「捜査機関」とは、捜査を担当する国家機関をいい。司法察職員。検察官。検察事務官がこれに当たる。第1次的な捜査機関は「察官」である。察官は「(一般)司法察職員」として捜査を行う(法 189条)。このほか、別に法律で定めるところにより、特別の事項について司法察職員としての職務を行うべき者を「特別司法察職員」という(法190条。例麻薬取締官,海上保安官。労働基準監督官等)。「司法警察職員」は、刑事訴訟法上の機関名であり、「司法察員」と「司法巡査」からなる(法 39条3項参照)。両者の権限には状の請求権限の有無等について差異があるので、注意を要する(法199条2項・218条4項・203条・224条・225条等)。警察官のうち、いずれを司法警察員とするかは、各公安委員会の定めるところによる。事件処理と公判遂行を独占的に担当する「検察官」も(法247条・218条)必要と認めるときは、自ら犯罪を捜査することができる(法191条1項)。「検察事務官」は、検察官の補佐機関として検察官の指棚を受け。捜査を行う(法191条2項)。旧法では、捜査の主辛者は検察官であり、警察官はその補佐機関という位置付けであったが、現行法はこのような検察と警察との関係に根本的な変更を加えた。両者は各々独立の機関として「相互協力」の関係にある(法192条)。警察官は検察官の補佐機関ではない。もっとも、前記のとおり捜査は検察官による公訴提起と公判手続の遂行を目的とすることから、これに備えて検察官には、第1的捜査機関である警察官に対して、捜査に関し、指示または指類をする権限が付与されている。検察官は、捜査の適正その他公訴の遂行に必要な事項に関する一般的準則を定めることにより、警察官に対し一般的な指示をすることができる(一般的指示権、法193条1項。例,「司法察職員捜査書類基本普式例」。また、検察官は、その管轄区域により、捜査の協力を求めるため、警察官一般に対して、必要な一般的指揮をすることができる(一般的指揮権、法193条2項。例.数個の警察署にまたがる関連事件の捜査に関し、統一的捜査方針・計画を立てこれに基づく捜査の協力を求めるための一般的指揮)。さらに、検察官は、自ら具体的事件の捜査をする場合に必要があるときは、察官を指揮して捜査の補助をさせることができる(具体的指揮権。法193条3項)。察官はこれらの指示または指揮に従わなければならない(法193条4項・194条)。
1)「捜査」とは、「捜査機関」が「犯罪があると思料するとき」。①「犯人」と疑われる者を発見・掌握する手続過程と、②犯罪事実に関する「証拠」を収集・保全する手続過程の複合である(法 189条2項)。当該犯人と犯罪事実について、検察官による公訴提起と公判手続の遂行を目的として行われるのが原則形態である。* 捜査機関が「犯罪がある」と思料する対象は、捜査開始以前に発生した事象である場合が通例である。もっとも、反復・継続的に実行される形態の犯罪や、いわゆる「おとり捜査」については、発生の蓋然性が高度に認められる事象である場合もある(例えば、現行犯逮捕を見込んで、常習的にスリを反復・継続している疑いのある者を尾行監視する活動や、捜査機関が禁制薬物の売人に譲渡行為を実行するよう働き掛ける活動)。これらは、実行の蓋然性が高度に見込まれる犯罪について公訴提起と公判手続の遂行を目的とする活動である点において、過去に実行された犯罪を対象とする場合と異なるところはないから、「捜査」として、刑事訴訟法による規律を及ぼすべきである。判例は、捜査機関による「おとり捜査」の働き掛け行為を法197条1項に基づく任意捜査と位置付けているので(最決平成16・7・12刑集58巻5号333頁),このような考えに立つとみることができる〔第7章】。(2)法は、具体的に特定された被告人に対して公訴提起を行うことを想定し(法249条・256条2項1号)。被告人が公判期日に出頭しなければ公判手続を行うことができないのを原則としているので(法286条)、特来の公訴提起と公判手続行のために、被告人となる可能性のある者を発見・学握し、必要があればその身体・行動の自由を奪して逃亡や罪証隠滅活動を防止するのである。また、刑事手続の目的は、公判手続において刑罰法令の適用実現の前提となる具体的事実を認定することにあるから、そのための「証拠」を的確に収集・保全しておくことが不可欠の前提となる。* 公訴提起前に犯人が死亡した場合(例えば、犯行直後に犯人が自殺した場合)。公訴提起はあり得ない(明文はないが、検察官は被疑者死亡を理由に不起訴処分を行う。なお公訴提起後被告人が死亡した場合には、法339条1項4号により公訴棄却の決定で手続が終了する)。しかし検察官が事件処理を行うのに必要な範囲で事案を解明するため。証拠の収集・保全等の活動が行われる。これは、例外的に公訴提起・公判遂行を直接目的としない捜査と位置付けられよう。これに対し犯人が刑事未成年であることが明瞭である場合、公訴提起の対象となる「犯罪がある」とはいえないので(刑法41条)、刑事訴訟法上の「捜査」はできない。しかし、このような「触法少年」(「14歳に満たないで刑罰法令に触れる行為をした少年」をいう。少年法3条1項2号)については、家庭裁判所が、非行事実の存否等を認定する少年審判を行うことがあるので(同法3条)、そのための証拠を収集・保全する必要から、警察官による「調査」が行われる(同法6条の2)。察官の調査については、刑事訴訟法の定める強制処分の規定が「準用」される(同法6条の5)
2024(和6)年2月15日の法制審議会総会において、法務大臣問第122号に対する答申として、いわゆる「刑事手続のIT化」に関する法改正の要網が示されている。この諮問は、「近年における情報通信技術の進展及び普及の状況等に鑑み、[下記]・・・・の事項に関して刑事法の見直しをする必要があると思われるので、その法整備の在り方について、意見を承りたい。•・- 刑事手続において取り扱う書類について、電子的方法により作成・管理・利用するとともに、オンラインにより発受すること。二 刑事手続において対面で行われる捜査・公判等の手続について、映像・音声の送受倍により行うこと。三 一及び二の実施を妨げる行為その他情報通価技術の進展等に伴って生じる事象に対処できるようにすること。」というものであった。情報通言技術の進展及び普及は刑事手続に関する様々の局面で、手続関与者間のコミュニケイションに多くの利便性・効率性をもたらすものであるが、他方、刑事手続においては、関与者特に被疑者・被告人の基本的な権利や、手続運用を支える前記の基本理念との関係で、利便性・効率性を追求するあまり様牲にしてはならない基本的価値がある。法制審議会答申を準備した刑事法(情報通技術関係)部会においては、このような視点も踏まえて活発な議論が行われた。法制審議会答申「学網(骨子)」の概要は次のとおりで、要綱は第1.第2第3から成る。なお、将来法改正が見込まれる制度の具体的内容や議論された課題については、本書の関係箇所でも適宜説明を加える。要網(骨子)「第1-1」は、訴訟に関する書類の電子化に関して所要の規定を設けるもので、①電磁的記録による公判調書の作成等について〔第3編公判手続第4章X2*)、②竜磁的記録である訴訟に関する書類等の関覧・勝写について〔第3編公判手続第4章X2*、第5編裁判第1章(2)*)、③申立て等及びその記録の電子化について、④竜磁的方法による告訴・告発等について、⑤電磁的記録の送達について、⑥公判廷における電磁的記録の取調べ等について、⑦供述の内容を記録した電磁的記録等の作成及び取扱い〔第1編捜査手続第4章立3(2)*】について、それぞれ、訴訟に関する書類の電子化に係る規定を整備するとしている。これらの規定が基備されることにより。裁判所に提出される証拠書類や手続書類が電子データとして作成され、書面のやり取りによってなされている手続が電子データのやり取りにより行われ、裁判所においても、訴訟に関する書類が電子データとして作成・管理・利用されることとなり、刑事手続の円滑化・迅速化に資すると考えられる。「第1-2」は、電磁的記録による状の発付・執行等に関する規定を整備するもので、逮捕状、勾留状及び鑑定留置状といった裁判所・裁判官の発する令状は、いずれも、書面によるほか。電磁的記録によっても発付することができるとするとともに、紙の状と同様の内容が表示されるように同様の事項を記録することとし、電磁的記録による状は、電子計算機の映像面等に表示して被処分者に示して執行することができるとするものである〔第1編捜査手続第1章13(4)**,同第3章11(3)**、13(3)*、同第5章皿3(3)*。「第1-3」は、電磁的記録を提供させる強制処分を創設するもので、これに伴い,現行法に規定されている記録命令付差押えを廃止する〔第1編捜査手続第5章11(2)**、V*)。「第1-4」は、電磁的記録である証拠の開示等についての規定を備するもので、現行の証拠開示に関する規定に関して、証拠書類または証拠物の全部または一部が電磁的記録であるときの関覧・謄写の機会の付与の方法等を明確化する規律を設けるとともに、電磁的記録をもって作成された証拠の一覧表の提供等についての規定を整備する〔第3編公判手続第3章14(h)*)。要網(骨子)「第2-1」は、刑事施設等との間における映像と音声の送受による勾留質問・弁解録取の手続を行うための規定を創設するもので、その要件や、その場合に被告人・被疑者に告げるべき内容などを規定している[第1編捜査手続第3章皿2(3)* *)。「第2-2」は、映像と音声の送受信による裁判所の手続への出席・出頭を可能とする制度を創設するもので、具体的には①検察官、弁護人、裁判長ではない裁判官,被告人が、ビデオリンク方式で公判前整理手続期日等に出席・出頭することについて〔第3編公判手続第3章112(1)*),②告人,弁護人,被害者参加人等が、ビデオリンク方式で公判期日に出席・出頭することについて〔第3編公判手続第1章1(6)*),③裁判員候補者や被告人が、ビデオリンク式で判員等選任手続期日に出席・出頭することについて(第3組公判手続第6率213)*) それぞれ、手続の性質に即して、一定の要件の下で行うことができるとしている。「第23」は、証人尋問等を映像と音声の送受信により実施する制度を拡充するもので、具体的には、証人尋間をビデオリンク方式で実施することができる場合として、新たに、専門家である証人に鑑定に属する供述を求める場合や、証人が傷病等のために出頭困難である場合、刑事施設等に収容中の証人であって出頭困難な状況にある場合、検察官及び被告人に異議がなく裁判所が相当と認める場合などを加え、雛定を命ずる手続や通訳について、裁判所が相当と認める場合にビデオリンク方式によることができるとする〔第3編公判手続第4章1I5(4)**,W1(4)*、2*)。なお、映像と音声の送受により手続を行うことに関しては、これらのほかに、被疑者・被告人と弁護人等との接見について、これをオンラインで行うことを被疑者・被告人の権利として位置付ける規定を設けるべきとの意見が述べられ、部会においては、この点についても議論が重ねられたが、「要綱(骨子)」に記載されるに至らなかった。その経緯の詳細については〔第1編捜査手続第9章II3(5)***)。また、被害者がオンラインにより公判を傍聴できるようにすべきであるとの意見も述べられたが、これに対しては、刑事手続にとどまらず民事訴訟などを含めた裁判制度全体に関わる問題であり、慎重な検討を要する、といった意見が述べられ、同様に、「要綱(骨子)」に記載されるには至らなかった。要綱(骨子)「第3-1」は、電磁的記録をもって作成される文書の頼を害する行為を処罰するための罰則を創設するもので、文書や図画として表示されて行使されることとなる電磁的記録を、行使の目的で偽造する行為などを、文書造と同様に処罰する。「第3-2」は、電子計算機損壊等による公務執行妨害の罪を創設するもので、公務員が職務を執行するに当たり、その職務に使用する電子計算機やその用に供する電磁的記録を損壊したり、その電子計算機に虚偽の情報や不正の指令を与えるなどすることにより、その電子計算機に使用目的に沿った動作をさせない行為を現行刑法の暴行・脅迫による公務執行妨害罪と同様に処罰する。「第33」は、新たな犯罪収益の没収の裁判の執行及び没収保全等の手続を※入するもので、職は資産など、その後能についてお記等の制度がなく。債務者やこれに準ずるものが存在せず。物体性もない財産権について、その没収の裁判の執行及び没収保全等の手続を設けるものである。「第3-4」は、通信傍受の対象罪を追加するもので、狙罪捜査のための通信傍受に関する法律別表第2に掲げる対象犯罪に刑法 236条2項(利益強盗)。246条2項(利益詐欺)及び249条2項(利益恐喝)の罪を加えるとしている〔第1編捜査手続第7章I3(2)**)。
前記のとおり、当事者追行主義の審理方式が、正確な事実の認定とこれに基づく判決に向けて正常に作動するためには、手続を主導する当事者の十分な準備活動が不可欠である。検察官は、刑事訴追を行う権限を独占した国家機関であり(法247条)。個別事件について、刑罰権の具体的実現を求め、公判手続においては有罪判決を獲得するための主張・立証活動を行う。これに対して起訴された被告人は、補助者である弁護人の援助を受けて、防禦活動を行う。検察官の犯罪事実及び重要な量刑に関する事実の主張の素材となる証拠は、前記のとおり捜査手続において収集・保全され、それは捜査手続の過程を通じて事件について起訴・不起訴の決定(これを検察官の「事件処理」という。法 248条)権限を有している検察官のもとに集積される(法 246条)。検察官は、法律家としてこれらの証拠を精査・検討し、起訴する場合には、将来の公判で主張すべき具体的事実を整理・画定し、裁判所の審理・判決の対象となるべき「公訴事実」を起訴状に記載・明示して公訴提起を行うのである(法 256条)。他方。被告人側は、公訴提起後第1回公判期日までの間に、検察官が公判で主張・立証する予定の事実の具体的内容とこれを証明するための証拠や、一定範囲の防禦準備にとって重要な証拠等の開示を受けた上で、公判期日において、検察官の主張する事実に対してどのような法律上・事実上の主張や反証活動を行うか、どのような証拠を取調べ請求するか等の方針を策定する。このような両当事者の主張を第1回公判期日前に突き合わせて、公判手続における争点と証拠をあらかじめ整理することにより、迅速かつ充実した公判審理を実現しようとするのが、「公判前整理手続」である(法316条の2以下)。この手続は常に用いられるわけではないが、裁判員裁判対象事件では必要的に(判員法49条)、またそれ以外の事件でも、手点が複雑な事件等で用いられている。両当事者の準備活動においては、検察官と弁護人に法律家としての専門的技量が強く要請される。すなわち、多様な証拠・資料を精査・分析し、当事者として主張すべき「事実」を整理・明断化して記述し、その証明に必要不可で意味のある証拠を選定し。そのうえで、事実認定者である裁判所に対してする法律上・事実上の主張の組み立てを構成し、公判期日において行う証人尋問等の証拠調べの準備を行う。このような当事者による事前の周到徹底した準備なくして、現行法の当事者追行主義訴訟手続が、正確な事実の認定に向けてその真価を発揮することはできない。公判前の準備段階における両当事者の努力が弛緩・衰弱すれば、結局。捜査段階で集積された証拠を未理のまま多量に公判に頭出し、あとは裁判所の事案解明活動にすべてを委ねざるを得ないといった運用が生じるおそれがある。従前の刑事裁判には、多分にそのような傾向が見受けられたことは否定できない。それは、現行法の基本精神に反する不健全な事態であったといわなければならない。*「裁判員」の参加する刑事裁判制度の導入は、従前、専門家のみによって運用されてきた刑事手続の様相に顕著な変化をもたらしたが、裁判員制度導入を見込んで行われた大規模な法改正は、充実した公判審理を続的、計画的かつ迅速に行うため、事件の争点及び証拠を整理することを目的とした「公判前整理手続」の設計導人にとどまる。それ以外の変化は主として公判における証拠調べの運用、これを担う法律専門家(検察官及び弁護人)の活動の在り方の変化。ならびに当事者追行主義における裁判所の役割すなわち判断者としての立場の再認識という形で現れることになった。このような運用上の変化に通底するのは、現行刑事訴訟法の制定当初からそこに埋め込まれていた当事者追行主義に由来する諸制度の的確な作動を徹底し、各専門家が法律家としての本来の役割を十全に発揮すること、また、各専門家が、これまで日々使い動かしてきた刑事手続の目的と意味を明瞭に意識して運用するよう務めることであった。この意味で裁判員制度の導入は、現行刑事訴訟法に内在していたその本来の設計思想を顕在化させ、充実した公判審理とい刑事裁判の本来的目的を達成するための強力な触媒になったといえよう。なお、同じ刑事手続法規が適用される裁判員裁判対象事件とそれ以外の事件で、手続の運用を異にする理由はないはずである。裁判員法は裁判所法の特別法であるが、刑事訴訟法の教習手続に対する特別法ではない。〈序 参考文献〉長谷部恭男編・注釈日本国憲法(3)(有斐閣、2020年)831【法定手続の保障】(土井真一)
(1) 以上のように証拠に基づく正確な事実の認定は、刑事手続の全体を通じた到達目標であるが、この目標を達成するために、どのような方式・形態の刑事裁判手続を設計するかについては、唯一絶対の正しい在り方が決まっているわけではない。歴史的にもまた現代文明諸国の刑事裁判手続を比較しても、正確な事実の認定という共通の目的に向けて設計された刑事裁判制度は多様である。わが国の現行刑事訴訟法の刑事裁判手続は、「事者追行主義」という手続の基本的構成原理(訴訟の「基本的構造」と称される。この用語は最高裁判所が法解釈を説示する際に用いたものである。例えば、訴因変更命令の効力に関する最大判和40・4・28 刑集19巻3号270頁)に基づいて造型されている。裁判手続は、事実を認定し判決をする裁判所と事者との活動によって進行してゆく。刑事裁判手続の当事者は、検察官と被告人である。なお被告人の補助者として弁護人が活動する。事者追行主義とは、裁判手続の進行について、裁判所と当事者との関係に着目したとき、裁判所ではなく当事者が手続行の主導権を持つ方式のことを意味する。これに対して、裁判所が主導権を持つ方式を「職権(無理)主義」という。例えば、現在のヨーロッパ大陸法圏諸国(ドイツ。フランス等)や、かつてドイツ法の強い響のもとに制定されたわが国の旧刑事訴訟法(1923[大正1!年制定)は、職権主義の方式を採用している。これに対し、現行刑事訴訟法や現在のアングロ=アメリカ法圏に属する諸国の刑事裁判手続は、当事者追行主義の方式を採る。(2)当事者追行主義方式の具体的内容、すなわち裁判所ではなく当事者が手続行の主導権を持つというのは、大要、そのようなことを意味している。第一、刑事裁判における審理・判決の対象を設定する権限は、裁判所ではな<当事者として刑事訴追を遂行する検察官にあること。したがって、裁判所は、原則として、当事者たる検察官が起訴状に具体的に記載して主張する罪となるべき事実(これを「公訴事実」すなわち「訴因」という。法 256条2項・3項)についてのみ、審理し判決する権限と義務を有する。裁判所は検察官の主張していない事実について審理・判決することはできない。すなわち審理の過程で、検察官の主張とは異なった事実が認定されると見込まれる場合であっても、裁判所は、検察官が自ら審理・判決の対象を当初の設定から変更して主張しない限り(これを「訴因の変更」という。法312条1項)、それについて審理・判決することはできない。そして審理・判決の対象の変更は、当事者たる検察官の権限であり、裁判所は、原則として、これに介入しない。第二、公判手続の中心をなす証拠調べを請する権限は、原則として、当事者たる検察官、被告人または弁護人にあること(法298条1項)。したがって、裁判所は、原則として、事者が取調べを請求しない証拠について自ら積極的に証拠調べを行う訴訟法上の義務を負うことはない。例えば、検察官が起訴状に記載して有罪判決を求める公訴事実が、「被告人Xは〇月〇日京都市左京区吉田町3番地のV宅に侵入しV所有のダイヤモンド指輪1個を窃取したものである」という住居侵入・窃盗罪を構成する事実であったとき、裁判所はこのような事実が事者の取調べ請求する証拠から認定できるかどうかについてのみ審理し判決することができる。仮に、審理の結果、Xが直接♥の指輪を窃取したのではなく、同日頃V宅付近の路上でYから盗品であると知りながらその指輪を買い受けたという事実が明らかになった場合想定すると、裁判所は、検察官が起訴状の公訴事実の記載をこのような事実の記載に変更しない限り、盗品関与の罪で有罪判決をすることはできず、もし検察官の主張が住居侵入・窃盗のままであれば、そのような事実は認められないのであるから無罪の判決をしなければならないのである。また、裁判所が審理の過程で、XがV宅に侵入したという検察官の主張を裏付ける証拠が不十分であると考えても、自らすすんで侵入の事実を裏付ける可能性のある証拠をさらに取り調べる義務はない。その結果、住居侵入・窃盗について無罪判決をしたとしても、上訴審で第1審裁判所が証拠を取り調べる訴訟法上の義務を尽くさなかったから不当であるとされることは、原則としてないのである。* これに対して、職権審理主義の方式においては、当事者ではなく裁判所が手続送行の主導権を持ち、次のような職務権限と責務を果たすことになる。第一,裁判所は、当事者たる検察官の主張にかかわらず、これと同一性が認められる審理・判決の対象を自ら設定することができ、証拠により証明された事実に基づいて、審理・判決する権限と義務を有する。第二、裁判所は、当事者が取調べを請求しない証拠についても。自ら証拠調べを行う権限と義務を有する。(3) このような、当事者追行主義方式の背後にある目標は、裁判所を公平中立の判断者に純化することにある。第一の審理・判決の対象設定に関する検察官の権限は、裁判所の活動を、当事者たる検察官の主張内容である「公訴事実」が証拠により証明されているかという判断作用に限定することによって、裁判所の活動がそれ以外の「事実」探究に向かうことを鋭く制限する。また。第二の当事者による証拠調べ請求を原則とする方式も、裁判所が積極的に事案解明を試みる指向を限定する。こうして、裁判所の仕事は、当事者が取調べを請求した証拠に基づき、両者の攻撃防禦活動を踏まえて、検察官の主張する事実が、合理的な疑いを超えて証明できているかという。中立的判断者としての活動に集中することができるのである。これは、「公平な裁判所」による刑事裁判を保障した憲法の趣旨(法 37条)に良くかなった訴訟進行方式であるといえよう。*これに対して、職権審理主義の方式は、裁判所がその職務として、自ら事実の発明を行う権限と責務を果たすものであり、当事者の請求しない証拠でも必要があると認めれば自ら取り調べ、証人尋問・被告人質問を主導し、検察官の主張する事実とは異なる犯罪事実が証明されると考えれば、そちらについて有罪判決をすることもできる。「事案の真相」解明という法目的との関係では、これは、十分合理的な方式である。このような裁判所主導の訴訟進行を実現する前提として、訴訟を主宰する裁判長は、あらかじめ、捜査段階で集積された事件に関する証拠を精査検討して準備し、これに基づいて公判手続を進めることになろうが、そうだからといって、直ちに不公平な裁判であるとまではいえない。公平中立に判断することを専門職業とする裁判官が、あくまで訴訟進行準備のために証拠に接しただけであり、そこから心証を得ているわけではないからである。ちなみに職権審理主義方式を採用するドイツやフランスの刑事裁判について,彼地でそれが「不公平」な裁判であると論難する議論はない。もっとも、公平中立の「外観」という観点から、とくに被告人の側から見た場合、このような方式は、検察官と裁判所が、いずれも国家機関として一体となり、被告人の有罪を追求しているように見えないわけではない。また、裁判所が自ら公平中立であろうとしつつ、積極的に事案解明に務める方式は、事実の判断者と探究者とが同一であるだけに、ひとたび探究が誤った方向に向かったときの安全装置が不十分という見方もあり得よう。(4)また、当事者追行主義の背後には、事案の真相解明に関する次のような考え方ないし精神があるように思われる。すなわち、裁判所が自ら真相を解明しょうと積極的に動くよりも、利害を異にしむしろ敵対的関係にある当事者が、自己に有利と考える証拠をおのおの提出し、それらを突き合わせ、中立的立場の判断者がこれを検討した方が、多角的な視点を踏まえ、一層正確な事実の認定に資することになるという発想である。もっとも、このような理想型を実際に実現するためには、公判手続における両当事者の訴訟法上の権限が対等に設定されていなければならない。現行法はこの点については十分な配慮がなされているといってよい。また、証拠調べ請求の前提となる素材・資料があらかじめ両事者に適切に配分されていなければならない。しかしこの点については、最近まで現行法には重大な欠陥があったといわなければならない。前記のとおり公判で取り調べられる証拠のほとんどは、捜査手続において収集・保全され、事件を起訴する検察官の手に集積されるものの(これを「一件記録」という),第1回公判期日前には、裁判所にも、被告人側にも提出されることはなかった。その結果、被告人側には、検察官側が取調べ請求する証拠の信用性を争うのに役に立つ証拠や、被告人側に有利に働き得る証拠の存在をあらかじめ知って、公判前に十分な防活動の準備をすることが困難だったのである。2004(平成16)年の法改正により導入された「公判前整理手続」(法316条の2以下)の中に設定されている「証拠開示制度」は、このような陥を解消し、第1回公判期日前に、被告人側が、検察官の主張事実を争うため公判で取調べ請求する証拠を選定する等の十分な防興準備を可能とするため、検察官の手中にある一定範囲の証拠を被告人側に配分する目的で設計されたものである。* 刑事手続の目的である正確な事実の認定すなわち事案の真相の解明という観点から見て、以上のような当事者追行主義の方式を徹底すると不都合と考えられるごく例外的・限定的場面がないわけではない。現行法はそのような場面に備えて、審理・判決の対象及び証拠調べについて裁判所が自ら積極的に介入する権限を定めた規定を設けている。審理・判決の対象についての裁判所の「訴因変更命令」の制度(法 312条2項),及び「職権証拠調べ」の権限(法298条2項)である。訴因変更命令は、条文の文言上は、「裁判所は、審理の経過に鑑み適当と認めるとき」発することができる権限である。検察官が主張する事実については無罪判決をするほかないが、検察官が訴因を変更すれば証拠上有罪判決ができるにもかかわらず、何らかの理由で検察官が自ら訴因を変更しないという場面について、事案の真相解明の観点から一言い換えれば、裁判所が事案の真相にかなった有罪判決をするのが適切と考える場面において一発動されることが想定される制度である。これは、有罪判決の方向で、裁判所が当事者たる検察官の審判対象の設定・変更権限に直接介入するという意味で,職権主義の顕著な発現である。現在確立している法解釈は、現行法の基本的構造が当事者追行主義であるという理解に立って,このような訴因変更権限の行使が裁判所の訴訟法上の義務となるのはごく例外的な場合にとどまるというものである。また,運用上は裁判所がいきなり訴因変更を命令することはなく、まず検察官に対して,いわゆる「求釈明」権限(規則 208条)を用い,訴因変更を示唆・勧告することにより、検察官の自発的な訴因変更を促すのが一般である。これも、当事者の主導的活動を旨とする当事者追行主義を尊重しようという指向の現れといえよう。これに対して「職権証拠調べ」の権限は、両当事者のどちらに有利な証拠に対しても発動することができる。条文は、「裁判所は、必要と認めるときは、職権で証拠調をすることができる」と規定しており、訴因変更命令と同様に、裁判所の権限行使に対する特段の文言上の制約は記述されていない。しかし、現在確立している運用は、現行法の基本的構造たる当事者追行主義をできるだけ重し、このような権限行使が裁判所の訴訟法上の義務とされることは原則としてない。また、裁判所は、やはり事者に対する「求釈明」権限ないし、事者に対し立証を促す権限規則 208条)を用いて、当事者自身による証拠開べ請求を促すことにより職種証拠調べを行うのと同様の結果を実現しようとするのが一般である。このような裁判所の当事者に対する求釈明権限は、当事者追行主発の手続を円等・的確に進行させる責務を負った裁判所の訴訟指類権限の一形態であって、当事者が主導的に訴訟活動を展開する基盤を整えるものである。それは当事者追行主義と矛盾するものではなく、むしろ不可の前提というべきであろう。
公判手続において取り調べられる「証拠」の主要部分は、捜査手続において収集・保全される。「捜査」とは、将来の公判手続に備えて、犯人と疑われ将来公判手続の一方当事者(被告人)となり得る者を発見・掌握する手続過程であると共に,証拠を収集・保全しておく手続過程である(法189条2項)。したがって、捜査手続は、捜査活動の対象となった者に対する法益侵害・制約の合理的調整・規律という捜査法独自の観点と共に、正確な事実の認定のための素材である「証拠」収集の過程であるという観点から、証拠に関する法的規律と密接に関連するのである。このような視点は、捜査法を学習する際にも常に意識しておくことが有用であろう。る自白は証拠とすることができないという証拠法則(法319条1項)は、前記のとおり類型的に虚のおそれのある自白を事実認定の素材とすることを封じて、誤った事実認定を防止しようとする目的の準則であるが、同時に、対象者の供述に係る意思決定の自由を奪うような取調べにより獲得された自白は、結局公判手続において「証拠」に採用されないことから、そのような対象者の基本的自由を侵害する不適切な捜査手段を抑止する機能も果たす。また、被告人以外の者の捜査段階における供述を録取した書面については、法321条1項各号に、書面の性質により異なった証拠能力獲得要件が定められているが、伝開法則という証拠法則固有の原則(法320条1項)に対する例外要件は、それ自体、正確な事実認定という目的との関連で意味があると共に、捜査機関ないし証拠に基づき有罪判決を求めて立証活動をする検察官の立場からは、将来の公判立証を見込んで、どのような供述代用書面を捜査段階で作成・保全しておくことが適切かという行動指針の決定に影響するという側面がある。例えば、重要な犯行目撃者や犯罪被害者,あるいは、共謀関係の立証に決定的に重要な共犯者の供述内容については、公判期日における証人尋問が予期に反した場合に備え、法 321条1項1号または2号の要件立証により証拠能力獲得の可能性が比較的高い供述録取書面を、捜査段階において作成しておくことが、特来の有罪立証にとって極めて重要との判断がなされるであろう。なお、いわゆる「違法収集証拠排除法則」の、証拠物や任意性のある自白に対する適用は、将来の違法捜査の抑制という政策目的に基づき、事案の真相解明という要請を犠牲にしてでも、証拠法則を通じて直接捜査を規律統制しようとの趣意に基づくものである。ー
このような「事実」は「証拠」によって認定される(法317条、「証拠裁判主養」。民事裁判とは異なり、狙罪事実の認定に用いることのできる証拠は、その資格(証拠能力・証拠の許容性)が、厳格に規律されている(条文はこれを「証拠とすることができない」「証拠とすることができる」と表現している)。例えば、強制・拷問・脅迫等による自白やその他任意にされたものでない疑いのある自白は証拠とすることができない(法 319条1項、いわゆる「自白法則」)。また例えば、公判期日における供述に代えて書面を証拠とすることはできず、また、公判期日外でなされた他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることができないのが原則である(法 320条1項、いわゆる「伝開法則」。なお、法321条以下はその例外に当たる準則である)。これらの「証拠法則」は、正確な事実の認定を確保し、誤った判決をできる限り避けるため、主に類型的に借用性の乏しい資料を狙罪事実認定の素材から除去する趣旨で設計・導入された準則である。任意性に疑いのある自白は、対象者の供述に係る意思決定の自由を奪うような取調べにより獲得されたものであるから、類型的に虚偽であるおそれが高く事実の認定を誤らせる危険がある。また、「公判期日外の供述」(例えば犯行目撃者が目撃状況を察官に対して供述した内容)を録取した書面は、それが公判期日に提出されても、事実を認定する裁判所が当該供述者の供述態度等を直接観察することができず,供述内容の真実性・信用性に関し当人の知覚・記憶・表現等に誤りがないか反対尋間によって吟味することができないうえ、公判期日におけるような宣誓証言としての言用性の担保も欠落していることから、類型的に信用性が乏しく証拠能力を認めないというのが、伝聞法則の採用されている趣旨である。このような証拠法則に基づき証拠能力の認められた「証拠」のみが、狙罪事実の認定に供される。その「証明力」(証拠価値及び信用性)の評価は、論理・経験則に従った裁判所の合理的な判断作用に委ねられる(法 318条、自由心証主義)。 なお、犯罪を構成する要件要素に該当する事実の存否を認定するには、高度の「産経」が要請される。「合理的な疑いを超える証明 (prof beyond aresconable doube)」という心証の水準は、このような「確信」と同義であり、合理的な疑いが払拭できない場合には、裁判所は無罪の判決をしなければならない。このような準則は、文明諸国の刑事裁判でも共通に認められるところである。このような不文の準則が共通に認められる趣意は、北罪事実の認定が別』という酸能な作用を発動する前提であることから、できる限り誤りを避け正確を期するという安全である。それは消極的実体的員実主義の発見であると共に。刑事被告人に対する「適正な手続」保障(恋法31条)の一内容でもある。
前記のとおり個別具体的な事件に対する刑罰権の実現行使は、正確な事実の認定とこれに対する実体法の適用に基づいて行われなければならない。刑事手続が刑事実体法の適用実現を目的としていることから、そこで「真相の解明」が求められる「事実」とは、第一に,実体法が記述・明定している犯罪の要件要素を構成しこれに該当する具体的事実(例えば、被告人が犯人であるか否か、殺正の侵害等正当防衛状況に当たる事実の存否等、責任能力が争点となった場合における書行為の態様・結果。殺意の有無、正当防衛の成否が手点となった場合における急迫不責任能力の有無を基礎づける精神の障害の存否等),第二に、犯罪成立の要件要素が認定され被告人が有罪と認められる場合に、その者に対し的確な童刑を行うため必要不可な、量刑判断にとって重要な事実(そこには、被告人の年齢・境遇・被害弁償の有無等の純粋な情状事実と共に,犯罪事実に属しあるいはこれと密接に関連する犯行の手段方法、動機・目的等いわゆる「3情」に係る事実が含まれる)である。法1条にいう「事案の真相」とはこのような内容を意味する。他方。これを超えた「真相」を解明することは、刑事手続の目的ではない。犯罪被害者の心情に配慮すべき要請や、一般国民の犯罪事象に対する真相解明要請も、刑事手続の目的の範囲内でのみ実現されるべきものである。特定の明瞭な目的に向けて造型された法制度に対して、目的を超えた機能を期待するのは賢明でない。裁判所は、公判手続において取り調べられた「証拠」のみに基づいて、狙罪の要件要素に該当する事実の存否及び量刑に関係する重要な事実の存否を認定し.これに法を解釈・適用して、有罪・無罪の「判決」をする。その正当性を支えるのは、何よりも法適用の前提となる事実認定の正確性である。判決に対する上訴理由や破棄理由にも「事実の誤認」(法382条・411条3号)が挙げられているとおり、刑事手続の全過程において、このような事実認定の正確性の確保は、刑事手続の最も基本的な到達目標である。*「事茶の真相」が正確に解明された上で、認定された事実に対する実体法の正しい適用と的確な証刑が要請される。制法令の正当な「適用実現」を担保するため判決に対する上訴理由や酸薬理由には、「法令適用の誤り」(法380条・405条・411条1号),「量刑不当」(法381条・411条2号)等が定められている。
刑事手続は、捜査→公訴提起(起訴)→公判前手続→公判手続→判決告という順に進行する。この手続に取り込まれる被疑者・被告人、犯罪被害者、犯行目撃者等や,裁判員を別にすれば、前記のとおり,手続を使い動かす関与者の多くは、法の解釈・適用の専門技術者である。刑事手続は、このような専門技術者によって取り扱われることを想定し。明瞭な目的をもって人為的に造型された個別の手続過程の連鎖集合体である。このような制度目的と運用上の技術的目的一すなわち制度趣旨一一を超え、これとは次元を異にする抽象的一般的な説明概念やいわゆる「基礎理論」は、手続の基本的な構成原理(例えば、後記の「事者追行主義」)を別にすれば、あまり意味がない。抽象的一般的理論ではなく、むしろ、端的に個別の手続や制度が設計されている趣旨・目的をできる限り具体的かつ明瞭に意識し理解しておくことが肝要である。個別事案の処理に際しては、常に制度の趣旨・目的に立ち返りつつ,具体的事案において解決を求められている法律問題をできる限り具体的で明晰な記述に言語化し、これに対する法解釈・適用を考案することが要請される。以下では、刑事手続の目的である刑罰法の具体的適用実現との関係に留意しながら、刑事手続という法制度の基本設計図(grand design)と各部分の相互関係について説明する(叙述は、必ずしも手続の進行順序に従わない)。
刑法令の具体的な適用実現が、できる限り正確な事実の認定に基づいて行われるべきことは当然である。法1条が刑事手続の目的として「事案の真相を明らかにし」と定めるのは、このことを意味する。刑事手続の過程を通じて「事案の真相」すなわち刑罰法適用の対象となるべき犯罪事実及び重要な量刑に関する事実を、できる限り正確に解明しようとする考え方を「実体的真実主義」という。前記のとおり刑事手続の目標が国家刑罰権の実現行使という極めて峻厳な権力作用であることから、誤った事実認定に基づいて無実の者を処罰してしまう危険は全力で防止する必要がある。他方で、刑罰権発動の前提となる犯罪事実を十分に解明できず刑事司法制度が機能不全となれば、刑罰法令を定め刑事手続という制度を設営する国家の社会統制・秩序維持機能が衰弱して、一般国民の安全平穏な社会生活の基盤が失われるであろう。無実の被疑者・被告人を手続から解放しまた無罪判決を与えること(消極的実体的真実主義)と犯人必罰(教極的実体的真実主義)とのふたつの要請は、いずれも事案の真相解明の重要な要素である。両者を合理的に調整実現可能な法制度が理想型であることは疑いない。また。数害者のある犯罪については、その心情に対する配慮という観点からも事案の真相解明が要請される。しかし、前記のとおり適正手続の保障が刑事手続法の第一原理であることがら。加必の要請を設歩させるべき場面が生じることはあり得る(例えば、遊法に取された証拠物が証拠期された結果としての真犯人に対する無罪判決)。また、刑事手続が適正に作動する過程自体が、積極的実体的真実の追求を犠牲にしてもやむを得ないという事態を導く場面もある(例えば、被疑者の勾留期間満アによる釈放と証拠不十分による不起訴処分)。さらに刑事手続が適正・正常に作動しその本来的目的を達成した結果として、無罪判決で終局することも当然あり得る。「10人の罪ある者を免れさせても、1人の罪のない者を罰してはならない」という法諺に示されているとおり、犯人必罰の要請に譲歩を求めることは、刑事手続が「危険物」であり、また。全能でない「人」が運用する法制度であることからくる限界を踏まえた,尊重すべき思考方法というべきであろう。
法1条が「公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ」と述べるのは、刑罰法令の「適正」な適用実現という表現と相俟って、公共の利益である利間法令の適用実現過程が、基本的な正義・公正の観念にかなったものであり、不当・不合理な基本的権利・自由の侵害・制約になってはならぬという大原則を表明したものである。恋法31条は、単なる手続の法定のみならず、法の定める「適正」な手続を保障しているのであり、「法の適正な過程(aue process of law)」の観念は、まさに憲法の明記する個々の刑事手続関連条項(憲法31条~39条)と刑事訴訟法の条文群に具現されている。以下に詳述する刑事手続の目的は、それ自体、国家の役割として極めて重要な事柄ではあるが、目的は必ずしも手段を正当化しない。目的達成のために国家権力が手段を選ばず暴走すれば悲惨な事態を生じることは、歴史の教えるところである。手段である「刑事手続」がそれ自体として「適正な作動過程」でなければならぬこと、それが憲法と刑事訴訟法の最も基本的な「精神」である。刑事手続法とは、その「精神」が、法技術的諸制度として具体的に造型・体現されたものにほかならない。なお、最高裁判所も,違法に収集された証拠物の証拠能力に関する判断に際して、「事案の真相の究明も、個人の基本的人権の保障を全うしつつ、適正な手続のもとでされなければならないものであり、...・・・憲法31条が法の適正な手続を保障していること等にかんがみると」と説示して、同条項が「法の適正な手続」を意味することを明示している(最判昭和53・9・7集32巻6号 1672頁)。* 憲法31条の要請する「適正」ないし「基本的正義・公正」の観念は、さらに、実定刑事訴訟法の個別的適用過程に対して、司法的統制のための具体的な裁判規範としても機能し得る。文面上合理的に設計された強制処分の個別事案における発動過程が、憲法上最高の価値である個人の尊厳(憲法13条)を著しく侵害する場合には、裁判所は、基本権の擁護者として、憲法31条違反を理由にそのような法適用を阻止すべきである(憲法81条)。刑事訴訟法の定める人の身体を対象とする捜素や身体検査と証拠物の差押え(法 218条)は、法制度として一般的に不合理なものではないが、個別事案におけるその発動が、対象となる人の生命・身体に著しい危険を及したり、個人の尊厳に係わる人格的法益を着しく侵書することが見込まれる場合がその例である。なお、立法府が判断を誤り、憲法の刑事手続関連条項の保障を侵害することが文面上も明らかな手続を内容とする「法律」を制定した場合には、個別事件におけるその具体的適用場面において、裁判所が当該立法の違憲無効(個別の憲法条項違反及び憲法31条違反)を宜言できるのは然である(憲法81条)。「法の適正な手続」の観念はこのように具体的な裁判規範としても機能し得るのであるが、他方で、その具体的な意味内容は必ずしも明瞭でないところがある。例えば、不利益を被る対象者に対して告知と聴聞(notice and hearing)の機会を与えることは、「適正手続」の内容として比較的具体的で明瞭なものであろう。しかし、「基本的な正義・公正(fundamental fainness)」の観念に至ると、何がそれに反するかは、これを判定する裁判官の主観的信念に委ねられてしまうおそれもある。したがって、適正手続の内容を成すことが明らかなより具体的な恋法の基本権条項(恋法 33条以下等)ないしその意味内容の趣旨に即した文言の拡張解釈によって魅法判断が可能である場合には、できるだけ具体的な基本権の内容を明示・特定して議論を進めるのが望ましいと思われる。
刑事手続とは、「刑罰法令」を具体的事件に対して「適用実現」することを目的として設計された法制度である(刑事訴訟法[以下「法」と記す]1条)。「刑罰法令」すなわち刑事実体法は、「犯罪」を構成する要件要素と、これが成立する場合に犯人に科すべき刑罰の種類・範囲(「法定刑」を記述・明定しているが、個別具体的事件にこれを適用し、特定人に刑罰を科すことができるかを判定し、また、宜告刑をいかに決定するかという国家の刑事司法作用を実現行使するためには、「刑事手続」という固有の法制度を作動させることが不可灸の前提となる(憲法 31条「法定手続の保障」、これを標語的に表現すれば「手続なければ刑罰なし」。この刑事手続は、その主要部分が「法律」(昭和23年法律131号「刑事訴訟法」)によって記述・明定され、主として法解釈・適用の専門家(警察官。検察官,弁護士、裁判官)によって取り扱われることを予定した「法制度」である。手続を造型する条文群の多くは、手続に関与する専門家の権限や義務の要件と範囲を記述している。また,最高裁判所が規則制定権(法77条)に基づいて制定した「刑事訴訟規則」の条文も、手続関与者に向けた運用細目を定めて、手続を造型する重要な法源である。刑事手続という法制度の目的が、公権力の発動とりわけ刑罰法の適用実現という国家刑罰権力の実現行使であることから、手続の対象となる国民(「犯入」[法189条2項、248条]と疑われた被疑者・被告人やその関係者等)の基本的な権利・自由に対して、国家による様々な侵害・制約作用が及ぶという性格が、他の法領域に比して顕著である。とくに物理力の行使等「強制」(法197条1項但書)手段が用いられる場面のある捜査手続においては、刑事手続の作動過程は、「人権侵害のおそれがある」などというなまやさしいものではない。それは個人の基本的人権に対する直接侵害・制約そのものにほかならない。また、刑罰自体が峻厳な権力作用であることは論を俟たない。刑事手続法を学び、また、これに則って権限を行使する者は、国民の基本的権利・自由に対する「危険物」を扱っているという畏れの心持ちを常に忘れてはならない。* 一例を挙げれば、刑事裁判で用いる証拠を収集・保全するため、普察等国家機関である捜査機関は、国家機関である裁判官の発付する令状に基づき、対象者に有無を言わさずその意思を制圧して、人の家宅に立ち入り、住居の平穏を直接侵害・制約してその場を捜索し、証拠物と思われる物品を差し押えることができる。これは憲法の保障する最も基本的な権利(住居・所持品等に対する保障,憲法35条)の直接的侵害行為であるから、そのような官憲による基本権侵害を正当な活動として許容する権限の要件と範囲は、状の請求手続(法 218条、刑事訴訟規則[以下「規則」と記す]155条・156条)、状付に関する裁判官の事前審査(憲法35条、法218条),裁判官の発付する状の記載事項(法 219条),発付された状に基づく処分の実行過程の手続(法222条1項で準用される 102条~105条・110条~112条・114条・115条等、222条3項・6項)を通じ,厳格な法的規律で明定されている。こうして刑事手続法規は、制度の目的達成(証拠の収集・保全)に必要な基本権侵害という国家行為について、一方で、その法的正当性すなわち権限根拠を付与すると共に、他方で、これに伴う国民の権利・自由に対する侵害・制約を正当で必要かつ合理的な範囲に限定する作用を同時に営むのである。