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公訴|審理・判決の対象|検察官の訴因設定権限と裁判所の審判の範囲

公開:2025/10/21

(1)審判の対象を設定して主張するのは、当事者たる検察官の権限と責務である。これを検察官の訴因設定ないし機成権限と称する。検察官は、捜査で収楽された証拠を検討し、事件を起訴するか不起訴とするかの「事件処理」を行う専権を有するが(法246条・247条・248条)(第1章11。起訴処分を選択する場合にも、立証の難易や刑事政策的観点を考慮勘案したり、公判における手点の複雑化を回避する等のために、証拠上認め得る事実の一部を除外し、一部のみを取り出した訴因を主張する場合があり得る。このような起訴は、犯罪事実の一部不起訴であり、検察官の不起訴裁量権限(注248条)の合理的な行使の一態様とみることができる。また、現行法の基本設計が、審判対象の設定・変更を明白に検察官の権限としていること(法256条・312条)、さらに,現行法の「基本的構造」に言及して、裁判所が検察官の設定する訴因に拘束され、そのような審判対象の設定・変更に職権で介入することは原則として避けるべきであり、補充的・例外的場合にとどめられる旨を述べる一連の最高裁判例(「訴因変更命令」の制度趣旨に関する前記最決昭和 43・11・26,最大判昭和40・4・28頁等)の指向する方向〔後記I〕との整合的理解という観点からも、このような一部事実の起訴は原則として適法というべきである。それがいわゆる「一罪の一部起訴」である場合でも、旧法時代のような「公訴不可分の原則」は認められない。裁判所の審判の範囲は、検察官が設定構成して起訴状に記載した訴因に限定・拘束される。*旧法時代に「公訴不可分の原則」と称されていたのは、裁判所は、検察官が起訴状に記載した「犯罪事実」に制約されることなく、それが一罪の一部であることが判明した場合には、公訴提起の効力が不可分的にその罪の全部に及び、裁判所は起訴状に記載されていない部分も含めて審理・判決すべき権限と責務を負うとの考え方である。これに拠れば、一罪の一部起訴は法的に無意味であった。これに対し。現行法における裁判所の審判対象は検察官が起訴状に明示・記載した訴因であるから、本文のとおり、一罪の一部起訴は原則として適法である。実体的な思考を排除した説明をさらに徹底すれば、そもそも一罪の一部が起訴されていたと考えるべきではなく、そのような問題の取り上げ方自体が、現行法の基本的構造に照らし適切でないというべきであろう。**検察官が実体法上2個以上の罪が成立すると考える事実を同時に起訴するときは、その全部を1通の起訴状に記載してよい。しかし、一罪ごとに1個の訴因を明示しそれぞれ「罪となるべき事実」を特定して記載しなければならない。1個の訴因に複数の罪を記載することはできない。これを「一訴因一罪の原則」という。公訴提起の効力が実体法の罪数により規制される点では、旧法時代の公訴不可分の原則に類似するが、一訴因一罪の原則は公訴の効力を一罪の範囲に限定するものであり、両者の機能は全く異なる。(2)検察官が起訴当時の証拠により認められる事実の一部を取り出して主張する場合には、いくつかの型がある。第一は、成立する犯罪の前段階的な犯罪事実(成立し得る犯罪に処罰が吸収される犯罪事実)を取り出して訴因として主張する場合である。最高裁判所の判例で扱われたものとして、選挙違反の金銭等の供与目的で交付行為を行った者について、後に供与がなされた疑いのある場合に、これを交付罪のみで起訴した事案において、「たとえ、甲乙間で右金銭等を第三者に供与することの共謀がありてが右共謀の趣旨に従いこれを第三者に供与した疑いがあったとしても。検察官は、立証の難易等諸般の事情を考慮して、甲を交付罪のみで起訴することが許されるのであって、このような場合、裁判所としては、訴因の制約のもとにおいて、甲についての交付罪の成否を判断すれば足り,訴因として掲げられていないてとの共謀による供与罪の成否につき審理したり、検察官に対し。右供与罪の訴因の追加・変更を促したりする義務はないというべきである」と説示したものがある(最決昭和59・1・27刑集38巻1号136頁)。この判例において、最高裁判所は、起訴に際しての検察官の訴因設定権限行使の適法性と裁判所の審判がこれに拘束される旨を明確に判示した。第二は、犯罪が成立し得る複数の事実のうちから処罰相当と考える1つの犯罪事実を取り出して訴因として主張する場合である。最高裁は、横領罪に関する罪数解釈が争点とされた事案において,検察官の訴因設定権限について言及し、自己の占有する他人の土地の所有権移転行為について横領罪が成立する以上,先行する抵当権設定行為について横領罪が成立する場合における両罪の罪数評価のいかんにかかわらず、「検察官は、事案の軽重,立証の難易等諸般の事情を考慮し、先行の抵当権設定行為ではなく、後行の所有権移転行為をとらえて公訴を提起することができる」旨説示し、後行の所有権移転行為のみが横領罪として起訴されたときは、「裁判所は、所有権移転の点だけを審判の対象とすべきであり、狙罪の成否を決するに当たり、売却[所有権移転行為】に先立って横領罪を構成する抵当権設定行為があったかどうかというような訴因外の事情に立ち入って審理判断すべきものではない」旨判示している(最大制平成15・4・23集57巻4号 467頁)。ここでも、検察官の訴因設定に関する専権と裁判所の審理対象がこれに拘束されることが再確認されている。第三は、一罪の一部起訴・一部不起訴の場合である。これには、諸般の事情を勘楽した検察官の合理的裁量により,科刑上一罪の一部起訴・一部不起訴(例、住居侵入・盗事実のうち住居侵入部分の起訴猶予)、法条競合関係にある事実のうち軽い方の事実で起訴する場合(例、強盗を恐喝で起訴),結合犯の一部起訴(例、強盗致事実の害部分を落として強盗罪で起訴)、犯罪の行為または結果の一部を訴因から除外した起訴(例,一連の暴行事実からある場面の暴行行為を取り出して起訴、盗の被害品の一部を訴因から除外して起訴)等、様々な態様があり得る。最高裁判所は、前訴の確定判決の一事不再理の効力が後訴に及ぶかという問題を判断するに際して、検察官の訴因設定権限に言及し、「実体的には常習特殊窃盗罪を構成するとみられる窃盗行為についても、検察官は、立証の難易等諸般の事情を考慮し、常習性の発露という面を捨象した上、基本的な犯罪類型である単純窃盗罪として公訴を提起し得ることは、然である」と説示し、「一罪を構成する行為の一部起訴も適法になし得る」ことを当然の前提としている。そして、「前訴の訴因と後訴の訴因との間の公訴事実の単一性についての判断は、基本的には、前訴及び後訴の各訴因のみを基準としてこれらを比較対照することにより行うのが相当である」と述べている(最判平成 15・10・7刑集57巻9号1002頁)。(3)以上のとおり、最高裁判所の一連の判例は、それぞれ扱われた法的問題の局面を異にするものの。その前提として「検察官は、立証の難易等諸般の事情を考慮し」一部事実を取り出した起訴を行う訴因の設定権限を有していることを承認している。同時に、裁判所の審理の範囲が、検察官の合理的裁量により設定・構成された訴因に限定され、訴因外の事情に積極的に立ち入るべきでないとの考え方が示されている。これは刑事訴訟における審判対象につき、検察官に裁判所の判断に優越する決定権限を付与する徹底した形態であり、職権審理主義の対極といえよう。もっとも、いずれも訴因記載の事実(例、交付行為。所有権移転)の「犯罪の成香」が新因外の事実(例、彼与行み、芸当権設定)の存否に左右されないことが前提となろう。訴因記載事実の「犯罪の成否」に係る事実については別論である。*最決平成 21・7・21刑集63巻6号762頁は、盗の単独として起訴され有罪判決を受けた被告人が、実行行為の全部を自分1人で行ったものの。他に共謀共同正犯者が居たから事実誤認である旨主張した事案について、「検察官において共謀共同正者の存在に言及することなく、被告人が当該犯罪を行ったとの訴因で公訴を提起した場合において、被告人1人の行為により犯罪構成要件のすべてが満たされたと認められるときは、他の共謀共同正犯者が存在するとしてもその犯罪の成否は左右されないから、裁判所は訴因どおりに犯罪事実を認定することが許されると解するのが相当である」と説示している。これも、検察官に共謀に基づく犯行であるという事実を捨象して単独正の訴因で起訴する裁量権限があることを認めたうえで、裁判所は共謀共同正犯であったかを問わず、「犯罪の成否」については、検察官の設定した単独正犯の事実を認定できるとしたものと見られる。なお,共謀共同正犯者の存在が被告人の量刑上有利に作用する場合にこれを考慮できることは別論であろう。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|審理・判決の対象|総説刑事訴訟における審理・判決の対象

公開:2025/10/21

(1) 起訴状に記載すべき「公訴事実」(法256条2項2号)すなわち刑事訴訟における審理・判決の対象(審判対象)は、検察官が明示する「訴因」である(法 256条3項前段)。「訴因」とは、検察官が裁判所に対して審判を求める「罪となるべき事実」の具体的な主張をいう。検察官は、刑罰権の発動を求める根拠として、犯罪の構成要件に該当する「罪となるべき事実」を、「できる限り日時、場所及び方法を以て」具体的に特定して主張しなければならない(法256条3項後段)。前記のとおり〔第2章 I1(4),訴因は、特段の支障がない限り、①犯罪の主体(誰が),②犯罪の日時(いつ),③犯罪の場所(どこで),④犯罪の客体(何を、または誰に対して),⑤犯罪の方法(どのような方法で),⑥犯罪の行為と結果(何をしたか)の6項目に留意し記載される。このような具体的事実の主張が、公判手続において検察官による証明の対象となり、被告人の防禦・反証の対象となる。(2)裁判所は、事者たる検察官が設定・主張し、当事者たる被告人の防対象となる訴因についてのみ審理し判決する権限と責務を負う(法378条3号前段)。検察官が主張していない訴因外の事実について判決することはできない(法378条3号後段。判例は法378条3号にいう「事件」を訴因と解し、訴因と異なる事実を認定した事茶について、「審判の請求を受けない事件について判決をした」追法に当たるとする。最決和 25・6・8刑集4巻6号972頁、最判昭和29・8・20刑集8巻8号1249頁)。現行刑事訴訟における裁判所の役割は、当事者たる検察官の設定する新因が、被告人の防梨活動を踏まえ、証拠により合理的な疑いを超えて証明されているかどうかを吟味・判断することに尽きる。これが、審判対象の側面における「当事者追行主義」である。(3)検察官は、「公訴事実[すなわち審判対象]の同一性を害しない限度において」当初起訴状に明示した訴因の記載を変更(「追加、撤回又は変更」)し、別の訴因を主張することができる(法312条1項)。これを「訴因の変更」という。審判対象の同一性が維持されいずれかで1回処罰すれば足りる関係にある罪となるべき事実については、1回の刑事手続で刑罰権の存否を審理・判断し処理するのが適切だからである。裁判所は、検察官が訴因を変更した場合に限り,当初起訴状に記載されていた事実と異なった事実について審判することができる。職権審理主義を採用していた旧法時代のように、起訴状の記載に制約されることなく、裁判所が、別の「罪となるべき事実」を自らの職務権限として探知・究明し、審理・判決する権限と責務を負うことはない(最高裁判所は、法312条2項の定める「訴因変更命令」の趣意解釈に際して、後記Iのとおり、裁判所には、原則として、自らすすんで検察官に対し訴因変更手続を促しまたはこれを命ずべき義務はないと説示している[最決昭和43・11・26刑集22巻12号1352頁]。また、裁判所の訴因変更命により訴因が変更されたものとすることは、裁判所に直接訴因を動かす権限を認めることになり、訴因の変更を検察官の権限としている「刑訴法の基本的構造に反するから」訴因変更命令に形成的効力を認めることは到底できないと説示している[最大判昭和40・4・28刑集19巻3号270頁]。「刑訴法の基本的構造」とは、審判対象の設定・変更に関する「事者追行主義」のことである)。例えば、検察官は当初起訴状に明示・記載た「被告人は〇月日頃被害者V宅からV所有の宝石を窃取した」事実の主張を変更し、「被告人は〇月4日頃V宅付近においてV所有の宝石を、盗品であることを知りながら、氏名不詳者から買い受けた」事実の主張に変更することができる。両訴因の罪となるべき事実の記載は、狙罪の主体・日時・場所・被害者・被害物件が近接ないし共通し,窃盗罪か盗品関与罪かのいずれかで処罰すれば足り両立し得ない関係にある「罪となるべき事実」の主張と認められ、公訴事実すなわち審判対象の「同一性を害しない」からである。他方,裁判所は、審理の経過に鑑み起訴状記載の盗の事実は認められないが、被告人が盗品を買い受けた事実が認められるとの心証を得た場合であっても、当事者として審判対象を設定・主張する権限を有する検察官が上記のように審判対象たる訴因を変更しない限り、盗品有償譲受けの事実で有罪判決をすることはできない。検察官が訴因を変更しない場合、審判対象は窃盗の訴因のままであるから、裁判所はその証明がないとして無罪判決をするほかはない。* 以上は、裁判所の罪責認定(有罪か無罪かの判断)に関する説明である。刑罰権の具体的適用実現を目的とする刑事訴訟においては、有罪と認められた場合の刑の量定(量刑)も、罪認定と共に、裁判所の重要な役割である。わが国の刑罰法令は諸外国に比して法定刑の幅が広いため、賞告刑の決定には、認定された「罪となるべき事実」(例、犯罪の結果の重大性や犯行態様・共犯関係等)に加えて、これに密接に関連する事項(例、狙行に至る経緯・動機・目的)や「情状」(例,被告人の性格・年齢・境遇・前科の有無・被害回復弁償の有無,被害感情の程度等)に関する事項が適切に認定・評価される必要がある。このような量刑にとって重要な事実も当事者による立証の対象となり裁判所の審理対象となるのは、もとより別論である。(4) 以上のように検察官が公訴提起とその追行に際して審判対象を設定・変更する権限を有することから、審判の結果有罪・無罪の判決が確定した場合には、既に終結した1回の刑事手続において検察官が訴因を変更し訴追意思を実現可能であった範囲,すなわち「公訴事実の同一性」が認められる範囲に「確定判決」の一事不再理の効力(法337条1号参照)が及ぶ(憲法39条にいう「同一の犯罪」。「無罪とされた行為」は、この意味に解される)。例えば、実体法上両立し得る関係にあり科刑上一罪となる事実の一部が起訴され、確定判決があったときは、実体的には一罪の一部を構成する別の事実についても一事不再理の効力が及ぶ(例1,科刑上一罪となる住居侵入・窃盗について、窃盗の事実のみが訴因として審判され確定判決があるときは、後に住居侵入の事実で起訴することはできない。例2,実体的には確定判決のある常習窃盗罪の一部を構成すると認められる盗行為を別に単純盗罪として起訴することはできない)。また、1回の手続においていずれかで処罰すれば足り両立し得ない関係にある罪となるべき事実の一方について確定判決があるときは、当該手続において訴因を変更し主張することが可能であった他方の事実にも一事不再理の効力が及ぶ(例、罪となるべき事実の主張として両立し得ない関係にあると認められる盗の主張と、盗品有償談受けの主張の一方の事実が訴因として明示された手続において確定判決があったときは、後に他方の事実を訴因として起訴することはできない)。これらは、いずれも公訴事実すなわち審判対象の同一性が認められ、検察官が1回の刑事手において訴因変更により訴追意思を実現可能であったことから導かれる帰結である。同様の理由により、判決前になされた別の起訴が不適法な二重起訴に当たるかどうかについても[第2章1115X1)、公訴事実すなわち審判対象の同一性が認められ、1回の手続で処理すべき同一の「事件」であるかどうかにより定まる(法10条・11条・338条3号にいう「事件」とは公訴事実の同一性が認められる関係の別訴をいうと解される)。(5) これに対して、公訴事実すなわち審判対象の同一性が認められない事実については、検察官が1回の手続において訴因を変更し審判を求めることができないことから、確定判決の一事不再理の効力は及ばない。別途起訴し別の刑事手続で刑罰権の実現を求めることができる。例えば、実体法上両立し得る併合罪の関係にある複数の事実を、訴因変更により1個の手続で処理することはできないから、その一方について確定判決があっても、他方について起訴し審判を求めることができる(例1,窃盗教唆をした者が正者の窃取した盗品を有償で譲り受けた場合には、窃盗教唆と盗品譲受けの罪が成立し、両者は両立し得る併合罪の関係にあるから、審判対象の同一性がなく訴因変更はできない。したがって、前者について確定判決があるときでも、後者について起訴することができる。例2。単純窃盗の事実について確定判決があるとき、検察官は別の機会に行われた窃盗行為を単純盗として起訴することができる)。また。確定判決のある事実と両立し得ない関係にある事実の主張とは認められず公訴事実すなわち審判対象の同一性がない事実については、別途起訴することができる(例。判決で認定された盗の事実とは日時・場所・容体等が異なる盗品有償譲受けの事実の主張には、審判対象の同一性が認められないので、一事不再理の効力は及ばない)。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|公訴提起の要件と手続|公訴提起の手続|受訴裁判所の選定ー裁判所の管轄裁判所

公開:2025/10/21

(1)検察官は、事件について管轄権、すなわち当該事件について裁判を行う権限を有する裁判所に起訴状を提出しなければならない。管轄裁判所が複数あるときは、そのうち適切な一つを選択して起訴状を提出する。管轄権のない裁判所に公訴を提起すれば、原則として、管轄違いの判決で手続が打ち切られる(法 329条)。移送による救済はない(法19条1項参照。民事訴訟と異なる。民訴法16条1項参照)。裁判所の管轄は、あらかじめ刑事訴訟法及び裁判所法の規定により一般的に定められており、これは関係者に対する不当な利益・不利益を生じさせない趣旨である。なお、特別な場合には軽の指定や管轄の移転があり得る(後記(5)(6))。第1審の裁判の管轄は、事件の軽重に基づく「事物管轄」と、主として被告人の出頭や防活動の便宜に配慮した「土地管轄」があり、公訴提起は、第1客の事物管轄と土地のある裁判所に対して行われる。(2)「事物管轄」とは、乳罪の種類(罪名または刑名)を標準として、その軽重によって定められた第1審の管轄の分配をいう。裁判所法に詳細な規定がある。第1審の裁判について権を有するのは下級裁判所に限られる。最高裁判所が第1番の裁判を行う場合は、現行法にはない。事物管轄の大要は次のとおり。(a)地方裁判所は、開金以下の利に当たる罪の事件を除くほか、すべての罪の事を管轄する。選択的に金以下の別が規定されていてもよい。ただし、高等裁判所が第1審を担当する事件を除く(裁判所法24条2号)。このように、第1審裁判所の主力は地方裁判所である。(b)簡易裁判所は、①罰金以下の刑に当たる罪、②選択刑として罰金が定められている罪、③常習賭博罪・賭博場開張等図利罪,横領罪、盗品等に関する罪の事件を管轄する(裁判所法 33条1項2号)。ただし、科刑についての制限があり、原則として拘禁刑以上の刑を科することはできない。例外的に、住居侵入罪・同未遂罪,常習賭博罪・賭博場開張等図利罪,窃盜罪・同未遂罪,横領罪、占有離脱物横領罪、盗品等に関する罪その他若干の罪について、3年以下の拘禁刑を科することができる(裁判所法33条2項)。なお、簡易裁判所が、審理の結果、前記科刑の制限を超える刑を科するのを相当と認めるときは、事件を管轄地方裁判所に移送しなければならない(裁判所法 33条3項、法332条)。このほか法332条により事件を移送すべき場合として、審理の結果事件の事物管轄が失われる可能性があるとき、事件が複雑で審理に困難が見込まれる事件等が考えられよう。以上のとおり、罰金以下の刑に当たる罪(例,過失傷害罪、失火罪等)については、地方裁判所に管轄権がなくもっぱら簡易裁判所が管轄する。その他の罪については、簡易裁判所と地方裁判所の事物管轄はかなりの範囲で競合している。この場合にどちらに起訴するかは検察官の判断による。(c) 高等裁判所は内乱罪(刑法 77条~79条)に当たる事件について第1番の管轄権を有する(裁判所法 16条4号)。この罪については控訴をすることができず、最高裁判所に上告をすることができるにとどまる(法372条・405条参照)。*従前は、独占禁止法違反の罪の第1審が、東京高等裁判所の専属管轄とされていたが、現在は前記内乱に関する罪のみが、「高等裁判所の特別権限に属する事件」(法3条・5条・330 条参照)に当たる。また。従前は、未成年者を被害者とする児童福祉法違反の罪等の事件(少年の福私を苦する成人の刺事件)が家庭裁判所の管轄とされていたが、現在は、それらの罪については地方裁判所または簡易裁判所が管轄する。(3)高等裁判所以下すべての裁判所について、法律により管轄区域が定めれている(下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律・裁判所法2条2項)。各裁判所は、その管轄区域内に、「犯罪地」または被告人の「住所」「居所」「現在地」が在る事件について「土地管轄」を有する(法2条1項)。「犯罪地」とは、犯罪事実の全部または一部が発生した場所をいう。行為地と結果発生地が異なる場合には、両者が処罪地である。被告人の「住所」「居所」は民法による(民法 22条・23条)。「現在地」とは、公訴提起の当時、被告人が任意または適法な強制処分によって現在する場所をいう(最決昭和 32・4・30刑集11巻4号 1502頁等)。国外にある日本船舶内または日本航空機内で犯した罪については、このほか、その船舶の船籍の所在地または犯罪後寄泊した地/(法2条2項),その航空機の犯罪後着陸・着水した地(同条3項)にも土地管轄がある。検察官が誤って土地管轄のない裁判所に公訴を提起した場合であっても、裁判所は、被告人の申立てがなければ、管轄違いの判決をすることができない(法 331条1項)。土地管轄は主として被告人の便宜・利益のための制度であるから、被告人に異議がなければ問題としない趣意である。また,轄違いの申立ては、被告事件について証拠調べを開始した後は、することができない(法331条2項)。被告人が土地管轄について問題とせず訴訟進行に応じる態度を示したと認められるので、手続を早期に安定させる趣意である。(4) 数個の事件において犯人が同一人である場合,複数人が「共に」同一または別個の罪を狙した場合,複数人が「通謀して」各別に罪をした場合、これら数個の事件を「関連事件」という(法9条1項)。関連事件については、管轄が拡張される。事物管轄について、一つの事件について管轄を有する「上級の裁判所」は、併せて他の関連事件を管轄することができる(法3条1項)。土地管轄について、一つの事件について管轄を有する裁判所は、併せて他の関連事件を管轄することができる(法6条)。いずれも関連事件を併合して審判する場合である。*数人が「共に」または「通謀して」罪を狙すとは、刑法総則の「共犯」に限らない。必要的共犯、両罰規定における行為者と事業主などをも含み、さらに、共謀に至らない程度の意思連絡で数人が罪を狙した場合も含まれる。また、犯人蔵置非、証憑隠滅罪,証罪,虚鑑定罪、盗品等に関する罪とその本犯の罪とは「共に犯した」ものとみなされる(法9条2項)。このように関連事件の範囲は相当に広い。 (5)裁判所の管轄区城が不明確なため答轄裁判所が定まらないとき、または管轄違いの裁判が確定した事件について他に管轄裁判所がないときは、検察官は、関係のある第1審裁判所に共通する直近上級の裁判所に、「管轄指定の請求」をすることができる(法15条)。法律による管轄裁判所がないとき、またはこれを知ることができないときは、検事総長から最高裁判所に管轄指定の請求をする(法 16条)。*法16条にいう「法律による管轄裁判所がないとき」とは、土地管轄の基準によっては、日本国内に管裁判所が存在しない場合をいう。犯人が羽法2条から4条までの罪を国外で狙し、日本国内に住所・居所・現在地を有しない場合に適用がある。「管轄裁判所を知ることができないとき」とは、国外の犯人の住所・居所・現在地が不明の場合をいう。(6) 管轄裁判所が法律上の理由(例,裁判官の除・忌避・回避)もしくは特別の事情(例,天災地変)により裁判権を行うことができないとき、または、地方の民心,訴訟の状況その他の事情により裁判の公平を維持できないおそれがあるときは、検察官は、直近上級の裁判所に管轄移転の請求をしなければならない(法17条1項)。被告人も管轄移転の請求をすることができる(法17条2項)。裁判員裁判について、特定の地方裁判所で公平な裁判が行われることを期待し難い事情は認められず,裁判の公平を維持することができないおそれがあるときには当たらないとされた事例として、最決平成28・8・1刑集70巻6号 581頁がある(米軍属である被告人が那覇地裁に起訴された強姦致死・殺人・死体遺棄被告事件について、公平中立を確保できるよう配慮された手続の下に選任された裁判員は、法令に従い公平誠実に職務を行う義務を負っている上、裁判長は、裁判員がその職責を十分果たすことができるよう配慮することなどを考慮すれば、公平な裁判所における法と証拠に基づく適正な裁判が行われることが制度的に十分保障されているとする)。2罪の性質、地方の民心その他の事情により、管轄裁判所が審判をするときは公安を害するおそれがあると認められる場合には、検事総長が最高裁判所に管轄移転の請求をしなければならない(法18条)。*管轄指定または移転の請求の方式については規則に定めがある(規間2条~6条)。裁判所に係属する事件について管轄の指定または移転の請求があったときは、原則として決定があるまで訴訟手続を停止しなければならない(規則6条)。なお、管轄移転の請求が訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかである場合には、訴訟手続を停止することを要しないとした判例がある(最決令和3・12・10刑集75巻9号1119頁)(なお、規則6条但書参照)。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|公訴提起の要件と手続|公訴提起の手続|起訴状一本主義と予断の防止

公開:2025/10/21

(1) 起訴状には、裁判官に事件について「予断」を生じさせるおそれのある書類その他の物を「添附」してはならない。また。その内容を起訴状に「引用」してはならない(法256条6項)。この規定は、公判審理を担当する裁判官が第1回公判期日前に事件に関する証拠等に接して「予断」を抱くのを防止すると共に。教判所の主導による訴訟進行、すなわち職権主義的希理を事実上困難にし、当事者の主導による訴訟追行すなわち「当事者追行主義」の訴訟進行方式を確立して、裁判所を中立的な判断者の地位に純化する機能を果たすものである〔序 Ⅱ 4)。旧法時代には、明文はなかったものの、検察官が起訴と同時に捜査段階で蓄積された捜査書類と証拠物(「一件記録」と称する)を裁判所に提出する慣行が確立していた。裁判官は、起訴状と共に提出された一件記録を第1回公判期日までに精査・検討し、公判における的確な訴訟指揮と事案解明のための基礎としていた。それは、裁判所が主導する職権審理主義の訴訟進行にとって不可欠の前提であったが、他方で,捜査と公判は一件記録の引き継ぎを介して連続し、検察と裁判も事案解明に向けた事務引き継ぎ的関係に立っていたとみられる。裁判所は中立公平な公判審理を行う建前であったものの、審理開始前に一件記録を精査することで、捜査段階の嫌疑を引き継ぎ有罪方向の一方的な心証一有罪の「予断」ーーをもって審理を開始していたことは否定できなかった。これに対して現行法は、前記のとおり、起訴状以外の書面及び証拠物等の添附や引用を禁じることによって、このような「予断」を封じたのである。これを「起訴状一本主義」と称する。裁判所は、事件に関する証拠からあらかじめ心証を形成することなく第1回の公判に臨むことになるので、憲法の保障する「公平な裁判所」(恋法37条1項)すなわち中立的な判断者としての地位は、実質的にもまた客観的・外形的にもより良く確保されることになった。また、少なくとも公判手続の初期段階では、裁判所はみずから積極的に訴訟追行を主宰することはできず、訴訟進行の主導権を当事者に委ねることになったのである。* 本文に述べたとおり、現行刑事訴訟法全体の基本設計において、起訴状一本主義の第一の機能は、訴訟進行の側面における事者追行主義の確立と裁判所の中立的判断者への純化である(前記のとおり、審判対象の側面では、当事者たる検察官による訴因の設定が当事者追行主義を確立した)。起訴状一本主義に期待されていたいまひとつの機能は、捜査書類の公判手続への無制約な流入の阻止であり、これは、現行法で新たに導入された伝開法則(法 320条1項)と相俟って、裁判所の事実認定の素材について、捜査段階で作成された供述調書を例外化する日標があったものと思われる。しかし、伝聞法則の例外規定(例、同意書証に関する法326条、被告人供述調書に関する法 322条,検察官面前調書に関する法 321条1項2号等)の大幅な活用の結果、第1回公判期日以降は、かつての「一件記録」が多量に事実認定の証拠として利用されているような観を呈する運用が生じた。訴訟の進行方法が当事者追行主義であるかヨーロッパ大陸法圏のような職権審理主義であるかを問わず、公判審理において捜査段階で作成された調書を無制約に許容しない「直接主義」は、捜査と公判との関係を規律した刑事裁判における普遍的な原理として尊重されている。例えば,職権審理主義を採用し,裁判長が訴訟指揮のために一件記録を把握しつつ審理を主導しているドイツ法においても、事実の証明が人の知覚に基づくときは、証拠の源泉であるその者を公判において尋問しなければならず、尋問調書や書面による供述の朗読でこれに代えることはできないという直接主義の原則を徹底する運用が行われている。このような公判供述を中心とする事実認定が諸外国の刑事裁判に普遍的なものであるとすれば、わが国の伝聞例外規定の大幅な活用による捜査書類すなわち供述調書の利用は、特異な事象との見方もできよう。(2)法が明示的に禁じているのは、「予断を生ぜしめる度のある書類その他の物」の「添附」またはその内容の「引用」である。書類の「添附」について、起訴状謄本や弁護人選任書の差出しは、もとより法の趣旨に反しない。第1回公判期日が開かれるまで,逮捕状・勾留状の提出が「裁判官」を経由することとされているのは、予断防止に配慮したものである(1(2)*)。このほか、公訴時効関係の資料が必要なとき、検察官は、公訴提起後、速やかにこれを裁判所に差し出さなければならないが、「裁判官に事件につき予断を生ぜしめるおそれのある書類その他の物を差し出してはならない」(規則166条)。なお、略式命令請求の場合は、手続の性質上、請求と同時に必要があると思料する書類及び証拠物を裁判所に差し出すこととされており(規則 289条)、起訴状一本主義の適用はない。「引用」については、前記「罪となるべき事実」を特定する「訴因の明示」の要請(法256条3項)との関係で問題となり得る。文書を用いた脅迫行為や名誉毀損行為を具体的に特定・明示するため、脅迫文書や名誉毀損文書を引用して「罪となるべき事実」を記載した場合はどうか。判例は、恐喝の手段として用いられた文書の趣旨が焼曲暗示的であり、これを要約摘示するのが困難である場合には、起訴状にそのほとんど全文が記載されても違法でないとし(最判昭和33・5・20刑集12巻7号138頁)、また、名誉毀損文書の原文約3500字の引用を,訴因明示の方法として不当ではないと是認している(最決昭和44・10・2刑集23巻10号1199頁)。しかし、これら判例の事案は、いずれも、文書の引用が「罪となるべき事実」の特定と審判対象の画定に必要不可な記載であったとは思われず、証拠そのものの引用として違法であったというべきである。(3) 法定の必要的記載事項(法256条2項)に当たらず、他方、法が明示的に記載を禁じていない起訴状の「余事記載」のうち、「裁判官に事件につき予断を生ぜしめる度のある」事項の記載は,法256条6項の趣旨から、書類の添附や引用と同様に許されないと解すべきである。例えば、判例は、詐欺罪の公訴事実について、冒頭に「被告人は詐欺罪により既に2度処罰を受けたものであるが」と公訴事実と同じ前科の記載をした事案について、両者の関係から公訴事実につき、裁判官に予断を生ぜしめるおそれのある事項に当たり許されないと説示している(最大判昭和27・3・5刑集6巻3号 351頁)。これは、予断を生じさせる違法な余事記載の一例である。これに対し、「前科」の記載であっても、法律上、罪となるべき事実の構成要件となっている場合(例,常習果犯窃盗)や、事実上、罪となるべき事実の内容を成す場合(例。前科がある事実を誇示する方法での恐喝)は、訴因の明示に不可であるから、余事記載ではない。被告人の性向・経歴、犯行に至る経緯・動機等の記載は、同様に、罪となるべき事実や訴因の明示のため必要な記載事項であるかとの観点からその適否が判断されよう。(4) 法256条6項が直接禁じる「添附」「引用」及び、予断を生じさせるおそれのある余事記載は、それだけで公訴を無効にするものと解されるので、裁判所は公訴を棄却すべきである(法338条4号)。判例は、「裁判官に予断を生ぜしめるおそれのある事項は、起訴状に記載することは許されないのであって、かかる事項を起訴状に記載したときは、これによってすでに生じた違法性は、その性質上もはや治癒することができないものと解するを相当とする」旨説示している(前記最大判昭和27・3・5)。違法な事記載の削除による補正を認めない趣旨であろう。これに対して、罪となるべき事実の特定・訴因の明示に必要な記載は、当然適法・有効である。その他の単なる事記載は、起訴状の効力に影響しない。したがって、裁判所はそのまま手続を進めてよい。(5) 現行法は、法256条6項に顕現された「予断」防止の趣意、すなわち事件の実体に関する心証形成の禁止という観点から、第1回公判期日前の「裁判官」に対する証拠保全請求(法179条)、「裁判官」に対する検察官の証人尋問請求(法 226条・227条),起訴後第1回公判期日までの「裁判官」による勾留に関する処分(法 280条、規則187条)等の諸規定を設けている。また、「公平な裁判」の観点から裁判官の除斥(法20条)・忌避(法21条)・回避(規則13条1項)の制度〔第3編公判手続第2章Ⅰ 3〕が設けられているのは、旧法と同様である。(6) 起訴状一本主義と予断防止について,裁判官は、第1回公判期日前には事件に関する証拠や情報に一切接触すべきでなく、「白紙の状態」で公判審理に臨まなければならないとの主張があった。しかし、これは、根拠のない仮象の「標語」であったというべきである。前記のとおり、法256条6項の趣意は、裁判官が公判審理前に、一方的な形で証拠に接し、事件の実体についてあらかじめ心証を形成すること(予断)の防止である。そのために、法は、検察官が一方的な形で一件記録等を裁判官に提出し、裁判官がこれを精査して公判に臨んでいた旧法時代の慣行を禁じたのである。起訴状一本主義と予断防止の趣意をこのように理解すれば、公判審理を担当する裁判所または裁判官が、一方的でなく両当事者の対等な関与が確保された手続において、審理計画を立てる目的で、双方の「主張」を確認し、これを通じて公判の争点を理し、必要な証拠調べの範囲等を決定したとしても、このような活動は、証拠から事件の実体に関する心証を形成するものではおよそないから、予断防止原則に反するものではない。2004(平成16)年の法改正で導入された「公判前整理手続」(法316条の2~316条の27)においては、第1回公判期日前に、公判審理を担当する裁判所が、両当事者に公判手続でする予定の主張、証拠調べ請求やそれに対する意見を明らかにさせた上、証拠決定を行うことや、証拠能力に関する判断や証拠開示に関する裁定のために直接証拠に接触することも予定されている[第3編公判手読第3章I】。裁判所のこれらの活動は、いずれも当該目的のために実施されるのであって、そこから事件の実体について心証を形成することを目的とせず、また実際に心証を形成することもないから、法256条6項の趣意に反するものではない。公判前整理手続という実定刑事訴訟法の規定の存在は、予断防止原則の意義と内容を一層明瞭にしたものといえよう。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|公訴提起の要件と手続|公訴提起の手続|被告人の特定

公開:2025/10/21

(1) 公訴の提起は、「起訴状」という書面を提出して行う(法256条1項)。口頭の起訴は許されない。当事者たる検察官が、裁判所に対して審理・判決を求める罪となるべき事実の主張と公訴の効力が及ぶ被告人(法 249 条参照)を記載・明示して、刑事訴訟を起動する重要な手続である。起訴状の記載事項は法定されており、①被告人の氏名その他被告人が誰であるかを特定するに足りる事項、②公訴事実、③罪名が記載される(法256条2項)。その他。公務員の作成する書面としての記載事項(規則58条・59条・60条の2)ならびに被告人の年齢、職業、住居及び本籍や被告人が逮捕または勾留されているときはその旨等。規則で記載事項が定められている(規則164条)。     (2) 起訴状の提出先は、管轄裁判所である〔管轄裁判所については、後記4〕起訴状が現に裁判所に到達した時点から、「訴訟係属」の効果が生ずる。訴訟係属とは、事件が裁判所により審理されるべき状態にあることをいう。前記のとおり、訴訟係属により公訴時効の進行は停止する(法254条1項)〔Ⅰ 2(6)〕起訴状が、誤って管轄裁判所でない裁判所に提出されたときは、事件は現に起訴状が提出された裁判所に係属し,その裁判所により「管轄違」の裁判がなされることになる(法329条)。このように裁判所は、公訴の有効・無効を問わず、訴訟係属の生じた事件について判断を要するが、検察官により公訴提起された事件についてのみ審理・判決することができる。裁判所が職権で刑事訴訟を開始することはできない。これを「不告不理の原則」という。* 起訴状のほか、検察官が起訴に際して提出すべき旨定められた書面として、起訴状の謄本,弁護人選任書及び逮捕状・勾留状がある。検察官は公訴提起と同時に(やむを得ない事情があるときは、公訴提起後速やかに)被告人に送達するものとして、起訴状の謄本を裁判所に提出しなければならない(法 256条の2,法271 条参照)。また、検察官または司法察員に差し出された弁護人選任書も裁判所に差し出さなければならない(規則165条1項)。弁護人選任書があれば起訴前の弁護人選任は第1審でも効力を有するので(規則17条)、これにより裁判所が直ちに弁護人を知ることができる。また、検察官は、起訴前に裁判官が付した国選弁護人があるときは、公訴提起と同時にその旨を裁判所に通知しなければならない(規則165条2項)。予断防止の観点から〔後記3),公訴提起後第1回公判期日までは、事件の審判に関与する裁判官以外の「裁判官」が被告人の勾留に関する処分を行う(法 280条1項、規則187条)。逮捕状及び勾留状は勾留に関する処分の基礎となるので、検察官は、逮捕または勾留されている被告人について公訴を提起したときは、速やかにその裁判所の「裁判官」に逮捕状または逮捕状及び勾留状を差し出さなければならない。逮捕または勾留後釈放された被告人について公訴を提起したときも同様である(規則 167条1項)。なお、第1回の公判期日が開かれて証拠調べの手続段階に入った後は、被告人の身体拘束に関する処分(勾留・保釈等)は事件の審判をする裁判所の役割となるから、裁判官は、速やかに逮捕状,勾留状及び勾留に関する処分の書類を「裁判所」に送付しなければならない(規則 167条3項)。**2023(令和5)年に、「刑事手続において犯罪被害者の氏名等の情報を保護するための刑事法の整備に関する諮問第115号」に係る法制審議会答申に基づいた法改正がなされ(令和5年法律28号)、検察官が、性処罪の被害者等の個人特定事項(氏名及び住所その他の個人を特定させることとなる事項[法201条の2第1項柱書])について、必要と認めるときは、公豚提起の際に、裁判所に対し、起訴状とともに、被告人に送達するものとして、被害者等の個人特定事項の記載がない起訴状の「抄本」を提出することができ。その提出を受けた裁判所は、被告人に対し、起訴状勝本に変えて、起訴状抄本を送達するとともに、弁護人に対し、起訴状に記載された個人特定事項のうち起訴状抄本に記載がないものを被告人に知らせてはならない旨の条件を付して起訴状騰本を送達する措置または抄本を送達する措置をとることができる場合が定められた。このような秘匿措置の対象となる者は、①性犯罪(刑法罪では刑法 176条・177条・179条・181条・182条・225条・226条の2第3項・227条1項3項・241条1項3項)に係る事件の被害者、このほか犯行の態様、被害の状況その他の事情により、被害者の個人特定事項が被告人に知られることにより被害者等(被害者または一定の場合におけるその配者、直系親族・兄弟姉妹[法201条の2第1項1号ハ(1)])の名誉または社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められる事件,被害者またはその親族の身体もしくは財産に害を加えまたはこれらの者を畏怖させもしくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認められる事件の被害者。②①に掲げる者のほか、個人特定事項が被告人に知られることにより名誉または社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められる者、その者またはその親族の身体もしくは財産に害を加えまたはこれらの者を畏怖させもしくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認められる者である(法 271条の2・271条の3)。この措置について、裁判所は、被告人の防に実質的な不利益を生ずるおそれがあると認めるときは、被告人または弁護人の請求により、前記の措置に係る個人特定事項の全部または一部を被告人に通知する旨の決定または当該個人特定事項を被告人に知らせてはならない旨の条件を付して当該個人定事項の全部または一部を弁護人に通知する旨の決定をしなければならない(法 271条の5)。なお、捜査段階における逮捕状や勾留状の被疑事実の記載についても同じ範囲の対象者の個人特定事項の秘匿を可能とする法改正がなされたことについては、第1編捜査手第3章II1(3)*参照。また、証拠開示については法299条の4,299条の5が改正補充され,裁判書等の閲覧について法 271条の6が追加されて、同旨の秘匿措置が定められた。(3)「公訴事実」(法256条2項2号)という言葉は、「公訴」の提起で開始される刑事訴訟における審理・判決の対象(以下「審判対象」と略称する。講学上「訴訟対象」。「訴訟物」とも称される)の名辞・呼称である。公訴事実すなわち審判対象は、「訴因を明示してこれを記載しなければならない」(法256条3項前段)。新因の明示とは、検察官が裁判所の審判を求めて主張する「罪となるべき事実」を、「できる限り日時、場所及び方法を以て」特定して記載することをいう(同項後段)。「罪となるべき事実」の特定による「訴因の明示」の意義と限界事例の詳細については、別途説明を加える〔第3章〕。このように、公訴事実すなわち刑事訴訟における審判対象は、当事者である検察官が起訴状において訴因として明示・特定した「罪となるべき事実」の主張である。裁判所はこれについてのみ審理・判決の権限と責務を負う。裁判所は、検察官が訴因として明示・記載して特定された事実とは異なる事実について審理・判決することはできず(法 378条3号参照)。そのような事実を認定するには、検察官による訴因変更の手続を要する(法312条)。こうして現行法は、公訴事実すなわち審判対象が、事者たる検察官が設定または変更する訴因である旨を明らかにして、審判対象の側面において当事者追行主義を採用している。(4) 訴因として明示・記載されるべき事項は、「罪となるべき事実」と、これを特定するための「日時、場所及び方法」等である。「特定」とは、他の事実と区別し画定できることをいう。「罪となるべき事実」は、有罪判決の理由として摘示することが要請されている刑罰権の根拠となる具体的事実に相応するものであるから(法 335条1項参照),刑罰法令の定める犯罪構成要件に該当する事実を具体的に記載しなければならない。他方、これに該当しない事実(例。犯行に至る経緯・動機や量刑事由としての前科)は記載する必要がないというべきである。刑法総則の定める未遂犯。共同正犯。教唆狙従犯に当たる事実は、いずれも罪となるべき事実である。目的犯の目的、結果的加重における加重結果。常習犯窃盗における前科も同様である。他方、罪構成要件に該当する具体的事実の記載があれば、原則として当該事実の違法性・有責性は主張されているとみられるから、起訴状においては違法阻却事由・責任阻却事由等処罪の成立を阻却する事由の不存在について明示・記載する必要はない(なお、有罪判決の理由について、法 335条2項参照)。検察官は、構成要件に該当する罪となるべき事実を具体的に「特定」すなわち他の事実と区別できる程度に表現・表示するに際して、通常。①犯罪の主体(誰が)。②犯罪の日時(いつ)、③犯罪の場所(どこで)④犯罪の容体(何を、または維に対して)。⑤犯罪の方法(どのような方法で)、⑥犯罪の行為と結果(何をしたか)の6項目に留意し、これに則して訴因を明示・記載している。捜査は、このような「罪となるべき事実」を具体的に特定して明示・記載できるに足りる証拠を収集することを主要な目的として実行される。検察官が公原製造の散権要件たる用の離実な(Ⅰ 1(1)を認める場合には、この6頭目を過不足なく記載できるのが通常であちう。もっとも。起当時の証拠に基づき「できる限り」明示・記載を試みても、3罪の日時、場所、方法等が縮のある機括的な表示にとどまらざるを得ない場合もあり得る。そのような記載であっても、「罪となるべき事実」の特定、すなわち審判対象の画定の要請が充たされていると認められれば、起訴状の記載として適法であり、裁判所は審理手続を進行させることができる〔第3章Ⅲ参照】。(5)「罪名」という言葉は、犯罪の名辞・呼称である。起訴状に記載された「罪となるべき事実」に「適用すべき罰条を示して」記載される(法 256条4項)。「罰条」とは刑罰法令名と条文のことである。刑法犯の場合には、刑法各則の条文の見出しに付された罪名(例,窃盗、殺人)をも記載される。刑法総則規定のうち、共同正犯(刑法60条),教唆犯(法61条),従犯(法62条)の場合は、これらの規定も併せ記載される。未遂の場合は、各則の未遂処罰規定も併せ記載される。罰条の記載は、公訴事実の記載と相俟って審判対象の明示・特定に資する趣意であるから、罰条の記載に誤りがあっても、審判対象すなわち被告人の防禦対象の画定に支障がなく、「被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる度がない限り」。公訴提起の効力には影響を及ほさない(法 256条4項但書)。検察官は罰条記載の誤りを認識したときは、直ちにこれを訂正すべきである。これに対し、罰条記載の誤りに起因して防禦対象の混濁を生じるなど被告人の両禦に実質的不利益を生じさせたときは、公訴提起は無効となる。もっとも、被告人側の同意を得て誤記の訂正による補正(無効な起訴を事後的に有効とすること)を認めることはできるであろう。(6)法は、数個の訴因及び罰条を、予備的にまたは択一的に記載することを認めている(法256条5項)。この規定は、現行法が旧法に比して捜査による事案解明を困難にしたとの想定で、検察官の公訴提起にある程度の不確実性を許容しようとの趣意であった。一性に疑義が生じるので、誤表示の訂正では足りない事態が生じ得る。起訴状に検察官が訴追意思の対象とした人物とは別人の氏名が表示され、その結果被冒用者が現に公判期日に出頭した場合や、表示された人物とは別人が公判期日に出頭した場合には、手続の諸段階に応じて、次のように対処する必要が生じよう。第一,冒頭手続の「人定質問」(規則196条)により人違いが判明した場合。人定質問はまさに被告人の同一性を確認するための手続であるから、出頭した被冒用者等を「被告人」として扱うのではなく、これを事実上排除し、検察官が訴追意思の対象としていた人物すなわち「被告人」を、あらためて出頭させることで手続を進行させることができよう。氏名冒用が判明した場合は当初の起訴状の表示を訂正することを要する。第二、被冒用者が身代わりの意図等で公判に出頭し、人定質問ではそれが判明せず、ある程度この者に対する審理が進行した段階で身代わりや人違いが判明した場合。「被告人」であるかのように行動した人物と検察官の訴追意思の対象である人物とが相違する結果,その同一性に混乱が生じているから、検察官は、公訴を取り消し、改めて訴追すべき被告人を正しく表示した公訴を提起すべきであろう。他方で、被告人であるかのように行動した人物に対して事実上生じている訴訟係属を解消するため、裁判所はこの者について、公訴棄却の裁判で手続を打ち切るべきである(法 338条4号準用)。* 公判請求事件でかつ捜査段階から身体拘束(逮捕・勾留)がなされている場合に比して、在宅事件の場合には、捜査・訴追機関と被疑者との結びつきが緊密でないため、氏名冒用によって起訴状に表示された別人に対する公訴提起とみられる場面が生じ得る。また、略式命令請求事件では、人定質問の手続がなく、書面審理で起訴状に表示された被告人を対象とすることから、原則として氏名が表示された人物を被告人として扱うのが適切であろう。身体拘束のない略式手続の事案について、他人の氏名を冒用し、捜査機関に対しては被疑者として行動し、かつ、裁判所で夜告人として他人名義の略式命令勝本の交付を受けて即日間金を仮約付した場合であっても、被用者が被告人でありその略式命令の効力は、冒用者である人物には生じないとする旨の判例がある(最決昭和50・5・30 刑集29巻5号360頁)。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|公訴提起の要件と手続|公訴提起の要件|親告罪における告訴

公開:2025/10/21

(1)「告訴」は、一般に捜査の端緒となるが〔第1編捜査手続第2章〕,「告訴がなければ公訴を提起することができない」犯罪類型一「親告罪」一については、手続や効果に関する固有の法規定が設けられている。ある罪が親告罪であるかは、刑法則等の刑罰法令にその旨の定めがある。「告発」、及び「請求」についても、親告罪と同様に、告発・請求がなければ公訴を提起することができない。告発・請求については、親告罪の告訴に関する規定の一部が準用される(法 237条3項・238条2項)。*親告罪は、犯人の訴追・処罰を告訴権者の意思に係らせる制度であり、国家刑罰権の行使に犯罪被害者等私人の意向を反映させるものであるが、その政策的理由は犯罪類型により様々である。第一は、刑事訴追の遂行でかえって被害者の利益・名誉等の法益がさらに侵害されるおそれがあることに鑑み、訴追を被害者の意思に係らせた類型である。名誉に対する罪(刑法232条)、秘密を侵す罪(刑法135条)等がこれに当たる。第二は、被害法益の軽徴な個人的法益に対する罪で、被害者の意想に反してまで訴追・処罰の必要がないとみられる犯罪類型である。過失傷害罪(刑法 209条),器物損壊罪(刑法264条)等がこれに当たる。第三は、犯人と被害者との間に一定の人的関係があり、これを勘楽して訴追・処を被害者の意思に係らせた類型である。親族間の犯罪に関する特例(いわゆる「親族相盗例」等、刑法244条2項・251条・255条)がこれに当たる。**「告発」が公訴提起の要件とされる罪には、明文の定めがあるものとして、選挙人等の修証罪(選挙管理委員会の告発。公職選挙法253条),関税法違反事件(税関長または税関職員の告発。関税法148条)、間接国税に関する犯則事件(税務署長等の告発。国税通則法159条),独占禁止法違反の罪(公正取引委員会の告発。独禁法96条)、明文はないが判例によりこれに当たるとされるものとして、議院における証人の偽証罪・宜誓等拒否罪(議院証言法8条・議院等の告発。最大判昭和24・6・1集3巻7号 901頁)などがある。「請求」が公訴提起の要件とされる罪は、外国国章損壊罪(外国政府の請求。刑法92条),争議予告義務違反の罪(労働委員会の請求。労働関係調整法 42条)などである。(2) 親告罪の告訴は、原則として「犯人を知った日」から6か月以内にしなければならない(法235条本文)。このような「告訴期間」の設定は、被害者等に告訴するか否か勘案する考慮期間を与える一方で、訴追の可否を長期間私人の意思に係らせて不安定な状態を持続するのは適切でないとの趣意に基づく。告訴期間経過後にされた告訴は無効である。なお、告発または請求が公訴提起の要件となる罪については、私人が行うものでないため、期間制限は設けられていない。親告罪以外の罪について、告訴は公訴提起の要件でないから、期間の制限はない。公訴時効完成前までにされた告訴は、捜査の端緒として意味を有する。告訴をするか否かの判断には、告訴権者と狙人との人的関係が重要な考慮要素になり得るので、「犯人を知った」とは、住所・氏名等の詳細を知る必要はないが、被害者等が犯人が誰であるか、どういう人物であるかについて認識を得たことをいう(最決昭和39・11・10刑集18巻9号547頁)。被害者が複数ある等告訴権者が複数の場合は(例.1通の文書で複数人の名誉を毀損した場合)、各人の告訴期間は独立に進行する(法 236条)。なお、「人を知った日」は、犯罪終丁後の日をさすので、継続について犯罪継続中に犯人を知った場合は、犯罪が終了した時点から告訴期間が進行する(最決昭和45・12・17刑集24巻13号1765頁)。例えば、名誉毀損文書をインターネット上で関覧可能な状態にする熊様の名誉毀損罪;の場合、該文書が関覧可能である間は死罪が終了しないので、その間に被害者が犯人を知ったとしても、告訴期間は進行しないと解される(大阪高判平成16・4・22高刑集57巻2号1頁参照)。告訴は特定の犯罪事実について訴追・処罰を求める意思表示であるから、告訴権者が犯罪事実を知れば、もとより犯人を知らなくても告訴できる。他方、よく知っている特定人から犯罪被害を受けている認識がない場合には、「犯人」の前提となる犯罪事実の認識がいまだないのであるから、「犯人を知った」とはいえない(例。親族に財産を詐取されているのではとの疑いを抱くも、いまだ被害の確たる認識がない場合)。犯罪被害の事実を認識した時点から告訴期間が進行すると解される。(3)告訴期間設定の趣意は前記のとおりであるが、2017(平成29)年の法律72号による刑法改正前には、当時告罪とされていた性的自由に対する犯罪類型等については、犯罪被害者に対する配慮措置等を導入した2000(平成12)年の法改正(平成12年法律74号)により、告訴期間が撤廃されていた。これらの罪の被害者が受けた精神的打撃や犯人との人的関係等に鑑み、被害者に一定期間内に告訴するか否かの意思決定を強いるのは酷であるとの趣意による。また略取され,誘拐され、または売買された者が犯人と婚姻をしたときの告訴については、婚姻無効または取消しの裁判確定日から6か月以内との期間が設けられていた。しかし、これら告訴期間に関する規定は、前記2017年法改正によって性的自由に対する罪等が非親告罪化されたことに伴い、削除された。なお、刑法 232条2項により外国の代表者が行う告訴、及び日本国に派遣された外国の使節に対する名誉毀損罪または侮辱罪につきその使節が行う告訴については、従前から告訴期間の制限は設けられていない(法235条但書)。(4) 告訴は特定の犯罪事実について処罰を求める意思表示であるから、共犯者の一部のみに対してした告訴であっても、その効力は、共犯者全員に及ぶ。これを告訴の主観的不可分と称し、その旨明文規定がある(法238条1項)。告豚の取消しについても同様であり、告訴権者が親告罪の共者の一部についてだけ告訴を取り消して訴追・処罰の可否を選択することまでは認められない。以上が原則であるが、親告罪であるかどうかがもっぱら組人と教書者との人的関係で定まる類型の相対的親告罪(親族相益例)については、その制度趣旨から別異の帰結が要請される。被害者の親族と非親族が共関係にある場合、非親族のみを指定した告訴があるときは、当該告訴は「親告罪について・・・・・した告訴」(法238条1項)に当たらないので、親族たる共犯者に対しては告訴の効力が及ばないと解すべきである。(5)告訴が犯罪事実を対象とし、また。告訴権者が処罰範囲を限定する意思は通常ないと想定されることから、明文はないが、一罪の一部について告訴があったとしても、その効力は、一罪の全部に及ぶ。これを告訴の客観的不可分と称する。しかし、ある罪が親告罪とされている趣意・政策目的と告訴権者の意思に鑑み、科刑上一罪とされている罪のうち、非親告罪部分についてだけ告訴があった場合には、別異の扱いをするのが合理的であろう。告訴権者が告訴を一部の罪に限定した意思と除外された罪が親告罪とされている立法政策目的に鑑み、告訴の効力は親告罪に及ばないと解すべきである。また、1個の行為で複数の被害結果が生じ,科刑上一罪とされる場合、例えば、1通の文書で複数人の名誉を毀損した場合も、告訴の効力は被害者年に独立に扱うべきである。告訴は被害者が自己の受けた被害事実についての処罰を求める意思表示であり、告訴していない他の被害者の犯罪被害についてまで及ぶものではないからである。(6) 親告罪の告訴は、公訴の提起があるまでは取り消すことができる(法237条1項)。公訴提起後の取消しを認めないのは、ひとたび国家刑罰権の発動に向けた刑事訴追が開始された以上,その遂行を私人の意思に係らせるのは適切でないとの趣意による。告訴の取消しをした告訴権者は、再び告訴をすることができない(同条2項)。なお、被害者本人が告訴を取り消しても、法定代理人(例、親権者)は固有の告訴権者として、「独立して」告訴をすることができる(法 231条1項参照)。法定代理人のした告訴を被害者本人が取り消すことはできないと解される。他方,法定代理人のみの判断で被害者本人のした告訴を取り消すことはできないであろう。(7) 親告罪について、告訴が欠如していたにもかかわらず公訴が提起された場合、その起訴は無効であるから、公訴棄却の裁判で手続が打ち切られるのが原則である(法338条4号)。これに対して、起訴後、公訴棄却の裁判前の時点で告訴があった場合に、当初疵があり無効であった公訴提起の手続を告訴のあったときから有効として(「告訴の追完」と称する)そのまま手続を進行させることができるか。公訴棄却の裁判に一事不再理の効力はないから、検察官が再起訴することはできる。そこで、手統進行の効率性(訴訟経済)の観点からは、追完を認めるのが適当であるようにみえる。しかし,当事者である被告人側が、公訴提起の要件の欠如を指摘して公訴棄却を求めている以上、その意思に反してまで追完を認めるのは妥当でない。追完は、被告人側の同意がある場合に限り認めるべきであろう。追完を認めず原則どおり公訴棄却となった場合、検察官は、告訴を前提に再起訴することができる。しかし、告訴なしに行われた最初の起訴が、単なる検察官の過誤によるのではなく、著しく不当な公訴権の行使と認められるような特段の事情がある場合には(例、時効完成止目的:検察審査会の審査回避目的等公訴権の濫用的行使に相当する場合),追完を認めず、再起訴も禁じられるというべきであろう。このような特段の事情ある場合に、再起訴を許すのでは無意味である。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|公訴提起の要件と手続|公訴提起の要件|公訴の時効

公開:2025/10/21

1) 公訴時効制度は、一定の時の経過に伴い,狙人を刑事訴追の可能性から解放し、また、捜査機関等刑事司法機関の負担を軽減する効果をもたらす。その存在理由については様々な説明があるが、時の経過により。証拠が散逸して正確な裁判を行うことが困難となるという手続法的説明と,犯罪の社会的影響が減衰し刑罰を加える必要性が稀薄化するという実体法的説明とがある。もっとも、制度の存在理由に関するこれらの説明が、実定法の解釈論に直結しているわけではない。これらの理由の複合に基づく立法政策である。最高裁判所は、公訴時効制度の趣旨について、時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにあると述べている(後掲最判平成27・12・3,最判和4・6・9)。公訴時効の完成により犯人を訴追・処罰できなくなるという帰結は、それが凶悪重大事である場合、その立法政策的妥当性に疑問を生じさせる。とりわけ、新たな捜査技術の開発等により狙行後相当期間経過後でも真犯人を示す証拠の収集保全が可能となった事案で,年月を経ようと一般国民や被害者遺族の処罰感情が稀薄化するとは言い難い悪重大事犯では、公訴時効制度の存在自体に批判が向けられることになる。(2)法は、最も重大な法益である人の生命を侵害する罪について、最も重い法定刑である死刑に当たる犯罪類型を設けている(例,殺人,強盗殺人、強盗・不同意性交等致死)。このように峻厳な法的評価による高度の処罰の必要性が示されている犯罪類型について、時の経過により一律に訴追・処罰できなくなるのは不当であり、刑事責任の追及に時間的限界を設けるのは適切でないとの政策的決断が行われ、2010(平成22)年の法改正(平成22年法律26号)によって、この犯罪類型(「人を死亡させた罪」であって「死刑に当たるもの」)は公訴時効規定の対象から除外され、公訴時効が完成することはないとされた (法250条1項柱書)。重大犯罪類型に公訴時効を設けない法制は諸外国にも認められるところであり,これは必ずしも特異な立法政策ではない。また同改正により、死別に当たるものを除く「人を死亡させた罪であって物禁別に当たるもの」(例、修害致死、不同意性交等致死、危険運転致死など)についても、従前の規定に比しておおむね2倍の時効期間が設定され。生命侵害犯に対しては、より長期間刑事責任の追及を可能とすることとされた(法250条1項)。なお、前記「人を死亡させた罪」とは、犯罪行為による死亡結果が構成要件となっている罪をいう。行為と因果関係ある死亡結果が構成要件要素であれば、放意・過失は問わない(例、橋害致死)。殺人未罪のように死亡結果が生じなかった犯罪や、現住建造物放火罪のように死亡結果が構成要件要素とされていない罪は、これに当たらない。(3) 以上の法改正により,法定された公訴時効期間は次のとおりである(法250条)。(a) 人を死亡させた罪であって死刑に当たるものについては、公訴時効規定の対象から除外され、時効が完成することはない(法250条1項柱書除外文・同条2項反対解釈)。(b) 人を死亡させた罪であって拘禁刑に当たるものについては、①無期禁刑に当たる罪は30年、②長期20年の拘禁刑に当たる罪は20年、③①,②以外の罪は10年(法 250条1項)。(c) 人を死亡させた罪であって拘禁刑以上の刑に当たるもの以外の罪については、①死刑に当たる罪は25年,②無期禁刑に当たる罪は15年、③長期15年以上の拘禁刑に当たる罪は10年、④長期15年未満の拘禁刑に当たる罪は7年、⑤長期10年未満の拘禁刑に当たる罪は5年、⑥長期5年未満の拘禁または罰金に当たる罪は3年、⑦拘留または科料に当たる罪は1年(法250条2項)。(d)以上が公訴時効期間の原則となるが、性犯罪の構成要件を見直して整理する刑法改正と併せて公訴時効期間の延長に係る刑訴法改正が行われ、公布の日(2023 [令和5]年6月23日)から施行されている(和5年法律66号)。性犯罪一般についての被害申告の困難性。未成年被害者の被害申告の困難に鑑み、性罪についての公訴時効期間を5年延長する(法250条3項)とともに、被害者が犯罪行為が終わった時に18歳未満(未成年)である場合には、その者が18歳に達するまでの期間に相当する期間を加算して、更に公訴時効期間を延長する(同条4項)ものである。この改正規定による性独罪刑法の時効期間は次のとおりとなる(同条3項各号)。①不同意わいせつ等致傷の罪、強盗・不同意性交等の罪は20年、②不同意性交等の罪、監護者性交等の罪またはこれらの未遂罪は15年,③不同意わいせつの罪、監護者わいせつの罪またはこれらの未遂罪は12年。なお、二つ以上の主刑を併科すべき罪(例、盗品等有償譲受け罪)、または二つ以上の主刑中その一つを科すべき罪(例、傷害罪)については、その重い方の刑に従って法250条を適用する(法251条)。また,刑法により刑を加重減軽すべき場合には、加重減軽しない刑に従って法250条を適用する(法 252条)。処罰の必要性は処断刑ではなく法定刑に示されているとみられるからである。*科刑上一罪とされる各罪の時効期間が異なる場合について、判例は「これを一体として観察し、その最も重い罪の刑につき定めた時効期間による」とする(観念的競合につき、最判昭和41・4・21刑集20巻4号275頁)。しかし、科刑上の一罪は本来別罪であるから、個別に時効期間を算定すべきであろう。牽連犯について、結果たる行為が手段たる行為の時効完成後に実行された場合には、各別に期間を決するのが合理的である(東京高判昭和43・4・30 高刑集21巻2号 222頁参照)。**両罰規定における法人等の事業主と行為者の公訴時効については、それぞれの法定刑に従い個別に算定すべきものとするのが判例である(最大判昭和35・12・21刑集14巻14号 2162頁等)。両罰規定による事業主処罰の根拠からも、このような扱いが合理的と思われる。もっとも、特別の規定を設けて、事業主に罰金刑を科す場合の時効期間を行為者についての時効期間によるとする立法例がある(例,公害罪処罰法6条,金融商品取引法 207条2項等)。*** 身分犯の共犯者で身分がないため刑法65条により軽い罪の刑が科される者については、軽い罪の法定刑が基準となる。他人の物の非占有者が業務上占有者と共謀して横領した事案につき、判例は、業務上横領罪ではなく単純横領罪の法定刑を基準として時効期間を定めるとしている(最判令和4・6・9刑集76巻5号613頁)。法252条との関係では、単純横領罪の法定刑が本来のものであり、減軽された結果ではないとの理解が可能であろう。(4)前記2010(平成22)年改正法は、その施行日(2010[平成22]年4月21日)の前に犯した「人を死亡させた罪であって禁錮以上の刑に当たるもの」で、新法施行の際に公訴時効が完成していないものについても適用されるとされた(平成 22年法律26号附則3条2項)。犯行後起訴前に時効期間が被疑者に不利益方向に変更された場合に、新旧法のいずれを適用するかについて、前記改正法は新法を適用する旨を明記したものである。公訴時効制度の存在理由にかかわらず、これが公訴権の行使に時間前限界を設定する訴訟手競法規であることから、新法(当該手続の時に施行されている法)適用の一般原則を確認したものと解される。このような扱いについて、違憲の疑いを指摘する議論があるが、理由がない。意法39条が禁止しているのは、実行の時に適法であった行為を可罰化する新たな実体別間法令を遡って適用し処することや、重く変更した利間を適用することである(刑法6条参照)が、公訴時効の廃止や時効期間の延長を内容とする手続法の適用は、このような可罰的行為の創設または可罰性の加重とその遡及ではない。また、憲法 39条及び31条は、犯罪に該当する行為とこれに対する刑罰を事前告知して行為者の予測可能性を保障する趣旨を含むと解されるが、時効期間を経過すれば処罰を免れ得るとの予測や、処罰が予告されていた犯罪の実行後に時効完成を待つ犯人の期待は、憲法 39条及び31条により憲法上保護された基本権とは認めがたい。訴訟手続法適用の一般原則に従って、公訴時効の取扱いを狙人に不利益に変更する新法を、その施行時において公訴時効未完成の事件に適用することに、違憲の問題は生じないと解される。最高裁判所は、公訴時効を廃止しまたは時効期間を延長した改正法を、その施行前に狙された罪であって、施行の際に公訴時効が完成していないものについて適用するとした前記附則規定は、行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではなく、また,被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするようなものでもないから、憲法39条、31条に違反せず、それらの趣旨にも反しないとの判断を示している(最判平成27・12・3刑集69巻8号815頁)。なお、性犯罪の時効期間を延長した前記 2023(令和5)年改正法の経過措置を定めた規定も。時効期間を延長する改正規定の行の際、その公派時効が完成していない罪についても改正法を適用するとしている(令和5年法律66号附則5条2項)。*前記改正法の規定は、改正法施行の際に公訴時効が既に完成している罪には適用されない(平成22年法律26号附則3条1項)。もっとも、処罰が予告されていた犯罪行為に対して発生・存続している刑罰権を前提として、公訴時効の完成により行使できなくなった公訴権を訴訟手続法の改正によって再び行使できるとすることも、新たな可罰的行為・刑罰権の創設とその遡及適用ではないから憲法39条及び憲法31条に直接抵触するとは思われない。前記附則の定める取扱いは、時効完成により生じる諸般の事情(捜査終了に伴う証拠の廃棄等)を勘案した適切な立法政策とみられよう。もっとも、前記平成27年最高裁判例は、既に時効が完成した罪に適用することは「被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にする」ことを示唆しているように思われる。なお、前記性犯罪についての時効期間の延長についても、改正規定の施行の際、既にその公訴時効が完成している罪には適用されない旨の経過措置が定められている(和5年法律66号附5条1項)。**訴訟手続法の定める時効期間の変更ではなく、刑罰法(実体法)が改正され犯罪に対する法定刑に変更があり、その結果公訴時効期間を異にすることになる場合については、当該犯罪事実に適用される罰条に定められた法定刑により公訴時効期間が定まるとするのが判例である(最決昭和 42・5・19刑集21巻4号494頁)。(5)時効期間の起算点は、「犯罪行為が終った時から」と規定されている(法 253条1項)。同表現の旧法規定が立案された趣意は,犯罪行為終了時を明記することにあったが、いわゆる結果の場合は、「犯罪行為」の終了に結果発生を含むと解する結果発生時説が通説である。結果は結果発生により処罰可能の状態に達するものであり、結果発生によって採証可能性及び犯罪の社会的影響・処罰感情も高まると考えられるからである。判例も、行為の終了から結果発生までに長年月を経た、いわゆる「熊本水俣病事件」において、結果的加重犯である業務上過失致死罪につき結果発生時を起算点と明言している(最決昭和63・2・29刑集42巻2号314頁)。共犯の場合(共同正。教唆。従犯。及び必要的共を含む)には、共犯者間に共通した「最終の行為が終った時から」、すべての共犯者に対して時効の期間を起算する(法 253条2項)。なお、時効期間の計算については、被疑者の利益方向で、期間計算に関する一般原則の例外が設けられている。すなわち、時効期間の初日は、時間を論じないで1日として計算し、期間の末日が休日に当たるときも、これを期間に算入する(法55条1項但書・同条3項但書)。*料洲上一罪の起算点について、前記時効期間の基準[(3)*〕と同様の問題がある。判例は、1個の行為から相当の時間的間隔を経て数個の結果が発生した観念的競合拠についても全部を一体として扱うとしている(前記最決昭和63・2・29)。科上一罪であっても,華連犯で、手段となった行為の罪の時効期間経過後に結果となる行為が実行されたような場合には(例、文書造行為終了後、文書造罪の時効期間経過後に、修道文書を行使した場合),時効の起算点は個別に考えるのが合理的であろう。包括一罪の場合は、これを構成する最終の犯罪行為が終わった時を起算点とする(最判昭和 31・8・3集10巻8号1202頁)。継続処は法益侵害状態が継続する限り犯罪行為が終了しないので、その状態が終了してはじめて時効期間が進行することになる。外国人登録法による登録不申請(登録義務違反)の罪の性質を継続犯と解し、申請があってその義務が消滅した時を起算点とした判例がある(最判昭和 28・5・14刑集7巻5号1026頁)。また、犯罪行為の終了に関し、判例は、競売入札害罪について、現況調査に訪れた執行官に対し虚事実の陳述等の刑法 96条の3[現96条の6]第1項に該当する行為があっても、その時点をもって「犯罪行為が終った時」とはならず、虚偽事実の陳述等に基づく競売手が進行する限り、「犯罪行為が終った時」とはならないとする(最決平成18・12・13刑集60巻10号 857頁)。犯罪の終了は犯罪の既遂時期とは別の基準で判断されている。(6)公訴の時効は、一定の事由により、その進行を「停止」し、停止事由の消滅後に,残存の期間が再び進行する。旧法までは、時効が「中断」して、その時点から時効期間があらためて進行するとされていたが、現行刑事訴訟法はこのような時効の中断制度を廃した(例外的に中断を認めていた規定として、例えば、旧国税犯則取締法 15条[現行国税通則法は中断制度を廃した]。なお、刑の時効の中断について、刑法 34条参照)。第一,公訴の提起による時効の停止(法 254条)。公訴の提起があると、その存在に伴う効果として、時効の進行が停止する。公訴の有効・無効を問わない。公訴提起・追行の要件を久いた無効な公訴提起であっても、訴訟係属が続く問は、公訴時効は完成しない。不適法な公訴に対する管轄違いまたは公訴棄却の裁判が確定して訴訟係属が失われたときは、その時点から残存期間が進行する(同条1項)。有罪・無罪・免訴の確定判決があったときは、再度の公訴提起はあり得ないから、時効の問題はない。なお、起訴状本の不送達によって公訴提起が失効したとき(法271条2項参照)について、判例は、公訴提起により進行を停止していた公訴時効は、法339条1項1号の公訴棄却決定の確定したときから再びその進行を始めると解している(最決昭和55・5・12刑集34巻3号185頁)。時効の停止は、検察官の訴追意思の表明である公訴提起行為の存在に伴う効果であるから、当該公訴提起行為により検察官が1回の手続で訴追意思を実現可能な主張,すなわち「公訴事実の同一性」(法312条1項)の範囲に時効停止の効果が及ぶと解すべきである。判例は、起訴状の公訴事実の記載に不備があり,実体審理を継続するのに十分な程度に訴因が特定していない場合であっても、それが特定の事実について検察官が訴追意思を表明したものと認められるときは、この事実と公訴事実を同一にする範囲において、公訴時効の進行を停止する効力を有するとしている(最決昭和56・7・14刑集35巻5号497頁)。また。公訴提起でなくとも、特定の事実に対する検察官の訴追意思の表明とみられる明瞭な手続があれば、時効停止の効果を認め得る。判例は、起訴状記載の訴因と併合罪関係にある事実について,追起訴の手続によるべきであったのに、検察官が罪数判断を誤り,包括一罪の一部として追加する旨の訴因変更請求をした事案について、検察官が訴因変更許可請求書を裁判所に提出することにより、その請求に係る特定の事実に対する訴追意思を表明したものとみられるから、その時点で、法254条1項に準じて公訴時効の進行が停止する旨説示している(最決平成18・11・20刑集60巻9号696頁)。時効停止の効果は、共犯者にも拡張されている(法 254条2項)。共犯の1人に対してした公訴提起による時効停止は、他の共犯者に対してもその効力が及ぶ。停止した時効は、共犯の1人に対する終局裁判が確定して訴訟係属が解消されると、他の共犯者について残りの時効期間が進行する。第二、「犯人が国外にいる場合」または「狙人が逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかった場合」には、その国外にいる期間または逃げ隠れている期間、時効は進行を停止する(法255条1項)。犯人側の行動で公訴提起が困難になっている場合を停止事由としたものである。後者の場合、前記法 339条1項1号の公訴棄却決定が確定した後も、北人が逃げ隠れている間は公訴時効が停止することになる。検察官は、本条を援用する場合,証明資料の差出を要する(法255条2項、規則166条)。「国外にいる場合」については、起訴状本の送達不能等は要件でない。捜査機関が乳罪の発生や犯人を知っていると否とを問わず、犯人が国外にいることだけで、時効はその国外にいる期間中進行を停止する(最判昭和37・9・18刑16巻9号1386頁)。また。犯人が国外にいる間は、それが一時的な海外渡航による場合であっても。公新時効はその進行を停止するというのが判例である(緑決平成21・10-20月集63巻8号1052)。これは、外国への起訴状磨本送達が類型的に困難であるほか、外国には日本の捜査権が及ばないことから国内に住所がある一時的渡航についても停止を認めたものとみられる。第三、他の法律の規定で時効の進行が停止される場合がある。家庭裁判所に保護事件が係属中の少年について明文がある(少年法47条)。また、公訴権行使が制約されている在任中の国務大臣の場合は、その期間時効が停止するものと解される(憲法 75条但書)。摂政についても同様である(皇室典範21条但書)〔1(3)(d)〕

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|公訴提起の要件と手続|公訴提起の要件|公訴提起の要件の意義と種類

公開:2025/10/21

(1) 公訴提起は、当事者として刑事訴訟を起動する立場にある検察官が、裁判所に対して刑事事件の審理と判決を求める行為である。既に説明したとおり、検察官は処理すべき事件について、犯罪の成否と嫌疑の有無を検討し、的確な証拠に基づき有罪判決が得られる高度の見込みがある場合に限って起訴するという運用を行っている。この意味で、犯罪の確実な嫌疑の存在は、当事者による検察官から見て、公訴提起の要件と位置付けられる。検察官が、証拠上合理的疑いが顕著に認められ有罪判決の見込みが乏しい事件を起訴した場合、当該手続が無罪判決で終局するほか、合理的根拠のない違法な公権力の行使として、国家賠償の問題を生ずる(国賠法上の違法性判断基準について、最判昭和53・10・20民集32巻7号1367頁参照)〔第1章皿5(2)〕。*実務上、送致された事件を検討した検察官は、被疑事実が犯罪構成要件に該当しないとき、または犯罪の成立を阻却する事由があることが証拠上明確と認めたときは、「罪とならず」という理由で不起訴処分をする。被疑事実につき、被疑者がその行為者でないことが明白なとき、または犯罪の成否を認定すべき証拠のないことが明白なときは、「嫌疑なし」との理由で不起訴処分をする。また。狙罪の成立を認定すべき証拠が不十分なときは、「嫌疑不十分」との理由で不起訴処分をする。さらに、被疑事実が明白な場合でも、法律上刑が必要的に免除されるべきときは、「刑の免除」との理由で不起訴処分をしている。(2)法は、起訴された事件に関し一定の事由が認められるとき、裁判所は、有罪・無罪の裁判(「実体裁判」という)をすることができず、「形式裁判」(例免訴の裁判、公訴棄却の裁判)で手続を打ち切るべき旨を定めている(法337条・338条・339条)〔第5編裁判第3章】。そこで,検察官が、事件処理の段階でこのような法の定める事由を認めた場合には、公訴を提起すべきではない。以下では、検察官の立場から見た、公訴提起・追行の消極要件一起訴を差し控えるべき事由ーを掲げる。そこには、前記のような実定刑事訴訟法等の明文に基づく事由のみならず、規定の趣旨解釈に基づく事由も含まれる。これらを、叙述の便宜のため、①被疑者の性質に由来するもの、②被疑事実の性質に関係するもの、③手続上の事由に起因するものに分けて順次説明を加える。このうち公訴の時効と親告罪における告訴については、法解釈上の問題等について別途説明する。*検察官の公訴提起と訴訟追行を妨げる事由の不存在、すなわち検察官の公訴提起行為が有効と認められる要件は、公訴を受ける裁判所から見れば、起訴された事件について審理し、有罪・無罪の実体裁判をするための要件となる。伝統的にはこれを「訴訟条件」と称する。訴訟条件を欠いた公訴は無効であり、したがって裁判所は実体裁判をすることはできず、形式裁判で手続を打ち切ると説明される。この要件は、原則として、公訴提起の時から判決の時まで存続しなければならない(例外、公訴提起後被告人の住所等が変わっても、管轄違いにはならない)。なお、公訴提起の時に存在しなかった訴訟条件を後に充たすことで公訴を有効にすることができるかという問題がある(例,後記。告訴の「追完」の可否)。**現行法は、裁判所がまず公訴提起の要件の存在(公訴の有効性)を確定し、その後に公訴の理由の有無(有罪か無罪か)についての審理(実体審理)に入るべきことを要求しているわけではない。裁判所は、実体審理の途中で、公訴提起・追行の要件が欠けているのを発見したときは、その段階で形式裁判をすればよい。なお、要件の存否は、訴訟手続の根幹に係るので、当事者の申立ての有無にかかわらない職権調査事項であるといわれている。もとより、検察官の公訴提起に対して被告人側から公訴提起の要件の欠如を主張し、裁判所の判断を求めることもできる。(3) 公訴提起の対象となる被疑者の性質に由来する消極要件として次の場合が想定される。(a) 自然人の死亡及び法人の消滅法は、公訴提起後に被告人が死亡し、または被告人たる法人が存続しなくなったとき、公訴を棄却することとしているから(法 339条1項4号),起訴前に被疑者が死亡し、または法人が合併や解散などにより消滅しているとき、公訴の提起は許されないと解される。これに反して提起された公訴は、裁判所によって棄却される(法 339条1項4号準用)。* 被疑者死亡の時点で公訴提起の可能性は失われるから、公訴提起・追行を準備する「捜査」の本来的目的も失われる。しかし、捜査はなお続行することができると考えられており、検察官は、収集・保全された証拠に基づいて事案を解明した上、被疑者死亡を理由とする不起訴処分を行う。(b) 被疑者の心神喪失法は、「被告人が心神喪失の状態に在るときは」その状態の続いている間、公判手続を停止しなければならないと定めている(法314条1項本文)。この規定にいう「心神喪失の状態」とは、「訴訟能力、すなわち。被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防をすることのできる能力を欠く状態をいう」(最決平成7・2・28刑集49巻2号481頁)。著しい精神遅滞や精神障害により黙秘権等の刑事手続上の権利の意味内容や法延で行われている訴訟行為の意味を理解することができず、裁判官や弁護人等の訴訟関係人と意思を疎通させることが困難な状態がその例である。この規定は、精神疾患の治癒等により被告人の訴訟能力が回復して公判手続を再開することを想定したものであるが、被疑者が重度の精神遅滞や精神障害の状態にあって訴訟能力が回復する見込みがないと明らかに認められる場合には、被告人として活動する能力の永続的喪失により当事者追行主義訴訟の構造的基盤が欠落するので、検察官は公訴提起を控えるべきであろう。提起された公訴は、訴訟能力に関する審査・判断を踏まえて、棄却されるべきである(法338条4号準用)。*刑法上の「心神喪失」すなわち責任無能力(刑法39条1項)は、狙行時の状態に係り、その意味内容も異なる。例えば、狙行時完全責任能力または限定責任能力であったとして起訴された被告人の精神疾患が重篤化し、裁判時に訴訟能力が欠ける状態になる場合はあり得る。**公新提起後、訴訟能力が回復する見込みがない場合には、検察官は公訴の取消し(注257条)を検討すべきである。また、裁判所は、公訴取消しがない限り公用手続を停止した状態を無制限に続けなければならないものではなく、訴訟能力の固復可能性を慎重に検討した上、被告人の状態等によっては、手続を最終的に打ち切ることができると解すべきである(前記最決平成7・2・28千種希夫裁判官の補足感見参照。耳が聞こえず、言葉も話せず、手話も会得しておらず、文字もほとんど分からない被告人の事案)。最高裁判所は、被告人が心神喪失状態にあることを理由に公判手続が停止された後、訴訟能力回復の見込みがなく公判手続再開の可能性がないと判断されるに至った場合について、法1条の目的に照らし、形式的に訴訟が係属しているにすぎない状態のまま公判手続の停止を続けることは法の予定するところではなく、裁判所は、検察官が公訴を取り消すかどうかに関わりなく、訴訟手続を打ち切る裁判をすることができるとした。裁判の形式については、本文に記したとおり.法338条4号に準じて、口頭弁論を経た上で判決で公訴を棄却するのが相当であると判示している(最判平成28・12・19 刑集70巻8号865頁)。(c)少年被疑者が20歳に満たない者であるとき、検察官は「少年法」の規定に拠り、事件を家庭裁判所に送致しなければならない(少年法42条)。この手続を経ず直ちに公訴を提起することは許されない。家庭裁判所が調査の上,刑事処分相当と判断し事件を検察官に送致したときでなければ、公訴を提起することができず(同法20条)、送致を受けた事件については、検察官は原則として公訴提起の義務を負う(同法45条5号)。少年被疑者の処遇について、検察官ではなく家庭裁判所が第1次的判断を行う趣意である。この手続に反して提起された公訴は、裁判所によって棄却される(法 338条4号)。* 14歳に満たない刑事未成年者(刑法41条)が刑罰法令に触れる行為をした場合には、犯罪が成立しないので公訴提起の可能性がなく、当該少年の行為は「罪」でないため、「捜査」の対象にもならない。しかし、警察官による「調査」の対象となり得る(少年法6条の2以下)。このような「触法少年」に対しては、児童福祉法及び少年法の規定により、保護や家庭裁判所の少年審判等の手が行われる。**少年法の適用される20歳未満の者のうち18歳以上の少年を「特定少年」という。特定少年については少年法上、様々な特例が定められている(少年法62条以下参照)。(d) 公訴権行使の制限  国務大臣は、その在任中に限り、内閣総理大臣の同意がなければ訴追されない(恋法75条)。摂政も、その在任中訴追されない(皇室典範21条)。これらの者に対しては、明文で公訴権の行使が制約されている。これに反する公訴は、裁判所によって楽却される(法338条4号)。(e)刑事裁判権の欠如・制約前記のような公訴権行使の制約ではなく、特定人に対する刑事裁判権自体が制約される場合がある。日本の刑事裁判権は、日本国民であると否とを問わず、原則として日本国内に居るすべての者に及ぶ。ただし、日本国内に居る外国人のうち外国元首・外交便節等については、日本の刑事裁判権が及ばない。したがって、公訴提起は許されない(法338条1号「裁判権を有しないとき」)。また,在日米軍構成員等による一定の犯罪行為については、条約により、アメリカ合衆国に第1次の裁判権が認められているため、その限度で日本国の裁判権行使が制約される(日米地位協定 17条)。(4) 被疑事実の性質に関係する消極要件として、次の場合がある。(f) 刑の廃止法は、「犯罪後の法令により刑が廃止されたとき」免訴判決で手続を打ち切る旨定めている(法 337条2号)。刑罰法が犯罪の後に改正されて廃止されれば、刑罰権の根拠が失われるので、公訴提起・追行は許されない。なお、罰則の廃止があっても,廃止前の行為に対する処罰については従前の例による旨の経過規定があるときは、「刑の廃止」には当たらない。(g) 大赦法は「大赦があったとき」免訴判決で手続を打ち切る旨定めている(法 337条3号)。大赦は、「恩赦」の一種で、「恩赦法」に定めがある。政令(大令)で罪の種類を定めて行われ、既に有罪の言渡しを受けた者についてはその効力を失わせ、まだ有罪の言渡しを受けない者については公訴権を消滅させる(恩赦法3条)。被疑事実が大赦に係る罪であるときは、公訴権が消滅するので、公訴提起・追行は許されない。(h) 時効完成法は「時効が完成したとき」免訴判決で手続を打ち切る旨定めている(法 337条4号)。なお刑事に関する時効には公訴の時効と刑の時効がある。公訴時効については刑事訴訟法に規定があり(法250条以下)、刑の時効については刑法に規定がある(刑法31条以下)。法定された一定の時が経過し、公訴時効が完成している事件については、一律に公訴提起・追行は許されない。公訴時効制度の詳細は、後述する(Ⅰ 2)。(5)手続上の事由に起因する消極要件として、次の場合がある。(i)訴訟係属当該事件について既に公訴が提起され、裁判所に係属しているときは、同一事件について重ねて起訴すること、すなわち「二重起訴」は許されない。「公訴の提起があった事件について、更に同一裁判所に公訴が提起されたとき」は判決で後の公訴が楽却される(法338条3号)。また、同一事件が異なった裁判所に起訴された場合については、法10条・11条に規定があり、同一事件が事物管轄を異にする数個の裁判所に係属するときは、原則として、上級の裁判所が審判し(法10条1項)、同一事件が事物管轄を同じくする数個の裁判所に係属するときは、原則として、最初に公訴を受けた裁判所が希判する(法11条1項)とされているので、これに従い審判してはならない事件については、決定で公訴が棄却される(法339条1項5号)。なお、裁判所の糖については、後述する(Ⅱ4)。二重起訴が禁止される「同一事件」の範囲は、刑罰権の行使に際し、1個の手続で1回審理・判決すれば足りるとすべき範囲であり、手続の重複と二重処罰を回避すべき範囲「公訴事実の同一性」(法312条1項)が認められる範囲に及ぶと解される〔第3章Ⅰ (4)。(j)公訴取消し後の起訴検察官は、公訴提起後、第1審の判決があるまでは公訴を取り消すことができる(法257条)。しかし、同一事件について再び公訴を提起することには制限があり、「公訴の取消後犯罪事実につきあらたに重要な証拠を発見した場合に限[る]」(法340条)。これに反した再起訴は、裁判所により公訴棄却される(法 338条2号)〔第1章Ⅱ 2(4)〕。(k) 確定判決   事件について、既に有罪、無罪、または免訴の判決が確定しているときは、「同一事件」について再度公訴を提起することは許されない。確定判決の「一事不再理の効力」(憲法39条)である。これに反する公訴提起は、免訴判決で打ち切られる(法 337条1号)〔第3章Ⅰ(4)〕。(1) 親告罪における告訴の欠如等「親告罪」すなわち告訴がなければ公訴を提起することができない罪類型について、告訴がなかったとき、無効であったとき、または取り消されたときは、起訴できない。これに反する公訴は棄却される(法338条4号)。告発または請求をまって論ずる罪についても同様である。親告罪の告訴に関し、詳細は後述する 〔Ⅰ 3〕(m) 交通反則金納付等  道路交通法の定める「交通反則通告制度」においては、反則者の反則行為について、反則金納付の通告があり、通告を受けた日の翌日から起算して10日間が経過するまでは、原則として、公訴を提起することができない(道交法 130条)。また、反則者が反則金を納付したときは、公訴は提起されない(同法128条2項)。これに反する公訴は薬却される(法338条4号)。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|公訴権の運用とその規制|起訴処分に対する規制

公開:2025/10/21

1)以上のように、検察官の不起訴処分に対しては、これを控制する制度が存在する。これに対して、検察官の起訴処分に対しては、現行法上特段の制度的規制は存在しない。完来,検察官の公訴提起が適式な手続に則って行われた以上、起訴状に記載明示された罪となるべき事実の主張に理由があるかどうかを審理・判断するのが公判手続と公判の裁判の役割であるから,裁判所は、公訴提起・追行の要件を欠く不適法な起訴については、形式裁判(管轄違い・公訴棄却・免訴)で手続を打ち切り、適式な公訴提起については、審理の上、有罪・無罪の実体裁判をすればよいはずである。(2)前記のとおり、現在の検察官による公訴権の運用は、有罪判決を得られる高度の見込みを基準として行使されている。もっとも、このような事実上の運用の次でなく、検察官の刑事訴訟法上の法的義務として、このような高度の嫌疑がない事件はおよそ起訴すべきでないとまでいうことはできない。しかし,およそ犯罪の嫌疑が認められない場合に故意または過失で公訴を提起することは検察官の国法上の義務違反(公務員による違法な公権力の行使)というべきであるから、そのような違法な公訴提起に対しては、国家賠償を請求することができる(国賠法 1条)。そして、このような公訴提起が刑事訴訟法上適式に行われている場合、裁判所は迅速な審理により無罪判決をすることで対処すれば足りる。(3) 法定された公訴提起・追行要件が欠如する場合以外に、検察官の公訴提起・追行それ自体が刑事訴訟法上違法性を帯び、これを無効として、審理をせずに手続を打ち切るべき場合があり得るか。第一に想定されるのは、検察官の公訴権行使に裁量権の逸脱または濫用があると認められる場合である。前記のとおり法248条の明記する検察官の訴追裁量権行使の考慮要素は犯人と犯罪に係る事項に全面的に及び、何らの罪となるべき事実をも包含されていない事実が起訴されるような特異な場合(法 339条1項2号で公訴棄却となる)を除き,訴追裁量権限の「逸脱」事例は通常想定し難いであろう。あり得るとすれば、通常の裁量基準に拠れば起訴猶予相当とされたであろう事件が起訴猶予されない場合,すなわち訴追裁量権限の「濫用」的行使の場合である。このような「公訴権の逸脱・濫用」について,最高裁判所は次のような法解釈を説示している(最決昭和55・12・17刑集34巻7号672頁)。「検察官は、現行法制の下では、公訴の提起をするかしないかについて広範な裁量権を認められているのであって、公訴の提起が検察官の裁量権の逸脱によるものであったからといって直ちに無効となるものでないことは明らかである。たしかに,右裁量権の行使については種々の考慮事項が刑訴法に列挙されていること(刑訴法 248条),検察官は公益の代表者として公訴権を行使すべきものとされていること(検察庁法4条),さらに、刑訴法上の権限は公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ誠実にこれを行使すべく濫用にわたってはならないものとされていること(刑訴法1条、刑訴規則1条2項)などを総合して考えると、検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否定することはできないが、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものというべきである」。この説示が裁量権の逸脱と濫用を意識的に区別して用いているかは定かでない。極限的逸脱例として起訴自体が職務犯罪を構成する場合が挙げられているので、このような事例やこれに匹敵する検察官自身の犯罪行為を伴う起訴は無効として公訴棄却の裁判(法338条4号に拠ることになろう)で打ち切られる余地があると解される。もっとも、冒頭手続において被告人・弁護人から公訴権濫用による公訴の無効が主張された場合に、このような「極限的な場合」が一見明白に認められることは稀であろうから、裁判所は公訴権濫用の主張があっても、通常は、その主張の当否判断を留保して実体審理の手続段階に進むことができることになろう。(4) このような「極限的な場合」には当たらないが、訴追裁量権の「濫用」的行使、とくに起訴予基準からの著しい明白な逸脱事例が想定されないではない。起訴着予相当かどうかは、起訴すれば証拠上有罪判決を得られる見込みのある事件についての裁量的判断なので、嫌疑のない起訴の場合[前記2])のように裁判所が起訴された被告人を無罪とすることはできない。現行法制には有罪判決の「食告予」の制度(利間を宜告せずに被告人を釈放する制度)がない。また、極く軽徴な事件であれば、実体法の解釈として可罰的違法性を否定し無罪とする途がないではないが、そのような事案ではないものの、通常の起訴猶子基準に拠れば不起訴になったであろう事件が不当に起訴された疑いがある場合の司法的教済の途が必要であるように思われる。最高裁判所は、被告人が、その思想、条、社会的身分または門地などを理由に、「一般の場合に比べ」捜査上不当に不利益に取り扱われたものではなく憲法14条参照)、また、公訴提起を含む検察段階の措置に、被告人に対する不当な差別や裁量権の逸脱はなかったとされた事案について、被告人に対する公訴提起の効力は否定されない旨を述べている(最判昭和56・6・26 刑集35巻4号426号)。また。公訴権の発動について、「審判の対象とされていない他の被疑事件についての公訴権の発動の当否を軽々に論定することは許されないのであり,他の被疑事件についての公訴権の発動の状況との対比などを理由にして」公訴提起を著しく不当とする判断は直ちに肯認することはできないと説示している(前記最決昭和 55・12・17)。しかし、前記判例が言及する「他の被疑事件」は、起訴された被告事件と同種同態様の事案一般のことではない。仮に当該被告事件と同種同態様の事案に対する事件処理が起訴猶予相当であるのが「一般の場合」であり、これに比べて当該被告事件の公訴提起が明らかにそのような一般の場合の事件処理と異なっている場合には、訴追裁量権の濫用を認める余地があるように思われる。同種事案との比較は控訴審における量刑不当の審査でも行われているところであり。裁判所にとって必ずしも困難とは思われない(他の一般の場合に比べたとき、原子すべきであったと認められるのに起された事楽の処理に振る適合的なのは、有罪判決の賞告猶予制度であろう。なお。前記最決昭和55・12・17の第1番は、ノミナルな執行猶予付きの罰金刑を言い渡し、第2審は公訴権の濫用を理由に公訴を棄却した。最高裁判所は公訴権濫用の主張を答れた原審判断を失当としたが、これを破棄して執行猶予付き罰金刑を復活させなければ著しく正義に反することになるとは考えられず、法 411条を適用すべきものとは認められないとした。この事案に関与したすべての裁判所が、検察官の起訴自体に不正義を感じたのであろう)。また。前記昭和56年判例の説示を踏まえれば、検察官の公訴提起自体が、被告人の思想、、条、社会的身分または門地などを理由とする不当な差別に帰因しており、起訴猶予相当とされる「一般の場合」に比べ被告人が不利益に取り扱われている場合には、憲法14条違反の無効な公訴提起というべきであろう。(5) 検察官の公訴提起それ自体を違法・無効と評価して引き続く公判審理の続行を遮断すべき第二の場合があり得るとすれば、公訴提起の前提となる捜査手続に基本的な正義の観念(法 31条)に反する重大な違法があり、そのような違法捜査の対象とされた当の被疑者を起訴して当人に対する刑事手続をさらに続行すること自体が、基本的な正義に反すると認められるような特段の事情がある場合であろう。違法捜査を被った被疑者に対する非常救済と刑事司法作用全体の廉潔性維持を目的とする。被疑者に対して憲法 14条違反の差別的捜査が行われた場合や不公正の色彩が著しい違法なおとり捜査が行われた場合であって,違法捜査に基づき収集された証拠の排除では不正義の是正が十分でないときがその例である。下級審裁判例には、捜査過程で被疑者に対し普察官による強度の暴行があった事条で公訴棄却(法 338条4号準用)したもの(大森簡判昭和40・4・5下刑集7巻4号 596頁),少年被疑者の捜査が遅延した結果、家裁の審判を受ける機会が失われ成年として起訴された事案で公訴棄却(法 338条4号適用)したもの(仙台高判昭和44・2・18判時561号 87頁)がある。もっとも、最高裁判所はいずれの事案についても、仮に捜査手続に違法があったとしても、必ずしも公訴提起の手続を無効とするものではない旨言及している(最判昭和41・7・21 刑集20巻6号 696頁,最判昭和44・12・5刑集23巻12号1583頁、このほか少年被疑者の捜査運延について最判昭和45・5・29刑集24巻5号 223頁参照)。なお、少年の被疑事件につき一旦は嫌疑不十分を理由に不起訴処分にするなどしたため家庭裁判所の審理を受ける機会を失われた後に事件を再起してした公訴提起が無効であるとはいえないとされた事例において、最高裁判所は、「捜査等に従事した察官及び検察官の各措置には、家庭裁判所の審判の機会が失われることを知りながら殊更捜査を遅らせたり、不起訴処分にしたり、あるいは、特段の事情もなくいたずらに事件の処理を放置したりするなどの極めて重大な職務違反があるとは認められず,これらの捜査等の手続に違法はない」と説示しているが(最決平成 25・6・18集67巻5号653頁),仮にこの傍論に記されたような「極めて重大な職務違反」があれば、それに引き続く公訴提起は無効と解すべきであろう。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|公訴権の運用とその規制|付審判請求手統

公開:2025/10/21

1)公務員による職権濫用の罪については、検察官による訴追裁量権限の不適切な行使により不当な不起訴処分が行われる危険があるため、このような犯罪類型に限り(刑法193条~196条、破防法45条、無差別人団体規制法42条・43条、通信傍受法37条の定める罪),その罪について告訴・告発をした者が、検察官の不起訴処分に不服があるとき、その検察官所属の検察庁の所在地を管轄する地方裁判所に対して、事件を裁判所の審判に付すことを請求する手続が設けられている。これを「付審判請求手続」という(法 262条~269条)。請求に基づき裁判所の付審判決定があると事件について公訴の提起があったものとみなされるので(法 267条)、「裁判上の準起訴手続」ともいわれる。起訴独占主義の第一の例外である。(2)告訴人・告発人による付審判の請求は、不起訴処分の通知(法260条)〔前記2(3)〕を受けた日から7日以内に、犯罪事実及び証拠を記載した請求書を、不起訴処分をした検察官に差し出して行う(法262条2項、規則169条)。これは検察官に再考の機会を与える趣意である。検察官は、請求に理由があると認めるときは、公訴を提起しなければならない(法264条)。これに対し、検察官が請求に理由がないものと認めるときは、請求書を受け取った日から7日以内に、公訴を提起しない理由を記載した意見書を添えて、書類及び証拠物とともに、請求書を管轄地方裁判所に送付しなければならない(規則171条)。(3) 付審判請求を受けた裁判所の審理及び裁判は合議体で行われ、必要があれば「事実の取調」を行うことができる(法265条・43条3項)。これ以外に審理方式に関する具体的規定がないため、請求人の関与の可否等審理手続を巡り議論があった。判例は、「付審判請来事件における審理手続は、捜査に類似する性格をも有する公訴提起前における職権手続であり、本質的には、対立当事者の存在を前提とする対番構造を有しないのであって、このような手続の基本的性格・構造に反しないかぎり、裁判所の適切な裁量により、必要とする審理方式を採りうる」と説示している(最決昭和49・3・13刑集28巻2号1頁)。(4) 請求を受けた裁判所は、請求に式違反があるとき、請求権消滅後にされたものであるとき、または請求が「理由のない」ときは、請求棄却の決定をする(法 266条1号)。裁判所は検察官の不起訴処分の当否を審査するのであるから、「理由のない」とは、犯罪の嫌疑が不十分の場合のみならず、起訴猶予が相当と認められる場合も含む。これに対し、審理の結果請求が「理由のあるとき」は、裁判所は、事件を管轄地方裁判所の審判に付する決定をする(法 266条2号)。この付審判決定があると、その事件について公訴の提起があったものとみなされる(法 267条)。付審判決定の裁判書には起訴状に代わるものとして、起訴状に記載すべき事項が記載され、その謄本は請求者、検察官及び被疑者に送達される(174条・34 条)。なお、裁判所は、同一の事件が検察審査会による審査の対象とされているときは、付審判決定と検察審査会の起訴議決に基づく公訴提起が二重になされることを避けるため、付審判決定をした場合に、その旨を検察審査会に通知することとされている(法 267条の2)。(5) 検察官が不起訴処分とした事件の公訴追行を検察官に委ねるのは適当でないので、法は、公訴の維持にあたる者を裁判所が弁護士の中から指定することとしている。これを「指定弁護士」という(法 268条1項)。指定弁護士は、事件について公訴を維持するため、裁判の確定まで検察官の職務を行う。ただし,検察事務官及び司法察職員に対する捜査の指揮は、検察官に嘱託して行うこととされている(法 268条2項)。指定弁護士は、付審判決定により裁判所に係属した事件の公訴を維持する者であるから、職務の性質上、公訴の取消しができないのは当然である。検察官は、起訴状に記載された訴因をみずから変更する権限を有するが(法312条1項),裁判所が審判に付した法定の対象事件について訴追活動を委ねられた指判断を妨げるような言動をしてはならない旨の規定が設けられている(検察審査会法39条の2第5項)。しかし、検察審査会の「自主的な判断」が「法律に関する専門的な知見」からみて不合理で明白に誤っている場合には、法律の専門家として誤りを指摘・説明し、これを是正するのが審査補助員の責務というべきである。前記のとおり、検察官の不起訴処分には、公訴提起の要件が欠如している場合。証拠上認定できる事実が犯罪を構成しないと認められる場合、犯人性・犯罪事実に関する証拠が不十分と認められる場合。起訴猫子相当と認められる場合がある。このうち。法的判断である明瞭な公訴提起の要件の欠如(例、公訴時効の完成に手いの余地がない場合)、犯罪の不成立が明白な場合(例。言頼できる精神鑑定に拠れば責任無能力が明白な場合、過失兆の前提となる予見可能性や結果回避可能性がおよそ認められない場合)に、いかに検察審査員の多数が起訴相当の「自主的な判断」をしようと、審査補助員はその法的な誤り・不合理性を指摘・是正するのをためらうべきでない。自主的な判断は「法律に関する専門的な知見をも踏まえつつ」行われる審査に基づくべきだからである。なお、不幸な事故について、業務上過失致死傷罪の成否等の法的判断が争点とされた強制起訴事案として,最決平成28・7・12刑集70巻6号411頁[明石花火大会歩道橋事故・免訴],最決平成29・6・12集71巻5号 315頁[JR西日本快速列車脱線転覆事故・無罪]がある。(4) 検察審査会は、起訴議決をしたときは、議決書に、その認定した犯罪事実を記載しなければならない。この場合に検察審査会は、できる限り日時、場所及び方法をもって犯罪を構成する事実を特定しなければならない。「審査補助員は起訴議決書の作成を補助する。起訴議決書の謄本は、検察審査会の所在地を管轄する地方裁判所に送付される(検察審査会法 41条の7)。再審査と起訴議決を経た事件において、犯罪事実を明示・特定した起訴状を作成するため後記指定弁護士がさらに長期間捜査を行わなければならないような事態は、制度設計上想定外である。起訴議決には、公訴提起を義務付ける法的効果が付与される。こうして、対象事件に限定がなく、一般国民の健全な社会常識に照らし不起訴処分の不当性が強く認められた事件について(例、起訴猶予の判断が不当とされた場合)、起訴が義務付けられ、公判審理・刑事裁判の場で有罪・無罪を公式に決する途が創設されたのである。起訴独占主義の第二の例外である。検察官が起訴相当議決を受けて再考の上なお不起訴処分とした事件の公訴提起と追行を検察官に行わせるのは不適当なので、裁判所は、起訴議決に係る事件について、公訴の提起及びその維持に当たる者を弁護士の中から指定しなければならない(同法41条の9)。指定弁護士は、速やかに、起訴議決に係る事件について、公所を提起しなければならない(同法4条の10)。新定弁護士は、起訴議決に係る事件について公訴の維持をするため検察官の職務を行う(同法41条の9第3項)。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|公訴権の運用とその規制|処分の通知等

公開:2025/10/21

1)検察官の事件処理結果に最も関心を有するのは被疑者であるが、犯罪被害者等被疑者以外の事件関係者もまた、重大な関心を有する場合があり得る。法及び運用においては、水のような処分結果の通知制度が設けられている。2) 起訴され被告人となった者には、裁判所から遅滞なく起訴状の謄本が送達されるのが原則である(法271条)。これに対して不起訴処分の場合には、検察官は、被疑者の請求があるときは、速やかにその旨を告知しなければならない(法259条)。*検察官が公訴を提起しないときは、実務上、不起訴裁定書を作成し、不起訴処分の根拠を明らかにしておくこととされている。不起訴裁定書には、裁定主文として、嫌疑なし、嫌疑不十分、罪とならず、刑事未成年,心神喪失,起訴猶予等が記載され、さらにその理由の説明が付加される。(3) 検察官は、告訴・告発・請求のあった事件について、起訴または不起訴の処分をしたときは、速やかにその旨を告訴人・告発人・請求人に通知しなければならない。公訴を取り消したときも同様である(法 260条)。また、不起訴処分をした場合に、告訴人等から請求があるときは、その理由を告知しなければならない(法 261条)。このうち、不起訴処分の通知と理由の告知は、それ自体が検察官の不起訴判断の公正確保に資するのみならず、事件処理の帰趨に関心を有する告訴人等に対して、不起訴処分の控制を目的とした制度(付審判請求手続,検察審査会への審査申立て)の起動に向けた手続をする機会を付与することになる。不起訴理由として告知される内容は、「罪とならず」「嫌疑不十分」「起訴猶予」等の不起訴裁定主文にとどまり、例えば、嫌疑不十分と判断された理由や起訴猶予処分に至る判断内容についてまでの説明は必要でないとされている。しかし、告訴人等に理由を告知する趣旨からは、より詳細な説明が禁じられているわけではなく、むしろ望ましいというべきである。事案の性質や不起訴とされた被疑者の名誉等を勘案して具体的事案に応じた理由の説明を行うのが適切であろう。*後記のとおり、不起訴処分に対する法律上の控制制度としては、付審判請求手続と検察審査会に対する審査申立てがある。このほか、不起訴処分をした検察官の上検察庁の長に対する不服申立てにより監督権の発動を促す方法が実務上認められている。このような不服申立てがあったときは、当該上級検察庁において受理し、処分を再検討するなどの処理が行われる。(4) 検察官が犯罪被害者等から情報提供を求められた場合には、さらに「被害者等通知制度」が1999(平成11)年から実施・運用されている。犯罪被害者やその遺族等、目撃者その他の参考人に対して、検察官が、事件の処理結果」起訴された場合の公判期日、刑事裁判結果等を通知するものである。被害者やその遺族または弁護士であるその代理人に対しては、希望があれば、不起訴裁定の主文にとどまらず不起訴裁定の理由の骨子も通知することができるとされている。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8

公訴|公訴権の運用とその規制|公訴権の運用

公開:2025/10/21

(1) 前記のとおり,現行法は公訴を行う権限を検察官に独占させ、かつ広範な裁量権を付与している(法 247条・248条)。検察官はこの権限を行使することにより、刑事司法作用の中核目的である刑罰権の具体的適用・実現過程を、ほぼ全面的・包括的に制することができる。その諸相は次のとおり2)第一,検察官は、捜査で収集・保全された証拠に基づき認定される事実が罰法令(実体法)の定める犯罪構成要件に該当するかどうかについて第1次的な判断権限を有する。実体法解釈の局面で犯罪の成否に疑義がある場合。公訴権行使の在り方として、起訴し最終判断を裁判所に委ねる途もあり得るところであるが、わが国では従前から有罪判決を得られる高度の見込みがない事件は起訴しない運用が確立しているので,このような運用の結果不起訴処分となれば、当該事件の実体法解釈上の問題が裁判所の判決により公権的に解決される機会は失われることになる。第二、捜査で収集・保全された証拠の評価、すなわち被疑者が犯人であること(沢人性)及び被疑事実に関する証拠の有無・程度の評価についても、検察官が第1次的判断権限を有する。犯人性及び犯罪事実の存否について証拠上様々な評価があり得る場合、起訴して最終判断を裁判所に委ねる途もあり得るところであるが、前記のとおり有罪判決を得られる高度の見込みがない事件は起訴しない運用が確立している。このような運用の結果、起訴され裁判所の審理・判決の対象とされる事件は、犯罪の成否及び証拠に基づく事実の認定の両面で,有罪判決を得られる高度の見込みという観点から検察官による第1次的審査・点検を経たものに限定されることになる。検察官は刑事裁判の場に持ち込む事件を選別厳選することができ、比喩的にいえば、起訴された事件は、あたかも検察官による第1次的な有罪判断を経ているような観を呈することになる。起訴された事件の有罪率がほは99%を超える結果となるのは、法律家である検察官による事件の選別厳選を経ている以上、何ら不思議なことではない。第三、以上のような選別に加えて、「起訴便宜主義」に基づき、有罪判決を得られる高度の見込みがある事件であっても、検察官は犯人と犯罪事実に係る諸般の事情を考慮して起訴猶予処分を行うことができる。前記のとおり、検察官は起訴法定主義であれば裁判所が量刑に際して考慮勘案するであろう事情を踏まえ、刑事政策的考慮を働かせた事件処理をすることができる。(3) 以上のような刑事司法過程における検察官の広範な権限とその運用には、長所と短所がある。刑事司法過程に取り込まれた被疑者の立場を考慮すれば、起訴され刑事被告人の立場におかれること自体に様々な法的・社会的不利益が伴うので、犯罪の成否に疑義があったり嫌疑不十分の状態で起訴される事態はできる限り回避するのが望ましいというのが、このような運用を支える考えである。また、前記のとおり犯人と認められる者であっても,将来の改善・更生の観点から起訴や有罪判決賞告自体を回避する起訴猶予処分は、刑事政策的利点を有する。他方で、本来、法と証拠に基づいて公式に有罪・無罪を決する場は公判審理・刑事裁判であるはずであるとの考えに立てば、前記のような検察官による公訴権の運用が、刑事手続全体の中での公判審理・刑事裁判の本来果たすべき役割を形骸化させているとの指摘があり得よう。また,起訴猶予を含む的確な事件処理をするためには、狙人と罪に関する多様かつ多量の証拠資料を収集・分析・検討する作業が前提となるはずであるが、これらを収集する捜査手続が重厚・肥大化し,捜査対象となる被疑者その他の関係者に対する負荷が過重となる。さらに、検察官の事件処理は、公権的な有罪・無罪の命ではないから。捜査の対象とされた被疑者にとって、また犯罪被害者等事件関係者や事件に関心をもつ一般国民にとっても、不起訴処分の結果、刑事裁判手続を通じ裁判所の公権的判断が示される機会が失われる点に不満が生じる側面がある。*捜査で収集・保全すべき証拠・資料の種類・範囲・内容・量等は、検察官の事件処理判断の素材という観点のみならず、刑事手続を通じて「事案の真相を明らかにし」「刑罰法令を・・・・・・適用実現する」という刑事訴訟の目的達成にどの程度必要かという観点から定まる事柄である(法1条参照)。国家刑罰権の具体的実現の前提となる「事案の真相」解明とは、犯罪構成要件要素に該当する事実の認定と、有罪と認められる場合に的確な量刑を行うため必要不可欠な量刑判断にとって重要な事実の認定とに尽きる〔序11)。現在の捜査における証拠収集の範囲・程度がこのような目的を超えて重厚・肥大化していないか、あらためて検証してみる価値はあろう。

「『刑事訴訟法』 酒卷 匡著・2024年9月20日」 ISBN978-4-641-13968-8
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