弁護士の法律知識
ホーム 弁護士の法律知識

違法収集証拠

公開:2025/10/20

XとSは夫婦であるが、Sが職場の同僚であるYと不貞行為をしたことを理由に、相手方Yに対して、損害賠償を求める訴えを提起した。XはSとYの不貞行為を立証するために、Sが就寝中に、Sが枕元に置いていたスマートフォンを勝手に閲覧してSとYとの間で交換されたSNS上のやりとりを入手しようとした。その際、これに気付いたSとの間でもみ合いになったが、XはSを殴打して無理やりこれを取り、やりとりを撮影して、これを証拠として提出した。Yはこの証拠は不法であるから却下すべきであると主張した。裁判所はこの証拠をどのように扱うべきか。参考判例① 東京高判昭和52・7・15判時867号60頁② 東京地判平成10・5・29判タ1004号260頁解説1 違法収集証拠とは違法収集証拠とは、実体法規に違反して獲得された証拠方法を指す。刑事訴訟手続では、違法に収集された証拠については、公判手続においてその証拠能力を否定する違法収集証拠の排除法則が判例上発展してきた。これは、国家の捜査機関による違法な捜査手続きを抑止し、適正な裁判を保障することが、憲法上の要請であるからである(憲31条・35条)。これに対して、民事訴訟は私人対私人の訴訟であり、違法な証拠収集を禁止する要請はそれほど強くない。また、民事訴訟法では、証拠能力に関する規律は特に用意されておらず(例外は160条3項・188条・352条1項・371条、民訴規15条・23条1項)、このことから、違法収集証拠であっても証拠能力は当然には否定されないと考えられてきた。しかしながら、一方当事者が違法に収集した証拠を無制限に許容すると、当事者間の公平を害するのみならず、公共の適正な裁判にも反する。つまり、司法に対する国民の信頼を損なう可能性もある。そのため、民事訴訟においても、違法な証拠収集と提出を無制限に許すことはできない。これを抑止する方法としては、違法収集証拠の証拠提出を権限の濫用に評価して証拠申請を却下し、あるいはその立証価値を否定して、処遇することも考えられる。また、立証価値としては、証拠収集制限を処遇として、違法に証拠を収集できる手段を働くことより、違法な手段を用いて証拠を収集する必要性をなくしていくことも考えられよう。ただし、現在では、端的に違法収集証拠の証拠能力を制限すべきであるという考え方が有力に主張されている。2 違法収集証拠の証拠能力をめぐる裁判例実務では、古くから、相手方当事者や第三者の会話を無断で録音したデータやそれを反訳した文書を提出する例や、他人の日記やノートを盗んでこれを提出する例がみられた。最近でも、離婚係争の訴訟で、相手方当事者の携帯電話の通信履歴や、スマートフォンやパソコンの電子メールの内容等を勝手に閲覧して情報を取出し、これを文書として提出したりする場合があり、下級審裁判例では、これらの証拠能力が争われてきた。ただし、違法収集証拠の証拠能力に関しては裁判例はない。下級審裁判例は、一般論としては、一応の場合には証拠能力が制限されるとしつつも、結論として証拠能力を肯定するものが多くみられる。例えば、参考判例①は、芸人である当事者の担当者との面談における会話を密かに録音したテープの証拠能力が問題となったケースにおいて、一応論として、「証拠が、著しく反社会的な手段を用いて、人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採取されたものであるときは、それ自体違法の評価を受け、その証拠能力を否定されてもやむを得ない」としつつも、このケースではその録音の手法が著しく反社会的なものと認められる事情はないとして、証拠能力を肯定している。このように、人の精神的・肉体的自由を拘束するなどの人格権侵害があったかという点(被侵害利益)に加えて、収集手段が著しく反社会的な手段を用いて行われたか(手段の相当性)を考慮して、証拠能力を判断する枠組みは他にもみられた(名古屋判平15・2・18判時1800号128頁、東京地判平成18・2・6LLB・DB判例番号)。また、無断録音テープの証拠能力が問題となったケースでは、人格権の侵害の事実のみならず、それを正当化する会話の内容、証拠の重要性、会話の内容の秘密性を総合的に考慮して判断するものもあった(大阪地判昭46・11・8判時656号56頁、福岡高判昭59・8・10判時1135号98頁)。他方で、証拠の収集対応の社会的相当性の有無を考慮する例もみられる。例えば、参考判例②は、夫が妻の不倫相手を被告として提起した慰謝料請求訴訟で、夫が離婚係争の準備として弁護士に差し出したか、手元にある妻と作成した大学ノートが、妻によって持ち出され、被告から書証として証拠申出されたところ、「当該証拠の収集の仕方が社会的にみて相当性を欠くなどの反社会性が高い事情がある場合には、民事訴訟法2条の趣旨に反し、当該証拠の申出は却下すべき」としている。勝手に信書が持ち出された例(名古屋地判平成3・8・8判タ149号151頁)や、電子メールが無断で開示された例(東京地判平成17・5・30 LLB/DB判例番号)において、同様の基準が用いられている。無断録音のケースにおいては人格権侵害の有無に加えて、証拠収集方法の社会的相当性等も検討し、手紙やメール等を無断で提出するようなプライバシー侵害のケースでは、収集方法の相当性に着目する傾向もみられるが、違法収集証拠の証拠能力に関して統一的な基準が立てられているわけではない。3 違法収集証拠の証拠能力に関する学説学説では、古くは、違法収集証拠の証拠能力を無条件に肯定し、違法に証拠を収集した者に対しては民事、刑事責任を別途追及すれば足りという見解もみられたが、最近では何らかの形で制限を認めようとする見解が多い。ただし、制限の根拠、根拠とする法規は区々に分かれる。例えば、違法収集証拠の権利が制限される根拠としては、実体法と訴訟法の秩序の統一性を理由に、実体法に違反した収集された証拠は、訴訟法上も違法と考える考え方がみられる。ただし、この考え方に対しては、体系的な違法判断を訴訟法的なそれと同一視する必要性はないとの批判がある。そのほかにも、当事者間で妥当する「論争のルール」に照らして、個別に違法収集証拠の許容性を判断すべきであるという見解もあるが、証拠を排除する具体的な基準を明らかではない。違法な証拠収集行為は、相手方当事者や裁判所に対して、信義に従い誠実に民事訴訟を遂行しなければならない義務(2条)に反するので、その結果収集された証拠方法を用いることも許されないという見解もある。証拠排除の基準が明らかにならないという問題は残るが、後述のように諸要素を比較衡量して証拠排除を決定する見解に比較的好意的なものといえる。当事者像の1つである証明権の内在的制約として証拠能力を否定する見解もあり、この見解によれば、違法収集証拠の証拠能力は基本的に否定される。同様に排除の証明権を明確な基準として、例えば意図に反して収集された証拠(違憲収集証拠)の証拠能力は否定されるという見解も有力である。例えば、憲法上保障されている人権侵害があった場合は証拠能力が否定されるが、それ以外の場合であっても、侵害利益の重大性と、原告の権利保護の必要性を総合的に考慮して証拠能力を判断すると見解や、違憲収集証拠は原則として証拠能力が否定され、証拠能力を肯定するためには、挙証者のほうで違法性阻却事由を立証する必要があるという見解である。これは、裁判官に憲法遵守義務があることを根拠とするものであるが、なぜ違法収集があった場合のみが否定されるのか明らかではない、また、違憲収集に関しては区別がないので、証拠の収集手段の重要性、真実発見の必要性(当該証拠の重要性や代替証拠の有無)、事件の性質、違法収集証拠で侵害される人格権の種類(被侵害利益の重大性)、収集の態様、違法な証拠収集の誘発を防止する利益等を総合的に衡量して証拠能力を解決しようとする見解が比較的好意。ただし、真実発見の要請と、証拠収集の重要性、訴訟の公益性等を考慮に入れると、証拠収集に対する予測可能性を欠くという問題はある。比較衡量を見る見解の中には、違法収集証拠であっても証拠能力を肯定しつつ、裁判官が証拠能力の問題として、これらの要素を勘案するばかりというものもあるが、違法収集証拠が問題として、これらの要素を勘案する考え方などにおいて、違法の程度が高い証拠の証拠能力を、裁判官が低く評価する価値は保障されないが、違法収集証拠の利用の問題として捉えるのでなく、証拠能力の問題として考えるべきであろう。最近では、被侵害利益に着目し、プライバシーや営業秘密の侵害があった場合には、本人の同意がない限り、一律に証拠能力を否定すべきであるという見解もある。現行の民事訴訟法では、文書提出義務の除外事由として、職業の秘密に関する文書(197条1項2号)や自己利用文書が挙げられているが(220条4号ニ)、後者は、プライバシーについては、強制的な開示から免れ、絶対的に保護すべきであるという立法者の意思決定がされたことの表れであるからである。4 本問の場合本問は、プライバシー侵害があった事例である。そのような場合、下級審裁判例は、収集方法が反社会的な否かに着目して証拠能力を判断しているようである。この基準を用いると、本問の場合には、XがSから暴力をふるってスマートフォンを取り上げているので、反社会的な手段によって収集された証拠と評価することができ、証拠能力を否定することできよう。他方で、多数説のように、さまざまな要素を比較衡量して決定する見解によると、加えて証拠の重要性、唯一の証拠であるかといった事情を総合的に判断して証拠能力を判断することになる。本問においても、この証拠がSの不貞行為を立証する唯一の証拠である場合には証拠能力が肯定される可能性がある。これに対して、違法収集証拠の証拠能力を否定する見解や、プライバシー侵害の場合には一律に証拠能力を否定する見解によれば、本件証拠の証拠能力は否定されることになる。参考文献重点講座46頁以下/中川・百選132頁/杉山悦子「民事訴訟における違法収集証拠の取扱いについて」高橋宏志ほか編『伊藤眞先生古稀祝賀・民事手続の現代的使命』(有斐閣・2014)311頁 (杉山悦子)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

証明妨害

公開:2025/10/20

Xは、自己所有の自動車についてY保険会社との間で自家用自動車総合保険契約(本件保険契約)を締結していたが、Xから自動車を借り受けたAが交通事故を起こし、自動車が全損したので、Yに対し車両保険金の支払を求め本訴を提起した。この中で、Yは、保険料分割払特約によると、分割保険料の支払の支払時期経過後1か月以上遅滞したときは、支払期日以降に生じた保険事故について保険金を支払わない旨の約定があったところ、Xは本件事故当時、すでに3か月分の分割保険料の支払を遅滞しており、保険金の支払義務は免れるという抗弁を提出した。これに対してXは、本件事故発生の前日に遅滞分の分割保険料相当の現金および小切手をYの保険代理店に持参したが、Yの代理店は保険料の支払について領収書に日付を記入しなかったために、支払日を立証できないと主張するとともに、このような場合にまで、Yが保険料支払を拒絶することは信義則に違反して認められないと反論した。裁判所は、YがXによる支払日の立証を妨げたことを理由に、Yの抗弁を排斥することはできるか。参考判例① 東京地判平2・7・24判時1364号57頁② 東京高判平3・1・30判時1381号49頁③ 大阪高判昭55・1・30判タ409号98頁④ 新潟地判昭和46・9・29下民集22巻9=10号1頁解説1 証明妨害理論とは証明妨害とは、訴訟当事者が、故意または過失により、相手方による証拠の収集・提出を困難にしたり妨害した場合に、その効果として、妨害された当事者の主張について訴訟上有利な扱いを認める法理である。この法理が、明文で認められている場合がある。例えば、民事訴訟法224条1項~3項によれば、当事者が文書提出命令に従わないときは、相手の申立てを妨げる目的に提出命令ある文書を滅失させたり、使用不能とした場合には、その文書に関する相手方の主張を真実と認めることができる。さらに、同条3項では、加えてその文書によって証明すべき事実に関する相手方の主張を真実と認めることもできると認める。同法208条は、当事者尋問で、当事者が、正当な理由なく出頭せず、または宣誓や陳述を拒んだときは、裁判所が尋問事項に関する相手方の主張を真実と認めることができるとし、同法229条4項も、挙証対照用文字の筆記を拒絶した場合などに、裁判所が、文書の成立の真否に関する挙証者の主張を真実と認めることができるとする。このように実体法で定めがある場合以外にも、証明妨害法理を適用することが認められるかが問題となる。例えば、医師が法律上作成を義務付けられているカルテの作成を怠ったり、破棄するなどして、患者の立証行為を妨害するような場合には、明文規定がなくても、証明妨害法理を用いて対処する必要がある。この点、一般論として、明文規定がない場合にも証明妨害法理を適用することは認められているが、その根拠・要件・効果については見解が分かれる。2 証明妨害の根拠・要件・効果(1) 根拠 証明妨害の根拠について、経験則を根拠とする見解、実体法上の義務を根拠とする見解、信義則を根拠とする見解がある。経験則を根拠とする説は、相手の証明活動を妨害するのは、それが不利な証拠である可能性が高いという経験則に基づき、妨害者に不利な扱いをすることを認めるものである。しかしながら、故意による妨害の場合はともかく、過失による妨害の場合に、このような経験則が働くとはいえず、証明妨害のすべてのケースをカバーすることはできない。そこで、実体法上当事者が証拠を保全する義務を負うとか、訴訟法上一般に、真実解明のために相手方の主張・立証活動に協力する義務があり、これらの義務に違反するという見解もある。もっとも、実体法上このような義務が規定されている場合は限られており(民 666 条・685 条等)、かつ、明確なき訴訟法上の協力義務を当事者に負わせることは困難である。そのため、当事者間の信義則(2条)を根拠に、当事者に相手方の証明活動を不当に妨害してはならない信義則上の義務を負うと説明する見解が多数である。(2) 要件 証明妨害が成立するためには、客観的要件として、①証拠方法の作成・保全する義務に違反すること、②それにより相手方の証明活動が困難になったことが必要である。例えば、土地所有権確認の訴えにおいて、被告が土地の占有を侵害して物標、道標を行い、土地の境界を明示していた境界の境界標、杭、里道などの目標を破壊して、原告の占有する土地の範囲の立証を妨害し、民法188条に基づく所有権の範囲の立証を妨害するような場合がこれに当たる(参考判例④)。また、工場が河川に有害物質を流出して周辺住民に中毒症を起こした場合に、工場内の有害物質の製造工程図を焼却したり、調査をせずにプラントを全撤去したために、工場が原因物質を排出したことの立証が困難になる場合もこれに当たる(参考判例③参照)。加えて、主観的要件として、当該違反行為につき故意・過失があることが必要である。ただし、重過失に限定するか、あるいは軽過失の場合も含まれるかについては、見解が分かれる。(3) 効果 証明妨害の効果については、さらに見解が分かれ、証明責任を妨害者側に転換することを許容する説(証明責任転換説)、自由心証の枠内で事実上の推定を行い、妨害者に有利な事実認定をすることを許容する説(事実推定説)、あるいは証明妨害がある場合に証明妨害を認めるに対しては、画一的な処理しかできないという批判があるが、証明責任を軽減する見解も、軽減の程度によっては、事実上証明責任を転換したのと同じ結果になり得る。また、事実上の推定を用いる見解は、挙証責任の証明度を下げて、相手方に証拠提出責任を課すことになるため、証明責任を軽減する見解と大差がない。そこで、最近では、裁判所が事案の不存在について証明度が達している場合でも、当該事実の存在を認定することができる、つまり、真実擬制まで認める見解も有力である。3 本問の扱い保険契約者が保険料の分割特約に基づく分割保険料の支払をその責めに帰すべき事由により支払期限より1か月を超過した場合に、保険者の保険金支払義務を免責する旨の保険約款は有効である。そのように免責がその後に発生する保険事故について保険金支払義務を負わない保険法を保険自体と状態という。保険自体と状態がなしている場合に、遅滞分割保険料等の支払があったことに理由を保険金の支払を求めるためには、被保険者は、支払が保険事故の発生前になされたことを主張・立証する責任を負う。この点のように、支払された日の保険事故の発生時と先後関係は、保険者に保険金支払義務があるかどうかの決定的な事実である。そして、被保険者の立証に困難をきたさないようにするためにも、保険者は保険契約者から遅滞分割保険料を受領したときは、保険契約者に対して、受領金額のほかはその日付を明示した弁済受領書を交付する法律上の義務がある(民486条)。保険者がその領収書に日付を記載していない弁済受領書を交付した場合には、上記義務に違反して被保険者の立証を妨害したといえる。本問では、Yにはこのような実体法上の証明方法を被保険者に違反がみられる。参考判例①ではこのような判決がなされている。また、保険者の保険契約者の無知に乗じて保険の効力を失効期間を曖昧にするようにいうまで、当事者の信義則に違反しているという評価も可能である。控訴審である参考判例①ではこの点が重視されている。いずれにしても、実体法上あるいは信義則上の証明方法の作成義務違反があり、その結果、Xが保険金支払日の立証が不可能になっている。妨害者の主張については、裁判の便宜が故意または過失に基づく場合に証明妨害があったとする見解(参考判例①)と、故意または重過失があったことの必要があるとする見解(参考判例①)がある。本問のように、領収書に日付を記載しなかった場合には、故意・重過失を認定できるようにも思われるが、参考判例①は、故意とは、「保険金を支払う結果を避けるために保険契約者の無知に乗じて保険の効力の失効期間を曖昧にする等」意図を指し、重過失とはそれと同視しうる程度のものを指すとしている。故意、重過失をこのような意味で捉えれば、本件では軽過失はともかく、故意、重過失があったとまではいえず、参考判例①②いずれの見解を採用するかによって、証明妨害の成否の判断が違ってくる。証明妨害があった場合の効果について、証明責任転換をするという見解(参考判例①)によれば、Xは保険金を請求するために、支払が保険事故より前であることを主張・立証する必要はなく、保険者であるYにおいて保険事故が保険料支払前になされたことを主張・立証しなければならない。これに対して、事実上の推定、真実擬制、証明度軽減、証明責任転換という効果を、実証事実の内容、妨害された証拠の内容や態様、当該事案における妨害された証拠の重要性、経験則などを総合考慮して裁判所が決めることができるとするすれば(参考判例②)、Xの供述の曖昧さや、支払に用いられた小切手の振出日など他の証拠も総合考慮をして、本件事故前に保険料の支払があったことを推認、あるいは擬制することができるかどうか、裁判所が裁量に基づいて判断することができる。参考文献河野憲一郎・百選122頁/山本和彦・民事訴訟法21頁 (杉山悦子)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

証明責任の分配

公開:2025/10/20

Yは、土地をXから賃借して、その上に建物(本件建物)を建築・所有している。その土地の一部をAに賃貸し、Aはその上に建物を建築した。Xは、この賃貸がXの承諾を得ずに行われたことを理由に、X・Y間の賃貸借契約を解除して、本件建物収去・土地明渡しを求める訴えを提起した。これに対してYは、転貸については事前にXの承諾があると主張して、X名義の承諾書を提出したが、第1審では鑑定の結果、承諾書の真正が認められず、Xの同意はなかったものとして請求は認容された。控訴審において、Yは、仮に無断転貸であっても、民法612条による無断転貸による解除権の発生は信頼関係を破壊させるような信義則違反がある場合にのみ認められるところ、Xはそのような事実を主張・立証していないので解除は認められないと主張した。Yの主張は認められるか。参考文献三木浩一「民事訴訟法248条の意義と機能」河野正憲ほか編『井上治典先生古稀論文集・民事紛争と手続理論の現在』(法律文化社・2008)412頁 / 山木戸克子「自由心証主義と損害認定」竹下守夫編集代表『講座民事訴訟法②』(弘文堂・1999)304頁 / 長谷部由起子「損害額の認定」法教397号(2013)15頁 / 杉山悦子・百選116頁 (杉山悦子)参考判例① 最判昭41・1・27民集20巻1号136頁② 最判昭43・2・15民集22巻2号217頁解説1 証明責任(1) 証明責任とは、裁判所は、当事者に争いのある事実については、証拠調べの結果と弁論の全趣旨を考慮して自由な心証に基づいて認定されなければならない(自由心証主義、247条)。しかしながら、証拠調べの結果と弁論の全趣旨を考慮したにもかかわらず、事実の存否・不存在について裁判官が確信を得られない場合もある。このような状態を真偽不明(ノン・リケット)という。この場合に、裁判をしないという選択肢はなく、現行法は証明という制度を用いて、事実の存否あるいは不存在を仮に定することで裁判をすることを可能にしている。証明責任とは、法令適用の前提として必要となる事実について、訴訟上真偽不明の状態が生じたときに、その法令適用に基づく効果の発生が認められないとされる当事者の負担をいう。例えば、金銭返還請求訴訟において、返還約束の事実については、原告に証明責任があり、この事実が真偽不明になった場合、金銭返還請求権の発生という法律効果が認められず、請求は棄却される。(2) 主観的証明責任と客観的証明責任 上記意味における証明責任は、裁判官が、自由心証による事実認定に努めたが、それでも真偽不明に終わった場合、つまり、自由心証主義が尽きた段階に機能するものであり、客観的証明責任とよばれる。客観的証明責任はこのように、訴訟の最終段階ですらも不利益を導く規範において機能する。これに対して、訴訟の開始段階、あるいはその途中における当事者の行為を規律する概念として、証拠提出責任(主観的証明責任)がある。証拠提出責任はさらに、抽象的証拠提出責任と具体的証拠提出責任とに分けられる。抽象的証拠提出責任は、事実が何も証明されないことによる敗訴を避けるために、証拠を提出しなければならない責任である。これは訴訟開始前から抽象的に定まっており、客観的証明責任の分配と一致する。これに対して、具体的証拠提出責任とは、ある事実について裁判官の暫定的な心証が形成された場合に、この事実が証明されることで不利益を受ける当事者が、その心証を打ち消すために活動をしなければならない責任である。これは一種の行為責任でもあり、立証の必要ともよばれる。例えば、貸金返還請求訴訟において、原告は金銭授受の事実と返還約束について客観的証明責任、抽象的証拠提出責任を負い、裁判官にこれらの事実について確信を得させるための立証活動を行わなければならないが、被告も、これらの事実について裁判官が確信を形成することを避け、真偽不明に持ち込むための立証活動を行わなければならない。当事者からは必ずしも明らかではないものの、裁判官の心証に応じて、事実上の立証の必要性が、原告と被告の間を行き来するが、これが具体的証拠提出責任である。2 証明責任の分配(1) 法律要件分類説 法律効果発生の基礎となる特定の要件事実について、客観的証明責任をどの当事者が負うのかを定めるのが、証明責任の分配である。これは、民法117条1項、453条、自動車損害賠償保障法3条但書のように明文の規定がある場合を除き、一般には法規の解釈によって定められる。通説は、実体法規をその法律効果に応じて、権利発生を基礎付ける権利根拠規定、権利根拠規定に基づく法律効果の発生を妨げる権利障害規定、いったん成立した権利を消滅させる権利消滅規定に分類し、それらが有利に働く当事者がその要件事実について証明責任を負うとする。つまり、権利根拠規定については権利を主張する者が、権利障害規定と権利消滅規定については義務者と主張する者が証明責任を負う。このように、法律効果発生の要件を分類して、それを基礎として証明責任の分配を決する見解を、法律要件分類説という。例えば、貸金返還請求訴訟においては、返還約束と金銭授受が請求権発生を基礎付けるために必要な権利根拠事実であり、請求を主張する原告たる債権者が証明責任を負う。これに対して、通謀虚偽表示による無効(民94条)を主張する場合には、これは権利発生を妨げる権利障害事実であるので、被告である債務者が証明責任を負う。また、弁済の事実は、いったん発生した金銭返還請求権を消滅させる事実であるので、権利消滅事実であり、被告たる債務者が証明責任を負う。実際には、本文ただし書、1項2項という法規の表現形式は、証明責任の分配に照応するように規定してある。本文や1項が権利根-規定である場合には、ただし書や2項は権利障害事例となる。例えば、民法585条の相殺を主張する場合、同条1項本文は権利根拠規定であり、本人の事項は、相殺の効力を主張する当事者(通常は被告)が証明責任を負う。これに対し、同項ただし書は権利障害規定であり、債権の性質上相殺が許されないことについては、相殺の効力を否定する当事者(通常は原告)が証明責任を負う。2項は1項本文に対しては、権利障害規定となり、相殺制限特約の存在を第三者の善意について、相殺の効力を否定する当事者(原告)が証明責任を負う。(2) 利益衡量説 法律要件分類説に対して、必ずしも実体法が証明責任に配慮して定められているわけではないので、実体法の規定の仕方のみで定められるのは妥当でなく、そのような規定がされた根拠を明らかにしなければならないという批判がなされ、法規の立法趣旨、当事者間の公平の観点、すなわち、証拠との距離、立証の難易、事実の蓋然性の高さなどの実質的要素を考慮して分配を決定すべきであるという有力説もあった。(3) 修正法律要件分類説 実際には、個々の法規について、利益考量を最大限に働かせる考慮をしつつもアドホックに証明責任を判断することは困難であり、原則、前提として法律要件分類説を採用しつつも、それを修正する要素として、上記事由を考慮する見解が多数を占めるようになってきている。例えば、民法585条の準消費貸借契約の成立を主張する場合、旧債務の存在は、条文の構造からは権利根拠規定として、債権者が証明責任を負うようにも解されるが、旧債務の権利証書をなくす場合が多いことなどに配慮して、公平の観点から、旧債務の不存在について債務者が証明責任を負う(参考判例②)。3 本問における証明責任の所在民法612条2項は、賃借人による無断転貸の場合に解除権を認めているが、判例(最判昭28・9・25民集7巻9号979頁)では、「賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情」がある場合には、本来に基づく解除権は発生しないものとされている。この要件は判例によって付け足されたものであり、法律要件分類説の立場からも、証明責任の分配は明らかではない。1つの考え方として、解除権を抑制するために、賃借人側に背信行為と認められる特段の事情が存在する場合にのみ解除権が発生するとして、特段の事情の主張・立証責任は賃借人側にあるという見解があり得る。これに対して、無断転貸を営む「背信行為」を解除権の発生要件とする本文の定型が形成されたとして、背信行為は権利根拠要件であり、無断転貸の事実とこれを裏返させる関係事実であるとする見解も主張された。この見解によれば、背信行為と認めるに足らない特段の事情」は、この推認を揺るがす間接反証事実であり、その証明責任は賃借人側にある。ここで、間接反証とは、ある主要事実について証明責任を負う者が、経験則からみて主要事実を推認させるに十分な間接事実を一つ証明した場合に、相手方がその間接事実とは別の、しかもそれと両立し得る別の間接事実を証明することによって主要事実への推認を妨げたり弱めるに持ち込む証明活動をいう。本来、相手方は主要事実について証明責任を負わないので反証をあげれば足りるところ、間接反証理論によれば、別個の間接事実については本証を行わなければならない。無断転貸の事例では、背信行為が主要事実であり、無断転貸はこの背信行為を推認させる間接事実であり、賃貸人がこの間接事実を証明した場合には、背信行為の存在が強く推認されるので、賃借人としては、無断転貸という間接事実自体を真偽不明に持ち込むか、特段の事情として、無断転貸ではあるものの、しかも両立する間接事実を本証することによって、かかる推認を妨げて、背信行為という主要事実を真偽不明に持ち込むことが必要となる。しかしながら、この見解に対しては、そもそも、間接事実について証明責任を観念する点で問題があるほか、背信行為という一般条項を主要事実として捉える点で無理があるなどの批判がされている。そこで、多数説は、無断転貸を解除権発生の権利根拠事実とし、「背信行為と認めるに足りない特段の事情」を権利障害事由と理解して、賃借人側に証明責任があると考える。参考判例①も、特段の事情の証明責任は賃借人にあると判示している。したがって、本問におけるYの主張は不当であり、Y自身が、解除権の発生を妨げるような「背信行為と認めるに足らない特段の事情」について証明責任を負う。参考文献高田裕成(第5版)(2015)138頁 / 八木毅二・百選244頁 (杉山悦子)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

損害額の立証

公開:2025/10/20

Xは、A市に居住し、灯油を購入していたが、石油連盟Yによる生産調整と石油元売業者Yら12名による値上協定によって高い価格で灯油を購入させられたと主張して、民法709条に基づき、YとY1に対して損害賠償を請求する訴訟を提起した。裁判所は、YとY1に独占禁止法違反の価格協定(独占禁止法3条によると、事業者は他の事業者と協定を通じて対価を決定したり、引き上げたりして、競争を実質的に制限することが禁止される)があったと認定し、争点はXの被った損害額となった。Xは、現実に灯油を購入した価格と、価格協定があった時点の直前の灯油の市場価格の差額を基礎に損害額を算定したが、裁判所はXの主張を基に損害額を認定してXの請求を認容することができるか。参考判例① 最判平成元・12・8民集43巻11号1259頁② 最判平成18・1・24判時1926号66頁③ 最判平成20・6・10判時2042号5頁④ 最判平成30・10・11民集72巻5号477頁解説1 独占禁止法違反による損害の立証不法行為に基づく損害賠償請求訴訟においては、被害者である原告が、損害の発生、加害行為と損害の間の因果関係および損害額について主張・立証責任を負う。本問のように、一般消費者が独占禁止法違反による損害の賠償を請求する場合には、損害は、違反行為によって形成された価格(現実購入価格)と、当該違反行為がなければ形成されていたであろう価格(想定購入価格)との差額である。したがって、原告は、想定購入価格が現実購入価格より安かったことについて主張・立証責任を負う。ところが、現実購入価格については主張・立証が可能であるとしても、想定購入価格は現在に実在しなかった価格の立証であるから、これをどのように主張・立証し、また、どのように認定するかが問題となる。第1次石油ショックの時期に、事業者らの価格協定で高い価格で灯油を購入させられたとして住民らが損害賠償請求をした参考判例①の控訴審判決(仙台高秋田支部判昭60・3・26判時1147号19頁)は、価格協定の継続がない場合でも、具体的な値上時期および値上幅の割合をもって価格の上昇が確実に予測されるような特段の事情のない限り、価格協定直前の小売価格(直前価格)をもって想定購入価格であると推定するのが相当であるとした。特段の事情としては、原油価格の値上り、灯油の需要の飛躍的な増加、いわゆる狂乱物価の時期における一般生活物資の顕著な値上り等があるが、これらの立証責任は被告側が負うものとした。これに対して、参考判例①は、このような論法は厳格な要件の下でしか認められないとし、推認が認められる前提条件としては、価格協定の実施時から消費者が商品を購入する時点までの間に、商品の小売価格形成の前提となる経済条件、市場構造その他経済的事情に変動がないことが必要であり、その点についての立証責任は依然として原告が負うものとした。これらの立証ができない場合には、直前価格から想定価格を算出することはできないので、他に、検討による直前の基準価格として商品の価格形成上の特性および経済的変動の過程、程度の価格形成要因を消費において主張・立証責任を負うものとした。2 民事訴訟法248条最高の立証によると、原告の想定購入価格の立証負担はかなり大きなものとなる。そして、このような厳しい要件の下で、損害の立証に失敗すれば、すなわち、裁判官に高度の蓋然性を以って確信を得させることができなければ、原告の請求は棄却される(一部認容)。仮に損害の発生が立証されても、損害額の立証が困難であるために請求が棄却されるのは、実質的衡平に反する。きたとしても、損害額の立証ができないために敗訴するという結果を避けるため、民事訴訟法248条は、損害の性質上その額の立証が極めて困難であるときには、裁判所は相当な損害額を認定できるとしている。もっとも、民事訴訟法248条の趣旨と適用対象をめぐっては、立法当時から見解が分かれている。まず、同条の趣旨については、損害額の認定に必要な証明度を軽減したものとみる見解(証明度軽減説)、損害額の判断は立法的な評価の問題であり、同条は裁判官の裁量を認めたものとみる見解(裁量評価説)、あるいはその双方であり、軽減された証明度を基準とする評価がなされたかを判断し、達しない場合には裁量評価で損害額を定めるという折衷的な見解などに分かれており、立案担当者は証明度軽減説を採用していたといわれる。また、立法趣旨との関連性は必然ではないものの、同条の適用範囲についても、慰謝料の算定、幼児の逸失利益の算定、火災で家が焼けた場合の焼失家財道具の算定(実務の焼失の損害額を積み上げて計算するのではなく、損害保険の火災保険の標準モデル家具の家財財産を基準に算定する方法)を例に、どのような場合に適用されるかにつき、見解が分かれていた。例えば、証明度軽減説に立つ立案担当者は、民事訴訟法248条は慰謝料の算定と幼児の逸失利益の算定に関して集積された判例法理を確認したものであり、これらのケースに適用されるのみであり、焼失家財道具の損害算定の場合には適用はないと考えていた。これに対して学説では、証明度軽減説の立場からも、裁量評価説の立場や折衷説の立場からも、慰謝料の算定は、過去の事実を立証するのではなく、そもそも法律的評価の対象として裁判官が自由裁量に基づいて定める性質のものであるから、同条は適用されないとするのに対して、焼失家財道具の算定には同条が適用されるとしていた。ところで、民事訴訟法248条は「損害の性質上」その額の立証が困難な場合に適用されるとしていることから、上記のように、損害をその性質に着目して類型化して同条の適用の有無が検討されてきたが、実際の裁判例では、立案担当者が想定していた適用類型を超えて、事案の性質上損害の立証が困難な場合に、同条を適用するものもみられるようになった。例えば、参考判例②は、特許庁職員の過失により特許権を目的とする質権を取得することができなかったことによる損害の額について、その立証が困難な場合であっても同条を適用して相当な損害額を認定しなければならないとし、また、参考判例③では、採石権者が侵害されたものの、被告がなくした採石した原石と、権限を越えて砕石した岩石が混合しており、損害を区別することが困難である場合に、裁判所は同条を適用して、相当な損害額を認定しなければならないと判示している。ここでは、類型的には損害の立証が困難とはいかなくても、個別具体的な事情の下で、過去に発生した損害の認定が困難である場合に同条を適用することが肯定されている。さらに、同条が単に「認定することができる」と定めるのであるのに対して、これらの判例では、裁判所に同条の適用を義務付け、相当な損害額を認定しなければならないとしている。3 本問と民事訴訟法248条参考判例①の立場によれば、Xは、価格協定の直前に価格と現実の購入価格の差を基礎をもって認定することをもち得ないとするときの価格協定実施時から購入時までとの間に、商品の小売価格形成の前提となる経済条件、市場構造その他の経済的事情要因等に変動がないことについて立証が必要なとなる。すなわち、一般消費者が物価指数の上昇とは関係なく、すなわちその上昇以上に、灯油の価格が上昇したことなどを主張・立証しなければならない。本問では、そこまでXが主張・立証しているとはいえず、損害額の立証には成功せず、請求は棄却されることになりそうである。そこで、民事訴訟法248条を適用して、裁判所は相当な損害額を定めることはできるであろうか。同条は参考判例①の後に新設されたものであり、同条が本問のようなケースに適用されるかについては明らかではない。そして、同条の適用範囲が判例の蓄積によって広められたとしても、本問の場合には、以下のような特殊性があるため、同条の適用の可否が問題となる。損害については、加害行為がなかった場合の利益状態と、加害行為があった現在の利益状態の差額を損害とする差額説と、個々の違法行為について被った不利益こそが損害であり、損害額は、裁判官がこれを金銭評価したものであって、損害額の算定には、本問のような独占禁止法違反による損害賠償事案と、る損害は本来的、かつ、金額の損害額である。ところが、民事訴訟法248条の立証は、本来的に損害がありそうはずである。ところが、民事訴訟法248条は、損害が生じたことが認められても、損害額の立証が困難である場合に適用されるのであり、損害自体の発生については通常の立証を要求している。したがって、本問では、同条が適用されたとしても、損害の発生自体が立証できないとして、請求が棄却されることになりそうである。そこで、本問のように損害の発生自体の立証が極めて困難な場合にも、同条が類推適用されるかが問題となる。この点、学説では、損害の発生の立証に同条を適用することを疑問視するが、学説では、類推適用を否定する見解と肯定する見解とがある。類推適用の有無を検討する前に、損害の立証の性質についてあらためて考える必要がある。判例・通説の採用する差額説の立場は、損害の発生と損害額が重なり合うことを前提としているようだが、民事訴訟法248条がその適用対象を損害額の立証に制限しているのは、立証の場面では、そもそも何らかの損害が発生したことを立証できれば、損害の発生を認めることを前提としているからとも考えられる。参考判例③は、権限なく採石された石の量自体が立証できない場合であったが、金銭評価の損害の発生は認め、損害額についてのみ民事訴訟法248条を適用している。ここから、具体的な量として把握できる損害の発生自体が立証できなくても、何らかの損害が発生したことが立証されれば、同条の「損害が生じたことが認められる場合」となり、あとは損害額の算定に同条を適用すれば足りることになりそうである(これは、本問の損害を損害事実説に親和的である)。この考え方を前提とすると、本問のケースでは、価格協定があり、その結果、わずかでも灯油価格が上昇したことを立証すれば、損害の立証としては足り、損害額の立証の場面において、具体的には想定購入価格の立証の場面において同条を適用すれば足りることになろう。公共工事の談合事例において同条を適用する下級審裁判例(東京地判平18・4・28判時1944号58頁、東京地判平18・11・24判時1965号23頁、東京高判平20・7・2LEX-DB25440325等)も、そのような損害論を前提としているようである。これに対して、具体的な額として立証できる損害の発生自体の立証が必要だという見方もあり得る。とすれば、本問のような独占禁止法違反の場合には、想定購入価格が現実購入価格よりも高いことの立証できなければ、損害の発生自体が立証できないのであり、価格が安かったと認めるためには、想定購入価格についての通常の立証が必要になりそうである。このような考え方を前提とした場合に、民事訴訟法248条の適用を否定するか、あるいは原告救済の必要性を強調して同条の類推適用をするかどうかが問題となる。後者の見解を採用するのであれば、本問のケースでも、裁判官は裁量に基づき、あるいは低い証明度でも損害の発生を認定し、さらに損害額についても相当な額を定めることができることとなる。ところで、民事訴訟法248条を用いて損害額を算定する場合には、裁判所がどの程度の額を認定すべきかが問題となる。下級審裁判例には、同条が損害額の算定を中核で中核に損害賠償義務を負わせる以上、ある程度の額で訴えても全額をもって認定することもやむを得ないとするもの(公共工事の談合事例で契約金額の5パーセントを損害額と認定した前掲・東京地判平18・4・28、前掲・東京地判平18・11・24、名古屋地判平21・12・11判時2072号88頁、有価証券報告書等虚偽記載に基づく損害賠償額に関する東京地判平24・6・22金法1958号87頁)と、不法行為に基づく損害賠償請求権が社会に生じた損害の公平な分担という見地から認められていること等に配慮し、損害額を厳格に算定して果たそうと考えられる範囲に抑えて認定するのが相当であり、訴訟上提出された資料等から合理的に考えられる中で、実際に生じた損害額に最も近いと推測できる額を認定すべきであるとしたものに分かれている(契約金額の7~10パーセントで認定するものとして東京地判平19・9・26判時2012号29頁、名古屋高判平21・8・7判時2070号77頁、東京高判平23・3・23判時2116号32頁、東京高判平28・9・14判時2323号101頁も参照)。

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

訴訟上の証明

公開:2025/10/20

Xは3歳の頃、化膿性髄膜炎のため、Y国(被告)が経営するA大学医学部付属病院に入院した。Xは治療により一応症状は改善したが、これを契機として身体障害者となったところ、A病院に勤務するB医師によるルンバールの施療(脊椎からの髄液採取およびペニシリンの髄注)を受けたが、そのおよそ15分後に突然発作を起こした。その結果、Xには、知能障害および運動障害等の後遺症が残った。そこでXは、これらの障害の原因は本件ルンバールのショックによる脳出血であると主張し、BおよびYに対し、治療費、逸失利益、慰謝料等合わせて2000万円の損害賠償を求める訴えを提起した。これに対してYは、本件発作は、治療の経過中にたまたま発生した、化膿性髄膜炎に随伴する脳炎が原因であると主張し、Xの障害も化膿性髄膜炎による後遺症であり、ルンバールと本件発作や後遺症との間には因果関係はないと主張した。裁判所は、Bの作成したカルテ、Bの証言、および複数の鑑定意見(医学的に因果関係が肯定できると断定できないとするもの)を考慮した結果、次のような事実を認定した。癲癇、けいれん等の発作が、Xが経験したルンバール施療の15分後に起きたこと、Bの都合で施術がXの食事直後に実施され、Xが嫌がって泣き叫んだため、施術が通常より長時間かかったこと、Xにもともと脳出血の傾向があったこと、このような状況の下で脳出血を発症した可能性があること、発作後退院までにBはXの症状の原因を脳出血によるものとして治療をしていたこと、化膿性髄膜炎の再燃の可能性は非常に低く相当な事情は認められないと判明した。これらの事実を前提として、裁判所はXの障害とルンバールの因果関係を肯定することができるか。●参考判例●① 最判昭和50・10・24民集29巻9号1417頁② 最判平成12・7・18判時1724号29頁●解説●1 証明と証明弁論主義の第2テーゼの裏送として、当事者間で争いのある事実については、裁判所は原則として証拠調べをしなければならない。裁判所は、証拠調べの結果と弁論の全趣旨に基づいて、当事者が自由に形成する心証に基づいて行われる(247条)。自由心証主義、ここで、裁判官が自由に形成する心証に基づいて、ある事実を存在するものとして認定することができるが、裁判官が事実を認定することのできる心証の程度を証明度というが、証明度がどの程度のものであるかについては、明文の規定がないので、解釈に委ねられている。2 証明の程度(1) 判例 通説によれば、裁判官が事実に確信を得ることであるが、参考判例①によれば、「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合的に検討し、特定の事実が特定の結果を生じた関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」。すなわち、裁判官の主観的な確信ではなく、通常人が疑いを差し挟まない程度の高度の蓋然性を基礎に確信を得ることが必要である。参考判例②は、脳神経外科が、患者の意識障害に起因する食道手術について医療費の給付を求めるのに必要な認定申請を却下した行政処分取消訴訟であるが、因果関係の立証は通常の民事訴訟と同じであり、相当程度の蓋然性を証明する立証とした。高度の蓋然性の立証を必要とした。通説も判例の立場に賛成する。証明の程度を、後述のように低く設定然と、事実の証明収集能力が必ずしも十分でない場合には、事実認定が偶然の要素によって左右される可能性があるので、そのような事態を防ぐ必要がある。訴状を変更するよりも事実を変更するよりも蓋然性を重視すべきであり、そうであれば、現状を変更しようとする者に、より高度な証明の負担を課すのが望ましい。さらに、公権力による権利の強制を基礎付ける訴訟の結論は特に確固たるものであるべきである。また、証明度が低いと十分な立証活動によっても勝訴することが可能になってしまうが、当事者による積極的な立証活動を促すためには、高度な証明が必要な蓋然性であるべきと主張する。(2t) 有力説 (1)に対して、訴訟法上証明があったというには、高度の蓋然性までは不要であり、証拠の優越されあれば足りないという学説も有力に主張されている。すなわち、ある事実の存在について立証する場合、立証活動の結果、その事実が存在しない可能性よりも、存在する可能性が高いと判断することができるのであれば、その事実を認定することができる。この見解は、証明度は、事実認定が誤った場合に原告と被告が被る損失、すなわち、誤った事実認定がなされた場合に、当事者および社会が被る損失に比して求められるべきであるとする。そして、民事訴訟においては、通常、原告と被告は対等であるため、原告側に誤って不利益な事実認定がなされるコストと、被告側に誤って不利益な事実認定がなされるコストは同じであるはずである。したがって、証拠の優越、すなわち50パーセントを超える心証を裁判官に得させることができれば、立証に成功したものとして扱うべきであると主張する。また、当事者の中には必ずしも証拠収集能力が高くないものもいるので、常に高度の蓋然性の程度まで立証を要求するのは酷であるとも主張する。さらに、控訴審や上告審が成立するからといって、訴訟という形態のなかで認められているものではない以上、現状維持の価値を重視して現状変更を主張する者に証明責任を重くすべきということにはならない。また、証明度が低い場合には、裁判官の心証は当事者からはわからない以上、当事者は懸命に立証活動を行わなければならないからである。当事者の立証活動を促すために高度な証明を上げる必要性はない、とも主張する。最高裁は高度の蓋然性の基準を使用しているが、参考判例①では、実質的には高度の蓋然性よりも低い証明度を事実認定の基礎としており、参考判例②でも、証明度を軽減した原判決を維持している点などから、その結論とは異なり、証拠の優越を採用しているとも評価されている。3 本問の場合本問では、ルンバールの施術とXの症状との間の因果関係が証明できたといえるかが問題となる。鑑定意見でも示されているように、医学的見地からは因果関係が証明できたとはいえないのである。しかしながら、民事訴訟で最終的に裁判官が行うのは法的評価であり、自然科学的な分析とはではない。また、自然科学的な立証を要すると、訴訟に不毛な科学論争を持ち込む可能性がある。したがって、訴訟上の証明は自然科学とは区別され、むしろより実践的要請の真理に沿った判断といえる。紛争解決をするのが望ましいので、自然科学の見解を重視することはできない。そのため、判例のように、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得る程度の立証があれば、因果関係を肯定することが認められる。本問では、確かに、化膿性髄膜炎の再燃の可能性を完全に否定することはできないかもしれないが、裁判所が認定した事実を前提とすれば、通常人(ただし、まったくの素人という意味ではなく、専門書や専門家などの助けを得てある程度の専門知識をもつにいたった一般人が基準となる)であれば、ルンバール施療とXの症状との間に因果関係があることについて疑いを差し挟まないといえるので、因果関係を肯定することはできる。●参考文献●町村泰貴・百選114頁 / 伊藤眞・民事事実認定11頁 / 加藤新太郎・民事事実認定110頁(杉山悦子)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

訴訟手続の中断・受継

公開:2025/10/20

X国は、日本国内にあるX所有の建物をYが占有していると主張して、所有権に基づき、建物明渡請求の訴えを提起した。訴状の申告には、「原告X国(代表者)X国駐日大使A、(訴訟代理人)弁護士B」と記載されていた。第1審審理中に、日本政府は、Z国と国交を断絶し、これに代えてZ国を承認したが、裁判所はこの事実を斟酌することなく、手続はそのまま進行した。第1審裁判所は原告の請求を棄却する判決をし、原告が控訴した。控訴審裁判所は、この訴訟をどのように扱うべきか。●参考判例●① 最判平成19・3・27民集61巻2号711頁●解説●1 手続の中断・受継の意義訴訟係属中に当事者が死亡したり、法定代理権の喪失等の理由として訴訟追行者が変更される場合、訴訟手続にはどのような影響が生ずるだろうか。(1) 当事者の交替 当事者の交替について考えよう。例えば訴訟係属中に当事者が死亡したとき、一定範囲の親族関係にある者と当事者とは別である。しかし、実体法権利義務を承継する者(一身専属的な請求権は除く)相続によって当事者として権利義務を承継した者から訴訟手続が当然のことながら新当事者として従前の訴訟を承継すること(訴訟承継)が、当事者が死亡したため、その第三者が新当事者(承継人)となる場合も当然に訴訟承継が認められ、新当事者の意思を問わず当然に生ずる。これを当然承継という。の例外がある)。当事者自身の交替のほか、訴訟担当者の交替の場合も同様である。当事者は、承継の意思をせず、裁判所が承継原因を認識していなくても効果が生ずるので、手続の安定を害し、当事者の手続保障のために時間的猶予を与えることが相当である。そこで、当事者の死亡など承継原因が生じた場合には訴訟手続は中断し、承継人との間で手続を再開することとした(124条1項各号)。中断期間中にされた当事者および裁判所の訴訟行為は、中断についての不知・過失にかかわらず、当事者の訴訟承継を前提とした(124条1項)。当事者の訴訟承継を前提とする規定は次のとおりである(以下、括弧内は承継人)。すなわち、当事者である法人の合併による消滅(124条1項1号)、当事者である法人の合併による消滅(同項2号)、信託の終了(受託者)、同項4号、訴訟担当者の死亡または資格の喪失(同項5号)、および選定当事者の全員の死亡または資格の喪失(選定当事者)、同項6号。また、破産法44条1項により、当事者である債務者と破産管財人との間で手続が中断された時に破産管財人が手続きを中断する。中断された手続は、承継人または相手方当事者の申立てによって再開される(124条1項・128条・126条)。承継人がいない場合は、相続財産が法人でないと、職権で、施行を命ずることができる(129条)。(2) 訴訟能力の喪失・法定代理権の喪失 当事者が訴訟能力を喪失したり、法定代理人が法定代理権を喪失する場合がある。このような場合は、当事者に交替はないが、実体的権利義務を承継する者(一身専属的な請求権は除く)相続によって新たに法定代理権を取得した者が新たに訴訟行為を行うことを前提に、手続の中断、新たな法定代理権者から十分に訴訟準備をさせることが適当であり、受継の手続は、この無能力者に特別代理人の選任という(124条1項3号)、受継の手続は、(1)と同様である。(3) 中断の例外 上記のように、中断は新たな訴訟追行者の準備のためであるから、訴訟代理人がいる場合は、手続は中断されない(124条2項)。なぜなら、訴訟代理権は、民法の代理とは異なり、本人(当事者)の死亡によっては消滅しない(58条1項1号)ので、中断事由が生じた場合にも、訴訟代理人は、承継人が決まるまで訴訟行為をすることができる。したがって、訴訟代理人は承継人が決まるまで訴訟行為をすることができ、また多くの場合は承継人との間で判決は承継人の不利益とはならない。そのため、中断事由が生じても、当事者が不利益を被らないように、承継人が訴訟代理人に委任しなおし、手続を中断しない扱いとしている。(4) 特定承継 最後に、訴訟の係属する権利あるいはその手続の中断がなされない場合に限られており、例えば、訴訟追行の対象たる不動産が訴訟係属中に被告から第三者に譲渡された場合、原告としては訴訟の当事者として引受けをさせる(50条1項)。譲受人との間で確定判決を得ることが有益である。譲受人を被告として請求認容判決を得ても、訴訟承継主義の下では、譲受人には判決効は及ばないからである(115条1項3号と対比せよ)。このように、当事者たる権利義務や係属中の訴訟が個別的に移転することにより生ずる訴訟承継を特定承継という。特定承継の方法は2種類ある。1つは、承継人が訴訟対象たる権利を譲り受けた場合に強制的に承継がなされる、承継人が新たな当事者として自ら手続に参加し、従前の義務者との間で(訴訟につき争いがある場合には、従前の当事者との間でも)判決を得る方法である。これを参加承継という(51条による47条~49条の準用)。いま1つは、承継人が訴訟対象たる権利を譲り受けた場合に強制的に承継がなされる、訴訟の相手方当事者が譲受人(承継人)に訴訟を引受けさせる方法である。これを引受承継という(50条3項・51条による41条1項・3項・49条の準用)。承継人には参加のインセンティブがないが、相手方当事者との間で(訴訟につき争いがある場合には、従前の当事者との間でも)確定判決を得る必要があるためである。なお、従前の当事者の承継、権利承継人の引受承継も可能である(51条)。(5) 訴訟承継の効果 承継人は、原則として、従前の訴訟状態を引き継ぐ(訴訟状態承継主義)。したがって、当事者のした自白の撤回や攻撃防御方法提出の遅延等の攻撃防御方法については一定の制限を受けることになる。もっとも、承継人固有の攻撃防御方法の提出は例外であり、また、旧当事者の訴訟追行が承継人に悪影響を及ぼすおそれがある場合には、訴訟の承継の手続保障の観点からすれば、上述の制限は承継に及ぶ場合もあるだろう。2 本問について本問は、国家承認として有名な参考判例①を題材としている。この判決では、国家に関する国際法上の諸問題を考慮するとともに、ここで、承継に関する手続法上の問題を扱うこととする。(1) 当事者の確定 本問では、誰を被告と考えるべきか。学説上、当事者の確定の基準として、表示説、実質説、意思説、行動説等があり、さらに、確定基準によって確定ができない場合にどのように考えるか(規範分類説)は、→問題31)。判例がどの説を採用しているかは定かではないが、少なくとも訴訟提起時に誰を当事者と確定する必要があるかは表示説によらざるを得ない。さらに、確定時には、当事者の手続保障の重視の要請を考慮して当事者を確定しているように見受けられ、結果的に意思説ともいえよう。本問では、表示説、意思説、および行動説によれば被告はXとなりうるであろう。しかし、参考判例①では、原告として認定されるべき者は、本訴提起当時に、その国をXとしていたが、日本政府がZを承認した)時点のZに国名が変更されたとみている……(本訴提起当時)、そのないしZの支配領域を統治する国家主体が、連続的に当事者であったというものであった。したがって、名称がX、Zと変遷する国家の当事者は交替していないとみる。このような抽象的な国家を承認することは学説は異論があるが、参考判例①によれば、当事者(国を代表する)は「具体的には」XからZに交替したことになる。仮にすると、判決の代表の変更が何によることはできるかというと、その代表権の消滅は、(2) 法人政府のZ承認により、Xの代表権は消滅するか。以降、Xの承認による訴訟行為は代表者たる政府の行為とは無関係であるはずである。もっとも、一般的に、代表権消滅の事実は代表者変更のあった当事者(本開する旨を告知)サイドの内部事情であって、相手方がこれを知らずに訴訟行為をする場合には常に代表権消滅の効果(訴訟行為の無効)を及ぼすのは酷である。そこで、法は、代表権消滅の効果は、当事者本人または法定代理者から相手方に通知をしなければ生じないとして、代表権の通知に対する相手方の信頼を保護している(37条の準用する36条1項)。本問では、Yへの通知の事実は現れていないので、代表権消滅の効果は生じないことになる。しかし、民事訴訟法36条の趣旨は代表権消滅の事実を知らないYの保護にあるとすると、本問のように条約によってZが承認された場合には、法の不知と同様、Yの不知を前提とすることはできないであろう。参考判例①は、これを公知の事実とし、承認の時点で、通知があった場合と同様に代表権消滅の効果が発生すると判断した。学説の一部が指摘するように、Z承認の事実が日本社会にあまねく知られていたかは疑問の余地があるが、公知性の意義は、実質に知られていることではなく、当該事実の存在が客観的に認められる点にあるのだから、条約締結による承認は公知性が認められるといえよう。(3) 代表権消滅を理由とする手続の中断このように、Xの代表権がZ承認発生と同時に発生したとすると、この時点で手続は中断し、新たに代表権を有する者(Z)が受継すべきことになる(124条1項3号)。本問では、第1審判決言渡の時点で手続は中断されていたこととなるが、これが看過され、判決等の訴訟行為が重ねられた。したがって、承認時以降の訴訟行為は中断中のものであってすべて無効であり、第1審をもう一度やり直すべきことになる。ただし、Xには訴訟代理人Bがあるので、本来、中断の必要はない(124条2項)。もっとも、訴訟代理たるXとZとの間には利害の対立があり、Zの利益のために訴訟追行をするとは考えにくい。そこで、Xの代理人であったBがZの利益のために訴訟追行をするとは考えにくい。民事訴訟法124条2項を適用する前提が欠けているため、例外的に、手続を中断すべき場合と考えるべきであろう。Yは、受継後には新当事者としてBを解任するこ(4) 控訴審の判断上記のように考えると、Z承認以降の訴訟行為はすべて無効であり、第1審判決も成立せず、その送達も無効となる(132条1項は、口頭弁論終結後に中断された場合を対象とすると解される)。もっとも、判決を当然に無効とするのではなく、法定代理人を欠く手続であった追認の可能性もあるものとして、上訴により取り消すべき瑕疵と考えることができる。そこで、本件控訴は有効に係属したものと擬制したうえで、原判決を取り消し、第1審で新当事者に審級をさせるために差し戻すべきと考えられる(307条1項の類推適用)。上告の場合には、代理人による訴訟追行がなかったとして312条2項4号により上告することができると考えられる。なお、中断事由の存在は、職権で調査し探知すべき事項であり、当事者の主張がなくとも裁判所が職権で取り上げることに問題はない。●参考文献●八大浩一「当事者の死亡による当然承継」民事訴訟雑誌31号(1985)32頁 / 吉田克己「当事者能力基準判決」慶応法学12号(2009)27頁 / 村上正子・平成19年度重要判例138頁 / 山本和彦「最新重要判例250」(弘文堂・2022)29頁・96頁(山田・文)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

自白の撤回

公開:2025/10/20

X工務店は、Yから2023年5月にYの自宅の水周りの工事の依頼を受け、工事を完成させたが、Yが報酬代金を支払わないので、その支払を求めて訴えを提起した。この訴訟の中で、Yが同年8月10日には工事を完成させてYに引き渡したと主張し、Yの代理人であるA弁護士はその事実を認める旨の陳述をした。しかしながら、後に調査したところ、YがXに依頼した水周りの部分から、水道管の工事が未完成で引渡しを受けていないことが判明したため、YおよびAは自白を撤回したいと考えている。どのような事実を主張・立証すれば自白を撤回することができるであろうか。●参考判例●① 最判昭和41・12・6判時468号40頁●解説●1 裁判上の自白の効果弁論主義の第2テーゼより、当事者が自白した事実については、裁判所はこれを判決の基礎としなければならない。このような効果を、自白の裁判所拘束力、あるいは不可争効という。そして自白した事実は証拠調べを要しない(179条)。これを不要証効という。また、その結果、自白当事者の相手方は立証の負担が免除されるので、このような信頼を保護するため、反対の規定から、自白当事者はこの自白の撤回を制限される。これを不可撤回効という。2 自白の撤回の要件(1) 判例 判例によると、一定の場合に自白の撤回が認められる。まず、相手方が撤回に同意した場合である(最判昭和34・11・19民集13巻12号1500頁)。この場合、撤回権の根拠が相手方の信頼の保護や、それに対する相手方の信頼の保護にあるため、相手方がこのような利益を放棄するに際して、撤回を認めてもかまわないからである。また、自白が、相手方の刑事上罰すべき行為によって行われた場合にも、民事訴訟法338条1項5号の趣旨に照らして撤回が可能である(大判昭和15・9・21民集19巻1644頁、最判昭和33・7・民集12巻3号469頁)。ただし、有罪判決が確定するまでは撤回はできない。さらに、自白が真実に反し、かつ自白の錯誤に基づいてなされた場合にも撤回が認められる(大判大正14・9・29民集21巻1530頁)。錯誤とは事実にあり、錯誤について無過失であることは必要ない(参考判例①)。しかし、不真実の証明がなされた以上は、錯誤が推定される(最判昭和25・7・11民集7巻7号316頁)。(2) 学説 相手方の同意がある場合、および刑事上罰すべき行為に基づく場合に自白の撤回ができる点については争いがない。しかしながら、反真実および錯誤要件については、裁判上の自白の意義、不可撤回効の根拠の捉え方によって、見解の相違がみられる。判例と同様の立場を採る見解によれば、自白した当事者は、自白した事実が真実ではなく、かつそれが錯誤に基づいてなされたことを説明しなければ自白を撤回することができない。自白の拘束力が認められるのは訴訟における真実性の発見が重要であるため、相手方が、不利益な事実について陳述した以上は、当該事実が存在する蓋然性が高いという経験則も関係しているので、真実を重視する立場を採る。無制限に撤回を認めると事実を遅延・混乱させる目的で自由に自白を撤回する可能性もあるため、自白の錯誤に基づく場合に撤回を制限すべきであるとする。さらに、判例の要件のうち、反真実要件のみが必要であるという見解と、錯誤のみが必要であるという見解がある。反対要件のみを要求する見解は、錯誤を錯誤とする事実と争点がずれて訴訟が錯綜する可能性を懸念するとともに、自白による相手方の証明責任を免除し、相手方の信頼保護という効果を重視する。争いのないものの、訴訟に現れた裁判上の自白は、相手方が証明責任を負う事実についてなされるのであり(証明責任説)、これを前提とすると、自白を撤回するためには、本来証明責任を負担していなかった事実について、その不存在を証明しなければならない。したがって、相手方の証明責任が免除されるという効果は残ることになる。ただし、自白を撤回するために反真実という証明が成功したのに、裁判解除は行えることになる。また、自白の撤回権の要件を厳しくしすぎると自白の成立が難しくなるので、それを避けるべく、一方では自白の成立を認めつつ、相手方に信頼を惹起した制裁として反真実の証明という制裁のみで緩やかに撤回を認めるべきであるという見解も、ここに分類される。他方で、錯誤があれば自白の撤回、あるいは取消しの主張ができるという見解もある。これは、裁判上の自白を、単なる自己に不利益な事実の陳述と捉えるのではなく、事実を争わない意思として捉える近年の学説の傾向でもある。自白の意思的要素を重視するので、錯誤という意思表示の瑕疵を立証すれば撤回は可能である。ただし、自白の効力は効果意思に係るものではないので、ここでいう錯誤とは表示意思と効果意思の不一致ではない、動機の錯誤である。また、裁判上の自白を、自白対象事項を訴訟の争点から排除する当事者の明確な意思表示であると理解する近時の見解も、反真実を理由に自白の撤回を認めると、反真実性の立証が必要となり、争点整理を効果的に行い、権利対象を排除するという自白の目的に反する結果になるので、動機の錯誤の明確化として処理する。そのため、民法の規定によると、動機が相手に明示または黙示に表示されたことが必要となる(民95条2項)。ただし、錯誤を重く置く立場でも、実際には錯誤の立証は困難であるため、それに代わるものとして反真実の証明を認める見解もある。そもそも、その錯誤の立証が必要であるとしても、何に対する錯誤が必要であるか。その対象が明らかか。例えば、事実を真実であると誤信する錯誤としているようであるが、重要な争点を重要でないと誤解して自白をすることもありうる。また、事実を真実と誤信して自白した場合であっても、動機の錯誤であるので、当然には撤回はできないはずだからである。この立場によると、錯誤の立証、撤回の立証に必要な事項については判例の立場に近づくが、本質的には錯誤を要件となっているので、まずは錯誤を主張させ、その反真実の立証に入らせる運用が望ましいとされる。3 本問の場合判例の立場であれば、自白した事実が真実に反することの立証に成功すれば、自白が錯誤に基づくことも推定されるので、自白を撤回することは可能である。本問では、Xの工事が未完成であること、およびYが調査済みであると自白したことが、完成について争う必要がない点について錯誤があったことなどを立証することが必要となる。ただし、本問では、自白したのが弁護士であり、錯誤に基づいて自白した点につき過失があった点をどのように評価するかも問題となる。判例によれば、錯誤に陥った点につき自白者の過失の有無は問わないので、過失があっても撤回することができる。この点、動機の錯誤に関する意思表示理論を適用して、少なくとも重過失に基づく場合には自白の撤回を制限すべきであるという見解もある。この見解によれば、無過失か軽過失の場合にのみ撤回ができることになる。●参考文献●重点講義(上)499頁 / 田村陽子・百選112頁(杉山悦子)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

権利自白

公開:2025/10/20

Xの夫Aは、函館発の民間機に乗って松島に向かっていたところ、この民間機は飛行中に、訓練中の自衛隊機と空中接触して墜落し、この事故によって死亡した。国(Y)との和解交渉が不調に終わったXは、Yに対して国家賠償請求訴訟を提起した。Xは、自衛隊機のパイロットは、事故の発生状況や態様について詳細に指摘した上で、自衛隊機の飛行に過失があるにもかかわらず、これに言及しない、過失があることを主張した。これに対して、Yは、Xの主張する具体的な事実のうち衝突態様や損害額などについては争いつつも、本件事故の発生について、自衛隊機のパイロットに安全確認上の注意義務に反した包括的一般的過失があると陳述した。裁判所は証拠調べをすることなく、Yの過失を認定することができるか。●参考判例●① 東京地判昭和49・3・1民集25巻1号129頁② 最判昭和30・7・5民集9巻9号985頁●解説●1 権利自白の対象弁論主義の第2テーゼにより、当事者が口頭弁論期日または準備手続期日に相手方の主張と一致した事実を陳述した場合、すなわち当事者間に不利益な事実を拘束する(179条)。これを裁判上の自白というが、この自白の対象が主要事実に限られるのか、あるいは間接事実白というのが、この自白の対象が主要事実に限られるのか、あるいは間接事実についての及ぶのかについては争いがあるものの[→問題30]、基本的には事実の陳述について成立する。しかしながら、訴訟上主張される事実は、実体法上の要件に該当するものとして主張される事実、事実を適用した結果である法律上の陳述についても、一方当事者の主張が相手方の主張と一致することがあり得る。法律上の陳述については、①法規や経験則の内容や存否に関する陳述、②特定の事実の存否とは無関係に法効果にかかる評価を断定する陳述、③権利関係、法的効果に関する陳述があり得る。このうち、①については、本来的に裁判所の職責であるために自白の対象とはならない。②についても、事実の陳述として評価される場合があるが、一般には自白の対象とはならない。これに対して③については見解が分かれる。例えば、所有権に基づく物件引渡請求訴訟において所有権の存在を認める場合や、売掛金請求訴訟において売買契約の成立を認める場合である。これらは、訴訟物の前提となる権利関係や法律関係の陳述であり、権利自白といわれる。判例は、権利自白について、裁判上の自白としての効力を否定するが、事実の自白として評価することができるのであれば、自白の拘束力を肯定する(参考判例②)。学説においても権利自白を否定する見解があるが、それは法律判断は裁判所の専権に属する事項であり、当事者が自由に処分することができないことを理由とする。しかしながら、訴訟物である権利関係、法律関係については当事者の自由な処分が認められている以上、そもそも、法律関係については当事者の処分に一切ゆだねられているとはいえない。また、例えば、所有権に基づく引渡請求訴訟で、所有権の確認を求める中間確認の訴えが提起され、これが認容された場合は、所有権の存在を認める判決である[→問題29]、権利関係・法律関係についての当事者による処分が問題といえる。そこで、一定程度、権利自白にも効力を認める見解も主張されている。例えば、権利自白があれば、権利の存在については一応証明をする必要はなくなるが、この権利の存在を否定する事実が弁論に顕出されれば、異なる法律判断をすることができるという見解がある。さらに、権利自白の拘束を原則として否定しつつも、事実の自白の問題に引きつけて考え、事実の自白としての効力を肯定する見解もある。すなわち、日常的な法律観念に関する陳述について、法規の構成要件に該当する事実を包括的に自白したと評価して権利自白を肯定する見解や、権利と合わせて具体的事実が併せて主張され、それらについて包括的な趣旨が認められるのであれば、事実としての自白の成立を認める見解などである。さらに、正面から権利自白を肯定する見解もある。ただし、無条件に認めるのではなく、日常用いられる通常人が内容を理解している上で法律観念であることを求める見解や、法律関係の内容を理解した上で、それを争わない意思が明らかになった場合にのみ自白の成立を認めるという見解、法律自白が自白主体側の経験によって検証されうる場合に限られるという見解、当事者が十分に把握した上で陳述している場合に限られるという見解のように、自白の成立範囲を限定している。これらは、不十分な知識や認識に基づいて権利自白をした当事者の利益を保護するためである。同様の理由から、自白の範囲も、通常の事実の自白よりも緩やかな要件の下で認められる。また、訴訟物レベルでの請求の放棄・認諾・和解についても、強行法規や公序良俗に違反しない場合、物権法定主義に反しない場合のように、一定の要件の下でしか認められないこととの均衡上、権利自白も同じ要件の下でしか認められない。2 適用について(本問の扱い)同種の問題は、過失を正当事由など、具体的な事実に関する陳述ではなく、これに対する評価を前提とした法律判断についての自白がなされた場合にも生ずる。過失等の法的な評価が主要事実であるという伝統的な見解によれば、当事者が抽象的に過失の存在を自白した場合であっても、事実の自白としての拘束力を認めることになる。これに対しては、法的な評価そのものではなく、これを基礎付ける具体的事実こそが主要事実であるとする近時の有力な見解によれば、当事者が過失等を自白した場合には事実自白の問題となる。そうであると、権利自白を否定する見解であっても、本問のように、Xが過失を基礎付ける具体的事実を指摘しつつYの過失を主張し、YもX主張の事実を基礎付けについて争いつつもその点の結論については認め、包括的に過失を認める陳述をしている場合には、証拠調べをすることなく過失を認定することができるであろう(参考判例①)。また、肯定説の立場でも、Yは本件事故の状況について、事前に調査を行ったりして事実を認識し、これを正しく法的評価をする能力を有していると思われ、Xの陳述の内容を正確に理解した上で、自衛隊機のパイロットの過失を裁判の基礎に含めてよいと自認していると評価できるため、裁判上の自白としての効力は生じよう。●参考文献●高見澤民・民事事実認定41頁 / 鷹巣満・百選106頁 / 松本博之・百選1(新法対応補正版)(1998)216頁 / 山本克己・百選110頁(杉山悦子)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

間接事実の自白

公開:2025/10/20

XはYに対して500万円の貸金債権(以下、「本件債権」という)を有しているが、期日になってもYが弁済をしないので、催告後、返還請求訴訟を提起した。これに対してYは次のように主張した。Xは訴外Aより家屋を賃借契約で月100万円で買い受け(以下、「本件家屋」という)、その代金として200万円支払い、加えて本件債権をAに譲渡し、Yはこれを承認した。その後、XはAに対する債権と相殺して本件債務を完済した。これに対してXは、本件家屋を買い受けたことは認めたが、債権譲渡の事実は否認し、さらに売買契約の事実を前提とすると主張した。第1審はXの自白した売買契約の事実を前提とする。Yの主張、残額代金債務と本件債権が同じであると考慮すると、売買代金の支払として債権であったと認めるべきであると判断して、Xの請求を棄却した。控訴審において、Xは、Aに買付けの斡旋だけの依頼で、売買契約についてはAに自己の責任で自由に交渉し、代行、売買契約として本件家屋の所有権をXに移転したこと、および本件債権についてはAに独立就任のため譲渡したが、取立委任を解除したと主張した。証拠調べの結果、売買契約の存在を裏付ける事実が明らかになった場合、売買契約の認定をし、債権譲渡の事実を否定してXの請求を認めることができるか。●参考判例●① 最判昭和41・9・22民集20巻7号1392頁●解説●1 弁論主義と間接事実弁論主義とその内容について(→問題28)が適用される対象は主要事実なのであるか、あるいは間接事実にも含まれるのか。主要事実とは、訴訟物たる権利の発生、変更、消滅という法律効果の判断に直接必要な事実であり(→問題28)、間接事実とは、経験則や論理法則の助けを借りることによって主要事実を推認するのに役立つ事実である(民訴規53条1項参照)。また、補助事実とは、証拠の証拠能力や証明力を明らかにする事実をいう。一般には、弁論主義が適用されるのは、主要事実に限定されると考えられている。したがって、間接事実については当事者が主張していなくても、その事実を認定することができるし、当事者の自白も拘束しない。その根拠は、弁論主義が適用されると自白した証明を不要にするためであり、間接事実を主張しないとすると、証拠調べをすることができなくなるからである。主要事実を推認するからといって、間接事実から推認する方法がある。たとえば、消費貸借契約の成立の要件である金銭授受という主要事実を立証するとしては、金銭受領の事実を立証するが、金銭授受の事実を立証して、金銭授受の事実を立証するために、金銭授受の事実を立証する必要がある。裁判所はその存否の認定を証拠資料ですることができるので、間接事実の存否についても自由に認定できなければならない。にもかかわらず、間接事実に弁論主義が適用されると、他の証拠から間接事実の存在が明白であっても、当事者が主張していない、それを判決の基礎とすることができず、不自然な事実認定を強いることになり、自由に心証を形成することを制約することになる。しかしながら、主要事実と間接事実の区別は容易ではないし(→問題29)、一般の常識に反する場合においては、主要事実と間接事実の区別が、ただちに弁論主義の適用の決め手となるとはならないことが指摘されるようになった(→問題28)。そのため、当該事実との関係において論点に影響する重要な事実であれば、主要事実の区別を問わず、間接事実を適用するという見解や、主要事実・間接事実の区別を問わず、原則としてすべての事実について主張が必要であるという見解も主張されるようになった。また、主要事実と間接事実の区別は法律家として峻別しつつ、主要事実の認定を左右する重要な間接事実については弁論主義を及ぼすべきであるという見解もある。2 間接事実の自白(1) 裁判上の自白と自白の撤回通説によれば、裁判上の自白とは、一方当事者が口頭弁論または準備手続において、相手方の主張と一致する自己に不利益な事実の陳述を指す。弁論主義の第2テーゼにより、裁判所は自白が成立した事実については、裁判所を拘束し、当事者は証明した事実の証拠を必要としない(179条)。そして、当事者については成立した自白の負担を免れるため相手方当事者の信頼を保護するため、その撤回が信義に反するとして、自白は自由に撤回することが禁じられる(自白の撤回要件については→問題32)。(2) 間接事実についての自白間接事実についての自白が成立するかについては、争いがないが、間接事実についても自白が成立するか、すなわち、間接事実についても弁論主義の第2テーゼが適用され、事実について当事者の陳述が一致した場合には自白の拘束力が生ずるかについては争いがある。弁論主義の適用対象を主要事実に限定する通説の立場によると、自白特有の考慮も必要である。というのも、自白の拘束力には、当事者に対するものと裁判所に対するものとの双方があり、それを分けて分析することも可能であるからである。この点、戦後の最高裁判例では、間接事実の自白は、裁判所を拘束せず、また、当事者も拘束しないとしてきた。すなわち、裁判所は当事者が自白した間接事実とは異なる事実を認定することができ、当事者も自白した間接事実を撤回することができる。通説も間接事実の自白を否定してきた。間接事実の自白が事実に反する場合であっても、この事実を基礎として事実認定について判断しなければならないとする。そして裁判官に無理な心証形成を強要するために、自由心証主義に反するからである。ただし、折衷的な見解もあり、例えば、原則として間接事実の自白の成立を否定しつつも、自白がある場合には、証拠調べをすることなく裁判所が事実認定することを認める見解もある。逆に、自白が心証主義を害するおそれがあることを理由に、裁判所に対する拘束力を否定しながらも、禁反言の原則という法では主要事実と区別する必要はないとして、自白当事者に対する拘束力は肯定して、撤回を否定する見解もある。最近では、肯定説、すなわち、間接事実の自白に、当事者のみならず、裁判所に対する拘束力まで認める見解もある。主要事実と間接事実の区別が困難であることに加え、自由心証主義を害するという点では、誤った主要事実についての自白が成立する場合と変わりがないことがその理由である。また、自白した当事者に対する拘束力のみ肯定する折衷説に対しては、自白した事実について当事者がこれに反する事実を主張したにすぎないにもかかわらず、裁判所は別の証拠調べをして、自白された事実と異なる間接事実を認定することができるので、手続保障の点に問題があるとする。ただし、手続保障の確保を重視した上で、これとは別の間接事実を証拠に基づいて認定することは可能であり、その結果、自白された間接事実から主要事実への推論が別の間接事実の認定により妨げられることがある。例えば、貸金返還請求訴訟において、被告から金銭受領の事実が報告、契約成立の時期に金銭授受があったとすれば、それは相続によるものであると認定された場合、裁判所は金銭授受があったという事実を主要事実と認定することができるが、相続という間接事実が認定された結果、自白された間接事実を打ち消すに足りる別の間接事実を認定することができれば自白の拘束力は消えるとする、この点では自白の拘束力は限定されているわけではない。3 本問の扱い本問において、Yの抗弁における主要事実は債権譲渡であり、本件建物の買受けという事実は、この主要事実を認定する材料となる間接事実である。判例や通説の立場によれば、間接事実の自白は、裁判所も当事者も拘束することはなく、自白の撤回は自由に認められ、証拠調べの結果明らかになった売買担保の事実を認定して、債権譲渡の事実を否定することはできる。これに対して、間接事実の自白を肯定する見解であれば、買受けの事実があった点について裁判所も当事者も拘束され、自白の撤回の要件を満たさない限り、自白を撤回することは認められない。●参考文献●重点講義(上) 491頁 / 石田秀郷・百選108頁 / 中西正・民事事実認定45頁(杉山悦子)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

釈明義務

公開:2025/10/20

XはAの不動産上に抵当権を有しており、当初Xは1番、Yは2番抵当権者であったが、その後順位変更登記がされてXが1番、Xが2番抵当権者となった。XはYに対して、順位変更の合意はなかったとして、順位変更登記の抹消登記手続請求訴訟を提起した。第1審での争点は、Yが抗弁権として主張した、X・Yが抵当権順位変更の合意をした事実が認められるかであった。が、立証のために提出した抵当権順位変更契約書のX作成名義部分の成立が争われたため、Yは、X代表者Bの署名がB本人の自筆によるものかを判断するために必要であるとして筆跡鑑定の申立てをした。ところが、裁判所は鑑定は申出を採用することなく、作成名義の真正を認め、Yの抗弁事実を入れず請求を棄却した。控訴審裁判所は、筆跡について特段の証拠調べをすることなく、人の証明のみに基づいて作成名義が真正に成立したとはいえないと判断し、Y抗弁事実を排斥し、第1審判決を取り消して請求を認容した。控訴審裁判所に釈明義務違反はあるか。●参考判例●① 最判平成3・2・22判時1559号46頁② 最判昭和39・6・26民集18巻5号954頁③ 最判昭和45・6・11民集24巻6号516頁④ 最判昭和51・6・17民集30巻6号592頁⑤ 最判平成22・10・14判時2098号55頁⑥ 最判令和4・4・12判時2534号66頁●解説●1 釈明権民事訴訟法149条によると、裁判長は、訴訟関係、すなわち当事者の請求、主張・立証に関するすべての事項を明瞭にするために、口頭弁論期日や期日外において、事実上および法律上の事項に関して当事者に問いを発し、または立証を促すことができる。これが釈明権である。弁論主義の原則によれば、判決の基礎となる事実や証拠の提出は当事者に委ねられる。裏を返せば、裁判所は、当事者が主張、提出しない事実や証拠についてはこれを考慮できない。弁論主義の結果、民事訴訟の対象となるのが私的自治の原則が妥当する私人間の権利義務に関する紛争であり、訴訟手続においてもこの原則を尊重したものであり、訴訟事件を当事者の意思であれば、当事者の主張が不明瞭であったり、重要な事実や証拠について提出であるがゆえに敗訴するのは当事者の自己責任であり、裁判所があえて提出を促したりする必要はなかろう。しかしながら、このように当事者の不注意から生ずる、真実とは異なる判決がなされるのを放置するのは正義感情に反し、裁判制度に対する信頼を損なうことにもなりかねない。このことは、現行法が本人訴訟を認めており、訴訟追行能力が十分でない当事者であることや訴訟の争点が必ずしも明確でないことを考慮するとさらである。また、弁論主義が承認されており、弁論主義が承認されているとしても当事者が不注意から重要な主張を提出されない場合に、当該主張を判決の基礎とすることができずに敗訴した責任のすべてを、弁護士を選任した当事者に押しつけるのも酷にすぎよう。弁論主義の根拠についても、私的自治の意義のみならず、真実発見に貢献する点からとか、当事者に十分な手続保障を与えるためであると説明されることもあり、このような立場からは、上記のような結果は容認できないであろう。そのため、裁判所に釈明権を認め、当事者の主張を指摘することが認められている。このような補充的な釈明を消極的釈明という。加えて、当事者が提出している張が不当・不適切である場合や、当事者が適当な申立てを怠る、証拠提出等をしない場合に、裁判所がそれを積極的に促す是正的な釈明も認められ、これを積極的釈明という。売買契約の連帯保証債務の履行を求める訴えを提起する債務者の消極的な釈明が問題とされている(参考判例①)。このように、弁論主義の形式的な適用による不都合を回避し、実質的な当事者間の平等を回復するとともに、事実の真相を解明して真の紛争解決を可能にするための制度であり、弁論主義を修正・補充するものとして認められている。もっとも、最終的に事実や証去を判断する権能は当事者にあるため、当事者は裁判所の釈明に応ずる義務はない。2 釈明義務裁判所に裁判所の釈明権であるが、いつ釈明権を行使することは裁判所の裁量に委ねられているといえよう。ただし、釈明については明文の規定がないが当然にあるものと考えられている。いかなる場合に釈明義務が認められ、これに違反した場合にいかなる効果・制裁が用意されているかは解釈に委ねられている。学説によれば、釈明義務の考慮要素として、以下の点が挙げられる。①判決における勝敗転換の蓋然性があったかどうか、釈明権を行使すると勝敗が逆転するとか、判決主文に変更が生ずる蓋然性が高い場合に釈明義務を肯定する。②当事者の申立て・主張における法的に不備が顕著であるか、③当事者の申立て・主張に法的に不備があることが明らかであるにもかかわらず、当事者が釈明に待たずに、釈明権者が適切な申立てや主張・立証することが期待できない場合、④釈明権の行使により、当事者が事件を審理しない、⑤その他の要素。訴訟の技術に習熟するか否かを肯定する方向に向かい、ここに訴訟遅延を招くおそれ等に否定する方向に考慮する。これらの諸要素を総合考慮して、釈明義務の有無が判断される(中野・後掲223頁)。また、当事者の不注意や懈怠による訴訟追行が不十分である、釈明権を行使しない場合に不合理な内容の判決が下されないかという実体的正義の側面と、当事者に不意打ちを与えざるおそれがあるか、当事者の実質的公平を図る必要性があるかという実質的手続保障の側面も考慮すべきである。裁判所が、釈明権を行使すべきであるにもかかわらず、これを行わなかった場合には、釈明義務違反として上告または上告受理申立ての理由(312条3項・318条1項)となる。判例においては、原告が自白した請求原因事実の成立が訴訟の状況に照応して問答した場合、これを認識して、当該区域の一部のみが原告に帰属するとする証言を得たとして、そこされた成立の数量等について回答を促すために、当事者に訴訟方法の証明を提出した価値に相反について、相続税が成立した事実についての当事者による釈明が考えられる(参考判例⑥)。また、第1審、第2審を通じて当事者に主張を提出する具体的な事情が示唆されているにもかかわらず、当事者がこれを避けなかったような法律構成を採用せず、信義則違反を認定したことには、釈明権を行使しなかったとしても違法とみるべきものがあるとする(参考判例⑤)。もっとも、信義則違反については一般条項(→問題28)の問題、事実認定の問題なので、釈明義務の判断に含めてよいものか。3 証拠調べと釈明義務(1) 証拠調べへの釈明義務 釈明義務は、当事者の申立てや主張のみならず、証拠の提出に関しても認められる。例えば、現に提出してある証拠によれば、当事者が証拠申出を行わない場合に争点事実を証明するにはすべてが揃わなければならない場合などである。とくに、判例が証拠調べの結果一定の心証を形成した場合に、相手方に反証の提出を促す釈明義務があるかについては、見解が分かれる。賛否両論があるが、原則として、かつては証拠申出が訴訟記録からみて可能な場合に、控訴審が事実の発見と事実評価を行うため、これら当事者に示して訴訟行為を行う機会を与えなければ不意打ちの判決となる場合に、証拠申出を促す義務があるという折衷的な見解もある(竹下=谷口=斎藤編『注釈民事訴訟法』(有斐閣・1993) 152頁[松本博之])。(2) 本問における釈明義務本問では、裁判所の積極的な釈明義務の範囲が問題となる。釈明義務に関する学説の基準に照らすと、本問では、②は問題とならないところ、①は、控訴審では、筆跡鑑定は一般に信頼性が高いといわれている専門性の高い鑑定人の確保が難しいため、決定的な立証手段とされてはいないが、筆跡鑑定を行えば申出の当事者Yに有利な鑑定結果が得られる余地があるので、勝敗転換の蓋然性がないとはいえない。③控訴審裁判所においては、第1審と同様に筆跡鑑定の申出を可能とする可能性を否定するかについては、例えば、Yが裁判所に対して、文書の成立の真正に疑問を抱いた場合に筆跡鑑定をするように申し出ているような場合には(参考判例①においてはかかる申出があった)、裁判所の釈明がなければ、Yが自発的に証拠を申し出る期待可能性もない。④第1審では、筆跡鑑定の申出がなされたにもかかわらずこれが黙示に却下されているので、控訴審で筆跡鑑定を申立てたとしても、裁判所による証明の申出を拒否するとはいえず、裁判所としてもXに不意打ちを与えるものではなく、当事者の公平を害するともいえない。また、仮に、上記のように、Yが控訴審裁判所に対して訴訟の申立てについて判例の釈明を行使することなく文書の真正について第1審と異なる判断をすることは、Yにとって不意打ちになり、実質的手続保障、当事者の実質的平等の点からも問題がある。したがって、釈明義務は肯定されよう。●参考文献●中野貞一郎「過失の推認」(弘文堂・1978)215頁 / 加藤新太郎「立証を促す釈明について」NBL614号(1997)56頁 / 加藤新太郎・百選(第3版)(2003)126頁(杉山悦子)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

弁論主義 | 一般条項

公開:2025/10/20

XはYに600万円貸したが、Yが弁済しないので、支払請求訴訟を提起した。Yは債務を弁済したと主張して争ったが、Aの証人尋問の結果、X・Y間の消費貸借契約は、Yの野球賭博の資金とすることを目的としており、そのことを両者が認識していたことが明らかになった。裁判所は、公序良俗違反を理由にX・Y間の契約を無効として、Xの請求を棄却することができるか。●参考判例●① 最判昭和36・4・27民集15巻4号901頁② 大判昭和13・3・30民集17巻578頁●解説●1 弁論主義の適用範囲弁論主義の第1テーゼによれば、裁判所は当事者の主張しない事実を判決の基礎とすることはできないが、通説によれば、これが適用される事実は主要事実である[→問題27]。主要事実は、訴訟物である権利の発生、変更、消滅という法律効果の判断に直接に必要な事実をいい(主要事実と間接事実の具体については、→問題29)、通常は法律要件事実と一致する。ただし、法律要件が、具体的事実ではなく、具体的事実に近づいてなされる一定の規範的評価を示す概念によって定められている場合がある。過失(民709条)、正当事由(借地借家28条)、権利濫用(民1条3項)、信義則(同条2項)、そして本問で問題となった公序良俗違反(同法90条)などがその例である。これらの規範的評価を含む概念は、一般条項ないしは規範的要件とよばれる。民法、公序良俗等を指し、過失、正当事由等はまとまらず、以下では、とくに断がない限り、このような広い意味で一般条項という文字を用いる。一般条項が問題となる場合に、弁論主義が適用され、その結果、当事者が主張しない限り裁判所が判断をすることのできない主要事実は、一般条項そのものであるのか、あるいは、それを基礎付ける具体的事実なのかが問題となる。これが問題となる具体的な場面としては以下のものが考えられる。第1に、当事者が一般条項を主張し、それを基礎付ける具体的事実をも主張している場合である。第2に、当事者が一般条項については主張しているにもかかわらず、それを基礎付ける具体的な事実を主張していない場合である。第1の場合で、一般条項も具体的も主張しているのであれば、当事者の主張の事実は存在するが、具体的まである場合も、ここに分類できる。第3に、当事者が具体的事実のみを主張しているが、上位概念である一般条項そのものについては主張していない場合である。そして、第4に、当事者が一般条項も具体的事実も主張していない場合である。いずれの場合においても、証拠調べの結果、一般条項を基礎付ける具体的事実の存在が明らかになったとして、裁判所が一般条項を認定することは弁論主義の第1テーゼに違反しないか。第1の場合には、主要事実=一般条項そのもののみの主張によっては、弁論主義違反はない。これに対して、第2、第3の場面においては、具体的事実を捉えるかによって結論が異なってくる。また、一般条項には公序良俗という強いものから弱いものまで、多様なものが含まれることを考えると、第3と第4の場面の扱いについては、一般条項の性質に応じた考慮が必要となる2 一般条項と主要事実一般条項が主要事実かという問題は、第2の場面を念頭に置いて論じられることが多い。通説を軸に考えてみよう。例えば、甲は自ら運転する自動車に対し乙がした行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起し、運転者の過失を主張したとしよう。運転者が一定速度を超えて自転車をはねた行為があるときに運転者の結果、スピード違反はわかることであり、わからなかった場合は、相殺、スピード違反はわかる、わかることがあるであろうか。従来の通説は、一般条項そのものが主要事実であり、それを基礎付ける具体的事実を間接事実と解していた。この見解によれば、当事者は、過失の事実の主張をしていれば足り、スピード違反や脇見運転といった事実にすぎないので、当事者が主張していれば証拠調べの結果からこれらの事実を認定することは可能である。この見解によれば、上記のように、当事者がスピード違反の有無について主張・立証をしているにもかかわらず、当事者が脇見運転の事実を認めて過失を認定することも可能になる。当事者の訴訟活動とは無関係に裁判官の自由な裁量を与えることになる。そこで現在の通説は、主要事実は、裁判所の審理の対象となる、すなわち評価概念であるその存在を証明できるような具体的な事実でなければならず、証拠によって証明すべきは主要事実ではなく、それを基礎付ける具体的事実こそが主要事実であると解している。この見解によれば、当事者が主張していないわき見運転を認定し、過失があると評価することは認められない。一般条項を基礎付ける具体的事実こそ主要事実とよんで、公序良俗違反の扱いも同じではない。3 公益性の高い一般条項と主要事実本問で問題となった公序良俗違反も一般条項であり、現在の通説によれば、これを基礎付ける具体的事実が主要事実となり、弁論主義が適用される。すると、第2、第3の場面のように、当事者が具体的事実を主張していないときには、裁判所はこれを認定することができないことなりそうである。参考判例①も、「当事者が特に民法90条による無効の主張をしなくとも同条違反に該当する事実の陳述さえあれば、その有効無効の判断をなしうるものと解するを相当とする」としており、具体的事実に弁論主義が適用されると解しているように思われる。もっとも、多数説は、公序良俗違反や、権利濫用、信義則違反などについては、一般条項のうちとくに公益性が高いものであり、当事者の私的処分には委ねられていないため(一般条項の一般条項ともよばれる)、そもそも弁論主義が適用されないと指摘する。そうであると、証拠資料からこれらを基礎付ける事実を認定することができるのであれば、第4の場面のように、具体的事実についてすら当事者が主張していなくても、裁判所は一般条項を適用することまで認められる。しかしながら、この立場に立によると、当事者が具体的な事実をまったく主張していないにもかかわらず、一般条項を適用することが当事者の手続保障を害することにならないかが問題となる。例えば、公序良俗違反等を理由とする事件について相手方当事者の争う機会を奪う結果になるからである。そのため、公序良俗違反を基礎付ける事実が証拠などから出ている場合には、裁判所は釈明して、当事者による事実の主張や法的評価を促すべきであるとしつつ、当事者が釈明に応じなくても事実を認定することができるという考え方もある。また、このような種類の一般条項についても、原則としてそれを基礎付ける事実について弁論主義が適用され、当事者が主張しない場合には裁判官が釈明すべきであるとし、当事者がこれに応じなければ事実認定できないという見解や、公益に関わる公序良俗違反については弁論主義の適用は排除され、具体的事実の主張は不要だが、当事者の保護を目的とした公序良俗違反については適用が認められ、具体的事実の主張は必要であるであるという見解も主張されている。また、狭義の一般条項のうち、当事者の利益保護を目的とする権利濫用や信義則については、原則どおり、基礎となる具体的事実が弁論主義が適用されるという見解もあり、狭義の一般条項全体について、公益性の強弱に応じた個別的検討が必要という見解もみられる。(2) 本問の扱い本問で問題となった公序良俗違反は、公益性の強い一般条項であり、主要事実はこれを基礎付ける具体的な事実である。したがって、Xが公序良俗違反を主張していなくとも、これを基礎付ける具体的事実を主張している場合には、裁判所は証拠調べの結果、公序良俗違反を認定して売買契約を無効とする判断をすることはできる。仮に、Xが具体的事実の陳述もない場合、あるいは、主張した具体的事実が公序良俗違反を認定するに足りない場合であっても、Aの証人尋問の結果公序良俗違反を認めることができるので、この場合にも公序良俗違反を認定できるかどうかについては、上記のように見解は分かれているが、多数説によれば、認定できることになろう。●参考文献●大澤しのぶ・百選94頁 / 山本和彦「狭義の一般条項と弁論主義の適用」広中俊雄先生古稀祝賀・民事法秩序の生成と展開』(創文社・1996)67頁(杉山悦子)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5

弁論主義 | 所有権取得の経緯来歴

公開:2025/10/20

資産家であるAはすでに妻を亡くしたが、亡妻との間にXとBの2名の子がいた。Aが死亡したため、X・Bが共同相続した。その後Bが死亡し、Bの妻Cが単独相続をした。BからCに対しては、相続を原因としてB名義の土地の所有権登記がなされていたが、これを知ったXが、当初はA個人の相続財産に含まれると主張し、Cに対して共有持分権に基づく所有権移転登記請求訴訟を提起した。Xの主張は以下のようなものであった。本件土地は生前にAがDから購入したものであるが、税金対策上DからBに対する所有権移転登記をしていたにすぎず、実質的にはAの相続財産に属する以上、Aの死亡によりXも相続による2分の1の持分を有することになった。これに対して、Cは、本件土地はDからBが直接購入して所有権を取得したのであり、Bの死亡によりCがその権利を相続したと反論した。裁判所が証拠調べを行ったところ、証人尋問の結果から、本件土地はDからAに対して売却されたところ、Aの事業を手伝っていたBに対して貸与があり、その返済があったことなどが判明した。裁判所は、かかる事実を認定した上で、Xの請求を棄却することはできるか。●参考判例●① 最判昭和25・11・10民集4巻11号551頁② 最判昭和55・2・7民集34巻2号123頁③ 最判昭和57・4・27判時1046号41頁●解説●1 弁論主義とその適用範囲弁論主義とは、訴訟である権利関係を基礎付ける事実を確定するのに必要な資料の収集を当事者の権能と責任に委ねる原則である。弁論主義は以下の3つの内容に分けられる。第1に、裁判所は、当事者が主張しない事実を判決の基礎とすることはできない(第1テーゼ)。第2に、裁判所は、当事者間に争いのない事実については判決の基礎としなければならない(第2テーゼ、自白の拘束力)。第3に、事実認定の基礎とする証拠は、当事者が申し出たものに限られる(第3テーゼ、職権証拠調べの禁止)。本問では、このうちの第1テーゼが問題となる。弁論主義の第1テーゼからさらに派生する原則として、訴訟資料と証拠資料は峻別される。訴訟資料は当事者の主張する事実であり、証拠資料とは、証拠調べの結果から得られる資料であるが、証拠資料によって訴訟資料を補うことは禁じられる。すなわち、証拠調べの結果から、ある事実を認定できる場合であっても、当該事実を当事者が主張していない以上、その事実を基礎として判決をすることは認められない。このような弁論主義が採用される事実については争いがあるものの(→問題28)、通説は、これを主要事実に適用され、間接事実や補助事実には適用されないとする。主要事実とは、権利の発生、変更、消滅という法律効果の判断に直接に直接必要な事実である。これに対して、間接事実や補助事実は、主要事実を推認する証拠力や証拠能力を明らかにする事実である。したがって、主要事実については、証拠調べの結果それが認定することが可能となり、それにより判決の基礎とすることができる。また、第1テーゼからは、主張責任という概念も導かれる。第1テーゼによると、ある事実が当事者によって主張されない限り、その事実を認定することができず、その事実に基づく法律効果の発生は認められない。ある主要事実を主張しないために判決の基礎とされない結果、その結果に基づく法律効果の発生を…〔判読不能〕…当事者は不利益を被るが、この不利益を主張責任という。その適用対象も主要事実である。主張責任は、証明責任の分配と一致し、証明責任の分配については法律要件分類説によるのが通説である。2 主要事実と間接事実の分類以上の弁論主義の適用性の有無が違ってくるために、主要事実を主要事実と間接事実を峻別する必要がある。当事者がいずれに該当するかを判断するのに有効な方法として、当該事実が訴訟から主張されると仮定したら、これが判例事実であるか否かを考える方法がある。積極否認とは相手方が主張する主要事実と両立しない事実を導入することによって、原告が主張する自働債権の売買代金…〔判読不能〕…を主張する場合、原告が売買契約の成立を立証するために代金の支払の約束を基礎付ける事実を主張すると、これが主要事実となる。これに対して、被告が代物弁済はなかったという口約束があったとすると、すなわち贈与があったとすると、これも主要事実となる。これと異なり、消極否認とは、相手方が主張する主要事実の存在を否認するにとどまる。他方で、抗弁とは、相手方が主張する主要事実と両立する新たな事実を導入するものである。抗弁における主要事実は、被告が弁済したという事実を主張する場合、代金の支払という事実と弁済とは矛盾するものではなく、被告に主張責任が転換することになる。しかしながら、当事者が積極的に消滅したという事実を新たに導入するために被告に主張責任、証明責任ともに負うことになる。要するに、抗弁事実であれば主要事実であり、積極否認事実であれば間接事実である。事である。3 所有権取得の経緯来歴と弁論主義の適用範囲上記のような分類を参考にすると、土地の所有権を主張する者はどのような事実を主張しなければならないであろうか。すなわち、所有権取得を主張する者は、どのような事実について主張責任を負うか。そもそも、ある人が土地の所有者であるかどうかを判断する場合には、その者が有効な取得などの方法で土地を原始取得した場合を除き、売買や贈与、相続などといった所有権取得に至る経緯(権原過程)を審理する必要がある。とすると、理屈の上では、ある土地について承継取得があった場合には、承継の前の所有者がであったかどうかを判断しなければならず、その判断のためには前主の前主が所有権であったかを判断しなければならず、所有権取得があった時点までさかのぼって審理することが必要となる。しかしながら、これはナンセンスであるので、実際には、ある者が過去の特定時点で所有者であったという点につき、両当事者で合意が得られた場合には、それを前提に、その者以降の所有権の移転経緯を審理することになる(厳密には権利自白の成否が問題となる点については→問題28)。一般には、甲が所有権を有する土地につき乙が承継取得した場合、乙が自己の所有権を基礎付けるために主張しなければならないことは、①甲が所有権を有していたことから、②甲が所有権を承継取得した事実を主張することになる。甲が所有権の承継の基礎付ける事実、例えば売買契約の有効な存在を主張しなければならない。これらに対して、相手方が、当事者が主張しない理論構成をしてみたとてこの所有権を認めることはできない。理論的には、①と②のみが甲の所有権であることの確定されるわけではない。というのも、②の承継があった後に消滅時効など甲の権利が消滅することもあるし、甲が丙に土地を譲渡することもあり得るからである。したがって、甲で権利が消滅したとの事情が一切存在しないことが明らかになって、はじめて乙が所有権を得たといえるはずである。しかしながら、このような事実の不存在を主要事実として乙に主張責任を負わせるのは、不可能を強いることであり当事者間の公平に反する。むしろ、このような甲の所有権喪失を基礎付ける事実は乙が証明責任を負う①の事実として甲が所有権を有していたことを前提に、抗弁事ということができる。そうであれば、どの権利取得を争う者(例えば丙)が主張責任・証明責任を負うことになり、かつ主要事実となる。したがって、このような事実が証拠調べの結果明らかになったとしても、当事者が主張しない限り、判決の基礎とすることは弁論主義に反する。他方で、甲がそもそも所有権を取得しなかったとか、甲から乙への承継の事実がなかったという事実については、乙が証明責任を負う①の事実と両立しない事実であるので、積極否行の対象となり、間接事実になる。このような事実については、当事者が主張していなくても、証拠調べの結果などから明らかになれば判決の基礎とすることができる。4 本問の場合本問のような経緯の場合には、どうであろうか。参考判例②は、「相続による財産権の取得を主張する者は、(1)被相続人の右財産権が奪われていたときに死亡したこと、(2)自己が被相続人の死亡により同人の相続をした事実の二を主張すれば足り、(3)右財産権が作成される以上、その相続人たる死亡によって同人に右財産権の帰属した原因となるような事実はないかったこと、及び被相続人の死亡の処分の行為により右財産の相続財産から逸失した事実もなかったことをも主張立証する責任はなく、いずれも相手方たるべきものがこれを相続人による財産取得を覆すものとしてこれを主張立証するべきものである」とする。これを応用してみてみると、Xが所有権取得経緯は、①Dから被相続人であるAに売買され、②相続によってXがDからAに土地の持分が移転したものである。これに対して、Cからは土地を買い受けたYのBであり、そのBからCが相続したという主張になる。このような事実については、被相続人であるAが所有権を取得したという事実と両立しない。名義は考慮されない。これに対して、Aが所有権を取得したことを認めつつ、AからBに売買により所有権が移転した、すなわち投機的な処分行為により本件土地が相続財産から逸失したという事実を主張する場合には、これは「被相続人の特段の処分行為により右財産が相続財産の範囲から逸出した事実」として抗弁事項となり、主要事実に該当する。したがって、CがAからBへの所有権移転の事実を抗弁として主張していない以上、裁判所が証拠調べの結果そのような事実を認めたとしても、これを判決の基礎とすることは弁論主義に違反して認められない。●参考文献●重点講義(上) 434頁以下 / 山本克己『弁論主義違反』法教289号(2004)112頁 / 下村眞美・百選90頁(杉山悦子)

「山本和彦編著、安西明子、杉山悦子、畑宏樹、山田文著『Law Practice 民事適当法〔第5版〕』商事法務、2024年」 ISBN978-4-7857-3092-5
« 1 24 25 26 27 28 29 30 39