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物上代位と相殺

公開:2025/10/20

Aは、5階建てのオフィスビル(以下、「本件建物」という)の所有者である。2022年11月15日、Aは、Yに対し、本件建物の1階および2階部分を賃貸し(以下、この契約を「本件賃貸借契約①」という)、これを引き渡した。賃貸借の期間は15年、賃料は月額500万円、敷金は1500万円、保証金は5000万円とされた。同日、Yは、Aに対して定められた敷金と保証金を交付した。2024年5月10日、Xは、Aに対する1億5000万円の貸金債権(以下、「本件貸金債権」という)を担保するために、Aから本件建物について抵当権の設定を受け、その旨の登記を経た。2027年5月10日、Aは、Zに対し、本件建物の3階部分を賃貸し(以下、この契約を「本件賃貸借契約②」という)、これを引き渡した。賃貸借の期間は10年、賃料は月額300万円で、敷金は1000万円、保証金は4000万円とされた。同日、Zは、Aに対し、Aとの間で定められた敷金と保証金を交付した。2029年1月15日、Aは、本件貸金債権にかかる債務について、履行遅滞に陥った。そこで、Xは、抵当権に基づく物上代位権の行使として、同月25日、AのYに対する本件賃貸借契約①に基づく賃料債権およびAのZに対する本件賃貸借契約②に基づく賃料債権について差押命令を申し立て、同月27日、それぞれYとZとに送達され、同月29日、いずれもAに送達された。差押命令の範囲は、AのYに対する本件賃貸借契約①に基づく賃料債権およびAのZに対する本件賃貸借契約②のいずれについても、2029年1月分から同年12月分までである。YとZとは、Xから同賃料債権の取立てを受けたときに、どのような反論をすることができるか。●解説●1. 物上代位と相殺に関する判断枠組み抵当権者は、抵当権に基づく物上代位の行使として、抵当不動産の賃料債権を差し押さえることができる。この場合において、差押命令が抵当不動産の所有者に対して送達された日が、抵当不動産の所有者に対して(民事193条2項の東定による155条1項本文の準用)、抵当権者が賃料債権の取立てをすることができる日である。(1) 抵当権設定登記の後に取得した債権を自働債権とする相殺判例によれば、抵当不動産の賃借人が抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とし、賃料債権を受働債権とする相殺をもって、抵当権者に対抗することはできない(参考判例①)。物上代位により抵当権の効力が公的に公示されているからである(このことについて、最判平成10・1・30民集52巻1号1頁→本章Ⅲ)。(2) 抵当権設定登記の前に取得した債権を自働債権とする相殺これに対し、抵当不動産の賃借人が抵当権設定登記の前に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とし、賃料債権を受働債権とする相殺をもって、抵当権者に対抗することはできる(参考判例①)。この場合には、抵当権に基づく物上代位による差押えがされたものと評価される(372条・304条1項ただし書)からである。2. 自働債権の特殊性:敷金・保証金自働債権が敷金である場合は、物上代位と相殺との優劣に関する一般ルール(前述1)が適用される。これに対し、敷金返還請求権が問題となった事案について、その内容に立ち入らずに判断を下したものとして、参考判例③がある(参考判例③を参照)。3. 相殺の合意の効力抵当権設定登記の後に取得した賃借人の賃貸人に対する債権と賃料債権とで、相殺の合意が成立した場合には、その相殺合意の効力を抵当権者に対抗することができる。4. 2017年民法改正の影響2017年民法改正は、物上代位と相殺との優劣に関する判例法理を前提とするものである。5. 敷金と相殺敷金は、賃貸借契約の期間満了後、賃借人が賃貸人に対して有する敷金返還請求権(622条の2第1項)を自働債権として、賃貸人が賃借人に対して有する賃料債権とを相殺することを予め合意したものであるとみることができる。

「書名: Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 発行年月日: 2022年10月15日 (第5版第1刷発行)」 ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

抵当権に基づく賃料債権への物上代位

公開:2025/10/20

Xは、2017年9月4日、Aに対して2億円を貸し付け、同債権を担保するために、A所有の賃貸用ビルに第一順位の抵当権の設定を受け、抵当権設定登記を備えた。中には、賃借人Yらが存在していたところ、Yらから得られる月額の賃料合計は500万円で、賃料は毎月前月末日までに支払うものとされていた。2018年9月4日、Aが定期利息の支払を怠ったため、Aに対して5300万円の債権を共有していたが、債権の回収に不安を感じた。そこで、2018年9月5日、BがAと交渉し、前記5300万円の債権に対する代物弁済として、同年10月分から2019年8月分までの中で甲の賃料債権の譲渡を受けた。Aは、Yらに対して、内容証明郵便で債権譲渡を通知し、これらの通知は2018年9月11日までにYらに到達した。Xは、国会の経済政策に大きな影響を与えたとして、Xは、2018年9月12日、抵当権に基づく物上代位権の行使として、AがYらに対して有する甲の賃料債権(ただし、管理費および共益費相当分を除く)に対して、本件抵当権に基づく支払期日に消滅金に充てるまでの部分を対象に、債権差押命令を申し立てた。差押命令は、9月18日までにYらに送達され、9月20日にAにXが送達された。Xが、2018年9月28日、最高裁(民集153巻2号・155条)に基づきYらに対し10月分の賃料の支払を求めたところ、YらはBへの債権譲渡の存在を理由に支払を拒否した。Xは、民法(193条2項・157条)を根拠とし、Yらに10月分および(代物弁済の効来する)それ以降の賃料の支払を求めることができるか。●解説●1. 抵当権に基づく賃料債権への物上代位民法372条は、先取特権に基づく物上代位の規定である民法304条を抵当権に準用する。それゆえ、民法304条1項本文を素直にみると、「抵当権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することができる」(物上保証人や第三取得者の存在を考慮し、「債務者」は「抵当不動産所有者」と読み替えられる)。しかし、抵当権と先取特権は性質を異にする判断である(たとえば効力の有無、333条参照)。特に抵当権設定契約に基づき、抵当権者が物上代位権を目的物について優先的に行使することを認めている議論があった。(1) 賃料債権への物上代位の可否抵当権は、目的物の使用・収益を抵当権設定者に委ねる非占有担保であり(目的物の交換価値のみを把握)、設定者の収益権限に介入することはできないとも考えられるため、抵当権に基づく賃料債権への物上代位を原則として否定する設定も考えられなくなかった。2003年改正前の民法371条によれば、目的不動産の差押(天災)後でなければ、抵当権の効力が目的不動産の果実には及ないとされていたため、それとの均衡から抵当権の実行としての目的不動産の差押後でなければ、賃料債権(法定果実)への物上代位を認める見解もあった。(2) 賃料債権を把握するための手段担保不動産収益執行は併行して申し立てる。抵当権者は、賃料債権から優先弁済を受けるべきである。不動産の所有権が第三者に譲渡され、管理人が選任され、不動産の所有権の管理および収益を専有し、第三者の部分が、抵当権者に劣後する(民事執行法188条・59条参照)。2. 抵当権に基づく物上代位と目的債権の譲渡との優劣(1) 判例の立場参考判例②は、物上代位の目的債権が譲渡され、譲受人が確定日付のある通知による対抗要件(467条)を具備した後に、抵当権者が目的債権を差し押さえた事案で、物上代位権の行使としての差押えと債権譲渡の優劣は、確定日付のある債権譲渡通知と差押命令の第三債務者への送達の先後によって決するとしている。(2) 差押えの意義について差押えは、物上代位の目的債権が譲渡された場合に、譲受人が確定日付のある通知による対抗要件を具備した後に、抵当権者が目的債権を差し押さえた場合に、抵当権者が物上代位権を行使することができるかどうかが問題となった。(3) 物上代位に対するその他の対抗手段物上代位の対象とされた目的債権に、賃料債権以外の債権(たとえば転貸料)は含まれるかという問題がある。そこでは、転貸料は賃料債権の履行として行われるものであるから、物上代位権の行使が問題となった。

「書名: Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 発行年月日: 2022年10月15日 (第5版第1刷発行)」 ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

債権質・担保価値維持義務

公開:2025/10/20

A株式会社は、2021年11月1日、B社から、建物の事務所部分を期間2年、賃料月額600万円(支払期限は各前月末日)で賃借し、その引渡しを受け、Bに対して敷金として合計6000万円を差し入れた。2022年11月1日、Aは、C銀行に負担する一切の債務の担保(被担保額5000万円、元本確定期日2023年10月31日)として、AがBに対して有する敷金返還請求権に質権を設定し、Bは、確定日付のある証書により本件質権の設定を承諾した。なお、2023年2月20日の時点で、Aには1億円余の銀行預金が存在していた。(1) (a) 2023年2月20日、BとDの間で、賃貸借契約を更新せずに、同年10月末日で終了させることとし、同時に敷金を1200万円に変更して、3月分以降の賃料を支払わず、敷金の差額(4800万円)の返還債権で相殺する旨の合意(本件合意ⓐ)をなした。同年6月20日、本件合意ⓐに気づいたCは、A・Bに対して、いかなる請求をなすことができるか。(2) (a) Aが、2023年2月20日、BとDの間で、同年10月末日で賃貸借契約を更新せずに終了させることとし、敷金を未払賃料に充当する旨の合意(本件合意ⓑ)をなした。同年10月31日、本件賃貸借が終了し、本件敷金6000万円のうち5000万円が本件建物の修繕費に充当された。A・B間の賃貸借契約の終了および敷金充当を知ったC(確定した被担保債権は4000万円)は、A・Bに対して、いかなる請求をなすことができるか。●解説●1. はじめに債権質は、物ではなく債権(権利)を担保目的とするゆえに、設定者は、債権を放棄するなどによって容易に担保目的である権利を消滅・変更させることができる。そこで、判例は、質権設定者に対して、設定者は、債権の担保価値を維持すべき義務(担保価値維持義務)を負うとし、債権の放棄・免除・相殺・更改等当該債権を消滅・変更させるなど担保価値を毀損する行為を行うことは、同義務違反として許されないとする。2. 担保価値維持義務設定者が、自己の所有する物(不動産・動産)ではなく、自己の権利を担保価値の目的とする場合がある。民法は、権利質について「質権は、財産権をその目的とすることができる」(362条1項)との定めを置く。具体的には、債権質、特許権、信託受益権などであるが、その他、権利を担保の目的とする例としては、地上権・永小作権への抵当権の設定、転質・転抵当などが挙げられる。これらを仮に「権利の担保」と称するならば、「権利の担保」においては、設定者が仮に「権利の担保」と称する利益を放棄するなど、設定者の意思によって、容易に担保目的である権利を放棄するなど、設定者の意思によって、担保価値が毀損されることを防止するために、権利を変更することができないこととなる。そこで、担保目的である権利を自由になしうることを前提としたうえで、担保権者に放棄を対抗できないとか、第三者の権利を害することができないとの規定(地上権・永小作権を目的とする抵当権につき398条、質権の承諾を得た場合における質権設定者の権利処分につき97条など)が置かれている。さらに、債権質や転質・転抵当については、条文は存在しないが、解釈論として、設定者は、質権者に質権を対抗できない(相殺を承認した参考判例①)、あるいは、原抵当権者は、原債務者と原抵当権を消滅させないなどとされた(これらは一般に「設定者の拘束」と呼ばれる(新田渉・「民法における権利拘束の原理」法学研究38巻1号(1965)221頁参照)。3. 建物賃貸借における敷金返還請求権の基準建物賃貸借において、敷金返還請求権は、賃貸借の終了後、建物の明渡しがなされたときに、賃貸借から生ずる一切の債務を控除した残額について発生する(最判平成22・9・6判時2096号66頁)。この敷金は、担保価値維持義務という視点から論ずることができるよう敷金返還請求権の性質を分析することが、敷金返還請求権を目的とする担保設定の法的問題を解明するうえで重要である。4. 担保価値維持義務違反の効果担保価値維持義務違反については、以下の効果が想定される。ⓐ 設定者は、被担保債権の期限の利益を喪失する(137条参照)。ⓑ 担保権者は、設定者に対して、増担保請求および代わる担保価値請求をなすことができる。ⓒ 増担保請求については、債権者の意思表示により特定の対象物件についてただちに担保権が設定される(形成権説)のではなく、債権者が債務者に対して特定の対象物件につき増担保の設定を請求したならば、債務者は承諾するかまたは協議に応じる義務を負うにとどまる(請求権説)と解されている(東京高判平成19・1・30判タ1252号252頁)。

「書名: Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 発行年月日: 2022年10月15日 (第5版第1刷発行)」 ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

動産質・権利質設定と転質

公開:2025/10/20

貴金属を営むAは、資金繰りに窮したため、2023年4月20日、店舗展示用の2000万円相当の宝石αを同業者Bに質入れし、返済期日を同年10月20日、利息月利1パーセント・遅延損害金月利1.5パーセントとして、500万円の融資を受けることとした。(1) Bは、Aの承諾を得て宝石αを自己の店舗に展示していたところ、2023年5月25日、Aから、買物セールの展示用として宝石αを使いたいので、6月1日から2週間だけ返してほしいと懇願され、使用させることにした。ところが、2週間を過ぎても、Aは宝石αをBに返還しようとしない。BはAに対して宝石αの返還を請求することができるか。(2) Bが宝石αをAの承諾を得て自己の店舗に展示していたところ、2023年5月25日、Aの元夫Cから、Aが買物セールの展示用として宝石αを使いたがっているので、6月1日から2週間だけ貸してほしいと懇願され、Bは、使わせることにした。同年5月30日、Bが宝石αをCに託した。ところが、そのような事実はまったくなく、騙されたと知ったBが、同年6月5日、Cに宝石αの返還を求めたところ、Cは、同月3日に同宝石を、事情を知悉した友人Dに500万円で売却し、同日Dに引き渡しがなされていた。BはDに対して宝石αの返還を請求することができるか。(3) 2023年6月20日、BはAの承諾なしに、宝石αをさらに金融業者Eに質入れし、返済期日を9月20日、利息年利15パーセント、遅延損害金年利20パーセントとして、700万円の融資を受けた。同年9月20日、Bが返済を怠ったため、Eは、宝石αにつき動産競売を申し立てて、700万円および利息・損害金につき、弁済を受けることができるか。また、2023年9月20日、Aから500万円の弁済を受けることができるか。●解説●1. 動産質権の設定、「引渡し」および「占有の継続」動産質権の設定については、民法が、一方では、質権の効力において、質権設定契約の当事者による「代理占有」を禁止する(345条)一方で、質権設定の各則において、「占有の継続」がなければ、質権を第三者に対抗できないとの規定(352条)を置く。各規定の意味および相互の関係をどのように説明するか、民法解釈上の意見および近時の有力説は、占有担保の有する特徴的な機能にかかわっているからである。伝統的な通説は、「占有」要件を留置的効力に結びつけて説明する。すなわち、留置的効力を有する担保である質権の対抗効力として重視し、非占有担保である抵当権と区別する。これに対し、有力説は、「占有」要件を担保物権の価値と結びつけて説明する。すなわち、質権においても、優先弁済的効力が中核であり、留置的効力はそれを促進する補助的手段にすぎないとし、「占有」要件は、公示機能を補完するものとして対抗要件の枠組みが整理されている。(1) 「引渡し」(344条)目的物の引渡しが、物権としての質権の効力発生要件であることに争いがない。ただし、質権の設定においては、質権の設定者が本体とする占有の継続をすることができない。(2) 「占有の継続」(352条)民法352条は、動産質権について、「継続して質物を占有しなければ、その質権をもって第三者に対抗することができない」と規定する。2. 動産質権に基づく返還請求質権も、優先弁済的効力を有する価値支配権である点では抵当権と変わりはない。したがって、質権の担保価値の実現を妨げる妨害行為に対して妨害排除・予防請求をなすことができる。さらに動産については特定した上で、質権者は、質権占有を根拠とする占有訴権(201条)と質権に基づく物権的請求権(妨害排除・予防請求)の行使が可能である。ただし質権者は、不動産質権として(356条)、あくまでも留置を目的としたものであり(347条)、原状として、質権設定者の承諾がなければ保存行為を除いて使用収益権限は含まれない(350条による298条の準用)に注意を要する。3. 転質の法律関係質権も財産権(物権)であるから、仮に何らかの制約を伴うものではあるとしても、原則として、質権者はそれを処分することができ、その処分の効力として、質権(またはその目的物)を他の債権の担保に供することができる。質権は、自己の債権について質権を行使することができるのが規定(348条)とともに、質権設定の承諾がなければ質権を担保に供することができないとの規定(350条が準用する298条2項)が存在するために、解釈上の疑義が生じた。しかし、大審院連合部決定は、それまでの判例を変更し、質権者が質権設定者の承諾を得ないでなしに転質もなし得る(責任転質)。●関連問題●(1) 本問(3)において、主たるAの所有物ではなく、AがDから預かっていた宝石を質入れしていた場合は、AとDとの間の法律関係はどうなるか。(2) 本問(3)において、AがBの質権設定につき、流質契約をしていた場合はどうなるか。●参考文献●林良平『質権設定と代理占有』林良平『物権法講義Ⅱ動産担保』(有斐閣・1989)130頁伊藤進『質権』石川浩平=加藤新太郎『新・註釈民法(2)物権⑵』(有斐閣・1979)161頁

「書名: Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 発行年月日: 2022年10月15日 (第5版第1刷発行)」 ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

留置権の成立および効力

公開:2025/10/20

2024年4月1日、Xは、所有の甲建物を、Yに賃貸した。XとYの間の賃貸借契約では、賃料月額25万円、賃料の支払方法は、翌月分を当月末日までに支払うこと、賃貸期間は2年間であることが合意されていた。Yは、Xとの契約締結後、ただちに甲建物の引渡しを受け、居住を開始した。その後、Yは、2025年2月分以降の賃料を支払わないので、Xが請求したところ、Yが賃料を減額してほしいというので、Xは、同月以降の賃料を月額20万円とした。しかし、Yは、同月以降の賃料を支払わないので、Xは、同月7月3日付けの催告で、同年7月15日までに、未払賃料6か月分を支払うように催告した。この催告は、内容証明郵便で、同月7日に、Yに到達した。Yからの賃料の支払がないため、XはYに対し、2025年7月31日付け書面で、賃料不払を理由に、Yとの賃貸借契約を解除する意思表示をし、この書面は、同年8月1日、Yに到達した。Yは、Xからの書面を受け取った後も、甲建物に居住し続けていた。同年8月末、台風に伴う豪雨のため、甲建物の屋根が損傷したので、Yは、A工務店に修理を依頼し、修理費用として、20万円を支払った。また、その頃、Yは、A工務店に依頼して、玄関に、システムキッチンの交換工事を行い、2025年9月20日、Yは、Aに工事費用50万円を支払った。2025年10月10日、Yは、Xに対し、甲建物の明渡しを求めて訴訟を提起した。この場合に、Yは、Xの明渡請求に対して、どのような反論をすることが考えられるか。そして、Yの反論は、認められるか。●解説●1. 賃貸不払による解除と明渡請求賃貸借契約において当事者の一方が債務不履行をしたときには、相手方は、賃貸借契約を解除することができる。賃料の支払は、賃借人の義務であり、賃借人が賃料支払義務を履行しない場合には、賃貸人は、賃貸借契約を解除することができる。2017年民法改正前の判例・学説においては、不動産賃貸借について、賃借人に賃貸借契約上の債務不履行がある場合でも、賃借人の行為が当事者間の信頼関係を破壊するに至らないときには、賃貸借契約の解除は認められないと考えられていた(信頼関係破壊の法理)。2017年民法改正後も信頼関係破壊の法理は否定されていないと考えられている。本問では、賃貸人Xに対して相応の期間を定めて催告を行っているが、期間内にYは履行をしていないから、Xは賃貸借契約を解除することができる。そして、Yは、Xに賃料の減額を申し入れ、減額が認められても、6か月分の賃料を支払わず、賃料不払が継続するそれがあることを考慮すると、その信頼関係は破壊されているであろうから、契約の解除は否定されない。そうすると、Xによる契約の解除は認められることになる。賃貸借契約が解除により終了すると、賃借人は、賃借人に対し賃借物の目的物の返還を請求することができるから、本問のXのYに対する甲建物の明渡しを請求することができることとなる。2. 留置権の成否(1) 留置権の意義たとえば、建物の賃借人が賃貸借契約期間中に賃貸人が負担すべき修理費用を支出しない(→賃貸人は、賃貸建物を修繕する義務(606条1項)を有する)場合に、賃借人は、賃貸建物に要した必要費の償還を請求できる。このときに留置権が成立する。(2) 留置権の成立要件民法295条1項によれば、留置権が成立するためには、①他人の物を占有していること、②その物に関して生じた債権を有すること(債権と物との間の牽連性)、③その債権が弁済期にないときは認められないこと(被担保債権の弁済期の到来)、④占有が不法行為によって始まった場合ではないことの4つが必要である。(3) 被担保債権と物との牽連関係留置権の被担保債権は、債権者が占有している「物に関して生じた」債権であることが必要である。この場合には、留置権が認められると、債権者は、目的物が弁済されるまで、その物を留置することができるのであるから、被担保債権と占有物の間に牽連関係があることは、重要な要件である。(4) 不法行為によって占有が始まった場合留置権は成立しない(295条2項)。Yの占有は賃貸借契約によって始まったものであり、権原のある占有であったから、占有が不法行為によって始まった場合に該当しないようにみえる。●発展問題●(1) Aは、自己の所有する甲土地をBに譲渡し、Bは甲土地の引渡しを受けた。Bが甲土地の所有権移転登記手続を行う前に、Aは甲土地をCにも譲渡し、Cは、Bよりも先に、甲土地の所有権移転登記を完了した。CがBに対して、甲土地の引渡しを請求したところ、Bは、Aの売買契約上の債務不履行によってAに対する損害賠償請求権を取得してこれを被担保債権に基づく留置権を主張したうえで、甲土地の引渡しを拒絶した。Bの主張は認められるか。(2) Aは、Bに500万円を貸し付けたが、この間に、Bは、この貸金債務の担保として、B所有の甲建物をAに譲渡し、甲建物の所有権移転登記を経由した。甲建物のAへの譲渡後も、Bは、甲建物に居住していた。Bが、弁済期に貸金債務の弁済をしなかったのでは、譲渡担保権の実行として、甲建物をCに800万円で売却し、Cは甲建物の所有権移転登記を経由した。CがBに対して、甲建物の明渡しを請求したところ、Bは、Aに対する清算金請求権を有しており、この清算金請求権を被担保債権とする留置権を主張できることを理由に、Cへの甲建物の明渡しを拒絶した。Bの主張は認められるか。●参考文献●古積健三郎・百選Ⅰ 162頁道野真弘・リマークス20号(2000)14頁鎌田薫=高見澤・民法Ⅰ岡本裕樹・百選Ⅰ山田卓生ほか『分析と展開・民法Ⅰ(第3版)』(弘文堂・2004)275頁山田誠一・争点132頁

「書名: Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 発行年月日: 2022年10月15日 (第5版第1刷発行)」 ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

占有と相続

公開:2025/10/20

Aは所有する甲地(以下、「B」という)に、賃貸し、Bは甲地上に工場を建設して太陽光パネルの部品を製造していた。Bは甲の代表取締役であり、BはAの借入金会社に近い状況であった。Bの経営が軌道に乗った1992年9月頃、工場を増築したため工場の敷地が手狭となった。そこでAは兄CにBの経営者の駐車場を探していると相談したところ、甲地に隣接するC所有の乙地について「大きなため池があって、ただ同然の土地だからお前の好きにすればよい」といわれた。Aは、ため池を埋めて駐車場として整備し、同年10月から乙地の大半をBに月極めで賃貸した(30区画)。乙地の駐車場収入は、月平均30万円程度であった。2000年10月1日、Bが心筋梗塞で急死したことから、Aの1人息子で東京でサラリーマンをしていたDがBの代表取締役に就任し、Aの財産をすべて相続した。Aが死亡後、Dはめったに顔を合わせなくなり、2016年6月1日にCは病死した。2020年7月末になって、Dは、長年の世話をしていたEから乙地の明渡しを求められた。Eは、2014年10月1日にCとの間で乙地につき贈与契約を締結したこと、同年10月15日付で贈与を原因としてCからEへ移転登記がなされていること、CがAに遊休地であった乙地を無償で貸与していたと主張している。しかし、Dは、CがAに乙土地を贈与してくれたと聞いていたことや、1989年度以降、乙地の固定資産税はAが死亡後のDが負担していたことから、2020年11月、Eに対して乙地の所有権移転登記手続を求めて訴訟を提起した。現時点は2021年10月とする。●解説●1. 所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記請求Dは、乙地の登記名義人Eに対して、乙地の所有権が自己に帰属していることを根拠に、所有権に基づく妨害排除請求権を行使して、Dへの移転登記手続を求めることになる。これに対して、Eは、乙地の所有権が自分に帰属していると主張していることから、D・E間の争いは、乙地の所有権が自分に帰属していることを相手方に主張できるかという点にある。本問では、Cが乙地の所有権をAに譲渡したと解する余地がある。しかし、Eは贈与を原因として移転登記を経由している。2. 取得時効と登記Dは相続を原因としてAの財産を包括承継しており、占有を相続した(187条)。Dは、Cの占有が開始した時点を、遅くとも1992年の10月である。非相続人の占有期間を通算すると、20年の非短期取得時効が成立するのは2012年10月10日となり、Eが完成後にCから贈与を受け、対抗要件を備えた第三者であり、Dは登記がなくとも、乙地の所有権を取得したことを主張できる。3. 長期取得時効の主張と立証責任の構造長期取得時効が成立するためには、20年間の、①所有の意思をもって、②平穏、かつ、③公然に、④他の物を占有していることが必要である(162条)。この要件のうち、今日では取得時効の対象は物の他人の物であることを要しないと判例・通説は解しており、③④については、民法196条1項によって、占有者は所有の意思をもって、善意(自分が本権者であると信じたこと)、平穏かつ公然に占有をなすものと推定されている。4. 占有の二面性:相続は新たな権原かもっとも、Aの占有が他主占有であることをDが善意・立証したときには、相続人Dは、相続により占有の性質が変容したと主張することはできない。5. 自主占有の主張と立証責任相続人が自己の占有に基づき時効取得を主張する場合、相続人が被相続人の占有が他主占有であることを知りながら占有を開始した場合、相続人固有の現実の占有に三面性が認められるわけではない。相続人が占有について外形的な支配と意思に変化はない。相続人が引き続き占有を続けている点で自主占有から他主占有への転換を認める。43 留置権の成立および効力2024年4月1日、Xは、所有の甲建物を、Yに賃貸した。XとYの間の賃貸借契約では、賃料月額25万円、賃料の支払方法は、翌月分を当月末日までに支払うこと、賃貸期間は2年間であることが合意されていた。Yは、Xとの契約締結後、ただちに甲建物の引渡しを受け、居住を開始した。その後、Yは、2025年2月分以降の賃料を支払わないので、Xが請求したところ、Yが賃料を減額してほしいというので、Xは、同月以降の賃料を月額20万円とした。しかし、Yは、同月以降の賃料を支払わないので、Xは、同月7月3日付けの催告で、同年7月15日までに、未払賃料6か月分を支払うように催告した。この催告は、内容証明郵便で、同月7日に、Yに到達した。Yからの賃料の支払がないため、XはYに対し、2025年7月31日付け書面で、賃料不払を理由に、Yとの賃貸借契約を解除する意思表示をし、この書面は、同年8月1日、Yに到達した。Yは、Xからの書面を受け取った後も、甲建物に居住し続けていた。同年8月末、台風に伴う豪雨のため、甲建物の屋根が損傷したので、Yは、A工務店に修理を依頼し、修理費用として、20万円を支払った。また、その頃、Yは、A工務店に依頼して、玄関に、システムキッチンの交換工事を行い、2025年9月20日、Yは、Aに工事費用50万円を支払った。2025年10月10日、Yは、Xに対し、甲建物の明渡しを求めて訴訟を提起した。この場合に、Yは、Xの明渡請求に対して、どのような反論をすることが考えられるか。そして、Yの反論は認められるか。●関連問題●Eが、DおよびBとCに対して土地の明渡しを求めて訴訟を提起した。本問と以下の点で異なる場合に、Eの請求は認められるか。現時点を2021年12月とする。(1) Eは、2019年10月1日にCから乙地の贈与を受け、同年10月15日付でCからEに移転登記がなされた。(2) Eは2020年12月に、乙地の回復請求訴訟を提起した。Eが訴訟を提起するまでに、AからもDからも乙地について移転登記を求められたことはなかった。(3) CがAに乙地を贈与した事実も、AがCに乙地の利用について相談した事実も立証されなかった。しかし、2002年10月頃からAが乙地を利用していることはCは知りながらも異議を述べなかったこと、乙地の固定資産税については2010年度まではCが負担しており、Aが2011年10月1日に死亡後、2011年度からはDが負担していた。●参考文献●満江春・民事法Ⅰ 281頁菊川一、第一章・二、第二章・三最判解民平成8年度91頁中田裕彦・百選Ⅰ (2015) 130頁大場浩之・百選Ⅰ 136頁

「書名: Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 発行年月日: 2022年10月15日 (第5版第1刷発行)」 ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

共有物の分割

公開:2025/10/20

甲土地と乙土地は、もとAが所有していた一筆の土地を分筆したもので、甲土地の東端と乙土地の西端とは隣接している。甲土地および乙土地は、各北端において幹線道路に面し、互いに交通至便な場所にあることから、周辺では収益物件の開発が進められている。甲土地および乙土地以外にも多数の財産を有していたAは、長男Bに甲土地を贈与してその旨の所有権移転登記手続を経由し、Bは甲土地を駐車場として使用収益している。乙土地はA所有名義のままで、その西側は遊休地となっており、東側3分の1部分には丙建物(1970年に新築された木造2階建)が存在している。丙建物の所有者名義人もAであり、次男Cが住宅として居住していた。Aは、先立たれた配偶者との間にB、Cおよび長女Dの3人の子(いずれも成年に達している)をもうけたが、2023年5月1日、遺言をすることなく死亡した。Bは、老朽化した丙建物を取り壊して乙土地全体を更地にし、甲土地および乙土地に賃貸マンション1棟を新築すれば一定の収益収入を得ることができるうえ、Cが上記賃貸マンションの1室に無償で住まわせて経済的に援助することもできると考え、乙土地全体の時価相当額の3分の1をCとDに支払ってBが乙土地を単独で取得する方向により乙土地を分割することを希望した。しかし、Cは丙建物の取壊しを名残惜しんで乙土地を持分3等分する方法により丙建物の敷地部分を現物で取得する分割を希望した。B、CおよびDは、乙土地・丙建物を含むA所有名義の不動産につき、2023年5月5日、相続を原因として持分3分の1とする各所有権一部移転登記を経た。その後、Cは遺産分割協議の申立ての時点で所在不明となり、遺産分割協議が調う見通しは立たなくなった。●解説●1. 共同共有と共有物分割E社は、乙土地および丙建物を前提に、CとDとの共有関係の解消を求めていることになる。CおよびDは、その相続分に応じてAの権利義務を承継した結果、乙土地および丙建物は、CおよびDの共有(持分各3分の1)となった(898条1項)。共有物の分割はいつでも請求できる(256条1項本文)ため、Dの申立ては共有者としての権利行使である。遺産分割の遡及効(909条本文)は共有物分割には適用されない。2. 協議と裁判共有物の分割は共有者間の協議によることが原則であるが、本問のように共有者間で協議ができないとき(Cが行方不明になっていることはこれに当たる)、裁判所に共有物の分割を求める訴えを提起することになる(258条1項)。遺産分割の協議後、裁判による分割、後者は各共有物分割(その結果は判決手続により、その効果を生ずるが、本問のように形成訴訟であり、判決において、その形成的な分割方法が定められる(訴訟形式)。2021年改正民法は、民法258条を改正し、共有物の分割の方法として、「共有物の現物を分割する方法」(現物分割)と、「共有者に債務を負担させて、他の共有者の持分を取得させる方法」(賠償による分割、いわゆる価格賠償)とを、並列的に、両者に優劣を設けない形で規定した。3. 共有関係から生じる法律問題本問では、BとC、Dとの共有関係が問題となる。乙土地および丙建物の分割を求める。Bの申し立てにより、地方裁判所による判決がなされ、共有物分割がなされることになる。4. 本問の検討本問のCは所在不明で、どのような分割方法を求めているか明らかでない。Dは、乙土地および丙建物自体に直接の利害を感じないのであれば、これらの価値の法定相続分に沿った額の金銭を遺産分割において支払いを求めることができることが確実である限り、現物取得自体にはこだわらないこともありうる。他方で、Eが遺産分割において、遺産全体を一括して分割する必要がある。●関連問題●本問の事実関係の下で、参考判例③の示した要件、特に、共有者間の実質的公平が害されないとの要件を満たすために、E社としては、どのような事情を裁判所に主張立証していく必要があるか。●参考文献●本文中に掲げたもののほか、道野真弘・百選I 154頁谷口賢彦・最判解平成25年度 547頁

「書名: Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 発行年月日: 2022年10月15日 (第5版第1刷発行)」 ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

共有物の登記

公開:2025/10/20

Aは地方都市の資産家である。Aに配偶者はおらず、子X・B・C・Dがいる。Aの子Bは、運送業をするなどして生計を立てていたが、賭博等により生活が乱れ、困ったあげく、2018年10月、中等学校の先輩であり、かつ、暴力団の副会長であるYから3500万円を借り入れた。2021年9月9日に登記され、居宅が差押えされた。Aの死亡により、Aの唯一の相続財産であった本件土地は、Aの子X・B・C・Dが共同相続した。Bは、2021年9月18日付けで、本件土地につき、同月9日相続を原因として、X・B・C・Dの持分を各4分の1とする所有権移転登記を行った。さらに、Yに対して、同月9日代物弁済を原因とするB持分移転登記が行われた。なお、本件土地のY持分の時価は約9億円であった。2022年9月24日、BがAに対する殺人および現住建造物等放火の容疑で逮捕された。Bの供述によれば、動機は、返済に行き詰まったBが、Yから強要されたものであり、2020年10月頃、父A死亡によって法定相続された場合にBが取得する本件土地の持分を借入金の弁済に充てて弁済する旨の約定書類をあらかじめ準備していたとしていた。Bの刑事裁判は現在係属していない。なお、Bには子Eがいる。Xは本件土地の共有持分権に基づいて、Yに対して、BからYに対する持分移転登記の抹消登記手続を請求できるか。●解説●1. 共有者の1人による抹消登記手続請求共有者の1人は、共有物について、共有持分権を有する。共有持分権は所有権の一種であることから、共有者は共有持分権に基づいて物権的請求権を行使することが認められる。しかしながら、共有持分権に基づく抹消登記請求が認められるかという問題は、次の2点に留意して検討する必要がある。第1に、相手方が第三者であるか。それとも当該目的物の共有者であるか。第三者の登記原因として、その登記が無効であることと解されている。第2に、共有者による登記原因として、その登記が無効であることと解されている。これによれば、共有者の1人は、登記原因が無効であることと解されている。2. 本問における抹消登記手続請求参考判例①からすると、本問におけるYは共有者の1人ではないため、共有者Xによる保存行為(252条5項)も、考慮するべきである。ただ、従来の判例によれば、抹消登記手続を請求した共有者は、他人名義登記によって自己の持分権を侵害されているという事情がある。これに対し、本問で登記手続請求を訴える者は、自己の持分権を侵害されているわけではない。なぜなら、共有者X自身は、自己の持分登記を備えているからである。そのため、Xは、自己の持分部分の抹消登記を請求することはできないのである。しかし、参考判例③は、本問におけるXからの請求を認めた。その理由は、BからYへの不実の移転登記登記が、「共有不動産」に対する妨害状態を生じさせているから、とされている。共有者の1人は、持分権に基づき、物権的妨害排除請求権を行使できる。すなわち、不動産の共有者は1人でも、第三者に対して、物権的請求権(妨害排除請求)の行使として、自己の持分を超える部分について抹消登記手続を請求することができるわけである。この判例は、当該請求が物権的妨害排除請求権の行使であり、いわゆる保存行為(252条5項)に属するものであることを、請求の理論的根拠を表している。3. 抹消登記請求権の根拠参考判例①は、共有持分権に基づいて、共有物の妨害排除請求権の行使として、保存行為(252条5項)に属するものであることを、請求の理論的根拠を表している。これに対し、参考判例②は、共有持分権と登記手続請求権を区別して、共有者の1人は、共有物について登記手続請求権を有しないと解するのが相当であると判示し、共有者の1人は、共有物について登記手続請求権を行使できないと解するのが相当であると判示した。これによれば、共有者の1人は、共有物について、登記手続請求権を行使することができないと解するのが相当であると判示した。共有者の1人による抹消登記手続請求が、保存行為という根拠を用いた理由の1つとして、第三者に対する場合に共有者の1人による抹使登記請求の理論的根拠を、第三者に対する場合に共有者の1人による抹消登記請求を認めるか。4. 関連事案についての検討共有者の1人が、第三者に対する抹消登記手続請求であれば、常に共有者の1人だけで請求が可能といえるか、という点である。共有者の1人が、第三者に対する抹消登記手続を請求することができるわけではない。参考判例③は、X・A共有の不動産について、X・A・Yが、Yに対して抹消登記手続を請求することができるわけではないとした。●発展問題●Aは、長期で旅行した60代の女性。いろいろな社会事業を行っていた。Aは2022年10月27日に死亡した。Aの相続人は、妻のY、子のX・B・Cであった。長男のXは東京で生活していた。YはAの死亡後まもなく、本件不動産(土地・建物)について、相続を原因として、Y単独名義での所有権移転登記手続を行った。ところが、Aは、2019年12月23日、XにB・C等の割合(各3分の1ずつ)で、本件不動産を遺贈するとの公正証書遺言をしていた。Yが遺言書を偽造し、隠匿を原因とする上記所有権移転登記手続を行ったとして、Xは、Yに対して、本件不動産につき、Yへの所有権移転登記の全部抹消登記手続を請求できるか。●参考文献●七戸克彦・百選Ⅰ 152頁鎌田薫・リマークス29号(2004)14頁

「書名: Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 発行年月日: 2022年10月15日 (第5版第1刷発行)」 ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

相続財産の管理・処分

公開:2025/10/20

大都市近郊の旧街道沿いにある、江戸時代から300年余り続く和菓子店の13代目であるAは、80歳という高齢になったににもかかわらず、跡継ぎを決められていなかった。Aの主な財産は、店舗兼住宅である本件土地建物であった(いずれもA名義の登記がなされているが、Aの配偶者はすでに亡くなっており、Aには子B・C・Dがいたが、いずれも独立して別の場所で暮らしていた。Aとしては、子の誰かに和菓子屋を継いでほしいと考えていた)。2023年5月、Aが危篤状態となり近所の病院に入院したため、Bは勤務する会社を休み、本件土地建物に泊まり込み、Aの身の回りの必要なもの等を病院に持参するなど熱心にAの世話をした。しかし、Aは入院から5日後に亡くなった。その後、Aの葬儀を行うため、Bは本件土地建物に泊まり込みを続けていた。Aの葬儀後、BはAの遺品の整理等をし、また、和菓子屋を再開するという名目で、本件土地建物に引っ越して居住を始めた。なお、Bは和菓子を売った経験はなく、勉強や修行をしようとしているわけでもなく、それまでと変わらぬ生活を続けている。Aの四十九日法要が終わり、B・C・Dは、Aの遺産分割を行うこととしたが、本件土地建物を売却して代金の3等分を主張するC・Dと、和菓子屋をいつか再開したいとして売却に強く反対するBとが対立し、遺産分割は遅々として進まない。C・Dは、本件土地建物を売却するために、まずBを立ち退かせるべきと考え、Bに対して、本件建物の明渡しを求める訴えを提起した。C・Dの請求は認められるか。●解説●1. 共同相続財産の管理相続人が複数存在する場合、被相続人が有していた財産(遺産)は、共同相続人の共有となる(898条1項)。この共有について、かつては合有と解すべきという見解もあったが、現在は、民法249条以下の共有(狭義の共有)と理解するのが判例・通説である。共同相続財産の管理について、相続に特別な規定は存在しないことから、物権法の共有物管理規定に従ってなされる。したがって、本問は、基本的に共有関係として検討を行う必要がある。なお、遺言における各相続人の共有持分は、法定相続分または指定相続分が基準となる(888条2項)。2. 共有物の明渡請求共有は、各共有者が持分権という権利を有していることから、物権的請求権を行使することができる。したがって、共有持分権に基づく不動産の明渡請求も基本的には可能である。ところで、共有者間における不動産の明渡請求については、参考判例が併存する。その背景は、本問と同じく共同相続人間の紛争であり、多数持分権者から少数持分権者への建物明渡請求が問題となったところ、次のように判示されている。共同相続に基づく共有者は1人である少数持分権者の、他の共有者の協議を経ないで当然に共有物を単独で占有する権限を有するものではない。しかし、多数持分権者は、共有物を現に占有する少数持分権者に対し、当然にその明渡しを請求することができるものではない。なぜなら、①各少数持分権者は自己の持分によって、共有物を使用収益する権限を有し、これに多額の費用をかけている場合もあるからである。3. 明渡請求が認められない場合本問のように、共有者間において共有物の利用に関する特別の合意の存在が認められる場合にも、本件土地建物をA・B・C・Dの4人が共有している場合において、法定相続分どおりとすると、A・B・Cの持分(合計4分の3)の価格の過半数を超えるので、C・Dの持分(合計4分の2)を併せても過半数に満たないから、A・Bの決定がなされ、C・Dの明渡請求は認められないこととなる。4. 不当利得返還請求等本問では問われていないが、C・DのBに対する明渡請求が認められない場合、また、明渡請求が認められる場合であっても明渡が遅れるまでの期間について、C・Dは、Bに対して賃料相当額の金銭の支払を求めることができるか。参考判例③は、不動産の共有者の占有者に対して、明渡請求が認められない場合であっても、占有者が単数で占有することができる権限を主張しない限り、自己の持分割合に応じて占有部分にかかる賃料相当額の請求ができるとしている。●発展問題●Aの配偶者Bと居住する甲建物のほか、乙建物を所有し、いずれについても登記を備えていた。Aには子C・D・Eがいたが、特にEをかわいがっており、Eの結婚を機に、E家族を乙建物に無償で住まわせていた。Aが死亡し、Aの財産はB・C・D・Eが共同相続し、甲建物および乙建物について、法定相続分に従った登記がなされていた(不動産登記法76条の2参照)。遺産分割協議はなされていなかったが、その登記がなされてから、C・D・Eの間で、Bが元気である間は、Bに配慮し、遺産分割協議はしないでおくという趣旨の了解があったためであった。Aの死亡から5年後、Bが死亡し、C・D・Eの間で遺産分割をすることになり、紛争が生じた。その理由は、A・Bの主な財産は甲建物および乙建物のみであるところ、甲建物に比べると、Eの居住する乙建物の財産的価値が圧倒的に高いため、C・Dは甲建物および乙建物を売却し、その代金を3等分することを主張したのに対し、Eは乙建物に住み続けることを主張したからである。C・Dは、遺産分割を円滑に行うためには、乙建物を売却することが必要であり、まずFを立ち退かせるべきであると考えた。C・D・Eは話し合いをしたが、C・Dは乙建物の占有者とするCを提案した。Eは反対したが、C・DはCを乙建物の占有者とすることを過半数により決定した。CはEに対して、乙建物の明渡しを求める訴えを提起した。Cの請求は認められるか。●参考文献●片山直也・百選Ⅰ 150頁

「書名: Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 発行年月日: 2022年10月15日 (第5版第1刷発行)」 ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

共有物の管理・処分

公開:2025/10/20

A・B・C・Dは、等しい持分の割合で甲土地を共有している。なお、次の(1)〜(3)について、A・B・C・D間に特に合意はないものとする。(1) 甲土地は、A・B・C・Dが通路として使用している。①甲土地の一部が陥没して通行に支障が生じている場合に、Aは、単独で、その費用で土砂の除去などの復旧をすることができるか。②甲土地は砂利道であるため、A・B・Cは舗装したいと考えているが、Dはこれに反対している。A・B・Cは、A・B・C・D間で甲土地を舗装する旨の決定をしたうえで、甲土地を舗装し、その費用の負担をDに求めることができるか。(2) Dが亡くなった後に、以前、A・B・C・Dが協議により、Bが甲土地を農地として使用する旨の決定をしていた。ところが、最近、甲土地を駐車場として借りたいと希望するEが登場したことから、A・C・Dの賛成により、存続期間を5年と定めて甲土地をEに賃貸することに変更する旨の決定をした。A・C・Dは、この決定に基づいて、Bに対し、甲土地の使用の停止を求めることができるか。(3) Bが甲土地を売却したいと考えており、C・Dもこれに同意しているが、Aは行方不明である。甲土地の売却を円滑にするために、Bはどのような目的をとればよいか。●解説●1. 共有物の変更・管理・保存行為に関するルール共有物の管理とは、目的物を使用・収益・改良することを含む広い概念の管理を指す。 共有者間に合意があるときは、その合意によって処理される。 たとえば、共有者間にAが建物を独占使用してよいとの合意があれば、当該共有者による独占使用が違法とは認められず、他の共有者は当該共有者に対して共有物の返還請求をすることはできない。共有者間にどのような合意もない場合には、民法のルールが適用される。 民法は、共有物の管理について、①変更、②(広義の)管理、③保存行為のルールを定めている。(1) 保存行為共有物の保存行為は、各共有者が単独ですることができる(252条5項)。 共有物の修繕等、物の現状を維持するための行為がこれに当たる。 小問(1)①は、土地通路の現状を維持するための行為であるから共有物の保存行為に当たり、Aが単独ですることができる(252条5項)。 そして、修繕にかかった費用について、Aは、B・C・Dに対し、それぞれ4分の1ずつの負担を求めることも可能である(253条1項)。(2) (広義の)管理行為共有物に変更を加えるには、他の共有者の同意を得なければならない(251条1項)。 つまり、共有者全員の同意が必要である。 共有物の形状または効用の著しい変更を伴わないものを除き、共有物の管理に関する事項は、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決定することができる(252条1項前段)。(3) 変更行為共有物の管理に関する事項は、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決定することができる(252条1項前段)。 管理に含まれると解される事項は、①で述べたように、変更のうち、共有物の形状または効用の著しい変更を伴わないものである。 (狭義の)管理と共有物の性質を変更することなくその利用・改良を目的とする行為であり(103条2号参照)、共有物の賃貸借を締結することなどが典型例である。2. 「特別の影響」を及ぼすべきときA・C・Dの決定がBに「特別の影響を及ぼすべきとき」には、その決定はBの承諾を得なければならない(252条3項)。 Bの承諾を得ないA・C・Dの賛成による過半数での決定もなされず、Bはこれに従う必要はない。それでは、Bに「特別の影響を及ぼすべきとき」とは、どのような場合か。 「特別の影響を及ぼすべきとき」とは、共有物の管理に関する事項の決定が、①共有物の性質に応じて、A管理に関する決定をする必要性・合理性が高いかどうか、②共有物を使用している共有者の利益にどのような不利益が生じるかを比較して、その利益が③共有者が受けるべき利益を上回る場合をいう。 これに照らすと、小問(2)で、例えばBが農業で生計を立てており、その決定によってBが被る不利益(⑥)は極めて大きい。 変更の必要性・合理性(⑥)がよほど高い場合でない限り、Bの不利益は受忍限度を超えており、Bに「特別の影響を及ぼすべきとき」に当たるだろう。 この場合にはBの承諾が必要であるから、Bは、承諾せずに決定の効力を否定することができるが、Bが単に好まないことを理由に拒絶している場合には、特別の影響に当たるといえる(主観ではない)と解される。3. 所在等不明共有者の持分の取得・譲渡小問(3)では、Aが所在等不明共有者に当たると、甲土地の処分が妨げられる結果となる。 B・C・Dとしては、共有物分割によってAとの共有関係の解消を図ることも考えられるが(→問題Ⅲ)、そのためにはBの負担が重くなる(すべての共有者を当事者として訴えを提起しなければならない)。そこで、裁判所の関与の下で、所在等不明共有者の持分を他の共有者が取得することができる制度が設けられている。 すなわち、裁判所は、共有者の請求により、その共有者(B)に、所在等不明共有者(A)の持分を取得させる裁判をすることができる(262条の2第1項、87条参照)。 そして、持分取得の裁判によってBがAの持分を取得した場合には、Bは、Aに対し、Aの持分の時価相当額の支払を請求することができる(262条の2第4項)。 そこで、裁判所は、Bに対し、一定の期間内に、Aのための供託所が定める金銭を供託所が供託することなどを命じなければならない。●関連問題●(1) 小問(1)②において、A・Bは舗装しているが、Dは反対し、Cは土地の舗装を望む。 A・Bは、土地の舗装に賛成するため、どのような法的手段をとればよいか。(2) 小問(3)において、Bが甲の売却を、単独で、第三者であるEに約束した場合に、どのような法的手段をとればよいか。

「書名: Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 発行年月日: 2022年10月15日 (第5版第1刷発行)」 ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

即時取得|193条・194条

公開:2025/10/20

地形調査を営むXは、空撮による地形調査のため、2022年7月20日、高性能のドローン(無人航空機)甲をA店から定価350万円で購入し、事務所で甲を適切に保管していた。しかし、同年9月5日にBによって甲を未使用の状態で盗取された。その後、Xはただちに警察に盗難届を提出した。その後の経緯は不明であるが、数回の転売を経て、無店舗で中古機器の販売業を営むCが甲を入手した。なお、Cは甲盗難の事実をまったく知らなかった。ところで、カメラマンYは、空撮での写真集を企画し、2022年11月10日、Cから未使用の甲を代金300万円で購入し、代金全額を支払って、甲の引渡しを受けた。なお、Yは甲盗難の事実について善意・無過失であったとする。その後、Yは甲を使用して各地で空撮を重ねた。以上の状況において、警察による事件捜査の過程で、Yの有する甲が盗品であることが判明した。そこで、Xは、2024年2月10日、Yに対して甲の引渡しを請求するとともに、甲の使用利益相当額の返還を求めて訴えを提起した。Xの請求は認められるか。これに対してYは、Cに支払った代価の弁償がない限り甲の返還には応じられないし、また甲の使用利益の返還にも応じられないと主張している。Yの反論は認められるか。なお、甲と同じ機種の中古ドローンの一般的な賃料は月額25万円であり、また、甲と同機種程度の中古ドローンの適正取引価格は現在時点で100万円とする。●参考判例●大判大正10・7・6民録27輯1373頁最判平成12・6・27民集54巻5号1737頁●解説●1. 即時取得と盗品等の特則に係る制度趣旨民法は無権利者から物を譲り受けた者をも保護し、動産の取引では、前主の占有を信頼して取引した者は、例外としてその前主の権利の有無とは関係なく保護される(→本章VⅢ)。すなわち、民法192条の要件を満たせば、取引によって動産の占有を取得した者(以下、「占有者」とする)は、その動産の権利を取得する。これは動産取引の安全を考慮して動産の占有に公信力を認める制度である。ただし、即時取得が認められる場合であっても、対象となる動産が盗品や遺失物(以下、「盗品等」とする)であれば、真実の権利者(以下、「被害者等」)または「原所有者」とすべき保護をすべき要請がある。そのため、さらなる例外として、同法193条によって被害者等は善意または過失(以下、「盗難等」とする)の時より2年間は占有者に対して無償で盗品等の回復を請求しうる(関与問題)。これに加えて、占有者が盗品等を競売・公の市場または同種の物を販売する商人から善意で買い受けた場合には、同法194条が適用され、被害者等は占有者が支払った代価を弁償しなければ、その物を回復することができない。本問では、占有者Yが即時取得の要件を満たすとしても、盗難時から2年を経過していないため、被害者XはYに盗品甲の回復を請求できる。ただし、Yは同種の物を販売する商人Cから甲を善意で購入しているため、XはYに代価300万円を弁償しなければ甲の回復を請求できないことになる。以上の基本的な制度枠組みを踏まえつつ、本問を具体的に検討するに当たって、いくつかの理論的な問題がある。まず、回復請求ができる期間を2年間と、所有者Yからすると所有権が消滅するか。民法194条による代価弁償の回復請求権に対する占有者の返還請求ができるのか。さらに、盗品等の使用利益の帰属の問題もある。2. 所有権の帰属所有権の帰属が民法193条・194条に応じて2年の間に盗品等の回復請求で戻る。3. 代価弁償の要否代価弁償は、占有者が盗品等を善意で購入した場合に、所有者から回復請求をうける場合、代価の弁償を受けるまで回復を拒否できる(抗弁権)のか、あるいは、占有者が所有者に対して積極的に代価の弁償を請求できる(請求権)のかが問題となる。判例は、代価弁償請求権は、占有者が目的物の回復請求を受けた場合に、代価の弁償があるまで目的物の引渡しを拒むことができるという抗弁権である、と解している(参考判例①)。所有者は、①2年以内に、②占有者に対して、③盗品等の回復請求権を行使し、④代価の弁償をする、ことによって、目的物の回復ができる。これに対して、占有者は、いったん任意に盗品等を所有者に返還した後でも、所有者に対して代価弁償の請求をすることができるか、またはこれを請求しないならば目的物を占有者に再度返還するか、いずれかを選択せよと請求する権利を失わないとみる見解がある(請求権説)。これが現在の判例(参考判例②)である。その理由として、代価の弁償が引換給付の利益を占有者に与える趣旨(同時履行)を貫徹すべきだからとされる。また、抗弁権説に向けて、他人の財産を事実上支配するにすぎない占有者が盗品等を返還した者よりも、不法行為者から盗品等を買い受けた者の方が有利な立場に立つのは不当だと批判する。4. 使用利益の帰属・返還(1) 善意の占有者と使用利益の帰属先述のとおり、民法194条の趣旨は、善意の占有者に使用利益を認める趣旨と解する。もっとも、上述2のとおり、民法193条の無償回復の場合には、占有者に使用利益が認められるとすると、代価弁償の要否によって結論が大きく異なってしまう。(2) 使用利益と代価弁償との相殺使用利益の返還を認める見解は、代価弁償額から使用利益を控除することを認める。使用利益の返還を認める見解の中でも、使用利益と代価弁償は別個の債権であり、両者の相殺を認める(相殺説)か、使用利益と代価弁償は対価的関係にあり、いわば不当利得の調整過程とみる(利得調整説)か、に分かれる。38 共有物の管理・処分A・B・C・Dは、等しい持分の割合で甲土地を共有している。なお、次の(1)〜(3)について、A・B・C・D間に特に合意はないものとする。(1) 甲土地は、A・B・C・Dが通路として使用している。①甲土地の一部が陥没して通行に支障が生じている場合に、Aは、単独で、その費用で土砂の除去などの復旧をすることができるか。②甲土地は砂利道であるため、A・B・Cは舗装したいと考えているが、Dはこれに反対している。A・B・Cは、A・B・C・D間で甲土地を舗装する旨の決定をしたうえで、甲土地を舗装し、その費用の負担をDに求めることができるか。(2) Dが亡くなった後に、以前、A・B・C・Dが協議により、Bが甲土地を農地として使用する旨の決定をしていた。ところが、最近、甲土地を駐車場として借りたいと希望するEが登場したことから、A・C・Dの賛成により、存続期間を5年と定めて甲土地をEに賃貸することに変更する旨の決定をした。A・C・Dは、この決定に基づいて、Bに対し、甲土地の使用の停止を求めることができるか。**(3) Bが甲土地を売却したいと考えており、C・Dもこれに同意しているが、Aは行方不明である。甲土地の売却を円滑にするために、Bはどのような目的をとればよいか。●解説●1. 共有物の変更・管理・保存行為に関するルール共有物の管理(管理)とは、①の目的物を最も含む広い概念の管理を指す。

「書名: Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 発行年月日: 2022年10月15日 (第5版第1刷発行)」 ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

即時取得|192条

公開:2025/10/20

Aは、演奏会用の有名ブランドのグランドピアノを賃貸していた。ピアニストのSのツアーを企画していたBは、Sが希望するブランドのピアノ1台(以下、「本件ピアノ」という)をAから賃借し、演奏会のツアー中、本件ピアノの保管をM倉庫業者に委託した。本件ピアノの保管を始めてから5カ月を経過したころ、MはBから「ピアノをCに売却した。ついては、Cのためにピアノの所有権が移転した」と連絡を受けた。Mは、受託中に荷物の所有者が変わる場合には、目的物を買受人に引き渡すことを依頼する旨の記載した文書を売主からM宛に発行してもらい、その文書の正本をMに交付してもらった。その文書の正本を買受人に交付し、正本の交付を受けたMが、寄託者たる売主の意思を確認するなどして、その寄託者台帳上の寄託者名義を書き換えていた。そこで、本件の場合にも、同様の手続を頼み、BからM宛に上記文書を作成してもらい、その正本をMに交付して、受託者名義をBからCに変更した。ところが、実際には、運搬資金に窮迫したSが所有する本件ピアノを売却したものであった。この話によれば、Bから「ピアニストSの来日のために資金を必要としており、Sが演奏会で使用するピアノを900万円で売却したい」と説明を受けたとのことである。Bは、Sの来日に協力したかったこと、本件ピアノの中古価格が1000万円から1200万円ほどであったことから、本件ピアノを購入した。賃貸期間を経過したことから、AはBに本件ピアノの返還を求めたところ、BはMに事実上座席しており、所有不明であった。調査の結果、AはCがMに本件ピアノを保管させていることを知った。AはCおよびMに対して本件ピアノの返還を求められるか。●解説●1. 即時取得制度の意義今日の通説的な理解によれば、民法192条は公信の原則に基づく制度であると理解されている。所有権侵害があれば、所有者には物権的請求権があるのが原則であるが、同条は前主の占有を信頼して取引行為をするに至った者を保護するに値する場合に、所有権の原始取得を認める。原権利者からの所有権に基づく動産の返還請求に対して、即時取得に基づく主張が有効な防御手段となるのは、無権利者と取引行為を行った者が所有権を原始取得する結果、原権利者はもはや喪失していると主張することができる。本問では、MおよびMを介して本件ピアノを占有するCに対して、Aがピアノの引渡しを請求するのに対して、Cが民法192条に基づいてピアノの所有権を取得したことを原因として、Aからの請求を拒めるかどうか問題となる。2. 占有取得の形態と即時取得の成否即時取得制度を公信の原則に基づく善意取得者保護のための制度であると理解すると、占有取得者=第三者が前主の占有を信頼したことが重要であり、第三者の占有取得の方法をどのような方法とするか問題となる。即時取得の占有の形態については、民法192条の「動産の占有を始めた者」に該当しないと解していた(否定説、大判昭和32・12・27民集11巻14号2485頁、参考判例①)。指図による占有の移転については、判例は大判昭和32・11・28新聞3520号11頁、大阪高判昭和34・12・17下民集10巻12号2621頁などで、しかし、参考判例②は、民法192条の即時取得を肯定した意思(東京高裁昭和54・11・27判時948号104頁)を支持し、指図による占有の移転によって動産の引渡しを受けた取得者は、同法192条の「動産の占有を始めた者」に該当すると解する。即時取得が成立した場合にも、即時取得の要件を満たす必要がある。この点、占有の移転、取引行為、善意・無過失、平穏・公然である。この点、指図による占有の移転の場合には、占有の占有が前主の占有に変化がある点に注目する必要がある。指図による占有の移転は、前主の代理占有が後主の代理占有に変化しているので、指図による占有の移転後も占有しているのはMであるが、B・C間の売買を原因として寄託者がBからCへ変更した時点でBの占有は喪失し、この結果、賃借人Bを介した原所有者Aの間接占有も喪失していることになる。この点で占有改定による場合とは異なることになる。このような評価が許されるのは、占有の観念化が進行して物の直接接触を伴わない占有の移転形態であっても簡易取引の公示手段となることが背景にあり、占有があれば占有を正当化する権利(本権)があると推定される背景にも変化が生じていると考えられるからである。以上の分析からすると、即時取得権利者は、取引の安全のために原権利者の権利の喪失を伴うものであるから、指図による占有移転によって、取得者が占有を始めた場合に、同時取得が肯定されるか否かは、取得者が前主の占有を信頼したことと同時に、取引行為によって動産の占有を始めたと評価しうる程度の占有を獲得しているかどうかによるところになる。本問に即して考えてみると、①前主Bの占有が、Mを介した観念化した占有であっても、Bに所有権があると推定させるような占有であるかどうか、また、②取得者Cが自己の妥当性を主張できる程度の占有を取引行為に伴って取得していたのかが重要となる。すなわち、MがB・C間の売買によってCのためだけに保管していると評価できるかが重要である。一方、原所有者の権利を犠牲にしてでもやや理解される理由は、取得者が信頼をよせる(観念的ではあるが、本権を推定させる)占有を原所有者が惹起させた点に求められることになる。本件事実ではAが任意にBに占有を委託したというだけで権利の喪失が正当化されているわけではなく、AがBに対してMを介した占有を容認していた点から、Aの所有権が喪失してもやむを得ないと解することになる。●発展問題●町工場を営むAは、運転資金を調達するために、Bから貸付けを受けた。A所有の不動産にはすでに抵当権が設定されていたことから、Aは担保として自分が所有する工作機械をBに譲渡し、占有改定の方法で対抗要件を具備した。しかし、AはBからこの機械を無償で借りて引き続き使用していた。その後、さらに資金に困ったAは、Bの場合と同じ方法で、同じ工作機械を担保のためにCに譲渡し、Cからも貸付けを受けた。Aが返済期限がきても借入金を弁済しないので、業を煮やしたBおよびCは、それぞれ工作機械の引渡しをAに求めた。AがBからもCからも貸付けを受けていることを知ったCは、ただちにAの工場に赴いて、Aから工作機械を引渡しを受けた。BはCに対して工作機械の返還を求められるか。●参考文献●井口牧郎・最判解民昭和35年度28頁崎崎勤・最判解民昭和57年度652頁大塚直・百選Ⅰ 138頁

「書名: Law Practice 民法Ⅰ【総則・物権編】〔第5版〕 発行年月日: 2022年10月15日 (第5版第1刷発行)」 ISBNコード: 978-4-7857-2991-2
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