を情況証拠(間接事実)として積極的に被疑事実や公訴事実の存在を推認することができるとすれば、被疑者・被告人が供述を拒否し沈黙する正当な権利行使を困難にし、ひいては黙秘権それ自体の存在意義を失わせることになるから、このような推認は許されないと解される。狙罪事実について犯人と疑われ、あるいは刑事訴追されている被疑者・被告人は、無実であるならそのような嫌疑を晴らすために弁明し、無実を明らかにするよう努めるのが自然であり、そうしないで沈黙しているのは、無実ではないからおよそ弁明できないか、弁明するとつじつまがあわなくなるおそれがあるからであろうと推認することは、それ自体必ずしも不自然・不合理なことではない。しかし、黙秘権の保障は、敢えてこのような推認を禁じ,被疑者・被告人の積極的弁明・供述の義務を否定することによって,供述をするかどうかの自由を回復・確保しようとする制度とみられる。不利益推認の禁止は、一般論としてはこのように説明することができる。問題は、個別具体的場面における事実認定が不利益推認に当たるかどうかである。(4) 勾留や勾留延長の要件判断に際し、被疑者が黙している場合、黙の事実・態度を罪証隠滅や逃亡のおそれを認定する資料とすることは許されない。他方で、黙秘すれば被疑者に有利な事情や弁明を考慮勘案できないのに対し、被疑者が取調べや勾留質問に応じて供述し、その供述内容が一資料となって、罪証隠滅や逃亡のおそれがないと判断され身体拘束処分から解放されることはあり得る。両者を対比すれば、黙しない方が有利な結果になっているものの、それは黙秘の事実を理由に不利益な扱いをしたからではない。前記のとおり被告人の黙秘の事実・態度それ自体を情況証拠として、積極的に犯罪事実の認定に用いることはできない。他方。一般に公判期日における証人や被告人の供述態度は、これを直接観察した事実認定者による当人の供述の信用性の評価や他の証拠の証明力評価の一資料になる。また、検察官が犯罪事実について合理的な疑いを超える立証を果たしたとみられる状況・段階において,被告人側が沈黙を続け何ら合理的な疑いを生じさせる事実を主張・反証しなければ、有罪判決という不利益を被ることになる。しかし、これらはいずれも事実認定における合理的な事実上の推認の結果であり、黙秘態度それ自体を証拠として用いる場合とは異なるであろう。また。捜査段階では熱私していた事実と後に公判期日において被告人が弁解として主張することになった事実その他の事実を総合勘案し、当該弁解主張を捜査段階でしておくことが合理的に期待できたのに黙していたと認められるとき、後になって示された被告人の主張事実の真偽について不利益な認定をしたとしても、同一人の主張態様全体の評価に基づく合理的な推認とみられるが、この点については異論もあり得よう。(5)犯罪事実が認定された場合において、黙私の事実・態度を量刑上不利益方向に考慮するのは許されないというべきである。これに対し,積極的な否認の事実・態度はこれとは区別されよう。なお、被告人が一貫して自白していた事実は、情状として量刑上有利に考慮されるのが一般である。黙した被告人がこのような場合に比して重く量刑されるのは、黙を理由に不利益な量刑をした結果ではない。
1) 憲法38条1項にいう「不利益」とは、刑事上の不利益すなわち「自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある」事項をいい(法146条参照),刑事責任を科しまたはこれを加重する事項以外には及ばない。したがって、民事上の責任のみが問われる事項や、犯罪事実であっても既に公訴時効が完成した事実、有罪・無罪等の確定判決を経て一事不再理の効力が生じている事実については、刑事訴追や有罪判決を受ける可能性がないから「不利益」に当たらない。また、「刑事免費(訴追免除)」制度を導入した場合には[後記)、免責を受けた者が刑事訴追と有罪判決を受ける可能性が失われ、北罪事実に係る事項は当人の「不利益」に当たらないことになるから、当該事項について証言をさせることができる。なお、刑事訴追を受けるおそれのある事項の範囲は、犯罪事実及びこれに密接に関連する事実と、これらに現実的・実質的に結びつき得る端緒となる事項にも及ぶと解すべきであろう。被疑者・被告人については、前記のとおり法律上全面的・包括的な黙秘権がある。被告人の氏名を「原則として・・・・不利益な事項に該当するものではない」と解して対象範囲から除く判例(最大判昭和32・2・20刑集11巻2号 802頁)は疑問であろう。仮に判例の憲法解釈を前提としても、氏名を告げることにより起訴された犯罪が当然に被告人の犯行であることが判明するような場合や、身許が明らかになることにより当人の刑事上の不利益事項が発覚する現実的・実質的可能性がある場合(例,余罪や前科の発覚)には、憲法38条1項の保障が及ぶと解される。* 氏名を記載しない弁護人選任届の効力が問題となる場合には、第一に、選任届に氏名を記載させる手続上の負担が、「強要」とまではいえないと解する余地があるう。他方,第二に,最高裁判所は、「氏名を記載することができない合理的な理由もない・・・••・被告人の署名のない弁護人選任届・....は.・・・・・無効」とするが(最決昭和44・6・11刑集23巻7号941頁等),弁護人選任届の効力は、被告人との連署を必要とする弁護人選任書(規則18条)の制度趣旨に鑑み、氏名の記載がなくとも被告人が誰であるか他の方法で特定されていれば有効と解することができよう。(2) 法律上・事実上の強要が禁じられているのは不利益な「供述」である。すなわち、言語的またはこれに準ずる意思伝達の作用を有する表現行為に限られる。対象者から当人の刑事訴追や有罪判決に結びつくおそれのある情報を獲得する作用があっても。意思伝達の要素がない作為は「供述」に当たらないか5,これを法的に義務付けても憲法38条1項違反の問題は生じない(例。アルコール濃度検知のための呼気検査の法的義務付け)。最高裁判所は、道路交通法の規定による察官の呼気検査を拒んだ者を処罰する規定の合憲性について、「右検査は…・・・・・運転者らから呼気を採取してアルコール保有の程度を調査するものであって,その供述を得ようとするものではないから、・・・・・・憲法38条1項に違反するものではない」と説示している(最判平成9・1・30刑集51巻1号 335頁)。被疑者に不利益な証拠物を強制的に差し押えることも、もとより「供述」を得ようとするものではないから、憲法38条1項の規律とは無関係である。最高裁判所は、強制採尿について、憲法38条1項違反の上告趣意に対し「尿の採取は供述を求めるものではないから、所論は前提を欠[く]」と説示している(最決昭和55・10・23集34巻5号 300頁)。*現行事手続には存在しないが、例えば、被疑者に不利益な内容の書面を新たに作成して提出させることを法的に義務付ければ、「供述」の強要になろう。また、当人が作成し既に存在する不利益な内容が記載された書面を提出するよう法的に義務付ける場合には(例、罰則付文書提出命令)、文書提出行為が義務付けられる結果提出行為により、当人が当該不利益文書の存在を認識しこれを所持していたこと自体を外部に伝達する作用を有することがあり得るので、それが自明な事柄でなかった場合は「供述」の強要になると思われる。もっとも、このような既存の不利益文書を状により差し押えることは、憲法 38条1項に違反しない。**「ポリグラフ検査」は、質問に対する対象者の生理的反応(呼吸・脈拍・血圧・発汗等)の変化を測定・観察して、専門家がそこから内心の状態を検定する心理鑑定であるから、「供述」を得ようとするものではない(東京高決昭和41・6・30 高集19巻4号 447頁参照)。ただ、対象者が制興できない身体的・生理的変化を介して内心の状態を表出せしめる点において、自己負罪拒否特権や供述拒否権の趣意である人の意思決定の自由の確保や内心への介入の禁止の趣旨に反するのではないかとの疑問はある。もっとも、検査の性質上これを強制すれば検査結果の頼性が損なわれるので、対象者の同意を得て実施されている。検査の性質を十分説明し理解を得た上での同意があれば、この点の問題は解消されよう。***薬物を用して対象者の意思による抑制を弛緩させ、意識下にある感情や記憶を語らせる「麻酔分析」は、精神医学や心理学上の検査・診療手段として用いられることがある。この手法を被疑者の取調べに用いることはもとより許されない。薬理作用で意思決定の自由を失わせ供述を得ようとするものであるから、黙権を侵害するのは明らかである。捜査の過程で行われた精神鑑定や心理鑑定においてこの手法が用いられ、対象者の「供述」が得られたとしても、それは鑑定の素材・資料として用いることができるにとどまる。これを犯罪事実の認定に用いれば黙秘権侵害となる。いわゆる「催眠術」により得られた供述も同様であろう。
(1) 憲法は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」基本権を保障している(憲法 38条1項)。これを「自己負罪拒否特権」という。「何人も」という文言から、この基本権の主体は、捜査や刑事訴追の対象とされた被疑者・被告人に限られない。また、この基本権が保障される場面・手続に特段の制約はなく、刑事手続における供述強要に限定されるわけではない。刑事上の「不利益」事項に関する「供述」を「強要」する作用を有し得る法制度(例、民事訴歌における証人尋問)や、個別事案においてこのような作用を有する制度運用・法適用(例.道交法上の交通事故の報告義務)は、憲法38条1項違反の問題を生じ得る。刑事訴訟法は、被疑者について「自己の意思に反して供述をする必要がない旨」の権利告知を定め(法198条2項)。被告人について「終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる」権利を保障するとともに(法311条1項),冒頭手続においてこの権利の告知を定めている(法291条5項)被疑者・被告人に認められたこのような全面的供述拒否権ないし沈黙の自由を「黙秘権」と呼ぶ。他方、刑事訴訟法は、被疑者・被告人以外の者が「証人」として尋間を受け供述を法的に強制される場面について(法143条),「何人も、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける鹿のある証言を拒むことができる」旨の証言担絶権を設けて(法146条),憲法38条1項の要請に対応している(民事訴訟における証人やその他の公的手続における証人についても同様の証言拒絶権が認められている。これも憲法上の要請である。例。民訴196条・議院証言法4条1項のうち証人自身の刑事訴追・有罪判決を受けるおそれに関する規定)。このような憲法及び実定刑事訴訟法の文言から、刑事訴訟法上の被疑者・被告人の「黙秘権」保障は、憲法38条1項の保障を拡張したものであり、憲法は、「不利益供述」強要禁止の限度で何人に対してもこれを基本権として保障したものとみるのが一般的理解である。もっとも、刑事手続の対象とされ捜査・訴追・有罪判決に至る可能性のある被疑者・被告人については、全ての供述が憲法にいう刑事上の「不利益」に該当し得る故に,全面的な黙権が認められていると理解する見解も有力である。後者の考えに拠れば、被疑者・被告人の黙秘権は憲法上の保障と位置付けられる。* 憲法38条1項の適用について、最高裁判所は、「[憲法38条1項の保障は、]純然たる刑事手続・・・・・以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶ」と説示している(最大判昭和47・11・22刑集26番9号 554頁[川崎民商事件])。これは純然たる刑事手続以外の法制度が文面上自己負罪拒否特権違反の問題を生ずるかどうかの判断基準を述べたものとみられるが、特定の法制度の趣旨・目的が、「刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続」でなくとも、個別具体的な事案において当該手続が刑事上の不利益供述を強要する作用を有する場合には、適用違憲の問題を生じ得るであろう。**「自己負罪拒否特権」という術語は、母法であるアメリカ法にいう privilegeagainst self inerimination の訳語である。この基本権は17世紀のイギリスに起源を発し、アメリカ合栄国憲法や各州憲法において成文化された。合衆国憲法第5修正は、「何人も、刑事事件における自己に不利益な証人の立場になることを強要されTs V› (No person shall be compelled in any criminal case to be a witness against him-sel)」と規定している。「証人」は一般的に出頭・宜誓・証言の法的義務を負う(日本について法150条・151条・160条・161条参照)。このことを前提として、当人が州事新道や有罪判決を受けるおそれのある「不利益」証言について個別的に証言義務を免除することから、「特権(privilege)」という表現が用いられるのである。これに対し被告人は証人となること自体を拒絶でき、包括的・全面的な供述拒否ができる(法311条1項)とされており(アメリカにおいて被告人が自ら証人となる途を選択した場合は別論である。これに対して、日本では被告人に証人適格はないと解されている),証人とは異なり一般的な供述義務は前提とされない。そこで、供述義務のない被疑者・被告人の供述拒否や沈黙の自由は、それ自体「権利(right)」であるとみて「黙秘権(right to silence ; right to remain silent)」と表現されている。(2)自己負罪拒否特権の存在理由ないしその趣旨は、「証人」として尋問を受け証言を法的に強制される場面について、次のように考えられる。証人には出頭・宜誓・証言の義務があり、これは刑罰等の制裁をもって法的に強制されている(法150条・151条・160条・161条)。証人がこのような法的制裁を回避するため「自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける度のある証言」(法146条参照)をせざるを得ないとすれば、これを端緒として当人が刑罰を科されるおそれが生じる。そこでこれを回避するため証人がこのような事項について虚偽の宣誓証言をすれば、偽証罪で処罰される可能性が生じる。これでは証人は処罰される危険について三竦みの進退まる状況(cruel trilemma)に陥るので、不利益証言を拒絶できることとして、このような状況を回避する趣旨であるとみられる。(3) 被疑者・被告人については、一般的言義務が前提とされないから、証人義務違反や偽証罪の制裁回避という問題は生じない。むしろ、事実上の強制による自白強要を防止し、人格の尊厳に由来する供述をするかどうかの意思決定の自由を確保する趣旨とみるべきであろう。犯人と疑われている被疑者・被告人に対して事案解明のため犯罪事実にかかわる真相を供述するよう求める指向は一般に著しく強くなるのが自然の人情である。そうであるからこそ、供述自体を拒絶し沈黙する逆方向の「権利」を保障することでそのような指向を中和し、公権力の人格的領域への不当な介入を防止しようとするものである。なお、黙秘権は供述を拒み、沈黙する権利であって、もとより虚言の自由を認めるものではないから、不正義・不道徳を権利化したものではない。自白強要を禁じる趣旨の被疑者・被告人の権利は、手続構造や法圏を問わず、現代文明諸国の刑事手続に普遍的な権利として確立しているといってよい。国際人権規約B規約14条は、すべての者は、その刑事上の罪の決定について「自己に不利益な供述又は有罪の自白を強要されない」旨を保障している。これに対し被告人は証人となること自体を拒絶でき、包括的・全面的な供述拒否ができる(法311条1項)とされており(アメリカにおいて被告人が自ら証人となる途を選択した場合は別論である。これに対して、日本では被告人に証人適格はないと解されている),証人とは異なり一般的な供述義務は前提とされない。そこで、供述義務のない被疑者・被告人の供述拒否や沈黙の自由は、それ自体「権利(right)」であるとみて「黙秘権(right to silence ; right to remain silent)」と表現されている。(2)自己負罪拒否特権の存在理由ないしその趣旨は、「証人」として尋問を受け証言を法的に強制される場面について、次のように考えられる。証人には出頭・宜誓・証言の義務があり、これは刑罰等の制裁をもって法的に強制されている(法150条・151条・160条・161条)。証人がこのような法的制裁を回避するため「自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける度のある証言」(法146条参照)をせざるを得ないとすれば、これを端緒として当人が刑罰を科されるおそれが生じる。そこでこれを回避するため証人がこのような事項について虚偽の宣誓証言をすれば、偽証罪で処罰される可能性が生じる。これでは証人は処罰される危険について三竦みの進退まる状況(cruel trilemma)に陥るので、不利益証言を拒絶できることとして、このような状況を回避する趣旨であるとみられる。(3) 被疑者・被告人については、一般的言義務が前提とされないから、証人義務違反や偽証罪の制裁回避という問題は生じない。むしろ、事実上の強制による自白強要を防止し、人格の尊厳に由来する供述をするかどうかの意思決定の自由を確保する趣旨とみるべきであろう。犯人と疑われている被疑者・被告人に対して事案解明のため犯罪事実にかかわる真相を供述するよう求める指向は一般に著しく強くなるのが自然の人情である。そうであるからこそ、供述自体を拒絶し沈黙する逆方向の「権利」を保障することでそのような指向を中和し、公権力の人格的領域への不当な介入を防止しようとするものである。なお、黙秘権は供述を拒み、沈黙する権利であって、もとより虚言の自由を認めるものではないから、不正義・不道徳を権利化したものではない。自白強要を禁じる趣旨の被疑者・被告人の権利は、手続構造や法圏を問わず、現代文明諸国の刑事手続に普遍的な権利として確立しているといってよい。国際人権規約B規約14条は、すべての者は、その刑事上の罪の決定について「自己に不利益な供述又は有罪の自白を強要されない」旨を保障している。*前記のとおり、自己負拒否特権は、主として証人に供述を法的に義務付ける形の「強要」を想定し、かつてアメリカ法では、特権の規律は公判手続等の法的強制に限り、暴行・脅迫等の事実上の強制には及ばないという見解が支配的であった。捜査段階における事実上の自白強要に対しては、別途、浴革を異にする「自白法則(強制・拷問・脅迫等により獲得された自由は証拠とすることができない。憲法 38条2項参照)」により規律されると考えられたのである。しかし、その後アメリカ法では、自己負罪拒否特権の保障が適正手続の一環として捜査段階の取調べ等事実上の強要防止の局面にも及ぶと解されるようになっている。これに対し日本では、憲法38条1項と2項の規律範囲の沿革的相違にかかわらず、憲法制定当初から、憲法38 条全体が事実上の強制を伴う自白強要防止の観点に主眼がおかれた規定と理解されていた。日本の刑事手続において、自己負罪拒否特権(憲法38条1項)に由来する被疑者の黙秘権と自白法則(憲法 38条2項,法319条1項)は、いずれも捜査段階における事実上の供述強要を防止する規律として機能しているが、異なった制度である以上、両者の作用は独立である。例えば、仮に刑事免責により自己負担否特権が消滅したとしても、自己負罪供述の獲得過程に事実上の強制があれば、自白法則の作用は書されないであろう。なお、証拠法則としての憲法38条2項とこれを受けた法 319条1項に固有の制度趣旨と解釈については、別途説明する〔第4編証拠法第4章Ⅱ)。