Xは、2002年当時、甲土地を所有し、X名義の移転登記を具備していた。2002年4月1日、甲土地について何ら権原を有さず、かつXから賃貸のための権限を与えられていないAが賃貸人となり、甲土地につき賃借人Yとの間で賃貸借契約を締結した。その契約に基づき、YはAに直ちに敷金を渡して乙建物を建築し、Y名義で乙建物について保存登記をした。その後、Yは賃借人Aに対し賃料を支払いつつ甲土地を継続的に占有し、2024年4月時点で引き続きYが甲土地を占有している。2024年4月頃、Xは、Yが甲土地に乙建物を所有し、甲土地を占有していることに気づき、Yに対し立退きを求めたが、Yは、甲土地をAから賃借しているとして拒絶した。その後、X-Yは、それぞれAから事情を聞こうとしたが、その直前にAは行方不明となった。Yはやむを得ず、甲土地の賃料を供託しつつ、甲土地の占有を継続した。2024年10月1日、Xは、Yに対し建物収去と土地明渡しを求めて訴えを提起した。これに対し、Yは、どのような反論が可能か。●参考判例●① 最判昭43・10・1民集22巻10号2145頁② 最判昭62・6・5判時1260号7頁③ 最判平23・1・21判時2105号9頁●解説●1 賃借権の取得時効(1)「財産権」としての賃借権と取得時効民法163条は「所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、前条の区別に従い20年又は10年を経過した後、その権利を取得する」と規定する。また、ここに引用される「前条」である同法162条1項は20年間の占有継続による所有権取得を、同条2項は占有の開始の時に「善意であり、かつ、過失がなかったとき」の10年間の占有継続による所有権取得を要する。したがって、所有権以外の財産権は、占有開始時の主観による区別に従い、20年または10年間、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ公然と行使されることにより、時効取得されうることになる。財産権は財産上の私権であり、親族権、人格権、社員権などと対置される。財産権の主要なものは、物権、債権、無体財産権である。民法典に「債権」として規定される賃借権は「財産権」である。そこで、民法163条の文言を形式的に適用すれば、賃借権は取得時効の対象となることになる。(2)「債権」としての賃借権と取得時効「債権」は形式的に「財産権」であるけれども、取得時効の目的となるかについては、若干の議論がある。たとえば、他人にお金を貸したとして継続的にその返還を請求し続ければ、それによって金銭消費貸借上の金銭返還請求権を時効によって取得するというのにはなんら実体性を欠く。このような債権の時効取得は認められない。しかし、賃借権のように占有(継続的な使用・収益)を権利の内容とするような債権は、占有を基礎として時効取得が認められる所有権や、継続的履行行為を基礎として時効取得が認められる地役権(283条参照)と対比上、さらには賃借権化した不動産権についてもはや特に(ただし、「物権化」は、取得時効の可否とは無関係という反論がある)、取得時効を認めるべきだという結論には異論がない。ただし、以下にみるように賃借権の取得時効には理論的な問題があり、契約上の地位の取得時効、あるいは債権者側関係の取得といった質の法律構成にようとするものがあるほか、事実的契約関係論を背景に賃借権契約の存在の認定を省略し、取得時効を論ずるまでもないとする見解も主張されている。判例は、理由を述べることなく「土地賃借権の時効取得については、土地の継続的な用益という外形的客観的な事実が存在し、かつ、それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは、民法163条に基いて土地賃借権の時効取得が可能であると解するのが相当である」(参考判例①。ただし、破棄差戻判決)とし、一般論として土地賃借権の時効取得を可能として以来、一貫してこれを肯定する。学説は、不動産賃借権の取得時効を論ずるけれども、実際上、裁判所で問題となるものは、土地賃借権のみである。もっとも、判例は、「土地の継続的な使用収益という外形的客観的な事実が存在し、かつ、その使用収益が土地の借主としての権利の行使の意思に基づくものであることが客観的に表現されている」場合に、土地の使用借権の時効取得を認める(最判昭48・4・13民集109号93頁。ただし、事実審としては否定)。他方で、学説では、使用貸借権の物権的色彩がうすいことを強調して時効取得を肯定するものがあるもののまだ十分な議論はない。(3) 類型化とそれぞれの機能判例が示した要件のうち「賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているとき」とはどういう場合かが議論の中心となった。その際、土地賃借権の取得時効に多様なものが存在することが認識され、類型化して検討することが通常となった。類型化の基準には論者によって相違がある。論じられている類型を単純並列的に挙げれば、①賃借権の時効三者対抗型(参考判例③)、②賃貸借契約対象範囲・効果紛争型(参考判例③)、③無断転貸型(最判昭44・7・8民集23巻8号1274頁、最判昭62・10・8民集41巻7号1445頁)、④無断譲渡型(最判昭53・12・14民集32巻9号1658頁)、⑤賃貸借契約無効(強力保護信託)型(最判昭63・2・18民集26巻3号261頁、最判平16・7・13判時1871号76頁)、⑥他人地賃貸型(参考判例②)、⑦代理権欠缺型(最判昭52・9・29判時866号127頁)の類型がある(それぞれの類型がどのような事案を射程とするものかは、それぞれの引用判例を確認していただきたい)。それぞれの類型では賃借権の取得時効の機能とその有無を観念することができ、④型:対抗要件補充機能なし、⑤型:契約内容明確化機能あり、⑥型:承諾補充機能あり、⑦型:原承諾補充機能あり、⑧型:瑕疵治癒機能あり、⑨型:権原治癒機能あり、⑩型:権原回復機能あり、にまとめうることができよう。2 無権原者による土地賃貸 (他人地賃貸型) の問題点: 土地所有者への義務の帰属上にみたした類型の甲で理論的に最も難問な問題が生ずるのが、土地の所有者でない者(無権原者)が自己の所有権として賃貸し、賃借した者が賃借権の取得時効の要件を満たし、その主張をした場合である(他人地賃貸型)。判例は、参考判例①が示した一般論に従い、他人地賃貸に類する参考判例②において土地賃借権の時効取得を認めた。ところが、参考判例①は、参考判例①を引用して「土地の所有者に対する関係において」土地の賃借権を時効取得すると述べるのであり、理由を示さない。判例が実質的かつ説得的な理由を示さないことも相まって、この類型の存在自体がそもそも賃借権の取得時効を肯定すべきとする学説を基礎づける大きな理由の1つとなっている。この点については、判例は、民法163条の文言解釈および結論の妥当性(土地賃借権の時効取得を認めることの必要性)を重視しているといえようか。この類型の要件に関する課題として、「賃借意思の客観的表現」が誰に向けられるべきかという問題がある。大多数の見解は、貸主たる無権原者に対するもので足り、土地所有者に向けられる必要はないとしている。他方、効果に関する問題として、賃借権が最終的には土地所有者に対するものとなることを前提として、いかにして土地所有者が賃貸人としての義務を負うことになるのかという問題がある。この問題については、従来、ほとんど論じられていない。数少ない議論をあえて整理すれば、次のようになる。まず、そもそも誰に対する賃借権が取得されるのかという点から、①土地所有者に対して取得されるというものと、②いったん無権原者に対して取得された賃借権が土地所有者に対するものに移転するというものに分けられる。①をさらに、③土地所有者に対する賃借権の取得により土地所有者が当然に義務を負うとするものと、④土地所有者からの契約関係が承認されるとするものがある。また、②はさらに、⑤あたかも無権原者から土地所有者に土地所有権が移転するのかのように扱い、その所有権移転に伴って賃貸人の地位が無権原者から土地所有者へ移転するとするものと、⑥⑦所有権の移転は問題とせず、無権原者から土地所有者へ賃貸人の地位が移転するとするものがある。⑥⑦については、賃借人側の要件のみにより認められる賃借権の取得によって、それを無権原者と土地所有者がなぜ義務を負うのか、という問題がある。⑥⑦については、賃貸意思のない土地所有者との関係で賃貸借契約関係を承認できるか、という問題がある。⑥⑦については、そもそも土地所有権のない無権原者からの所有権移転を擬制できるかという問題がある。⑥⑦については、なぜ賃貸人の地位が無権原者から土地所有者へ移転するのかを説明しなければならないという問題がある。以上の問題点を理論的に解決することは、かなりの難問である。先にみたように、この問題を回避するため、そもそも賃借権の時効取得を否定し、別の法律構成を示唆する見解もある。ただ、賃借権の取得時効を認めることは確定した判例であり、これを踏まえると、判例を理解するうえで、賃借権の時効取得を認めることを前提とした理論構成が必要になろう。他人地賃貸型の土地賃借権の時効取得により土地所有者に義務を負わせるための理論的課題については、ある程度割り切り、民法典の債権編に規定されるもの以外にも債権発生原因を承認することを前提に「賃借権の時効取得により時効取得者と土地所有者の間で賃貸借契約が締結されたとみなす」という法定効果が生ずるとする構成もありかもしれない(まったく法状況および法感性が異なり、類推はもちろん参考にも値しないという批判もあろうが、仮登記担保法10条の法定地上権(法定賃借権)の効果を「借用」できないだろうか。同条の効果は「土地の賃借権がされたものとみなす」である。)。●関連問題●2002年2月1日、Xは、Aとの間で、Xが所有する甲土地について建物所有を目的としてAに対し賃貸する契約を締結した。ところが、直後にAは、子どもの通学の関係で近隣に引っ越すことになった。Aは、甲土地の借地権を失うより、有効に活用したいと考え、Xに相談したまま、2002年4月1日、Yとの間で甲土地について転貸借契約を締結した。当然、乙の転貸借について、Xは承諾していなかった。Yは、転貸借契約に基づき甲土地に乙建物を建築し、2002年10月1日、乙建物について保存登記をした。その後、Yは、甲土地を継続的に占有するとともに、Aに対し転借賃料を継続的に支払い、またAは、Xに対し賃料を継続的に支払ってきた。2024年4月頃、Xは、Yが甲土地上の乙建物に居住していることに気づき、Yに事情を聞いたところ、Xの承諾なくYがAから無断で甲土地を転借し甲土地上に乙建物を所有していることが判明した。XはYに対し甲土地の明渡しを求めた。が、Yが拒絶するので、2024年10月1日、Xは、無断転貸を理由としてX・A間の賃貸借契約を解除したと主張するとともに、Yに対し、建物収去土地明渡しを求めて訴えを提起した。これに対し、Yはどのような反論が可能か。●参考文献●可部問雄・最判解民事篇昭和43年度 1179頁 / 奥村長生・最判解民事篇昭和44年度473頁 / 大久保邦彦・百選196頁(尾島茂)
A (57歳) は甲土地を所有しており、登記上、その所有名義人となっていた。Aの配偶者はすでに死亡しており、子としては、その配偶者との間に配偶者が死亡しており、子としては、その配偶者との間にもうけたB (28歳)、C (25歳) の2人がいる。Bは1人暮らしをしている。CはAと同居し、A宅から勤務先に通っている。Cには配偶者はなく、子や孫もいない。2024年12月1日に、Cは、Xとの間で、甲土地をXが購入し、代金1000万円の支払と引換えに2025年4月1日に所有権移転登記をする旨の契約を結んだ。この売買契約の際に、Cは、甲土地を売却する権限をAがCに与える旨が記載された委任状、甲土地の登記識別情報通知の紙、Aの実印および印鑑登録証書をAに示し、Aの代理人としてのふりをした。しかし、上記のうち、委任状はAに無断でCが作成したものであり、また登記識別情報通知の紙および実印は、A宅の金庫に保管されていたものをCがAに無断で持ち出したものであり、印鑑登録証明書も、A宅のタンスに保管されていたAの印鑑登録カードを用いて、Cが市役所でAに無断で交付を受けたものであった。なお、AがCに代理権を与えたことは一度もない。(1) 2024年12月10日にCは交通事故に遭い、同月15日に無遺言で死亡した。AはCの死を看取った。現在 (2025年4月10日とする) に至るまで、Cの相続については、相続放棄も限定承認もしていない。Xは、2025年4月1日に、Aに対して、代金1000万円を提供して、甲土地の所有権移転登記をするよう裁判外で申し入れた。Aはこの間に初めて、上記売買の事実を知ったところ、Xの上記申入れを拒絶した。XがAに対して甲土地の所有権移転登記手続を請求した場合に、請求は認められるか。(2) 小問(1)の設定を変えて、2024年12月10日にCは交通事故に遭ったのはAであったとする。すなわち、Aは同月15日に無遺言で死亡し、BとCはAの死を看取った。Aは、死亡するまで上記売買の事実を知ることはなかった。現在 (2025年4月10日とする) に至るまで、Aの相続について、BとCのいずれも、相続放棄も限定承認もしていない。B・C間での遺産分割協議の結果、甲土地はBが取得する旨合意され、2025年3月25日に甲土地につきBへの所有権移転登記がされた。Xは同年4月1日に、Bに対して、代金1000万円を提供して、甲土地の所有権移転登記をするよう裁判外で申し入れた。BはCの時に初めて、上記売買の事実を知ったところ、Xの上記申入れを拒絶した。XがBに対して甲土地の所有権移転登記手続を請求した場合に、請求は認められるか。参考判例① 最判昭和37・4・20民集16巻4号955頁② 最判昭和48・7・3民集27巻7号751頁③ 最判昭和49・9・4民集28巻6号1169頁④ 最判昭和40・6・18民集19巻4号986頁⑤ 最判平成5・1・21民集47巻1号265頁解説相続関係の確認小問(1)では、Cには配偶者はおらず、子や孫もいないため、Cの相続人となるのは親Aだけであり、AはCの相続人となる(889条1項)。また、小問(2)では、Aの相続人となるのは、子BおよびCであり(887条1項)、法定相続分は各2分の1である(900条4号)。小問(1) (2)のいずれにおいても、いわゆる熟慮期間(915条1項)は、被相続人の死亡の事実およびそれにより自分が相続人となることを知った2024年12月15日から起算され、その時から3か月以内に、相続放棄も限定承認もされていないので、相続人は単純承認したものとみなされる(921条2号)。単純承認により、被相続人が負っていた権利義務をそのまま承継する(896条・920条)。小問(1)について(1) 売買契約に基づく請求Cは、Aの代理人であることを示して(顕名、99条)、Xと売買契約を締結したが、Cは本人Aから事前に「権限」(99条、代理権のこと)を与えられていなかった。このとき、Cが結んだ売買契約は無権代理行為であり、その効力は、原則として本人Aには及ばない(113条1項)。しかし、本人AがCの無権代理行為を追認すれば、売買契約の効力が本人Aに及ぶため(113条1項)、Xは売買契約の履行を請求として、甲土地の所有権移転登記手続をAに請求することができる。もっとも、小問(1)では、Xの裁判外での甲土地を拒絶している。Cの行為は、Cの無権代理行為につきAが追認を拒絶した行為として解釈される。追認がなくとも、表見代理が成立すれば、本人は、無権代理人がした行為について「責任を負う」(109条1項などの表現)、つまりCに代理権があったのと同じように扱われるため、Xは、甲土地の所有権移転登記手続をAに請求することができる。もっとも、本問では、本人がAに代理権を与えた旨を表示した行為をまったくしていないから、民法109条の表見代理は成り立たない。また、AがCに代理権を与えたことは一度もないというのであるから、民法110条の表見代理も112条の表見代理も成り立たない。よって、本問では、表見代理はおよびそうにない。関連して、次のような主張が考えられる。すなわち、無権代理人の地位と本人がAにおいて融合したことをもって、本人Aにおいて融合したこととみると、売買契約の効力は当然にAに及ぶことになると。(融合ないし資格融合説と呼ばれる)。Aが単純承認をすれば、本人Aが単純承認をしたという事例(無権代理人相続型)に関する最高裁判例で採用された。しかし、小問(1)は、本人が無権代理人を相続したという事例(本人相続型、相続はこれに当たる)において、無権代理人が勝手にした行為が本人に当然に帰属するという姿でない結果を招来し(判例は、3(1)で述べるように、無権代理人が無権代理人でない者と共同で本人を相続するという事例(無権代理人の共同相続、本問はこれにあたる。)において、そのような適用を否定しない趣旨と解されるものが多く、この適用を限定して無権代理人が相続しても、本人Aの資格において追認拒絶しても、本人として無権代理行為の追認拒絶ができる配慮的である(資格併存説)。そして、資格併存説によれば、小問(1)では、無権代理行為をしたつき、AがDのとおりに本人Aの資格において追認拒絶している。Aのこの追認拒絶は有効となり、何の信義則にも反しないと解される(参考判例①)、すると、⑥の主張は成り立たないことになる。(2) 民法117条に基づく請求もし、小問(1)で民法117条の責任の成立要件が満たされるのであれば、Xは、同条に基づき無権代理人Cが負うべき責任を、それを相続によって承継したAに対して追及することができる(参考判例②)。そして、Xは、(1)の請求ができない場合でも、同条の責任を追及して銀行のほうを尽くせば、Aは甲土地の所有権の移転を請求(560条)を選択すれば、Xは甲土地の所有権の移転を請求することができる。しかし、仮に小問(3)で民法117条の責任の成立要件が満たされているとしても、本人はAに代わらずに、②において甲土地の自分はどうにか自由履行をAに返還することができる。しかし、その履行責任を負うのは、Cの相続について単独相続しているはずだから、Cが負うべき責任をそのまま承継したにすぎず、したがって、CがAとの間で選択した場合は履行義務を負われることになるが、ほとんどすべきではない。という考え方もある。成り立ち得ない場合には、ほとんどすべきではない。(1)で追認を拒絶する自由をAに与えた趣旨からすると、(2)において、仮に同条の責任の成立要件が満たされていたとしても、XはAに損害賠償責任を追及できるにとどまり、履行責任のほうは追及できないと考えている(このことの論拠として、他人の物を売却する契約をした売主が、PがQを相続した、という本人相続型とよく似た事例において、原則としてPはQからの履行請求を拒絶できるとした参考判例⑤が、しばしば援用される)。後者の見解にたつと、仮に民法117条の責任の成立要件が満たされていたとしても、Aは、甲土地の所有権移転登記をXに履行させる義務を負うことはないため、XのAに対する請求は認められない。(3) 補足小問(1)の解答は必要ないが、2点補足しておく。第1に、民法117条の責任が成立するためには、売買契約の当時に、Cに代理権がないことについてXが知らなかったことが必要である(117条2項1号。なお、同項ただし書の場合には、小問(1)では、Cは自己に代理権がないことを知りつつDの行為をしたので、相手方Xが、Cに代理権がないことにつき善意であれば、同条の責任は成立する)。第2に、小問(1)で、甲土地ではなく金銭を請求したいだけであれば、民法117条の責任が成立しない場合であっても、Xは、代理権がないことを知りつつ代理人としてふるまったCが負うべき不法行為責任(709条)を、Cの包括承継によって相続したAに追及することが可能である。もっとも、民法117条の責任の場合には、履行利益の賠償の請求が認められるのに対して、不法行為責任の場合には、履行利益の賠償は請求できないことになろう。また、不法行為責任の場合には、一般論としては、賠償額の算定にあたり、被害者であるXの過失が考慮される(722条2項)。もっとも、小問(1)においては、Cは故意の不法行為を犯しているので、過失相殺の主張は認めがたいと考えられる。小問(2)について(1) 売買契約に基づく請求(2)でみたように、本問では、Cは無権代理人であり、Cが結んできた売買契約の効果は原則として本人Aに及ばない。しかし、仮に追認があって売買契約の効果が例外的に本人に及ぶこと(113条1項)、本人はA、甲土地の所有権の登記をXに備えさせる義務(560条)を、売買契約の当事者でもないBに負っている(116条本文)。Aの遺産は相続分に応じてBとCが共有するが、この遺産は相続分に応じてBとCがAを相続すること、XはBとCのいずれに対しても、登記の全部の履行を請求することができる(428条・436条)。なお、この結論は、被相続人が成立した代理権があったのと同じように、本問では無権代理行為であっても、BとCはいわば過失によってその行為を追認したことに帰し、これは2(1)で述べたように、本問では無権代理行為の効果は相続分はないので、これ以上は述べないことにし、追認を巡る状況に。小問(2)で、Aは無権代理行為をしたことを知らないうちに、したがってそれにについて追認するか追認拒絶するかを選択すべき地位にあることを意識しないうちに、死亡した。Aの権利義務を包括的に承継したBの相続人が、Aに代わって、追認するか追認拒絶するかを決めるべき地位にたつ。仮に小問(2)で、Aの相続人が、無権代理行為をした本人であるだけであったとしたら、この場合、結論として、売買契約の効果はBに及ぶので、遺産分割は認められない。しかし、2(1)で論じたように、共同相続の場合に立つ場合とで、その結論の法的構成が異なる。すなわち、Cは、本人として無権代理行為につきBが追認を拒絶した行為として行動したのであるから、BとCの共同相続により、相続人Aから承継した地位は一体としてBとCに帰属する。当事者の地位はCにおいて融合しており、その間の法律関係は相続により、当然に売買契約の効果はAに及ぶので、Aの相続分に応じて、Cの相続分はA=Cにおいて、このような説明をしている。しかし、参考判例によれば、無権代理行為との関係で、相続によりAから承継した本人としての地位は、Cにおいて併存し、小問(1)と同様に、Cは追認拒絶することも妨げられないはずである。しかし、無権代理行為をした当人であるCが本人としての地位で追認を拒絶することは、信義則に許されるべきでない。したがって、Cは追認したものと同視することができ、そうすると売買契約の効果は本人Aに、ひいてはAを相続したCに、及ぶこととなる。以上は、無権代理人が単独相続についての議論であるが、では、無権代理人が共同相続についてはどうか。資格融合説によるとどのような帰結になるのかは、はっきりしない。これに対して、資格併存説からは、次のように説明される。すなわち、追認するか追認拒絶するかを決めるべき本人Aの地位は、共同相続により、不可分的にBおよびCに承継される。そして、無権代理行為の追認は、本人に対して効力を生じていなかった法律行為を本人に対する関係で有効なものにするという効果を生じさせるものであるから、BとCが共同して追認しない限り、その法律行為の効果が本人Aに及ぶことはない(参考判例③)。したがって、一方で、Bが追認拒絶すれば、BとCの全体として追認拒絶したことになる。他方で、Bが追認している場合にそれににもかかわらず無権代理行為をした当人であるCだけが追認を拒絶することは、信義則に反し許されず(参考判例③の結論)、したがって、Bの追認さえ得られれば、BとCの全体として追認したのと同じことになる。以上によれば、小問(2)で、追認があったことを理由として、甲土地の所有権移転登記手続をBに請求できるためには、BがCの無権代理行為を追認する必要がある。しかし、小問(2)では、BはXの裁判外での申入れを拒絶しており、この行為は、Cの無権代理行為につきBが追認を拒絶した行為として解釈されるので、結局、Xの請求は認められないことになる。(2) 民法117条に基づく請求(1)でみたように、BがCの無権代理行為について追認拒絶すると、BとCの全体として追認を拒絶したことになる。この場合、Xは、(2)と同様にして、民法117条の責任を追及し、その際に履行のほうを選択することによって、甲土地の所有権移転登記手続を請求することが考えられる。しかし、小問(2)で、仮に民法117条の責任が成立するとしても(2(3)の第1も参照)、その責任を負うのは無権代理人Cであって、Bではないため、Bに対する移転登記手続の請求の根拠にはならない。なお、仮にCに対して民法117条に基づき履行責任を追及したとしても、甲土地は現在、B・C間の遺産分割協議によってBに分割され、Bへの所有権移転登記がなされている。そのため、CがXへの履行義務を果たすためには、その前提として、甲土地をBから調達する必要がある。それができない場合には、履行は社会観念上、不能である(412条の2)。そのため、Xとしてはせいぜい、Cから損害賠償を得ることで満足するしかないことになる。関連問題小問2の第2段落を次のように改めたとするとどうなるか。Bは2025年2月1日にXからの電話で上記売買の事実を知ったが、上記売買について追認を拒絶する旨ただちにXに伝えた。その後、B・C間での遺産分割協議の結果、甲土地はCが取得する旨が合意され、同年3月25日に甲土地につきCへの所有権移転登記がされた。Xは同年4月1日に、Cに対して、代金1000万円を提供して、甲土地の所有権の移転登記手続をするよう裁判外で申し入れたが、Cは上記申入れを拒絶した。XがCに対して甲土地の所有権移転登記手続を請求し上訴した場合に、請求は認められるか。参考文献前田陽一・百選Ⅰ 72頁 / 後藤巻則・百選Ⅰ 74頁 / 民法(債権法)改正検討委員会編『詳解 債権法改正の基本方針Ⅰ』291頁・312頁(金子敬明)
2024年9月頃、Xは、X所有の甲土地(更地・時価2000万円)を担保にしてA銀行から500万円を借りる内諾を得ていた。その手続にXの印鑑証明書・実印・所得証明書が必要だったため、同月7日、Xは、勤務先のB社の社長Cに対し、事情を説明して所得証明書の交付を求めたところ、Cから「融資を受けるなら銀行よりも会社の公庫から借りたほうが金利が安いし、個人の手続よりも会社が手続したほうが早く借りられるから、代わって手続してあげよう」といわれたので、これに従うことにし、ただちにCに対し、Xに代わって甲土地を担保にして公庫から500万円の融資を受けることを委任し、Xの実印と印鑑証明書をCに交付した。他方、不動産業者であるYは、2024年9月14日、知人Eから、「B社の社長Cから従来に金を使うとする者がいて、甲土地を担保に1500万円貸してくれないかという話が持ち込まれているが、受けてくれないか」といわれ、「自分は金融業者ではないから金を貸すのはできない。ただし、買うのならよい」と返事したところ、EはYに「売買でよいが、買戻しの特約をつけてもらいたい」というので、同月23日、F司法書士事務所にY、C、Eが集まり、Xが甲土地を買戻特約付きでYに対し代金1500万円で売り渡すという旨の契約書を作成した。F司法書士とCに甲土地の登記手続を依頼することになり、同月24日、その登記がなされ、Yは甲土地の売買代金として1500万円をCに支払い、CはXに500万円を渡した。この場合、XはYに対して、甲土地の所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができるか。参考判例大判昭和17・5・20民集21巻571頁最判昭和34・7・24民集13巻8号1176頁最判昭和35・12・27民集14巻14号3234頁最判昭和39・4・2民集18巻4号497頁意判昭和46・6・3民集25巻4号455頁解説Xの請求とYの反論本問では、XのYに対する所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記抹消登記手続請求権の成否を検討することが求められている。この請求を斥けるために、Yとしては、甲土地の売買契約の効果がXに帰属することを主張する必要があるが、それを基礎づけるために表見代理構成を展開することが考えられる。(1) XがYに対し、所有権移転登記抹消登記手続を請求する場合、請求原因として、Xは次の事実を主張・立証する必要がある。Xが甲土地を所有していること甲土地についてY名義の所有権移転登記が存在することそれに対して、Yは、次の事実を主張・立証することにより、所有権喪失の抗弁を提出することができる。Xがその間で甲土地の売買契約を締結したことしかし本問では、Xは自身の売買契約締結のための意思表示をしておらず、CがYに対し売買契約締結のための意思表示をしており、Yは、③に代えて、次の事実を主張・立証する必要がある。CがXを代理してYとの間で売買契約を締結する旨の意思表示をしたこと(法律行為)その際、CがYとの間で売買契約を締結したこと(顕名)Cの契約効果がXに帰属するための代理権の授与(代理権の発生原因事実(任意代理人については代理権の授与行為))(4) しかし本問では、Cは、Xの甲土地売買契約のための代理権を有していない。そこでYとしては、Xの表見代理責任(110条)を追及することにより、Cの代理行為の効果がXに帰属することを主張することが考えられる。この場合、Yは、(3)に代えて、次の事実を主張・立証する必要がある。YがCのように信じたことについて「正当な理由」があることを前提とする具体的な事実(評価根拠事実)Cの当該法律行為以外のある特定の事項について代理権(基本代理権)の発生原因事実として、XがCに対し、Xに代わって甲土地を担保にして公庫から500万円の融資を受けることを委任したこと(5) それに対して、Xは、(4)の「正当な理由」の前提障害事実を主張・立証することにより、「正当な理由」はない、という再抗弁を提出することができる。Cの無権代理行為にXが拘束される理由問題の焦点は、本問が民法110条の要件(1/4)をどのように充足するか、あるいは、充足しないかにある。この問題の鍵を握るのは、Cの無権代理行為にXが拘束される理由である。Xが拘束される理由により、同条の法理の適用が異なってくるからである。表見代理の成立する場面のように異なったルールの適用をみせているのは、法ルールの背後には、それを支える法原理が見えている。法解釈学(ドグマーティク)は、特定の法制度に属する諸々の法ルール(制定法だけでなく判例をも含む)を正当化する法原理を探るのをその目的にもつ。その際、判例はひとまず正しいことを前提として法原理を希求すべきだが、それに失敗したときは、見出された法原理が他の法制度を支える法原理と矛盾する場合等には、法全体の統一性(インテグリティー)を確保するために、判例を批判してもよい。以下では、諸説の、制定法のルールの適用範囲が、それを支える法原理の違いによって異なりうることをしめし(1) 取引安全説伝統的通説は、民法110条の表見代理責任の根拠を取引安全に求める。その一方で、この説は、本人の静的安全を保障する最小限の要件として「基本代理権」の存在を要求するが、「基本代理権」が代理人の権限の外観の存在の根拠に資する代理権の範囲を画していない。その後、この説は、民法代理への適用の通説が肯定されている。(2) 表見法理説それに、近時の有力説は、表見代理を法理によって正当化する。民法代理では、権限を前提にして信頼を保護するという考え方であり、①外観の存在、②外観に対する信頼、③本人の帰責性に対しては、次の2点が問題となる。まず、問題の帰責性として、何が要求されるかである。基本代理権の授与を要求する説(基本代理権説)と、事実行為等の権限授与で足りるとする説(基本権限説)とが対立している。次に、判例は、積極的に要件のもとでの帰責性を顧慮する下での総合判断である。そのため、根拠規範には、「正当な理由」を相手方の善意・無過失の代替としてでなく(参考判例①)、③を「正当な理由」の相手方の善意・無過失との関連で判断していることもあるが(善意過失説)、実質的には「正当な理由」のもとで下で続けなくとも考慮しているという説もある(総合判断説)。民法117条2項2号における相手方の過失と表見代理における相手方の過失を判断する際、本人の帰責性を考慮して処理の成否を判定するために認定された相手方は、同号ただし書が適用されるという問題、無権代理人の責任(117条)も追及できなくなるという問題を生じる。法による場合は、本人が無責任意識の場合を考えることでその表見代理による場合は、本人が無責任意識の場合を考えることでその表見代理による場合は、民法代理によってその表見代理が適用されないことになる。もっとも、「利益の帰属」を本人に帰属する者が増える結果、本人が代理人の継続的使用により対外的関係において自己の能力の帰属元が利益を得ている場合には代理人の行為から生じる不利益も負担すべきあるという理由で、法定代理には同条の適用を認める余地はある。(3) 表示責任説近時、民法110条の表見代理責任を、本人が代理人を使って相手方に代理権授与表示をしたことによる表示責任と解し、同条を民法109条と同様の趣旨とみる説が有力に主張されている(なお、この説による場合には、1(4)で述べた主張・立証責任の所在が両正を受けるか)。代理権において本人への効果帰属を基礎づけるのは代理権だが、代理の相手方の関知することは困難であり、それを怠ると相手方に求めることは代理取引の障害となる。そこで民法は表見代理制度を設け、本人から相手方に対してなされる代理権授与(代理権限証明)の表示によっても、本人への効果帰属が基礎づけられるとした。代理権授与表示は、法律効果の発生を目的とするものではないから意思表示ではなく、本人と相手方との間の信頼関係形成の基礎にするものであり、果たす機能は意思表示とまったく同一だから、法的には意思表示と同等に扱われるべきなので、代理権授与表示には意思表示に関する諸準則が類推適用されるべきなのである。類推適用が問題となる準則として、まず、意思表示の成立要件のうち、表意者の表示意識の要請に関する準則を挙げうる。通説は表示意識不要説だが、表示意識が欠ける場合に意思表示の成立を肯定することによって、意思表示に関する準則を類推するならば、不要説からは代理権授与表示の成立が肯定されるが、必要説からは代理権授与表示は成立せず、本人が表見代理責任を否定される。次に、代理権授与表示が成立する場合にも、基本代理権と現実の代理行為との違いの程度の大きいときは、錯誤の規定(95条)を類推して代理権表示を取り消すことが考えられる。さらに本問では、代理権授与表示の詐欺による取消し(96条)の本題も問われることになる。なお、代理権授与表示の不成立や無効により本人の表見代理責任が否定される場合にも、過失ある本人は、相手方に対し、契約締結上の過失責任ないし不法行為責任を負う可能性がある。民法112条2項の新設判例(参考判例①等)は、代理権消滅後の表見代理について定める2017年改正前民法112条と110条の重畳適用を認めていたが、民法112条2項はその判例法理を明文化した。規定新設の趣旨は、民法109条2項と同じである(→本書132参照)。関連問題(1) 本問において、XがCに登記申請行為のための代理権を授与するに際し、実印と印鑑証明書を交付していた場合はどうか。(2) 本問において、XがCに印鑑証明書付申請の下部の代理権を授与する旨を口にし、実印を交付していた場合はどうか。(3) 本問において、成年被後見人Xの親族Aが見、後見監督人の同意を得ずに、Xを代理して甲土地をYに売却した場合はどうか。(4) 本問において、2024年9月22日にXが死亡し、Zが単独相続していた場合はどうか。参考文献川井健・銀行取引判例百選(新版)(1972)10頁(参考判例②の解説)/ 難波譲治・百選Ⅰ(初版)(1974)76頁(大久保拓也)
Aは、知人のBに誘われて、2022年7月15日に、D骨董店で開催されている「陶磁器展」を訪れた。そこでは展示販売も行われており、購入された作品は、陶磁器展が終了した後に、代金と引換えで買主に引き渡されることになっていた。Bは、Aと一緒に会場を回っていたが、陶芸家のCが出品した大きな花瓶(販売価格8万円)の前で立ち止まり、次のような話をした。「Cは自分の知人で毎回出品しているが、今回売れないともう出品できなくなるかもしれない。そこで自分が買うことにしたが、そのことがCに伝わるとお節介かもしれないので、あなたが買ったことしてくれないか。代金は、もちろん自分が支払うから安心してほしい。」Aはその場で断って帰宅したが、後になってBから電話があり、「自分がもう一度店に行って代わりに入れておくから」と何度も頼まれた。Aは、曖昧な返事を続けたが、Bは「じゃあ、そうするから」といって電話を切った。翌7月16日、Bは、1人でDを再訪し、Aの名の下でCの製作した花瓶を購入する契約を締結した。Bが契約書にAの住所や電話番号をみずからずら書きで記入したので、Dの担当者はBが本人であると思い込んでいた。8月6日に陶磁器展が終了した後、Dから花瓶の引取りを求める電話があったので、AはBに連絡をとろうとしたが、AはBと連絡が取れなかった。そこで、Aは、DにBが購入したものなので代金はBに請求してほしいと告げたが、Dは、Aの名前で契約されていることを理由に代金の支払を請求してきた。これに対して、Aは、どのような反論をすることができるか。参考判例最判昭和35・10・21民集14巻12号2661頁最判平成7・11・30民集49巻9号2972頁最判昭和45・7・28民集24巻7号1203頁(関連問題)解説Dの請求:売買契約に基づく代金支払請求本問において、Dは、Aとの間で花瓶の売買契約が成立したことを前提として、売買契約に基づく代金支払請求をしているものと考えられる。これに対して、Aは、売買契約がDとBとの間で成立したものであり、Bに対して請求するように主張している。したがって、Dの請求が認められるためには、まずDとAとの間で売買契約が成立したといなければならない。売買契約は、当事者の一方(売主)がある財産権を相手方(買主)に移転することを約し、相手方(買主)が代金を支払うことを約することで成立する(555条)。すなわち、売買契約の成立要件は、財産権移転の合意(条文上は「約束」とされているが、最終的に双方がそれぞれの「約束」を受け入れて「合意」する必要がある)とその対価としての代金支払の合意である。そうなると、本問では、これらの2つの合意が誰と誰との間でなされたかということを、まず検討しなければならない。他人名義の契約の当事者本問では、Dとの間で実際に契約書を作成したのはBであるが、BはAの名で行っているため、契約自体はAが締結したことになっている(なお、契約は申込みと承諾の意思表示が合致すれば成立し(522条1項)、本問のような売買契約については、本来は契約書の作成は要求されない(同条2項)。仮に、Aが、Bの依頼を受け、Aの名で花瓶の売買契約を締結し、とりあえず代金をAが支払うつもりでいたのであれば、DとAとの間で売買契約が成立したと評価できるであろう。しかしながら、本問では、Aは花瓶の代金を負担するつもりはない。むしろ、Aとしては、Bが自分の名を手許にものと考えられる。逆に、BはAも自らが花瓶を購入するつもりであるし、仮にAの名で売買契約を締結したとしても、そもそも本人であるAのためにすることを示さずにした意思表示は自己のためにしたものとみなされるのであるから(100条本文)、実際にはDとBとの間で成立したと考えることもできよう(この場合には、Aという名は、いわばBの通称やペンネームと同様の形で用いられていると考えるとかわりやすいかもしれない)。いずれにせよ、契約名義はともかくとしても、Bが代金を支払って花瓶を引き取るのであれば、実際には何ら問題は生じない。ところが本問では、最終の段階になってBが行方をくらませてしまっているので、結果的には、Aがいくら契約の当事者Bだと主張しても、Dとの間の関係を清算するしかない。そこで、結局のところ、DとAとの間で契約が成立しているといえるかどうかを検討しなければならないことになる。名義利用許諾の有無と表見代理成立(109条1項)の可否本問では、Aは、自らが契約を締結したつもりはもちろんそうである。しかしながら、BからAの代わりに花瓶を購入するという提案を受け、それに明確な返事をしないままでいるうちに、Bが自らの提案どおりとする一方的に宣言し、実際にそのようにしてしまっている。この状況をどのように評価すればよいのであろうか。もし、Aが自ら花瓶を購入するつもりであってBの提案に同意したのであれば、Aは、Bに売買契約を締結したことになり、それに従ってAのために代理行為として売買契約を締結させることになる。いわば、このような場合には「有権代理」が成立することになる。有権代理の成立にあたっては、①本人Aのためにすることを示す(顕名)、②代理人による意思表示(代理行為)、③本人の代理権限が存在したこと(代理権授与)を証する必要がある(99条1項)。ついでに「A代理人B」と署名する状況等が示すのが一般的であるが、Bがその代理権の範囲内において、Aの代理人であることを示すにあずからず自己がAであるかのように契約書等に「A」と記入した場合であっても、有効に有権代理行為がなされたと考えるのが判例(大判大正9・4・27民録26輯606頁)・通説の立場である。本問では、たしかにBはAであるかのように振る舞って契約書にAの名で署名している。しかしながら、Aはそもそも自ら花瓶を購入する意思はなく、また、それを前提にBに代理権を授与してもいない。そうすると、いくらAの名で契約が成立したとしても、上記の③の要件を満たさないのであるから、有権代理の成立したことはもとよりない。AがDに対して、売買契約の成立を前提として代金を請求するとしても、BがAの代わりに花瓶を購入するという提案に対して明確な返事をしていなければ、そもそも、AとDとの間で売買契約を締結したとはいえない。それでは、BがAに代わり花瓶を購入するという提案に対して、明確な返事をしていなければ、そもそも、AとBとの間で契約を締結したとはいえない。それでは、BがAに代わり花瓶を購入するという提案に対して明確な返事をしていなければ、AはDに対して、本来は代理権を授与していないが、代理権を与えたかのような外形があり、いわば第三者であるDに対して本来は代理人ではない他人であるBに代理権を与えた旨を表示した、すなわち、「代理権授与の表示による表見代理」(109条1項)が、あらたに問題となることも考えうる。とはいえ、本問では、たとえばBが代理人であると記載した委任状を交付するようなことをしたという事情はない。Bが代理人であるという表示をしたわけではないから、「代理権授与の表示」がそもそも存在しない。もっとも、109条をはじめとする「表見代理」の規定は、本来は「無権代理」であるにもかかわらず、あたかも「有権代理」であるかのような外観を作出したことについて本人にその責任を負わせなければならないという(本人の帰責性を理由として)設けられている。そうであるとすれば、AがBに代理権を授与した旨を直接表示しなくても、そのような表示をしたと受け取れる行動をしたのであれば、同条1項が適用される余地は十分にあるといえる。名義利用許諾をした者の責任をめぐる最高裁判例実は、前述した「表見代理」の規定をめぐる考え方は、従来の最高裁判例でも前提とされているが、それが典型的に現れているのが、「東京地方裁判所厚生部」事件をめぐる最高裁判決である。以前は、まず、この厚生部の事業の経営を任せていた。これに対し、最高裁判所は、職員の中から職員の福利厚生を目的として生活物資の購入や配布を行っていた「東京地方裁判所厚生部」が設置されていた。これは同裁判所の正式な組織ではなく、その職員は退職後に経営を正式な部局である「東京地方裁判所総務部厚生課」に引き継がれ、これまでどおりの事務を引き継ぎ処理し、同厚生課の1室で「東京地方裁判所厚生部」という名義で看板を掲げて取引を継続してきた。厚生部の職員は、庁用の用紙を使用して取引を継続し、また、厚生部の様式で「発注票」や「支払証明書」を作成し、また、受注者の請求書は「東京地方裁判所厚生部」宛と記載し、さらに支払請求書には厚生部の公印を用いたうえで厚生部の銀行口座から振り込むなどしていた。その過程で、厚生部に繊維製品を販売した会社がその代金の支払を求め、東京地方裁判所に対して国が支払えと訴えを提起した。最高裁判所は、次のように述べて、国が責任を負う可能性があると判断した。一般に、他人に自己の名義の利用を許諾し、もしくは、他人が自己の名義で取引するのを冒用するのを許諾し、もしくは、他人が自己の取引で自己の名義で取引するのを冒用するのを許諾し、もしくは、他人が自己の取引で自己の取引を見るに外部からはその取引が自己の取引であるかのような外形を信頼して取引した第三者に対し、自ら責任を負うべきであって、このことは、民法109条、商法23条等の法理に照らし、これに違反することができる。ここには、他人に自己の名義等の使用を許諾した、あるいは、その他人が取引のために自己の名義を使用することを許諾した者は、その他人がした取引の責任を負わされるものとされており、その他人があたかも自己の取引であるかのような外形を作出したことが挙げられている。これに、まさに民法109条(2017年改正前109条)の背景にある考え方である。ただし、注意をしなければならないのは、この判例は、109条…等の法理に照らして判断したとして、民法109条を直接適用しているわけではないことである。その理由は、2017年改正前民法109条が厳しい文言で規定していることである。京地方裁判所が積極的に「厚生部」に対して代理権を授与したのではなく、そのような誤解の外形を作出するような行為をしていたにとどまり代理権を授与したとの明確な外形を作出したとはいえないためであると考えられる。なお、上記の判例でも引用されている2005年改正商法23条(現在の商法14条の会社法9条)は、他人に自己の商号の使用を認めるという、いわゆる「名板貸人の責任」を定めたものである。これに関しては、スーパーマーケット内にあるテナント(ペットショップ)について、前者(スーパーマーケット)の経営主体と買主側が誤認するにもかかわらず、その営業の一部門であるかのような外観が存在したことを理由に、同条を「類推適用」して、その経営主体は、名板貸人と同様に、後者のテナントと買物客の間で取引によって生じた責任を負うとされた(参考判例②)がある。ここでも、経営の社会的信頼に外観を作出したとはいえない状況を踏まえて、同条を直接適用ではなく類推適用したものと考えられる(もっとも、同条は、名板貸人は、名板借人とその相手方との間で取引が成立することを前提としつつ、名板貸人と名板借人に連帯責任を負わせる規定であることから、参考判例③のように、外観を作り出した者に直接責任を負わせることを目的として直接適用ではなくという指摘もある)。本問では、Aは、Bの要領に対して曖昧な返事を終始しており、Bの一方的な主張に対して何ら対応もしておらず、それらが外形を作出したとまではいえないであろう。もっとも、たまには、Bの求めに応じて、自らが所有する土地の登記識別情報の身分証明に必要となる書類を提供したこと、それをを用いて契約をしたという場合は、BがAであるかのような外形を作出したと評価される可能性もあろう。相手方の悪意・無過失ところで、民法109条が適用されるに際しては、代理権授与の表示を受けた第三者が、代理人と称する者に代理権がないことを知り(悪意)、または過失によりてこれを知らなかった(有過失)場合には、本人はそのような表示をしたとしても責任を負わない旨を規定している。逆にいえば、第三者が善意・無過失でなければならない(もっとも、第三者が善意・無過失であることは、代理権授与の表示をした者が主張・立証しなければならない)。先に紹介した参考判例①は、将来を直接適用したものではないが、やはり「厚生部」の取引相手である会社が「善意・無過失」であったか否かをさらに審理判断すべきであるとして、原審に差し戻している。本問では、Aが、仮にBに対して自己の名義の使用を許諾したと考えられる場合であっても、AはDがBにはAに代わって陶磁器を購入する権限がないことにつき善意・有過失であったことを立証すれば、責任を免れることになる。問題文からすると、DはBがAであると信じており、少なくとも善意である(悪意ではない)ことは容易に読み取れる。もっとも、たとえば、本人であることについて証明書の提示を求めて確認を怠らなかったことは、Dに過失があると判断される可能性もあろう。関連問題本問において、Bが、Cの出品した花瓶ではなく、別の陶芸家が出品した皿(販売価格15万円)を購入する契約をDと締結したとする。Aは、Dの支払の請求を拒否できるか。Aは、どのような反論をすることができるか。参考文献野澤正充・百選Ⅰ 68頁 / 原田昌和ほか『民法Ⅰ START UP!』(有斐閣・2017)68頁 / 鎌田薫「名板貸と109条」椿寿記念『現代契約法体系の展開』27頁 / 中舎寛樹編著『詳解 債権法改正の重要論点と実務』(日本加除出版・2018)57頁(宮下修一)
Yは、土地甲を所有していたが、甲の有効な活用方法を思いつかず、特に手をつけるないまま放置していた。しかし、このまま甲を所有していても管理にコストがかかるだけであることから、甲の取得に関心を見せるAに甲を売却することにした。そこでYは、Aの代理人Bとの間で、代金を2000万円として甲の売買契約を締結した。Aから代金全額の支払を受けたYは、売買契約に基づくYからAへの甲の所有権移転登記手続をAに委任することにし、甲の登記済証、Yの印鑑証明書、甲の売渡証書(Yの記名押印があり、代金額・名宛人・年月日欄は白地)、甲に関する登記一切の権限を授与する旨の委任事項が記載された委任状(Yの記名押印があり、受任者・年月日欄は白地)を、Bに交付した。その後Aは、YからAへの甲の登記名義の移転手続をしないまま、甲を所有する土地乙と交換することにした。しかし、Aは、再びBを代理人として、BがYから受け取った後B自身で保管していた上記書類一式をそのままもたせて、Xとの交渉に当たらせた。ところがBは、自らが代理人であることを明示することに思い至らず、甲は自己の所有地であるとYの代理人としてふるまった。Xは、Bの呈示した書類やその振舞いから、BはYの代理人であると信じた。そこでXは、Yの代理人であると信じたBとの間で、甲と乙の交換契約を締結した。Xは、前記交換契約に基づき、Yに対して、甲の所有権移転登記手続を求めた。この請求は認められるか。参考判例大判昭和19・12・22民集23巻626頁最判昭和45・7・28民集24巻7号1203頁最判昭和45・6・3民集25巻4号455頁解説民法上の表見代理に関する規定無権代理行為の効果は、本人に帰属しないのが原則である。それにもかかわらず代理行為の効果を本人に帰属させてよいか、表見代理が成立するかどうかが、本問における無権代理行為を追認するか。表見代理の成立が認められる必要がある。このうち、表見代理の成立が認められる場合として、民法109・110条・112条の3か条が設けられている。そこで、民法の規定に基づき表見代理の成立が認められるには、これら3か条の定めるいずれかの条項の適用があることが基礎づけられなければならないことになる。それを踏まえると、これらの条項が、それぞれ、どのような要件を定めており、いかなる場面・範囲に適用されうるかを把握することが重要だということができよう。民法109条・110条・112条の適用可能性設問のBは、Xとの間で交換契約の締結に当たり、Yの代理人として振る舞っている。しかし、Bは、この交換契約についての代理権はもとより、Yを代理する何らかの権限が一度でも授与されたことがあるかどうかも、設問の文中では明示されていない。(1) 民法110条・112条の適用可能性かりに、代理行為者Bが現在までに一度も本人Aのための代理権を授与されたことがないとすれば、民法110条、および112条1項・2項による表見代理の成立を基礎づけることができないことになる。というのは、まず、民法110条の適用があるというためには、代理行為者が何らか「権限」を有していることを相手方は信じなければならないところ、この「権限」は、判例によると、代理権、それも原則として私法上の代理権に限られる(例外も含めて、参考判例③参照)。また、民法112条は、「他人に代理権を与えた者」がその「代理権の消滅後」において一定の場合には表見代理責任を負うものと定めるのである―その限りで、同条1項と2項は共に共通している―ところ、代理権が授与されたことを相手方が主張・立証しなければならないと解されるからである。(2) 民法109条1項の適用可能性それでは、残る民法109条の適用可能性はどうであろうか。まず、民法109条の適用を基礎づけるためには、①代理行為の存在、②その際に代理人が行ったこと、③代理行為に先立って本人Aが代理行為者Bに与えた代理権を旨を相手方に表示したことを主張・立証する必要がある。代理権授与表示については、特に次の点が問題となる。第1に、代理権授与表示を本人Aがしたと評価できるのはどのような場合であるか。このことが問題となるのは、上記③の行為が②となっていることにある。この点に関しては、特に白紙委任状が交付された場合を中心に議論が行われている(詳しくは→本書126頁、判例によると、本人から白紙委見状を直接交付された者を利用して無権代理行為をした場合、本人による代理権授与表示があったと評価しうるとされる(参考判例①参照)。第2に、本人による代理権授与表示がどのような内容のものと確定されるか。このことが問題となるのは、上記③の行為は同②で表示された代理権の範囲内のものでなければならないところ、これを判断するには、代理権授与表示の内容を確定しておく必要があるからである。代理権授与表示の内容をどのようにして確定するについては、それほど議論が蓄積されているわけではないものの、意思表示の内容確定に関する一般論で考えられていると思われる。これは、次の民法における意思表示の趣旨をたどる当事者の意思の表明であること、代理権授与表示とは、権利変動を目的とする法律行為ではない。代理権授与表示は、ある者が代理権限を与えられたと相手方に説明するものにすぎず、この表明によって代理権の授与という私人間での権利変動が生じるわけではない。代理権の授与は、任意代理の場合、代理権を与える旨の契約(委任)などの法律行為によって認められるからである。したがって、意思表示に関する諸原則が代理権授与表示にただちに適用されるとはいえない。しかし、代理権表示に関する事項は、民法109条1項により代理行為の効果が本人に帰属されることから、意思表示に関する準則の類推が認められてよいであろう。そして、意思表示の内容確定については、一般に、表示行為の社会的意味を客観的に明らかにするとの考え方(客観的解釈説)と、当事者の意思に重点を置いた表示を基礎として明らかにするとの考え方(意思的解釈説)がある。もっとも、代理権授与表示の内容確定については、客観的解釈説を基礎に置き、相手方の主観的事情が問題となる。これには、表示行為の意図や目的の判断の段階では考慮されないと考えるからである。客観的解釈の各類型には、相手方に呈示された白紙委任状およびその他の書類等のような表示内容を有するから、客観的に明らかになった内容を基礎に代理権授与表示の内容を確定していくことになる。この点につき本問では特に、呈示書面の記載が定かではないことが問題をもつと考える。これらの各類型においては、(交換契約でなく)売買契約の代理権授与表示と解釈されうるのではないか、という点に留意すべきだと考えられるからである。(3) 民法109条2項の適用可能性ともあれ、以上を前提とすると、たとえ次のような場合にも、民法109条1項・110条・112条1項・2項の各条により表見代理の成立を基礎づけることはできないことになる。本人Aが代理権授与表示を行ったものであり、かつこの表示によって示された代理権の範囲外の行為を代理行為者がしかし、かつこの表示によって示された代理権を一度も授与されたことがかった場合もある。この場合には本人Aもとく代理権授与表示をしており、その表示の範囲内で代理人が代理行為をしたので、その行為の効果が本人に帰属することもある。他方で、代理権を有する者が、その代理権の範囲外の代理行為を称して代理行為をした場合には、民法110条により、本人は責任を負うことがある。そうであっても代理権授与表示によってあたかも代理権があるかのように扱われる場合も、その表示された代理権の範囲外の行為を代理人がした場合には、本人Aが表見代理責任を負うことがあるとする。すると、このような場合に表見代理の成立が認められうるとすると規定を、民法は設けている。それが、民法109条2項である。民法109条2項は、2017年改正民法のもとで判例(参考判例②)により認められていた表見代理が認められるとの法理―「民法109条と民法110条の重畳適用」などと呼ばれていた法律構成を明文化し、同改正において新設されたものである(その新設に伴い、同改正後においては109条1項となっている)。3 規定の構造と主張・立証すべき事実2017年改正民法109条2項の重畳適用における主張立証責任の所在は、各規定の趣旨(本人の帰責性(本人・ただし書の構造)を1つの根拠として、一般に以下のようにも整理されていた。民法109条における主張立証責任の所在について、その規定振りからは必ずしも明確ではないものの、以下のような理解がこの条の趣旨によって裏づけられたとは限らない。それを前提とする民法109条2項の適用を基礎づけるためには、相手方は、①代理行為の存在、②代理権の存在を信じたことについて③代理行為に先立って本人Aが代理行為者Bに与えた代理権を旨を相手方に表示したこと、を主張・立証すべきことになる。これに対して、本人Aは、上記③における表示された代理権の存在が存しないこと、それについての相手方の善意または無過失を主張・立証する可能性がある。もっとも、この無権代理については相手方に代理権の不存在につき善意または無過失を主張・立証する責任はないとされる場合が多い。この見解は、民法109条の趣旨を代理権授与の表示という外観に対する信頼の保護を認めたと捉えたうえで、代理権授与表示について錯誤取消しの主張を認めるのと同様、錯誤による法律行為の無効を主張した。これに対し、民法95条の錯誤による意思表示の無効を主張しうるとする見解がある。意思表示に錯誤が介在した場合、本人が予定していた表示と実際になされた表示に大きな相違がないため、錯誤の重要な部分について錯誤(委任事項欄)が認められれば、本人による取消しの主張を認めてよい。これに対し、委任事項欄に錯誤が認められ顕名主義を適用した場合に、両者の間に大きな相違があるため、錯誤の客観的重要性が認められうると考えられるからである。代理権授与表示に民法95条の錯誤を認める場合、相手方としてはさらに、本人の重過失を再抗弁として主張・立証することにより、本人による錯誤取消しの主張を退けることができる(95条3項柱書参照)。関連問題本問の事例において次のような事情があった場合、Xは、Yに対する請求を、どのような法律構成に基づいて行うことが考えられるか。(1) YがBに交付した書類が、いったんBからAに引き渡された後、AがBに交換契約に関する代理権を授与した際に再度AからBに交付された場合。(2) Aが、BをXとの交渉に当たらせる以前に、Yの承諾を得て、YからAへの甲の所有権移転登記手続についてBをYの代理人に選任していた場合。(3) (2)の場合において、その後、甲と乙の交換契約が締結される以前にYが登記手続に関するAとの委任契約を解除していた場合。参考文献臼杵・百選Ⅰ 66頁 / 磯村保・百選Ⅰ(第7版)(2015)66頁 / 鈴木・最判解昭和45年度(T)803頁 / ポイント44-46頁(鎌野邦樹)(野々上敬介)
Aは、Bから100万円を借り受け、その担保としてAの所有する甲土地にBを抵当権者とする根抵当権登記手続をBに任せることにし、言われるがまま、代理人権限および登記申請権限が空欄の白紙委任状に署名押印し、甲土地の登記識別情報通知および印鑑証明書とともにこれをBに交付した。Bは、借金の保証人になってほしいと友人であるCから頼まれたものの、自らが保証人になることを断った。Bは、Bは、代わりの甲土地に根抵当権を設定することを提案し、Aの承諾を得ているとも話した。Cがこれを了承したので、Bは、実際にはAの承諾がなかったにもかかわらず、白紙委任状および登記識別情報通知、印鑑証明書をCに交付した。Cは、上記白紙委任状の代理人欄に自分の名前を、委任事項欄に「甲土地に対する根抵当権の設定に関する一切の事項」と記入した。そのうえで、Cは、Dから500万円を借り入れるに当たり、Dに上記白紙委任状および印鑑証明書を提示し、Aの代理人としてDとの間で、甲土地にDのためにする貸金債権を被担保債権とする根抵当権を設定する契約を締結した。このとき、Aから根抵当権を設定する旨の話を信じたDは、Aに直接問い合わせをすることをしなかった。その後、CおよびDは、上記白紙委任状等を利用して、甲土地につき根抵当権設定登記をした。上記根抵当権設定登記の存在を知ったAは、Dに対して、根抵当権設定登記の抹消登記手続を請求することができるか。参考判例最判昭和39・5・23民集18巻4号621頁解説白紙委任状任意代理人による代理行為の効果が本人に帰属するためには、当該代理人が本人から代理権を与えられ、その範囲内で代理行為をなすことが必要である(99条1項)。代理権の授与は、口頭のみによることが可能であるが、委任状を交付することが一般的である。委任状は、誰が誰にどのような範囲で代理権を与えたかを示す。しかし、代理人の氏名(代理人欄)や代理権の範囲(委任事項欄)を空欄にしたまま交付される場合がある。これを白紙委任状という。白紙委任状は、交付後の事情を考慮した柔軟な対応を可能とするメリットがあるが、本人が想定していない者が代理人となり、あるいは(かつ)、本人が想定していない範囲で代理権が行使される危険がある。このような場合、白紙委任状を交付した本人と代理行為の相手方との間で、代理行為が、有権代理として、あるいは、表見代理として、本人に帰属するかが争われる。本問では、甲土地の所有者であるAが、抵当権設定登記をするDに対し、所有権に基づく妨害排除請求として、抵当権設定登記の抹消登記を請求する。これに対し、Dは、甲土地につき抵当権を有しており、したがって、抵当権設定登記を保持する権限を有すると反論する。この反論が成り立つためには、DがCとの間で交わした抵当権設定契約が、有権代理として、あるいは、表見代理として、本人であるAに帰属したことが必要である。問題の構造白紙委任状を利用して代理行為がなされた場合に、どのような法律関係となるか。この問題は、白紙委任状がどのような趣旨で交付されたか、および、白紙委任状がどのように行使されたのかによって、区別して論じられる。第1に、白紙委任状が転々流通し、正当に取得した者が白紙委任状を行使することができるものとして交付された場合(権限者型)と、白紙委任状が転々流通することを予定せず、白紙委任状を行使する者を一定の範囲に限定することを予定した場合(非権限者型)とを区別する。権限者型とは、白紙委任状が有価証券たることを受付され、その正当な所持人が年金を受領することを予定するといった例外的な事情がある場合を指す(大判大正7・10・30民録24輯2087頁)。原則として、代理人の氏名が記載されているか否かにかかわらず、非権限者型であると解される。したがって白紙委任状は、上述のような例外的な事情の下に交付されたものではなく、Bによって行使されることが予定されていたのであるから、非権限者型である。第2に、非権限者型の白紙委任状が行使された場合、それをBみずからが予定された者により行使されたのか(権限者)、それ以外の者により行使されたのか(権限者)をなそう。問題の状況が変わる。たとえば、本問で、Bが白紙委任状を行使した場合には直接Bとなり、Bが白紙委任状を行使した場合には問題となる(関連問題1がいずれに当たるか検討してみよう)。権限者型や非権限者・直接型の場合、白紙委任状を行使して代理行為をなした者が何の代理権を有していることが争いがない。したがって、その者が当該代理権の範囲内で代理行為をした場合、その行為は有権代理として本人に帰属する。これに対し、代理権が与えられていない場合や、代理権の範囲を超えて代理行為をした場合は、それは無権代理となる。しかし、代理権の交付は、本人から白紙委任状の行使者に代理権を与えたものである。したがって、相手方が代理権があると信じたものとして民法110条の適用も問題となる(何らかの代理権が与えられた場合には民法110条の適用も問題となりうる)。第3に、非権限者型かつ間接型の場合、白紙委任状を行使した者がその代理権の範囲内で代理行為をしたのか(委任事項濫用型)、それとも、代理権をなしえなかったのか(委任事項無権限型)によって区別される。権限者型では、白紙委任状の交付は、それを行使することが予定された者以外の者が何らの代理権を有しない。したがって、当該行使者が、白紙委任状を行使することが予定された者に与えられた代理権の範囲内で代理行為をなそそれを行えて代理行為をなそうが、その代理行為が無権代理であることに変わりはない(民法110条の適用も問題となり得ない)。しかし、委任事項非濫用型では、本人が覚悟していた不利益のみが生ずるのに対し、委任事項濫用型では、本人に想定外の不利益が生ずる危険がある。したがって、両者を質的に異なる状況であると評価することができる。本問は、Aが自ら設定したBの甲土地に対する抵当権につき抵当権設定登記手続をBにのみ委任事項としていたのに対し、実際になされた代理行為は、Dの甲土地に対する抵当権設定契約の締結であった。委任事項が適用されたものといえる。以下では、本問のような非権限者型・間接型・委任事項濫用型の場合に、民法109条1項がどのように適用されるのかを検討していく。代理権授与表示本人が相手方に対して自己の代理権をAに与えた旨の表示をしたこと、が民法109条1項の要件となる。非権限者型・間接型の場合、本人が相手方に対して白紙委任状の行使者に代理権を与えた旨の表示をしたかが問われる。参考判例①は、不動産の所有者Aが、抵当権設定登記手続をBに委託し、権利証および白紙委任状、印鑑証明書を交付した後、BがさらにこれらをCに交付し、Cが、これらを用いてDとの間で根抵当権設定契約を締結したという事案につき、本人の責任を否定した。最高裁は、これらの書類が転々流通することを常態とするものでなく、第三者がこれらを利用したときにまで本人が責任を負うべきではない、とした。参考判例③は、CがBを通じて融資を受けるに当たって保証してほしいとCから頼まれたが、Bに代理権を与える目的で、白紙委任状および印鑑証明書をCに交付したが、Bを通じて融資が失敗したので、自身が、Dとの間で消費貸借契約を締結し、それに当たり、白紙委任状等を用いてAを代理して、Dとの間で連帯保証契約を締結したという事案につき、代理権授与表示の存在を認め、本人Aの責任を肯定した。これらの判例は、委任事項濫用型と委任事項非濫用型を区別したものとして位置づけられる。そのような区別によれば、委任事項濫用型は、非濫用型に比べ、本人を保護する必要性が大きく、本人の責任が否定される場合が多い(参考判例②も参照)。代理権授与表示自体を否定し、民法109条1項の適用を一歩排除した参考判例に対し、批判もある。代理権授与表示を肯定する見解は、白紙委任状の客観的性質を重視し、仮に本人が予定していなくとも、それが転々流通する危険性を有するものとして代理権授与表示に当たるとしつつ、相手方の悪意有過失を判断する際に、本人と相手方の利益衡量を図るべきだとする。なお、委任事項濫用型の場合には、民法109条2項を適用する余地がある(→本書132参照)。本問は、上述のとおり、非権限者型・間接型・委任事項濫用型の事案であり、判例の一般的判断に従えば、AからDに対する代理権授与表示を否定することになる。しかし、本人の意図にかかわらず白紙委任状が転々流通する危険を重視する立場を採用するとすれば、Aが白紙委任状をBに交付した事実をもって、AのDに対する代理権授与表示があったものと認定することができる。相手方の善意無過失代理権授与表示があったとしても、相手方が善意または有過失であった場合には、本人は責任を負わない(109条1項ただし書)。権限者型の場合には、本人に責任を負わせてもよいが、委任事項濫用型の場合、本人に責任を負わせてもよいとは限らない。参考判例①は、不動産の登記識別情報および白紙委任状、印鑑証明書を所持した代理人が、実際には代理権を有しないにもかかわらず、代理人として、根抵当権設定契約を締結したという事案につき、本人の責任を否定した。相手方の過失の有無が問題となったところ、最高裁は、根抵当権設定契約が白紙委任状を白紙委任状とする株式会社に対する代理権を担保する目的で締結されたものであること、相手方が本人と面識をもち、本人と代理人との関係についても知らなかったこと、相手方が本人に代理権の有無を確認しなかったことなどの事情から、相手方に代理人の代理権の有無を確かめる取引上の義務があるとし、それを果たさなかった相手方の過失を認めた。参考判例③の本件の事案では、代理行為が、本人の利益ではなく、自称代理人ないし小会社の利益になることが明らかであるか。このような場合には、無権代理ではないかと疑念を抱くのが相当であり、代理権の有無を本人に直接確認する義務を負うと考えるべきである(代理権限があったとしても利益相反の問題が生じる)。特に不動産取引は、本人に与える不利益が大きく、また、慎重に確認する時間的余裕があるので、このような義務を果たさない相手方の表見代理による保護を受けないとしても、取引の安全を過度に害するとはいえない(関連問題2をどのように考えるべきか、同様との事案の違いに注意しながら考えてみよう)。関連問題(1) Aは、Bから100万円を借り受け、その担保としてAの所有する甲土地に抵当権を設定した。その際、Aは、Bに抵当権設定登記手続を任せることとし、言われるがまま、代理人権限および委任事項が空欄の白紙委任状に署名押印し、登記識別情報通知および印鑑証明とともにこれをBに交付した。Bは、Cから500万円の借金についてDの保証人になることを引き受けた際、DがCに担保の提供を求められたことから、Cは、上記白紙委任状の代理人欄に自分の名前を、委任事項欄に「甲土地に対する根抵当権の設定に関する一切の事項」と記入した。そのうえで、Cは、Dから500万円を借り入れるに当たり、Dに上記白紙委任状と印鑑証明書を提示し、Aの代理人としてDとの間で、甲土地にDのためにする貸金債権を被担保債権とする根抵当権を設定する契約を締結した。このとき、AからDへの抵当権設定の許諾を受けたとのCの言を信じたDは、Aに直接問い合わせをしなかった。その後、CおよびDは、上記白紙委任状等を利用して、甲土地につき根抵当権設定登記を具備した。上記根抵当権設定登記の存在を知ったAは、Dに対して、抵当権設定登記の抹消登記手続を請求することができるか。また、CがBの従業員ではなく、司法書士であった場合はどうか。(2) Aは、自ら所有する甲土地の売却を決め、売却先の選定および買主との間の具体的な交渉をBに任せることとした。その際、Aは、代理人欄および委任事項の空欄の白紙委任状に署名押印し、甲土地の登記識別情報通知および印鑑証明書とともにこれをBに交付した。Bは、Aの承諾がないにもかかわらず、それらをCに交付した。Cは、上記白紙委任状を行使してAの代理人と称し、甲土地をDに売却し、所有権移転登記手続を行った。上記所有権移転登記の存在を知ったAは、Dに対して、所有権移転登記の抹消登記手続を請求することができるか。参考文献水巻善巳・百選Ⅰ 56頁 / 北居功一・百選Ⅰ(第5版新法対応補正版)(2005)58頁(大塚智見)
資産家のAは、自己の土地を複数の知人に賃貸し、その管理を、娘婿とその妻のBに委ねていた。2024年4月頃、賃借人の1人から土地(甲)を返還したいとの申出があった。Aは、これを機に甲を売却しようと考え、娘夫婦に相談したところ、(娘の)夫の兄であるBが自分に売却してほしいといってきた。Bと多少の面識もあったAは、売却のため登記を、委任状を交付した。多額の借金を抱えたBは、甲の売却代金を着服し借金の返済に充てようと考えていた。Aから委任状を受け取ったBは、ただちに中古車販売業を営む知人のCに甲を1500万円で買わないかともちかけた。Cは、Bが金銭がらみの揉め事を何度か起こしているのを知っていたし、甲の路線価(市場において取引される価格)が2200万円は下らないことも認識しており、この話に少なからず不安を覚えた。しかし、BがAの委任状を示したうえで契約交渉を行い、甲の登記識別情報も持参していたことから気を許し、甲を1500万円で購入する契約をCとBとの間で締結し、その全額を自己の預金口座に振り込ませた。他方、所有権移転登記を完了したCは、Bとの契約から13日後、不動産業を営むDに甲を1800万円で売却し、移転登記を行った。Dは、甲が格安でBに譲渡されたCは、知人から安く譲ってもらったとBに説明していた。諸々の事情を知ったAは、Dに対して、Aへの所有権移転登記を求めた。また、Bに対しても、損害賠償の請求を行った。これらの請求は認められるか。参考判例最判昭和38・9・5民集17巻8号909頁最判昭和42・4・20民集21巻3号697頁最判昭和44・11・14民集23巻11号2023頁最判平成4・12・10民集46巻9号2727頁解説代理権の濫用とは本問のAは、所有権に基づく妨害排除請求権に基づき、C・D間の所有権移転登記の抹消に代えて、DからAへの移転登記を求めていると考えられる。これに対して、Dからは、A・C間の売買契約は有権代理によるものであり、その結果、Aは甲の所有権を失ったとの反論がなされることになろうが、この反論に対してAからは、Bが代理権を濫用したことを理由に、Bのした代理行為の効力には帰属しないとの再反論がなされるものと予想される。そこで、まず問題となるのは、Bの代理行為が代理権の濫用(107条)に当たるかどうかである。代理権の濫用とは、「代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合」をいう。この場合の代理人には、本人のためにする意思、すなわち、代理行為の効果(債権・債務の発生)を本人に帰属させる意思はある。しかし、その目的ないし動機が、本人との関係からみて背信的と評価されるわけである。条文の体裁からわかるとおり、代理人が代理権を濫用しても、代理行為の効果は本人に帰属するのが原則である。代理人が代理人の目的を知り、または知ることができたときに限り、例外的に無権代理として扱われるにすぎない。この原則と例外の関係を、まずはしっかりと押さえることが大切である。民法107条は、2017年の改正で新設された規定である。改正前の学説には、代理人が背信的な意図でした行為には代理権の授与がないとして、これを相手方の主観的な態様を問うことなく無権代理と捉える見解もあった。この説によれば、相手方の保護は表見代理の規定(110条)によることとなる。しかし、代理権の範囲が、代理人の内心の意図といった揺らぎな基準で決まるとなると、相手方のうかがい知れない事情に代理行為の効果が左右されることになり、取引の安全が害される。代理権の範囲内の行為であるかどうかは、行為の外形から客観的に決まることが望ましい。そのような考えから、従来の判例の立場(参考判例①②)と同様、民法でも、代理人が背信的な意図をもってした行為を代理権の範囲内の行為とすることを原則とするルールが採用された(なお、参考判例①は、法人の代表取締役が権限を濫用した事案である)。代理権濫用の要件と効果自己または第三者の利益を図る目的本問のBは、甲の売却代金を着服する意思があり、実際に代金の全額を自己の借金の返済に充てた。このようなBの行為は、Aとの関係ではAに対する義務の違反となる。代理人は、任意代理であるか法定代理であるかを問わず、もっぱら本人の利益を図るために行為を負っている。この義務は、一般には忠実義務と呼ばれている(信託法30条参照)。代理人が自己または第三者の利益を図る目的(濫用目的)で行為をしたときに本人が(例外的にとはいえ)保護を受けられるのは、代理権濫用の違法があるためである。同様の配慮は、自己契約や双方代理等(利益相反行為)に関する民法108条にもみられるところである。なお、代理人の濫用目的は、代理行為をした時点では存在している必要がある。代理行為の後に濫用目的が生じた場合では、代理行為そのものの効力に影響はない。したがって、本問と異なり、Bが甲を売却した後で代金を着服する意図をもつに至ったような場合には、民法107条の代理権を濫用することはできない。では、代理行為の後に濫用目的が生じた場合に、信義則(1条2項)の規定を適用して代理行為の効果を否定することは可能か。同様の問題は、濫用目的の発生時期が代理行為の前か後かを特定することができない場合にも生じうる。この点は、代理権濫用の効果を例外的な場合に限って否定するとした民法107条の趣旨をないがしろにできない。信義則の規定による柔軟な解決が一切否定されるまでは言い切れないものと思われる。ところで、代理人のした行為が、本人にとって著しく不利なものである場合、すなわち、本人に重大な不利益・損害を被らせるものである場合、代理行為の濫用目的の要件は満たされるのか。たとえば、不動産業者である代理人が相対的な基準で不動産を売却したような場合である。重大な不利益行為は、代理行為の行為(客観的にみれば)本人の利益を図るものとはいえないから、相手方の主観的な態様によっては、本人を保護すべきであるとする見方がある。しかし、①代理人には背信的な意図まではないこと、②義務違反が重大でないかぎり代理人には背信的な意図まではないこと、③義務違反が重大でないかぎり代理人には背信的な意図まではないこと、④代理人が(不注意で)した行為の結果、本人が自殺したのと同様に引き受けさせる代理制度の趣旨に反すること、といった理由から、否定的な立場をとる見解が多い。相手方の悪意または過失代理行為の効果を否定するのは、相手方が、代理人の濫用目的を知り、または知ることができたとき、すなわち、相手方が善意または有過失のときに限られる。悪意や過失の立証責任は、本人側にある。2017年民法改正前の学説には、相手方の主観的要件を「悪意または重過失」とする有力な見解があった。「代理人がしているのは、あくまでも代理権の範囲内の行為である。円滑な代理取引を促進するためには、相手方が特にそれ以上の調査をしなくても、有効な代理行為と扱われるのが望ましい。また、代理人は本人との間の内部的な問題にすぎないから、本人が代理人の行為に対する責任を問われても仕方がない」とはいえない。代理人の濫用目的について悪意または(重)過失の相手方まで保護する必要はない。有力説の考え方は、以上のようなものである。これに対し、判例は、心裡留保との類似性に着目して2017年改正前民法93条ただし書を類推適用し、相手方に軽過失があるにすぎない場合でも、本人の保護を図ってきた。このような状況のもと、③本人の要件は合理性があると考えられる。①本人自身が心裡留保により意思表示をした場合には過失でもよいとされていることとのバランスをとる必要があること、②心裡留保が考慮され、その主観的要件を「悪意または過失」とするルールが採用された(ただし、代理権濫用の場合には、表示に対応する意思がない心裡留保とは異なり、代理行為の効果を本人に帰属させる意思はあることから、①の理由はつけにくい点もある)。相手方の「過失」は、立証責任を負担する本人の側が、その評価根拠事実(代理人の背信的な意図の存在を基礎づける具体的事実)を主張・立証し、それに対して相手方が反論(背信的な意図の存在を基礎づける具体的事実)を主張・立証する。本問のCは、Bが金銭的にルーズにしていることを、もはや価格が相場に比べて廉価であることも認識していた。にもかかわらず、BからBの委任状と甲の登記識別情報をBが持参しているのをみて気を許し、Bと取引を行った。過失の認定にあたっては、この点もどのように評価するかが問われることになろう。法定代理の場合民法107条は、法定代理人が代理権を濫用した場合にも適用される。もっとも判例は、親権者が子を代理して法律行為をする場合のように、法定代理人に広範な裁量が認められている場合には、その行為が本人を無視して自己または第三者の利益を図ることのみを目的としてされるなど、法定代理人に代理権を授与する趣旨に著しく反すると認められる特段の事情が存在しない限り、代理権の濫用に当たらないとする(参考判例④)。親権者は、子に対する愛情から、子の利益を最も優先してその子の財産管理に関する包括的な代理権を期待されている。もっとも、親権者には子の利益を不当に害しないかぎり、自己または第三者の利益を図るために子の財産を処分する権限が与えられていると考えられることから、民法には、親権者の利益と子が利益相反する場合に子の利益を守るための制度(特別代理人の選任)が設けられている(826条)。しかし、親子の間の利益が相反するとまではいえないが、経済的に子の利益となる行為をする者は稀である。そのような特段の事情に対する配慮として、民法107条はなお有用である。なお、法定代理人(特に制限行為能力者の法定代理人)が代理権を濫用した場合、相手方の過失を認定する際には、より柔軟な運用をすることが望まれる。というのも、法定代理人の場合には、本人が代理人を選任したわけではなく、代理人に対するコントロールも期待しがたいからである。代理権濫用行為の効果本問が、代理権濫用目的、および相手方の悪意または過失を主張・立証したとき、代理人のした行為は、代理権を有しない者がした行為(無権代理行為)とみなされる。判例は、従来、心裡留保の規定を類推適用し、代理権濫用行為の効果を「無効」と解していた(参考判例①)。しかし、代理権濫用行為の表示との間に齟齬のある意思表示のように無効とする必然性はない。本人が実際に自己の利益が害される場合に限って効果の不帰属を認めれば足りる。このような考えから、民法では、「無権代理」を原則とし、ここに無権代理に関する一連の規定も適用される。したがって、本人の追認(113条)のほか、相手方の催告権(114条)や取消権(115条)も、行使が可能である。なお、民法107条は、代理行為が本人に帰属しないことを認めただけであり、代理行為自体は有効な代理権の範囲でなされている。もっとも、無権代理の規定が適用されるとはいえ、まだ別の問題である。同条は、代理人の濫用目的につき善意・有過失の相手方に限る。すると、相手方には「代理人の権限があると信ずべき正当な理由がある」とはいえないことから、民法110条が適用される余地はない。代理権濫用と転得者代理権の濫用の適用により無権代理になることがある法律行為に基づき、第三者(転得者など)が新たな法律関係に入ることがある。この場合、第三者と本人との関係は、どのように処理されるのか。無権代理とされる取引を原因とする登記は、実際には登記をしていない無権利な登記である。このような登記を信頼して取引に入った転得者は、一般的には権利外観法理(具体的には民法94条2項の類推適用)によって保護される余地がある(目的物の価格が相当な場合は民法192条)。改正前民法の判例であるが、代理権濫用が2017年改正民法93条ただし書の類推適用によって無効とされる場合でも、代理権濫用について善意の第三者は民法94条2項の類推適用により保護されうるとの判断を示したものもある(参考判例③)。多少問題となりうるのは、代理人の濫用目的につき善意・無過失の相手方から、悪意または有過失の第三者に譲渡された場合である。従来の判例の代理権濫用の効果を「無効」とするのであれば、本人と転得者との間には、いわゆる相対的無効の関係も成り立ち得る。しかし、民法107条は、「無権代理」という構成を採択した。このため、有権代理が無権代理に転ずるという構成を採用した。したがって、代理権の濫用目的につき善意・無過失の場合は有効に権利を取得し、転得者は、善意・悪意にかかわりなく、権利を取得する。Bに対する損害賠償請求本問のAは、Bに対し損害賠償を請求することができる。民法107条により無権代理とされる場合は、相手方には、基づき、代理人の濫用をした代理人の責任を追及することができる。同条は、代理人として契約をした者に無権代理がなかったことを相手方が過失によって知らなかった場合でも、損害賠償請求ができると定めていることからすると、自己の代理権のないことを知っていた有権代理人を追求できると定めている(2号)。代理人は、自己の背信的意図につき相手方が悪意または有過失であったと認められても、代理権の濫用目的を知らなかったことにつき過失が関連問題駐車場を経営する株式会社Aの代表取締役であるBは、イベント会社の経営者と知り合い、その縁で、このイベント会社の取締役に就任し、Aに断りなく会社の預金を引き出して個人的な借金の返済に充てるための資金をAから融通してもらおうと考えた。そこで、Bは、「現在、Aの店舗の改修をしているが、地代や従業員の給料の支払の関係もあり、銀行から融資を受けるまでのつなぎ資金として至急現金が必要になった」と説明し、Cに融資を依頼した。Cの承諾を得たBは、2024年4月10日、7200万円を貸付期間3年でCから借り受け、現金を領収した。その際に、Bは同日付の金銭消費貸借契約書末尾の「連帯保証人」欄にAの住所と商号を記載するとともに、B個人の三文判を押印し、Aの社印を押した。なお、Cは、B個人が借主になる理由について、特にBには説明を求めなかった。また、Aが銀行から融資を受けられることになる予定日についても確認しなかった。以上の状況のもと、Cから連帯保証債務の履行を求められたAは、これに応じなければならないか(なお、利益相反取引の制限に関する会社法356条1号3号、および取締役会の権限等に関する同法362条4項の適用については考えなくてよい)。参考文献吉永一行・百選Ⅰ 54頁 / ポイント42頁(鎌野邦樹)(山田 希)
未成年の子X、母Aは、Xの亡父(Aの亡夫)Bから甲土地、乙建物をそれぞれ相続した。その際Aの依頼を受けて、遺産分割協議を主導した伯父C(Aの義兄)が、甲土地と乙建物の所有権移転登記手続を代行した。その際Cは、乙建物の賃貸管理などを全面的にA・X母子の世話をしてきた。2022年5月、Cが代表取締役を務めるD会社は、Y銀行から事業資金の融資を受けるに迫られたところ、その条件として第三者による保証を求められた。そこでCに保証を頼まれたAが、17歳であったXの親権者として、甲土地にD Yからの借入金4000万円の担保として抵当権を設定することを承諾し、Cが、Aの了解を得て、契約書の作成および登記手続を代行した。この契約に際して、Yは、当該融資の用途がDの事業資金でありXの生活費などの利益にはならないことを知っていた。Xの身上保証により、Dは、Yから4000万円の融資を受けることに成功した。やがて上記事業は、成年になったXの知るところとなった。Xは、Yに対して、Aが親権者として締結した抵当権設定契約の効力を否定し、その設定登記を抹消するためには、どのような請求をすることができるか。またその請求は認められるか。[参考判例]① 大判昭和7・6・6民集11巻1115頁② 最判昭和43・10・8民集22巻10号2172頁③ 最判平成4・12・10民集46巻9号2727頁④ 最判平成16・7・13民集58巻5号1368頁[解説]1 民法108条自己契約・双方代理と利益相反行為民法108条の自己契約・双方代理の禁止は、代理権の行使をすべき内部的な減縮・拡張(裏表)に、代理人が自己の利益のために代理権を行使した場合であっても、代理権の性質(代理行為の効果を本人に帰属させるため)および取引の安全の要請との間で、客観的・類型的に範囲・内容を逸脱した内部関係(「義務違反」)から、独立した外部関係(「代理権の範囲・濫用性」)から、代理行為の効力に影響を及ぼさない。つまり、代理権の行使には「権限責任」と「信頼責任」の観点からすれば、不適切な代理行為の存在ははなはだまれながら本人への責任を負うべきである以上、濫用リスクを本人が負担せざるを得むやむを得ない。もっとも、この理由は当てはまらない自己契約・双方代理、すなわち、民法826条が親権者に包括代理権を付与した事例では、とりわけ未成年の子の利益を図るに「反して」と問題となる(後述2・3参照)。さて、いくら誠実義務が代理人の内部的義務であるとはいえ、本人が代理権を授与された代理人が自分自身を相手方とする「自己契約」と、相手方からも代理権を授与されてその代理人となる「双方代理」(その株主総会を客観的にみて、代理人が自分の裁量で任意に判断できるため、その濫用に対する危険性が類型的に高い。そこで「自己契約・双方代理」という外形的な行為を受けるという意味で、民法108条1項本文は「無権代理」とみなすこととした(不法行為補助)。この113条から117条までの無権代理の規定が適用されるため、本人は追認によるか可能となる。ただ例外的に、本人が、「債務の履行」のための事前・事後の必要がないため(108条1項ただし書)、前者は、弁護士が不動産の売買、売主双方から代理権の履行にすぎない移転登記申請(560条)につき代理権を授与されている場合(最判昭和43・3・8民集22巻3号540頁)がある。さらに自己契約・双方代理には該当しないが「利益相反行為」である場合にも、本人の利益保護のおそれが劣ることから、同様に「無権代理」と解することとした。たとえば、2017年改正により民法108条本文が新たに追加したことは、将来負担しうるであろうとの前提にたって、あらかじめ代理人に代理権を授与し、事後的にAが選任された代理人が賃貸人の代理人として賃貸借契約を締結した場合、実質的には自己契約に類似する(参考判例①)。もちろん、いったん包括的に代理権を授与した後で、本人が不利益を被る場合には、民法108条2項ただし書の要件は満たさない。金融商品取引業者に投資信託をすべて任せた場合に自己売買されたものの適正なものであったとして、信頼関係を害するものであったとしても、保証人がその債務につき保証契約を締結する場合も、主債務者が無資力につき保証人の負担となる利益となるだけなので、民法108条2項の適用対象となる。また代理人が自己の配偶者や親族とする代理行為と利益が相反するとする。利益相反行為の該当性について、本人が代理権を授与している場面であれば判断は難しいが、安全に配慮して、民法108条2項本文、当該行為の有効性を前提に無効が判断される。具体例も含めて、民法108条2項の外部判断(後述3)が参照されることになる。なお本問では、債権者(法定代理人A)が会社(第三者)の債務のために甲土地を物上担保に供した行為が(民法108条の利益相反行為)に該当するかが問われ、問題となる。このうち民法108条では、代理人による利益の抽象的危険性から本人を実質的に保護すべく、1項本文では利益の典型的な「自己契約・双方代理」、2項本文では「利益相反行為」一般について、規制することを想定し、1項ただし書では前者の「債務の履行」と本人から許諾がある行為を許容するのみならず、2項ただし書では前者をそもそも利益相反行為に該当しないとみなす。後者の許諾がある行為のみを許容する趣旨である。なお、民法108条については、不特定多数の者の取引相手方から目的物を転得した第三者との間では、とくに規定されなかったものの、不動産の場合は民法94条2項の類推適用、動産の場合は同法192条による保護が考えられる。ところで、商業登記簿上はもとより法定代理人の選任(参考判例②③)、遺言執行者の指定の際にも(826条、後見人等に関する860条・876条の2第3項および876条の7第3項も同様)、民法の内には利益相反行為(取引)を規制する特別規定が多数存在する(たとえば信託法31条、会社法上の利益相反取引については、後述4参照)。2 民法826条の利益相反行為の意義本問では、Xが、Aの行為は民法826条の「利益相反行為」に該当し無権代理であったと主張することが考えられるが、ここでいう「利益相反行為」とは一体的であろうか。民法826条は元来、自己契約や双方代理が必要であっても、未成年の子が自ら行う場合には親権者の同意を与えることができないことから、それに代わる特別代理人の選任を家庭裁判所に請求する必要がある。ところが親権者は、親としての自然的愛情に対する信頼(期待)と子の将来の思惑が客観的に相反し、包括的な財産管理権を授与されているにもかかわらず、早いうちから利益を保護すべく「利益相反行為」を広く解釈し、たとえば相続放棄を促進する(遺産分割協議をすることはできない)。たとえば、親権者が子を代理して相手方とする法律行為であっても子と親権者の利益が実質的に対立する利益相反行為に該当すれば、無権代理となる。たとえば親権者の債務につき子を連帯保証人としたり、不動産に抵当権を設定したりする。親権者が子の連帯保証人になったり、不動産に抵当権を設定したりする。このような民法826条も、子の保護のため利益相反行為の実質的禁止を志向してきた。3 民法826条の利益相反行為の判断基準次、「利益相反行為」は、もっぱら子の利益保護の観点から判断すればいいのか、それとも親権者の包括代理権を信頼する相手方にも配慮する必要があるかの問題となる。判例・通説は、取引の安全との調和とともに、特別代理人選任という事前手続の法定安定性を要素とする、代理行為の有効性を前提に、その判断基準の外形から客観的に判断する。この判断基準からすれば、①親権者が子を代理して、その財産を売却したり、子の名義で金銭を借り受け子の不動産に抵当権を設定したりする利益相反行為と、②親権者が子に教育費・養育費を目的として無償贈与を目的とする。このような不合理・硬直性を回避するには、親権者の動機・目的や行為の実質的な効果・結果を総合考慮し利益相反性を判断するべきである。この方法によれば、利益相反にあたるか否かの判断基準が事後的にしか知られず、相手方の取引の安全を害するため、特別代理人選任により適法な代理権を確保する途が遮断される(法定代理人の選任(民法826条の選任の要請)。さて本問のように、親権者が自己または第三者の債務のために子の不動産を物上担保に供する場合には、利益相反行為に該当する(参考判例②)。利益相反行為によれば、外形上は親権者が直接的な経済的利益を得ないものの、たとえば子の不動産に抵当権を設定し、これに伴って返済できれば可能となり、債務の肩代わりや代物弁済の場面で物上担保の提供が生じるおそれがあることから、利益相反性の承認にあたり(参考判例②)。また第三者が、親権者が子の財産を物上担保に供した場合と同様である。これらを踏まえて、DとCおよびAの関係(人的信用供与の基礎とした連帯保証)を慎重に吟味しつつ、外形判断説により(いわばCを介してAの個人営業とみなせるか)利益相反行為と解されるであろうとの判断を前提に、他方、実質判断説でも、親権者が子の利益と何の関係で本件契約を受けた以上、本問でいうXへの利益が明白であったとしても、それ足らずAが何らかの利益を得ていると評価できるかが判断の分かれ目となろう。そこで両説の優劣に鑑み、取引安全の保護に優れた外形判断説に従いつつも、子の利益保護に不十分な判断・過誤を克服すべく、利益相反性の判断基準を緩和し「子に不当な不利益を課し、親権者が事後評価する」、危険性に変更して厳格な運用を図ることが考えられる。この基準によれば、親権者が子の財産を担保提供した背景的要因として「(債務者)たる第三者との人的関係」さえ存在していれば、上記危険性、つまり利益相反性は承認されよう。本問ではAが、X所有の甲土地を物上担保に供したことで、自らはCからの心理的重圧はもとより所有する建物の物上保証を免れたわけだが、この要件はどのように評価すべきであろうか。なお本問で、Aの行為が外見上形式的には利益相反行為に該当しないと判断されたとしても、Xは、実質的にみれば「代理権の濫用」に当たるとし、民法107条により無権代理とみなされることを主張できないだろうか。判例・通説の外形判断説では、民法826条による子の利益保護に限界が生じるため、民法107条の適用いかんが焦点となるが、本解説ではとりあげない(→本巻115参照)。4 会社法の利益相反取引と民法108条会社法においては、取締役に対して、会社法330条で民法644条を準用して善管注意義務を負わせ(判例・通説によればその具体化として会社法355条で忠実義務を課す)、取締役(つまり厳格な意味での会社の代理人である代表取締役に限定されない)が会社の重要な決定に関与する地位(いわばその影響力)を利用して会社の利益のもとで自己または第三者の利益を図るのを予防するため、会社法356条1項2号・3号は、特に取締役と会社との「利益相反取引」について、取締役は事前に株主総会(取締役会設置会社の場合は会社法365条1項により取締役会)において「重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない」として手続的に規制する(会社法419条2項・428条2項・595条・651条2項も参照)。一般法人法84条・197条は同様の規定を置く)。この利益相反取引の規制対象には、取締役が直接、会社から財産を譲り受けたり金銭の貸付けを受けたりあるいは第三者の代理人として会社と取引をする(「直接取引」)(会社法356条1項2号、取締役同士で拮抗する可能性があるため、会社を代表する者の取締役である場合も含まれる)(ともとれる)、会社が取締役の債務の保証(債権者の債務者)との取引であっても「取締役の利益を保護」したりその債務を引き受けたりするなどの利益相反となる(「間接取引」)とも含まれる。なお、取締役に対する債務の履行などその性質上、会社の利益が害されるおそれのない取引については、判例により、当該承認は不要とされている。そして「株主総会の事前承認」を得た場合に、会社法356条1項2号の「直接取引」のみならず―2017年改正により民法108条2項で「利益相反行為」が追加・明文化されたことを受けて―会社法356条1項3号の「間接取引」にまで民法108条の適用排除が及ぶよう、会社法356条2項も改正された(つまり、上記承認を得た場合には有効に利益相反取引ができる)。他方で、この事前承認を得ずに利益相反取引がなされた場合の当該効力について、会社法上規定はないが、同法356条2項を反対解釈すれば、民法108条の無権代理に準じて無効とされる。ただ第三者との関係では、判例(最判昭和43・12・25民集22巻13号3511頁)・通説は、「取引の安全」を重視して(自ら規制違反の取引をした取締役は無効を主張できないという利益の保護を意味する意味に加えて)会社が「事前承認を得ていないことに関する第三者の悪意を主張・証明しない限り有効である」という意味で「相対的無効」であるとする(参考判例③)。利益相反取引を行った取締役が「その任務を怠った」ときは、会社法423条1項により、会社に対して損害賠償責任を負う。会社法423条3項・428条1項も参照)。なお、上記会社法との関係に2017年に改正された民法108条の影響がありうるのかについては、今後の成り行きを注視する必要があろう。関連問題Yは、所有する住宅をXに賃貸した。その際Yは、今後Xとの間で紛争が生じた場合に備えて、賃貸借契約書の書面に、「和解に際しては自らがXの代理人を選任しその者との間で交渉・締結を行う」という条項を定めていた。Xは、これを承諾し、将来必要となるかもしれない代理人選任のために白紙委任状をYに交付しておいた。その後、家賃の値下げ等をめぐり紛争が生じ、Xが賃料を支払わなくなったため、和解交渉が必要となった。そこでYは、知人AをXに無断でXの代理人として選任し、このAとの間で、すでに受領済みの白紙委任状を使い和解に至った。その内容は、Xが今後毎月の賃料とともに滞納額を分割で支払うべきこと、これに違反したときは、即座の利益を失い延滞分をすべて一括で支払い、賃貸借契約は即時解除となり、当該住宅をただちに明け渡すべきことであった。Xが、YとAの間でなされた和解の効力を否定するには、どのような請求をすることが考えられるか。またその請求は認められるか。参考文献石崎はる美・百選Ⅱ100頁 / Before / After40頁(林貴美)/ ポイント38頁(鎌野邦樹)(白井 徹)
A社は時計や装飾品を輸入・販売している。Aの商品の内、Aの子会社Bの倉庫で保管・管理され、注文が入ると、Aからの委託に基づいて、Bから顧客に発送されることになっている。その際、Bは長年にわたり、運送会社Cによる運送を利用している。Cは通常の運送サービスのほかに、比較的高価な物品を対象とした宅配サービスも行っている。この宅配便を利用する場合、運送料は通常の運送料よりも割高だが、運送中に運送品が紛失・破損したときには、30万円を上限とした補償がなされない。Bの倉庫事業部長は商品の価格に応じてこれらのサービスを使い分けていたが、コスト削減のために、30万円以上の商品を発送する際にも宅配便を利用することが何回もあった。また、こうしたやり方を、Aの経営者も黙認していた。Aは顧客Dからの注文を受け、スイス製腕時計1個(時価100万円相当)の発送をBに指示した。このとき、BはCの宅配便を利用して商品を発送したが、その運送の途中、商品が紛失した(詐欺等)。その後、商品はあらためてDに送り届けられた。この場合に、紛失した商品の価額に関するAからの損害賠償請求に対して、Cはどのような反論をすることができるか。[参考判例]① 最判平成10・4・30判時1645号162頁② 最判平成5・10・19民集47巻8号5061頁[解説]1 法律行為から生じる法律効果の帰属主体法律行為がなされた場合、原則として、法律行為を行った者、すなわち当該法律行為を構成する意思表示を行った者が、法律行為から生じる法律効果の帰属主体となる。したがって、契約当事者の契約の効力を主張できるのは、法律行為における相手方に対する関係においてのみである。また、こうした法律効果には、権利取得や義務負担だけでなく、責任制限や短期消滅時効にかかる契約条項の効力も含まれる。その契約当事者間で、債務不履行による契約責任とともに不法行為責任も制限することが合意されていたとしても、当事者は、当事者以外の者からの不法行為等に基づく損害賠償請求に対して、この契約上の責任制限を主張することができない。2 代理とその要件一方で、自己との権利関係にかかわる法律行為をすべて自身の意思表示を通じて行うことは、事実上・法律上の制約により、実際に不可能なことも多い。そのため、こうした制約を取り除き、私的自治による円滑な社会活動を促進するために、他人がした自己の法律行為のための手段として、代理制度が置かれている。代理では、本人に代わって代理人が意思表示のやりとりをし、相手方との間で法律行為を行うが、その法律効果は本人と相手方の間にのみ生じる。このように、代理による法律行為には、意思表示の主体と法律効果の帰属主体が異なるので、通常の法律行為と違いがある。こうした代理行為の例外的な効果を本人に帰属させるためには、法律行為の要件(とりわけ、代理行為の効果が本人に帰属させる旨の代理人の意思)に加えて、代理制度に固有の要件を(99条)、まず、代理人が代理行為を行えるなど、他人の法律行為を容易に侵害できることになる。そのため、代理行為を行える者は、本人の間において適法な代理権を有している者に限定される。こうした代理権には、法律の規定に従って生じる場合(法定代理)と、本人と代理人との法律行為による代理権授与に基づいて発生する場合(任意代理)がある。また、代理権を有する相手方が、相手方は代理人自身を法律行為の当事者とその代理権を相手方に表示し、代理人から代理行為である旨の主張が許されれば、相手方が契約当事者となり、特に債務者が誰であるかについて判断を有利にする相手方に、不利益は大きい。そこで、有効な代理行為のためには、相手方に対して代理意思の表示(顕名)が必要とされている。この顕名がない場合、代理人による意思表示の効果帰属はできず、代理人は帰属無効を主張することはできず、代理行為の効果は代理人に帰属することとされている(100条本文)。ただし、顕名に際しては、一定の場合に例外的な取扱いがなされる(同条ただし書、50条)。3 間接代理(取次ぎ)における委託者の地位以上のような代理行為の要件の充足がないと、委託者の地位が主張・立証しなければならない。この立証がなされれば、ある者が委託者の一定の法律行為を行うことを受託し、委託者の経済的利益の帰属を保全するために、さらに当事者との間で自己の名で当該法律行為(間接代理・取次ぎ)を行う。そして、その法律効果は、委託者の相手方の間にのみ生じ、委託者の法律地位に影響を与えない。したがって、運送品所有者である委託者が運送契約の当事者を訴え、受託者が運送委託の際に受託者に対して支払った賠償を請求したとき、この受託者に受託者が委託のために自己の名において運送人と運送契約を締結したとき、委託者は運送人の責任制限を主張することができる。4 運送取引の特質ところで、通常の物品運送取引では、運送人の責任限度に応じて、運送保険と連動させた運送料が設定されるのが通常であり、かつ、その内容を定める運送約款の適正性は、所轄官庁の認可や事業者間の協定などにより担保されている。また、運送契約の引受けは一般に船荷証券などにより担保されている。そうした中で、本問のような運送取引にある責任制限を越えて請求されると、Cは無断で運送契約の約款どおりに責任制限を失う。これでは、Cが引き受けた以上の責任を負わされる結果、運送取引システムのそのものが根底から覆されかねない。さらに、物品運送は荷送人以外の者のために行われることが多い。このとき、運送人の責任を際限なく享受することができ、運送事故の場合に運送契約上の責任制限を回避できることになれば、判例は、裁判例では、運送事故のリスクの分散を困難にすることになる。裁判所の裁判例では、こうした事情を踏まえて、運送事故を容認していた者が、責任限度額を越えて運送人に損害賠償を請求する義則により否定したものがある(参考判例①)。5 責任制限の対抗と第三者の保護に関する規定の根拠問題は、こうした結論を導くための理論構成である。1つには、契約外の損害賠償請求権者による当該運送の否認や同意、このへの責任制限の効力の拡張を求めることを正当化するに足らず、単なる否認や同意は、責任制限の対抗を求めることを正当化するに足らず、このような否認や同意の中に、他人の契約に限る意思を汲みとることも困難である。また、仮にそうした意思が確認されても、その法的位置づけについて不明確さが残る。契約外の第三者が運送実施を事実上享受している点も重視する見解もある。具体的には、自己の運送目的を達成するために、責任制限を伴う運送を承認して運送実施の利益を享受した者が、運送事故の際に契約当事者ではないことを理由に自身の責任制限の回避を図るなどしながらも、そうした他人が全てを責任制限の回避を図りながら自己の目的を達成しようとする態度、信義誠実の原則に照らして許されないとの主張である。こうした見解に対しては、これが運送取引の領域に限定されるものか、間接代理による取引一般にも及ぶものかのほか、契約外の第三者の要件や根拠を含めて、慎重な検討が求められる。さらに、運送取引に用いられる約款の特殊性に着目する立場も示されている。これによれば、運送取引約款のように、内容が合理的で、広く一般に普及している約款には、ある程度の拘束力が付与されるべきであるとされる。こうした見解では、そうした効力を認めるための約款の「合理性」や「普及性」につき、具体的基準が明確にされる必要がある。また、この考え方については、運送にまったく関与していない運送品所有者にも運送契約上の責任制限の効力が及ぶことにつながる点が承認されるとすれば、私人の設定した規範に法律と同等の一般的効力を承認することの可否や、その理論的根拠の所在など、より大きな問題もはらむ。いずれの法理によるにせよ、当該取引領域に固有の事情とともに、私的自治の原則・相対的契約の原則と代理制度との整合性をにらんだ解決が求められる。加えて、直接的な契約関係にない者の間の利害を調整する際には、利害の正当性に関する規範的評価への目配りも必要である三者間の不当利得に関する議論が参考になる(→本書89参照)。特に、契約中の特約が単なる形式的な合意にすぎないのか、実質的に機能しているのかも、契約の対外的効力を判断する重要な考慮要素となりうる。関連問題建築業者AはB建設会社から、C所有の宅地上での建物建設工事を請け負った。B・C間の下請負契約(代金4000万円)には、注文者は工事中断契約を解除することができ、その場合の工事の出来形部分は注文者の所有とする旨の特約が付されていた。A・B間の下請負契約(金員3000万円)では、そのような約定はなされなかった。また、CはAによる一括下請負の事実を知らなかった。AはBとの契約に基づき、自ら材料を提供して本件工事を行ったが、工事全体の25パーセント程度を終えた頃にBが事実上倒産してしまったため、工事を中止した。この時点で、AはBから下請負代金の支払をまったく受けていなかった。その後、CはBとの請負契約を解除し、Dとの間で、Aにより建設された出来形部分を基礎にした建物建設請負契約をあらためて締結した。Dによる工事完成後、Cは代金全額を支払い、建物の引渡しを受け、この建物について所有権保存登記を経た。上記の事実関係において、以下の場合につき、AはCに対してどのような請求をすることができるか。これに対してCはどのような反論がどの程度認められるか。(1) AはBとの契約の間、B・C間の契約に出来形部分の所有権帰属に関する特約が含まれていることにつき、説明を受けていた。また、CはAの工事中止の時点で、Bに請負代金の一部として2000万円を支払っていた。(2) AはBとの契約の間、B・C間の契約に出来形部分の所有権帰属に関する特約が含まれていることを知らなかった。また、CはAの工事中止の時点で、Bに請負代金の一部として400万円を支払っていた。[参考文献]奥田昌道・判時評1661号(1999)31頁 / 武川幸嗣=吉川愼一民事法II 164頁 / 大村敦志「もうひとつの基本民法Ⅱ」(有斐閣・2007)113頁 / 落合誠一 = 商法百選 200頁(岡本裕樹)
独身のOLのXは、2024年4月頃、結婚紹介所のウェブサイトを介して知り合ったAの勧誘により、Y銀行から融資(以下、「本件融資」という)を受けて、投資目的で、Aの親族であるB不動産業者が所有する新築マンションの1室・甲を2500万円で購入することにした。Xは株式や不動産への投資経験はまったくなく当初は断っていたが、言葉巧みに説得され、Aとの交際への期待もあっての決断であった。その日は祝祭日で、XとAは喫茶店で会ったが、そこに他のB社員が加わって甲の売買契約の締結の手続が行われ、続いてY銀行に場所を移して本件融資の手続が行われた。締結にあたりAは「甲周辺は、某有名大学の新設学部が開校予定、高速列車も開通するから損することはない」「今ならY銀行の特別金利が適用になる」といい、ローン返済計画と甲の修繕積立金と収支予測のシミュレーション表もみせていたが、大学や高速列車の計画はなく、シミュレーション、特別金利も虚偽であった。甲の購入資金として、Xは頭金として現金200万円を充てる一方で、Yとの間で利息を年率2700万円の金銭消費貸借契約を締結し、この資金債権を担保するために甲に抵当権が設定されているが、甲の担保価値は4000万円(その後の査定では市場価値1000万円)、Xの年収、保有金融資産なども水増ししてYに申告されていた。YとBとは資本関係も提携関係もない。しかし、Y担当者は融資実績を上げたいたので、Bから提供された情報に基づいて不動産購入資金の融資について、Bから提供された情報に基づいて独自に審査することなしに融資を実行していた。 その後、Xは、Aは「デート商法」といわれる悪質商法の常習犯で、女性の交際に対する期待を利用してマンション投資等の勧誘を繰り返していたこと、Bも1年前から各地の消費者センターに苦情 が寄せられていたことを知った。Xは、Bとの話し合いで「今回の甲の取引はなかったこととさせていただき、また、本件融着はお客様とY銀行様との間で結ばれた契約で、当社としてはご相談に応ずることはできません」といわれた。 ローンの返済をしたくないXとしては、Yに対してどのような請求ができるか。また、これに対して、Yはどのような反論ができるか。 参考判例 ① 東京高判平成27・5・26判時2280号69頁 ② 最判平成23・10・25民集65巻7号3114頁 [解説] 1 問題の所在 一見してわかるとおりに、Yに対するローンの返済から解放されない限り、Xは、法的に救済されたとはいいがたい。それに、Xの立場からみれば、Yが本件融資をしなければ、Xの甲への不動産投資自体も、そもそも実現することはなかった。しかし、ここに、すでに周囲の優しさが潜んでいる。「不動産投資」は甲不動産売買と本件融資(金銭消費貸借)という複数の契約から成っていること、そして、Xが不動産投資を決意するに当たって大きな意味をもっていた人は、そのいずれの契約でも当事者となっていない。今日こういった事象は決して稀ではないと思われるが、実は、この問題は一筋縄ではいかない。 XのYに対する請求としては、以下の構成が考えられる。まず第1に、AがXの恋愛感情を利用して、交際への期待を抱かせつつ、不当に高額の不動産への投資を決意させた点に着目して、Xが行ったBとの甲の売買は公序良俗により無効(90条)となり、その結果とすべきYとの間で締結された金銭消費貸借契約も、原因を欠くことになって無効となる、と主張す ることが考えられよう(同条)。 第2に、投資経験のないXに対して、Aは不動産投資のリスクを十分に説明するどころか、虚偽の説明によってリスクを隠蔽していた、と主張する。説明が不十分、虚偽の説明から債務不履行責任に基づく損害賠償請求をすることも考えられるところ(Aには不法行為責任(709条)、Bには使用者責任(715条)を、効果として「真実を知っていればするはずはない」契約を締結してしまったこと自体が損害だと主張して、いわゆる契約締結上の過失を請求)。Xは、こういった問題のある販売取引に融資することで被害を「助長」したとして、共同不法行為(719条)を主張することが考えられるだろう。 そして第3には、Xは、Aから本件融資の前提となる投資のシミュレーションについて虚偽の説明を受けてYと金銭消費貸借契約を結んだ、つまり、第三者Aの「詐欺」あるいは「不実表示」によって、真実を知っていれば結ぶはずのない契約をしたので取り消すというものである(96条2項・95条)。 このうち第1の構成は、甲不動産売買が公序良俗により無効であると認められたとして、そのことをもって本件融資を無効といえるか、いいかえれば、2つの契約の連動性(実質的に密接に関連して一体的にその効力を否定する)、つまり、売買契約の効力否定が融資にも伝播するかを問題とする。しかしながら、XとBの甲不動産売買とXY間の金銭消費貸借とは目的は別の2つの契約である。参考判例②も、個別物品割賦あっせんにおける売買契約と与信契約でも割賦販売法との適用があることをあらためて確認した。本問同様、デート商法で女性がアクセサリーを購入させられていた事案であったが、①販売業者とあっせん業者の関係、②販売業者の与信契約に関する行為の内容および程度、③販売業者の一般消費者の苦情に対する行為についての有無および程度を総合的に考慮して、一体的にあっせん業者の帰責性が問われた上記担当者と相当する特段の事情」がない限り無効にはならない、としたのである。 第2の構成も、似た問題に直面する。虚偽の収支シミュレーションによる投資リスク説明に問題があることが認められたとしても、売買と融資を一体 として扱い、融資責任を問うのは容易ではない(ベイ・7・12・13判タ921号259頁)。基本的には、「金融機関」(金銭消費貸借契約)は金銭を貸し渡し、借主が合意された条件で弁済するという契約であって、その使途の合理性の検討は借主の自己責任で行うべき問題とされていることによる。 ところで、本問は、Xに対して「甲取引はなかったことにする」との申出をしている。しかし、そもそも甲不動産取引は当事者間で有効に締結されているので、クーリングオフが可能な8日間で、現在の状況に影響を及ぼしがたい、というものである。そこで、以下では、Aの行為を法的にどう位置づけられれば、XY間で締結された金銭消費貸借契約の効力を否定することができるのかという、第3のアプローチを中心にみていく。 2 代理人詐欺の可能性 Aは、本件融資についても架空の特別金利や虚偽の収支シミュレーション表をXに提示し、Yの融資実行に影響を及ぼすXの信用力、担保価値について虚偽の申告をしている。AはBの従業員であるから、これらAの行為はBの業務の一環という評価は可能であるが、これをYに及ぼすことはできるが問題となる。仮に、Yから、B社あるいは個人Aに対して、本件融資契約の締結について代理権を授与されていたという事情があれば、AないしBの相手方Xを欺罔して契約を締結させた行為は、Yが自ら行ったものと同視され、Xは意思表示を取り消すことができる。この場合、本人がYにこれらの事情について知っていたか、または知るべきであったか(重過失・有過失)は問題とならない(101条1項、大判明治39・3・31民録12輯492頁)。 とはいえ、YはBに融資媒介の依頼をしていたとしても、B(およびその従業員)に法律行為を行う権限を付与したものではない。これを代理行為と考えると、B・Y間には代理権を授与する意思も基礎的な法律関係もなかったことから、Xが代理権授与を立証することは困難も予想される。 3 第三者の詐欺・不実表示によってした意思表示 (1) 第三者詐欺による取消しの可能性 第三者Bによる詐欺によってXは、相手方Yと融資契約を締結する旨の意思表示をしたとすればどうであろうか。第三者詐欺(相手方以外の者が詐欺)により、Xは、Yがその事実を知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる(96条2項)。 ここで、2017年改正民法96条2項では、相手方が詐欺の事実を知っていたときに限り、意思表示の取消しを主張できると規定していたが、相手方への主観的要件が緩和されている。これは、真意でないことを表意者が知ってなす心裡留保(いわば表意者が悪意)で、第三者の詐欺・不実表示によって、真意ではない意思表示をさせられてしまうため、意思表示の有効性を問題とし、真意でない意思表示としてしまった表意者と相手方との利益のバランスをとる目的としてXが相手方の保護の要請が後退し、相手方に過失があった場合にもXは保護が保障される。 (2) 第三者の不実表示によってした意思表示と錯誤 ところで、「詐欺」の要件としては、いわゆる2段の故意(人を騙して錯誤に陥らせ、その錯誤に基づいて意思表示をさせるという故意)が必要であるが、欺罔行為、因果関係の要件があるところ、特に故意の立証が難しく、詐欺による取消しが認められない場合も多い(消費者契約法の立法趣旨でもある)。そこで第三者の「詐欺」ではなく「不実表示」を構成することで対処も検討しよう。 「不実表示」は詐欺と錯誤の中間で、改正前の民法にはなかったものであるが、特に「動機」の錯誤が成立することが困難となることから、意思表示の内容となっていた「法律行為の基礎とした事情」(95条1項2号)につき、表意者の錯誤の取消しを認めることが規定された(→本書84・91参照)。事実、相手方によって誘発されている点で、 「基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」で、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要」であれば、取消しが認められる(同条1項2号)。つまり、「動機の錯誤」要件の中に「不実表示」を組み込むことは可能であろう。 そのうえで、第三者による「不実表示」により意思表示が錯誤に陥り、相手方がこれを知りまたは知ることができた場合でなければ、相手方が善意で重過失がないこと(95条3項1号・2号参照)。本問では、XはBの不実表示により錯誤に陥っており、また、Yの担当者は融資実績を上げるため、Bが利用していたYのXの返済能力の担保価値に関する虚偽の情報を知り得たといえるであろう。では、Y・A・Bの同趣旨であり、A・Bの不実表示をYのXへの融資実行を決定する判断を左右する情報に、Bも1年前から各地の消費者センターへ苦情が寄せられていたこと、消費者との間で問題となる場合、Yは、その調査が困難であることをもって、YはY銀行として本来なすべき審査を怠ったことをもって、A・Bの不実表示をYのXへの融資実行を決定する情報として利用している。 4 消費者契約法による保護:「媒介」の委託 消費者契約法による保護は、消費者と事業者の間に、情報力と交渉力に構造的な格差があることに鑑み、消費者の意思決定を、民法の詐欺・錯誤よりも拡大された要件のもとで取り消すことを認めている(同法1条・4条・5条)。ただし、本件融資は「事業として又は事業のためにする契約の当事者」となる場合には該当しないので(同法2条1項・2項)、Y銀行は「事業者」に当たるが、Xは「消費者」に該当しないので、消費者契約法の直接の申込みまたはその承諾の取消しを主張することも考えられる(同法4条・5条)。 他方で、たとえば、地主Zに対してB社が、同じように消費者に「地主を運ばせてほしい」と持ちかけ、B社が地主から一括で借り上げて、テナント探しなどの面倒な賃貸業務はすべてこちらでやり、地主が本社にあなたの支援は空室のあることを心配せずにおまかせします」と勧誘されて、不実告知を信じてサブリース契約を締結してみたものの、実際にはYのへのローンの負担が残る………という場合はどうだろうか。問題の構図はほぼ同じであるが、地主の事業の一環で結ばれた契約であるから(消費者契約法2条2項)、ここには消費者契約法の適用はないことになる。 Xが消費者契約による救済の可能性があるのは、媒介の不実告知を理由に意思表示の取消しが問題となる場合である(消費者契約5条)。そこでは、相手方の故意・有過失は問題とならない。本問で「媒介」にあたるか否かは、AからYB間に提携関係はないこととあって微妙であるが、甲契約の紹介を信頼したY銀行である。本件融資の手続に基づく取消しのもう1つのハードルがあるが、参考判例①は、「事実と異なる」が、「将来における変動が不確実な事項」である(同法4条4項)判決に基づく不実告知を理由とする取消しは、「事実と異なる」が、「事実と異なる」が、「事実と異なる」が、「事業」で要求される、それによれば、消費者契約の「内容」や「取引条件」であって、その「重要事項」は、同条5項で要求されている。それによれば、これは媒介には含まれないとされており、かつ、そのような動機のために重要であると判断された事情についても、消費者の「重要な利益」を上回る経済的利益もないのに「有利な」取引を回避するために認定されるべき事項といった事情について誤認させるものではなかったか。 また、2018年に改正された消費者契約法上の経験の乏しさを恋愛感情に乗じ、 契約を締結しなければ関係が破綻することになると告げ、Xを「困惑」させて契約を締結させた場合についても、消費者契約法4条3項1号)。この構成では、「重要事項」の幅は問題とならない。 次に、発展問題におけるXは、自らが契約の取引条件を誤って理解していたところ、その錯誤と不満足を状況に陥っていた。ここでは、Y・X・Zが積極的に誤認を認定せねばならず、Xの誤認を、しかもどういう形で契約に関する誤認と評価できるかが問われよう。ポイントは、どのような事実に関する誤認を以て「重要事項」に関する誤認と評価しうるか(95条2項)、また、⑧の不告知(消費者契約4条2項)とりわけ⑨が「不利益となる事実」をどう考えるか(同条3項・5項)である。 後者は、消費者契約の目的となるものの「内容」や「取引条件」であって、その消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべき「重要事項」は、「当該契約を締結する(95条1項・2号)であり、かつ、「当該告知により当該事実が存在しないと消費者が考えるべきもの」とされている(同法2項後段)。その趣旨は、当該消費者の主観的重要性ではなく、客観的、平均的な消費者像を基準に客観的に判断すべきという点にあるが、この平均的な消費者像は「転機動機」の利用であるが、ここにはその利用目的、契約者の「更に」という文言を総合的に考慮すべきである(白鳥事件・東京地判令和元年9月19日)。 関連問題 XはYと生命保険契約を締結していたところ、同じマンションに住むYの定年職員Zと親しくなり、Xから「お隣に入った保険は、1日目から出る保険」と聞いたことが契機となって、保険の内容が保証を見直す「転換」制度の利用に向けた交渉をすることとなった。ここにおいて保険の転換とは、現在の保険契約を利用して新たな保険を契約する方法をいい、現在の契約の積立部分や積立配当金を「転換(下取り)価格」として、新しい契約の一部に充てる方法で、これにより元々の契約は消滅することとなる。 Xが転換契約の制度を利用した背景には、3年後には更新を迎えるが保険料が月額1万7600円から1万7800円にまで600円まで上がること、また、保険の転換(下取り)価格が下がると、それが高い時点で保険内容を見直し、保険料の負担を低く抑えようというYの営業職員の説明を信頼したことにある。 Xは、Yから「①~③までの事実を告げられ、④~⑥までの事実には告げられていない。Yの勧めるまま、転換制度を利用して、旧契約を終了させ、新契約を締結した。 ① 新契約では入院給付金が1日目から出ること ② 補償内容はほとんど変わらないこと(死亡時に受取れる死亡保険金額が3400万円であるが、新契約では3200万円) ③ 保険料は若干下がるだけであり(旧契約では月額1万7600円であるが、新契約では月額1万2200円) ④ 新契約は旧契約を転換するので、旧契約の保険料は既に元に戻ることはない ⑤ 転換後の新契約の保険料は、当初7300円であるが、差額が上乗せされるため200円になっていること ⑥ 新契約では、契約に失効した保険契約や特約更新制度特約が、入院保障の最大日数を60日とすることになっていたな ど、保障内容が大幅に縮減されること。 (6) 実は旧契約の下でも入院1日目から入院給付金が出ることになっており、その後、④~⑥の事実を知ったXは、Yとの間で新契約の取消しを主張することができるか。取消しを主張する際の法律構成と、言及する事実を整理しながら検討せよ。 参考文献 全国進路指導研究会編・民事判例研究会編 民事判例13号(2016)84頁 / ポイント12頁(角田美穂子) (角田美穂子)
2022年4月に、美術品の小売業を営むXは、同種の営業を行うYの店舗において、Yから著名な画家Nの筆になる「富岳」と題する絵画をみせられ、Yからこれを180万円で購入する契約を締結(以下、「本件売買」という)、3日後に代金を支払って引渡しを受けた。Xは前々年、Yは10年近く、美術品の取引経験を有する者であり、両者は本件売買の前年も1年半前から互いに美術商として知り合い、これまでに取引をしたことがあった。本件売買の当日、Xは、以前から興味をもっていた画家N筆の「富岳」をYが入手したとの情報を得て、Yの店舗を訪れたのであるが、目当てにしていたN筆の「富岳」は傷や汚れがあったためその購入をやめ、近くに飾ってあった「水仙」に興味をもち、これを購入することにしたものである。その際、Xは、「水仙」についてYに尋ねたところ、Yから、これはMの筆になるものであり、「富岳」と同様、名高い実業家旧蔵の美術品によるものでもあるが、そのほかの問い合わせには応じず、購入を決意したのであった。ところが、その後、この絵画をXがZに200万円で転売しようとした際、Zの要望により鑑定を依頼した結果、実は贋作であることが判明した。本件絵画は、贋作であれば200万円前後の値がつけられるが、贋作であれば20万円以下の価値しかない。Xは、錯誤を理由に本件売買契約の無効を主張し、Yに対して目的物の返還と引き換えに代金180万円を返還するよう請求することができるか。[参考判例]① 東京高判平10・9・28判夕1024号234頁② 最判平元・9・14判時1336号93頁[解説]1 Xの考えられる主張本問では、Xが民法95条に基づき錯誤による取消しを主張して、代金の返還を求めることがまず問われている。本問の事実関係のもとでは、このほか、目的物の契約不適合を理由に契約を解除して代金の返還を求めることも考えられる(後述8)。さらに、Yの詐欺による取消しを主張することも一応は考えられるが、詐欺というためには、Yに欺罔の故意があったことが必要であるところ、本問ではこれは明確にはうかがわれない。なお、仮に本件契約が「消費者契約」に該当する場合であったなら、さらに、消費者契約法4条1項1号に基づく不実告知による取消しの可能性も考えられたであろうが、本問では、XとYはいずれも事業者であるから、同法の適用はない(同法2条参照)。以下では、錯誤に焦点を当てて検討を進める。2 動機の錯誤の取扱いをめぐる従来の議論民法95条は、2017年改正民法(以下、「改正前民法」という)95条のもとでの議論を踏まえたものであることから、まずは同改正前の議論を簡単に確認しておこう。絵画の売買において、真筆であると信じて購入したものが実は贋作であったという場合における買主の錯誤は、表示に対応する意思が欠けているわけではないので表示の錯誤ではなく、従来「動機の錯誤」といわれてきた錯誤類型(後述のとおり、改正民法では95条1項2号に基礎事情錯誤として規定された)の一場合である。改正民法95条では、同条の適用を受ける錯誤を「法律行為の要素の錯誤」と規定しているにすぎなかったため、この規定のもとでの動機の錯誤の取扱いについては、多くの議論があった。(1) 伝統的な考え方:動機表示説(錯誤二元論)改正前民法95条が動機の錯誤にも適用されうるかについて、起草者は否定的だったようであり、初期の判例にも消極的なものがみられた。しかし、後に判例は、「動機が表示されて意思表示の内容とされた」という要件の下で改正前民法95条の適用可能性を肯定するようになった(大判大正3・12・15民録20輯1101頁)。目的物の性状に関する錯誤についても、物の性状は通常法律行為の有効性にすぎないが、表意者がこれを意思表示の内容とし、その性状を有しなければ法律行為の効力を発生させず、しかも取引の観念、事物との常況からみて意思表示の主要な部分をなす程度のものと認められるときは、法律行為の要素の錯誤と解されるべきとされた(大判大正6・2・26民録23輯284頁(売渡証書事件)等)。この考え方は、学説でも通説をなすに至った。(2) 批判説:錯誤一元論しかし、その後学説においては、表示の錯誤と動機の錯誤の区別はしばしば困難であること、動機の表示を要求することは動機の錯誤の範囲に合わないこと、取引の安全の要請を重視する動機の錯誤のみならず表示の錯誤においても存在するなどと理由に、表示の錯誤と動機の錯誤の区別的取扱いを否定する一元的な取扱いをすべきだとし、いずれの錯誤についても、相手方の認識可能性、錯誤の重要性、錯誤の共生などの基準に基づいて、改正前民法95条の適用可能性を判断するべきだとする見解(錯誤一元論)が、有力に主張されるに至った。(3) 新・二元論:改正前民法95条の趣旨排除論一方、動機の錯誤を、表示の錯誤と区別し、改正前民法95条の適用対象から排除すべきだとする見解も、新たに主張された。すなわち、この見解は、動機が誤っていたことのリスクは本来表意者が負担すべきものであって、このリスクを相手方に転嫁できるのは、動機が保証、条件、動機などの形で合意された場合に限るとされる。それらの合意が認められる場合には、同法の適用によってではなく、それぞれの合意の効力や契約責任などの問題として処理が図られるべきだとするのである。(4) 法律行為の内容化論他方、近年は、問題となった事項が法律行為の内容(契約の場合は契約の内容)として取り込まれていたと評価できるか否かにより、「動機」が当事者の合意の対象としてまず契約内容に取り込まれた場合にその錯誤内容化されたことが重要であるとされ、その動機内容化されたことによって改正前民法95条が適用されうるものとする見解が有力に主張され、判例は、動機が表示されたことの表示の式質的な意味を、新たな角度から再評価するという意味も有していた。3 民法95条は、従来の動機の錯誤を、「法律行為の基礎とした事情」に関する錯誤(基礎事情錯誤)として明文化した(95条1項2号)。すなわち、表示の錯誤(同項1号)とは別に、「①表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」を、錯誤の一類型として明確に掲げた(同項2号)。そして、基礎事情錯誤を理由に取消しを主張するためには、「②その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであること」(重要性の要件)と「③その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたこと」(②の「表示」要件)が要件となることを明確にした(このほか、③の規定は、錯誤によるものであったときは無効とはできない規定は、限定されてない)。このうち②の要件は、従来の錯誤を基礎事情錯誤に共通する要件であるが、③の要件は、基礎事情錯誤に特有の要件であり、⑤の要件をどのように理解するべきかが問題となる。なお、改正によって、錯誤の効果は、改正前の無効から取消しに変更され(95条1項)、善意・無過失の第三者保護規定も新設された(同条4項)。4 民法における「表示」要件(要件③)と錯誤の要素(要件④)上記③の要件は、基本的には、改正民法のもとでも従来の判例法理につき展開される理屈を明文化したものである。つまり、改正前民法のもとでの判例で用いられた表現は、必ずしも統一的ではなかったが、動機の「表示」を要求してきたことから、これを捉えて現行民法95条1項2号が規定されたものである。もっとも、この「表示」の意味については注意を要する。動機の錯誤に関する従来の判例を仔細にみると、動機が明示的に相手方に伝えられているわけではないことがわかる。動機の表示に微妙な違いがあるが、特に契約における錯誤では、「動機表示不足」の下で国際的な問題とされているのは、当該動機が一方の「単なる動機」にとどまらず、当該法律行為(契約)の内容に取り込まれたと評価しうることができ、その上で判断という点を動機と相手に示していなかった場合に、動機が黙示的に表示」されていた(いわば法律行為の内容になったうえで、両者の通用を肯定したもの)があり(参考判例②)、逆に、表意者が相手に自分の動機を伝えていた場合でも、動機が表示されて行為の内容とされたとはいえないとして、同条の適用を否定したもの(最判昭和37・12・25民集16巻12号2588頁)がある。近時の判例にも、動機の錯誤が相手方に表示されていなかったため、「その動機が表示されて法律行為の内容となった」と認めることが必要であるが(参考判例①)、③の従来の判例は、民法95条が「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていた」の解釈にも引き継がれることになろう。5 民法95条2項の「表示」と錯誤の解釈このような理解の下に、「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていた」と認められるか否かは、当該法律行為の当事者の間では、特に契約の場合には、その表示への信頼の有無の問題であり、契約締結の過程でのやり取りや契約書の定めその他契約に至る経緯、当事者の職業や専門性、当該取引が行われた動機などを考慮し、また、一般的な契約の場合には、契約類型、契約目的、契約内容をも勘案し、当該錯誤を要素に意思決定をなすことの蓋然性の程度、当該契約類型のもつ社会的意義を重視すべきことの要請などを評価し意味もあることであろう。たとえば、判例は、クレジット契約上の信義に誠実に対応する義務を負うものと解したうえで、保証人は、申込者の信用状況について、保証人による錯誤の主張を認めた(参考判例③)。これは、当該契約類型の特殊性を前提に当事者の信頼を調整したものである。本問においては、17頁(本件)が「水仙」の真筆によるもので、真筆であったことをXが意思決定の基礎としていたと事情が、その後の行動等からうかがえるものの(富士山の見える土地の売買の錯誤)、Yの一方的な動機にとどまるものとはいえず、XY間の売買が「Mの筆になる真筆の絵画」として行われたと解され、したがって、民法95条2項の表示の要件が満たされると認められる可能性が高いといえよう。6 「表示」要件と錯誤の重要性(要件②)表意者が基礎とした事情が、「法律行為の基礎とされていることが表示されていた」という要件(「表示要件」)と、その錯誤の重要性要件とは、相互に関連するものの、別個の要件と捉えることができる。民法では、この重要性要件が95条1項において、「その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものである」という形で規定されている。改正前民法のもとでも、判例は、「法律行為の要素」という要件について、法律行為の主要部分であって、表意者はこの点に関する錯誤がなかったならその意思表示をしなかったであろうと考えられ、かつ、それが一般取引の通念に照らしても妥当と認められるものというべきとしてきた(大判大正2・10・3民録24巻1852頁等)。民法95条1項は、この判例法理を踏まえ、錯誤と意思表示との間の因果関係要件と重要性要件とに整理したうえで重要性要件を明確に掲げ、その重要性要件の判断において考慮される要素(法律行為の目的および取引上の社会通念)を条文上明確にしたものである。7 表意者の帰責事由(重過失)基礎事情錯誤について、上記の③および⑤の要件が満たされている場合でも、表意者に重大な過失があれば錯誤による取消しは認められない(95条3項柱書ただし書)。この重要性の評価を基礎づける事実は、錯誤による取消しを争う相手方が、主張立証すべきもの(錯誤を理由とする取消しの主張に対する抗弁として機能するもの)と解される。本問のように、表意者X(買主)が絵画等の取引をする事業者であった場合には、購入に際して相応の注意を尽くすべきであって、調査もせずに漫然と買主の言を信じたとすれば、買主に重過失があったともいえそうである。しかし、重過失の有無は、あくまでも他の諸事情を併せて考慮して判断されるのであり、錯誤者が当該取引に関する事業者であったことからただちに重大な過失が認められるわけではない。また、民法95条3項柱書の重過失抗弁は、表意者に重過失があるときは、相手方の利益を犠牲にしてまで表意者の保護を図る必要はないという考慮に基づくのであるから、相手方に保護に値する利益がない場合には妥当しない。民法は、この点に関する改正前民法の下での一般的な解釈を明文化した。つまり、たとえ錯誤者が重過失によるものであった場合でも、①相手方が表意者の錯誤を知り、または重過失により知らなかったとき(同条3項1号)、および、②相手方も表意者と同一の錯誤に陥っていたとき(同項2号)は、表意者はなお錯誤による取消しをすることができる。8 売主の契約不適合責任との関係絵画の売買において、真筆であることが契約内容とされていたのに実際に引き渡された絵画は贋作だったという場合は、引き渡された目的物が品質に関して契約の内容に適合しないもの(品質に関する契約不適合)に該当するので、買主は、契約不適合の場合における売主の担保責任の規定(562条以下)に基づいて権利行使をすることもできる。民法では、品質に関する契約不適合の場合につき、買主の追完請求権(562条)、代金減額請求権(563条)、損害賠償請求権(564条・415条)、解除権(564条・541条・542条)を規定している。錯誤規定と売主の担保責任規定との関係につき、改正前民法のもとでの判例には、契約の要素に錯誤がある場合には担保責任の規定は排除されるとしたものがあった(最判昭和33・6・14民集12巻9号1492頁(イチゴジャム事件))。しかし、これを、買主の救済手段(当時)の主張を認めた結果と批判し、相互干渉が、瑕疵担保(当時)によって売主の過失を問うことはでき、瑕疵による損害を賠償する責任を負わせるための判例であって、逆に、表意者が錯誤を主張せずともっぱら担保責任に基づく解除や損害賠償請求をするにこれを否定する趣旨までをも含むものではなかったといえよう。しかし、改正前民法95条のもとでは、錯誤の効果が有効とされていたことから、限定的な場合にのみ同条の適用が認められるという考慮があったのかもしれない。改正民法では、錯誤の効果は取消しとされ(95条1項)、瑕疵担保規定も新設された(同条4項)。一方で、担保責任は、改正民法では債務不履行の問題に組み込まれることとなった。この新しい規定のもとでの錯誤規定と担保責任規定との適用関係は、今後の解釈に委ねられているが、買主は、それぞれを要件を満たす限り、錯誤に基づく権利と担保責任に基づく権利をそれぞれ選択的に行使することができると解すべきである。関連問題Y(銀行)は、A(会社)の代表者Bから、Aに対する3000万円の融資(信用保証協会保証付融資)の申込みを受け、Aから提出させた信用保証委託申込書等の書類一式を、Yのビジネスバンキングセンターに送付した。同センターは、同書類に基づいて審査を行い、信用保証協会(X)への保証委託を行うことが適当であると判断し、信用保証依頼書等の書類一式をXに送付した。そしてその後、Xから信用保証書を送付されたことにより、YはAに対する3000万円の融資を実行した。しかし、AがYに返済をしないので、Xが保証債務の履行としてYに弁済を行った。ところが、その後、実はAはYから融資された当時、企業としての実体がなく、BがAの運転資金の名の下に金員を詐取することを企てたものであったことが判明した。Yは、Xとの間の保証契約の意思表示を錯誤を理由に取り消して、Yに対し、弁済をした金額の返還を請求しうるか(東京高判平成19・12・13判時1992号65頁)。参考文献山下純司・百選Ⅰ 50頁 / 新堂明子・消費者法判例百選(2010)48頁 / 山本敬三・NBL1024号(2014)15頁、同1025号37頁(鹿野菜穂子)
Xは、自己所有の甲不動産を賃貸して収益を上げようと考え、以前より不動産取引につきXの相談に乗っていた知人のAに、甲の賃貸・管理を任せることとした。Xは、2021年12月ごろ、Aから甲に関する登記識別情報の提供を求められ、これに応じた。またその翌月には、XはAから実印と印鑑登録証明書を交付するよう指示され、それらを渡す際にAに理由を尋ねた。なお、XはAを信用していたため、特にそれらの使途を問うていなかった。さらにその翌月、XはAから、甲をAに売却する旨を記した売渡証書を提示され、内容を確認せずに署名し、登記申請書にAがXの実印を用いて押印するのを漫然とみていた。Aは甲につき売買を原因とする自己名義の所有権移転登記を具備したうえ、2022年4月、甲をYに売り渡して所有権移転登記手続も行った。Yは甲を買い受けるに当たり登記簿の記載を確認したものの、Aが甲を処分する事情については特に説明を求めなかった。Xは甲がY所有名義で登記されているのに驚き、Yに対して所有権移転登記の抹消登記手続を請求した。これは認められるか。[参考判例]① 最判昭43・10・17民集22巻10号2188頁② 最判平15・6・13判時1831号99頁③ 最判平18・2・23民集60巻2号546頁[解説]1 民法94条2項類推適用(権利者型)の限界民法94条2項類推適用が認められるには、外形自己作出型はもちろん、外形他人作出型であっても、不実登記が本人の承認に基づいていることが要求される(外形意思対応型)。それでは、①本人が作出した虚偽の外観が利用(例:虚偽の他人名義の仮登記)に対して、さらに他人の行為が加わって不実登記が行われるに至ったとか、本人はそれを知らなかった場合(同意意思非対応型)、②本人が他人を信用して交付した重要書類等が濫用されて不実登記がされた場合など、「不実登記の原因・基礎の作出」への本人の関与があるとされる場合(外形参与型)はどうであろうか。このような場合、不実登記それ自体は本人の意思を反映しているため、これを通じて権利関係を築いた第三者が現れたとしても、もはや虚偽表示規定の類推適用によってその保護を図ることはできない。そうすると、こうしたケースにおいては、不実登記に対する本人の帰責性が権利を失わせるほど大きいとはいえず、第三者を保護すべきではないと解すべきであろうか。2 民法110条との適用による第三者保護この問題につき注目すべきは、表見代理、特に民法110条における取引安全のバランスである。①本人が信用して無権限者処分の原因・基礎を作出している点、②そのことによって本人の意思を逸脱した処分行為が行われた点に、同条との類似点が見いだされるからである。もっとも、③本人が代理による代理権授与があるとは限らない点、④無権限者処分が代理人としてではなく自己名義の処分行為である点において代理とは異なるが、代理人による処分であった場合には、本人が外観の作出にどのような形で関与したとしても、代理権ありと信じるにつき正当な理由があれば相手方が保護されることとの比較において、どのようなときに考えるべきかが問われる。判例は、無権利者取引における規範の根拠として広く民法94条2項と民法110条の共通の目的を有していると捉え、両者の「注意」または「趣旨の根拠」適用により、このような場合にも善意無過失の第三者を保護する途を与えた。両制度の要求の組合せによるかような柔軟な解決は、同法94条2項類推適用をさらに拡大するために、本人の帰責要件が緩和され、第三者に無過失要件を付加することによって、本人の帰責要件の厳格化および表見代理との均衡に配慮した点に特色がある。3 民法110条の要件と注意点それでは、民法94条2項・民法110条重畳適用の要件は民法110条と同一でよいか。両者の適用場面と共通点は何か。この問いに対しては以下の点に注意を要する。民法110条では、「代理権」に対する信頼保護の当否が問題となるのに対し、民法94条2項重畳適用においては、これに対応するものに関する信頼が保護の対象となる。いずれも信頼保護の外観という点では共通しているが、次のような相違がある。まず、代理人による処分は他人の財産を前提とする取引であるため、代理人の処分権限の有無につき、相手方に高度な調査確認義務が通常ある。これに対し、自己の名義に属する不動産として処分する場合、処分者の所有名義で登記されていれば権利利鑑定が働くことから、処分者の所有権取得につき、その意思形態や処分経緯などから特に疑念を生じさせるような事情がみられない限り、これに対する信頼が正当なものとして評価されやすい。その上で、ここで問題とされている自己名義の処分において、本人の関与につき、表見代理と同じように、基本代理権の授与あるいは対外的な関係を予定した事務処理の委託で述べるとすれば、結果として表見代理以上に過度に第三者が保護されるおそれが生じる。そこで、第三者の側に無過失要件を付加するだけでなく、本人の要件についても民法110条において要求される関与+αを求めてバランスを図る必要がある。そこに民法94条2項類推適用の要素を加味する趣意がある。判例は、①不実登記の承認・黙認となった虚偽の外観が本人の意思に基づく場合(不実登記に対する承認はなくても、少なくともその前提となった虚偽の外形作出という意思が認められる場合)、②不実登記に対する本人の関与につき、不実登記に対する承認と同意あるいは程度に重大な帰責性が認められる場合を要件としている。4 民法94条2項・民法110条本人側の要件上記2つのについては、本人が他人において登記申請を行うため、登記済証の仮登記申請を行う意思に基づいて他人に登記手続に必要な重要書類を交付した場合、その他人がこれを利用して自己の名義に登記を為したような場合や、第三者に処分した場合などに該当しよう。問題は①の設定であるとか、本人に外形の作出の意思がないため、他人を信用して登記手続に必要な重要書類を交付してしまったというだけでなく、不実登記がされた事実について知らなかったとか、主張しない程度に、本人の意思関与ないし不実登記を承認・放置したうえ、さらに、本人の重大な関与ないし善意の内容、自己の不動産が他人のほほいまきに処分される危険の程度、その放置の有無・期間、③売買契約書の作成あるいは登記申請の手続に対する関与の有無・程度などを考慮し、これらを総合的に判断しながら、意思関与に匹敵する非難可能性の有無を評価することが求められよう。本問では、A所有名義登記の作出の過程を通じてXは継続的に重大な関与を行ったようすがうかがえる。それがごく短期間に集中している点などをどう評価するかが問われよう。また、Yにおける場合は、登記の経緯・事情に関する調査確認義務を常に負うか。発展問題においては、XはAに対して必要な重要書類を交付したものの、不実登記やAへの関与は相対的に継続的とはいえず、不実登記の助長ともいえるが、早急に処分されてしまったため、もっと留意すべき。なお、判例は、「不実登記に対する意思関与」と「同程度の帰責性」要件および第三者の善意無過失要件について、民法94条2項単独枠内においてもちうる可能性もあるとして、民法110条を併用する必要性につき疑問を提起するものもあり、民法94条2項単独、民法110条との区別は区別は流動的となっている。発展問題Xは自己所有の乙不動産を売買代金に充当する目的でAとの間で不動産業者であるAと売買契約(以下、「本件売買契約」という)を締結した。AはXの不動産に無断で乙を建築し、管理経営をしているようにみせかけ、XはAの不動産に無断で乙を建築しようと、印鑑・印鑑登録証明書・白紙委任状ならびに甲の登記識別情報の提供を求め、XはAに聞かれて慌ててこれらを交付した。しかしながら、Xは事情を確認せずにAに重要書類等を預けたことに不安を抱き、翌日Aに問い合わせたが、Aは巧みな言をいれてXをだました。Aはその後ただちに上記書類等を冒用して登記原因情報を偽造し、甲につき売買を原因とする自己名義の所有権移転登記を経由したうえで、すかさずこれをYに転売して所有権移転登記が経由された。XはYに対して、甲につき所有権移転登記手続の抹消登記手続を求めることができるか。[参考文献]中舎善朗・争点65頁 / 佐久間毅・百選Ⅰ 46頁 / 磯村保・平成18年度重判66頁(武川幸嗣)