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捜索・押収|捜索・押収の意義と対象

公開:2025/10/21

捜査機関の行う捜索・押収に関する基本条文は、法218条から 221条である。ただし第1編総則第9章に定められた裁判所による「押収及び捜索」の規定(法 99条以下)が多量に準用されるので注意を要する(法222条1項・3項参照)。以下では、証拠物等の収集・保全手段である捜索・押収の意義と対象について説明する。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

供述証拠の収集・保全|身体束処分を受けている被疑者の取調べ|身体拘束中の余罪取調べと別件逮捕・勾留

公開:2025/10/21

(1) 身体拘束処分は特定の具体的被疑事実を根拠として裁判官の審査を経て実行される。特定の被疑事実に基づいて身体拘束処分を受けた被疑者に別の被疑事実(余罪)の嫌疑が認められるとき、そのような余罪被疑事実についても、取調べを行うことができるか。できるとして、そこに法的な限界はあるか。法 198条は、取調べの対象となる被疑事実について特段の限定を明示しておらず、また、身体拘束処分の法的目的が、これを直接利用して被疑者を取り調べることにあると考えることは到底できないので、身体拘束処分を規律している事件単位原則や令状主義に基づく裁判官の審査を、身体拘束処分とは法的に別個固有の捜査手段である取調べに直接及ほしてその対象範囲を限定する議論は、論理的に成り立たないというべきである。(2) 身体拘束処分を受けている被疑者の余罪取調べに法的限界があり得るとすれば、身体拘束処分が検察官による起訴・不起訴の決定に向けた捜査を続行するための期間を設定した制度でもあるという観点からの規律が考えられる。身体拘束処分には特定の具体的被疑事実について,被疑者の逃亡・罪証隠滅を阻止しつつ起訴・不起訴の決定に向けた捜査を続行するための期間が設定されているが、当該被疑事実についてその目的が達せられれば、その時点で速やかに起訴・不起訴の決定が行われるべきである。それにもかかわらず,事後的に見て、身体拘束処分の根拠とされていない被疑事実(余罪)についての取調べが行われ、身体拘束処分の期間がこれに利用された結果本来の起訴・不起訴の決定に向けた捜査が遅延したことが明瞭である場合には、そのような遅延を生じさせた余罪取調べは、拘束期間が目的外に利用され、本来束を継続する根拠が欠落した違法な身体拘束状態の下で実行された違法な取調べと見ることができよう。身体拘束処分の根拠となっていない余罪被疑事実には様々な場合が想定される。次のような場合には、前記身体拘束期間の制度趣旨に反するとはいえないであろう。第一,身体拘束の根拠とされた被疑事実と余罪とが密接に関連する場合には(例、死体遺棄罪で身体拘束処分が行われている被疑者を殺人罪についても取り調べる場合)、余罪の取調べが同時に拘束被疑事実に関する捜査でもあると見ることができる。第二、余罪が同種事犯である場合も(例、多数の類似した犯行態様による窃盗),その取調べは相互に共通する動機・目的・犯行態様の捜査と見られる。第三、身体拘束処分の根拠となっている被疑事実に比してより軽微な余罪について取り調べる場合も、余罪について別途身体拘束処分を実行するまでもなく一括して捜査が可能であれば、拘束期間を短縮できる点で被疑者に有利である。このような場合の余罪の取調べは、身体拘束期間の趣旨・目的を脱していないと見ることができる。被疑者が自ら積極的に余罪被疑事実について供述する場合も同様である。(3)捜査機関が、初から比較的軽微な被疑事実(別件。例,盗)に基づく身体拘束処分の期間を利用して、より重大な罪(本件。例、殺人)について取調べを行い,その余罪について自白を得ようとする捜査手法が用いられることがある。これを別件逮捕・勾留と称する。このような捜査手法は、形式的には、身体拘束中の余罪取調べの一態様であるが、本件について身体拘束処分を行うだけの疎明資料が不十分である場合に、たまたま疎明資料の整った別件による身体拘束中の取調べを利用して本件に関する供述・自白を獲得すること、また、本件について自白が得られればそれを疎明資料として本件についての身体拘束処分を実行し、その拘束期間中さらに取調べを継続することも見込まれている。捜査機関が当初の身体拘束処分を請求する段階において、余罪(本件)の存在とその取調べ目的を裁判官に秘匿し,別件による身体拘束処分を本件の取調べの道具として利用しようとしている点、また,本件被疑事実に関する本来の身体拘束期間を潜脱する点に問題がある。このように潜在し秘匿されている余罪(本件)に着目して事態を観察すると、外形上利用され形式的には適法に見える身体拘束処分(別件による逮捕・勾留)それ自体が、違法となるのではないか議論がある。最高裁判所は、別件による逮捕・勾留がその要件を具備する適法なものであったとした事案において、当該逮捕・勾留が「専ら、いまだ証拠の揃っていない「本件』について被告人を取調べる目的で、証拠の揃っている『別件』の逮捕・勾留に名を借り、その身柄の拘束を利用して、「本件』について逮捕・勾留して取調べるのと同様な効果を得ることをねらいとしたものである、とすることはできない」と述べている(最決昭和52・8・9刑集31巻5号 821頁)。この傍論の理解には議論があるが、別件について逮捕・勾留の要件が具備されていたとしても、このような場合には、それが違法となる余地を示唆しているとの読み方も不可能ではない。下級審裁判例の中には本件に着目することにより、別件による逮捕・勾留を秘匿された本件による身体拘束の実質を持つ脱法行為と捉えて違法と判断したと見られるものもある(金沢地七尾支判昭和44・6・3月1巻6号 657頁[蛸島事件」。本件基準説と称される)。もっとも、下級審裁判例の大勢は、別件について逮捕・勾留の要件が具備されている以上、これ自体を違法視することはできないとしつつ、その身体拘束期間中に行われた本件の取調べが限界を越えた違法な余罪取調べであったと評価することにより、このような捜査手法に限定を加えようとしている(例、浦和地判平成2・10・12時1376号 24頁、大阪高判昭59・4・19 高集37巻1号98頁等。別件基準説と称される)。(4)裁判例の多くが、当初の身体拘束処分自体を違法と評価しない点に理由がないわけではないが、別件逮捕・勾留と称されている捜査手法の最大の問題点は、形式的に要件の具備した身体拘束処分の外形的利用により、秘匿された本件に関して状主義の核心である裁判官の審査を潜脱し、裁判官を錯誤に陥らせている点である。可能な限り、外形的道具として濫用され、状主義の重大な違反を理論的根拠として援用可能な当初の身体拘束処分それ自体を標的として、これに対する違法判断を行うのが、事柄の実質に即し適切であろう。取調べ状況報告書や別件及び本件に関する供述調書の作成時機等から、本件に関する自白獲得過程、そこに至る取調べ状況を事後的に検証し、別件と本件との取調べ時間,別件逮捕・勾留時点における本件についての捜査状況等諸般の事情を総合検討して、捜査機関によって秘匿され、裁判官に示されることなく伏在していた本件被疑事実こそが、当初の身体拘束処分の実質的理由とされていたのであり、別件による身体拘束処分は外形として利用されていたということが言えれば、その身体拘束自体について、状主義を実質的に潜脱する違法な処分すなわち身体拘束権限の濫用と評価すべきであろう。仮に当初の身体拘束処分についてこのような判断が困難である場合でも、事後的に取調べ状況を検討することにより、前記のとおり、別件による身体拘束が不当に遅延して本来の起訴・不起訴の決定に向けた捜査目的を逸脱し、本件の取調べに流用されていたと認められる場合には、その身体拘束期間は違法であり、その間の本件取調べも違法と評価すべきである。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

供述証拠の収集・保全|身体束処分を受けている被疑者の取調べ|身体拘束中の取調べ

公開:2025/10/21

(1)前記のとおり、法198条1項但書は「速捕又は勾留されている場合を除いては」。被疑者に出頭拒否と退去の自由があると定めているので、逮捕・勾留という身体拘束処分を受けている被疑者は、取調べを行おうとする捜査機関の出頭要求に応じなければならず、また,出頭後取調べの場から自由に退去することができないように読める。現在の捜査実務はこのように運用されている。逮捕・勾留という身体拘束処分の法的目的は、被疑者の逃亡と罪証隠滅を防止するためその身体・行動の自由を奪することにあるので、その目的の範囲内で被疑者の行動を強制的に制禦することは許されるとしても、人身の自由奪状態を直接利用して取調べに応じることを強制することは、被疑者の供述をするかどうかの意思決定の自由を直接侵害するので,文明国においては到底許されないはずである。そうだとすれば、身体拘束処分を受けている被疑者に出頭拒否と退去の自由がないとしても、そこから直ちに取調べに応じる法的義務があると考えることはできない。身体拘束中の被疑者の取調べもその任意の協力を前提とする任意捜査であり、この点は、在宅被疑者の取調べと異なるところはないというべきである。なお、最高裁判所は、法 198条1項但書の規定が逮捕・勾留中の被疑者に対し取調べ受忍義務を定めているとすると憲法38条1項に反し違憲であるとの主張について、「身体の拘束を受けている被疑者に取調べのために出頭し、満留する義務があると解することが、直ちに被疑者からその意思に反して供述することを拒否する自由を奪うことを意味するものでないことは明らかであるから」、所論は前提を久くとしている(最大判平成11・3・24民集53巻3号514頁)。取調べを受ける義務自体には言及していない。2)身体は被験者の身体・行動の自由を制する強烈な基本権段等処分であるから、そのようなお庭におかれた被疑者の取間が込をするかどうがの意思決定の自由に影響し、ひいては供述の任意性が失われるような事態が生じないために、取調べを行う捜査機関には細心の注意が要請される。普察における取調べの適正確保のための前記諸措置は、そのための行動規範であると共に、取調べの過程を事後的に検証するための方策を提供するものである〔II Ⅰ (5)〕。また、取調べ自体に「社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度」の規律が及ぶのは前記のとおりである〔Ⅱ 2〕。(3) 一定範囲の重大事犯で身体拘束処分を受けている被疑者の取調べ及び逮捕後に行われる弁解録取(法203条1項・204条1項・205条1項)については、原則として、被疑者の供述及びその状況を記録媒体(映像及び音声を同時に記録することができるもの)に記録しておくことを捜査機関に義務付ける法制度の導人が検討され,2016(平成28)年の法改正によって実現されることになった。この録音・録画記録媒体のうち、検察官が取調べ請求しようとする供述調書・弁解録取書が作成された取調べ等の開始から終了に至るまでの間における供述及びその状況を記録したものは、供述の任意性立証のために取調べ請求が義務付けられ、検察官がこの記録媒体の取調べを請求しないときは、裁判所は、決定で、供述調書等の取調べ請求を却下しなければならないものとする規定が併せ導入された(法301条の2)。このように任意性に関する立証手段を制限する規定を設けることにより、間接的に、取調べ過程録音・録画の励行を担保しようとする趣意である〔第4編証拠法第4章Ⅱ Ⅰ (2)〕

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

供述証拠の収集・保全|任意出頭・任意同行と取調べの適否|任意取調べの適否

公開:2025/10/21

(1)前記のとおり「取調べ」は任意捜査であるから、身体拘束処分を受けているか否かを問わず、被疑者の取調べに対しても任意捜査に関する一般規定である法197条1項本文の規律が及ぶはずである。もっとも、前記のとおり〔Ⅰ (1)*〕,有形力の行使を伴う任意捜査の場合(前掲最決昭和51・3・16参照)とは異なり、被疑者の供述をするかどうかの意思決定の自由には侵害・制約の程度を考えることができないから、事案の重大性や取調べの必要性・緊急性といった捜査の「必要性」に係る要因と法侵害との権衡による適否の判断にはなじまない。すなわち、個別事案の具体的状況の下で相当と認められる供述の自由の侵害・制約を想定するのは不当である。(2)最高裁判所は、身体拘束処分を受けていない被疑者が、実質的に身体拘東状態にあるとまでは言えず、また。取調べに応じること自体を拒絶しているとまでは言いきれない状況において行われた「任意取調べ」自体について、ー定の法的限界を設定したと理解し得る判断を示している。事案は、察署に任意同行した被疑者について、4夜にわたり捜査官の手配した宿泊施設に宿泊させた上、前後5日間にわたり被疑者としての取調べを続行したもの(いわゆる「高輪グリーンマンション殺人事件」最決昭和59・2・29刑集38巻3号479頁)、及び、午後11時過ぎに任意同行した被疑者を一睡もさせずに徹夜で取調べを続行し,翌日の午後9時25分に逮捕するまでの間,長時間に及ぶ取調べを行ったもの(最決平成・7・4刑集43巻7号581頁)である。いずれも殺人ないし強盗殺人事件という重大事犯であり、被疑者に対する容疑の程度は相当に高いものであった。このような事案について、最高裁は前記昭和59年決定において次のように説示している。「取調べは、刑訴法 198条に基づき、任意捜査としてなされたものと認められるところ。任意捜査においては、強制手段、すなわち、『個人の意思を制圧し、身体、住居,財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段』(最高裁和・・・・・・51年3月16日第三小法廷決定・刑集30巻2号187頁参照)を用いることが許されないことはいうまでもないが、任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは、右のような強制手段によることができないというだけでなく、さらに、事茶の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容されるものと解すべきである」(両判例の多数意見は、前記各取調べは社会通念上やむを得なかったものと認められ、任意捜査として許容される限度を超えた違法なものであったとまではいえないとする)。(3)「強制手段」すなわち違法な任意同行等の実質的な身体拘束状態を利用した取調べがあったとまでは認められない事案について,この判断枠組が任意取調べそれ自体に「社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度」という法的限界があり得ることを説示したものと理解すれば、従前。任意同行・任意出頭後の取調べの適否について、対象者の身体・行動の自由侵害の観点からのみ行われていた法的評価に新たな分析の視点を付加したものと位置付けることができよう。なお、この判断枠組は任意捜査としての「取調べ」それ自体に対する規律であるから、身体拘束処分を受けている被疑者に対する取調べについても、基本的に同様の規律が及ぶことになろう。判例のいう「社会通念上相当」の具体的な意味内容は判然としないが、前記のとおり被疑者の供述をするかどうかの意思決定の自由に侵害・制約の程度が考え難いとすれば、それは取調べの必要性と対象者に及ぼす法益侵害の程度との権衡状態を意味するものではなく、任意取調べについてとくに規律している法 198条の諸規定の趣意と同様に,取調べを実施する捜査機関に対する事前の行為規範・行動準則を設定したものと理解することができよう。前記事案のような取調べに対する判例の評価は、違法とまではいえないというものであったが、これを一般に社会通念上相当な取調べの方法・態様と積極的に認めたのではない点に留意すべきである(取調べに関する犯罪捜査規範は、深夜・長時間に及ぶ取調べを避けるべき旨明示している。前記 II Ⅰ(5))。裁判所が諸般の事情を総合勘案し、取調べの方法・態様に社会通念上相当な限度を著しく逸脱した重大明白な違法を認めた場合には、その取調べにより得られた供述について、違法収集証拠排除法則を適用することができる(実例として、9泊10日に及ぶ宿泊を伴う違法な取調べが行われた事案に関する東京高判平成14・9・4判時1808号144頁)。供述の任意性に疑いがあれば、法319条1項が適用される。*宿泊を伴う取調べについて、被疑者が6夜にわたり捜査官の手配したホテルに宿泊する一方。捜査官がホテル容室前に張り込んで動静を監視し、普察署との往復には捜査官による付添がなされ、連日長時間の取調べが続けられた状況等からすれば、被疑者において、任意同行を拒もうと思えば拒むことができ、取調べの途中から帰ろうと思えば帰ることができた状況であったとは到底いえず、実質的な逮捕と同視できるとして勾留請求を却下した事例として、富山地決令和2・5・30判時 2523号131頁がある。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

供述証拠の収集・保全|任意出頭・任意同行と取調べの適否|任意同行の適否

公開:2025/10/21

(1) 身体拘束処分を受けていない被疑者に「出頭を求め」る(法198条1項本文)一方法として「任意同行」がある〔II Ⅰ (1)。被疑者には「出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる」自由が保障されているから(同項但書),察署等へ同行することを求める際の捜査機関の行為態様、または、察署等に任意に出頭もしくは同行した被疑者に対する捜査機関の行為態様が、出頭拒否や退去の自由を侵害・制約するものであれば、違法である。ここで問題となるのは被疑者の身体・行動の自由という法益であるから、その意思を制圧しこのような重大な法益に侵害・制約があると認められる場合,その実質に着目すれば強制処分である身体拘束処分(実質的逮捕)が行われたと見ることができる(最決昭和51・3・16刑集30巻2号187頁の説示する「強制」の意義参照)。法定の要件・手続に拠らずこのような状態が生じていれば、違法な強制処分が実行されたと評価されることになる。違法な実質的逮捕であったかは、捜査機関側の行為態様に係る諸事情(同行の方法・態様・時刻・同行後の普察署における取調べ等の状況・察署における滞留の状況等)とこれによって生じたであろう被疑者の出頭・退去に係る意思の自由と身体・行動の自由に対する影響の程度を総合考慮して判断される。捜査機関が被疑者の抵抗を制圧する有形力を行使して意に反する連行をしたと認められる場合や、退去の自由を侵害し滞習を継続したと認められる場合は、強制処分たる逮捕行為に類型的に該当することが明瞭であるから、法定要件と手続が欠如していれば、これを違法な実質的逮捕と評価するのに特段の困難はない。これに対して有形力行使が明瞭に認められない場合であっても、被疑者の意思が制圧され身体・行動の自由が一定時間侵害制約されていたかどうかが決定的に重要である。有形力行使の有無を問わず、出頭を拒むことが困難で同行せざるを得ない状況ないし自己の意思で退去することが困難な状況であったか(意思の制圧)、容観的に一定時間継続した行動の自由の侵害・制約が認められるか(重大な法益侵害)を、前記総合考慮により判断すべきである。*実質的連捕が法定の逮捕要件と手続なしに実行されれば違法な強制処分となるが、違法には程度が考えられる。①典型はおよそ逮捕の要件がないのに実質的逮捕をする場合であり、正当理由の完全に欠如した身体拘束の違法性の程度は極めて重大といわなければならない。②これに対し、捜査機関が既に裁判官の逮捕状発付を得ているが、諸服の事情を考慮し察署において逮捕することを見込んで在宅被疑者に任意同行を求める場合がある。この場合逮捕の実体的要件(逮捕の理由と必要)について裁判官の審査が行われているから、同行が実質的逮捕と認められる態様であったときは、通常逮捕の手続を執る時機が遅れた瑕疵と見ることができる。その違法の程度は重大とまではいえないであろう。③事後的に見て緊急逮捕の要件(罪を狙したことを疑うに足りる十分な理由)または通常逮捕の要件(罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由)があったにもかかわらずそれに対応した法定の手続を執らず実質的逮捕行為が行われた場合については、いくつかの考えの筋道があり得る。同行時に通常逮捕の要件があったとしても、元来裁判官の審査を経てあらかじめ分状を得なければ逮捕することができないのであるから、令状審査なしに実質的逮捕をするのは重大な違法手続というべきである。これに対し緊急逮捕の要件があった場合にはまず身体拘束処分を実行することが認められているので、実質的逮捕行為はその際に緊急逮捕の手続・方式を執らなかった軽徴な手続違反にすぎず、その後に逮捕状請求等で裁判官の審査が介在すれば重大な違法とまではいえないとの考え方もあり得よう。しかし、法定・明示された適式な緊急逮捕の手続が履践されなかったこと、とくにその合憲性を支える事後の令状請求が行われないことは重大な違法と評価すべきであろう。なお、②③について、実質的逮捕が行われた時点において事後的に見て逮捕の実体的要件があったと認められるとしても、法定の逮捕手続が執られていない以上、それが違法な強制処分の実行であることに変わりはない。違法逮捕が事後的に適法と評価されることはあり得ない。(2)遊法な実質的選捕行為があったと評価される場合、その法的効果は、いくつかの局面で現れる。第一、違法な任意同行後または違法な留め置き中に行われた取調べによって得られた述の証拠能力。捜査機関が違法な実質的逮捕行為に及ぶ誘因のひとつは、在宅被疑者について、実質上身体拘束処分の下にあるのと同様の状態を作出して被疑者の取調べを行い。供述とくに自白を獲得する目的である。被疑者の身体拘束処分を適法に実行するためには相当程度高度の嫌疑があることが裁判官の令状審査で認められなければならない〔第3章参照】。適法な逮捕を行うに足りる疎明資料が不十分な場合、捜査機関が事案解明と証拠収集のため違法な任意同行を利用して被疑者の自白獲得に向かう誘因が働くのである。そこで、このような違法捜査を抑止する観点から、誘因となる自白の証拠能力に法解釈による規制を及ぼすことが必要である。その一は,任意性に疑いのある自白の排除(法 319条1項の適用),その二は,違法収集証拠排除法則(最判昭和53・9・7刑集32巻6号1672頁)の自白に対する適用である。後者は取調べにより獲得された自白の任意性の有無を問わず機能する。(i) 裁判官の審査を経た適法な身体拘束処分が行われていないまま、事実上被疑者の出頭拒否と退去の自由を侵害・制約した状態で取調べが行われる場合,被疑者に取調べ自体を拒んだり。供述をするかどうかの意思決定の自由が侵害・制約される危険は極めて大きいといわなければならない。その結果獲得された供述の任意性に疑いがあると認められれば、法 319条1項の適用により。自白の証拠能力は否定される。(i) 前記のとおり身体拘束処分の要件・手統の欠如した実質的逮捕は、人身の自由奪であり法益侵害の質において極めて重大な違法と評価される。そこで,違法収集証拠排除法則の自白に対する適用が考えられる。とくに裁判官の令状審査が欠如した身体拘束状態は令状主義の精神を没却する重大違法であり、そのような違法な身体拘束状態を直接利用することによって可能となった被疑者の「取調べ」も重大な違法性を帯びる。したがって、このような違法な取調べにより獲得された供述は、その任意性の有無を問わず、将来における違法な捜査の抑制の見地からこれを証拠として許容することが相当でないと認められる場合、証拠能力を否定されるべきである。以上の両面から取調べにより獲得された自白の証拠能力が否定されるとすれは、これを公判期日に証拠とすることができないのはもとより、これを疎明資料として行われた逮捕・勾留請求にも重大な瑕疵が生じ、引き続く身体拘束処分も違法と評価されることになろう。(3)第二、勾留請求の効力。前記のとおり違法な任意同行の結果得られた自白を疎明資料とした逮捕状請求手続とこれに基づく逮捕も違法となり得る。仮に逮捕が適法に実行されたと認められる場合であっても、そこに至る前の任意同行が重大な違法を伴う実質的な身体拘束状態であったと評価される場合には、逮捕に引き続く勾留請求の段階で次のような法解釈による規制を及ぼすことが必要である。(i) 勾留請求までの時間制限の始期とされている「被疑者が身体を拘束された時」(法 205条2項)は、公式の逮捕時点ではなくそれ以前に実質的な逮捕があったと認められる時点と解しなければならない。違法な任意同行を利用して法定の逮捕留置時間の潜が行われるのを防止する必要があるからである。この結果勾留請求までの時間制限を超過する場合、勾留請求は却下される(法207条5項但書・206条2項)。(ii)(i)による時間制限超過の有無にかかわらず、逮捕の実体的要件が欠如したまま実行された実質的逮捕や実体的要件はあったものの重大な手続違反を伴うと評価すべき実質的逮捕が行われた場合(Ⅰ(1)*),それは身体・行動の自由という重要な基本権の侵害制約であるから、法的根拠の欠如した身体拘束処分の継続である時間制限超過の場合に匹敵する重大な違法として(法 207条5項但書参照)。これに引き続く勾留請求は許されないと解すべきである。検察官は察による違法な実質的逮捕を認知した場合、被疑者をひとまず釈放すべきであろう。前記のような重大違法状態の解消がないまま勾留請求がなされた場合、勾留裁判官は請求を却下し被疑者を釈放すべきである。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

供述証拠の収集・保全|取調べの手続き|証人尋間の請求

公開:2025/10/21

(1)次の場合,検察官は、第1回の公判期日前に限り、裁判官に対して証人尋問の請求をすることができる。請求権者は捜査機関のうち検察官に限られる。第1回の公判期日前に限られるのは、公判開始後は公判期日の証拠調べとして実施するのが相当だからである。第一は、犯罪の捜査(「犯罪の証明」だけには限られない)に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が、前記法 223条による参考人の取調べに対して、出頭または供述を拒んだ場合である(法226条)。捜査に欠くことができない知識を有する者が任意の取調べを拒絶する場合に、捜査を進展させるため、法的強制により必要不可欠な供述を獲得することを目的とした制度である。第二は、第一の場合と異なり、既に参考人として取調べに応じ任意の供述をした者が、公判期日においては、前にした供述と異なる供述をするおそれがあり、かつ、その者の供述が犯罪の証明に欠くことができないと認められる場合である(法 227条)。様々な事情(公開法廷・職人の状況、被告人との対面等)により、証人が公判期日における尋問の過程で前にした捜査段階の供述と異なる供述をすることはあり得るところであるが、前記のとおり、捜査段階で犯罪の証明に不可欠な供述をした参考人については、特来の立証に備え検察官調書が作成されているのが一般である。このような場面において、検察官調書が法321条1項2号後段の要件を充足すると認められれば、これを証拠とすることができる。これに対して、裁判官の行う証人尋間における供述を録取した書面は、同条1項1号の定める「裁判官の面前・・・・における供述を録取した書面」に該当し。検察官調書より一層緩やかな要件で証拠とすることができる(「公判期日において前の供述と異なった供述をしたとき」で足りる。法 321条1項2号後段の要件と対比せよ)。この制度は、検察官の公判立証をより容易にする供述証拠の保全を目的としたものである。捜査段階であらかじめ法 227条の証人尋問調書(規則38条)が作成されていれば、公判期日において検察官調書の採否を巡る立証を回避することができ、迅速・効率的な公判審理の進行に資するであろう。(2)証人尋問の請求を受けた裁判官は、証人の尋問に関し,証人尋問に関する総則規定(法143条以下)を準用し対象者に宣誓させて尋問を行う(法228条1項)。検察官は尋問に立ち会う権利を有する(法 157条1項)。これに対して、被疑者(又は被告人)及び弁護人については、公判期日の証人尋問とは目的を異にするので、裁判官が、捜査に支障を生ずるおそれがないと認めるとき、尋問に立ち会わせることができる(法228条2項)。証人の供述を録取した尋問調書その他尋問に関する書類は、尋問終了後、裁判官から検察官に送付される(規則163条)。前記のとおり証人尋問調書は法 321条1項1号により証拠とすることができる〔第4編証拠法第5章Ⅳ 4〕。*情報通信技術の進展・普及に伴う法整備に関する法制審議会答申において、被疑者等の供述内容を記録した電磁的記録等の作成及び取扱いについて、大要次のような要網が示されている(第1-1・7)。(1)被疑者の供述を録取する調書の作成ア)法198条3項の調書(竜磁的記録をもって作成したものに限る。)は、その内容を表示したものを被疑者に関覧させ、または読み開かせて、誤りがないかどうかを問い。被疑者が増減変更の申立てをしたときは、その供述を調書に記録しなければならないものとする。イ)被疑者が、アの調書に誤りのないことを申し立てたときは、これに裁判所の規則で定める署名押印に代わる措置をとることを求めることができるものとし、ただし、これを拒絶した場合は、この限りでないものとする。(2)供述を録取した電磁的記録で裁判所の規則で定める供述者の署名または押印に代わる措置がとられたものについて、供述を録取した書面で供述者の署名または押印のあるものに係る法規定の規律(例.法321条1項、322条1項等)と同様の規律を設ける。(3)被告人以外の者の供述を記録・録取した電磁的記録等の証拠能力に関して、法321条1項1号の「裁判官の面前」及び同項2号の「検察官の面前」について、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法による場合を含む旨を規定する。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

供述証拠の収集・保全|取調べの手続き|参考人の取調べ

公開:2025/10/21

捜査機関が「被疑者以外の者」から供述を獲得する方法には、任意捜査として行われる場合と、供述を法的に強制する場合とがある。任意の取調べによる場合を「参考人の取調べ」と称する(法 223条)。対象者に宣誓させて供述を法的に強制する場合は「証人尋問」の請求が行われる(法226条・227条・228条)。「被疑者以外の者」の典型は、例えば犯罪被害者や犯行目撃者であるが、被疑事実または被疑者と様々な関係のある者が含まれ得る。共犯関係にある者も、被疑者との関係においては「被疑者以外の者(参考人)」として捜査・取調べの対象となることはあり得る(後記3「証人尋問の請求」の対象者にもなり得ると解される)。(1)「検察官。検察事務官又は司法察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者以外の者の出頭を求め、これを取り調べ・・・ることができる」(法 223条1項)。出頭義務のないこと、取調べに応ずる義務のないことは在宅被疑者の場合と同様である。取調べに応じて供述したときは、供述調書が作成される点も被疑者取調べの場合と同様である(法 223条2項による法198条1項但書・3項・4項・5項の準用)。なお、出頭または供述を拒む参考人については、一定の場合、裁判官に対する証人尋問の請求が可能である〔後記3)。被疑者の取調べと手続上異なるのは、供述拒否権の告知が不要とされている点である(法223条2項は法198条2項を準用していない)。これは、当人の犯罪に関する取調べではないから、とくに告知の必要がないとの考えに基づく。もっとも被疑者と参考人との区別は流動的な場合もあり、当初参考人として取調べの対象とされていた者に犯罪の嫌疑が生じることもあり得るので、捜査機関が参考人の取調べに際してこれを被疑者であると思料した場合には、その時点から法198条の被疑者取調べの手続を採り、供述拒否権の告知を行うべきである。(2)捜査機関の取調べに応じた参考人の供述を録取した書面は、公判期日における供述に代えて証拠とすることができないのが原則であるが(法 320条1項):供述者が公判期日に供述することが不可能となった場合等、法定された伝開例外の要件に該当すれば証拠とすることができる。法326条の同意による場合のほか、法 321条1項の定める「被告人以外の者・・・・・の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるもの」は、同項2号(検察官の面前における供述を録取した書面),又は3号の定める要件に該すれば、証拠とすることができる〔第4編証拠法第5章I]。検察官の作成した調書(前記2号の書面に当たる)は察官の作成した調書(前記3号の書面に当たる)に比して証拠能力の要件が緩やかであるため、将来の公判立証に必要となる場面に備え、北罪事実の証明にとって重要な供述をした参考人については、察官調書のみでなく検察官調書が作成されるのが通例である。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

供述証拠の収集・保全|取調べの手続き|被害者の取調べ

公開:2025/10/21

前記のとおり,被疑者の取調べは任意捜査であるが、法はとくにその手続を明確化し、捜査機関の権限と遊守すべき行動準則を明示・規律している(法198条)。捜査機関はこの規律に従わなければならない。(1)「検察官,検察事務官又は司法察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる」(法198条1項本文)。これは、捜査機関の取調べ権限を明記したものである。他方で、身体拘束処分を受けていない被疑者は、「出頭を拒み、又は出頭後,何時でも退去することができる」ので(法 198条1項但書),出頭の求めに応じる義務や出頭後に滞留する義務はなく、したがって意に反して取調べに応じる義務もないことは明瞭である。これに対し但書に付加された「逮捕又は勾留されている場合を除いては」という除外規定の趣旨は必ずしも明確でなく、解釈に争いがある〔後記Ⅳ 1参照】。身体物処分を受けていない在宅被疑者に対して、「出頭を求め」る方法は様々あり、取調べを実施する場所も普察署や検察庁の取調室に限られるわけではないが、出頭を求める一方法として、捜査機関が被疑者の所在する場所に赴き、普察署等に同行することを求める場合がある。これを「任意同行」と称する。その態様が実質的に身体拘束処分に至っていたのではないかが問題とされる場合がある。また、任意に出頭した被疑者は「出頭後、何時でも退去することができる」が、普察署等における滞留時に退去の自由があったかが問題とされる場合がある。これらの問題の法的処理については後述する〔後記Ⅱ 1〕(2) 身体拘束の有無を問わず被疑者には取調べに応じる義務はない。前記のとおり、捜査機関には被疑者を取り調べる権限が付与されているが、他方で、在宅被疑者には出頭担否と退去の自由があるから当然に取調べを受けなければならない義務はない。捜査機関の取調べ権限は、対象者に対する義務付けをわないものである。これに対し、身体拘束処分を受けている被疑者は身体行動の自由が奪されているので、仮に取調室への出頭拒否と退去の自由がないとしても、在宅被疑者と同様に取調べ自体を拒絶する自由がなければ供述をするかどうかの意思決定の自由が侵害される危険が高いであろう。逮捕・勾留という強制処分の効力として、逃亡や罪証隠減防止のため身体行動の自由を奪することが正当化されても、自由奪状態を直接利用して人の意思に働き掛けることまでが正当化されているわけではない。(3)直接の明文規定はないが、取調べを受ける被疑者には、被告人と同様に(法311条1項)意に反する一切の供述を拒否する権利(黙秘権)があり、供述の義務はない。法はこれを前提として、被疑者の取調べに際しては、「被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない」と定め、取調べを行う捜査機関に「供述拒否権の告知」を義務付けている(法 198条2項。現行法制定当時は「供述を拒むことができる旨を告げなければならない」という文言であったが、1953[昭和 28]年法改正で変更された。表現は異なるものの趣意は同じである)。この告知は、被疑者の供述をするかどうかの意思決定の自由を確保するための重要な手続であるから、取調べごとに、また取調べ担当者が交代した場合はその都度行われるべきである。事後に供述の任意性に疑義が生じないためにも確実な履践が要請される(犯罪捜査規範 169条2項参照)。* 被疑者・被告人の「黙権」は、憲法の定める「自己負罪(self-incrimination)」拒否権の保障(憲法38条1項「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」)に来する。法制度として証人に供述の法的義務を課す場合、憲法にいう「自己に不利益な供述」とは、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある供述を意味する(法146条、民訴法196条参照)。これに対し刑訴法が被疑者・被告人に保障しているのは、意思に反する供述を拒む自由(法198条2項)、ないし終始沈黙し、又は個々の質問に対し供述を拒む権利(法311条1項)であるから、その範囲は憲法上の権利より広い。もっとも、犯罪捜査や刑事訴追の対象となっている被疑者・被告人にとっては、その意思に反する限りすべて感法にいう「不利益な供述」に含まれると説明することもできる。いずれにせよ、犯罪事実に直接関連しなる[法 322条1項但書])〔第4編証拠法第4章)。*供述内容の録音・録画については、その機械的記録過程が、供述者の署名押印によって担保されるのと同程度に正確性が確保されていると認められる場合には、「供述書」に類するものとして署名押印を不要と解してよいと思われる。(5) 以上が、法198条の明記する取調べに関する規律である。このほか、第1次的捜査機関として被疑者の取調べを担当する察では、被疑者取調べ適正化の進展に向けた準則の制定・改正を行い。捜査部門以外の響察官が被疑者取調べの状況を監督する制度を施行するなどしている。これは、2008(平成20)年の察庁「察捜査における取調べ適正化指針」の策定に基づくもので、不当な取調べを未然に防止し、取調べ過程の適正確保と事後的検証に資することを目的としたものであった。例えば、犯罪捜査規範は、従前から被疑者取調べの心構え,留意事項、任意性確保の留意点,供述調書作成についての注意事項等に関する一般的準則を定めていたが(犯罪捜査規範 166条以下参照),2008(平成20)年改正で、供述の任意性確保に関し「取調べは、やむを得ない理由がある場合のほか、深夜に又は長時間にわたり行うことを避けなければならない」との準則が付加された(犯罪捜査規範 168条3項。さらに 2019[平成31]年改正により、「午後10時から午前5時までの間に、又は1日につき8時間を超えて、被疑者の取調べ行うときは、察本部長又は響察署長の承認を受けなければならない」との文言が付加されている)。また、被疑者の取調べを行った場合には、その年月日、時間,場所その他の取調べ状況を記録した書面(「取調べ状況報告書」という。法 316条の15第1項8号参照)の作成が義務付けられているが、その正確性を一層確保する等を目的とした改正が行われている(犯罪捜査規範 182条の2)。なお、検察官による取調べについても、法務大臣訓令「取調べ状況の記録等に関する訓令」に基づき、同様の書面作成が義務付けられている。このほか、取調室の構造や設備の基準についても新たな規範が定められている(犯罪捜査規範 182条の5)。さらに察庁は 2008(平成 20)年、「被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則」(平成20年国家公安委員会規則4号)を制定して、前記響察内部における取調べ状況の監制度を施行させている。また、裁判員裁判対象事件に関しては、公判における供述の任意性立証に資することを主たる目的として、検察及び贅察において、取調べ過程の一部録音・録画が行われるようになっていた。その法制化については、別途説明する〔Ⅳ Ⅰ (3)〕

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

供述証拠の収集・保全|供述証拠の収集・保全に関する法的規律の趣旨・目的と課題

公開:2025/10/21

(1) 人の供述(特定の事実の存否・事象に関する言語的表現)は、様々な形式で刑事裁判の証拠として用いられる。公判期日において事実を認定する裁判所の面前で供述がなされる場合には、その内容がそのまま証拠になる(例,証人の証言,被告人の公判期日における供述)。これに対して、公判期日外においてなされた供述は、その内容を記録した書面等の記録媒体(例,犯行目撃者の管察官に対する供述を録取した書面。被疑者が犯行を認める供述を録音・録画したディスク),あるいは、第三者の公判期日における供述(例。犯行直後の犯罪被害者の発言内容を聞いた友人の証言、被告人の発言内容を聞いた友人の証言)を通じて公判期日に導入される。このような公判期日外の供述は、犯罪事実を認定するための証拠とすることはできないのが原則であるが(「伝開法則」法320条1項)、法定の例外要件(法321糸以下)に該当すれば、証拠とすることができる。そこで捜査機関は、将来の公判期日における犯罪事実や量刑に関する事実の立証の素材として、また、検察官が的確な事件処理を行うために事案を解明する素材として、被疑者及び歓疑者以外の者の供述を収集し保全する捜査活動を行うのが通例である。鉄道証拠を獲得する捜在のうち。捜査機関が対象者に問いを発し、これに応答する供を得て、その内容を記録・保全する活動を「取組~」という。これは冷間を通じ対象者の意思に働き掛けて自発的な鉄をめるものであるから、捜査機関側の行為態様に対象者の鉄道をするかどうかの意認決定の自由を阻害する要因があれば、無得された鉄の用性・内容の取実性に疑義が生じて証だとしての価値を抑ねる。それ故、取制べは、このような活動の性質上当然に、対象者の任意の協力に基づくものでなければならない「任意捜査」である。*取調べは任意捜査であるから法197条1項本文の規律が及ぶ。もっとも取調べという捜査手法の性質上、有形力の行使に伴い身体・行動の自由や住居・所持品等に関するプライヴァシイの利益等の法益の侵害・制約が生じ得る場合とは異なり、取調べによる法益侵害の質や程度を想定することはできない。取調べが対象者の意思に対する働き掛けにより任意の協力を求める性質の活動である以上、意思決定の自由に対する侵害・制約が認められるにもかかわらず、意思の自由侵害が取調べの必要性との権衡で正当化されるとは考え難い。供述をするかどうかの意思決定の自由に対する侵害・制約が認められる以上、これを適法な任意捜査と評価する余地はないというべきである。(2)法は、このような「取調べ」の性質に鑑み、虚偽である場合に事実認定を誤導する危険の高い被疑者の自白や不利益な事実の承認については、「任意にされたものでない疑のある」場合,これを証拠とすることができないと定めて,供述獲得過程の「任意性」を担保しようとしている(法319条1項・322条1項但書)。なお,虚偽供述を導く危険が高く、それ自体が重大な法益侵害行為でもある強制・拷問・脅迫等を用いた取調べが許されないのは当然である(憲法 38条2項・36条)。また。その他の公判期日外の供述についても、「任意にされたものかどうかを調査した後でなければ、これを証拠とすることができない」(法 325条)。このような証拠法による事後的規律に加えて、法は、任意捜査である取調べの手続についてとくに具体的な規律を設けて、捜査機関による供述獲得過程の適正を担保しようとしている(法198条・223条、一定の事件の被疑者取調べの録音・録画について法 301条の2)。その詳細は後述する〔II1,2〕このような取調べをめぐる法的規律の基本趣意は,供述獲得過程の適正を確保し虚偽の危険が小さい任意の供述を収集・保全することにあるが、とりわけ被疑者に対する取調べは、捜査機関から罪を犯したと疑われている者に向けられたものであるだけに、それが追及的となり被疑者の供述をするかどうかの意思決定の自由が侵害される危険が伴う。他方、刑罰法令の中には、被疑者の供述なしに要件要素を証明可能な犯罪類型があるものの。犯罪成否の証明に被疑者の供述が重要な意味を持つ犯罪類型も少なくない。また、犯行の動機・目的といった量刑に関する重要事実、さらには量刑または起訴猶予相当かを判断するのに必要な情状に関する事実(法 248条参照)について被疑者の供述が有用である場合も多い。このため、被疑者が黙秘権を行使して一切の供述を拒む場合を除き、捜査段階ではほぼ例外なく被疑者の取調べが実施されている。こうして、供述証拠獲得に向かう強い導因と被疑者取調べという手法自体の性質に由来する意思の自由侵害の危険を勘案しつつ、取調べ過程の適正を担保するため,法的規律の厳格な解釈・適用が要請されるのである。(3) 供述獲得過程の適正担保の観点からとくに注意を要するのは一言い換えれば被疑者の意思決定の自由侵害が生じる危険が高いのは身体拘束中の被疑者に対する取調べである。前記のとおり取調べ自体の法的性質は任意捜査であり、被疑者の任意の協力に基づくものでなければならないが、法は、身体行動の自由を奪された逮捕・勾留中の被疑者に対する取調べを許容しているので,身体拘束状態の下で実施される取調べ過程の適正確保は、とりわけ重要な課題である。この点については、取調べ過程の適正と供述の任意性について同時的または事後的検証を可能とする制度的安全装置が必ずしも十分でないため、法解釈・運用にとどまらず立法論・制度論に及ぶ議論がある〔IV1(3))。(4) 身体拘束処分を受けている被疑者の取調べが、事実上、出頭拒否・退去の自由がなく取調室に滞留する義務を課す態様で行われていることから、その過程で,身体拘束処分の明示的理由とはなっていない余罪被疑事実についても同様の態様で取り調べることに法的限界があるか、議論がある[I2。また。法律上は身体拘束処分が行われていないにもかかわらず、事実上身体拘束処分が行われているのと同様の状態を利用して被疑者を取り調べるという違法捜査が実行される場合もあり得る。このような場合の法的処理についても、的確な法解釈を通じた規制が要請される〔Ⅲ(5)捜査段階においても、一定の要件に該当する場合には、公判期日における供述獲得方法と同様に、供述を法的に強制する途が用意されている(裁判官に対する証人尋問の請求)。対象者(被疑者以外の者)に誓させた上、尋問に対する応答を通じて真実を供述する法的義務を課すものである。公判期日における証人尋間と同様、法的強制があるからといって、もとより供述の信用性・証拠としての価値を損ねるものではない。その要件と手織及び獲得された供述の証拠としての扱いについては、後述する〔II 3〕

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

被疑者の身体拘束|身体束処分に関する諸問題|再度の逮捕・勾留の可否

公開:2025/10/21

(1)法は身体拘束時間・期間を厳格に規律して、重大な基本権侵害である身体拘束処分の無制約な継続を認めていないから、同一の被疑事実について、特段の理由もないのに、身体拘束処分を繰り返すことが原則として許されないのは皆然である。ひとたび釈放された被疑者について、同一被疑事実について再度逮捕や勾留を行う合理的理由のある場合が想定できるか、できるとしてそれはいかなる場合であるかが問題である。(2)逮捕については、II 1(1)のとおり前に逮捕状の請求または発付があった後に、同一の犯罪事実について再度逮捕状が請求される場合があることを想定した条項があるが(法 199条3項),この条項が、逮捕後釈放された被疑者を再び同一被疑事実で逮捕することを許容する直接の根拠になるとまではいえない。先行する第1次逮捕手続が適法である場合、同一被疑事実で被疑者を再逮捕するのが合理的と考えられるのは、逮捕後留置中に被疑者が逃亡した場合や、留置の必要がないとして釈放された被疑者について身体拘束の理由や必要性が新たに認められた場合のように特段の事情変更が認められる場合(例えば、釈放後に逃亡・罪証隠滅のおそれがあることが新たに判明した場合)であろう。このような釈放後の特段の事情変更による再逮捕まで一切許されないとすれば、法が予定した逮捕段階での捜査機関限りの判断による釈放(法 203条1項・205条1項・204条1項)の運用が過度に厳格化することが見込まれ、適切とは思われないからである。これに対して、先行する逮捕手続に違法があるため、検察官がそのまま勾留請求せず一度被疑者を釈放した場合(前記 1(3)*)についてはどうか。この場合。前記のような特段の事情変更がない上。適法な連捕後の再速捕でさえ例外的な場合に限られることとの関係で、先行する第1次連捕手続に達法があるとかえって無条件に再逮捕が許されるとするのは適切でない。他方。被疑者の教放により先行する手続の違法状態が解消されたと見れば、釈放時点で逮捕の要件があり、かつ最初の身体拘束時点からの時間制限内に勾留請求されることが見込まれるならば、法の時間制限の趣意には反しないから再逮捕を許容できる場合もあり得よう(例えば、察官が緊急逮捕すべきところ手続の選択を誤り準現行加速捕を行った場合に、この違法手続を認知した検察官が一度被疑者を釈放した後、その時点で緊急速の要件があり捕の必要性の認められる被疑者を再速捕する場合)。ただし、先行する逮捕手続の違法が極めて重大である場合(例えば、およそ逮捕の要件が欠如しているのに実質的な身体拘束を行った場合等)には、再逮捕を認めるべきでない。そうでないとこのような違法手続が利用されるおそれがあるからである。(3) 勾留については、逮捕と異なり、同一被疑事実について再度の勾留(再逮捕後の再勾留)に係る明文規定はない。逮捕に比べ勾留の拘束期間は長期に及ぶ。これは、逮捕より被疑者に対する基本権侵害の程度が大きいことを意味するから、再度の勾留が許される場合があるとしても、それは極めて例外的な場面に限られると解すべきである。なお、法が逮捕前置の制度を設けていることは、その制度趣旨から、再度の勾留という拘束状態の負荷を許容する根拠にはなり得ない。例外を認める実質的理由があるとすれば、勾留期間満了前の検察官の判断による釈放や裁判官の勾留取消しの判断が過度に厳格化することを避ける点に求めることができる。法定された物束期間制限の趣意を潜脱することを防止するという観点から、特段の事情変更があり、かつ総じた身体拘束期間が、法定の拘束期間の趣意に反しない合理的な限度に留まるものでなければならない。以上の点に鑑みれば、先行する第1勾留期間が満了して釈放された場合の再留は許すべきでない。また。第1次勾留期間満了前に釈放された被疑者を再留する場合には、再勾留の期間について勾留裁判官が第1次富における拘束期間を勘案し、残存期間を指定することができると解すべきである。(4)前記2のとおり、身体拘束処分は被疑事実を単位に行われるから、被疑事実が1個であるときはこれに基づく逮捕・勾留の個数も1個であるのが原則である。実体法上1個の犯罪に対する1個の刑期権を実現することを目的として作動する刑事手続の個数も、これに対応して1個であるべきであり、一罪を恣意的に分割して各別の事実について逮捕・勾留を複数回行うことは許されない。これを「一罪一逮捕一勾留の原則(分割禁止の原則)」という。(5) 被疑者が実行した時と場所を異にする複数の可罰的行為が実体法上一罪とされる犯罪(例。常習一罪、包括的一罪)について、そのうちのひとつの可罰的行為に基づいて身体拘束処分を受けた場合、これと一罪の関係にある別の事実について身体拘束処分を行う必要が認められるとき、この原則の例外を認めることができるか。できるとしてそれはどのような場合であるか。一罪一逮捕一勾留の原則の基本的な考え方は、捜査機関の恣意的判断を抑制し手続を明確化する観点からできるだけ維持すべきである。第1次拘束の時点以前に実行されていた可罰的行為が拘束前から捜査機関に判明していた場合や、釈放後に判明した場合については、原則としてこのような事実に基づく再度の身体拘束は許されないと解すべきである。他方で、第1次拘束からの釈放後に再び一罪の関係にある可罰的行為が実行された場合には、捜査機関がこのような事実を前の身体拘束処分のもとで同時に捜査・処理する論理的・現実的可能性がなかったのであるから、必要があれば再度の身体拘束を認めても不合理ではない。なお、釈放後に新たに判明した第1次拘束前の可罰的行為が、同時処理する現実的可能性がなかったのもやむを得ないと認められ、それが特段の事情の変更により判明した場合であれば、再逮捕・再勾留の場合同様、再度の身体拘束を認める余地があろう。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

被疑者の身体拘束|身体束処分に関する諸問題|身体拘束処分と被疑事実との関係

公開:2025/10/21

1) 身体拘束処分の要件に共通するのは、特定の具体的な被疑事実について一定の嫌疑が認められることである。裁判官によって通常逮捕や勾留の要件たる「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」(法199条・60条1年)の存否が審査され、審査対象とされた「罪」の内容は命状に「被疑事実の要旨」として具体的に明示記載される(逮捕状について法200条、勾留状について64条1項)。これは、令状に明示記載された具体的事実について数判官が身体拘束の正当な理由を認めたことを手続上明確にすると共に、そのような被疑事実について被疑者の身体拘束処分を許容していることを意味する。言い換えれは、手続上明示顕在化されていない被疑事実については、裁判官の審査を経ていないのであるから身体拘束処分の効力は及ばないと解される。                (2)このように、身体来処分の効力は、裁判官の審査を経て手続上明示在化されている被疑事実についてのみ及ぶという考え方を「事件(被疑事実)単位原則」という。身体拘束処分は被疑者に対して実行されるものであり。ひとたび拘束された被疑者に複数の被疑事実が競合する場合(例えば、死体遺棄被疑事実で逮捕・勾留されている被疑者について、密接に関連する殺人被疑事実についても身体拘束処分の下で捜査をする必要が認められる場合),既に実行されている身体拘束処分を別の被疑事実に関する捜査目的に流用することにより、全体としての拘束期間を短縮できる可能性はあり得るが(例えば、死体遺棄による勾留期間の延長に際して殺人に関する捜査の必要性をも併せ考慮する),このような方法は基本的に妥当とはいえない。ここでの問題は、1人の被疑者に複数の被疑事実が現に競合する局面において、裁判官による身体拘束の正当な理由の審査を被疑事実ごとに明示顕在化して行うのと、潜在的な状態のまま考慮勘案するのとで、いずれが適切かである。身体拘束処分に対する裁判官の関与の趣旨・目的からして答えは自ずと明らかであろう。複数の被疑事実について身体拘束処分の理由と必要が認められる場合には、それぞれの被疑事実について逮捕・勾留を行うべきである。この結果、1人の被疑者に複数の身体拘束処分が競合することになるが(例えば死体遺棄被疑事実で勾留中に殺人被疑事実で逮捕・勾留される場合)、それが実態に即し手続上も明示顕在化された競合である点で何ら問題はない。複数の被疑事実について身体拘束処分が順次実行されると、拘束期間が長期に及ぶ可能性が生じるが、その点は別途期間設定について解釈運用上の調整があり得よう。(3) 以上のとおり、身体拘束処分の効力はその正当な理由を裁判官が審査し令状に明示記載された被疑事実についてのみ及ぶ。したがって、勾留延長(法208条)や勾留取消し(法87条)の要否の判断、接見・授受の制限(法81条)についても、競合するいまだ逮捕・勾留されていない他の被疑事実を考慮すべきではない。身体拘束処分の根拠とされ勾留状に記載された被疑事実のみを対象として検討されるべきである。*既に行われた身体拘束処分が、その根拠とされた事実以外の犯罪事実の捜査に現に利用されていた場合において、事後的にこのような事情を身体拘束された者の利益に考慮勘案することは、潜在的被疑事実について身体拘束処分の効果を流用する場面とは異なるから、別論である。例えば、無罪とされた事実による勾留日数を勾留されていなかった有罪とされた事実の刑期に算入することを認めた事案(最判昭和30・12・26刑集9巻14号 2996頁)や、逮捕・勾留された事実は不起訴となり、その拘束期間を利用して捜査が実施され起訴された事実が無罪とされた場合に、不起訴となった事実についての身体拘束を刑事補償の対象とした事案(最大決昭和31・12・24刑集10巻12号1692頁)は、いずれも既に行われた身体拘束処分の果たしていた機能を拘束されていた者の利益方向に考慮勘案したものである。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

被疑者の身体拘束|身体束処分に関する諸問題|逮捕と勾留との関係

公開:2025/10/21

1) 被疑者の勾留には、逮捕手続が先行する。法207条1項は勾留請求を「前三条の規定」すなわち被疑者の逮捕及び逮捕後の諸手続を経ることによってのみ認めている。このような制度設計を「逮捕前置(逮捕先行)主義」と称する。逮捕は一定時間の身体拘束継続(留置)を伴うので、法制度として逮捕なしの勾留があった方が身体拘束期間を短縮でき被疑者に利益であるようにも見える。それにもかかわらず現行法が逮捕前置の制度を採る実質的な理由として考えられるのは、次の2点であろう。第一,身体拘束という重大な基本権侵害処分を二段階に分け、各段階に裁判官の審査を介在させることにより、慎重を期すこと(ただし現行犯逮捕は例外)。第二、比較的短時間の拘束である逮捕段階において,被疑事実を告知しこれに対する弁解を聴取した上で、捜査機関限りの判断と裁量により被疑者を釈放する余地を認めることにより(法 203条1項・205条1項204条1項),いきなり長期間の身体拘束に及ぶのを回避する途を設定しておくこと。(2)このような逮捕前置の趣意に鑑みると、被疑事実Aで逮捕された被疑者について、勾留請求段階までにA事実の嫌疑が薄らぎこの事実に関しては釈放できる状態であるが、逮捕中に別の被疑事実Bの嫌疑が生じて、これについて身体拘束処分を行う理由と必要があるときは、そのままB事実で勾留すべきではない。改めてB事実について逮捕の手続を踏むべきである。B事実について第一段階の裁判官による審査を省略するのは適切でなく、また、B事実について逮捕段階で釈放され勾留されないで済む可能性を奪うことになるからである。これに対して、A 事実につき勾留理由が認められる場合に、B事実を追加して勾留請求されるときは、形式的にはB事実に関する逮捕手続が省略され第一段階の裁判官による審査を父くが、A 事実については逮捕前置の要請が満たされている上、被疑者がA事実で勾留されることが動かない以上、釈放される余地がない。他方、B事実による逮捕を略すのは拘束時間が短くなる点で被疑者に利益であるから、このような勾留は許容されると解される。(3)逮捕手続が勿留請求に先行・接着していることから、連段階に達法があった場合、これを前提に引き続き行われる勾留請水の効力に影響が及ぶことが考えられる。法は、勾留の理由があっても、正事由なく法定の時間制限を超えてなされた勾留請求を却下し被疑者を釈放しなければならないとしているが(法207条5項但書・206条2項),これは時間制限を超えた身体拘束の継続が法的根拠をく重大な違法状態であり、引き続く勾留請求はこの重大違法の影響を受け無効であることを理由とするものと解される。そうだとすれば、勾留請求に至るまでの手続段階で法に明記された時間制限超過に匹敵する重大な違法があった場合には、同様に,これに引き続く勾留請求も違法性を帯びた無効な手続であると見て、これを却下すべきである。このような法解釈を支える実質的な理由は次のとおり。①現行法は逮捕手続自体の適法性を裁判官が再審査する途を用意していない(連捕に関する準抗告の制度はない。法429条参照。最決昭和57・8・27刑集36巻6号726頁)。他方で、逮捕前置主義の趣旨・目的が裁判官に身体拘束処分の正当性について慎重な審査点検を行わせることにあるとすれば、勾留請求段階において、裁判官が勾留の実体的要件の存否に加え、これに先行する逮捕手続の適否や被疑者の身体・行動の自由に係る状況の適法性を審査する機会が必要と見るのが合理的である。勾留裁判官が先行する逮捕留置時間制限超過の有無を点検できる法規定は、その典型的一場合と見られる。②先行する手続に重大な違法があるにもかかわらず、これを全く願識することなく部を認めることができるとすれば、違法な手続を行ってでも勾部の実体的要件さええばよいという法軽視的運用を誘発するおそれがある。このような違法捜査を抑制するという政策的見地から、勾留請求に先行する手続過程の重大な違法については、勾留請求却下という形で裁判官がその違法性を明示顕在化して対処するのが相当である。以上の実質的理由から、逮捕の基本的な要件・手続を潜脱するような重大明白な違法があれば、これに引き続く勾留請求は却下されるべきである。例えば、拘束時間制限超過と同様におよそ正当な根拠のない身体拘束状態が生じていたと認められる場合(身体拘束の実体的要件がないのに実質上身体拘束状態にした場合。実質逮捕の時点から勾留請求までが時間制限内であるか香かを問わない),逮捕状の基本部分に重大明白な瑕疵があった場合等がその例である。なお、身体拘束の実体的要件はあったが手続の選択を誤った場合(例えば緊急逮捕すべきところ誤って要件の充足していない準現行犯逮捕をした場合)も、法定要件の充足しない身体拘束処分を行ったという意味で明白な手続違反である。* 察の違法な身体拘束処分を法律家として初めに認知し得るのは、身柄送致を受ける検察官である。勾留請求の権限を有する検察官は、勾留裁判官と同様に、先行する身体拘束過程の適法性を点検しその適正を担保すべき責務を負う。検察官は、先行する身体拘束過程に違法を認知した場合には、そのような違法状態を解消するため被疑者を釈放すべきであり、そのまま勾留請求すべきではない。勾留裁判官による請求却下が見込まれる前記のような場合,検察官はいったん被疑者を釈放すべきである。その上で同一被疑事実について度の逮捕とこれに引き続く勾留請求が可能であるかは、別途検討される事柄である〔後記3(2)〕

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8
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