(1) 「みだりに撮影されない自由」のみを侵害・制約する撮影が任意捜査(法197条1項本文)であるとすれば、それは、事前の令状による審査を経ることなく、「比例原則(権衡原則)」により、当該事案の「具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される」(最決昭和 51・3・16刑集30巻2号187真参照)。個別具体的事案における当該撮影の捜査目的達成にとっての「必要」と当該撮影によって侵害・制約された法益の質・程度との合理的権衡の有無により、任意捜査としての適否が定まることになる〔第1章Ⅱ 3〕(2)前記のとおり、昭和44年大法廷判例の言及する「現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合」は、そのような現行犯的状況自体を証拠として保全するために撮影という捜査手段を用いる高度の「必要」が認められる一例である(大法廷判例は、この「必要」を「証拠保全の必要性及び緊急性があり」と具体的に表現している)。犯罪が行われるであろう高度の蓋然性が見込まれる場合に、あらかじめビデオカメラ等の撮影装置を作動させておくことも法197条1項に基づく「必要」な捜査手段とみることができる(そのような実例として,東京高判昭和63・4・1判時1278号152頁は、「当該現場において罪が発生する相当高度の蓋然性が認められる場合であり、あらかじめ証拠保全の手段、方法をとっておく必要性及び緊急性があり、かつ、その撮影、録画が社会通念に照らして相当と認められる方法でもって行われるときには、現に犯罪が行われる時点以前から犯罪の発生が予測される場所を継続的。自動的に撮影、録画することも許されると解すべきであ[る]」と判示している)。*犯罪発生の高度の蓋然性が認められる場合は「兆罪があると思料するとき」に該当すると解されるので、「捜査する」ことができる(法 189条2項)。例えば、「おとり捜査」の働き掛け行為や、スリの常習者が実行に着手した場合現行犯逮捕する目的でその挙動を監視する行為も「捜査」である〔第1章11(1)*)。(3) 他方、撮影時点において現行犯的状況がなくとも、犯罪発生後に、法197条1項に基づき捜査目的達成に必要な撮影が許容される場合があり得るのは、一般の任意捜査と同様である。例えば、最高裁判所は、犯人特定のために対象者の容貌等をビデオ撮影した事案について、次のように説示している(前記載決平成 20・4・15)。「捜査機関において被告人が犯人である疑いを持つ合理的な理由が存在していたものと認められ、かつ、前記各ビデオ撮影は、強盗殺人等事件の捜査に関し、防ビデオに写っていた人物の容ぼう、体型等と被告人の容ほう、体型等との同一性の有無という犯人の特定のための重要な判断に必要な証拠資料を入手するため、これに必要な限度において、公道上を歩いている被告人の容ほう等を撮影し、あるいは不特定多数の客が集まるパチンコ店内において被告人の容ほう等を撮影したものであり、いずれも、通常、人が他人から容ほう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所におけるものである。以上からすれば、これらのビデオ撮影は、捜査目的を達成するため、必要な範囲において、かつ、相当な方法によって行われたものといえ、捜査活動として適法なものというべきである」。「捜査機関において被告人が犯人である疑いを持つ合理的な理由」すなわち一定の合理的嫌疑の存在は、犯人特定のために容貌等を撮影する捜査の「必要」の当然の前提である。「捜査目的を達成するため。必要な範囲において」との説示は、法 197条1項本文の定める比例原則の表現そのものにほかならない。「相当な方法」とは、当該具体的事案における捜査目的達成のための「必要」が、対象者の「みだりに撮影されない自由」に対する侵害・制約の質・程度と合理的権衡状態にある行為態様であったことを意味すると解される。(4) 平成20年判例は、対象者の知らないうちにその容貌等を隠し撮りした事案に係るものであるが、そのような態様の撮影も「相当な方法によって行われたもの」と評価されている。昭和44年大法廷判例も「撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもって行なわれるとき」との表現で撮影方法について言及していることから、「不相当」と評価されるのは、いかなる方法・態様の撮影であるかが問題となり得る。しかし、この点について最高裁判所がどのような撮影方法を想定しているかは不明である。前記のとおり、「みだりに撮影されない自由」を超えた別個の重要な法益侵害が伴う場合には、もはや任意捜査とは認め難いので、無状撮影は、不相当・違法な任意捜査ではなく、違法な強制捜査と評価されよう。捜査機関が対象者の明示の意思に反してする撮影と積極的な偽計・罔を用いる撮影や隠し撮りとに法益侵害の次元で決定的な差異があるとは思われない。結局。撮影による侵害の質・程度との権衡を欠いた、具体的な捜査目的との関係で合理的必要性の乏しい撮影方法・態様が「不相当」と評価されることになるはずであり、「相当な方法」という指標に独自の意味があるかは疑わしい。撮影により侵害される法益が憲法 13条に由来する人格的法益であることに鑑みれば、任意捜査としての撮影の事後規律に際しては、捜査目的達成に真に必要であったかを厳格に審査することが望ましい。例えば、犯人特定目的や犯罪実行場面の撮影目的を超えて、対象者の公道上の行動を長期間継続的にビデ才撮影する行為は、特段の事由がない限り合理的必要性をき、不相当な撮影方法というべきであろう。
1)和罪捜査の過程で人や場所や物の答観的状況を認識し、これを証拠として保全するために写真義影・ビデオ撮能を行う場合がある。捜索・差押えの実行過程で写真義影をする場合については既に説明した(これは強制処分の一環である。第5国319】。また、検証・実況見分の過程で捜査機関が認識した対象を撮影して保全し、これを検証調書や実況見分調書に添付しその一部とすることは、しばしば行われている(第6章1113)3(2】。ここで主に扱うのは、捜査目的を達成するため(例、現に実行されている犯行状況を撮影し証拠として保全する目的、被疑者の容貌等を撮影しこれを被害者・犯行目撃者に示すなどして犯人を特定する目的)、対象者の承諾なしに、または対象者の知らないうちに、人の容貌等や人の管理支配する特定の場所・物等を撮影する場合である。このような捜査手法の適否判断に際しては、まず,それが強制捜査であるか任意捜査であるかの法的性質を決定する必要がある。当該撮影によって侵害される法益の具体的内容を祈出し、これを踏まえて、撮影が状主義による統制を及ぼすべき重大かつ高度の法益侵害結果を生じさせる類型的行為態様であるかが指標になる〔第1章I1)。撮影の対象・方法・態様により、生じ得る法益侵害の様相は異なるから、写真撮影一般について,それが強制捜査か任意捜査かという形で問題を設定するのは適切でない。しかし、特定の捜査手段は、法197条1項の定める任意捜査または強制捜査のいずれかに包摂されるべきであるから、当該撮影の性質決定は法的規律の大前提である。なお、ビデオ撮影は、写真撮影に比して取得される情報量が大きいが,映像取得過程の法的性質決定については、基本的に同様に考えてよい。(2)撮影が、令状による統制を要請されている私的領域への「侵入」「捜索」「押収」(憲法 35条)に該当する行為類型である場合には、「強制の処分」(法197条1項但書)と解すべきである。このような撮影を行うためには原則として令状が必要である(憲法35条、法218条)。状なくして実行された場合には、直ちに違法な強制処分と評価される。例えば、最高裁判所は、配送過程にある荷物にエックス線を照射して、その内容物を確認しようとした捜査について「射影によって荷物の内容物の形状や材質をうかがい知ることができる上、内容物によってはその品目等を相当程度具体的に特定することも可能であって、荷送人や荷受人の内容物に対するプライバシー等を大きく侵害するものであるから、検証としての性質を有する強制処分に当たるものと解される。・・・・・検証許可状によることなくこれを行った本件エックス線検査は、違法である」と説示している(最決平成21・9・28刑集63巻7号 868頁)。この判例の解釈に立てば、承諾がないのに人の「所持品」を開放してその内容物を撮影することはもとより。「所持品」と共に感法35条の保障する銀験である「住居」内の状態を写真撮影する行為も(例、屋外から望遊レンズを用いて住居内の状況を撮影する場合、室内に隠しカメラを設置して住居内の状況を撮影する場金),住居の平線を書し住居に対するブライヴァシイ等を大きく役害する越様であるから、私的領域に「侵入」する「検証」または「捜索」としての性質を有する強制処分に当たるはずであろう。また。人の「所持品」や「書類」を差し押えるのと同様にこれを証拠として保全する目的で撮影する行為は、「押収」に該当するというべきである〔第5章13(3)。*撮影が、対象者に知られないまま実行される態様である場合(いわゆる「隠し撮り」)、「撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもって行なわれるとき」(後記最大判昭和44・12・24参照)といえるかが、問題となり得る。もっとも、判例は、このような撮影態様自体を「不相当」とは判断していない(後記最決平成20・4・15参照)。対象者の明示の意思に反する場合と法益侵害の質・程度における違いはないとみられるので、「隠し撮り」態様であるからといってそれだけで「不相当」とはいえないであろう。**強制処分(「検証」または「捜索」)としての撮影が状により許可された場合。「隠し撮り」態様の撮影において状の事前呈示(法 222条1項・110条)ができない点をどのように考えるべきか。状の事前呈示は「令状主義(憲法 35条)」の直接の要請ではないが、対象者に対する不利益処分の告知と不服申立ての機会付与は「適正手続(恋法31条)」の要請と解されるので、その不備が問題である。前記のとおり、法形式として「検証」または「捜索」の令状に基づく撮影であっても、裁影という手段を用いて「押収」に関する処分が行われたと解することにより準抗告(注430条)を認めるべきであろう。状の星示については、処分の合意性を確保し不服申立ての機会を付与するために、「事後の通知」が必要と解すべきである。もっとも、恋法解釈上このような明文規定のない手当が必要と解されることから、「隠し振り」糖様の振は、現行用訴法の想定する「検証」または「捜索」に該当せず。したがって「特別の根拠規定」を久く法な強制処分とみるべきである(は197条1項但書参照)との議論も成り立ち得るように思われる。GPS捜査に関する最高裁判例も。合状の事前量示に代わる公正の担保の手段が「仕組みとして確保されていないのでは、適正手統の保障という観点から問題が残る」と指摘している(前記最大判平成 29・3・15)。(3) 場所や物の状態を撮影・保全する場合とは異なり、人の容貌・姿態の撮影には、別個固有の法益侵害が想定される。最高裁判所は、捜査機関が公道上をデモ行進中の人物の容貌等を写真撮影した事条について、次のように説示している(最大判昭和44・12・24刑集23巻12号1625頁[京都府学連事件])。「憲法 13条は、・・・・・・国民の私生活上の自由が、察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができる。そして、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反し,許されないものといわなければならない」。ここには、憲法 13条に由来する「みだりに容ほう等を撮影されない自由」という固有の人格的法益が、とくに察権力との関係で、指摘されている。この判例は、公道上に居る人の容貌等を撮影した事案に係るものであるが、この人格的法益はその性質上対象者が何処にいても変化するとは思われない。したがって、対象者が憲法 35条で保護されている私的領域、すなわち「住居」内等,通常、人がその容貌等を他者に見られることがなく、他者に見られていないとの合理的期待が認められる領域に居る状況を撮影した場合には、憲法 13条に由来する「みだりに撮影されない自由」に加えて前記憲法 35条の保障する法益が併せ侵害されることになるから、そのような撮影が「強制の処分」に該当する行為類型であるのは明瞭である。*最高裁判所は、公道上を歩行中、あるいは不特定多数の客が集まるパチンコ店内で遊技中の対象者の容貌等をビデオ撮影した事案について、撮影された場所の性質に着目し、「いずれも、通常、人が他人から容ほう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所におけるものである」点を指摘して、状なくして行われた撮影を任意捜査として適法と評価している(最決平成20・4・15刑集62巻5号 1398夏)。このような場合とは異なり、対象者の所在「場所」が、他者から容貌等を観察されることを通常想定されない領域内であれば、そのような観察されない自由・期待という法益が併せて侵害されるとみられる。対象者の居場所により「みだりに撮影されない自由」自体が増減するのではない。(4) 問題は、憲法35条の保護範囲外の公道上等に居る対象者に対する法益侵害,すなわち「みだりに撮影されない自由」のみが侵害される撮影の法的性質である。前記公道上のデモ行進を撮影した事案に係る昭和44年大法廷判例は、北罪捜査目的の写真撮影が詳容される場合があり得るとして、あのように説示する(自動速度監視装置による車両と運転者・同乗者の撮影に関する最判昭和61・2・14刑集40巻1号48頁も同旨)。「その許容される限度について考察すると、身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影を規定した刑法218条2項[現3項]のような場合のほか、次のような場合には、撮影される本人の同意がなく、また裁判官の状がなくても、贅察官による個人の容ぼう等の撮影が許容されるものと解すべきである。すなわち、現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であって、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもって行なわれるときである。このような場合に行なわれる察官による写真撮影は、その対象の中に、犯人の容ぼう等のほか、犯人の身辺または被写体とされた物件の近くにいたためこれを除外できない状況にある第三者である個人の容ぼう等を含むことになっても、憲法13条、35条に違反しないものと解すべきである」。この説示は、裁判官の状がなくとも撮影が許容される場合があることを述べている。また,後の平成20年判例は、「通常、人が他人から容ぼう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所における」無令状の撮影を適法としているので(前記最決平成 20・4・15),最高裁判所は、憲法13条に由来する「みだりに容ほう等を撮影されない自由」のみを侵害する撮影は、強制捜査ではなく任意捜査(法197条1項本文)にとどまるとの法的評価を前提としているとみられる。(5) このような撮影が任意捜査であるとすれば、昭和44年大法廷判例の言及する「現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であって」との現行犯的状況に言及した説示は、当該事案がそのような場合であったことを述べたにとどまり、通常の任意捜査と同様に、撮影がこのような場合に限り許容されるとする理由はない。撮影による「証拠保全の必要性および緊急性」すなわち撮影という捜査手段を用いる一般的「必要」(法 197条1項本文)が高度に認められる一場面の例示とみられる。最高裁判所自らも、前記平成20年判例において、昭和44年大法廷判例を引用し現行犯的状況を無令状撮影の一要件と主張する判例違反の上告趣意を床け、「所論引用の各判例・・・・・・は、.....察官による人の容ぼう等の撮影が、現に犯罪が行われ又は行われた後間がないと認められる場合のほかは許されないという趣旨まで判示したものではないから、前提を[く]」と明言している。(6) 法的性質に関するこのような判例の立場に対しては,異説もあり得る。「みだりに撮影されない自由」が憲法 13条に由来する価値の高い人格的法益であることに鑑み、その侵害自体を「強制の処分」と評価すべきであるとの考え方はあり得よう。この評価を前提とすれば、現行法上、強制処分には原則として状が必要であるから、無令状の撮影は違法との帰結になろう。* 昭和44年大法廷判例は強制処分たる撮影が無令状で許容される場合を新たに認めたものであり、現行犯的状況は、その一要件を説示したものであるとの理解は成り立ち得ない。現行法は強制処分の法定を要請しており(憲法 31条、法197条1項但書),逮捕に伴う無状捜索・差押え・検証の法定要件(法220条)に該当しない強制処分を許容する余地はない(いうまでもなく、法220条1項にいう「現行犯人を逮捕する場合において」と大法廷判例にいう「現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合」とは、まったく別の事柄である)。
(1) 強制採尿状に関する前記昭和55年判例の事案は、別の被疑事実で逮捕され察署に留置されていた被疑者に対し,当該察署内医務室において採尿を実施したというものであった。これに対し、身体拘束処分を受けていない被疑者に対し強制採尿令状が発付された場合、処分の性質上、採尿は医療設備の整った病院や察署医務室で実施しなければならないことから、対象者が採尿に適した場所への任意同行を拒絶した場合どうすべきかが問題となった。もっとも、逮捕され察署の留置施設に収容されている被疑者を、逮捕の効力として、普察署内の医務室に強制連行すること自体に疑問がないわけではない。また、人の身体を対象とする捜索、検証としての身体検査。鑑定処分としての身体検査のいずれについても、処分の態様や対象者の被る法益侵の性質上、対象者の現在地ではなく処分にふさわしい場所で実施することが適切と認められる場合があるので(例、対象者が公道上に現在する場合)。法的には、人の身体に向けられた強制処分に共通の問題である。(2)最高裁判所は、身体拘束処分を受けていない教疑者に対し強制採尿会状が発付された事策について、出のように、被疑者を採尿に適する最寄りの場所まで強制連行できるとの判断を示している(最決平成6・9・16刑集18巻6号420頁)。身柄を拘束されていない被疑者を採尿場所へ任意に同行することが事実上不可能であると認められる場合には、強制採尿令状の効力として、採尿に適する最寄りの場所まで被疑者を連行することができ、その際、必要最小限度の有形力を行使することができるものと解するのが相当である。けだし、そのように解しないと。強制採尿状の目的を達することができないだけでなく、このような場合に右令状を発付する裁判官は、連行の当否を含めて審査し、右令状を発付したものとみられるからである」。この法解釈は、強制処分の実効性を確保しその本来的目的達成に必要な手段は、当該強制処分の附随的措置として、状裁判官により併せ容された状の附随的効力とみられるとの考え方に立つものである[状に基づく捜索・差押えに「必要な処分」。第5章皿2(3)参照)。問題は、採尿のための強制連行が、強制採尿(捜索・差押え処分)の附随的措置の範囲にとどまるかである。(3) 前記「必要な処分」(法222条1項・111条1項)には、状裁判官が処分の審査・判断に際して併せ許容しているとはみられない。本来的処分とは別個固有の法益侵害を伴う手段は含まれないと解すべきである。そして、別個固有の法益侵害手段かどうかについては、当該手段による法益侵害の性質・内容及びそれが実定法に別個固有の強制処分として法定されているかが基本的指標になる。人の場所的移動を強制する連行は、一定時間。人の身体・行動の自由を制奪・侵害するので、尿の捜索・差押え処分とは別個固有の法益侵害であるとの見方もあり得よう。また,現行法は、身体検査それ自体の強制実施(法139条)と、身体検査のために対象者を特定の場所に連行する「勾引」(法135条)とを分けて規定しているので(捜査段階においては、身体検査実施のため指定の場所に対象者を何引する処分を認める根拠文は存在しない)、強制採尿会状に基づく連行は、附随的措置の範囲を超えるとの批判があり得よう。これに対して、前記平成6年判例は、固有の送益害を伴うようにみえる送行についても、状裁判官がその当否を含めて審査し、併せ許容しているとの説明を加えているが、裁判官が身体・行動の自由という固有の法益侵害を伴う「連行」の当否を審査することができる旨の根拠規定は存在しないので、何故そのような審査・判断ができるのか不明である。このような点に鑑みると、最高裁は、強制採尿について、さらに幻引の要素をも合成する新たな処分を創設したとみられるとの批判があり得よう。(4)仮に判例の法解釈を合理的・合的に説明する途があるとすれば、連行は、令状裁判官によって許容された強制採尿処分の本来的目的である、適切な場所での処分実施に必要やむを得ない附随措置と認められる最小限度においてのみ許されると理解すべきであろう。処分対象者の身体・健康状態の安全確保という重要な法益保護の観点からは、採尿が適切な医療施設で実施されることは不可久の前提であり、これを処分の本来的目的の一要素と考えることで、連行の許容性をかろうじて説明できるように思われる。同様に,処分対象者の重要な法益保護(名誉・差恥感情。生命・身体の安全)の観点から、身体の捜索,検証としての身体検査、鑑定処分としての身体検査についても、各処分を許可する状の効力すなわち各処分の目的達成に必要な附随的措置として、当該処分実施に適する最寄りの場所まで対象者を連行することができるとの帰結が導かれるであろう〔第5章皿I2(3)**)。(5) このように考えた場合には、状裁判官が、本来的処分の附随的効力である連行について,これを処分実施に関する「条件」として状に明示・記載することもできる。この記載は、令状により許可された本来的処分に附随して生じている効果を確認・明示するものであるから、状への記載によってはじめて連行が許容されることになるわけではない。前記採尿のための連行に関する判例(最決平成 6・9・16)は、次のように説示している。「[強制採尿]令状に、被疑者を採尿に適する最寄りの場所まで連行することを許可する旨を記載することができることはもとより、被疑者の所在場所が特定しているため。そこから最も近い特定の採尿場所を指定して、そこまで連行することを許可する旨を記載することができることも、明らかである」。現在の実務では、最高裁の指示に従い。強制採尿令状について「採尿は、医をして医学的に相当と認められる方法により行なわせなければならない」との条件に加えて、「強制採尿のために必要があるときは、被疑者を〇〇[直近の病院・普察署医務室等特定の採尿場所]又は採尿に適する最寄りの場所まで連行することができる」旨が記載されている。(6)この判例の立場を前提としても、憲法35条が保障する住居等の私的領城内に現在する被疑者について、強制採尿状のみに基づいて当該場所内に立ち入り対象者を通行することができるとは解されない。私的領験という別解有の重要な法益侵害を伴うことが明瞭だからである。人の身体を対象とする捜素状や身体検査令状のみで、その人が現在する住居等に立ち入ることができないのと同様である。身体拘束処分を受けていない被疑者について、既に発付された強制採尿令状が到着するまでの間、対象者の意思に反してその場に滞留させる根拠はない。このような場合に説得等の任意手段としての許容範囲を越えて被疑者の身体を拘束したとすれば、もとより違法である(捜索・差押状には逮捕状のように緊急執行を許す規定はない)。まして、状の発付さえない請求準備段階において、対象者の身体・行動の自由に制約を加える根拠などあろうはずがない。部の下級審裁判所が述べる強制手続への移行段階などというものは法的に存在しないというべきである。また、身体拘束処分を受けていない被疑者を強制採尿令状により最寄りの場所まで連行して採尿を実施した後、尿の鑑定結果が判明するまでの間,被疑者をその場に強制的に滞留させる根拠もない。このような場合に対象者の身体・行動の自由を奪して退去を認めなければ、違法な身体拘束処分となるのは当然である。住居等への立入りや身体・行動の自由奪を、連行と同様に強制採尿令状の効力と説明することは、到底不可能である。賢明な最高裁判所がこのような立入りや身体拘束を令状の効力として許容するとは思われない。
(1) 最高裁が以上のような「条件附捜索差押え状」の方式を示したのは、身体内部の臓器(膀胱)内に貯留されていた尿の強制取得処分についてである。他の体液採取や身体内部に侵入する処分の方式については何も述べていない。この方式の射程距離がどこまで及ぶかについては、次のように考えられる。第一、仮に最高裁の解釈に立って「捜索」が身体内部に及ぶことを前提としても、「差押え」処分の対象は「証拠物」等の「物」であり(法99条・219条1項参照)、現に生体を構成している人体内の血液・精液・髄液・胃液等の体液一般は「物」に当たらないので、差押えの対象にはならないと解される。酸胱内に貯留されている尿は老廃物であり早晩排出される性質上、生体を構成する体液とは異なり「物」に該当するから差押合状による取得が可能とされたとみられる。したがって、前記のような生体構成要素の体液を採取する場合には、条件捜索差押状の方式は不適である。むしろ。鑑定処分許可状と身体検査令状の併用が適切である。他方。消化器官内に嫌下された「物」は差押えの対象となり得るから、前記判例の法解釈に立てば、条件附捜索差押状の法形式により証拠物として収集・保全するのが一貫するであろう(もっとも。前記のとおり。捜索・差押えに「必要な処分」として健常者に吐剤・下剤を使用することには疑問がある。仮に薬物使用によりの下された物体を排出させる場合には、専門家たる医師の関与が不可欠であるから、医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせる旨の条件を附した捜索差押状と共に、当該医師を鑑定受託者とした鑑定処分許可状を併用するのが適切である)。(2)第二,最高裁は、明文規定がないにもかかわらず、人の身体を対象とする「捜索」令状に条件を附加することを認めた(その後最高裁は、明文規定のない一般の「検証」令状にも条件を加することを認めた。電話傍受に関する最決平成11・12・16刑集53巻9号1327頁参照)。その趣意が処分対象者の被る法益侵害を減縮させる方向に作用する法益保護であることから、令状裁判官が同様の趣旨に立った条件の附加を行うことは明文規定の有無を問わず可能であるようにもみえる。もっとも、現行法の定める処分類型の基本的区分を曖昧化したり、法定されていない新たな処分を創設するのと同様の機能を果たす条件の附加は違法というべきである。一般の捜索・検証・差押え処分の実行過程に対して、令状裁判官が条件の附加によりどこまで統制制興し得るかは、慎重な検討を要するであろう(近時、最高裁は、GPS 捜査事案において、強制処分法定の趣意から状に条件を附加する点について慎重かつ賢明な判断を示している。最大判平成 29・3・15刑集71巻3号13頁〔第1章13(3)])。「人の身体」を対象とする処分について、例えば、従前、検証としての身体検査令状によりはじめて可能と解されていた裸にして身体の外表部や体腔内を見分・探索する行為について、条件附きの身体を対象とする捜索状のみでも実施できるとするのは適切でない。捜と換証及び発定処分としての「多に査」に関する実定法の法形式と区分を無意味とする条件の時加は疑間であろう。(3) 第三、強制採尿の法的性質が捜素・差押えであるとすれば、適法な逮捕に伴う無令状「強制採尿」も認められる場合があるか(法220条1項2号・3項)。判例は数利官が条件を開加した金沢によることを前提としているので、検証としての身体検査の場合と同様に、無状処分は想定されておらず【第6章13(1),許されないと解すべきである。たとえ響察署内の医務室に現在する被疑者をその場で逮捕した場合であっても、強制採尿令状の発付を得ることなく採尿を実施することはできない。
1) 最高裁判所は、人の膀胱内に貯留されている尿をカテーテルを用いて強制的に採取する捜査手段(いわゆる「強制採尿」)の適否と法形式について判断を示している(最決昭和55・10・23刑集34巻5号300頁)。この問題は、実務的には最高裁の説示した方式で解決したとされているが、人格的法益を侵害する態様の強制処分の限界や、法解釈の限界を考察する素材として有用であるのみならず、最高裁判例のない尿以外の体液採取や人の身体内部に及ぶ捜査手段について判例の射程を画定しておくことは重要である。問題は二つ。第一、許容性。対象者の羞恥感情を著しく侵害し屈辱感等の精神的打撃を与える強制処分はそもそも許されるか。第二、法形式。仮に許される場合があるとして、カテーテルを尿道から膀胱に挿入して尿を採取する捜査手段を強制的に実行する場合、いかなる状によるべきか。この問題は,覚醒剤自己使用罪を立証するため被疑者の尿を採取し鑑定をすることが必要不可欠な捜査手段であることから生じた。しかし、捜査の必要性がそれだけで手段を正当化するわけでないのは、当然である。(2)判例の原審は、「本件におけるように、尿の提出を拒否して抵抗する被疑者の身体を数人の響察官が実力をもって押えつけ、カテーテルを用いてその陰茎から尿を採取するがごときことは、それが、裁判官の発る・・・・・状に基づき、直接的には、医師の手によって行われたものであったとしても、被疑者の人格の尊厳を著しく害し、その状の執行手続として許される限度を越え、違法であるといわざるを得ない」と述べ、人格的法益の著しい侵害を理由にこのような態様の処分の許容性を否定していた(名古屋高判昭和54・2・14判時939号 128頁)。これに対して最高裁は、次のように説示して、原審の判断を戻けている。「尿を任意に提出しない被疑者に対し、強制力を用いてその身体から尿を採取することは、身体に対する侵入行為であるとともに屈辱感等の精神的打撃を与える行為であるが、右採尿につき通常用いられるカテーテルを尿道に挿入して尿を採取する方法は、被採取者に対しある程度の肉体的不快感ないし抵抗感を与えるとはいえ、医師等これに習熱した技能者によって適切に行われる限り、身体上ないし健康上格別の障害をもたらす危険性は比較的乏しく、仮に障害を起こすことがあっても軽微なものにすぎないと考えられるし,また、右強制採尿が被疑者に与える屈辱感等の精神的打撃は、検証の方法としての身体検査においても同程度の場合がありうるのであるから、被疑者に対する右のような方法による強制採尿が捜査手続上の強制処分として絶対に許されないとすべき理由はな[い]」。(3) 人の身体内部に及ぶ強制処分が、身体・健康上の障害をもたらす危険の乏しい行為でなければならないのは当然の前提である。前記のとおり、医療技術として安全性が確立した措置であっても、医療目的ではなく犯罪捜査目的で、これを対象者の意に反し抵抗を制圧して実施することに伴う危険が問題であるう。また,屈辱感等の精神的打撃に対する評価は、人格的法益に対する感受性の問題である。最高裁が同程度の場合があり得るとして言及する「検証の方法としての身体検査」とは、対象者の抵抗を制圧しつつ下半身を露出させて肛門や膣内を調べる行為を想定したものと思われるが、身体内部に侵襲し人為的に排尿を操作する行為はこれを超えるとの感性もあり得よう。原審の法的感受性には十分な理由があったように思われる。適式な強制処分の個別事案における適用が個人の尊厳という人格的法益(憲法13条)の著しい侵害をもたらす場合、司法権には、基本的な正義の観念(悪法31条)を用いて、これを阻止すべき責務があるというべきである。(4) 最高裁は、強制採尿が許容される具体的要件について、次のように説示する。「被疑事件の重大性、嫌疑の存在,当該証拠の重要性とその取得の必要性、適当な代替手段の不存在等の事情に照らし、狙罪の捜査上真にやむをえないと認められる場合には、最終的手段として,適切な法律上の手続を経てこれを行うことも許されてしかるべきであり、ただ、その実施にあたっては、被疑者の身体の安全とその人格の保護のため十分な配慮が施されるべきものと解するのが相当である」。この要件は、文面上、通常の強制処分(一般の捜索や検証)より厳格な限定を叙述しているように読める。将来、同様の法益侵害が想定される処分の許否を検討する指針となろう(もっとも、覚醒剤自己使用の罪が「重大」事犯であるかには、様々な評価があり得る。法定刑だけが指標ではないだろう)。「真にやむをえない・・・・・・・最終的手段」「被疑者の身体の安全とその人格の保護のため十分な配慮」が要請されていることから、この趣意を令状裁判官が処分の実行に関する「条件」に組み込み、例えば、採尿の方法として、直接強制に先立ちまず捜査機関が被疑者に対し自然排尿による尿の任意提出を求めなければならない旨を令状に記載して、強制採尿の実行を「真にやむをえない・・・・・・最終的手段」とするよう指示することもできるであろう。もっとも、この判例が、対象者に尿の任意提出をする機会があり、かつ明示的にこれを拒絶していることを強制採尿の不可の要件としているとまでは解されないので、対象者に自然排尿と任意提出の意思を確認することができない場合であっても、強制採尿実施が可能との帰結になろう!(錯乱状態に陥っていて尿の任意提出が期待できない状況にあった被疑者からの強制採尿を適法とした判例として、最決平成3・7・16刑集45巻6号201頁)。* 採尿状請求に先立って察官が被告人に対して任意の説得をしたなどの事情はなく、同令状発付の時点において、任意の尿の提出が期待できない状況にあり適当な代替手段が存在しなかったとはいえないから、同令状は、強制採尿を実施することが「犯罪の捜査上真にやむを得ない」場合とは認められないのに発付されたもので、その発付は違法であり、同令状に基づいて強制採尿を実施した行為も違法とした判例として、最判和4・4・28刑集76巻4号380頁がある。(5) 昭和55年判例の事案では、採尿は身体検査状と鑑定処分許可状の併用により実施されており、この方式がそれまでの実務の大勢であった。ところが最高裁は、強制採尿の法形式について、従前とは全く異なったのような方式を示した。現在の実務はこれに従っている。しかし、その法解釈手法には疑問がある。「適切な法律上の手続について考えるのに、体内に存在する尿を犯罪の証拠物として強制的に採取する行為は捜索・差押の性質を有するものとみるべきであるから、捜査機関がこれを実施するには捜索差押状を必要とすると解すべきである。ただし、右行為は人権の侵害にわたるおそれがある点では、一般の捜索・差押と異なり、検証の方法としての身体検査と共通の性質を有しているので、身体検査令状に関する刑訴法 218条5項[現6項]が右捜索差押状に準用されるべきであって、令状の記載要件として強制採尿は医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない旨の条件の記載が不可父であると解さなければならない」。この法解釈は、もっぱら強制採尿行為の目的の観点からその法的性質を「捜素・差押」であると決定し、他方,対象者の被る法益侵害の性質とその保護の必要性という実質に即して、既存の法技術である身体検査に関する「条件の附加」を柔軟に活用しようとするものである。反面、従前、実定刑事手続法規について、処分の目的のみならず、法的実行主体、法が各処分に明示的に記述しまたは記述していない手続や処分自体の性質等の多角的側面に考慮した解釈論が形成されてきたことを軽視している。(6) 第一、法218条1項の定める一般の「捜索」について、令状裁判官が適当と認める条件を附加することができる旨の明文規定は存在しない。それ故に、条件の附加を要するような人の衣服を取り去って裸にしたり、身体内部に侵襲する処分を「捜索」として行うことは許されないと解されてきた。最高裁の判断は、処分の目的が証拠物の探索である限り、人の身体の内外を問わず「捜素」(本件においては臓器である膀胱内の「捜索」)が可能であるとした点で不当である。人の臓器はポケットや机の引出ではない。明文のない条件の附加を、処分の性質と対象者の法益保護の観点から準用することは、それが対象者の被る法益侵害を減縮する方向に作用する点で、令状主義の基本精神にかなった妥当な帰結であるとしても、明文規定の解釈論の限度を超えるであろう。むしろ、明文で条件の附加が認められている検証としての身体検査及び医師が実施主体となる鑑定処分としての身体検査の法的枠組に包摂して事案処理をするのが適切であったように思われる。第二、カテーテルを用いた採尿は、専門家である医師でなければ安全に実施し得ない泌尿器科の医療技術である。その実質に即した最も適合的な法形式が、鑑定処分としての身体検査であることは論を俟たない。捜査機関が法的実行主体となって処分を強制する捜索差押状を基軸に用いるのは、現行法の定める基本的な処分の区分枠組を無視するものである。判例は、明文を無視して検証としての身体検査令状に係る特別規定を捜索・差押えに「準用」し、そのうえ記載が不可欠と指示する条件の内容として、専門家である医師を処分の実施主体とした。こうして最高裁は、証拠物の捜索差押え状,検証としての身体検査令状,専門家を主体とする鑑定処分許可状の各令状を部分的に合成した新たな「強制採尿令状」を創出したとみられる。しかし,そのような実質的立法権限が最高裁判所に委ねられているとは思われない。仮に強制採尿を許容すべき場合があり得るとすれば、その法形式は、専門家たる医師を主体として実施する鑑定処分としての身体検査、すなわち鑑定処分許可状を基軸とすべきであり、さらに仮に直接強制を許容するとすれば、採尿は医師をして医学的に相当な方法で行わせなければならない旨の条件を附加した身体検査令状を併用する従前の実務の扱いが最も適合的であったように思われる。前記のとおり、現行法は「捜索」が人の身体内部に及ぶことを想定していないと解されるので、捜索状は不適である。採取された尿は差押により取得・保全できよう。
(1) 鑑定受託者は、鑑定について必要がある場合には、裁判官の許可を受けて、鑑定人に認められている処分(法 168条1項)を行うことができる(法225条1項)。法が列記しているのは、人の住居もしくは人の看守する邸宅,建造物もしくは船舶内への立入り、身体の検査、死体の解剖、墳墓の発掘、物の破壊である。鑑定に必要な資料の収集方法等について特段の制約はないが、ここに列記された処分は、いずれも対象者の意思に反してその法益を侵害する態様なので、裁判官の令状による許可を要するとされているのである。鑑定留置の場合と同様に,裁判官の許可の請求は、鑑定受託者ではなく捜査機関から行う(法 225条2項。請求書の記載要件は規則 159条)。裁判官は、請求を相当と認めるときは許可状を発する。これを「鑑定処分許可状」という(法225条3項)。鑑定処分許可状の記載要件は、被疑者の氏名、罪名及び立ち入るべき場所、検査すべき身体、解剖すべき死体、発掘すべき墳墓または破壊すべき物並びに鑑定受託者の氏名等である(法 225条4項・168条2項、規則302条2項・133条)。処分の実施に際し、鑑定受託者は、処分を受ける者に鑑定処分許可状を呈示しなければならない(法 225条4項・168条4項)。捜査段階で人の死因等を解明するために実施される死体解剖は、法医学の専門家に死因等に関する鑑定を嘱託し、鑑定に必要な処分として鑑定処分許可状を得て行われている。物の破関は、梅証の場合と同様、必要かつ相当な範時にとどめられるべきであるが、鑑定の目的達成に必要やむを得ない場合には、血液、尿,薬物等の検体を全て費消することも、物の破壊に準じ、許される。ちなみに、再整定の資料を残さない無定結果に証拠能力がないとする議論は不合理である。(2)身体検査については、検証としての身体検査の場合と同様、裁判官は可状に適当と認める条件をすることができる(法225条4項・168条3項)。また、検証としての身体検査に係る条項が、直接強制を認めた規定(法139条)を除き、鑑定処分としての身体検査に準用される(法225条4項・168条6項)。すなわち、身体検査に際しては、これを受ける者の名誉を害しないよう注意し、女子については医師または成年の女子を立ち会わせなければならず(法 225条4項・168条6項・131条),身体検査を拒んだ者に対しては、過料等の間接強制手段と刑罰の制裁がある(法225条4項・168条6項・137条・138条・140条)。(3) 鑑定処分としての身体検査は、医師等の専門家が主体となって実施するのであるから、身体に対する外部的検査(例、身長・体重・脈拍・血圧測定、身体外表部の観察、呼気検査等)のみならず、身体内部に及ぶ検査(例、エックス線透視、消化器官の内視鏡検査、体液の採取等)も行うことができる。もっとも、医学的に安全性が確立している医療技術や検査であっても、治療・検査目的ではなく犯罪捜査目的で、非協力的な対象者の意思に反し実行される場合には、生命・身体の安全に重大な危険を生じるおそれがあるから、対象者の任意の協力を得られなければ許されないというべき場合があり得よう。身体検査に伴う対象者の安全・健康状態への悪影響や対象者の名誉・羞恥感情等の人格的法益に対する侵害が著しく、他方でその必要性の程度が高くない検査は許可すべきでない。裁判官は、不相当と認める身体検査の請求を却下すべきである(例。緊急の医療上の必要がない切開手術や必要不可でない精液採取)。生命と人格の尊厳は保護すべき最高の価値であるから、いかに必要性が認められても、裁判官は、憲法13条及び31条を根拠として、身体検査を許容すべきでない場合があり得よう。体内に無下された証拠物等を体外に排出させるために下剤や吐剤を投与することは、薬物を用いて健常を対象者の健康状を不良に変更し生理的能を除害する措置であることに鑑みると、医療・救命措置として必要不可欠な場合のほか、高度の必要性が認められない限りは、許されないというべきであろう(製素差押許可状、定処分可状及び身体検を装の発付を受けて被疑者の無でしたマイクロSDカードを、大腸内視鏡を肛門に挿入して取り出した処分について、高度の捜査上の必要性を突き達法とした裁判例として、東京高判令和3・10・29判夕1505号85頁)。薬物投与を伴う心理検査の一手法としての麻酔分析や飲酒テストは、苦浦なく安全な手法で行われる限り許容されよう。(4)前記のとおり、法は鑑定処分について身体検査の直接強制に関する規定を準用していない(法225条4項・168条6項は法139条の準用を除外している)。もっとも、「鑑定人」の実施する身体検査については、裁判官による直接強制の途がある(法 172条)。これに対して、「鑑定受託者」の実施する身体検査については、法172条の準用もない(法225条参照)。このため、法文上は、鑑定受託者の実施する身体検査を拒んだ者に対する直接強制の根拠条文はどこにも存在しない。医療技術を用いて身体内部に及ぶ検査のうち、対象者の任意の協力がなければ生命・身体に重大な危険が生じ得る措置は、仮に法的には直接強制が可能とされていたとしても、当該具体的事案においては実施するのが相当でない場合があり得る。「鑑定人」の身体検査の直接強制に関する法172条も、この点は当然の前提としていると考えられる(例えば、激しく抵抗する対象者を制圧しつつ内視鏡検査を実施することは危険であり不可能であろう)。「鑑定受託者」の鑑定について直接強制の根拠条文がない以上、このような態様の身体検査を強制することは許されないと解すべきである。他方、生命・身体への危険がこの程度に至らない医療的措置(例,静脈からの血液採取、エックス線透視等)については、検査の実施過程や結果について専門的知識・経験に基づく判断を求める医師等の専門家を鑑定受託者とした鑑定処分許可状を基本としつつ、当該専門家が検査行為を実施する旨の条件を加した身体検査令状を併用して、直接強制を捜査機関が担当するという方法が、現行法の下でもっとも適切かつ対象者の安全配慮に即した方法であると思われる。なお、鑑定の前提となる身体検査の実質的目的が身体の状態の認識・観察(税証)にとどまらず証拠物等の探索(捜索)である場合には、処分の性質上直接強制が可能な身体の捜索令状と鑑定処分許可状との併用が目的の実質に即しより適切な場合もあり得よう。
(1) 捜査機関が、法223条に基づき被疑者の心神または身体に関する鑑定を嘱託する場合に、被疑者を病院その他の相当な場所に留置することが必要となるときは、捜査機関(検察官、検察事務官または司法響察員)から裁判官に対してその処分を請求し(鑑定留置請求書の記載要件は規則158条の2・158条の3),裁判官は、請求を相当と認めるときは、留置の期間等を定めた「鑑定留置状」という状を発する(状の記載要件は規則 302条2項・130条の2。勾留状の個人特定事項の秘匿措置に関する規定が準用される場合の「鑑定留置状に代わるもの」の記載要件は規則158条の4・158条の7)。これを「鑑定留置」という(法224条・167条)。請求を受けた裁判官は、鑑定留置の必要性。留置の期間、留置場所等の相当性を判断することになる。なお、裁判官は留置期間の延長・短縮をすることができる(法 224条2項・167条4項)。(2)定留置は、被疑者の身体拘束を伴う処分である点で勾と類似するため、勾留に関する規定が準用される(法224条2項・167条5項)。また。勾留手続における個人特定事項の秘匿措置に関する規定が準用されている(法224条3項・224条の2)。なお鑑定留置処分に対する不服申立てに関しては、準抗告をすることができる旨の明文規定がある(法429条1項3号)。勾留中の被疑者について鑑定留置が行われたときは、その期間、勾留の執行が停止されたものとされる(法 224条2項・167条の2)。(3) 鑑定留置の場所は「病院その他の相当な場所」である(法224条2項・167条1項)。例えば、被疑者の責任能力の有無・程度について相当の期間をかけて精神鑑定等を行う場合には、保護設備の整った精神科病院が留置場所に適するであろう。もっとも、看守・戒護の観点から「相当な場所」として刑事施設(拘置所等)を留置場所とすることもあり得る。ちなみに、責任能力の有無・程度が争点となり得る重大事件が裁判員裁判の対象事件とされていることから、起訴前に十分な精神鑑定を実施しておくのが適切との観点から、捜査段階での鑑定留置が実施される例がしばしば認められるようになっている。
(1)鑑定とは、特別の専門的知識・経験に属する法則またはこれを具体的事実に適用して得られる判断の報告である。公判手続においては、裁判所が裁判上の判断をするのに必要な知識・経験の不足を補充する目的で、特別の知識・経験を有する者に命じて、その認識・判断内容を提供させたものをいう[第3編公判手続第4章W2。捜査段階においては、捜査機関が捜査上の判断をなすため、特別の知識・経験を補充する必要がある場合に、専門家に鑑定を幅託することができる。通訳・翻訳は鑑定の一種である(法 223条1項)。(2)裁判所の判断作用を補充するために鑑定を命じられた者を「鑑定人」という。鑑定人は、出頭宣普及び鑑定の義務を負う(法106条・171条)。これに対して、捜査機関による嘱託に強制力はない(法 223条2項・198条1項但書)。鑑定の嘱託を受けた者(「鑑定受託者」という)には宜替手続もない。もっとも、特別の専門的知識・経験に基づく認識・判断内容の報告という点においては、鑑定受託者による鑑定と鑑定人による鑑定とで異なるところはなく、鑑定の結果が証拠資料となることが想定されている点でも共通する。嘱託鑑定の結果は通常書面で報告される。捜査機関の嘱託による鑑定の経過及び結果を記載した書面も伝聞証拠であるが、証拠能力については裁判所が命じた鑑定人の作成した書面に関する法 321条4項の規定が準用されると解されている(最判昭和 28・10・15刑集7巻10号1934頁)。専門的判断内容の報告という点での前記のような実質的共通性に着目したものである〔第4編証拠法第5章Ⅶ 2)。
(1) 捜査機関は、被疑者を逮捕する場合において、必要があるときは、逮捕の現場で検証をすることができる。この場合検証令状を必要としない(法220条1項2号・3項)。無令状で検証ができる趣旨は、基本的に、逮捕に伴う無状捜索・差押えの場合と同じである〔第5章)。逮捕の現場、並びにそこに存する蓋然性のある逮捕被疑事実に関連する物、及び被逮捕者の身体の状況を認識して、そのような状況が失われないよう保全する緊急の必要性が認められる場合に実行できる。検証の実施については、時刻の制限・被疑者の立会い等に関する事項を除き(法 222条4項・6項参照)、状による検証の場合に準ずる(法222条1項・112条・114条・118条・129条)。検証としての身体検査も法文上は無令状で可能であるように読める。しかし身体検査については、侵害される法益の重大性に鑑み、前記のとおり令状裁判官による事前審査や条件の附加を通じた対象者の法益の保護が不可欠と考えられるので、身体検査令状による場合と同程度の処分をすべて無令状で許容するのは妥当とは思われない。被疑者を裸にしない限度で、身体の外部の検査・認識にとどめるべきであろう。前記のとおり、身体拘束処分を受けている被疑者に対しては、裸にしない限り、その特定に係る一定の身体検査が無令状で実施できるが(法218条3項)、この処分または身体の捜索と同程度の外検査が限度というべきである。(2)公の場所を対象とする場合(例,公道上における自動車事故の状況の認識)や特定の場所や物の管理者、所有者、所持者等の承諾を得たときは、任意捜査としての「実況見分」を行うことができる。その活動の実質は検証と同じである。その結果は「実況見分調書」という書面に記載・保全される。実況見分調書の内容も検証調書に準じるので、証拠法上、捜査機関の「検証の結果を記載した書面」(法 321条3項)に含まれると解されている(判例は、「捜査機関が任意処分として行う検証の結果を記載したいわゆる実況見分調書も刑訴 321条3項所定の書面に包含されるものと解するを相当とする」と説示している。最判昭和35・9・8刑集14巻11号 1437頁,最判昭和36・5・26刑集15巻5号893頁)〔第4編証拠法第5章Ⅵ 2〕。
(1) 検証の対象が人の身体の状態である場合,これを「身体検査」という。人の身体には住居等の場所や物とは別個固有の重要な人格的法益(生命・身体の安全、名誉・羞恥感情)が想定されるので,法は「身体検査状」という特別の法形式を設けて、これに配慮している(法218条1項・5項・6項)。身体検査令状の請求に際しては、検証状の請求書に記載する事項のほか、身体の検査を必要とする理由,対象者の性別及び健康状態を示さなければならない(法 218条5項,規則155条2項)。状裁判官は、身体の検査に関し、適当と認める条件を附することができる(法 218条6項)。「条件」としては、身体検査を実施する場所・時期・方法の指定や、医師等身体の安全に配慮することのできる専門家の立会いを求める等、対象者の健康状態・身体の安全・名誉・羞恥感情に対する侵害の範囲・程度を減縮させる方向に作用する事項が想定される。裁判官の附した「身体の検査に関する条件」は、身体検査状に記載される(法 219条1項)。(2) 身体検査の実施に際しては、対象者の性別。健康状態その他の事情を考慮して、特にその方法に注意し、対象者の名誉を害しないよう注意すべき旨の定めがある(法222条1項・131条1項)。また、とくに女子の身体検査については、医師または成年の女子の立会いが必要である(法 222条1項・131条2項)。女子の身体の捜索の場合(法222条1項・115条)とは異なり、急速を要する場合の例外は認められていない。対象者の羞恥感情の保護という趣旨から、医師または成年女子の立会いにとどまらず、これらの者を補助者として身体検査の全部または一部を実行させることもできると解される。(3)対象者が正当な理由なく身体検査を拒否したときは、過料・費用賠償の間接強制手段(法 222条1項・137条)と刑罰の制裁(法 222条1項・138条)がある。過料・費用賠償処分は裁判所に請求する(法222条7項)。これらの間接強制等では効果がないと認めるときは、直接実力で強制して身体検査を実行することができる(法 222条1項・139条・140条)。直接強制は対象者の抵抗を制圧してでも検査目的を達成しようとするものであるから、もとより有形力行使は目的達成に必要最小限度で、侵害は必要性と合理的な権衡が認められる相当な態様でなければならない。身体検査という処分の性質上、対象者の任意の協力を得れば安全に実施できる検査であっても、対象者の意思と抵抗を制圧する態様の直接強制による場合には一般に身体に対する危険性が高まることから、許されないと解すべき場合もあり得る。*身体検査は、対象者を裸にするなどその名誉や羞恥心を害する処分であるから、性質上、対象者の現在する場所で実行するのが相当でない場合があり得る(例,適切な医療施設で実施するのが相当な検査)。また、直接強制に際して対象者の抵抗による混乱を生じるおそれがある等の事情から、対象者の現在する場で直ちに身体検査を実施するのが適当でない場合も想定される。このようなときは、速やかに対象者を身体検査の実施に適する最寄りの場所まで連行した上、処分を実行することができると解するのが、身体の捜索に関する判例の法解釈の帰結と思われる[第5章II2(3)**,第7章13参照。強制採尿状に基づく連行に関する最決平成 6・9・16刑集48巻6号420頁、逮捕に伴う被逮捕者の身体・所持品の捜索に関する最決平成8・1・29 刑集50巻1号1頁参照】。(4) 人の身体を対象とする他の捜査手段として、身体を対象とする捜索(法218条1項)及び、鑑定受託者による鑑定に必要な処分としての身体検査(法225条1項・168条1項)がある。いずれも人の身体の状態を認識・見分する作用を伴う点で共通する。他方、処分の目的、処分の主体、法定されている手続を異にする側面があるので、処分の態様によっては、いずれの法形式により実施するのが適切かが問題となる。共通性は、来、捜索・検証・鑑定という各処分自体に対象の状態の観察・認識という共通する類型的行為態様が含まれていることに起因する。法形式の選択にとって何よりも留意すべきは、処分対象者の被る法益侵害の質・程度である。人の健康状態・身体の安全と人格的法益に対する不合理な侵害をできる限り防止するという観点からの検討が重要であろう。法が、処分の請求と実施に特別の配慮を定める「身体検査令状」によらなければならないとしている「検証としての身体検査」は、そのような特別の定めのない身体を対象とする「捜索」とは異なり、対象者の衣服を取り去り裸にして実施する態様の検査が可能と解される。これに対し、対象者の名誉・羞恥感情を侵害する程度が低い着衣のままの外部的検索や,通常衣服で覆われていない部位(顔・手・体格等一対象者が覆面や手袋を外さない場合は別論である)の観察・認識は、その目的の内容により、身体を対象とする捜索または通常の検証として実施することができる。他方。処分の目的が身体の状態の観察にとどまらず証拠物の探索・発見であったとしても、衣服を取り去り裸にして身体の外表部や体腔内を調べる行為は、捜索命状ではなく、対象者の名誉・羞恥感情に配慮した身体検査令状を得て実施するのが適切である〔第5章12(1)]。なお、身体の拘束を受けている被疑者の指紋もしくは足型を採取し、身長もしくは体重を測定し、または写真を撮影するには、被疑者を裸にしない限り。令状を要しないとの規定がある(法 218条3項)。列記されているのは身体拘束処分を受けている被疑者の特定に係る事項であり、これは適法に実行された身体拘束処分の附随的効力として認められているものであるから、別個の人格的法益侵害を伴う裸にする態様の処分は、身体検査状によらなければならない。また、目的が被疑者の特定に係る場合であっても、血液型やDNA型の検体を取得するための処分(血液採取等)には、列記された措置とは異なる新たな法益侵害を伴うので、別途、適切な令状を得て実施すべきである。医療技術を用いた身体内部に及ぶ検査(例、エックス線透視。内視鏡検査、薬品の使用を伴う検査等)は、原則として、捜査機関が法的主体である検証としての身体検査の範囲を超えるとみるべきである。後記〔I.3(3)のとおり、医師等専門家が主体となり、その専門的知識による認識・判断を利用して実施することが想定されている「鑑定処分としての身体検査」の法形式によるのが適切である。もっとも.人の身体を対象とする検証と鑑定とは、前記のとおり身体の状況の認識という点で共通しており、明確な限界を設定することは困難である。そのうえ、身体検査に関する条件として、医師等の専門家を補助者として検証としての身体検査を実施させることが可能である。この場合、実際の検査行為を医師等の専門家が実施するのであれば、対象者の健康状態と身体の安全確保というもっとも重視すべき点については、いずれの法形式であっても配慮に欠けるところはないといえよう。このような観点から、捜査機関による直接強制を伴って実施しても身体・健康状態への危険が小さいと認められる態様の身体検査は、医師等専門家を補助者とし,専門的見地から相当と認められる方法で実施しなければならない旨の条件を附した検証としての身体検査状の法形式,または専門的知識による認識・判断が予定される場合には、前記のような条件を附した身体検査令状と専門家たる補助者を鑑定受託者とする鑑定処分許可状の併用という法形式によることも可能であろう(例,静脈等からの血液の採取、エックス線透視。鑑定資料取得のための毛根・唾液等の採取)。なお、いわゆる「強制採尿」等体液の採取については、別途説明する〔第7章Ⅰ〕
1) 検証とは、特定の場所や物や人の身体の性質・状態等を五官の作用で認識する活動をいう。最高裁判所は、検証を「五官の作用によって対象の存否、性質,状態、内容等を認識。保全する」活動と定義している(電話受に関する坂決平成11・12・16 刑集53巻9号1327頁)。刑事訴訟法上その主体は、裁判所・裁判官(法128条~142条・179条)または捜査機関(法218条1項)である。捜査機関が、対象者の意思に反してでも、検証の対象が存在する場所に立ち入る等してこのような活動を実施する場合には、憲法35条の保障する住居等の平穏を害し、私的領域に「侵入」する「強制の処分」(法 197条1項但書)に該当するので、捜索・差押えと同様に、原則として裁判官の令状によらなければならない旨の特別の根拠規定が設けられている(法 218条1項)。令状の請求と発付に関して、「正当な理由」(恋法35条)すなわち、被疑事実の存在する蓋然性と特定の対象について検証を実施する具体的な必要性が要請される点は、捜索・差押えと同様である。状請求権者、請求の方式,検証状の記載事項も捜索・差押えとほは同じであり、検証状には、検証すべき場所または物を明示・記載しなければならない(法218条4項、規則155条・156条1項、法219 条)。令状に基づく検証の実施に際し、状の星示、責任者等の立会い、実施中の出入禁止措置,一時中止の場合の閉鎖措置、被疑者の立会いを求めることができることについて、捜索・差押えと同様である(法222条1項・110条・112条・114条・118条・222条6項)。また、日出前・日没後の実施について、捜索・差押えと同様の住居等への立入制限がある(法222条4項・5項、規則155条1項7号)。特定の場所の夜間の状態を検証する必要がある場合には、捜査機関の請求により状に夜間でも検証をすることができる旨の記載がされることになる。対象の状態等を認識しこれを証拠として保全する捜査手段が「強制の処分」(法197条1項但書)である検証に該当するかどうかについては、その類型的行為態様が、憲法 35条の保障する対象・領域への「侵入」に当たるかという点及び憲法上保障されている重要な法益すなわちプライヴァシイの期待等の侵害・制約の有無・程度が基本的な指標になる[第1章1、第5章I1)。対象の状態等を認識しこれを保全する性質を有する写真・ビデオ撮影や通信・会話の傍受については、別途。検討する〔第7章】。* 最高裁判所は、荷送人や荷受人の承諾がないのに、運送過程にある荷物に外部からエックス線を照射して内容物の射影を観察した捜査機関の行為について、「射影によって荷物の内容物の形状や材質をうかがい知ることができる上、内容物によってはその品目等を相当程度具体的に特定することも可能であって,荷送人や荷受人の内容物に対するプライバシー等を大きく侵害するものであるから、検証としての性質を有する強制処分に当たるものと解される。・・・・・検証許可状によることなくこれを行った本件エックス線検査は、違法である」と説示している(最決平成 21・9-28刑集63巻7号868頁)。この判例に示された解釈に立てば、察官が職務質問の過程で対象者の承諾がないのにその所持する鞄等の内部を観察する行為も、同様に検証としての性質を有する強制処分に当たるものと解さなければ一貫しないであろう。職務質問に附随する所持品検査に関する判例(最判昭和53・6・20 刑集32巻4号 670頁)の警職法解釈は不当であり、この判例は変更されるべきである〔第2章I13。なお,前記エックス線照射に関する判例の解釈に立てば、人の「所持品」と共に憲法 35条の保障する領域である「住居」内の状態を写真撮影する行為も、住居の平穏を害し住居に対するプライヴァシイ等を大きく侵害する態様のものであるから、私的領域への「侵入」に当たり、検証としての性質を有する強制処分に当たるはずである。(2) 検証については、処分の実効性を確保しその本来的目的を達するため「必要な処分」をすることができる。法が例示するのは、「身体の検査、死体の解剖,墳墓の発掘。物の破壊その他」である(法222条1項・129条)。「身体の検査」については後述する。「物の破壊」は、検証の目的達成に必要で侵害の程度が必要性と合理的に権衡し相当と認められる限度でなければならない。「死体を解割し、又は墳墓を発掘する場合には、礼を失わないように注意し、配信者,直系の親族又は兄弟姉妹があるときは、これに通知しなければならない」旨の規則がある(裁判所の検証についての注意規定・規則101条参照)。もっとも、死因を解明するための「死体の解剖」は、法医学専門家に鑑定を嘱託し、鑑定処分として実施されるのが一般である〔鑑定嘱託については後記II。法223条1項・225条1項・168条1項参照】。令状に記載された「検証すべき場所」への立入りは、検証に「必要な処分」であり,検証令状の効力として状裁判官により併せ許容されているとみることができる。これに対して、「検証すべき物」を探索・発見する活動は「捜索」の性質を有するとみられるが、当該対象物に対する管理支配とは別個固有の法益侵害を伴う場合には、検証に「必要な処分」の範囲を超えるであろう。検証すべき物の探索・発見のための「捜索」令状が必要と思われる(もっとも、捜素対象の「特定」が必要であろう)。検証対象物を発見するために検証令状のみで不特定多数の場所を捜索できると解することはできない。捜査機関が、電子計算機の記録媒体に記録されている可視性・可読性のない電磁的記録を検証可能な状態にするため、これをディスプレイに表示したり、印字したり、別の記録媒体に複写する行為は、検証の対象が電子計算機または当該電磁的記録が記録された記録媒体である場合に、検証に「必要な処分」として実行することができると思われる(もっとも、電子計算機を操作して対象となる磁的記録を探索・発見する活動の実質は捜索であろう)。ただし、差し押えたパソコンについて、差押え後に把握したパスワードを用い当該パソコンの内容を複製したパソコンからサーバにアクセスし、電子メール等を関覧、保存することは、当該パソコンに対する検証令状に基づいては行うことのできない強制処分に当たるとした裁判例がある(東京高判平成28・12・7高刑集69巻2号5頁)。※前記【第5なり)のとおり、2011(平成 23)年法改正により、差し押えるべき物が竜磁的記録に係る記録媒体であるときは、捜索・差押えを実行する捜査機関は、処分を受ける者に対し、電子計算機の操作その他の必要な協力を求めることができる旨の条項が設けられている(法222条1項・111条の2)。捜査機関が電磁的記録に係る記録媒体を対象に検証する場合にも、同様の協力要請をすることができるし150ととされた(法222条1項・111条の2)。(3) 検証を行った者が五官の作用で認識した内容は、「検証の結果を記載した書面(検証調書)」として記録・保全され、証拠化されるのが一般である。捜査機関の作成した検証調書は、検証を行った者の知覚・記憶に基づきこれを表現・記録した「供述」書面すなわち伝開証拠であるが(法 320条1項),その活動の性質に即した要件で伝例外として証拠能力が認められる(法 321条3項)〔第4編証拠法第5章M12)。両当事者が証拠とすることに「同意」した場合も同様である(法 326条)。
電磁的記録に関する以上のような新しい強制処分や差押え処分の執行方法に関する規定に加えて、任意処分として、捜査機関が通信事業者等に対して通履歴のデータを一定期間保全するよう要請できる規定が設けられた(法197条3項・4項)。ネットワークを介した犯罪の捜査に際しては、通言履歴の取得・保全が重要となるが、履歴データは短期間で消去される場合が多いことから、捜査上必要な履歴を押収することができるようになるまでの間、サービスプロバイダ等の保管者に対し、消去しないことを求めるものである。通信内容だけでなく通履歴にも憲法の通信の秘密の保障が及ぶと考えられるが(憲法 21条2項),保全要請は、事業者等が業務上作成記録している通信履歴を消去しないよう求めるにとどまり、それだけで通言履歴が捜査機関に開示されるものではなく、また、義務違反に対する制裁規定もないので、任意処分と位置付けられ規定された。保全要請ができるのは、捜査機関が差押えまたは記録命令付差押えをするため必要があるときであり、保全要請の相手方となるのは、「電気通信を行うための設備を他人の通信の用に供する事業を営む者」(電気通信事業者)、または「自己の業務のために不特定若しくは多数の者の通信を媒介することのできる電気通信を行うための設備を設置している者」(例、電気通設備であるLAN等を設置している会社、官公庁、大学等)で、保全要請の対象となるのは、「その業務上記録している電気通言の送元,送先、通日時その他の通信履歴の電磁的記録」である(法 197条3項)。捜査機関は、必要なデータを特定し,30日を超えない期間を定めて、これを消去しないよう、書面で求めることができる。なお、特に必要があるときは保全期間を30日を超えない範囲内で延長することができるが、通じて 60日を超えることはできない。また,差押えまたは記録命令付差押えをする必要がないと認めるに至ったときは、保全要請を取り消さなければならない(法197条3項・4項)。なお、このような保全要請や既に規定のある捜査関係事項照会(法 197条2項)については、対象者から捜査上の秘密事項が漏洩して支障が生ずるおそれがあるため、捜査機関は、必要があるときは、みだりにこれらに関する事項を漏らさないよう求めることができる規定が設けられている(法 197条5項)〔I1(2)*]。*前記〔11(2)**〕のとおり、情報通信技術の進展・普及に伴う法整備に関する法制審議会答申において、電磁的記録を直接提供させる強制処分を創設する法改正要網が示されている(これに伴い。現行法に規定されている記録命令付差押えを廃止することを含む)。ここで創設することとしている強制処分は、裁判所が自ら、あるいは、捜査機関が裁判官の発する状により、裁判や捜査に必要な電磁的記録を保管する者などに対して、当該電磁的記録を提供するよう命ずることができるとするものであり、記録命付差押えが、必要な電磁的記録を入手する方法として、これを記録媒体に記録させて差し押さえるものであるのに対し,電磁的記録提供命令では、記録媒体などの有体物を介在させずに電磁的記録を入手することが可能となる。この処分については、差押え処分と同様に,命令を拒絶できる場合に関する規律や、目録の交付。原状回復、不服申立てに関する規律などを設けるとされている。また。捜査機関による竜磁的記録提供命令については、必要があるときは、裁判官の許可を受けて、被処分者に対して、みだりに命令を受けたこと等を漏らしてはならない旨を命ずる秘密保持命令を発することができ、電磁的記録提供命令及び秘密保持命令について、その実効性を担保する観点から、命令の違反について罰則を設けるとされている。このような強制処分の創設について、要網茶を検討した法制審議会刑事法部会においては、個人のプライバシイに関するデータの包括的な収集・押収が行われるのではないかという悪念、また。被疑者・被告人に対してデータの提供を命令し、罰則で強制することは、憲法38条1項が保障する自己負罪拒否特権を侵害するのではないかといった指摘がなされた。もっとも、裁判官が発する令状には、「提供させるべき電磁的記録」が具体的に特定されて記載され、提供を命じることができるのは、その範囲に限定されるので、差押え等の既存の他の強制処分と同様、包括的な情報の収集・押収は行われ得ない仕組となっており、懸念は当たらないであろう。また、電磁的記録提供命令は、既に存在している特定の電磁的記録であって被処分者が保管し、または利用する権限を有するものの提供を強制するものであり、その者の「述」を強要するものではないから、憲法38条1項に抵触するものではない。また、対象となる電磁的記録にパスワードによる暗号化の措置が施されているときは、被処分者に対してこれを解除したうえで{磁的記録を提供させることとなるが、強制することができるのは飽くまで電磁的記録の提供であり、パスワードを供述することを強制するものではない。なお、自己負罪拒否特権と既存文書の提出命令制度との関係について〔第9章Ⅱ 2(2)*。