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弁論準備手続

公開:2025/10/20

Xは、Yに対し、家屋の建築工事に関する請負代金の支払請求訴訟を提起した。それに対し、Yは、Xのした工事の中には、Yが注文していないものが含まれており、それを差し引けばすでに本来の請負代金は全額支払っている旨を主張して争った。裁判所は、争点を整理する必要があるとして、事件を弁論準備手続に付した。(1) 弁論準備手続期日において、当初Yは、口頭のやりとりの中で工事内容にも言及した可能性はあるが、契約内容として明確に合意したものではないと陳述したが、後の期日ではそのような口頭のやりとりそのものを否定する趣旨に陳述した。弁論準備手続終結後の口頭弁論期日において、Yは、Xが弁論準備手続で述べた内容の逐語的な記録を主張として提出した。裁判所はこのような書証を認めるべきか。(2) 弁論準備手続終結後、口頭弁論期日の冒頭において、YはXがした工事の内容に瑕疵があるので、請負代金の減額を求める旨の主張を新たに追加した。Xは、そのような主張を弁論準備手続でしなかった理由の説明をYに求めたが、Yは説明を拒否すると述べた。裁判所は、この新たな主張をどのように扱うべきか。●参考判例●① 東京地判平成12・11・29判タ1086号162頁② 東京地判平成11・9・29判タ1028号298頁●解説●1 争点整理手続民事訴訟においては、当事者の主張しない事実は判決の基礎とできず、また当事者間で一致した事実はそのまま判決の基礎とされる(弁論主義)。したがって、一方当事者が主張し、他方当事者が争う事実が、判決の結論に影響する事実のみが証拠調べの対象となる。また、書証によって認定される事実や書証等から判断しておよそ認定しようとすることが不適切と考えられる事実については、人証による証拠調べの対象とする必要はない。そこで、訴訟を迅速な解決に導くためには、当事者間における争点が何かを明確にし、当該争点における証拠調べを中心とした証拠収集を計画的に実施するという点について、両当事者および裁判所の認識を一致させる作業が重要になる。これが争点整理の手続である。このような争点整理の手続が民事訴訟において重要であることについては、以前からコンセンサスがあった。しかし、現行法制定以前はこのための実務は極めて不十分なものであったことは否定し難い。争点整理のための手続として設けられた準備手続や準備的口頭弁論は実務ではほとんど用いられていなかった。その結果、証拠調べが行われた後に新たな争点が明らかになって当事者の主張があとで追加されたり、場合によっては判決の段階で新たな争点の存在に裁判官が気付き、不意な釈明がなされたりすることも稀ではなかった。このような実務の状況を改善するため、現行法制定の前後には、法律に規定のない運用として、争点整理手続が行われていた。これは、和解期日の中で準備書面の提出や裁判官の釈明などを通じて争点を整理しようとするものであり、広く活用されていた。しかし、明文の規定がなく、その運用は裁判所によって千差万別で、現行法制定に際しては、争点整理の手続が1つの中心的な課題とされたところである。その結果、現行法は、争点整理の手続として、個々の事件の特性に適した複数の手続を用意した。弁論準備手続、準備的口頭弁論および書面による準備手続である。これらは、ほとんどの場合を占めるのが弁論準備手続であるが(これについては、2参照)、準備的口頭弁論は訴訟代理の専門整理部門の手続を設けるものであり、公開法廷で争点整理を行う必要がある場合や争点整理の中で併せて証人尋問をする必要がある場合などに利用が想定されている。書面による準備手続は、ドイツ法などをモデルとした新規の形態であるが、書面の交換で争点整理を進めながら、場合により電話会議システムによる協議を利用する(当事者が遠隔地にいる場合に特に有用である)ことが想定されている(双方当事者が出頭しないでもウェブ会議による争点整理が実施できるツールとして、コロナ禍の中、その利用が増加した)。2 弁論準備手続の概要弁論準備手続は、前述した旧法の下の弁論準備と運用を取り入れながら、旧法の準備手続を改善したものである。当事者と裁判所が、争点および証拠の整理の必要があると考えるときは、事件を弁論準備手続に付することができる(168条)。手続の選択に当事者の意見を聴かなければならない(168条)。弁論準備手続の期日は、当事者の意見の聴取は必要はないが、当事者の一方の不出頭の場合の扱いが保障され(裁判所が相当と認める者および当事者の申し出た者の傍聴が許される(169条)。当事者の合意が必ずしも保障されないかった弁論準備期と異なり、率直な意見交換に不可欠とされる非公開の場面を正面から認めながらも、一定の者の傍聴も可能としたものである。弁論準備手続における審理については、裁判所の訴訟指揮、釈明、提出された者の弁論準備期日外でも(170条5項)、実際上は、弁論準備といった当事者と同じであるので、裁判官と両当事者・代理人が準備室に集まって自由に意見を述べ合うのが普通で、口頭のやりとりで争点が煮詰まっていくことを期待している。当事者が遠隔地にいる場合など裁判所への出頭が困難な場合には、いわゆる電話会議システムを利用した手続も可能とされる(同条3項・4項)。一方当事者が期日に出頭することが条件であるが、これによって、例えば、大阪の代理人が代理東京に移動するということでもできる(171条)。弁論準備手続は、主任裁判官や裁判長が受命裁判官として争点整理を担当することが多い。弁論準備手続が終結したときは、その後の証拠調べによって証明すべき事実を裁判所と当事者の間で確認しなければならない(170条5項・165条1項)。この「証明すべき事実」がまさにその訴訟における争点であり、この確認が争点整理の目的である。そして、当事者は、口頭弁論において、弁論準備手続の結果を陳述しなければならない(173条)。直接主義の要請であり、そのようにして争点とされた事項を明らかにする必要がある(民訴規89条)。そのようにして争点が整理された後に、争点とされていない事実に関する主張・証拠を提出しようとする場合であるが、そのような場合は、相手方当事者の求めがあるときは、弁論準備手続終結前に提出できなかった理由を説明しなければならないものとされている(174条・167条)。3 本問の考え方本問(1)で問題とされているのは、弁論準備手続における主張として、それを問題にした場合に、そのような経緯を証拠に提供できるか、という問題である。弁論準備手続の結果を提出する当事者の意図は、そのような主張が変遷すること自体、当該当事者の主張が信用できないことを示す点にあるものと思われる。しかし、前述のように、争点整理の円滑に、また実効的に行われるためには、当事者が口頭で活発なやりとりをすることが必要であるとして、そのためにある。ある一定の主張の主要な前提をなすものと考えられるからである。当事者(とくに代理人)は口頭でやりとりに慎重になり、すべての場面で文書を交換するという旧態依然たる訴訟形式に逆行するおそれがあろう。以上のようなことから、参考判例①は、「弁論準備手続は、当事者の主張や証拠の申立て等について当事者の角度から吟味しあい、主張・証拠(争点)を整理し、その後の審理を深めつつ、充実した審理を目的として行うところ、右のような訴訟活動は、当事者の弁論の自由を保障し、その不足を補うという目的を達するもので、そうでなければ弁論の目的を達するものでできなくなるおそれがある」として、そのような証拠は証拠としての適格性を欠くとしたものである。弁論準備手続のあり方に警鐘を鳴らすものであり、正当な態度というべきであろう。本問(2)において問題となるのは、弁論準備手続終結後の新たな事実の主張である。これについては、2でみたように、弁論準備手続において提出できなかった理由の説明を求める相手方の権利(「詰問権」)が認められる。この点は立案時に大きな論点とされた問題で、旧法の準備手続における失権効(原則として新たな主張ができないとする効果)を認めるべきとする見解もあったが、失権効を核心に、そのような厳格な効果を認めると、かえって弁論準備手続でさまざまな事実が主張され、争点整理が円滑に進まなくなるという意見もあったため、厳格な失権効にとどめたものである。ただ、相手方の求めにもかかわらず十分な説明をできない場合には、そのような主張・証拠は時機に後れた攻撃防御方法として却下される(157条)場合が多いと考えられ(157条の適用については、→問題25)、実際に弁論準備手続の審理の経過を考慮して、同条を適用したものとして、参考判例②などがある。本問では、Yは、Xの求めにもかかわらず、弁論準備手続において工事の瑕疵の主張をできなかった理由についての説明を拒否している。これは、民事訴訟法の規定に反する極めて不誠実な態度であり、それ自体当事者間の信義誠実の原則(2条)に反するといえる。そのような態度を考慮し、また工事の瑕疵の有無を新たに主張した場合、裁判所としては、その瑕疵の有無・内容および損害額等について、検証や鑑定を含めて多くの証拠調べを要するのでは明らかであり、同法157条の要件を満たす場合が多いものと解される。したがって、裁判所は、原則として、このようなYの主張は却下し、従前の争点整理の結果に基づき口頭弁論におけるその後の審理を進めていくべきことになろう。●参考文献●福井康太・争点140頁 / 山本和彦『弁論準備手続』ジュリ1098号(1996)53頁(山本和彦)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

時機に後れた攻撃防御方法

公開:2025/10/20

Xは、Yに対し、自己の所有地を賃貸し、Yは同土地上に建物を建築し、居住していた。その後、土地の賃借権期間が満了したところ、Yは借地契約の更新を請求したが、Xはそれに対して異議を述べ、借地契約が終了したとして、Yに対し、建物収去土地明渡しを求めて訴えを提起した。当該訴訟手続においては、更新についての正当事由(借地借家6条)の有無が争点になり、Xが土地を使用する必要性や従来の借地契約の経緯などについて、3回の口頭弁論期日および6回の弁論準備手続期日において当事者は主張・立証を展開した。そして、争点された事項について集中証拠調べが行われたが、2回証拠調べ期日(いずれも終日)、Yは建物買取請求権(同法13条)の行使を主張した。裁判所は、このような主張を許すべきか。●参考判例●① 最判昭和46・4・23判時631号55頁② 最判平成7・12・15民集49巻10号3051頁●解説●1 攻撃防御方法の提出時期の規制民事訴訟においては、一般に複数の期日が開かれ、その攻撃防御の結果を受けて判決がされる。口頭弁論期日は、仮に何回開かれたとしても、法律上は一体のものとみなされる。したがって、当事者がどの期日に攻撃防御方法を提出しても、法律には違反しないものと考えられる。提出時期に規制がないとも考えられる。わが国のような考え方に基づき、攻撃防御方法はどの時期に提出してもよいとする時機提出主義という原則がとられていた。しかし、そのような考え方はあまりにも現実とは乖離しており、現実に即した手続が相当程度にわたって新たな主張や証拠が提出されれば、そのような主張・立証をそのまま許せば、手続が遅延することになる。とくに、訴訟の終盤に至って当事者の主張に尽きず争点・証拠の整理の作業を行い、その後に証拠調べを行うといった訴訟進行では、争点整理の段階で提出されなかった新たな主張が証拠調べの段階で出てくると、争点整理の結果が無駄になるおそれがある。そこで、訴訟手続の一定の段階を設けて、当事者の主張は当該段階までに行わなければならず、その後に新たな主張は許されないという考え方が生じる。法定主義といわれるものである。ただし、このような考え方でも、訴訟手続を厳格に段階分けにすることになり、公平に反するおそれもあるが、逆に手続を硬直化させるおそれも大きい。当事者にはさまざまな事情があり、一定の段階までに主張が出せなかったからといって、一律に批判できるとは限らないからである。そこで、このような厳格な序列を求めるのではなく、訴訟の審理の状況に応じて適切な時期に適時な攻撃防御方法の提出を求めるという中間的な考え方が生じる。つまり、適時提出主義とよばれるものである。当事者の訴訟行為の自由によるのではなく、法定の序列主義を基本とし、その中間として適切な時期の提出を求めるものであり、適時提出主義と呼ばれる。民事訴訟法156条が採用する考え方である。これによれば、当事者は、訴訟の進行に応じ適切な時期に攻撃防御方法を提出しなければならない。この考え方は、訴訟進行に当たって当事者は信義誠実に基づき行動しなければならないという信義誠実の原則(2条)からも導き出されるものである。ただし、この規律については直接の制裁はない。つまり、適切な時期に提出されなかった攻撃防御方法が不適切な提出である場合に、これを当然に許さないとはされていない。実務に法効果を有する制裁としては、時機に後れた攻撃防御方法の却下規(157条)である(そのほか、審理計画が立てられた場合の攻撃防御方法の提出権限(157条の2)、準備書面の提出期間(162条)、争点整理がなされた場合の攻撃防御方法の提出権(167条・174条・178条)、控訴審における攻撃防御方法の提出規制(301条)などがある。2 時機に後れた攻撃防御方法の却下要件当事者が故意または重大な過失により時機に後れて提出した攻撃防御方法は、これが訴訟の完結を遅延させることとなるときは、裁判所は却下することができる(157条1項)。つまり、このような却下がなされる要件としては、①攻撃防御方法の提出が時機に後れていること、②それが当事者の故意過失に基づくこと、③その提出により訴訟の完結が遅延することになることである。まず、①の時機後れの要件であるが、当該攻撃防御方法の性質に鑑み、それが時機に後れているといえるかが問題となる。控訴審においても、時機に後れているかどうかは、第1審における審理経過を併せて総合的に考慮する必要がある。これは、1で述べた適時提出主義の原則と関連するが、「適切な時期」ではないからといって、当然に「時機に後れた」ことになるわけではない。通常は、争点整理が終了した後に、争点整理の段階から存在していた新たな事実を主張することは、時機に後れたものになろう。次に、②の当事者の主観的要件であるが、時機に後れて提出されたことが当事者の故意または重過失に基づくものでなければ、却下することはできない。単なる軽過失による場合は、過誤を許容するとして却下の対象にはならず、通常人であればそのような攻撃防御方法が存在することに少しの注意を払えば容易に気付けたか否かによって判断される。最後に、③の訴訟遅延の結果要件である。故意または重過失によって時機に後れて提出された攻撃防御方法であっても、それによって訴訟の完結が遅延しないのであれば、却下する必要はない。例えば、新たな主張が主張どおり、その認否に反証を準備する必要もある。もっとも、証人尋問が予定されており、それと同時に期日に尋問する場合などには、訴訟の完結は遅延しないことになる。この結果、時機後れにされた攻撃防御方法が提出された場合、それは原則として時機に後れになされると解されるが、控訴審において他の事項についての審理が予定されているときには、訴訟の完結が遅延しないことも多いとみられる。以上のように、時機に後れたものとして攻撃防御方法を却下する要件は厳格であり、その認定は難しい場合がある。一般的にいって、従来の裁判所の運用は、この規定の適用にはあまり積極的ではなかったように見受けられるが、近時の裁判所は訴訟の迅速化の要請に強くコミットする傾向があり、多少の訴訟の遅延を招くおそれのある攻撃防御方法であっても、それによって訴訟の迅速化が著しく阻害される可能性があるとみて、争点整理および集中証拠調べを重視する現行法の下では、やや運用の方針も変わりつつあるようにもみられ、今後の実務の動向が注目される。3 本問の場合――権利の同時的行使の関係本問は、また先取特権という形成権という形成権の問題となる。形成権の行使も攻撃防御方法に該当するので、それが却下されるかどうかは、前記の民事訴訟法157条1項の要件を満たすかどうかにかかってくる。まず、①の時機後れの要件については、争点整理が終結し、さらに集中証拠調べが終わった時期になされた主張であり、これを満たすことは問題ないであろう。②の訴訟追完の要件については、建物買取請求権の行使のような訴訟追完の整理が必要とは言えない問題となるが、建物買取請求権の構成や抗弁の要否が問題となる場合があり、抗弁から建物代金の支払と同時履行の抗弁の主張がされるようになり、それには証人尋問や鑑定等の新たな証拠調べが必要になろう。そうすると、③の要件も満たされることとなる。他方、本問の事実関係からは具体的な事情は必ずしも明らかでない。被告としては、正当事由の存在を争いながら、他方で正当事由の存在を前提とした建物買取請求権を主張するのは、自分の主張の弱みを認めることにつながり、期待しがたく、当初に主張しなかったことには重過失は認められないという見方もあろう。しかし、そのような場合であっても、仮定的な主張として、建物買取請求をすることは期待できないわけでもなく、過失を認める考え方も十分成立する。仮定的な主張すら躊躇されるというような事態は通常は想定しがたいと考えられるからである。(参考判例①)、建物買取請求権の主張を却下することは十分に考えられる(参考判例②も是認する)。さらに注意を要するのは、建物買取請求権は形成権たる性質において建物買取請求権の行使は抗弁であって遮断されず訴えられても、建物買取請求権を行使した後に訴え提起した場合、前訴確定判決の既判力の問題によって遮断されることはないとして、同時履行の抗弁によって貫徹して建物買取請求は遮断される。その結果、仮に本問の建物買取請求権の主張を時機に後れたものとして却下したとしても、確定判決後にYが建物買取請求権を行使して請求異議の訴えを提起することは許されることとなりそうである。それであれば、むしろ当初の訴訟の時点で、この点についても決着をつけておくことが当事者の便宜に資するという見方もありえよう。そのような判断に立てば、当初の判決に郊外しないというような判断に立てば、当初の判決には郊外しない。しかし、他方で、訴訟の訴えを提起するということはYにとっては負担になるのであり、適切な時期に建物買取請求権を行使しなかったことについてYの責めに帰すべきである。そのようなYをあえて訴訟も可能である。そうであれば、判例のような解決(時機に後れた攻撃防御方法として却下する)はむしろ結論として妥当と考えられないではないか。困難な問題であるが、それぞれさらに考えてもらいたい。●参考文献●石渡荘一郎・争点144頁 / 菱田雄郷・百選154頁 / 菅野雅之・争点138頁(山本和彦)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

訴え取下げの合意

公開:2025/10/20

Aは自己の費用で本件家屋を建築してXに贈与した。しかしX名義の所有権保存登記手続を行う前に病気に倒れ、Aの子Yが本件家屋を占有した。その後、XはYの明渡請求に応じず、本件家屋についてY名義で所有権保存登記手続を完了した。XはYに対して本件家屋の所有権確認および保存登記抹消登記手続を求めて訴えを提起した。口頭弁論において、Yは、「訴訟係属後、裁判外でXとYは話し合いを持ち、YがXに示談金を支払い、Xが本件家屋についての請求権を放棄して本件訴訟を取り下げる旨の和解が成立した。YはXに対し示談金を支払ったので、Xは訴えを取り下げるべきである。」と主張した。裁判所が、Yの主張する和解契約の成立およびYの示談金の支払の事実が認められると判断する場合、どのように訴訟関係に反映させるべきか。また、Xが訴え取下げ合意に基づいて訴えの取下書を裁判所に提出し、その翌日に、「取下書は裁判外でYから脅迫されて作成したもので、真意に基づくものではなく無効である」と主張し、裁判所がこれを認める場合、どのような判断をするべきか。●参考判例●① 最判昭和44・10・17民集23巻10号1825頁② 最判昭和46・6・25民集25巻4号640頁③ 最決平成23・3・9民集65巻2号723頁●解説●1 訴訟上の合意の意義訴訟手続に及ぶ当事者の合意の効力については、任意訴訟禁止の原則から、訴訟法上は一切無効である(裁判所に対して拘束力を有しない)。または考慮されないとの考え方もかつて有力であり、大審院時代には、裁判所での訴え取下げ合意は無効な合意と解する判決もある(大判大正12・3・10民集2巻88頁)。しかし、任意訴訟禁止の目的が、裁判所固有の権限の侵害や訴訟手続の安定性・迅速性の阻害のおそれを予め排除する必要があるにとどまるならば、もっとも当事者に処分権限が認められている処分権主義や弁論主義に属する事項については、当事者の合意に基づいて、対象が特定されていれば、その合意について、民事訴訟法上の明文規定があるものとして、管轄合意(11条)、訴訟上の和解(267条)、不控訴の合意(281条1項ただし書)などがあり、明文規定のないものとして、不起訴の合意、証拠制限契約、および本テーマで問題となる訴え取下げ合意などがある。このような合意を一般に訴訟上の合意と呼ぶが、その性質については争いがある。大きく分けると、私法上の契約として有効である(当事者に一定の義務が生ずる)が直接訴訟上の効果をもたらすわけではないとする私法説と、当事者の合意に直接訴訟上の効果をもたらす(裁判所を拘束する)と構成する訴訟契約説がある。私法説と訴訟契約説の効果が同時に発生すると解する併存説が採られる。訴訟上の合意には、当事者間の合意であって訴訟法上の規律の適用が想定されず、私法上の合意と全くされない場合でも訴訟上の効果が認められるべき側面があるため、いずれの説のようにどのような理論的構成をとるかによって、私法説のように訴訟上の合意について、私法説のように訴訟上の合意について2 訴え取下げ合意の意義訴え取下げ合意については、私法契約説に立ち、合意により原告が権利行使の利益を喪失し、訴えの利益を欠くに至ったとして訴えを却下すべきとする考え方(参考判例①)のほか、原告の信義則違反により説明する考え方(最判昭和51・9・30民集30巻8号799頁参照)がある。これに対して、訴訟契約説、併存説は、結論として訴訟終了を肯定するべきと論ずる。まず、訴訟契約説は、裁判外での合意であっても、訴訟上の取下げという訴訟上の効果の発生を目的とする合意であるから、訴訟上の訴え取下げ(261条)と同様に扱うべきとする。訴えの取下げによって訴訟係属そのものが消滅するのである(①判決)。訴訟契約説は、訴訟係属をすぐにすべきとすることになるのである。また、併存説は、訴訟係属の消滅を訴え取下げ合意の効果として直ちに肯定する。訴え取下げの効力を主張する者(被告)が付遅延の存否を主張・立証する必要があり、これが認められてはじめて訴訟係属の消滅が確定することになる。また、併存説は、訴訟上の訴え取下げ合意の効果として訴訟係属が消滅することから、もはや訴え取下げ合意の効力を訴訟係属で肯定することになる。両説は、訴訟係属において、その後の訴訟行為をすることができず、かつ、仮にXが義務を履行しない場合であっても、訴訟上の取下げとして訴訟係属を終了することを説明することが容易である。これに対して、訴訟契約説では、私法上の承認を認めることは困難であるため(ただし、訴訟係属の消滅を認める見解と訴訟上の和解と解せる。また、この説を認めるとしても、訴訟係属の消滅という訴訟上の効果をもたらすもがもっとも当事者ではないかとの批判)訴訟上の効果を基礎付けることから、当事者ではないかとの批判)訴訟上の効果を基礎付けることからこのように考えると、本問の裁判所は、私法説に立って訴えを却下するか、訴訟契約説に立って訴訟係属の消滅を前提に訴訟終了宣言をするかを選択すべきことになる。両者の相違は、私法契約説に立つ場合には、訴えの取下げという原告に有利なことを指摘できる。もっとも、両説は民事訴訟法262条2項の再訴の適用を認めており、その限りでは両説に違いは見いだしがたい。両説の違いは、訴訟係属の消滅という訴訟上の効果をより重視するという理論的理由に貫かれているが、この点では訴訟契約説ないし併存説がより実情に即しているといえよう。3 訴訟行為への私法規定の適用訴訟上の合意が訴訟行為としての性質をもつとして、訴訟行為に意思表示の瑕疵がある場合に、私法規定を適用してその効果を認めてよいかが問題となる。この場合に、意思表示の瑕疵のある訴訟行為を前提とすると、その後の訴訟行為が連鎖的に効力を失うことになり、手続の安定性を害するからである。そのため、伝統的には、私法規定は適用されないと考えられてきた(ただし、判例も絶対的に適用を排除しているわけではない)。これは一見すると、実質的に対立する当事者間に多く、これを先取りして適用し、当該訴訟行為を無効とみなすことができるからである。例えば、本問後段の場合、Xは強迫という瑕疵により行った取下げの意思表示をしたとして、民事訴訟法338条1項5号を類推適用して取下げの無効を認めるのである。本来、5号事由を主張する場合には有罪の確定判決と同条2項の要件が必要であるが、前訴係属中に再審事由を主張する場合には、この要件は不要と考えられる(参考判例②参照)。同条2項のような重い要件を課するのは法的安定性を保護するためであるが、前訴係属中であればそのような保護は必要なく、むしろ迅速にその瑕疵に迅速にその瑕疵の取下げを主張することがその趣旨にそうからである。もっとも、仮に再審事由の訴訟内調査によって救済がもたらされるわけではない。非財産上の訴訟につき判例によって訴えの取下げをせざるを得ない可能性があることや、瑕疵による訴訟に私法規定を適用できないといった限界が指摘されている。したがって、理論的には私法規定の適用を認めるべき場合と考えられる。その際には、上記のような手続の安定性の要請に鑑み、処分権を証する意思表示であれば私法規定の適用を認め、当該訴訟行為を仮に無効的に訴訟係属を形成される場合には、限定的に、再審の訴えをする権能といった解釈も考えられよう。●参考文献●福永有利・百選182頁 / 竹田美目・百選180頁 / 伊藤眞「訴訟行為と意思の瑕疵」小山昇ほか編『新講座民事訴訟法[3]』(有斐閣・1987)433頁(山田・文)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

公示送達

公開:2025/10/20

【第1訴訟】 Cは、X(訴訟代理人A)およびZ社(代表者Y、訴訟代理人B)を共同被告として、建物の収去土地明渡請求の訴えを提起した。この時点で、XはYに対して第2訴訟を提起することを匂わせており、XとZ社の利害対立は明らかであった。【第2訴訟】 X(訴訟代理人A)はY(訴訟代理人B)に対して、X所有建物の不法占有による損害賠償請求の訴えを提起した。訴状におけるYの住所は、第1訴訟でZ社の送達場所とされた住所と同一であったが、この送達は奏功しなかった。その後、Yの住所についてXから3回の調査報告書とそれぞれで判明した住所について上申がなされ、それぞれ住所での送達が試みられたが、奏功しなかった。そこでXは公示送達の申立てをし、書記官はこれを受けて公示送達をした。ところで、各当事者の訴訟代理人は、懇意で、第1訴訟の経過を了知していた。第2訴訟で送達の不奏功が続いていた頃、AはたまたまBに会ったので、第2訴訟を提起したがYの住所がわからないので教えてほしいと依頼した。数か月後、BはYから了解を得たとして、Aに口頭でYの住所を通知した。しかし、その時点で第1審の口頭弁論は終結しており、また、この住所ではすでに送達が失敗していたので、Aはこの通知を放置した。その後、第1審判決(請求認容判決)が公示送達によりYに送達された。Bは、偶然出会ったAからこの事実を知った。このような事情の下で、Yは、訴訟上、どのような救済を求めることができるか。●参考判例●① 最判昭和54・7・31判時944号53頁② 最判平成4・2・28判時1455号92頁③ 最判昭和42・2・24民集21巻1号209頁④ 大判昭和16・7・18民集20巻988頁●解説●1 公示送達と受送達者の手続保障送達は、訴訟書類の内容を名宛人に了知させる(ないし了知の機会を与える)裁判所の訴訟行為であり、受送達者の手続保障の第1歩である。とくに被告にとっては、送達がなされなければ訴訟係属を了知することができないから、被告の受送達権が要請される。そのため、送達は厳密に行われ、また、受送達者に送達書類を交付する交付送達が原則とされている(令和4年改正102条の2)。さらに、交付送達が困難な場合に、付郵便送達(107条)が補充的に認められている[→問題22]。以上は、住所等の送達場所が明らかな場合に当てはまるが、これが不明の場合(110条1項1号)には、現実の送達は不可能になる。付郵便送達もできない場合(同条2号)には送達の方法が尽きることになるが、訴状が送達できなければ訴訟は係属しないから、被告の行方不明という場合に原告性のない理由で被告の救済を受ける権利が剥奪されることとなる。これを避けるために、送達すべき書類を裁判所書記官が保管し、いつでも送達を受けるべき者に交付する旨を裁判所の掲示場に掲示する方法、すなわち公示送達が用意されている(111条)。この方法では、受送達者が書類を実際に受領する可能性はゼロであるが、法律上の擬制により、掲示から2週間の経過をもって受送達への送達の効果が発生する(112条1項本文)。本問の訴訟のように2回目以降の公示送達については、掲示の翌日に生ずる(同条2項、ただし書参照)。本問のように、被告住所が不明である場合には、訴状から始まって判決にいたるまでの一切の送達すべき裁判所書類が公示送達により送達され、被告がこれに基づいた時点では上訴期間(判決書の送達から2週間。285条本文)が徒過しているのである。被告が判決の内容を実際に了知することが保障されないにもかかわらず、被告の深刻な不利益を考慮すると、この場合の救済を最小限に抑えるべきである。その方法として、まず公示送達の許否に関する裁判所書記官の調査義務を明確にし、その裁量権を合理的に制約することが考えられる[付郵便送達につき→問題22](最判平成9・10判時1661号81頁参照)。もっとも、この判例での住所の調査に係る書記官の裁量権は広く認められており、本問に即して考えても、調査は相当であって、職権濫権の問題となるとは考えにくい(ただし、大判平成21・2・27判タ1302号298頁のように厳格な調査義務を命ずる裁判例もある)。それでは、公示送達により手続参加の機会のないまま敗訴判決を受けた被告には、他にどのような救済方法が考えられるだろうか。2 受送達者の救済――再審まず、本問のYが訴訟の係属を提起し、確定した第2審の判決に拠り、差押えを受けているのである。訴訟の追完(97条。後述3)に比べて期間制限も緩やかであり(342条)、金銭の利益を害されるから、救済としては最も徹底している。しかし、どの当事者に訴訟告知が問題となる可能性があるのは、民事訴訟法338条1項5号ないし5号の類推適用ないし拡張解釈であろうが、3号事由については、判例(最判昭和57・5・27判時1052号66頁)は、原告が不法な公示送達の申立て(故意または過失を要件に)被告の住所を知っていたのにこれを秘匿して公示送達の申立てをした事案においてこれを肯定しているので、本問のようになくとも原告に故意の申立てをしたのではないかと疑われる可能性は低いといえる。また、後者(5号事由)については、公示送達の申立てについて詐欺罪等の有罪判決等が確定しないと再審事由を認めるのはきわめて困難である。もっとも、事実上利害対立に補充送達がなされ、受送達者が裁判責を帰すのです。手続の機会の保障がなかった場合には、補充送達を有効としながらも、民事訴訟法338条1項3号の類推適用により再審事由が認められるとする近時の判例(最判平成19・3・20民集61巻2号586頁)[→問題27]との対比では、不法な公示送達がなされた被告にも再審による救済が認められてもよいとも考えられる。確かに、公示送達制度は受送達者の送達を擬制する特殊な制度であり、被告に裁判書類を受領しない場合に常に送達を擬制する制度として成り立たない。しかし、不実な公示送達は公示送達制度が予定していた事態ではなく、被告の手続関与の機会を保障する趣旨を没却させる必要は認められず、再審事由の判断においては、異なる判断をする余地があろう。なお、いずれの場合も、被告の帰責を認定する特段の事情がない限り被告の内部的事情により被告の手続関与の機会が失われた場合よりも、原告の申立てによる公示送達のほうが不安定化もやむを得ないと説明しうるように思われる。3 受送達者の救済――上訴の追完再審以外の救済方法として、公示送達が有効であることを前提に、訴訟行為の追完(97条)が可能かを考えてみよう。判例は、公示送達の有効性を広く認めており、不実な公示送達であっても適法と判断しているので、これを前提とすると、判例は訴訟行為が公示送達があったわけではないで当事者には、控訴の理由があると考える方法では、裁判を無効化するわけではないので、追完が認められるような場合にもそもそも送達があったと解すべきではないので。本問では、訴状・判決ともに有効に送達され、控訴期間徒過によって第2審訴訟は確定したことになるので、Yが「その責めに帰することができない事由」により控訴期間を遵守できなかったことを主張立証できれば、控訴追完がなされたと知った時から1週間以内に限り、控訴をすることができる(97条1項)。そこで、Yの帰責事由の有無が問題となるが、公示送達について被告はこれを知らないのが通常である。その点、常に帰責事由がないことになり、公示送達制度が不安定化する恐れがある。上述のように、公示送達制度も、本来(不備に帰した)公示送達を申し立てた原告のために被告の手続関与を犠牲にすることまで認めているとは考えにくい。そこで、97条1項を判断する公平の観点と解し、被告の故意・過失と、原告の利益がなされることへの予測可能性を考慮する考え方が有力である。以下、原告に故意がある場合や住所につき故意がある場合(①参考判例)と、本問のように故意は認められない場合(②通常事例)を分けて考えてみよう。(1) 基準事例 参考判例①は、原告が故意に被告の住所を偽って訴状に記載し、公示送達を申し立てた事案において、被告の責めに帰すべからざる事由により控訴期間を遵守することができなかったとして控訴の追完を認めた。ここには、被告の予測可能性等にはふれず、申立てにおける原告の故意のみを認めて被告の帰責性を否定している。これに対して、参考判例②は、被告側の公示送達による事情を争った事例についても取り上げ、被告側の不誠実の予測可能性等の事情と総合的に考慮すべき旨を判示した。この事案では、被告に重い過失が認められるものの、原告が故意に転居先を秘したとして公示送達を申し立てたのでその費用(制度の悪用とみなし)が認められるとしている。被告の帰責性が否定されている。(2) 通常事例 これに対して、通常事例では、被告が訴訟提起を予測し、予期、予測可能性が認められるならばそれに相応する調査、住所変更届等を怠ったかを問題とする。本問におけるでは、第2訴訟提起を予測でき、実際に代理人AとBを通じてXが請求内容を特定したことを了知しており、第1訴訟の訴訟追行からみても、第2訴訟のYが訴訟内容であることは容易に推測できたはずである。したがって、Yの弁護士の資格と責任において代理人Aが何らかの回答をすべきである(職務上の責任としては異論がある)。本問も同様の事実を扱った参考判例①は、このように判断して上告追完を認めなかった(なお、現行法では送達場所届出義務を課しており(104条)、これを怠ったり、新住所の届出がない場合には代行できない。YはXとの関係で訴訟を提起)。Xの代理人Bに対し非訟を通じて損害賠償を請求する余地はありそうである。●参考文献●河野正憲・百選(第3版)(2003)102頁 / 梅本吉彦「不意打ち防止と訴訟法理論」新堂幸司編著『特別講義民事訴訟法』(有斐閣・1988)393頁 / 山本弘「送達の瑕疵と判決の無効・再審」法教377号(2012)112頁(山田・文)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

郵便に付する送達

公開:2025/10/20

Yによる会社の資金の支払を求めて、Xが書状のカードを利用したことによる訴訟を提起した(訴状)。電話帳記載のXの住所に訴状の送達を試みたがXは不在で成功しなかったので、Yに対し、Xが上記住所に居住しているか、および就業場所について調査し回答するよう求めた。XはR社に勤務していたが、送達が試みられていた時期には長期出張に出ていて、Rは、出張中の社員宛てに郵便物が送付された場合は転送、外国からの連絡先へ郵便局が伝達する、Xは出張前に、Yの担当者に対して、実際に勤務する場所はS社だが、郵便物はR気付で送付してほしいと要望していた。Xの現在の居住状況について具体的な調査をしないまま、Xと家族が訴状記載の住所に居住していること、Xの就業場所は不明であるが1か月で出張から戻る見込みであると判断し、R宛に訴状の付郵便送達を実施したが、X不在のため送達できず、裁判所は、その後、X欠席のまま規制的に基づく全部認容判決が言い渡され、その判決もR宛に送達された。Xの妻がこれを受領した日にXに渡さなかったため、Xは控訴せず、同判決が確定した。Xはこの判決について弁済した。Xは、Yの回答に故意または過失があるとして、①訴訟追行による財産権の侵害および訴訟費用に相当する機会を奪われたことによる精神的損害の賠償を求めて、Yに対し訴えを提起した(後訴Ⅰ)。また、Z(国)に対して、前訴で訴状の送達が違法であったために訴訟法1条2項に基づく損害賠償請求訴訟も提起した(後訴Ⅰ)。裁判所は、後訴Ⅰ、後訴Ⅱにおいてどのような判決をするべきか。●参考判例●① 最判平成10・9・10判時1661号81頁② 最判平成44・7・8民集23巻8号1407頁●解説●1 付郵便送達の要件送達は、当事者など訴訟関係人が訴訟法上の書類の内容を確実に了知する機会を保障することによって訴訟手続を保障することを目的として、法定の方式で書類を交付または交付を受ける機会を与える、裁判機関の行為である。訴状など訴訟法関係の基礎となるべき重要な書類は、送達しなければならない。このような目的から、送達は、書類を受領する交付送達を原則とする(令和4年改正102条の2)。送達場所は、原則として受送達者の住所などで、住所などが知れないときは、就業場所での送達に支障があるとき、または就業場所での受領を送達者が申し出たときは、就業場所での送達も可能である(103条1項・2項)。本問では、訴訟に関しては、Xの長期不在により住所における交付送達も補充送達(106条1項)もできなかった(判決はXの妻が受領し、補充送達がなされているが、Xとの事実上の利害を理由として、実際にはXに渡されている。このような場合には補充送達は無効とする考え方もあるが、判明は有効とはしていない。[→問題24])。なお、本問ではその問題がないため、判決(電子対応は当面は側面で送達される(令和4年改正109条、255条2項1号)。このような場合、本来は就業場所での交付送達がなされるが(103条2項)、本問では裁判官PはXの就業場所を不明と判断したため、Xの住所に宛てて書留郵便に付する送達を実施した(107条1項1号、付郵便送達)。交付送達は、送達書類を受送達者に手渡ししたり、あるいは少なくともその支配権に置くこと(差置送達、補充送達)によって効力を生ずるが、付郵便送達は、受送達者への書類の到達や了知にかかわらず、発送によって効力を生ずる(107条3項)。したがって、付郵便送達が有効であれば、本問のように実際には発信に所に送付された場合にも送達の効力が生じ、訴状等の送達により前訴は有効に係属したことになる。付郵便送達は上述のように受送達者の了知の確実性が低いので、実施要件が厳格であると同時に、実施する場合には了知の可能性を高めるために、書記官は、書留郵便に付する送達をした旨、および、送達書類については普通郵便として発送した旨を記載した(民訴規44条)。旧法の下では調査が実質的に規定されておらず受送達者に通知しなければならない(民訴規44条)。旧法の下の判例をふまえた規定であり、普通郵便等での通知が予定されている。ただし、これは受送達者の手続上の利益を考慮した調査規定と解されている。また、このような通知がなされていても、普通郵便ならば他人が処分することは容易であり、本問ならばXの妻が処分するなどしてXには到達しなかった可能性も高い。2 書記官の資料収集における裁量とその限界付郵便送達の要件は1のとおりであるが、送達の実施は裁判所書記官の固有の職務権限に属しており、参考判例①は、要件判断のための資料収集等は書記官の裁量に委ねられるとしている。このような裁量性が認められるのは、大量の訴訟事件を効率的に処理していく要請があると考えられるが、そうであっても裁量権行使には合理性が求められるから、本問の後訴Ⅱを判断するためには、裁量権の逸脱があったかを検討する必要がある。さて、参考判例①は、本問類似の事案において、(i) Xの就業場所が不明か否かの判断は書記官の裁量に委ねられており、Yの回答書に別紙が添付されていなかった本件では資料収集方法は相当であると判断した。また、判示事項ではないが、(ii) 民事訴訟法107条1項・2項の文言から明らかなように、付郵便送達実施の要件が満たされる場合でも、実施するか否かは書記官の裁量に委ねられている。そこで、実施の判断の合理性も本問に即して検討してみよう。まず(i)について、就業場所が不明と判断されることによって受送達者の手続保障が大幅に脆弱化することを前提とすると、その判断は慎重になされるべきであり、参考判例①のように書記官の裁量権を認めるとしても、それには限界があると考えうるべきであろう(新堂・後掲513頁)。調査・資料収集の責任は書記官にあることを前提として、事業および当事者の性質、原告の保持する情報および調査能力などを考慮しつつ、特段の事情がない限り、資料収集のコストにかかわらず調査義務を肯定する方向で検討すべきものと考えられる。さらに、本問では、Yの回答書はXは出張中としながらも就業場所を不明とする矛盾した内容を含んでおり、PやYの調査先の確認等もしなかったことには、裁量権の逸脱があったということもできよう(大渕・後掲も参照)。また、(ii)についても、仮にYの回答書をそのまま基礎するとしても、Xが出張から戻る日程が明らかであること、Xの家族が住所地に居住していることから、夜間等の補充送達を試みることによって住所あてで改めての交付送達を試みるといった送達方法を採ることが、より妥当な手続裁量の行使といえるのではないだろうか。このように考えると、本問の後訴Ⅱについては、参考判例①の結論とは異なり、書記官には裁量権の範囲の逸脱があり、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を認める余地もあるといえよう。3 原告の調査義務参考判例①は、本問の後訴Ⅰ請求①類似の請求について、X就訴により生じたと主張される損害賠償請求は、既判力のある確定判決に実質的に矛盾するとして原則として許されるが、当事者の一方の行為が著しく正義に反し、既判力による法的安定の要請を考慮してもなお容認し得ないような特別の事情がある場合に限り例外的に許される、ここで想定されているのは、参考判例③が示すように、原告の故意により被告の応訴関与を妨げたり裁判所を欺罔する等して確定判決を取得するような事案(判決の再審ともいわれる)においては、再審(による確定判決の取崩し)を経由せずに直接損害賠償請求の訴えを提起し、確定判決と矛盾する主張をすることができるという判例法理である。したがって、本問のY担当者のように少なくとも故意は認めにくい事案では、射程外と考えられる。上記のように、職権送達主義の下では調査・資料収集の責任は裁判所にあり、Yは誠実な調査義務を負うにとどまるから、本問においてはこのような判断は妥当と考えられよう。なお、参考判例①は、本問の後訴Ⅰ請求②類似の請求については、既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠-償請求ではないとして、原判決を破棄し差し戻した。この送達拒否に対しては、判決の結論にかかわりなく手続保障を妨げられたとの一事をもって損害賠償請求権が発生するものではないとの反対意見がある。したがって、送達拒否は勝敗にかかわりなくいわば純粋に手続に関与することに法的利益を認め、損害賠償請求権が成立し得ると考えているようである。具体的には、参考判例②の要件が満たされない場合にも、認められるのだとすれば、本問の後訴ⅠではYに対する損害賠償請求権が認められる可能性があろう。●参考文献●大渕哲也・百選80頁 / 山本和彦・私法判例リマークス20号(2000)124頁 / 新堂幸司「郵便に付する送達について」太田知行=荒川重勝編『鈴木博士生古稀記念・民事法学の新聞』(有斐閣・1993)509頁(山田・文)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

債権者代位訴訟

公開:2025/10/20

Xは、リフォーム業を営むYに対して300万円を貸し付けている(以下、「甲債権」という。)。YはZの自宅の内装を請け負い、Zに対して200万円の請負代金債権(乙債権)を有していたが、ZはYによる塗装が、自己の思い描いていた色と微妙に違っており、その結果に満足しておらず、Yに対する支払をしなかった。ところで、その後、同様にYにリフォームを依頼した顧客から、リフォームの結果に対する苦情が殺到し、そのうわさを聞き付けた他の顧客からのリフォーム依頼が取り消されるなどした結果、Yの経営状況は次第に悪化していった。XはYに対して甲債権の支払を求めたが、Yには乙債権を除き、これといった財産はない。そこで、XはZに対して、乙債権の支払を求めて訴えを提起した(以下、「本件訴訟」という)。(1) 本件訴訟は、乙債権についてはZの異議によってすでに弁済がされていたと判断されて請求棄却判決が出され、確定した。その後、Yは弁済を受けていないと主張して乙債権の支払を求めてZに訴えを提起することはできるか。(2) 本件訴訟が係属している間に、Yが、甲債権はそもそも存在しないのでXの訴え提起は不適法であると考えて、乙債権についてZに対して給付を求める訴えを提起するにはどうしたらよいか。●参考判例●① 最判昭和48・4・24民集27巻3号596頁●解説●1 債権者代位訴訟の法的構造債権者は、自己の債権を保全するため必要があるときは、債務者に属する権利を行使することができる(民423条)。この権利を債権者代位権といい、これを訴え提起の方法で行使した場合を債権者代位訴訟とよんでいる。以下では、代位する債権者(本問ではX)を代位債権者、債務者(本問ではY)に属する権利の債務者を第三債務者(本問ではZ)と呼び、代位債権者の債務者に対する債権を被保全債権、債務者の第三債権者に対する権利を被代位権利と呼ぶ。債権者代位訴訟では、代位債権者が債務者に代わって被代位権利を訴訟物として訴えを提起することになり、その法的構造が、代位債権者が得た判決の効力が債務者に及ぶのかという問題と関連して問題となる。平成29年民法改正(以下、単に「改正」とする)前の通説の立場は、債権者代位訴訟は、訴訟物である被代位権利につき、債務者が責任財産保全のために自己の管理権を付与され、これに基づいて当事者適格を付与されて訴えを提起するものであり、法定訴訟担当(=訴訟担当について確定判決)であると位置づけていた。この見解によると、代位債権者が得た判決の効力は、民事訴訟法115条1項2号により代位訴訟の当事者のみならず、同項2項により債務者に及ぶことになる。もっとも、代位債権者と債務者とは、代位の要件をめぐって利害が対立することが多いにもかかわらず、代位債権者が得た既判力の効力が当然に債務者に及ぶことに対しては批判もあり、債権者代位訴訟のように訴訟担当者と本人との利害関係が対立する場合に、訴訟担当者が本人に及ぶ場合を訴訟追行について、自己固有の利益に基づいて訴訟を提起しているので、当然には債権者には判決の効力は及ばないと解する見解も見られた。また、訴訟告知をして債権者代位訴訟に参加する機会が与えられたにもかかわらずこれが利用されなかったという見解も示されていたが、改正民法では、債権者代位訴訟の既判力を債務者に告知することを義務付ける規定もなく、解釈論としては上記のような問題点を解決するために、債権者代位訴訟を提起した場合には、債務者も遅滞なく訴訟告知をした場合には、債務者に訴訟参加の機会を与えた(参加の方法については後述)。ところで、改正民法においては、債務者は代位権が行使された場合であっても、債務者は代位権についてその他の処分権限を失わない。また、債務者も代位訴訟が提起されても、債務者は代位権利についての当事者適格を失わないこととなる。そのため、管理処分権が代位債権者に移り、債務者が当事者適格を失うことを前提として(大審昭和14・5・16民集18巻557頁参照)、債権者代位訴訟を法定訴訟担当と構成するこれまでの考え方が維持できるのかは問題となる。しかしながら、訴訟物の帰属主体に当事者適格が移り、担当者と当事者適格が併存することは法定訴訟担当の成立を妨げるものではなく、法定訴訟担当という構成は維持できるものと考えられる。2 小問(1) ―― 債権者代位訴訟の判決効債権者代位訴訟の法的構造を法定訴訟担当と解すると、代位債権者が受けた判決が確定すれば、それが債務者判決であれ取立判決であれ、債務者に効力が及ぶことになる(115条1項2号)。そのため、本問のYには、Xの敗訴判決の効力が及び、Yは乙債権について給付の訴えを提起することはできなくなり、仮に提起したとしても棄却される。代位債権者が受け取訴訟判決を受ける可能性のある債務者の手続保障は、訴訟告知によって図られる(民423条の6)。民法改正以前から、債務者に訴訟参加の機会を与えるために訴訟告知をするのが望ましいと考えられていたが、これを義務付ける規定がなく債務者の手続保障が十分に図られてないとして、現行民訴法で訴訟告知を義務づける規定が置かれた。改正民法の下では、代位債権者は訴え提起後、遅滞なく告知することが必要である。仮に訴訟告知の規定がなかった場合には、明文の規定はないものの、代位債権者の当事者適格の基礎が欠けるとして、訴えは不適法とされる。また、訴訟告知をしたにもかかわらず、債務者が訴訟に参加しなかった場合であっても、代位判決の判決の効力は債務者に及ぶ。さらに、訴訟告知の効力である参加的効力(53条4項・6項)もあるため、例えば、代位債権者が敗訴した場合にも、債務者が代位債権者の不当な訴訟行為により、被代位権利が消滅したでなくたと主張して不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起することはできない。3 小問(2) ―― 債務者が訴訟参加する方法債権者代位訴訟が提起されても被代位権利について処分権を失わず、当事者適格を有すが、単独で被代位権利を請求することは重複訴訟に該当して許されない(142条)。他方で、債務者が代位訴訟に参加して、審理が併合され、分離される可能性がなければ、重複訴訟禁止の趣旨に反せず許容される。参加の仕方は、債務者が代位債権者による代位権行使を争って自己への給付を求めるのか、あるいは代位債権者側に加わるのかによって異なる。まず、債務者が代位権行使について争わず、代位債権者と共同戦線を張りたいと考えた場合、債務者には補助参加の利益があるため債務者補助参加をすることができる(42条)。債務者は判決効を受ける立場にあるので、補助参加の従属性(45条1項ただし書・2項)の制限を受けない共同訴訟的補助参加をすることもできる。加えて、債務者には代位訴訟が提起された後も被代位権利について処分権限と当事者適格を有し、さらに判決効を受ける立場にあるため、当事者として共同訴訟参加(52条)をすることもできる。共同訴訟参加の被参加適格は必要共同訴訟となりそうである(40条)。もっとも、代位債権者の請求と債務者の請求は、訴訟物は同じであるものの、給付の相手が異なるため、請求の趣旨は異なる。そのため、訴訟物を給付の相手が同じであることを前提とする。通常の共同訴訟参加・類似必要共同訴訟とはやや異なる形にはなることが必要である。なお、債務者が訴訟参加をして権利行使をした場合に、代位の要件が欠けるのかが問題となるが、債務者が実際に訴訟追行をするとは限らないために、債務者の訴訟参加によって直ちに債権者による代位権は妨げられるものではなく、代位訴訟は維持されない。そして、被代位権利があると判断された場合には代位権者と債務者の双方の請求が認容されることになる。参加者の訴訟行為の効力は、共同訴訟の類型が類似必要的共同訴訟であると、民事訴訟法40条の規準による。そのため、当事者の1人が単独で行った有利な訴訟行為は、すべての当事者との関係で効力を有するが、不利益な訴訟行為は、すべての当事者のみならずその他の当事者に対しても効力を有しないこととなる。だし、被代位権利の本来の債権者である債務者が単独で行った自己の権利の行使の結果は効力が生ずるとする考え方も示されている。これに対して、本問のように債務者が代位債権者による代位権行使について争いたい場合に、債務者が第三債務者側に補助参加、ないしは共同訴訟的補助参加することも可能であるが、加えて、民法改正前は、独立当事者参加(権利主張参加)をすることが認められていた(参考判例①)。この判例では、独立当事者参加を認めた訴えと代位訴訟との併合審理が強制され、訴訟の目的は合一的に確定されるため、重複訴訟の禁止に反しないとした上で、代位債権者が訴訟追行権を独占していれば、債務者は訴訟追行権を有しないため、当事者適格を欠くものとして訴えは不適法となり、債務者が訴訟追行権を有しないことが判明したときは、債務者は訴訟追行権を失わず、訴えは適法となるとも判示していた。本来、権利主張参加人の請求が原告の請求と論理的に両立し得ない場合に認められるが、この判例は当事者適格を両立しない場合にも独立当事者参加を認めたものであり、権利主張参加の制度を活用した判例と評価することもできた。改正民法の下では、代位訴訟が提起されても債務者は被代位権利について当事者適格を失わず、代位権行使が違法である場合でも、債務者による訴え提起は適法となるため、上記判例がそのまま妥当するかは問題となりうる。上記判例はもはや適用されず、債務者は独立当事者参加をすることはできず、共同訴訟参加のみであるという考え方もありうるが、片面的に当事者適格が両立しない場合がある。つまり、債務者の主観により被保全債権が存在しない場合には、債務者の当事者適グが否定されることに加えて、被保全債権の存否をめぐって争いがあれば、債務者が債権者による訴訟追行をけん制する必要があるので、権利主張参加を認めることもできよう。●参考文献●山本和彦「債権者改正と民事訴訟法ーー債権者代位訴訟を中心に」判例タイムズ2327号(2017)121頁 / 越山和広「債権者代位訴訟における債務者の権利主張参加」法時60巻8号(2016)35頁 / 垣堺聰・百選214頁(杉山悦子)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

引換給付判決と処分権主義

公開:2025/10/20

YはXとの間でX所有の建物(以下、「本件建物」という)について2年間の定めの賃貸借契約を締結し、引渡しを受けた。その後、契約の更新が繰り返されたが、2023年になってXから解約の申入れがあり、Yがこれを拒絶した。そこで、Xは、契約終了に基づき、本件建物の引渡しと契約終了から明渡しまでの賃料相当損害金の支払を求めて訴えを提起した。口頭弁論において、Xは、解約の正当事由として、本件建物を高層ビルに建て替えて収益性を上げる経済的必要性を主張するとともに、建物明渡しと引換えに2000万円の支払をすると述べた。Yは、正当事由の存在を争い、請求棄却判決を求めた。裁判所は、証拠調べを経て、Xが3000万円の立退料を支払うならば正当事由が認められるとの判断にいたった。(1) 裁判所は、どのような審理および判決をするべきか。①仮に、Xが、4000万円の支払をすると述べていた場合、裁判所のなすべき審理および判決は異なるか。●参考判例●① 最判昭和46・11・25民集25巻8号1343頁② 最判昭和33・6・6民集12巻9号1384頁●解説●1 立退料の性質本問では、賃貸借契約後に契約の更新がなされ、期間の定めのない契約となっており、賃貸人が適法な解約申入れをしてから6か月を経過した時点で賃貸借契約は終了する(借地借家27条1項・28条1項)。もっとも、この解約申入れは、賃貸人の建物使用を必要とする事情などのほか、「建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しに関連して賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮し」て、正当事由が認められなければならない(同法28条)。ここでいう「財産上の給付」を一般に立退料と呼ぶ。かつては、正当事由は解約申入れよりもかなり増額しても正当事由は補充されないとの見解もあったが、現在では、立退料にも正当事由補充機能が認められると見ている。立退料は、それが正当事由を認めるために必要か否か、必要であるとして妥当な金額がいくらであるかは、具体的な事案ごとに、賃貸人および賃借人の事情に応じて決定される。正当事由は規範的要件であって裁判所の総合的な判断に分かるので、また立退料額も客観的基準が確立されているわけではなく裁量的判断によるとされており、そのため、立退料額の判断は訴訟の非訟的性格を有すると考えられている。2 処分権主義と申立事項拘束主義(246条)(1) 申立事項と判決事項 民事訴訟では、当事者が審判対象たる権利関係について、審判対象の特定、審判対象の 実体的な処分および手続の終了について自由に決定できるとする原則を認めている。これを、処分権主義という。そのうち、審判対象を特定する原則に関する処分権主義、あるいは、申立拘束主義と呼ばれる(246条)。この意味での処分権主義は、裁判所に対して当事者(原告)の申立て以外の事項について実体法上の審判をすることを許さない(数量的にこれを超すことを不許すのみならず)という効果とともに、相手方(被告)に対して攻撃防御の目標を明らかにする機能を有する。したがって、裁判所が申立事項の範囲内である限り、判決内容が申立ての趣旨と合理的に合致に含まれている限り、両者の間に齟齬があっても処分権主義に反しない。例えば、金1000万円の損害賠-償債権に基づく支払請求に対して金1200万円の支払する判決は適法だが、金800万円の支払を命ずる判決は被告にも想定される範囲であり、一部認容か一部棄却かの問題である。問題は、このような一部認容・一部棄却ではなく質的一部認容判決をどこまで認めることができるかである。(2) 引換給付判決の意義ーーー判断の食い違いを申し出た場合本問のXが口頭弁論で3000万円の立退料を申し出た場合、「XのYに対する本件建物の明渡し請求は、XがYに本件建物を明け渡した場合」という主文の判決を言い渡すことは、全部認容判決として認められる。もっとも、この判決が確定した場合にも、既判力の客観的範囲は賃貸借契約終了に基づく建物明渡請求権にとどまり、3000万円の支払請求権について既判力や執行力が生ずるわけではない(ただし、信義則による拘束力は認められよう)。したがって、この判決を債務名義としてYがXに対して3000万円の支払を求めて強制執行を開始することはできず、Xの明渡しの強制執行開始を制約するにとどまる(非代替28条、民執31条1項)。それは、本問のように、①申し出ている立退料額が低額(2000万円)である場合、②申し出ている立退料額が高額(4000万円)である場合、裁判所はXが減額した引換給付判決を出すことができるだろうか。さらに、③Xがまったく立退料の申し出をしていない場合、引換給付判決を出すことはできるだろうか。①では問題ない(その1)・(4)が問題ないことをいう。(3) 引換給付判決の適法性(その1)ーーXが一定額の負担を申し出た場合①の場合(Xが金2000万円の立退料を申し出ている場合)について、同様の事案を扱った参考判例①は、裁判所が正当事由を認めるに足りる妥当な額(本問では3000万円)の支払と引換えに立退料として判決をした。上記判例を基にした場合、その理由として、Xは立退料として2000万円もしくはこれと判決の相違ないし一定の範囲の金額で裁判所の決定を金銭をもって支払う意思の表明を表明し、かつその支払と引換えに明渡しを求めているとして、Xの意思表示を根拠としている。学説も、おおむねこの結論には賛成しているといえる。1つの考え方は、引換給付の申出と訴訟物を切り離し、原告の不意打ち防止機能を重視した上で、立退料提供の有無およびその額は、正当事由の評価担事実の主張であると同時に申立事項の範囲を画するとする。したがって、判決における立退料額と原告の申出額との間にはずれがあっても、原告の予測の範囲内であり不意打ちとならない限りでは処分権主義違反とならないとする。この考え方によれば、大幅な増額判決は当事者にとって予想であり申立事項の範囲外だが、予測の範囲内ならば訴訟の趣旨から許容されると説明できる。これに対して、①の場合(申出額が高額である場合)については、同様にずれが小さいならば減額も可能と考える考え方も有力であるが、立退料を減額することは原告の申立てよりも有利な判決となるとして、適法とする説も多い。第2の考え方は、引換給付の申出の有無により訴訟物は異なるとの前提に、立退料支払の負担付の明渡請求権と無条件の明渡請求権は訴訟物(請求)を異にし、前者を訴求した場合には、提案された立退料は原告の求める利益の実現を意味するとの前提に立つ。これによれば、①の場合は原告の利益を一部否定する一部認容判決として説明でき、立退料額の増額は通常想定される原告の不利益を超えるので処分権主義に反すると説明できる。②の場合は、申出額が高額である場合)、中間申立事項・訴訟物の主張を超えた判決であり迅速な解決であり違法とする。さらに、③参考判例①は、上記①の場合について、無条件の明渡請求と負担付の明渡請求は同一の訴訟物であるとした上で、引換給泊は被告の意思に基づいて立退料の増額を認めており、明確ではないが第1の考え方に近いように思われる。仮に、引換給付判決を認めないとすると請求棄却に近いように思われるが、前述の引換給付の原理を当然とする。請求棄却を求めるとすると、引換給付を求めるとする。および増額の必要性、裁判所に正当事由を主張を裏付けとしてXの立退料の要否および増額の必要性、当事者双方に積極的に釈明を求め、とりわけXが2000万円の立退料を上限としていかにするかを慎重に確認すべきである(真に2000万円の上限とする意思であれば、請求棄却判決をすべきである)。なお、②の場合(3000万円)については、上記のとおり、民事訴訟法246条違反との引換給付判決をすることは、上記のとおり、民事訴訟法246条違反との解除権が伝統的には数考えられる。同条が被告に対して不意打ち防止の機能を有することからも、基礎づけられよう。もっとも、原告の意思としては請求棄却よりも、低額の立退料の支払と引換えに判決を望むとの意思解釈が合理的であり、立退料の減額の変更を促すために、裁判所の釈明義務を認めてよいと考えられる。被告にとっても、十分な不意打ち防止がなされる限りでは、再応訴の項を避けるメリットもあり、執行がないことを与え併せると、変更後の立退料申出額を前提とした引換給付判決の適法性を認める余地もあろう。(4) 引換給付判決の適法性(その2)ーーXが無条件の明渡請求をする場合(2)③の場合(Xが無条件の明渡請求のみを請求する場合)にどのような判断をするべきかについては明示する最高裁判例はなく、学説は分かれている。実際上は、裁判所の釈明により、Xが適当な立退料額を提示し引換給付の申出をしたり、裁判所の定める立退料額を支払う旨を主張するなどするため、問題が顕在化することは少ない。しかし、理論的には、釈明がなされてもなお無条件の明渡請求を維持し立退料支払を申し出ない場合に引換給付判決をすることができるかが問題となる。判例が前述の第1の考え方に近いとするならば、無留保の明渡請求に対して引換給付判決をすることも、立退料額が原告の予算の範囲内であって不意打ちとならない限りでは処分権主義との関係では許されることになろう(濱田粉成ほか編『注釈民事訴訟法』[有斐閣・2017]971頁[山本和彦]、青山善充『民訴』140号[1992]112頁、近藤・後掲312頁)。もっとも、釈明がなされても主張を変更しない場合には、原告の意思解釈として、引換給付判決が被告の予測の範囲であるかは自明とはいえないであろう。また、民事訴訟法366条の問題とは別に、立退料の支払申出が正当事由の評価根拠事実であることから、弁論主義の第1原則により、口頭弁論においてXがこの主張をしておらず、裁判所としての引換給付判決が適法となることに注意すべきである(近藤・後掲212頁)。上記第2の考え方によれば、無条件の明渡請求と負担付のそれは訴訟物が異なるから、訴えの変更がない限り(あるいは訴えの変更を認めるべき事情がない限り)、引換給付判決をすることは処分権主義違反となる(伊藤235頁)。立退料の必要性やその金額について裁量的判断が予定されているとしても、立退料提供は原告の自由な意思にかかっており、原告がそれを求めない場合にまで裁量権を認めることはできないとされる(金子一ほか『条解民事訴訟法〔第2版〕』[弘文堂・2011]1326頁[竹下守夫]、下村・後掲116頁も同旨か)。もっとも、この考え方によると、無条件の明渡請求が立退料提供がなく正当事由が認められないために棄却され判決が確定した後、原告は立退料を申し出た上で、それ以外は同一の主張をして明渡請求訴訟を提起できることになる。前訴で被告が立退料の存否について反論を提起するとの方策がない以上、被告に再審への応訴を強いることが適当か、という観点も考慮する必要があろう。●参考文献●近藤満・百選「新法対応補正版」(1998)312頁 / 中山幸二・百選148頁 / 下村眞美・争点116頁(山田・文)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

訴訟物

公開:2025/10/20

Aは自転車で横断歩道を横断中、Bの運転する自動車に衝突し、傷害を負った。そこで、Aは、Bに対して、自動車損害賠償保障法に基づき、損害賠償請求の訴えを提起した。(1) Aは、治療費100万円、逸失利益600万円、慰謝料300万円の合計1200万円の支払を求めて訴えを提起したところ、裁判所は、証拠調べの結果、治療費50万円、逸失利益500万円が当該事故に起因する損害であると判断したが、慰謝料については450万円を認め、合計1000万円の支払を命じる一部認容判決をしようと考えている。このような判決をすることは適法か。(2) 上記1000万円の支払を命じる一部認容判決が確定した後、Aに前訴当時予測できなかった後遺症が発生し、それについての治療費、逸失利益および慰謝料の合計1500万円の支払を求めて、AがBに対して再度訴えを提起した。裁判所はどのように判断すべきか。●参考判例●① 最判昭和48・4・5民集27巻3号419頁② 最判昭和61・5・30民集40巻4号725頁③ 最判昭和42・7・18民集21巻6号1559頁●解説●1 訴訟物に関する考え方民事訴訟においては、裁判所による法的判断になじむように、原告は特定された権利の対象を提示しなければならない。このような審判の対象のことを訴訟物と呼ぶ(なお、「訴訟物」の概念は講学上のものであり、民事訴訟法は訴訟物を指して「請求」という語を用いることが多く〔258条1項・259条1項など〕、従来実務の言葉遣いでは「訴訟上の請求」とも呼ばれてきた)。訴訟物概念は、本書において判断すべき事項の最小の基本単位を構成し、訴訟のさまざまな局面で基準を提供する。例えば、訴えの併合(136条)、訴えの変更(143条)、二重起訴(142条)、申立事項と判決事項(246条)、既判力の客観的範囲(114条)などの場面である。その意味で、訴訟物は民事訴訟手続の全体像を特徴づける重要な概念であるということができる。訴訟物は、審判の対象を画するものであるから、訴状における請求の趣旨・原因の記載によって訴訟手続の当初から特定されていなければならない。訴訟物が同一とみなされるような基準で決定されるかについては、安定的な規準は存在せず、解釈に委ねられている。この点で、実体法上の権利または法律関係ごとに訴訟物を認識する実体法説(実体法説)と、各訴訟類型ごとの差を強く意識して、実体法上の請求権から独立した形で訴訟物を観念する新訴訟物理論(訴訟法説)とが対立しているところ、旧訴訟物理論の用法による理解と問題意識を中心に、かつて激しく展開されたところである。ただ、現在では、学説においてはなお新訴訟物理論が有力であるものの、実務においては旧訴訟物理論が支配的であり、膠着したまま沈滞化の方向をたどることができよう(詳細は、山本・後掲111頁参照)。いずれにせよ、本問との関係では、本問との関係で問題となるのは、同一の事実関係・法律関係を基礎としながら、どの範囲の請求権が単一の訴訟物として考えられるかという問題である。本問(1)との関係では、損害の種目(治療費、逸失利益、慰謝料等)がどの範囲で単一の訴訟物と考えられるか、が問題となり、本問(2)との関係では、時間的にどの範囲の請求が訴訟物として単一のものととらえられるか(事故後に生じた後遺障害も本問の訴訟物に含まれるとして考えてよいか)が問題となる。本問(2)については、一部請求や既判力の問題とも密接に関連するが、ここでは考えてみよう。2 新訴訟物理論の基準損害賠償請求訴訟において、どのような範囲で訴訟物をひと固まりのものと考えるか。という点については、かつてさまざまな議論のあったところである。一方の説では、人身事故で生じた損害についてはすべて単一の訴訟物であるとする理解があり、他方の説には、個々の損害費目ごとに異なる訴訟物を理念とする理解があり、その中間にさまざまな考え方が存在した。本問(1)においては、損害の総額については1200万円の支払請求に対して1000万円の請求を認容しているので、両者の考え方によれば問題は生じないことになる。これに対し、損害費目ごとにみれば、慰謝料について、300万円の請求に対して450万円の判決をしているものであり、慰謝料請求と単一の訴訟物と捉えれば、これは原告の申立てを超えた判決であり、民事訴訟法246条に反することになる。この点について、参考判例①は、「同一事故により生じた同一の身体障害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通とするものであるから、その賠償請求権は1個であり、その両者の賠償を合わせて請求する場合にも、訴訟物は1個であるとすべきである」と判示している。したがって、これによれば、本問の場合にも、裁判所はそのような判決をすることができることとなる。実質的からしても、実体法において慰謝料の調整的機能をどうみるかということもある。積極的損害(治療費等)や消極的損害(逸失利益)は損害を積み上げて算定していくが、慰謝料は損害を積み上げて必ずしも十分な賠償額にはならないと裁判所が考える場合に、慰謝料額を積み増して補正する機能を確保するということは十分にありうると考えられる。そのような場合に、慰謝料について原告の請求額に拘束されるとすれば、そのような調整が柔軟に図られないおそれが生じ、相当ではないと考えられる。それでは、判例は一般論として訴訟物の単一性をどのような基準で判断しているのであろうか。参考判例②は、「原因事実および被侵害利益(事故等による事故等による単一性)とを重視し、原因事実(事故の単一性)と被侵害利益(人格利益)をメルクマールとして理解しているようである。そのような理解を前提とすれば、参考判例②がある。これは、無断撮影した写真について、同一の雑誌にセンターフォリオ写真を作成発表したとして、複数回にわたる著作権(複製権)および著作者人格権(同一性保持権)を侵害したとして合計50万円の損害賠償請求をしたところ、判決は「同一の行為により著作権侵害と著作者人格権侵害がされた場合であっても、著作権侵害による財産的損害と著作者人格権侵害による精神的損害とは両立しうるものであるので、両者の賠償を訴訟上併せて請求するときは、訴訟物を異にする2個の請求が併合されているものであるから、被侵害利益の相違に従い著作権侵害の賠償請求額と著作者人格権侵害に基づく慰謝料額とをそれぞれ特定して請求すべきである」とした。ここからも、原因事実と被侵害利益の同一性が認められる(原因事実が同一であっても被侵害利益を異にすれば訴訟物は別である)ことが明らかにされている。3 後遺症の扱い同一事故(原因事実が共通)において、後日新たな損害が発生した場合に、そのような損害の賠償請求はどのように考えられるか。これが後遺症の取扱いの問題である。1つの考え方として、後遺症は新たな損害であり、被侵害利益を別にするので、別個の訴訟物であるとする理解があり得る。これに依れば当然に後訴は可能ということになる。これは「被侵害利益」の捉え方に係る問題であり、新たな障害を後遺症と理解すればこのようになり訴えも可能である。一般には、被侵害された身体の完全性が回復されればよく、後遺症もその枠内にある、すなわち、被侵害利益としては同一性を失わないものと解されているように見える。仮に後遺症とされる障害が事故と同時に発生していたとすれば、その分の損害賠ย่อม当然同一の訴訟物と考えられていたはずだ。時期的に遅れて発生したからといって、訴訟物を異にするとする理解は便宜的にすぎるからである(ただし、後遺症が被害者の死亡に起因する場合には、傷害に基づく慰謝料請求と生命侵害に基づく慰謝料請求とは被侵害利益の基礎が異なるとする見解もある。最判昭和43・4・11民集22巻4号862参照)。そこで、このような損害は、訴訟物としては同一であるとしても(その結果前訴判決の既判力が及ぶものであるとしても)、前訴判決の基準時(口頭弁論終結時)後に生じた新たな損害であるとする理解が生じ得る。そのように考えられるとすれば、後訴判決の既判力は及ばず、原因事実の同一が考えられる。しかし、実体法の一般的な理解によれば、不法行為による損害は、観念的には、原則としてすべての行為の時点で発生すると解されている。たとえば人身の目はまったく新たに発生したものであっても、罪の時から見ればその原因はすでに事故の時点に存在していたのであり、損害賠償請求権も事故の時点で発生していたとされる。したがって、それが現実に発覚したのが基準時後であっても、基準時前の新たな事由とはいえないこととなる。そこで、確かに神の目から見れば、そのようにいえるかもしれないが、現実に訴訟を追行する人間である以上、前訴の事実審理における基準時までの損害については、既判力は及ばないとする理解があり得る。既判力の範囲は、場合によっては訴訟物よりも狭い範囲に限定されるとの考え方である。しかし、既判力の範囲という概念は、訴訟手続の具体的な状況によっては左右されるというものではなく、そのような具体的な事情をいちいち考慮すると、既判力の範囲が一般的に定まらず、法的安定を害し、不当な紛争の蒸し返しの解決の指針に適用されるおそれがあるからである。そのような理解を前提にすれば、このような考え方は問題となることを前提にすれば、このような考え方は問題となることを前提として処理した。すなわち、前訴は、後遺症部分の損害を除外した明示の一部請求であると理解し、後遺症部分の損害には既判力は及ばないとするものである。後遺症部分を排除するということが必ずしも明確に表示されていないとしても、いわば弁論の全趣旨の中で明示があったものとみなすという考え方と関わる。このような明示の黙示の理解はやや技巧的かと思われるが、個別の事案を類型化した柔軟な処理が可能だとして評価される。これは、たしかに、判例による損害賠償に関する議論(→問題50)を含め、なお学説上はさまざまな議論があるところである。●参考文献●山本克己・争点108頁 / 垣口千尋・争点112頁 / 我妻栄・百選146頁 / 谷口千尋・百選162頁 / 伊藤眞ほか「民事訴訟法の争点」(有斐閣・2007)31頁以下(山本和彦)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

二重起訴と相殺の抗弁

公開:2025/10/20

(1) Aは、Bに対して、2000万円の売買代金債権を有するとして、その支払を求めて訴えを提起した。その訴訟において、Bは、当該売買契約は、Aの給付した商品に瑕疵があったため解除したので、売買代金債権は存在しないと主張するとともに、仮に売買代金債権が存在するとしても、BはAに対してやはり未払の2000万円の売買代金債権を有するので、対当額で相殺する旨の予備的抗弁を主張した。その後、Bは、別訴で、上記2000万円の売買代金債権の支払を求めて訴えを提起した。裁判所は、この訴えを適法とすべきか。(2) Aは、Bに対して、2000万円の売買代金債権を有するとして、その支払を求めて訴えを提起した。他方、BはAに対してやはり未払の2000万円の売買代金債権を有するので、その支払を求めて別訴を提起した。当該訴訟において、Aは、Bに対する上記2000万円の売買代金債権により、対当額で相殺する旨の抗弁を主張した。裁判所は、当該相殺の抗弁を適法とすべきか。●参考判例●① 最判平成2・12・17民集45巻9号1435頁② 最判平成18・4・14民集60巻4号1497頁③ 東京高判平成9・4・8判タ937号262頁二重起訴禁止の原則1 二重起訴禁止の原則裁判所にすでに係属する事件について、当事者は、さらに訴えを提起することはできない(142条)。二重起訴の禁止と呼ばれるルールである。そのようなルールの趣旨としては、①重複した訴訟において異なる内容の判決がなされた場合に解決が困難になってしまうおそれがあること、②裁判所が重複した審理を強いられることになり、訴訟経済に反すること、③相手方が重複した事件に応訴させられ、不当な負担を強いられることが挙げられる。二重起訴の禁止が適用される範囲については議論があるが、通説的な見解は、訴訟物が同一である場合に適用すると限定する。それは、上記の制度趣旨との関係で、①の点を重視し、判決効、すなわち既判力が生じるのは訴訟物を対象とするので、仮に争点を共通にする場合であっても、訴訟物が異なれば、判決の抵触という事態は生じないからである。そして、訴訟経済は、当事者が訴訟を提起する権利を制約してまで、裁判所や相手方がその点の事情に付き合わされることには慎重の予定するところとされた。また、この通説に達した場合の効果として、訴えが却下される(つまり二重起訴に反しないことが訴訟要件とされる)とするのが通説的見解であり、それは、主権の主体側の事情の場合に訴えを却下してしまうのは過剰な規制になってしまうからである。これに対して、近時の有力な見解は、このルールの適用範囲を必ずしも訴訟物が同一の場合に限定せず、両訴で主要な争点が共通であるような場合にも及ぼそうとする。このような場合であっても、審理が重複する限りにおいて、上記②や③の不都合は同様に生じるからである(さらに、いわゆる争点効を認める見解や紛争の早期解決の要請を認める見解では、①に関する要請も生じ得ることになる)。そして、このような見解によれば、二重起訴に反する場合の効果も、訴えを却下するのではなく、審理の重複を回避するために後訴の審理を停止するなど柔軟な対応をすべきこととなる。さて、二重起訴の禁止は以上のような趣旨に基づくとされるが、訴訟物が同一によれば、訴訟物の審理した上記趣旨に反する① 趣旨を重視し、訴訟物以外の判断(判決理由中の判断)には既判力が生じないことをその根拠とするものである。しかるに、判決主文にのみ既判力が生じるとの原則(114条1項)に対する例外として、民事訴訟法は相殺の抗弁の場合を定める。すなわち、相殺のために主張した請求の成立または不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有するとされる(同条2項)。そうであるとすれば、相殺の抗弁についても二重起訴禁止の趣旨が妥当しないかが問題となる。請求権を相殺の抗弁が判断されたとして、相殺の抗弁がなされた訴訟で請求が認められ、両訴で判断が実質的に矛盾した場合はどうなるか。前訴のよう な二重起訴禁止の趣旨がこの場合にも変わるようになるからである。この点については、具体的に状況ごとに考慮する必要があると考えられており、①まず相殺の抗弁が提出された訴訟が別訴提起された場合(抗弁先行型)と、②まず訴訟が提起された後に相殺の抗弁が提出された場合(後訴先行型)とに分けて考えられている。2 相殺の抗弁と二重起訴の禁止―抗弁先行型本問(1)は、抗弁が主張された後に、同じ債権を訴訟物として別訴を提起する態様である。この場合には、二重起訴を禁ずる趣旨、すなわち、①判決抵触のおそれ、②審理の重複、③応訴の負担のいずれも妥当し、相殺の抗弁がなされた請求権の別訴は許されないのではないか、とも考えられる。この点について、最高裁判所の判例はいまだ存在しないが、学説では、二重起訴の禁止の趣旨の存否について、裁判所の判断の矛盾抵触のおそれがあり、訴訟経済にも反するから、許されない」としている。ただ、この場合には、相殺の抗弁による相殺の利益が保障されないという点があり、例えば、本問では、Aの訴訟追行が遅延するなど必ずしも代替性が保障されないという点があり、例えば、本問では、Aの売買代金債権が時効により消滅することになるとともに、相殺の抗弁は認められないことになる。した俊ではないかという見方が生じうる。しかし、参考判例③は、仮に提訴でなければならないという見方が生じうる。しかし、参考判例③は、仮に提訴でなければ、相殺の抗弁の裁判上の催告の効果を有し、消滅時効期間が満了でなくても、Bに与える不利益は著しいものとはいえないとした。その点とも関連して議論としてありうるのは、仮に別訴はできないとしても、Bは、Aの請求に対する反訴として、支払請求ができないかということであ る。参考判例①は、仮訴ではなくAの請求とBの請求との併合がなされた場合についてであるが)将来において訴訟の弁論が分離されることもありえないとはいえない以上、やはり許されないとしていた。ただ、このような場合は、Bの反訴は、Bの相殺の抗弁が判断されることを解除条件とする予備的反訴となるのがみられ(通常の予備的反訴は、本訴請求の棄却等を解除条件とするが、この場合は相殺の抗弁に関する判断を解除条件とする点で特殊なものである)。予備的反訴の場合には(予備的併合と同様、矛盾した判断を避けるために)弁論の分離は禁じられると解されることから、そのような問題は生じない。したがって、後述する参考判例の趣旨からも、Bは別訴ではなく予備的反訴として売買代金請求をすべきと解されることになろう。3 相殺の抗弁と二重起訴の禁止―後訴先行型本問(2)は、まず別訴が提起された後に、同じ債権を自働債権として相殺の抗弁を主張することができるか、という問題である。この場合にも、前記の二重起訴禁止の趣旨が同様に妥当し、相殺の抗弁は許されないのではないかとも一応考えられる。ただ、この場合には、①Aの提訴→Bの提訴→Aの提訴(別訴または反訴)→Aの相殺という経緯をたどった場合と、②Bの提訴→Aの提訴(別訴または反訴)→Aの相殺という経緯をたどった場合とでやや利害状況を異にするように思われるので、別途考えてみよう。まず、①の場合は、Aがなぜ相殺を最初から主張しなかったかが問題となるが(考えられる場面としては、当初はBの請求を否定できると判断してあえて相殺まで主張せず訴訟をしていたが、だんだんと危なくなってきたので予備的に相殺の主張をしたということが考えられる)、問題状況は2の場合に類似する。Aの訴えが別訴である場合には、最初に相殺の抗弁ができなかったのは、Aの訴えが別訴である場合には、最初に相殺を選択したのだから、それを取り下げない限り、相殺の抗弁が認められなくてもやむなえないと考えられる。他方、Aの訴えが反訴である場合には、2でもみたように、それが予備的反訴だとすれば問題は生じないと考えられる。なぜなら、その場合は弁論の分離が許されず、上訴審でも審理は共通にされるので、判決の矛盾のおそれや訴訟経済を害するおそれはないといってよいからである。そこで、参考判例①は、このような場合には、Aの反訴が当然に予備的反訴に変更されることになり、そうだとすれば二重起訴の禁止に該当しないと判示する(なお予備的反訴に変更することによるBの一部敗訴は、相手方の利益を考慮すると問題とする余地もあるが、この場合は実質的に相手方の不利益は考えられないので、同意は不要であろう)。やや技巧的な解釈ではあるが、1つの解決法ではあろう(同様に、最判平成27・12・14民集69巻8号2285頁は、本訴請求権が時効消滅したと判断されることを条件に、反訴における請求権を自働債権とする相殺の抗弁について、本訴の判断と矛盾するおそれはなく、審理も重複しないとして、その主張を認めている)。他方、本問のようなケース(①のケース)はやや事情が異なる。この場合には、Aとしては、最初に提起した訴訟が、Bが何らかの事情があって別訴の主張ではなく相殺(別訴または反訴)をしてきたので、相殺の担保的機能を活用して(とくにBの資力に問題がある場合が典型である)相殺を主張しようとしたもので、このような事態の発生についてAの責めに帰すべき事由はないように思われる。それにもかかわらず、相殺を許さないことはAに酷であろう。そこで、問題は結局、二重起訴の利益(判決の抵触防止・訴訟経済等)と相殺の利益(相殺の担保的機能)のいずれを重視するかの政策判断の問題となるように思われるが、参考判例①は、このような場合も二重起訴の趣旨が妥当として、相殺の抗弁は許されないと解した。しかし、1つのありうべき判断ではあるが、相殺の担保的機能(実体法の趣旨)をより重視する判断もありうるところであり、なお議論は続いている。なお、Bの訴えが反訴である場合(あるいはAの訴えとBの訴えの弁論が併合されている場合)、前述の趣旨からすれば、Aの訴えを何らかの形で予備的なものと理解し、弁論の分離を禁じ、上訴審も移審が強制されるとすれば、あえて二重起訴により規制する必要はないかもしれない。ただ、Aの訴えが反訴である場合は予備的反訴というテクニックが利用できたが、本訴である合には論理的に「予備的本訴」という概念がないため、問題をうまく処理する枠組みがないということになる(解除条件付きの訴え(本訴)の取下げが認められるかという問題となろうか)。困難な問題であるが、なお検討を要しよう(この点につき、本訴請求債権(自働債権)と反訴請求債権との間に密接な関係性がある場合に、弁論の分離が禁止され、二重起訴に当たらないとして部分的に問題の解決を図ったものとして、最判令和2・9・11民集74巻6号1698頁参照)。●参考文献●山本弘・争点52頁 / 内海博俊・百選74頁 / 内山衛次・百選78頁 / 重点講義(上) 140頁(山本和彦)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

一部請求の残部に対する時効の完成猶予

公開:2025/10/20

Yは、XがYに対して有する売掛金債権について、20×0年6月24日に全ての債務の承認を行った。その後、Xは、Yによる上記債務承認によって同日から5年が経過する20×5年6月24日には消滅時効が完成してしまうと考えて、20×5年4月16日配達の内容証明郵便で、Yに対し、上記売掛金債権の催告の催告(本件催告)をした。さらに同年10月14日には、Yに対して上記売掛金債権のうちの一部であることを明示して5300万円の支払を求めて提訴した(第1訴訟)。第1訴訟では、Yからの相殺の抗弁が提出され裁判所はこれに理由ありと判断したうえで、現存する売掛金債権の額は7500万円であるとの認定がなされ、Xの請求を全部認容する判決が言い渡された(なお20×9年9月18日確定)。Xは、20×9年6月30日、第1訴訟における裁判所の認定に沿って、第1訴訟で訴求していなかった売掛金債権の残額2200万円の支払を求める訴え(第2訴訟)を提起した。これに対し、Yは、本件催告から6カ月以内に民法147条1項各号、148条1項各号、149条所定の時効の完成猶予の措置を講じなかった以上は、残額については消滅時効が完成していると主張して、時効の援用をした。第1訴訟の提起による時効の完成猶予の効力が、第2訴訟についてでも及ぶかについて検討せよ。●参考判例●① 最判昭和34・2・20民集13巻2号209頁② 最判平成28・6・6民集67巻5号1208頁●解説●1 訴え提起による時効の完成猶予の範囲訴えの提起がなされることによって、訴訟係属に伴う訴訟法上の効果のほか、一定の実体法上の効果も生じるとされており、その代表的なものが時効の完成猶予(民法147条)である。訴えの提起によって時効の完成が猶予される根拠については、訴えが権利者の確固たる権利主張の態度と認められるがゆえに求める見解(権利行使説)と、判決によって訴訟物である権利関係の存否が確定され、継続した事実状態が既判力によって否定されることに求める見解(権利確定説)との対立が古くから存在する。2 訴え提起による時効の完成猶予の及ぶ範囲民法147条1項1号が定める裁判上の請求による時効の完成猶予は、本来権利を主張する者が訴訟として特定の請求権を行使する場合を予定していると考えられる。したがって、訴え提起によって時効の完成猶予の及ぶ範囲は、当該訴えにおいて定立された訴訟物の範囲と一致するのが本筋と思われる。しかしながら、従来の裁判例の中には、訴訟物として直接主張されていなかった権利関係であっても、時効の完成猶予の対象となることを認めた判例が少なからず存在する(なお、以下の取り上げる上述の裁判例はいずれも現行民法以前のものであることから、引用も時効中断という用語で紹介することをお断りする)。大別して、①当該訴訟における被告の権利主張等に時効中断を認めたもの(原告の提起した給付訴訟において被告により主張された求償権の長井に当該被担保債権の時効中断の効力を認めた事例(最大判昭和38・10・30民集17巻9号1223頁)など)、②訴え提起の時点では権利行使されてない訴訟物と異なる他の訴訟物についても時効中断を認めたもの(最判昭和38・1・18民集17巻1号1頁、最判昭和62・10・16民集41巻7号1497頁、最判平成10・12・17判時1664号59頁(裁判上の催告)、といった2つの類型に分類される。②類型に属する事例について時効の完成猶予の及ぶ範囲の拡張を認めるめには、前訴と後訴との訴訟物の同一性を基準とするという考え方からの脱却が求められるが、裁判例の傾向としても、両請求の「請求原因の共通性」を「経済的利益の共通性」という観点から、時効の完成猶予の及ぶ範囲の拡張の当否を考えるべきという方向にあるものと評価できよう。3 裁判上の催告②で掲げた②の類型に属する裁判例のうち、「裁判上の請求=訴訟物」という図式を緩和するために、裁判上の請求概念を拡張するという考え方や裁判上の請求に準ずる効力を認めるという考え方のほかに、裁判上の催告という概念を用いるものもある。もともと、裁判上の催告という概念は、訴えによる権利主張はあったが結局実体判断に至らなかったような場合(訴え却下、相殺の抗弁につき実体判断がされなかった等)に、裁判上での確認は至っていないがその主張は裁判外の催告よりもはるかに明確な権利主張であり、強い権利主張として訴訟係属中は催告が継続するものと考えるべくとして、訴訟終結後も6か月以内に訴えを提起すれば時効の完成猶予(当時は時効中断効)は維持されるものとして提唱されたものである(我妻榮『新訂民法総則』[岩波書店・1966]219頁以下参照)。この考え方は、改正前民法149条を補完するものともいえ、必ずしも訴訟物の異なる請求による時効の完成猶予の及ぶ範囲の拡張という問題解決のために用いられることを想定していなかったのではないかと推察されるが、論者である我が国では、この考えを押し及ぼすことにより、明示的一部請求の提訴により実際には主張がなかった残部請求についても時効の完成猶予の効果を維持できるとした。なお、改正民法においては、解説論として認められていた裁判上の催告という概念を立法的に認めるに至った(改正民法147条1項柱書後段)。ここから、従来の裁判例において裁判上の催告を用いて時効の完成猶予の拡張を認めてきた事案については、改正民法の下においても影響はないものと思われる。4 一部請求訴訟による時効の完成猶得の及ぶ範囲本問のような、数量的に可分な請求権についての一部の請求後に残部請求求であるかが明示されている場合には、残部の支払を求める後訴提起を認める立場による場合は、明示による訴訟物の分断を認めることになる(→問題28)ことから、②の類型と同様の問題意識が生じてくる(他方、一部請求による訴訟物の分断を認めない見解に立つと、一部請求訴訟による時効中断も債権全体に及んでいくことになり、このような問題は生じない)。この問題についてのリーディングケースとされる参考判例①は、「裁判上の請求=訴訟物」という図式を堅持し、明示的一部請求の場合の訴訟物は明示された債権の一部分だけであることから、時効中断もその一部の範囲においてのみ生ずるという判断を示している。もっとも、参考判例①には少数意見が付されており、一部請求訴訟の係属中であればいつでも請求の拡張という方法で残額全部についても容易に判決を求め得る場合には、「裁判上の請求に乗るべきもの」として時効中断の残額にまで及ぶとする。この最高裁判決に対しては、明示的一部請求では残部についての後訴提起を前提としながら、その残部自体が消滅時効にかかってしまう可能性があるというのでは、右手に与えたものを左手で奪うようなものだと批判して、これに反対する見解が学説上では多数といえる(理論構成の差異により見解がさらに分かれる。詳細については、川嶋四郎「民事訴訟法・日本評論社・2013」283頁以下参照)。このような状況のもと、改正民法を考慮して、民法改正作業の過程においては、明示的一部請求訴訟提起による時効の停止(現行法では時効の完成猶予)は、債権の全部に及ぶという考え方が提案されていた(民法(債権関係)の改正に関する中間試案(平成25年3月26日決定)87の(2))が最終的には成案に至らなかった(後に触れる参考判例②のような考え方で対処可能と考えたためであろうか)。他方、参考判例②は、参考判例①を引用して、明示的一部請求に係る訴えによる時効中断は、その一部についてのみ生じ、残部について、裁判上の催告に準ずるものとして時効中断の中断の効力が及ぶものではない旨を述べつつ、①債権の一部分とその他請求とは請求原因事実を基本的に同じくする、②明示的一部請求の訴えを提起する債権者は、将来にわたっておよそ残部の請求をしないという意思の下に請求を一部にとどめているわけではないのが通常と考えられること、などを理由に、残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情がない限り、明示的一部請求の訴えの提起は、残部についても、裁判上の催告として消滅時効の中断の効力を有するべき、との判断を示した。これは、時効の完成猶予の及ぶ範囲を訴訟物の範囲よりも拡張させる近時の動向にも沿うものといえ、上述した我妻博士の理解とも親和的である。しかしながら、このような考え方に対しては、訴訟的確説の立場に優位な被告が権利主張した事実自体が却下されてしまった場合にどのような関係になるといった問題点や両請求の「請求原因の共通性」を適用することには疑問も見せられている。また、両請求の「請求原因の共通性」や「経済的利益の共通性」という観点から、時効の完成猶"予の範囲の拡張の当否を考えるべきという傾向があることを踏まえても、一部請求と残部請求とでは経済的利益は実質的であり、一部請求の訴えによる残部に対する時効の完成猶予の拡張は認められないのでは、といった指摘もなされている。なお、従前より裁判上の催告と称されてきた概念は、改正民法においても同様の考え方が立法的には採用されたといえるが(民法1条1項柱書後段)、明確には「裁判上の催告」という語を用いてはあおらず、この場合も含めて「裁判上の請求」として立法されている。したがって、改正民法下においても参考判例②の法理は基本的に妥当すると考えられるところ、明示的一部請求の訴えの提起によって、特段の事情がない限り、残部についても「裁判上の請求」(同条1項1号)があったものと表現するということにだろう(潮見佳男『民法(全)第3版』(有斐閣・2022)102頁参照)。5 催告の繰返しと時効の完成猶予参考判例②は、明示的一部請求の訴えの提起によって、残部について、裁判上の催告として時効の完成猶予を認めていることから、この判決の射程を及ぼすためには、債務者としては、明示的一部請求訴訟の判決確定後6カ月以内に、改めて残部についての時効の完成猶予の措置を講じなければならないことになる。ただ、本問のように、消滅時効の完成直前に債権全体について裁判外の催告(本件催告)があり、その6カ月以内に残部について裁判上の催告がなされたものと判断されるところは、残部については催告の繰返しがなされた状態となる。民法150条2項は、催告の繰返しを認めてもいつまでも時効が完成しないという問題を避けるために催告についてはその効力を認めないとする従来の判例法理の一般的な理解を明文化しているが、同条項が想定しているのは、裁判外の催告が繰り返された場合であって、本問のような再度の催告がいわゆる裁判上の催告である場合にも時効の完成猶予の効力が無条件に解除されることになるかについては、解釈に委ねられることになる(→問題19)。参考判例②は、本問類似の事案において、本件催告から6カ月以内に旧民法153条所定の措置が講じられなかった以上は、残部については消滅時効が完成したと判断し、再度の催告が裁判上の催告である場合にも催告の繰返しにあたるとの判断を示しているが、現行民法下においてもこの判断が妥当かどうかは別に検討する必要があろう。他方、本問のような事情(消滅時効の完成前に裁判外の催告がなされている)が存在するような場合にあっても、債権者に残部について時効の完成猶予を安定的に与えるべきとする場合には、参考判例②のような裁判上の催告概念を用いた処理ではなく、一部請求訴訟の提訴によって残部についても当然に裁判上の請求があったとする理論構成が別途求められることになる。●参考文献●中島弘雅「訴訟による時効中断の範囲」新堂幸司ほか編『中野貞一郎先生古稀祝賀・判例民事訴訟法の理論(上)』(有斐閣・1995)321頁以下 / 鎌田薫ほか『民法改正(第2版)』(日本評論社・2010)191頁以下[山本和彦]/ 山本和彦「いわゆる明示的一部請求と残部についての消滅時効の中断」金法2001号(2014)18頁以下(畑 宏樹)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

任意的訴訟担当

公開:2025/10/20

A国は、日本で国債を発行し、多数の日本の個人や企業がそれを購入していた(いわゆるサムライ債)。この発行の際、A国は、債券の内容等を債券の要項で定めた。B銀行との間で、Bを債券管理会社として管理委託契約を締結した。本件管理委託契約には、債券管理会社は、本件債券保有者のために本件債務に基づく弁済を受け、または債務を保全するために必要な一切の裁判上または裁判外の行為をする権限および義務を有する旨の条項があった。本件要項は、本件債務の内容のほか、上記債権条項の内容を含むものであり、発行された本件債券の券面裏にその全文が印刷され、本件債権者に交付される目論見書にも本件債権条項を含めてその実質的内容が記載されていた。その後、A国は債券の元利金の支払をしなかったため、B銀行は、債券管理会社として本件債券保有者のために、A国に対し、債券元利金の支払を求めて訴えを提起した。B銀行に請求の根拠は認められるか。■参考判例■① 最判平成45・11・11民集24巻12号1854頁② 東京高判平成8・11・27判時1617号94頁③ 東京高判平成8・3・25判タ936号249頁④ 最判平成28・6・2民集70巻5号1157頁●解説●1 代理と訴訟担当民事訴訟において、他人の権利や法律関係について訴訟を追行できる場合として人事訴訟がある。代理は、他人を当事者として本人がその代理人として訴訟を追行する場合であり、訴訟担当は、他人の利益の帰属主体としながら本人が当事者として訴訟を追行する場合である。代理および訴訟担当ともに、本人の訴訟追行権が他人の意思・授権に基づくかどうかによって、法定代理ないし法定訴訟担当と訴訟代理ないし任意的訴訟担当とに区別される。このうち、法定代理は、訴訟上の代理人の代理権が当事者の意思に基づかない場合をいい、親権者・後見人・不在者財産管理人など実体法の法定代理人と、訴訟法上の特別代理人(35条)に分かれる。法人や法人格なき団体の代表者も、法定代理人と同視され、法定代理に関する規定が準用される。また、法定訴訟担当は、当事者の訴訟追行権が利益帰属主体の意思に基づかない場合をいい、破産管財人や訴訟追行の差押債権者など財産の管理処分権が実体法上第三者に帰属する場合と、人事訴訟における検察官・成年後見人などの職務上の当事者に分かれる。他方、訴訟代理は、訴訟上の代理人の代理権が当事者の意思に基づく場合をいう。訴訟代理人には、訴訟追行の委任を受けて代理権を授与される訴訟委任による代理人と、当事者の意思によって一定の法的地位(支配人・船長等)に就くことによって法令上当然に代理権を授与される法令上の訴訟代理人に分かれる。訴訟委任による訴訟代理人は原則として弁護士でなければならないという弁護士代理の原則が適用になる(54条1項本文)。訴訟委任による代理人を法律の専門家である弁護士に限定して、当事者の保護および訴訟手続の円滑な進行を図る趣旨である(ただし、簡易裁判所においては、裁判所の許可により、弁護士でない者も代理人となることができるが認可の可能性は低い)。同原則により、弁護士でない者による訴訟代理は、手続の安定の要請と代理人ができるとされる行為に対する信頼に基づき、その範囲は包括的なものとされ、これを個別的に制限することは許されない(55条3項)。ただ、上訴の提起や訴えの取り下げなどとくに重要な行為については、当事者の保護のため、その特別の委任を要するものとされる(同条2項)。最後に、任意的訴訟担当は、当事者の訴訟追行権が利益帰属主体の意思に基づく場合をいう(判例などでは「任意的訴訟信託」と呼ばれていることもある)。が、現在では「任意的訴訟担当」という呼び方が一般的である)。民事訴訟法その他の法令に明文の定めのある場合として、選定当事者(30条)、手形の取立委任裏書人(手形18条)、サービサー(債権管理回収業に関する特別措置法11条1項)などがある。このうち、選定当事者の制度は、共同の利益を有する多数の者が当事者適格を有する場合に、その中から1人または数人を選定して、選定された者が全当事者のために訴訟を追行する制度である。これによって、多数の者が当事者となる負担を軽減するとともに、訴訟手続の単純化を図ったものである。近時はさらに、当事者になっていない者も固有の利益を害されるとして訴訟追行の選定をすることができると認められ(30条3項)、その活用が図られている。このように法定された事案の場合以外に一般的にいかなる場合に任意的訴訟担当が認められるかについては、明文の規定がない。そこで、上記の訴訟代理の制度などとの関係で、どのような権限でどのような要件の下に任意的訴訟担当が認められるのかが問題となる。特に、選定当事者制度との関係では、担当者となるべき者が本来の当事者適格を有していない場合が問題となる。本問はそのような点を問題とするものである。2 任意的訴訟担当が認められる要件任意的訴訟担当について、かつての判例は、厳格な態度をとっていた。すなわち、組合の業務執行組合員が全組合員の授権に基づき任意的訴訟担当を行う場合について、組合の代理人または各組合員の選定当事者としてであればともかく、任意的訴訟担当によることは許されないとしたものがあった(最判昭和37・7・13民集16巻8号1516頁)。しかるに、そのような姿勢を大法廷判決によって正面から転換したのが、参考判例①である。この判例は、建設工事共同事業体(いわゆるジョイントベンチャー)という民法上の組合について、自己名義で請負代金の回収や瑕疵の修理をする権限を有していた者が、他の組合員から授権を受けて、実質的には当該組合として施工の契約利益により生ずる損害賠償を求めた事件において、当該原告の原告適格を認めた。そこでは、選定当事者の制度が存在するが、これは任意的訴訟担当が許される原則的な場合をすでにまとめており、それ以外の場合に任意的訴訟担当が許されないと解すべきではないとする。そして、任意的訴訟信託は、民訴法が訴訟代理人を原則として弁護士に限り、また、信託法11条(現行10条)が訴訟行為をさし止めることを主たる目的とする信託を禁止している趣旨に照らし、一般的にこれを許容することはできないが、当該訴訟の追行のような制限を回避、潜脱するおそれがなく、かつ、これに代わるような制限を回避、潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める必要性のある場合には許容するに妨げない」と判示した。そして、本件では、組合の業務執行組合に対する構成組合員からの任意的訴訟担当を認めている。上記のような規律の潜脱のおそれはなく、合理的必要性を欠くものでもないので、任意的訴訟担当が認められるとした。すなわち、参考判例①は、民事訴訟法上の弁護士代理の原則と信託法上の訴訟信託の禁止が任意的訴訟担当を無制限に許容できない根拠としながら、①そのような規律の潜脱を回避・潜脱するものでないこと、②それを認める合理的必要性があることを要件に、(選定当事者によらない)任意的訴訟担当を認めたものである。同判決は、裁判所として初めて、任意的訴訟担当が認められる要件を示したもので、その後の裁判例や学説における議論に大きな影響を与えた。しかしながら、上記の要件は極めて一般的であり、また価値判断を伴うものであることは否定できない。そのため、下級審裁判例も事案に応じた個別的な判断をしているように見える。例えば、参考判例②は、参考判例①と同様に、組合の業務執行組合であるが、明示的な形で訴訟追行の授権がされていない場合においても、任意的訴訟担当の成立を認めたものである。他方、参考判例③は、コンピュータの保守業者がユーザーのために損害賠償金の支払を求めた事案において、合理的必要性を欠くものとして任意的訴訟担当の成立を否定した。学説からは、判例について、被信託者が共同利益者の一員である場合には原則として許容される一方(参考判例①のほか、東京地平2・10・29判時1378号117頁、東京地判平成8・8・27判時1429号100頁など)、被信託者が共同利益者以外の場合には個別判断で例外的に許容される(参考判例③のほか、東京地判平成14・6・24判時1809号80頁、東京地判平成17・8・31判タ1216号312頁、東京地判平成17・8・31判タ1208号247頁など)、また、団体がその構成員の権利について訴訟する場合に消極的と解されている(東京高判平成3・8・27判時1425号94頁、東京地判平成17・5・31訟月53巻7号1937頁など)以上の分析につき、特に八田・後掲60頁参照)。3 本問の考え方本問と同様の事案については、参考判例①がある。同判決は、参考判例①の一分説を引用する。そして、問題となった授権の有無に関して、このような管理委託契約を本件債券保有者のために締結するための契約と解する。そして、本件要項は本件条項の内容を構成し、本件債券保有者に交付される目論見書等にも記載されていた。社債に類型した本件債券の性質から、本件授権条項の内容は本件債券保有者の合理的意思に違うと解する。以上から、本件債券保有者は、本件債券の購入に伴い、本件条項に係る訴訟追行の意思表示を本件管理会社に信託的に委託することについて受益の意思表示をしたものと解し、訴訟追行権の授権を認めた。受益者が拡散して個別的把握が現実的ではないという本件の特殊性に鑑み、約款と同様の手法で、アクセス可能性と内容の合理性から受益者の合理的意見を推認し、授権の意思表示を認めたものといえる。次に、授権の合理性については、本件債券は多数の一般公衆に対して発行されるものであるから、本件債券保有者が自ら適切に権利を行使することは合理的に期待できないことを前提に、本件債券と社債との類似性に鑑み、合理性により本件債務について社債管理会社に類した債券管理会社を設置し、社債の規定に倣った本件授権条項を設けるなどして、訴訟追行権を認める仕組みが構築されたとする。そして、管理会社はいずれも銀行であって実務法に基づく規律・監督に服することや、本件管理委託契約上、公平誠実義務や善管注意義務が認められることなどから、管理会社において本件債券保有者のために訴訟追行権を適切に行使することが期待できるとして、合理性要件も充足し、結論として、管理会社の訴訟追行権を認めることは、弁護士代理の原則の回避や訴訟信託の禁止の潜脱のおそれがなく、これを認める合理的必要性があるとして、管理会社の原告適格を肯定した。ここでも、会社法上の社債権者(会社法702条以下)と同様の仕組みが契約でとられていること、特に公平誠実義務や善管注意義務が課されていることから、授権の合理性を肯定したものである。以上のような参考判例④の趣旨は、本問の事例の場合にも妥当するものと考えられ、したがって、本件管理契約の中の社債管理会社の規律と同様であり、公平誠実義務や善管注意義務を定めているようなものであれば、任意的訴訟担当の成立を認めてよく、X銀行の原告適格を認めることになるといえよう。個別判断は、債券の範囲や経済的動向(時効中断のためのもの)といった個別事情は基本的に考慮していないので、本件設例の債券保有者の性質や特殊個別事情が追いつめられた等の個別事情による場合は分けて考えるべきであろう。なお、サムライ債の発行が多数に及び、一般投資家もそれを購入している状況で、その内容を個別契約的に尋ねている現状には批判もあり得、会社法と同様の明文規定を求める立法論も考えられる(仮に会社法705条1項のような全文が設けられたれば、Xの原告資格は法定訴訟担当として基礎付けられることになろう)。●参考文献●八田卓也・参考60頁 / 中本富美子・百選26頁 / 水元宏典・百選30頁 / 山本克己「民訴法上の訴訟の地位(1)」法教286号 (2004) 72頁(山本和彦)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

法人でない社団の登記請求権

公開:2025/10/20

X会は、P会社の従業員で構成される法人でない社団団体であり、構成員は常時500名を超える。Xの現在の代表はAである。規約によれば、Xの意思決定機関は年1回開催される総会であり、出席者の過半数の賛成により決議がなされる。Aは、X専用の会館の建設を企画し、その用地として土地所有者Yから1億円で購入することを総会に諮ったところ、過半数の賛成を得て可決された。そこでAは、XY間で甲の売買契約を締結し、1億円をYに支払った。その後、Yが甲の所有権移転登記に応じないので、Aは、XY間の売買契約の成立を主張して、A名義への所有権移転登記手続請求の訴えを提起した。訴状の原告欄には「X 上記代表者A」被告欄には「Y」と記載され、また、Xが上述の性質を有する団体である旨も記載されている。Yは、「本件訴えの原告適格はXには認められないから、本件訴えは却下されるべきである」と主張した。証拠調べを経て、裁判所は、Xが民事訴訟法29条の適格のある社団であることを前提としたうえで、Aの本案に関する主張はすべて認めることができ、Yは甲の所有権移転登記手続に協力する義務があると判断するに至った。裁判所は、どのような判決をするべきか。■参考判例■① 最判平成6・5・31民集48巻4号1065頁② 最判平成23・2・15判時2110号40頁③ 最判平成26・2・27民集68巻2号192頁●解説●1 法人でない社団の当事者能力と当事者適格本件X会は法人格のない社団であり、民事訴訟法29条の適用を受けると考えられる(最判昭和32・12・18民集12巻12号2422頁、最判昭和39・10・15民集18巻8号1671頁等) [→問題27]。同条の趣旨は、法人でない社団であっても、それが1個の社会実体として活動し取引主体となることがあると想定され、そのような社会実体を訴訟上にも反映させることが紛争の相手方にとっても便宜であることから、一定の要件を満たす社団には当事者能力を認めるものである。本件は、判例等により確立された同条の要件を満たすと考えられるので、まず、当事者能力を認めることができる。問題は、登記請求権を訴訟物とする裁判訴訟の原告適格を認めることができるか、である。民事訴訟法29条の趣旨を単純に当てはめれば、Xに原告適格を認めてよいようにもみえるが、いくつか検討すべき点がある。まず、Xに権利能力を認めることができるかが問題となる。権利能力がないとすれば、給付請求訴訟判決が確定しても実体権の帰属先が存在しないから、請求を認容判決を下せないからである。そこで、誰を実体権の帰属主体とし、それとの関係で、Xに原告適格を認めるとすればどのような根拠に基づくかを検討する必要がある。また、不動産登記については、不動産登記法上、登記申請者・義務者の本人確認を要するが、法人でない社団に関しては、社団および代表者の証明について、法人登記簿のような定型的で蓋然性の高い審査資料を登記官に提出することが困難との実情がある。そのため、登記実務・判例とも、法人でない社団(X)または社団代表者Aの肩書きのついた個人名義(X代表者A)の登記のいずれも否定してきた(判例①・6・2民集26巻5号957頁)。したがって、Xが原告適格を有するとしても、A個人名義への移転登記を求めざるを得ないが、そのような請求の意義に問題点を検討を要する。さらに、当事者適格の議論において検討された訴訟担当による訴訟追行も可能か(特に非典型任意的訴訟担当とすれば、訴訟の相手方は訴訟法による法的安定性を期待するが、他方で、X構成員が別個訴訟を提起することができなくなるのはなぜか、その理由を説明する必要があろう。2 社団固有財産に係る登記請求訴訟の原告適格(1) 登記請求権の権利主体と原告適格 民事訴訟法29条の適用のある社団に実体法上の権利能力がないとすると、上記のとおり原告適格を認めても訴訟判決を得ることができず、両者の実質的な意義が失われるとして、当該事件限りで権利能力を有するものとする考え方も有力に主張されてきた。しかし、判例は、このような考え方を採用せず、社団の財産は、その構成員全員に総有的に帰属されると解している(最判昭和32・11・14民集11巻12号1943頁、最判昭和55・2・8判時961号60頁参照)。したがって、いわゆる管理処分権を前提として当事者適格を考えるならば、土地甲の移転登記請求の訴訟の訴えは、X構成員全員が共同原告として行わなければならないことになる。もっとも、そのためには500名以上の会員全員が共同原告になるに同意しなければならないし、多数の当事者の間で訴訟資料や訴訟記録の統一化を図るために手続が煩雑となるおそれがあり、現実的ではない。そこで、判例は、次のような判断を示して、この問題に手続的に対応してきた。すなわち、①X代表者は、構成員全員のために包括的に当該不動産の登記名義人とみなしたのであり、移転登記請求訴訟の原告適格が認められる(最判・昭和判昭和47・6・2)。新代表者の下で移転登記請求の訴訟における中断である。参考判例③が引用されている、②Xの総会決議により登記名義人とされた構成員は、構成員の全員(総有権者)から登記名義人となることを委任(実体法上の委任)され、登記請求訴訟を自己の名において追行する権限を与えられている(訴訟遂行権の授権)から、自己への移転登記手続請求の訴えの原告的確が認められる(参考判例③)。③権利能力のない社団の構成員全員に総有的に帰属する不動産について、実質的には当該社団が所有しているとみるのが紛争の実態に即していることを前提として、X自身に原告適格を認める(参考判例③)と判断してきた。結局、判例は、社団代表、規約に基づく決議により授権された者は、社団自身にも原告適格を認めるに至ったことになる(なお、最判・昭和判昭和47・6・2は、傍論において、社団自身の規約の定めるそれでは、これらの判例において、原告適格はどのような性質のものと解されているか。当事者適格の考え方として管理処分権を前提とするならば、登記請求権が構成員全員の総有に属するかによると、上記①~③で整理したように、判例が示す原告適格はいずれも構成員全員を被担当者とする訴訟担当と考えられる。その根拠として、任意的訴訟担当または法定訴訟担当が考えられるが、見解は分かれる。①最判・昭和判昭和47・6・2が「社団構成員全員のために固有不動産は、右構成員全員のために信託的に社団代表者個人の所有とされる」と論じている構成員全員のために信託的に社団代表者個人の所有とされる」と論じている点や、②(参考判例①)が総会決議における委任・授権を認定している点からは、任意的訴訟担当と解することも可能である。もっとも、任意的訴訟担当は、本来被担当者が担当者の授権に働きかけられるところ(明文の任意的訴訟担当の規律として、30条参照)、総会決議は規約の定める割合の賛成を得れば成立するから、決議に反対した構成員も被担当者となるかが問題となりうる。この点については、社団という概念は、構成員全員の意思をとりまとめる機能を説明する意義があるとしたうえで、とくに団体の強い結合という共同所有形態においては、その必要性が顕著であると説明することもできよう。他方、法定訴訟担当とをとれば、上記の議決反対者の問題をクリアすることができる。また、参考判例①③が、決議等の授権に関する事実を認定せず、登記手続・訴訟手続の便宜・安定の観点から社団の原告適格を認めていることからも、判例が明文の規定のない法定訴訟担当を創設したものと解することもできよう。③判決は、「当事者適格は、特定の訴訟物について、誰が当事者として訴訟を追行し、また、誰に対して本案判決をするのが紛争の解決のために必要で有意義であるかという観点から決せられるべき事柄である」として、実質的な権利の帰属や管理処分権にふれていないことも特徴的である。とはいえ、同判決は上記②の点を指摘したわけではないし、事実との関係で授権を要しない(固有財産の処分に関する決議があれば足りる)と判断したことによるものと考えられよう。ところで、上記の説明は、X構成員を被担当者とする訴訟担当が、Xの訴訟追行および人の登記保持を含む包括的なものであることを前提としている。これに対して、A個人のへの移転登記を求める訴えにおいては、XのほかにもA構成員からの授権を得ているものとして、いわば二重の訴訟担当がなされていると解する考え方もありうるように思われる(2参照)。なお、Xが法人でないことから生ずるもう1つの違いとして、AがX代表として訴訟追行をする際の資格の問題がある。参考判例①は、法人でない社団が総有権確認の訴えを提起する際に原告適格を有する判断をしているが、その訴訟で際に訴訟追行を担当する社団の代表者については、規約上、財産の処分に必要とされる決議等による授権が必要と判断している。法人の代表であれば当然に訴訟追行が認められることとの相違に留意すべきであろう。(2) 社団代表者への移転登記に伴う問題 上述の通り、Xの請求はAへの移転登記を求めるものであり、確定した請求認容判決を債務名義とすることによって、A個人の名義で所有権移転登記がなされることになる(この場合の執行は、民事執行法174条1項本文により、裁判の確定と同時にYの意思表示の擬制の効果が生ずるから、Aが承継執行文(民執27条2項)を得る必要もない)。そうすると、A固有の債権者が、土地甲を引当財産として強制執行をする等のおそれも否定できない。これは、Xが法人でないために生ずる問題であるが、民事執行法上は、Xが第三者異議の訴えを提起してXの所有権を主張し、強制執行の不許可を求める方法が用意されている(民執38条1項)。さらに、Xの債権者がXの所有する不動産(登記名義はA)に対して強制執行をする場合の執行方法についても、やはり所有権の帰属と登記名義人のずれが問題となるが、これについては、最判平成22・6・29(民集64巻4号1235頁)[→問題27]を参照されたい。(3) 社団を原告とする判決の効力 Xに原告適格を認めた場合に、その判決の効力、とくに既判力はX構成員に及ぶと考えられるか。この問題が論じられるのは、とくに相手方が勝訴した場合であるが、X構成員、とくに決議に反対した構成員による再審を封ずることがXY間の公平に適うと考えられる。そうでなければ、YはX構成員の数だけ応訴しなければならないからである。他方、X構成員の不服申立権は、X内部の意思決定の瑕疵は、X内部の意思決定の問題に収れんすると考えるべきであろう(したがって、解釈上Xの構成員の授権が認められない場合やXの意思決定手続に関する規約に問題があったりその不遵守がある場合には、Xの原告適格(場合によっては当事者能力)が認められないとの結論もあり得よう。X構成員への判決の効力について、Xの原告適格として訴訟担当構成を採る場合には、構成員は被担当者として判決の効力を受けることになる(115条1項2号)。上述のように、任意的訴訟担当構成において、決議に反対した構成員に判決効を及ぼすことには困難もあり、社団の性質や共同所有形態によって個別の判断を要する場合もあり得よう。これに対して、Xに事件限りの実体権の帰属を肯定する考え方を前提とする場合には、判決効はXのみに及び、構成員への判決の効力は、いわゆる反射効ないし判決の反射的効力で説明されることになる[→問題25]。以上より、本設問の裁判所は、Xの原告適格を認めて、請求認容判決をすることができると考えられる。その主文は、「被告YはAに対し、別紙目録記載の土地甲について、年月**日付け売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ」と記載されることになる。「X代表者A」に対する移転登記手続ではないことに注意されたい(参考判例③参照)。■参考文献■工藤達雄・百選22頁 / 染井善治「不動産登記訴訟における権利能力なき社団の当事者適格」法教409号 (2014) 63頁 / 山本和彦「法人格なき社団をめぐる民事手続上の諸問題 (10)」 法教374号 (2011) 127頁・375号141頁(山田・文)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5
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